六百番歌合 目録・定家番抜書
藤原定家『拾遺愚草』全注釈 付録

『六百番歌合』より、目録と、定家の出詠している番のみを抜き出した。テキストは新編国歌大観を使わせて頂いた(底本は日本大学総合図書館蔵本。鎌倉末期頃の写で現存最古の写本という)が、岩波文庫・岩波新古典大系(いずれも底本は宮内庁書陵部蔵本)を参照し、明らかな誤りと思える箇所は訂正した(改めたのは813番の判詞「ひるは露わける心」→「ひるは露おける心」、827番の判詞「思ひ程きては」→「思ひほどきては」の二箇所のみである)。用字などは原則的に底本のままとしたが、句読点や濁点、仮名遣は一部私意により改め、引用句は鉤括弧でくくった。また文中、括弧でくくって歌題を補った。

『六百番歌合』は建久三年(1192)に藤原(九条)良経が企画した百首歌による歌合である(出題も良経によると推測される)。翌年秋に披講・評定され、その後藤原俊成による判が付けられた。俊成を師と仰ぐ御子左家・九条家の歌人と、彼らと対立的な関係にあった六条家の歌人たちを中心に、計十二名による六百番からなる大規模な歌合であった。両派歌人の激しい対立、俊成の融通無礙の判詞、新古今集に採られた数多くの秀歌など、注目されるところが多く、和歌史上の意義は計り知れない。
因みに定家は四十五勝三十二分二十三敗と頗る好成績を収めた。定家の歌の注釈はこちら

百首歌合

  題
  
元日宴     余寒      春水      若草
賭射      野遊      雉       雲雀
遊糸      春曙      遅日      志賀山越
三月三日    蛙       残春

  
新樹      夏草      鵜河      賀茂祭
夏夜      夏衣      扇       夕顔
晩立      蝉

  
残暑      乞巧奠     稲妻      鶉
野分      秋雨      秋夕      秋田
鴫       広沢池眺望   蔦       柞
九月九日    秋霜      暮秋

  
落葉      残菊      枯野      霙
野行幸     冬朝      寒松      椎柴
衾       仏名

  
初恋      忍恋      聞恋      見恋
尋恋      祈恋      契恋      待恋
遇恋      別恋      顕恋      稀恋
絶恋      怨恋      旧恋      暁恋
朝恋      昼恋      夕恋      夜恋
老恋      幼恋      遠恋      近恋
旅恋      寄月恋     寄雲恋     寄風恋
寄雨恋     寄煙恋     寄山恋     寄海恋
寄河恋     寄関恋     寄橋恋     寄草恋
寄木恋     寄鳥恋     寄獣恋     寄虫恋
寄笛恋     寄琴恋     寄絵恋     寄衣恋
寄席恋     寄遊女恋    寄傀儡恋    寄海人恋
寄樵人恋    寄商人恋

  作者
  左
愚詠号女房
従三位藤原朝臣季経
正四位下行左近衛権中将藤原朝臣兼宗
従四位上藤原朝臣有家
従四位下行左近衛権少将藤原朝臣定家
阿闍梨顕昭
  右
従二位行左近衛中将兼中宮権大夫藤原朝臣家房
従三位藤原朝臣経家
正四位下行右京権大夫藤原朝臣隆信
従五位下藤原朝臣家隆
従五位下源朝臣信定前大僧正慈円
沙弥寂蓮

  判者
入道従三位皇太后宮大夫藤原朝臣俊成

春部

四番 (元日宴) 左    定家朝臣

0007 春くればほしのくらゐにかげ見えて雲ゐのはしにいづるたをやめ

右勝           隆信朝臣

0008 いつしかと袖をつらぬるももしきによろづよめぐるはるのさかづき

右方申云、左、歌ざま心ゆかず。左方申云、右歌、無指難。
判云、左、歌ざま心ゆかぬよし、右方人申云云。ゆきゆかずの条はまたえ心得侍らねども、右の「よろづよめぐるはるのさかづき」といへる下句、よろしくきこえ侍り。右の勝に侍るべし。

十番 (余寒) 左勝    定家朝臣

0019 かすみやらずなほふるゆきにそらとぢてはるものふかきうづみ火のもと

右            隆信朝臣

0020 霞しくけささへさゆるたもとかなゆきふるとしや身にとまるらん

右方申云、左歌、「うづみびのもと」ききよからねども、この歌にとりては強不及難歟。左方申云、無指難。
判云、左右申状、已為判者之詞歟。此上雖難申、左歌、「埋火の下」殊不可及難歟。「空とぢて」などいへるや春雪のそらあまりに侍らん。右歌、「かすみしく」といふ詞、春といはんとておく詞なり。これは、偏に「霞たつ」などいふ同じ事とおもへる、いかが。末句も殊なる事なきにや。左まさるべきにや侍らむ。

十四番 (春水) 左持    定家朝臣

0027 こほりゐし水のしらなみたちかへり春かぜしるき池のおもかな

右            中宮権大夫

0028 すはのうみのこほりのうへのかよひぢはけさ吹く風に跡たえにけり

右方申云、左歌、結句よわし。左方申云、右歌、堀河院百首顕仲卿歌に、「すはのうみのこほりのうへのかよひぢは神のわたりてとくるなりけり」、上三句無相違之上、所詠之意趣又同。
判云、左、「水の白浪立返り」なども常の事にて、無指事歟。但、終句よわきよし右方申云云。「池面」、本自非力士歟。右、「すはの海」の事左方申云云。其も如然。百首内非殊秀逸者取事歟。此番持などに侍るべし。

廿三番 (若草) 左勝    定家朝臣

0045 おそくとくおのがさまざまさくはなもひとつ二葉のはるのわかくさ

右              経家卿

0046 色色のはなさくべしと見えぬかなくさたつほどの野べの気色は

左右同科之由、各申之。
判云、此両首、共に古今集、「みどりなる一草とぞ春は見し」といへる歌の心なるべし。幾の勝負なきにや。但、右、「草立つ程」の詞、不被庶幾にや。

三十番 (賭射) 左持    定家朝臣

0059 ももしきやいてひくにはのあづさゆみむかしにかへる春にあふかな

右               家隆

0060 あづさゆみはるのくもゐにひきつれて気しきことなるけふのもろ人

右方申云、左歌、毎年公事を「昔にかへる」といはん、いかが。左陳云、毎年の公事も、たえぬれば、かやうにいふも常の事なり。左方申云、右歌無指難。
判云、左、復旧儀之由なるべし。右、又、「気しきことなる」などいへる、なにとなく朝議をほめたるべし。又持と申すべくや。

六番 (野遊) 左持    定家

0071 みなひとのはるのこころのかよひきてなれぬる野べのはなのかげかな

右            家隆

0072 おもふどちそこともいはずゆきくれぬ花のやどかせ野べのうぐひす

左右共、申無難之由。
判云、両首共にえんには侍るを、右歌、素性法師「おもふどち春の山べにうちむれてそこともいはぬたびねしてしか」といへる歌をとりすぐせるにや侍らん。これは鶯に花のやどかれる、あまりさへ艶なるにや。ふるからずは持などにや侍らん。

七番 雉 左    定家

0073 たつきじのなるる野原もかすみつつ子をおもふみちや春まどふらん

右勝        信定

0074 なきてたつきぎすのやどをたづぬればすそののはらのしばのしたくさ

右申云、左歌、野になるる、事あたらしくや。又、「春まどふらん」も、詞たらぬやうにきこゆ。左申云、右歌、初五字みみにたつ。「きぎすのやど」も如何。
判云、左右の歌、心詞あしくもえうけ給はらず。凡は、歌の体詞をばかへり見ず、理をいひとらざるをば難とする輩の侍るにや。「たつきじの春まどふ」ともいひ、「なきてたつきぎすのやど」も侍らん。難なるべしとも見え侍らず。但、右末句、「柴の下草」殊にこのもしく見え侍り。可為勝。

