式子内親王 しょくしないしんのう(しきし/のりこ-) 久安五〜建仁一(1149-1201)

歌の末尾に付した( )内は出典とした歌集を示す。アラビア数字は新編国歌大観番号である(勅撰集の場合のみ提示)。出典を明記していない歌はすべて『式子内親王集』を出典とする。〔 〕内に示したのは、採録された勅撰集名と新編国歌大観番号である。
注釈付きテキスト

  21首  10首  20首  10首  22首  17首 計100首

山ふかみ春ともしらぬ松の戸にたえだえかかる雪の玉水(新古3)

春もまづしるくみゆるは音羽山峰の雪より出づる日の色

雲ゐより散りくる花はかつき消えてまだ雪さゆる谷の岩かげ

峰の雪もまだふる年の空ながらかたへかすめる春のかよひ路

色つぼむ梅の木のまの夕月夜春の光をみせそむるかな

春くれば心もとけてあは雪のあはれふりゆく身をしらぬかな

見渡せばこのもかのもにかけてけりまだ((ぬき)うすき春の衣を

にほの海や霞のをちにこぐ舟のまほにも春のけしきなるかな(新勅撰16)

梅が枝の花をばよそにあくがれて風こそかをれ春の夕やみ

ながめつるけふは昔になりぬとも軒端の梅はわれを忘るな(新古52)

花はいさそこはかとなく見わたせば霞ぞかをる春の明けぼの

いま桜さきぬと見えてうすぐもり春にかすめる世のけしきかな(新古83)

花ならでまたなぐさむる方もがなつれなく散るをつれなくぞ見ん〔玉葉239〕

この世にはわすれぬ春の面影よおぼろ月夜の花のひかりに

はかなくてすぎにし方をかぞふれば花に物おもふ春ぞへにける(新古101)

家の八重桜を折らせて、惟明親王のもとにつかはしける

やへにほふ軒ばの桜うつろひぬ風よりさきにとふ人もがな(新古137)

 

夢のうちもうつろふ花に風吹きてしづ心なき春のうたた寝〔続古今147〕

残りゆく有明の月のもる影にほのぼの落つる葉隠れの花

今朝みればやどの木ずゑに風過ぎてしられぬ雪のいくへともなく(風雅225)

花は散りてその色となくながむればむなしき空に春雨ぞふる〔新古149〕

ながむれば思ひやるべきかたぞなき春のかぎりの夕暮の空(千載124)

斎院に侍りける時、神館(かんだち)にて

忘れめや(あふひ)を草に引きむすび仮寝の野べの露のあけぼの(新古182)

賀茂の斎院(いつき)おりたまひてのち、祭のみあれの日、人の(あふひ)をたてまつりて侍りけるに書きつけられて侍りける

神山のふもとになれし葵草ひきわかれても年ぞへにける(千載147)

 

いにしへを花橘にまかすれば軒のしのぶに風かよふなり

かへりこぬ昔を今と思ひ寝の夢の枕ににほふ橘(新古240)

(たれ)となく空に昔ぞ偲ばるる花橘に風過ぐる夜は(玄玉集)

声はして雲路にむせぶほととぎす涙やそそく宵のむら雨(新古215)

五月雨の雲はひとつにとぢはててぬきみだれたる軒の玉水

すずしやと風のたよりを尋ぬればしげみになびく野べのさゆりば(風雅402)

夕立の雲もとまらぬ夏の日のかたぶく山にひぐらしの声(新古268)

窓ちかき竹の葉すさぶ風の音にいとどみじかきうたたねの夢(新古256)

うたたねの朝けの袖にかはるなりならす(あふぎ)の秋の初風(新古308)

秋きぬと荻の葉風のつげしより思ひしことのただならぬ暮

ながむれば衣手すずしひさかたの天の河原の秋の夕暮(新古321)

夕まぐれそこはかとなき空にただあはれを秋の見せけるものを(三百六十番歌合)

よせかへる波の花ずり乱れつつしどろにうつす真野の浦萩

おしこめて秋のあはれに沈むかな麓の里の夕霧の底

我がかどの稲葉の風におどろけば霧のあなたに初雁のこゑ〔玉葉587〕

それながら昔にもあらぬ月影にいとどながめをしづのをだまき〔新古367〕

ながめわびぬ秋よりほかの宿もがな野にも山にも月やすむらん(新古380)

更くるまでながむればこそ悲しけれ思ひも入れじ秋の夜の月(新古417)

秋の色は籬にうとくなりゆけど手枕なるる閨の月かげ(新古432)

跡もなき庭の浅茅にむすぼほれ露の底なる松虫のこゑ(新古474)

千たび()つきぬたの音に夢さめて物おもふ袖の露ぞくだくる(新古484)

更けにけり山のはちかく月さえて十市の里に衣うつこゑ(新古485)

秋の夜のしづかにくらき窓の雨打ちなげかれてひま白むなり

秋こそあれ人はたづねぬ松の戸をいくへもとぢよ蔦のもみぢ葉(新勅撰345)

