後鳥羽院・定家・家隆・秀能(如願)の各家集より建暦二年仙洞二十首歌を抜き出し、『後鳥羽院御集』に言うところの「五人百首」の復元を試みた。以下に探索し得た限りの79首を収録する。百首の構成はおそらく春20・夏10・秋20・冬10、恋・雑・述懐合せて40か。歌人別の割り当ては以下のようであったと推測されるが、秀能の秋歌は9首しか確認できなかった。
後鳥羽院 春5 秋10 述懐5
藤原定家 春10 恋5 雑5
藤原家隆 冬10 恋5 述懐5
藤原秀能 春5 秋10 雑5(祝1含む)
定家以外の歌は全て新編国歌大観による。歌の頭の番号は定家を除き新編国歌大観番号である。
『後鳥羽院御集』より
建暦二年十二月廿首御会五人百首中
春
1455 みよし野の宮のうぐひす春かけてなけども雪はふるさとの空
1456 いにしへの人さへつらしかへる雁など明ぼのと契りおきけん
1457 あさみどり野原の霞ほのぼのとをちかた人の袖ぞきえ行く
1458 あふみなるしがの花ぞのさとあれて鶯ひとり春ぞわすれぬ
1459 なれなれて雲井の花をみし春の木の間もりこし月ぞわすれぬ
藤原定家『拾遺愚草』より
建暦二年十二月院よりめされし廿首
冬日同詠廿首応製和歌
従三位行侍従臣藤原朝臣定家上
春十首
1864 かすが山みねのあさひのはるのいろにたにのうぐひすいまやいづらし
1865 さくらあさのをふのうらかぜ春ふけばかすみをわくるなみのはつ花
1866 我ぞあらぬうぐひすさそふ花のかは今も昔のはるのあけぼの
1867 雲ぢゆくかりのは風もにほふらんむめさく山のありあけのそら
1868 あさみどりたまぬきみだるあをやぎの枝もとをとにはるさめぞふる
1869 あらたまの年にまれなる人まてどさくらにかこつはるもすくなし
1870 たのむべき花のあるじもみちたえぬさらにやとはんはるの山ざと
1871 みよしのやたぎつかはうちの春の風神世もきかぬ花ぞみなぎる
1872 いくかへりやよひのそらをうらむらんたににははるの身をわすれつつ
1873 色にいでてうつろふはるをとまれともえやはいぶきの山ぶきの花
『如願法師集』より
五人に廿首歌めして、百首にかきなされし時の春歌
350 わかなつむそでのこほりのあさがすみゆきまをわけてはるもきにけり
351 としのあけていつかとまちしわがやどのさくらがえだにはるさめぞふる
422 はるさめにうつろふはなのつゆにさへあかぬこころのいろやそふらむ
423 たちまよふくもより月をさそひいでてはなにのこれるはるの山かぜ
424 やまかぜにさくらふきまきゆくはるのしばしやすらふたにのしたみち
なし
『後鳥羽院御集』より
秋
1460 旅人の袖うちはらふ秋風にしをれてしかの声ぞ聞ゆる
1461 こぞよりも秋のねざめぞなれにけるつもれる年のしるしにや有らん
1462 涙かもあやしく秋のくもるかなうらむるからの月やみるらむ
1463 中中に思ひいでてぞ袖はぬるるなれし雲井の秋の夜の月
1464 年ふれば秋こそいたくかなしけれ露にかはれる色はみえねど
1465 しろたへの袖にいくよかなれぬらん過ぎにし方の秋の夜の月
1466 はま風にいまや衣をうづらなくまのの入江の秋のゆふぐれ
1467 長月やかげほのかなる有明にころもうつなり岡のべのさと
1468 時雨れゆく庭の木のはの色よりもふかきは秋のおもひなりけり
1469 窓ふかき秋のこのはを吹きたてて又しぐれゆく山おろしの風
『如願法師集』より
五人廿首歌めして百首にかきなされしときのあきのうた
471 よそにきくわがそでよりぞつゆはちるあらぬあきとふをぎのうはかぜ
五人に廿首めして百首にかきなされしときの秋歌
473 月のもる寝覚のとこのあきをだにしばしもまたぬかぜのおとかな
474 月すめばながめもあへぬあきのよをぬればや人のながしといふらん
475 くもるとてねなましよはの月かげをそでにのこしてゆくあらしかな
476 いとふてふなにやのこらむひさかたの月やどるそでのつゆをはらはば
477 はつかりのつばさにかかるしらくものふかきみねよりいづる月かげ