十三番 雲雀 左勝    定家

0085 すゑとほきわか葉のしばふうちなびきひばりなくのの春のゆふぐれ

右            隆信

0086 くもにいるそなたのこゑをながむればひばりおちくるあけぼのの空

右方申云、しばはなにになびくぞ。左方申云、「雲にいる」とうちはじめたる、いかにぞきこゆ。
判云、左歌は、右方、なにになびくぞといへる、なににてもあれ、まことにさまでなびかず侍らん。右歌、「くもに入る」は鞠の事にやとはきこえ侍れど、「そなたのこゑ」とはひばりのこゑをながめん程に、やがておちくらんこそ、ながめさしてとりやしつべく侍らん。「あけぼの」もあまりとくて、わきがたくや。「ひばりなく野の夕ぐれ」にてや侍るべからん。

廿四番 (遊糸) 左勝    定家

0107 くりかへしはるのいとゆふいくよへておなじみどりのそらに見ゆらん

右             家隆

0108 のどかなるゆふ日のそらをながむればうすくれなゐにそむるいとゆふ

左右、不難申。
判云、左、「くりかへし」「いくよへて」などいへる、いとの事にかかれるやうにぞ侍れど、「おなじみどりの」などいへるすゑの句は、優に侍るにや。右は、夕日の空をながめて遊糸をそめたる心、をかしき方は侍るを、暮天の赤気、すこしさらでもと見え侍れば、「みどりの空」、勝にてや侍るべからん。

廿八番 (春曙) 左    定家

0115 霞かは花うぐひすにとぢられてはるにこもれるやどのあけぼの

右勝           家隆

0116 かすみたつすゑのまつやまほのぼのと浪にはなるるよこ雲のそら

右方申云、左歌無別申旨。左申云、右歌甘心。
判云、左歌、「かすみかは」とおける、「霞のみかは」などいふべき心にや。「花鶯にとぢられて」「やどのあけぼの」などいへるは、「秦城楼閣鶯花裏」と云ふ詩の心おぼえて、宜しくも侍るべし。右歌は、「すゑの松山」におもひよりて、「なみにはなるるよこ雲のそら」といへる気色、ことに宜しく侍るめり。はじめに「霞たつ」とおけるぞ、霞、波、雲、重畳しておぼえ侍る。但、「よこぐもの空」、殊につよげに侍るうへに、左方、猶甘心云云。「やどのあけぼの」、まけて侍れかし。

四番 (遅日) 左勝    定家

0127 ながめわびぬひかりのどかにかすむひにはなさくやまはにしをわかねど

右         中宮権大夫

0128 つれづれとくらしぞかぬるやまざとの花さかぬまのはるのこころは

左右共、同前。
判云、「花さく山はにしをわかねど」といへる末句は優に侍るべし。右は、「くらしぞかぬる山ざとの」などは宜しくこそ侍るを、「花さかぬま」といへるや、む月のすゑ、きさらぎのはじめなどの歌にやとおぼえ侍らん、いかが。

七番 (志賀山越) 左勝    定家

0133 袖のゆきそらふくかぜもひとつにてはなににほへる志がの山ごえ

右              家隆

0134 あらし吹くはなのこずゑに跡見えてはるもすぎゆく志賀のやまごえ

右方申云、句ならびの「そ」の字、みみにたちてきこゆ。左申云、右歌、無難申旨。
判云、右方人、みみにたつよし申云云。但、この志がの山ごえはおもしろくやあらんときこえ侍るにや。右歌は、「花の木ずゑに跡見えて」といへる、ちりにける心にや。見どころなくや侍らん。左可勝や。

十四番 (三月三日) 左勝    定家

0147 から人のあとをたづぬるさかづきの浪にしたがふ今日もきにけり

右               家隆

0148 うゑおきししづがこころはもものはなやよひのけふぞ見るべかりける

左右、申旨同前。
判云、左は是も曲水遺塵をおもへるなるべし。右は「しづが心をやよひの今日に見るべし」といへる、いともえ心得侍らねど、定むる事なるにや。左勝べきにや侍らん。

廿一番 (蛙) 左勝    定家

0161 ほのかなるかすみのすゑのあらをだにかはづもはるのくれうらむなり

右            経家

0162 みがくれてゐでのかはづはすだけどもなみのうへにぞこゑはきこゆる

右方申云、左歌、「霞のすゑ」、如何。左方申云、右歌、旧物歟。
判云、「かすみのすゑのあらをだに」は、歌のすがたさびてこそは見え侍れ、如何。「みがくれて井でのかはづすだく」などはふるびては侍れど、さしておぼえ侍らず。「浪のうへ」などや「井でのかはづ」にもすぎて侍らん。左、勝侍らむ。

廿八番 (残春) 左持    定家

0175 このもとは日数ばかりをにほひにて花ものこらぬ春のふるさと

右             寂蓮

0168 うぐひすのはなのねぐらはあれにけりふるすにいまやおもひたつらん

左右、互不難申。
判云、右、すこしふりてぞ見え侍れど、歌ざまは共に優に侍るめれば、持とすべくや。

夏部

四番 (新樹) 左    定家

0187 かげひたす水さへ色ぞみどりなるよものこずゑのおなじわか葉に

右勝       中宮権大夫

0188 おしなべてみどりにみゆるおとはやまいづれか花の木ずゑなりけん

右申云、「浸」之字不甘心。左陳云、「影浸南山」といふ心歟。左申云、おとは山としもとりよりけん、何故にか。又、彼頼政卿之歌に「さくらは花にあらはれにけり」といふ歌の心をうちかへしたるを心としたる、いかが。陳云、さ程の事は常の事なり。
判云、左歌、「影浸南山」と文集にも侍るめれど、此歌にしひて不可庶幾歟。右歌、「おとは山」は、まことにいづれの山にても侍りぬべし。頼政卿歌は、これ程の事、又常の事なり。右、勝にて侍りなむかし。

十一番 (夏草) 左持    定家

0201 夏やまのくさ葉のたけぞしられぬる春見しこまつ人しひかずは

右             寂蓮

0202 みちもなきなつののくさのいほりかなはなにけがるるやどと見しまに

右申云、野をおきて山にしもおもひよりけん、夏草にはいかが。おほかたもいと心えがたし。左方、殊無申旨。
判云、左は野をおきて山の草をよめりと、右方難申し侍るめり。右、又、山家などをおきて、野菴花にけがると見けん事もいかが。野亭などは秋花こそ侍るらめ、梅桜などちりつもらん事は、いとしもなくや侍らん。左は野をおきて山をよめりと云云。右、又、事たがひたり。持など申すべきにや。

十八番 (賀茂祭) 左    定家

0215 くものうへをいづるつかひのもろかづらむかふひかげにかざすけふかな

右勝         中宮権大夫

0216 ゆふだすきかけてぞたのむたまかづらあふひうれしきみあれとおもへば

右方、殊無申旨。左方申云、「みあれ」「まつり」は可有差別歟。非同日事也。
判云、左歌、「むかふひかげに」などいへる、思ふ所なきにはあらねど、右歌、うたざまはいひながされたるやうに侍るにや。みあれは一両日さきなるべけれども、けふのまつりのゆゑの事に侍れば、同じ事に侍るべし。右、勝侍りなん。

廿一番 (鵜河) 左    定家

0221 をちこちにながめやかはすうかひぶねやみをひかりのかがりびのかげ

右勝           信定

0222 うかひぶねあはれとぞ見るもののふのやそ宇治河のゆふやみのそら

右方申云、「やみをひかり」といへる、優にも不聞。左申云、右歌無指詮。
判云、「やみをひかりのかがりびのかげ」、心ゆきてもきこえ侍らぬにや。右、「やそうぢ河の夕やみの空」、殊に宜しく見え侍り。尤勝侍るべし。

三十番 (夏夜) 左勝    定家

0239 なつのよはなるるしみづのうきまくらむすぶほどなきうたたねのゆめ

右             信定

0240 夏の夜のかずにもいれじほととぎすきなかぬさきにあくるしののめ

右申云、「し水のうき枕」、さも有りぬべき事にや。左申云、「夏の夜のかずにもいれじ」といへる、如何。あまりの事にや。
判云、左歌、又右方人、「うきまくら」さもありぬべしとは、興言に申すにや。流に枕する事もなくや侍らん。右歌、「かずにもいれじ」といへらんは、又左方不可難申歟。但、左下句宜しきにや侍らん。勝と申すべくや。

