安嘉門院高倉 あんかもんいんのたかくら 生没年未詳

村上源氏。興福寺別当親縁法印(源通親の子)のむすめ(『黄葉記』)。
後高倉院皇女、安嘉門院邦子(1209-1283)に仕える。宝治二年(1248)、後嵯峨天皇主催「宝治百首」の作者に名を列ねる。『新時代不同歌合』に歌仙として撰入。続古今集初出。勅撰入集十首。

翫花

けふ桜折らば折らなむ風吹かば夜のまもしらぬ花の梢に(宝治百首)

【通釈】桜を今日、折るなら折ってしまおう。風が吹けば、夜の間にどうなってしまうか知れぬ花の梢から。

【参考歌】源融「後撰集」
けふ桜しづくに我が身いざ濡れむ香ごめにさそふ風の来ぬまに

恋歌中に

夢にだにかよはぬ中の忍ぶ山心のおくを誰にとはまし(人家集)

【通釈】夢でさえ通いの絶えた、私たちの忍ぶ仲――「人の心の奥も見るべく」と歌われた信夫(しのぶ)山ではないが、あの人の心の奥を誰に尋ねればよいのだろう。

【補記】「忍ぶ山」は陸奥国の歌枕、今の福島県福島市内の信夫山。この歌は藤原(九条)行家の私撰集『人家集』のほか、『新時代不同歌合』にも撰入された。

【本歌】「伊勢物語」第十五段、「新勅撰集」
しのぶ山忍びて通ふ道もがな人の心のおくも見るべく


最終更新日:平成15年01月06日