吹きとむる落葉が下のきりぎりすここばかりにや秋はほのめく

桐の葉もふみわけがたくなりにけり必ず人を待つとなけれど(新古534)

とどまらぬ秋をや送るながむれば庭の木の葉のひと方へゆく

おもへども今宵ばかりの秋の空ふけゆく雲にうちしぐれつつ〔続拾遺377〕

風さむみ木の葉はれゆく夜な夜なにのこる(くま)なきねやの月かげ〔新古605〕

見るままに冬は来にけり鴨のゐる入江のみぎはうす氷りつつ(新古638)

時雨(しぐれ)つつ四方のもみぢ葉散りはてて(あられ)ぞおつる庭の木かげに(風雅803)

あれくらす冬の空かなかきくもりみぞれよこぎる風きほひつつ

色々の花も紅葉もさもあらばあれ冬の夜ふかき松風の音

さむしろの夜半の衣手さえさえて初雪しろし岡の辺の松(新古662)

身にしむは庭火のかげにさえのぼる霜夜の星の明けがたの空

あまつ風氷をわたる冬の夜の乙女の袖をみがく月かげ(新勅撰1111)

日かずふる雪げにまさる炭竈(すみがま)の煙もさびし大原の里(新古690)

せめてなほ心ぼそきは年月のいるがごとくに有明の空

尋ぬべき道こそなけれ人しれず心は慣れて行きかへれども

たのむかなまだ見ぬ人を思ひ寝のほのかになるる宵々の夢

ほのかにもあはれはかけよ思ひ草下葉にまがふ露ももらさじ

玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることのよわりもぞする(新古1034)

忘れてはうちなげかるる夕べかな我のみ知りて過ぐる月日を(新古1035)

わが恋はしる人もなしせく床の涙もらすなつげのを枕(新古1036)

しるべせよ跡なき波にこぐ舟の行くへもしらぬ八重のしほ風(新古1074)

夢にても見ゆらむものを歎きつつうちぬるよひの袖の気色は(新古1124)

はかなしや枕さだめぬうたたねにほのかにまよふ夢のかよひ路(千載677)

つかのまの闇のうつつもまだしらぬ夢より夢にまよひぬるかな(続拾遺913)

見えつるか見ぬ夜の月のほのめきてつれなかるべき面影ぞそふ

逢ふことをけふ松が枝の手向草いく夜しをるる袖とかは知る(新古1153)

ただ今の夕べの雲を君も見ておなじ時雨や袖にかくらむ

君待つと閨へも入らぬ槙の戸にいたくな更けそ山の端の月(新古1204)

待ち出でてもいかにながめん忘るなといひしばかりの有明の空〔続後拾遺898〕

生きてよも明日まで人もつらからじこの夕暮をとはばとへかし(新古1329)

あはれとも言はざらめやと思ひつつ我のみ知りし世を恋ふるかな

君をまだ見ず知らざりしいにしへの恋しきをさへ歎きつるかな(続古今1316)

恋ひ恋ひてよし見よ世にもあるべしといひしにあらず君も聞くらん

つらしともあはれともまづ忘られぬ月日いくたびめぐりきぬらん

恋ひ恋ひてそなたになびく煙あらばいひし契りのはてとながめよ(新後撰1113)

君ゆゑやはじめもはても限りなきうき世をめぐる身ともなりなん(新千載1034)

いつきの昔を思ひ出でて

ほととぎすそのかみ山の旅枕ほのかたらひし空ぞ忘れぬ(新古1486)

さかづきに春の涙をそそきける昔に似たる旅のまとゐに

都にて雪まはつかにもえいでし草引きむすぶさやの中山〔続後拾遺559〕

つたへ聞く袖さへぬれぬ浪の上夜ぶかくすみし四つの緒のこゑ

斧の柄の朽ちし昔は遠けれどありしにもあらぬ世をもふるかな(新古1672)

日に千たび心は谷に投げ果ててあるにもあらず過ぐる我が身は

見しことも見ぬ行く末もかりそめの枕に浮ぶまぼろしの中

浮雲を風にまかする大空の行方も知らぬ果てぞ悲しき

はじめなき夢を夢とも知らずしてこの終りにや覚めはてぬべき

あはれあはれ思へばかなしつひの果てしのぶべき人たれとなき身を

今はとて影をかくさん夕べにも我をばおくれ山の端の月(玉葉2506)

天の下めぐむ草木のめも春にかぎりもしらぬ御代の末々(新古734)

幾とせの幾よろづ代か君が代に雪月花の友を待ちけん

 

暁のゆふつけ鳥ぞあはれなる長きねぶりを思ふ枕に(新古1810)

阿弥陀を

露の身にむすべる罪は重くとももらさじものを花の(うてな)(新後撰672)

百首歌たてまつりしに、山家の心を

今はわれ松の柱の杉の庵に閉づべきものを苔深き袖(新古1965)

百首歌の中に、毎日晨朝入諸定の心を

しづかなる暁ごとに見渡せばまだ深き夜の夢ぞかなしき(新古1969)


更新日:平成15年03月21日
最終更新日:平成19年07月30日