五番 (夏衣) 左持    定家

0249 たづねいるならの葉かげのかさなりてさてしもかろき夏ごろもかな

右         中宮権大夫

0250 花の色のそではかさねしものなれどひとへもをしきせみのはごろも

同前。
判云、左、「さてしもかろき」といひ、右、「袖はかさねし物なれど」などいへる、共に心あるににたるべし。持とすべくや。

十一番 (扇) 左勝    定家

0261 かぜかよふあふぎに秋のさそはれてまづてなれぬるねやの月かげ

右            家隆

0262 うちはらふあふぎのかぜのほどなきにおもひこめたるをぎのおとかな

左右共、申不悪歟之由。
判云、左の「ねや」は詩歌にもつくりよむ事には侍れど、殊不可庶幾にや。右、「うちはらふ扇」「思ひこめたる荻」、共不被甘心。又、事不分明。「ねやの月」猶まさるべきにや。

十六番 (夕顔) 左勝    定家

0271 くれそめて草の葉なびくかぜのまにかきねすずしきゆふがほのはな

右             経家

0272 ひかずふるゆきにしほれし心地して夕がほさけるしづが竹がき

右申云、「くれそめて」「風のまに」、ともにききつかず。左申云、竹がきの夕がほにしほれたる様にきこゆ。
判云、「くれそめて」「風のまに」、ききつかずとは右方人申し侍るめれど、殊にききにくき詞ともおぼえ侍らず。「雪にしほれし」とは、しほれしにや侍らん。いかさまにも、「かきねすずしき」よりは、「雪にしほれし」、おとりてや侍らん。

二十番 (晩立) 左持    定家

0279 かれわたるのきのした草うちしほれすずしくにほふゆふだちのそら

右             家隆

0280 夏の日をたがすむさとにいとふらむすずしくくもる夕立のそら

右申云、左歌、無殊難。左申云、右歌末句、円位歌也。
判云、右歌末句、円位法師が歌なるよし、左方人申云云。如然歌、慥不覚事也。但、「すずしくにほふ」「すずしくくもる」、無幾勝負にや。

廿五番 蝉 左勝    定家

0289 あらし吹くこずゑはるかになくせみの秋をちかしと空につぐなる

右           信定

0290 しげりあふあをきもみぢのしたすずみあつさはせみのこゑにゆづりぬ

右申云、「そらにつぐる」こと心えず。左申云、「あをきをもみぢ」とおもはんこと、如何。
判云、左、「秋をちかしとそらにつぐなる」といへるは、優にこそきこえ侍れ。右の「あをきもみぢ」は、紅葉せんずる木を見るが、あをきより、秋の色のおぼえ侍るなるべし。但、下句、「あつさは」といひ、結句の文字づかひなどや、俗にちかく侍らん。左、勝と申すべくや。

秋部

五番 (残暑) 左勝    定家

0309 あききても猶夕かぜをまつがねに夏をわすれしかげぞたちうき

右            寂蓮

0310 なつごろもまだぬぎやらぬゆふぐれは袖にまたるるをぎのうはかぜ

左右共に無難之由を申す。
判云、右歌、はるくれてなつをむかへ、秋さりて冬いたるなどにこそ衣がへはし侍れ。秋になるとて衣ぬぎかふる事やは侍らん。左の「松が根」まさるべくや。

十番 (乞巧奠) 左勝    定家

0319 秋ごとにたえぬほしあひのさよふけてひかりならぶるにはのともしび

右             家隆

0320 つゆふかき庭のともしびかずきえて夜やふけぬらんほしあひのそら

右申云、左歌、無指難。左申云、右歌、巨病あり
判云、「夜やふけぬらんほしあひの空」といへるは、優に侍るめるものを、「露ふかき」の五文字、よしなく侍りけることかな。左は無難之由侍るめり。可勝にこそ。

十三番 稲妻 左勝    定家

0325 かげやどすほどなき袖の露のうへになれてもうときよひのいなづま

右            隆信

0326 むばたまのやみをあらはすいなづまも光のほどははかなかりけり

左右共に不難申。
判云、左、「ほどなき袖の」などいへる、心宜しきにや侍らん。右、「むばたまの」などいひ、「やみをあらはす」などいへる、ことごとしくきき侍る程に、又すゑに「はかなかりけり」といへる、かみしもあひかなはずや聞え侍らん。「よひのいなづま」可勝侍にや。

廿四番 (鶉) 左勝    定家

0347 月ぞすむさとはまことにあれにけりうづらのとこをはらふあきかぜ

右            寂蓮

0348 しげき野とあれはてにけるやどなれやまがきのくれにうづらなくなり

左右、互申宜之由。
判云、両首、故郷の風体、共に優に聞え侍るを、右、「籬のくれ」や、「ふしみのくれに」などいへるこそ幽玄に聞え侍るを、「籬のくれ」、事せばくや侍らん。左のすゑのまさるべくや。

廿八番 (野分) 左勝    定家

0355 をぎの葉にかはりしかぜの秋のこゑやがてのわきの露くだくなり

右             信定

0356 なびきゆくをばながすゑになみこえてまのの野わきにつづくはまかぜ

左の「秋のこゑ」、右の「つづく」、互に心ゆかぬよしを申す。
判云、左右、近代歌人等、心ゆかざるよし尤可然歟。但、左は「かはりし風の秋のこゑ」、よろしきにや侍らん。右歌「つづく」、こと葉は雖非可庶幾、「なびきゆく」とおきて、「まのの野分に」とつづける浜風は、有余情にや侍らんとは見え侍れど、猶、左の上下詞宜しく侍るにや。可為勝にや。

二番 (秋雨) 左    定家

0363 ゆくへなきあきのおもひぞせかれぬるむらさめなびく雲のをちかた

右勝          信定

0364 日にそへて秋のすずしさつたふなり時雨はまだし夕ぐれのあめ

右申云、左歌、「雲のをちかた」とてはてたる、聞きにくくや。左申云、「またし」は未歟、不待歟、不審。陳云、未也。又難云、然者、未詞ききよからず。
判云、左の「雲のをちかた」聞きにくきよし右方人申云云、さも侍らん。凡はおのおのの方人の申す旨と存じ申すところ、常は依違し侍れば、しひて不能訓尺者也。右の「時雨はまだし」も宜しくこそ侍るめれ。歌は「いまだ」とやはよみ侍る。「まだしき程のこゑをきかばや」などこそは、古今には侍るめれ。右歌下句、殊にをかし。以右可為勝。

十二番 (秋夕) 左勝    定家

0383 あきよただながめすててもいでなましこの里のみのゆふべとおもはば

右             寂蓮

0384 ながめつるのきばのをぎのおとづれて松風になるゆふぐれのそら

左右、互無難之由申す。
判云、此左右も心詞わりなく見え侍るを、右歌の庭のをぎのおとづれつらん程も、松風ふかずやは侍りつらん。此「松かぜになる」心こそ、さきの十番のつがひにや、「むしのねになるにはのあさぢふ」と侍りつるよりは、おとりてやとおぼえ侍れ。左、余情あるにや侍らん。

十七番 (秋田) 左    定家

0393 いく夜ともやどはこたへずかどたふくいな葉のかぜのあきのおとづれ

右勝           信定

0394 わきてなどいほもる袖のしほるらむいな葉にかぎるあきの風かは

右申云、「かどた吹く」、ききよからず。もとよりやどこたふべしとおもひけるにや。左申云、右歌、宜之由申す。
判云、左歌、右方難重畳なるべし。右歌、心詞いとをかし。末句など殊可庶幾之体なるべし。可為勝。

二十番 (鴫) 左勝    定家

0399 からころもすそののいほのたびまくら袖よりしぎのたつここちする

右            信定

0400 たびまくらよはのあはれもももはがきしぎたつ野べのあかつきのそら

右申云、左歌、しぎのれうに衣たつをもとめたる、なにのゆゑにか。左申云、右、「あはれもももはがき」、如何。
判云、両首之難、左右申之旨例の事なるべし。「袖よりしぎの」といはんためも、「すそののいほ」といはんとても、「から衣」もとめたらん、ゆゑなくや。右、「しぎたつのべ」といはんとても、「よはのあはれもももはがき」といはん、又不及難歟。但、猶、「袖よりしぎの」といへる、宜しく侍るにや。可為勝。