478 月になくかりのはかぜのさゆるよりしもをかさねてうつころもかな
五人に廿首歌めして百首にかきつがはれしときの秋歌
541 もみぢ葉にたれちぎりけんふきしほるあらしにつけてものおもへとは
542 やまざとはあきなくしかのなみださへそでのよそにはむすばざりけり
藤原家隆『壬二集』より
建暦二年仙洞廿首歌奉りし中に、冬歌
2562 白妙のゆふつけ鳥も思ひわびなくや立田の山のはつ霜
2563 神無月今は時雨もしがらきのと山の嵐雲さそふなり
2564 思ひやるとこよの霜のさむしろにたれかりがねの秋をこふらん
2565 竜田川紅葉ばとづる薄氷わたらばそれと中や絶えなん
2566 しぐれつるよひのむら雲さえかへり冬ゆく風に霰ふるなり
2567 草のはら本より跡もなけれどもなほあらましの庭の白雪
2568 ふるさとも槙のはしろしみよしのの雪にいざよふ山のはの月
2569 あけぬとや浦のいへしま鳴くちどりまだあまのとは月ぞさしける
2570 ながきよをおくりもやらぬ片敷の袖に数かくをしの声声
2571 ながめつつ年もうつりぬいたづらに我が身世にふる雪のひかりに
『拾遺愚草』より
恋五首
1874 おのづから見るめのうらにたつけぶり風をしるべのみちもはかなし
1875 草のはらつゆをぞそでにやどしつるあけてかげ見ぬ月のゆくへに
1876 なくなみだやしほの衣それながらなれずはなにのいろかしのはむ
1877 秋の色にさてもかれなであしべこぐたななしをぶね我ぞつれなき
1878 ちぎりおきしすゑのはらののもとがしはそれともしらじよそのしもがれ
『壬二集』より
建暦二年仙洞にて廿首歌詠み侍りしに、恋五首
2818 山河に風のかけたるしがらみの色に出でてもぬるる袖かな
2819 あらち山やた野の浅茅色付きぬ人の心の峰の淡雪
2820 東路のさのの舟ばしさのみやはつらき心をかけて憑まん
2821 池にすむおし明がたの空の月袖の氷になくなくぞみる
2822 いかにせむしづのをだまきなれなれていまはま遠の麻のさ衣
『拾遺愚草』より
雑五首
1879 あとたれてちかひをあふぐ神もみな身のことはりにたのみかねつつ
1880 ひさかたのくものかけはしいつよまでひとりなげきのくちてやみぬる
1881 思ふことむなしき夢のなかぞらにたゆともたゆなつらきたまのを
1882 日かげさすをとめのすがた我も見きおいずはけふのちよのはじめに
1883 ふしておもひおきてぞいのるのどかなれよろづよてらせくものうへの月
『如願法師集』より
五人に廿首歌めして、百首にかきなされし時の雑歌
803 三雪をわけておろすいぶきのやまかぜにこまうちなづむせきのふぢがは
804 ふる里にまてとは人にちぎらねど月みむをりは思ひいでなむ
805 ささのいほ一夜やどかるかり枕しのばれぬべきかぜのおとかな
五人に廿首歌めして百首にかきなされし時の雑歌
857 ふちせをもこころにぞせくあしびきのやましたとよむたぎついはなみ
『後鳥羽院御集』より
述懐
1470 人ごころうらみわびぬる袖のうへをあはれとやおもふやまのはの月
1471 いかにせむみそぢあまりの初霜をうちはらふ程になりにけるかな
1472 人もをし人もうらめしあぢきなく世を思ふゆゑに物思ふみは
1473 うき世いとふ思ひはとしぞつもりぬる富士のけぶりの夕ぐれの空
1474 かくしつつそむかん世までわするなよあまてるかげのあり明の月
『壬二集』より
建暦二年又仙洞にて、述懐
3038 たらちねの身をうれへても年はへぬ子を思ふ末も君の千代まで
3039 さゆる夜の袖の涙の色ながら春の朝の空やながめん
3040 何事を思ひしるとはなけれどもあればある世に身をまかせつつ
3041 いつなれて宿はととへばこたふべきいはのはざまの谷の夕暮
3042 しらま弓礒べの山のいつとなく浪にぬるれどひく人もなし
『如願法師集』より
五人に廿首歌めして百首にかきなされける時の祝歌
670 あひがたきみよにあふみのかがみやまくもりなしとはひとの見るらん
公開日:平成23年10月14日
最終更新日:平成23年10月14日