露草 つゆくさ 月草 Asiatic dayflower

露草 鎌倉市二階堂にて

早起きして家の庭を見て廻っていると、フェンス際の一角に露草の花を見つけた。日が高くなるとたちまち萎んでしまうので、ずっと気づかずに過ごしていたのだ。
露草はツユクサ科の一年草。花は初夏から見られるが、和歌では秋の花として詠むことが多く、俳諧でも秋の季語とされている。
古くは「つきくさ(月草・鴨頭草)」と呼ばれた。色が付着しやすいので「付き草」が語源だろうとする説、夜の暗いうちから月光を浴びて咲くので「月草」と呼ばれたとする説などがある。いずれにせよ万葉の時代から歌人たちに愛され続けてきた花だ。

『万葉集』  寄草  作者不詳

月草に衣は()らむ朝露に濡れてののちはうつろひぬとも

「露草で着物を摺り染めにしよう。朝露に濡れた後では色褪せてしまうとしても」という歌。「衣に摺る」とは、花の汁を衣に摺り付けて染めること。露草の青は美しく、好んで染め付けに用いられたが、色は褪せやすいので、恋歌では人の心のうつろいやすさの象徴とされてしまう。

『雪玉集』  不憑恋  三条西実隆

(たれ)にまたうつし心のひとさかり見えてかなしき月草の色

「あの人は誰にまた心を移すことか。一時だけの盛りが見えて切ない月草の色よ」。深い仲にはなったが、相手は恋の噂の絶えない人。一途に期待はすまいと自制する気持を月草の儚い色に託して詠んでいる。新古今風からさらに一ひねり加わった室町時代の歌である。

付言すると露草は異名の多い植物で、「月草」以外にも「青花」「縹(はなだ)花」「蛍草」「帽子花」「かまつか」「碧蝉花(へきせんか)」など様々なニックネームで呼ばれた。そのユニークな色と形が多くの人に親しまれ愛された証であろう。

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  『万葉集』 (*大伴坂上家之大娘、大伴宿祢家持に報贈する歌)
月草のうつろひやすく思へかもあが思ふ人のことも告げ来ぬ

  『万葉集』 (秋相聞 寄花) 作者未詳
(あした)咲き夕べは消(け)ぬる鴨頭草の消ぬべき恋も吾はするかも

  『万葉集』 (寄物陳思) 作者未詳
月草の仮なる命にある人をいかに知りてか後も逢はむと言ふ

  『万葉集』 (寄草) 作者未詳
鴨頭草に衣色どり摺らめどもうつろふ色と言ふが苦しさ

  『亭子院歌合』 作者未詳
夕されば山のはにいづる月草のうつし心は君にそめてき

  『古今集』 (題しらず) よみ人しらず
いで人はことのみぞよき月草のうつし心は色ことにして

  『能因集』 (東国風俗) *能因
月草に衣はそめよ都人いもを恋ひつついやかへるがに

  『散木奇歌集』 (詞書略) 源俊頼
いかばかりあだにちるらん秋風のはげしき野べのつゆ草の花

  『新古今集』 (題しらず) 永縁
秋萩を折らではすぎじつき草の花ずり衣つゆにぬるとも

  『拾遺愚草』 (恋) 藤原定家
袖の浦かりにやどりし月草のぬれてののちを猶やたのまん

  『明日香井集』 (後朝) *飛鳥井雅経
おもかげはなほあり明の月草にぬれてうつろふ袖の朝つゆ

  『亮々遺稿』 (夏草) *木下幸文
賤の男が刈りつかねたる夏ぐさの中にまじれる月草の花

  『病中雑咏』 長塚節
つゆ草の花を思へばうなかぶし我には見えし其の人おもほゆ

  『冬日ざし』 窪田空穂
露草のかそけき花に寄りてゆく心の行方ひとり喜ぶ


公開日:平成17年12月18日
最終更新日:平成18年8月27日

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