廿六番 (広沢池眺望) 左持    定家

0411 すみにけるあとはひかりにのこれども月こそふりねひろさはのいけ

右                経家

0412 くまもなく月すむよははひろさはの池はそらにぞひとつなりける

右申云、左歌、「光にのこる」「月こそふりね」、いかが。又眺望の心も見えず。左申云、右無指難。
判云、左歌、「あとはひかりに」「月こそふりね」なども、しひていかにともおぼえ侍らず。されど右方之難重重侍るめり。右歌、「いけはそらにぞ」などいへるが、眺望に侍るなるべしともみゆるを、「月すむよは」は、いけはなどいへる「は」の字、ともにすがたなどの心えぬ事もおほく、眺望もなしと申す。左に可勝とも見え侍らぬこそ、口惜しく侍るめれ。

五番 (蔦) 左持    定家

0429 あしの屋のつたはふのきのむら時雨おとこそたてね色はかくれず

右           隆信

0430 けさ見ればつたはふのきにしぐれしてしのぶのみこそあを葉なりけれ

左右共無指難。
判云、左右共に「つたはふのきの時雨」なるを、左は「あしの屋」こゑなし。右は「しのぶののき」、ことなるいろなり。いくばくの無勝負。おなじやうなるべし。

十二番 (柞) 左勝    定家

0443 ときわかぬ浪さへ色にいづみ河ははそのもりに嵐吹くらし

右            家隆

0444 秋ふかきいはたのをののははそ原した葉は草の露やそむらむ

左右、共無指難之由申す。
判云、左、「浪さへ色に」などいへるすがたは優に侍り。はての句の「らし」や、上句にことに不相応侍らん。右、「下葉は草の露やそむらん」といへる、上句に梢は時雨そむるなどもなくて、下葉ばかり草の露のあかからん事、いかが。左の「嵐吹くらし」、猶勝べくや。

十六番 (九月九日) 左    定家

0451 いはひおきてなほなが月とちぎるかなけふつむきくのすゑのしら露

右勝             隆信

0452 君がへむよをながづきのかざしとてけふをりえたる白菊のはな

左右、共無指難。
判云、左歌、体詞優なるべし。右、「けふをりえたる」などいふ句は、事ふりてめづらしげなく侍れど、左はただ我がちぎれる歌なり。右は君をいはひて侍れば、勝と定め申すべし。

廿一番 (秋霜) 左勝    定家

0461 とけてねぬ夢ぢもしもにむすぼほれまづしるあきのかたしきの袖

右          中宮権大夫

0462 秋の野の千くさの色もかれあへぬに露おきこむるよはのはつしも

右申云、左歌、をはり心えがたし。左方申云、右歌、無指難之由申す。
判云、左、「ゆめぢもしもに」などいへる、よろしく聞え侍るにや。右、「露おきこむる」など、すがた優に侍るを、露じもにおきこめられて、なほ露にて侍るにやと、おぼつかなくこそきこえ侍れ。左勝にや侍らん。

廿九番 (暮秋) 左    定家

0477 有明のなばかりあきのつきかげはよわりはてたるむしのこゑかな

右勝           寂蓮

0478 くれてゆく秋のなごりもやまのはに月とともにや有あけのそら

右方申云、「ありあけの名ばかり」、如何。左方申云、右歌、無指難之由申す。
判云、左歌、「名ばかり秋」などは、難あるべしともおぼえ侍らねど、右歌、「月とともにや有明のそら」といへる、宜しく侍るべし。よりて右勝と申すべし。

冬部

三番 (落葉) 左持    定家

0485 かつをしむながめもうつる庭のいろよなにを木ずゑの冬にのこさむ

右            隆信

0486 ちりつもるもみぢかきわけきて見れば色さへふかき山ぢなりけり

右申云、左歌は心ゆかずきこゆ。左申云、右歌、心詞おなじやうにふるめかし。
判云、左、心あるやうに侍れど、右方心ゆかずとしるし申して侍り。右、「色さへふかき」などいへるも、なだらかなるやうにやと見え侍れど、又、左方ふるめかしと申す。仍強ひてとかく申しがたし。持などにて侍れかし。

十二番 (残菊) 左    定家

0503 しらぎくのちらぬはのこるいろがほに春はかぜをもうらみけるかな

右勝           信定

0504 はなもかくゆきのませまで見るきくのにほひを袖にまだのこさなむ

右申云、左歌、残菊無面目之上、下句も難意得。左申云、「ゆきのませ」ききよからず。
判云、左歌、残菊無面目之由右方申事、また不可然歟。おもてなきにはあらず。但、「色がほに」といへる詞、すぐれて不庶幾にや。右歌、「雪のませ」又残菊の心ことに見えて、をかしくこそ見え侍れ、大方は両方人常に聞きよからず、耳にたつなど申すこと葉、聞きよからざるにや。右勝と申すべし。

十七番 (枯野) 左勝    定家

0513 夢かさは野べの千くさのおもかげはほのぼのまねくすすきばかりや

右             寂蓮

0514 むらすすきたえだえのべにまねけどもしたはふくずぞうらみはてぬる

右申云、左歌、はじめの五字あまりなり。はての「や」の字、不甘心。左申云、「うらみはてぬる」、如何。
判云、左歌、右方難重重歟。但、倩案此歌、惣優にしもあらざれど、はじめの五字殊不余歟。終の「や」文字よろしきにや。右歌、「村すすきたえだえまねく」といへる、優なるを、ただくずにかかりてしたにうらみはてさせたる、くずやにはかにきこゆらん。左歌、始終右方難申すといへども、非無意。以左為勝。

廿二番 (霙) 左    定家

0523 このやまの峰のむら雲ふきまよひまきの葉つたひみぞれふるなり

右勝       中宮権大夫

0524 ゆきならばかからましやはうちはらふ袖もしほるるみぞれふるなり

左右、共無難。
判云、「峰の村雲吹きまよひ」といへる、宜しくきこゆるを、「この山の」とおけるや、なにの山にかと、ことに不被庶幾侍らん。「かからましやはうちはらふ」といへる、上下なにとなく優にきこえ侍るにや。右可為勝。

廿八番 (野行幸) 左持    定家

0535 かりころもおどろのみちもたちかへりうちちるゆきの野かぜさむけし

右              家隆

0536 もろ人のかりばのをのにふるあられけふのみゆきにたまぞしきける

左右、共にことなし。
判云、「おどろのみちも」といへる、公卿のたかがひのかりすがたにもおもひしられて、まことしく聞え侍るを、はての句やことなることなく侍らん。「かりばのをのにふるあられ」はたましける事、「もろ人の」といひ、「けふのみゆきに」といへる、同じ事の各別なる様に聞え侍らん。勝まけ申しがたし。

四番 (冬朝) 左勝    定家

0547 ひととせをながめつくせるあさといでにうす雪こほるさびしさのはて

右            隆信

0548 人をさへとはでこそ見れけさのゆきをわがふみわけんあとのをしさに

右申云、左歌ゆゆしげにおどされたり。左申云、右、常の事なり。
判云、左歌、「ひととせをながめつくし」、「さびしさのはて」といはば、雪もふかくや侍るべからんとこそおぼえて侍るを、「うすゆきこほる」といへる事、たがひたる様にや侍らん。右歌、ゆきのあした「人をさへとはず」、「我がふみわけむ跡のをしさに」などいへる、常の心なるうへに、詞くだけてあまりたしかにきこえて、「とはで見れば」などいへる心も「うす雪」にはおとりてや侍らん。

九番 (寒松) 左    定家

0557 あらはれてまたふゆごもるゆきのうちにさもとしふかきまつのいろかな

右勝          信定

0558 いかなればふゆにしられぬいろながらまつしも風のはげしかるらん

左右、共不悪之由申す。
判云、左、上句はいうに見え侍るを、下句、「さもとしふかき」や、さまで見え侍らざらん。右歌は、「いかなれば」などいへるは、殊に不可庶幾侍れど、下句の「松しも風の」といへる、宜しくきこゆるにや。仍右勝と申すべし。

十八番 (椎柴) 左    定家

0575 しひしばはふゆこそ人にしられけれこととふあられのこすこがらし

右勝        中宮権大夫

0576 みやまべをゆふこえくればしひしばのうれ葉につたふたまあられかな

右申云、下句あらし。左申云、「たまあられ」聞きよからず。
判云、左下句を「あらし」と右方人いかに申すにか。下句はよろしく聞え侍り、如何。但、右歌、「夕こえくれば」、「うれはに」など事事しき様に見え侍り。「玉」は又何をもほむる詞に侍るうへに、「竜顔玉投顆顆寒」とあられをばつくれり。不可及難歟。以右為勝。

廿四番 (衾) 左    定家

0587 ひきかくるねやのふすまのへだてにもひびきはかはるかねのおとかな

右勝          家隆

0588 ゆきの夜はおもふばかりもさえぬこそねやのふすまのしるしなりけれ

右申云、「鐘」、何故哉。左申云、右歌無難。
判云、左歌、ひきかくるにかねのおとのへだたる様なりけるを、「遺愛寺のかね」など思ひやりてよみけるにや。而るを「鐘何故ぞ」と令申哉。又、さもある事にや。右歌は、雪夜深寒思ふばかりなかりける、まことに「衾のしるし」なるべし。よりて無難。右の可勝にこそ。

廿六番 (仏名) 左勝    定家

0591 かはたけのなびく葉かぜもとしくれてみよのほとけの御名をきくかな

右             家隆

0592 うれしくもつみは夜のまにきえぬなりくれゆくとしや身にとまるらん

右申云、左歌、無指難。左申云、右歌、常事也。
判云、左歌、「河竹なびく」こゑ、「三世の仏の」などいへるばかりにて、殊なる事なかるべし。右歌、「つみのきゆる事はうれしきを」などいひてぞ、下句は心かなふべき。「うれしく」とおきては、としの身につもるもうれしき様にやきこゆらん。河竹の禁庭のよしきこゆるにや。勝と申すべくや。

恋部上

四番 (初恋) 左勝    定家朝臣

0607 なびかじなあまのもしほびたきそめてけぶりは空にくゆりわぶとも

右            隆信朝臣

0608 あしの屋のひまもるあめのしづくこそおときかぬより袖はぬれけり

右方申云、左歌、「くゆる」などこそいふべけれ。「くゆり」はききならはず。「空にくゆ」らんこともいかが。左方申云、右歌、あしの屋のあめはうへにこそおとはせね、しづくはおともありなんものを。又、「おときかぬより」は、いかにこふべきぞ。
判云、左方難に「くゆるとこそいはめ」と右方申す条は、不可然歟。如是詞字、「移ル」「移リ」「留ル」「留リ」、如此類、不可勝計事也。只歌ざまの善悪にぞよるべき。右の葦屋のにせ物、ちかくもかやうの事見給ひし心地す。不可庶幾歟。左の「くゆりわぶ」似宜。可為勝申。

十一番 (忍恋) 左持    定家

0621 こほりゐるみるめなぎさのたぐひかなうへせくそでのしたのさざなみ

右             信定

0622 われとはとおもふにかかるなみだこそおさふるそでのしたになりぬれ

右方申云、左歌いひおほせぬさまなり。左申云、初五字ききにくく、又不心得之由申す。
判云、左歌、「うへせく袖の」といひ、右歌、「おさふる袖の」といへる、共に優なるさまには侍れど、又いと心えられてもおぼえ侍らねば、又勝負不分明歟。

十八番 (聞恋) 左持    定家

0635 もろこしのみずしらぬよのひとばかり名にのみききてやみねとやおもふ

右             寂蓮

0636 いかにしてつゆをばそでにさそふらんまだみぬさとのをぎのうはかぜ

右申云、左歌、「ばかり」の字かけあはず。左申云、右歌、其体雖似優、「まだみぬさとの荻」はききがたくや。
判云、「もろこしのみずしらぬよ」といへる、三史八代史などの賢者武士等の事をいへるにや。ことありげにて無指事にや。「まだ見ぬさとのをぎ」なれば、いかにして「つゆをさそふらん」といへるにこそは侍らめ。但、左ももろこしまでおもひよりて侍るめれば、なぞらへて持などにや。

廿三番 (見恋) 左持    定家

0645 うしつらしあさかのぬまの花の名よかりにもふかきえにはむすばで

右             寂蓮

0646 かかりけるすがたの池のをしのこゑききては袖のぬれしかずかは

左右、共に申心有之由。
判云、左、「あさかのぬまのはなかつみ」、右、「すがたの池のをしの声」、いずれも優の事どもには侍るを、はじめに、「うしつらし」とおける、艶書などにはさも侍りなん。歌合には戯言なるやうにや侍らん。「すがたの池のをしのこゑ」もをかしくは侍るを、「ききしは袖の」などは、など侍らざりけるにや。いかにも勝負なきにや侍らん。

卅番 (尋恋) 左勝    定家

0659 おもかげはをしへしやどにさきだちてこたへぬ風の松にふくこゑ

右            隆信

0660 たづぬればためしやはなきまぼろしのよをへだてぬるなみのうへにも

左右、共に申無難之由。
判云、両首ともに優にはきこえ侍るを、左、末句猶宜しき様にや侍らん。

五番 (祈恋) 左勝    定家

0669 としもへぬいのるちぎりははつせやまをのへのかねのよそのゆふぐれ

右            家隆

0670 くちはつるそでのためしとなりねとやひとをうきたのもりのしめなは

左右、共無指難之由申す。
判云、両首共に風体はよろしく侍るを、左は心にこめて詞たしかならぬにや。右は、くちはてん袖をぞ「もりのしめなはのためしとや」とはいふべきを、我が袖を本とせるにや。「もりのしめなは」、あたらしくきこゆ。「をのへのかね」、かつべくや。

十一番 (契恋) 左    定家

0681 あぢきなしたれもはかなきいのちもてたのめば今日のくれをたのめよ

右勝           信定

0682 ただたのめたとへばひとのいつはりをかさねてこそはまたもうらみめ

左右互無殊事申す。
判云、「たのめばけふの」といへるも、さもあることには侍れど、「たとへば人のいつはりを」といへるすがた、なほふかくきこえ侍り。右為勝。

十八番 (待恋) 左持    定家

0695 かぜつらきもとあらのこはぎ袖にみてふけゆく夜半におもる白露

右             隆信

0696 こぬひとをなににかこたんやまのはの月はまちいでてさ夜ふけにけり

左右、又、申無難之由。
判云、左歌、「袖に見て」などいへる、心は宜しく見え侍るを、こころ、ことばにあらはれぬやうにや侍らん。右歌は、「なににかこたん」などいへる、心、詞にあらはれて、やすらかに侍るにや。なずらへて為持。

廿三番 (遇恋) 左持    定家

0705 たふまじきあすよりのちのこころかななれてかなしき思ひそひなば

右             信定

0706 あひみてはまつとおもひしことのはに心の露のなほおもきかな

右申云、左、初五字いかにぞやきこゆ。左申云、「心の露」おぼつかなし。
判云、左歌、「なれてかなしき」といへる、さきに、「恋のかぎりは今夜なりけり」と侍りつる歌に、殊の外に相違にも侍るかな。右歌、「心の露なほおもし」といへる、をかしくは侍るを、「あひみてはまつと思ひしことのは」や、すこしおぼつかなく侍らん。左、「たふまじき」と置ける五字、いかにぞやきこえ侍る、猶又持と申すべくや。

廿七番 (別恋) 左勝    定家

0713 かはれただわかるるみちの野辺の露命にむかふものもおもはじ

右             経家

0714 わかれぢのありけるものをあふさかのせきをなにしにいそぎこえけん

右申云、左、詞つづかずや。左申云、右歌、無下にめづらしげなし。
判云、左歌、上句詞つづきはあしくもみえ侍らず。「いのちにむかふ」や、万葉集などには侍るめれど、殊不可庶幾や。右はあふさかのありさまはよくしりてみえ侍れど、「関をなにしに」などいへる、「いのちにむかふ」にはおとりてや侍らん。

四番 (顕恋) 左    定家

0727 よしさらばいまはしのばでこひしなん思ふにまけし名にだにもたて

右勝       中宮権大夫

0728 きみこふと人にしられぬいかにしてあはれうき名を今はつつまん

右申云、左、結句心ゆかず。左申云、右歌、心ふるめかし。
判云、左歌、誠に心ゆきてもおぼえ侍らぬにや。右歌、「しられぬ」、ふるめかしくは侍れど、又、古き詞存するも宜しき事にや。「しられぬ」を為勝。

十一番 (稀恋) 左    定家

0741 としぞふるみる夜な夜なもかさならでわれもなきなか夢かとぞおもふ

右勝           経家

742 こころざしあるかなきかのわすれみづいかなるをりにおもひいづらん

右申云、「我もなきなかゆめか」とつづけたる程、いかが。左申云、右歌ふるめかし。
判云、左、難、ことこもりたる、いかにも難侍るにこそ。右の「忘水」、此心、いままでよも読みのこし侍らじかし。されど、老耄のあひだ、さしてえおぼえ侍らず。かかる古事なくは神妙に侍るべし。蹔以右為勝。

十八番 (絶恋) 左持    定家

0755 こころさへまたよそ人になりはててなにかなごりの夢のかよひぢ

右             寂蓮

756 おもひわびあはれいくよかまきのとをしばしといひて月をみつらん

左右、共にあしからぬよしを申す。
判云、左の「ゆめのかよひぢ」、右、「まきのと」に月をみたる心、共に優に侍るにや。可為持。

廿二番 (怨恋) 左持    定家

0763 あらざらんのちのよまでをうらみてもその面影をえこそうとまね

右             寂蓮

764 さてもなほたのむこころやのこしけんうらみけるさへうらめしきかな

右申云、「うとまね」不甘心。左申云、右歌、無指難。
判云、両方の詞づかひ、何もいかにぞ聞え侍るにや。左の「うとまね」もいかが。「わすれん」など様にいふべかりしにや。右、「のこしけん」も「のこりけん」などいふべきにや。「さても猶」も、すゑに叶ひても不聞。勝負なきにこそ。

廿八番 (旧恋) 左持    定家

0775 いかなりしよよのむくいのつらさにてこのとし月によわらざるらん

右             隆信

776 としへにしつらさにたへてながらふときかれんさへぞいまはかなしき

右申云、「よわらざるらん」、此歌にとりては心ゆかず。左申云、右歌、無指難。
判云、左歌、上句は宜しくみえ侍るを、下句の「つらさ」のつよさ、あまりに聞え侍るべし。右歌、又、「きかれんさへぞ今はかなしき」といへる終句、あまりなるものの、又よわく侍るにや。無勝負こそ。

五番 (暁恋) 左    定家

0789 おもかげもわかれにかはるかねのおとにならひかなしきしののめの空

右勝          信定

790 あかつきのなみだやせめてたぐふらん袖におちくるかねのおとかな

右申云、うちぎきに難得心。左申云、「せめて」の字叶ひても不聞。
判云、左歌、彼喜撰が歌をいふに、「詞かすかにして始終不慥」とはかやうの体にや侍らん。右歌の「せめて」の字、誠にいと叶ひても聞え侍らねども、「袖におちくる」などいへる、心ふかく聞ゆ。右勝らん。

十一番 (朝恋) 左    定家

0801 くもかかりかさなるやまをこえもせずへだてまさるはあくるひのかげ

右勝           信定

802 いさいのちおもひはよはにつきはてぬゆふべもまたじ秋のあけぼの

右申云、「雲かかり」といふより、「あくるひの影」といふまで、すべて不庶幾。左申云、「いさ命」、如何。
判云、左歌、始終すべて不可庶幾と右申して侍るめれば、さ程の歌は不能口入にや。右歌も「いさ命」、如何と申して侍るめれど、此五字はあしくやとおぼえ侍り。但、春のあけぼのをこそえんある事にはいひならはして侍るを、「秋のあけぼの」あたらしくやとぞおぼえ侍れど、左歌の難ことの外に聞え侍れば、以右為勝。

十七番 (昼恋) 左勝    定家

0813 おほかたのつゆはひるまぞわかれけるわが袖ひとつのこるしづくに

右             経家

0814 あけぬればひるとききしをいかなればこひする袖はぬれまさるらん

右申云、左歌、心少しくらし。左申云、右歌、平懐なり。
判云、左歌の、袖しづく残りて、ひるは露おける心、くらくしもなくや。右歌、「あけぬればひる」と聞きけんこと、朝の程もなくや。又、「ひる」の字、「ひるま」だにもなくては、いかにぞ聞ゆ。不足言にや侍らん。

廿四番 (夕恋) 左勝    定家

0827 こひわびてわれとながめしゆふぐれもなるれば人のかたみがほなる

右             信定

0828 あけぼののあはればかりはしのぶれど今日をばいでず春のゆふぐれ

右申云、左歌、思ひほどきては、さもやときこゆ。左申云、「いでず」といへる、心えず。又、恋の心かすかにや。
判云、両方、「ゆふぐれ」、共に詞かすかに心ふるくして、浅智難及。但、右の「今日をばいでず」といへる、なほ心えがたくや侍らん。左の「なるれば人の」といへる、すこしは勝と申すべくや。

廿八番 (夜恋) 左勝    定家

0835 たのめぬをまちつるよひもすぎはててつらさとぢむるかたしきのとこ

右             経家

0836 わがこひやゑじのたくひとなりぬらんよるのみひとりもえあかすかな

右申云、「とぢむる」も、「かたしきのとこ」も、如何。左申云、「ゑじのたくひ」、ひとりあるやにきこゆ。
判云、左、「まちつるよひもすぎはてて」とおきて、「つらさとぢむる」といへるは、あしくも聞え侍らぬを、「かたしきのとこ」ぞ、「袖」にてやあるべからんときこえ侍り。右、「ゑじのたくひ」「ひとりもゆ」といへる、さらでもありぬべし。左可勝にや侍らん。

六番 (老恋) 左勝    定家

0851 あかつきにあらぬわかれもいまはとて我がよふくればそふおもひかな

右             寂蓮

0852 おきなさび身はをしからずこひごろもいまはとぬれんひとなとがめそ

右申云、無指難。左申云、「いまはとぬれん」、いかが。
判云、「おきなさび」「いまはとぬれん」事も、さまで「身はをしからず」におよぶべしとも不聞ことにや。左は、無指難ときこゆるうへに、「あらぬ別も今はとて」などいへる、さもと聞ゆ。まさるに侍るべし。

十一番 (幼恋) 左勝    定家

0861 葉をわかみまだふしなれぬくれ竹のこはしほるべきつゆのうへかは

右             経家

0862 なさけなき風にしたがふひめゆりはつゆけきことやならはざるらん

右申云、左歌、無指難。左申云、右、無恋心。
判云、左「くれ竹」、右の「ひめゆり」、左は「こはしほるべき」なども、さまで不庶幾侍れど、右、又、恋の心すくなき上に、「なさけなき風」も不宜聞ゆ。猶、左勝べきにや。

十七番 (遠恋) 左勝    定家

0873 かなしきはさかひことなるなかとしてなきたままでやよそにうかれん

右             寂蓮

0874 わすれずよいくくもゐとはしらねどもそらゆく月のちぎりばかりは

又同前。
判云、左歌、すこしくだけたる様には聞え侍れど、有心様にや侍らん。右歌、いますこしすべらかにはみえ侍るを、本歌の「わするなよ」を「わすれずよ」と云ひ、「程は雲ゐ」を「いく雲ゐとは」といひて、「空ゆく月の」は同じくて、「めぐりあふまで」をかへたるばかりにや。本歌に、おき処どもも、皆かはらざれば、宜しくも聞え侍らず。左勝侍るべし。

廿二番 (近恋) 左持    定家

0883 なみだせくそでのよそめはならへどもわすれぬやともとふひまぞなき

右             寂蓮

0884 むめがえのすゑこすなかのかきねよりおもふこころやいろにみえまし

互不難申。
判云、両首風体、左右方人不難申云云。任其状、可為持。

卅番 (旅恋) 左持    定家

0899 ふるさとをいでしにまさるなみだかなあらしのまくらゆめにわかれて

右             信定

0900 あづまぢのよはのねざめをかたらなんみやこのやまにかかるつきかげ

左右、互不難申。
判云、左の「ふる里を出でしにまさる」とおき、「あらしのまくら夢にわかれて」といへる、微言殆難及侍るを、右の「宮この山にかかる月影」といへる、感涙ややこぼれて、勝負已不分明。おほ方は此「たびの恋」の題の殊によろしく侍るにや。番ごとに歌のよろしくみえ侍る程に、老涙与筆ともにそそきて、いよいよいかなるひが事をか申し侍らん。

恋部下

五番 (寄月恋) 左持    定家朝臣

0909 やすらひにいでにしままの月のかげ我がなみだのみそでにまてども

右               信定

0910 おろかにもおもひやるかなきみももしひとりやこよひ月をみるらん

右申云、左歌心えず。左申云、「おろかにも」とうちいでたる、またこころえがたし。
判云、両方ともに心あるにやとみえ侍れど、左右方人、皆心えざるよし申し侍るめり。しひて心えたる様に申しても、其益なかるべくや。任状可為持。

十番 (寄雲恋) 左勝    定家朝臣

0919 ときのまにきえてたなびく白雲のしばしも人にあひみてしかな

右            中宮権大夫

0920 あくがるるこころもそらにひかずへて雲にやどかるものおもひかな

右申云、左歌、不難申。左申云、右歌、やがて右方作者の名歌なり。
判云、「雲にやどかる」は、まことにちかくききみし心ちし侍り。若又とりいでられて侍るにや。いかにもめづらしげなかるべし。左の「しばしも人に」、可勝にこそ。

十六番 (寄風恋) 左持    定家

0931 しらざりしよぶかきかぜのおともにずたまくらうときあきのこなたは

右              家隆

0932 ものおもふ身もならはしのをぎの葉にいたくなふきそ秋のはつかぜ

左右、互申不得心之由。
判云、両方方人、互申不得意之由云云。強以不能訓尺申歟。可為持。

廿三番 (寄雨恋) 左勝    定家

0945 さはらずはこよひぞきみをたのむべきそでにはあめのときわかねども

右              家隆

0946 こぬ人をまつ夜ふけゆく秋のあめはそでにのみふる心ちこそすれ

右申云、「さはらずは」といふ五字、ききよからず。左申云、頼政卿歌云、「君こふとながめあかせるよるのあめは袖にしもふるここちこそすれ」とよめる歌にこそ。
判云、左は五字ききよからずと云云。右は頼政歌なり云云。撰集などの外の歌はさりあへがたく、また人もおぼえあふべからざれど、左方人よく被覚悟。又、下句も無下に相似せるにこそ。さしもふるくは、ききよからざる五字を帯しながら、左の可勝にこそ。

廿八番 (寄煙恋) 左    定家

0955 かぎりなきしたのおもひのゆくへとてもえむけぶりのはてやみゆべき

右勝            信定

0956 もしほやくうらのけぶりをかぜにみてなびかぬ人のこころとぞしる

右申云、左歌、難不見。左申云、「風にみて」といへる、ききよからず。
判云、左方人「ききよからず」と所申なり。右歌の「風にみて」とおける中の五字、いとをかしくこそおぼえ侍れ。末句も宜しくきこゆ。以右為勝。

六番 (寄山恋) 左持    定家

0971 あしびきのやまぢのあきになる袖はうつろふ人のあらしなりけり

右             寂蓮

0972 この世にはよしのの山のおくにだにありとはつらき人にしられじ

右申云、左、その山とささざる、いかが。「秋になる袖」「人のあらし」もこころえがたくや。左申云、右、無指難。
判云、左歌難、於山名者、必可注ともおぼえ侍らず。自余の事、心えがたくもや侍らん。右歌、隠遁の心、あまりにやあらん。彼伯夷、叔斉、介子推などだに、首陽山にも綿上山にもありとはきこえてこそ侍りけれ。まして何況、如商山四皓者、「依留侯謀、以出為輔於漢恵、以言白楽商山、老皓雖休、其終是留侯内下人」とこそは侍るめれ。我朝及未、遂其志事甚可難。仍、右歌、不能許諾歟。左、有難者、極は可為持歟。

十一番 (寄海恋) 左持    定家

0981 とほざかる人のこころはうなばらのおきゆくふねのあとのしほかぜ

右              信定

0982 わたつうみのなみのあなたに人はすむこころあらなん風のかよひぢ

右申云、下句に「の」もじおほかり。「うなばらや」とは、などなかりけるにか。「あとのしほかぜ」いかが。左申云、「人はすむ」、ききにくし。
判云、左歌、同字多しなどいひて、蜂腰・鶴膝病などただすことは旧儀なり。今は同字証、不可勝計。又「うなばらの」「うなばらや」、只同じ事なり。あやまて此歌は「の」にてあるべしとみえたり。又、「あとのしほかぜ」は優なるべし。右歌、「浪のあなたに人はすむ」、またさまでききにくからざるにや。凡は、左歌難、不待証儀して、令直改歌。右方定大儒令祗候歟。尚申勝劣尤有憚。然者、愚蒙之所及、可為持歟。

十四番 (寄河恋) 左勝    定家

0987 いつかさはまたはあふせをまつらがはこのかはかみにいへはすむとも

右              経家

0988 みなせがはあさきちぎりとおもへどもなみだはそでにかけぬ日ぞなき

右申云、左不甘心。左申云、かみに「せ」とあらはし、しもに「ふかし」とぞいはまほしき。又、瀬になみたたずといふことのあるにや。上下とりはなちては、みなふるめかし。
判云、左、方人不甘云云。右歌、又、其難重畳して聞ゆ。証義決迷惑歟。左、雖不甘心、指難は聞えず。可為勝にや。

廿番 (寄関恋) 左持    定家

0999 身にたへぬおもひをすまの関すゑて人にこころをなどとどむらん

右             隆信

1000 あふさかの関のこなたになをとめてこれよりすぐるなげきせよとや

右申云、「おもひをすま」はふるめかし。又、せきをばいかにすゑたるぞ。左申云、右、あはぬに「すぐるなげき」、なに事にか。
判云、右方人の難に、「関はいかにすゑたるぞ」といへる、せきもりなどをすうるぞかし。「すまの関」「あふさかのせき」、おなじほどのことなり。持とや申すべく侍らむ。

廿六番 (寄橋恋) 左勝    定家

1011 人ごころをだえのはしにたちかへりこの葉ふりしくあきのかよひぢ

右              経家

1012 おもはずにをだえのはしとなりぬれどなほひとしれずこひわたるかな

右申云、「このはふりしく」、なに事にか。左申云、右歌、常事也。
判云、左右の「をだえのはし」、ともに優なるべし。左、「このはふりしく」、伊勢物語をおもへるにや。右方人、そらおぼえにや。右も歌すがたは優なるを、「ひとしれず」、歌の心にたがひたらん。なほ左の「木葉ふりしく秋のかよひぢ」可宜。勝とや申すべき。

六番 (寄草恋) 左持    定家

1031 いはざりき我が身ふるやのしのぶぐさおもひたがへてたねをまけとは

右             信定

1032 ながめするこころのねよりおひそめてのきのしのぶはしげるなるべし

右申云、のきにたねまかん事いかが。左陳云、「わするるくさのたねをだに」などもいへば、などかよまざらん。左申云、俊頼が歌に、「思ひのきよりおふるなりけり」、いくばくの差別なきか。
判云、両首の「しのぶぐさ」「わが身ふるや」のといひ、「心のねより」などいへる、心各さることときこえ侍り。持とすべくや。

八番 (寄木恋) 左持    定家

1035 こひしなばこけむすつかに柏ふりてもとのちぎりのくちやはてなん

右          中宮権大夫

1036 かくばかりおもふときみもしらがしのしらじないろにいでばこそあらめ

右申云、「つかの柏」おそろし。左申云、「かし」も。
判云、左、「こけむすつかに柏ふりて」といへる、何事にか侍らん。若これは史記と申す文に、晋文公、私の妻わかるとて、「われをまたんこと廿五年までにかへらずは、其時嫁せよ」と申しければ、妻咲て、「廿五年の比ほひには、我がつかのうへに柏おほひならん」といひたることをこそ見侍りしか。もしそのことを思へるにやあらん。右の「しらがし」は、ただ「しらじな色にいでばこそあらめ」といはんとてに侍るべし。但、「かへ」、「かし」、共に不甘心歟。可為持。

十八番 (寄鳥恋) 左勝    定家

1055 かものゐる入江のなみをこころにてむねと袖とにさわぐこひかな

右              寂蓮

1056 さほがはのきりのまぎれのほどだにもつまもとむとてちどり鳴くよを

右申云、「むねと袖とにさわぐ」、如何。左陳云、「袖にみなとの」ともいひ、「おもへばむねに」ともいへば、「むね」「袖」のさわがん事、非無証。左申云、無難。
判云、左歌の事、両方の問答に聞え侍りぬらん。右歌は無難云云、但、「つまもとむとて千鳥なくよを」といへる、「よを」の字二字ばかり恋の心に侍るにや。さらではただ千鳥の事ばかりなれば、恋すくなくや侍らん。「むねと袖と」、まさるべくや。

廿一番 (寄獣恋) 左勝    定家

1061 うらやまずふすゐのとこはやすくともなげくもかたみねぬもちぎりを

右              隆信

1062 いかでわれふすゐのとこにみをかへてゆめのほどだにちぎりむすばん

右申云、初の五字、聞きにくくや。すゑもいと心えにくし。左申云、とこに身をかへん事、いかが。
判云、左右の「ふすゐのとこ」、左は五字もききにくく、すゑも心えにくしと云云。悪気重畳のよし、不能加詞歟。右は、とこに身をかへんとにはあらじ。猪のししにしばしなりてちぎりむすばんとにや侍らん。ふすゐのゆめ、何様にか見侍らん。「ふすゐうらやまず」といへらんにもおとるべくや。

卅番 (寄虫恋) 左持    定家

1079 わすれじのちぎりうらむるふるさとのこころもしらぬまつむしのこゑ

右             寂蓮

1080 こぬひとのあきのけしきやふけぬらんうらみによわるまつむしの声

左右互有感気。
判云、左歌、「こころもしらぬ松虫の声」といへる、宜しく侍るべし。右歌の「秋の気色やふけぬらん」といへるも、左右心うるにや侍らん。勝負不分明。

五番 (寄笛恋) 左    定家

1089 ふえたけのただひとふしをちぎりとてよよのうらみをのこせとやおもふ

右勝        中宮権大夫

1090 はるばるとなみぢわけくるふえたけをわがこひづまとおもはましかば

左右、互無難云云。
判云、左歌、「よよのうらみを」などいへる、ことふかきやうに聞えながら、さすがに殊なる事なきにや。右歌、「なみぢわけくる笛竹を」といへる、「おほくのなみぢをこそはわけこしか」などいふ郢曲の心にや。艶なるに可似。為勝。

七番 寄琴恋 左持    定家

1093 むかしきくきみがてなれのことならばゆめにしられてねをもたてまし

右         中宮権大夫

1094 わぎもこがこころのひかぬことのねはわがまつにこそかはらざりけれ

右申云、左、やうありげなり。何事にか。左申云、無難。
判云、左歌殊なる様侍らじ。万葉集に、「梧桐日本琴、夢に娘子に化して云、『いかにあらん日の時にかもこゑしらん人のひざのうへに我がまくらせん』」といへる歌の心にこそ侍るめれ。又、返歌など有る様におぼえ侍るに、無由緒にはあらざるべし。右歌は、「心のひかぬ」といひ、「わがまつにこそ」などよそへいへる、心なきにあらず。なずらへて為持。

十三番 寄絵恋 左勝    定家

1105 ぬしやたれみぬよのいろをうつしおくふでのすさびにうかぶおもかげ

右             寂蓮

1106 みづぐきのあとにせきおくたきつせをまことにおとすわがなみだかな

右申云、左、こひらるる人髣髴なり。左申云、無難。
判云、所恋慕の髣髴之由、さも侍りなむ。右は屏風の絵などに滝水かけりけるにむかひて、我が涙をまことにおとすといへる、ただ絵を感じてなみだをおとせる様にぞ見え侍る。ただ山水を見て感ぜんよりは、昔の人をも面かげにたてて思はん事は、恋の心にやあるべからんとぞおぼえ侍る。

廿二番 (寄衣恋) 左持    定家

1123 こひそめしおもひのつまのいろぞそれみにしむはるのはなのころもで

右           中宮権大夫

1124 あかざりしそのうつりがはからころもこひをすすむるつまにぞありける

右云、左、心詞共不分明。左云、右平懐也。又、「すすむる」、不甘心。
判云、左歌、「花の衣手」などは艶なるさまに侍れど、「色ぞそれ」などいへる、いとも心えられず侍るべし。右歌、「から衣」「つまにぞありける」などは優に見え侍るを、「そのうつりが」「すすむる」など、いかにぞ聞え侍るにや。勝劣不分明。

卅番 (寄席恋) 左勝    定家

1139 わすれずはなれしそでもやこほるらんねぬよのとこのしものさむしろ

右             隆信

1140 わけてこそなかよりちりはつもりぬれこひのやまひにしづむさむしろ

左右ともに申無難之由。
判云、左歌、「ねぬよのとこのしものさむしろ」といへる、人の袖をも思ひやれる心、優に侍るべし。右歌、さむしろに中よりわけてちりつもるかた、ふししづめるかたと侍らんとこの気色、物むつかしく、さらでもと聞え侍れば、以左為勝。

五番 (寄遊女恋) 左勝    定家

1149 こころかよふゆききのふねのながめにもさしてかばかり物はおもはじ

右              経家

1150 ふねのうちなみのうへなるうきねにはたちかへるとてそでぞぬれける

同前。
判云、左、下句の「さして」といへることは、「ふね」の秀句にもとめたるやうにや聞ゆらん。右歌、又上句は以言が長句なり。下の句は、これも秀句はもとめて、又終句はよわく聞ゆ。左にはおとれるにや。

十番 (寄傀儡恋) 左勝    定家

1159 ひとよかす野がみのさとのくさまくらむすびすてける人のちぎりを

右              寂蓮

1160 うらむべきかたこそなけれあづまぢののがみのいほのくれがたのそら

右云、「ひとよかす」、ききにくし。又、すゑの「を」如何。左云、無難。
判云、左の「野がみのさと」、右の「野上のいほ」、「むすびすてける」といひ、「くれがたの空」などいへる、ともに心こもりては侍るを、右の上句、「うらむべき方こそなけれ」といへる、いかによめるにか侍らん。あけがたの空などならばやうらみもせん、くれ方はいほもかさんとこそはすらめ。上下かなはざるにや。左の「を」の字、不審なし。勝べきにや。

十八番 (寄海人恋) 左持    定家

1175 袖ぞいまはをじまのあまもいさりせむほさぬたぐひにおもひけるかな

右               隆信

1176 こひをのみしたのうきしまうきしづみあまにもにたるそでのなみかな

左右共に、あしからぬよし申す。
判云、この番、ともに宜しくみえ侍り。「をじまのあまもいさりせん」といひ、「したのうきしまうきしづみ」などいへる、左右の袖のけしき、共に艶に聞ゆ。又為持。

廿四番 (寄樵人恋) 左勝    定家

1187 やまふかみなげきこるをのおのれのみくるしくまどふこひのみちかな

右               家隆

1188 山人のかへるいへぢをおもふにもあはぬなげきぞやすむまもなき

左右共、不難申。
判云、左の恋の心はふかかるべし。右、「かへるいへぢ」「あはぬなげき」など、いとも心え侍らぬにや。左、勝と申すべくや。

廿八番 (寄商人恋) 左    定家

1195 たつのいちやひをまつ賤のそれならばあすしらぬ身にかへてあはまし

右勝          中宮権大夫

1196 こころざしあべのいちぢにたつ人はこひに命をかへむとやする

右申云、左歌、首尾不甘心。左申云、「心ざし、あべ」つづかず。
判云、左歌、右方申旨、「首尾不甘心」云云。右歌、又、「『心ざし、あべ』つづかず」と云云。但、左は「それならば」といひ、「かへてあはまし」などいへる詞、うきたる様に聞え侍るを、右、「恋に命を」といへる、つよき様に侍るべし。以右為勝。


公開日:平成23年03月26日
最終更新日:平成23年09月08日