犬蓼 いぬたで 赤まんま(赤まま)　学名:Polygonum longisetum, Persicaria longiseta

夏が終わりかける頃、路傍に犬蓼の花が目立つようになる。野原ではかなり大きな群落をなすところもある。私がこの花を見て反射的に思い出してしまうのは、『歌』と題された中野重治(1902〜1979)の詩の冒頭、

　　おまへは歌ふな
　　おまへは赤ままの花やとんぼの羽根(はね)を歌ふな

であり、またこの詩に衝撃を受けた晩年の芥川龍之介のことだ。
この詩の「赤ままの花」が犬蓼の花で、「赤まま」はお赤飯の幼児語であろうか。女の子のままごと遊びにその花穂が使われたことからの愛称という。
上の詩で「おまへ」と呼びかけたのは、つまりは詩人自身へ向けてのことで、「赤ままの花」は詩人にとって排斥すべき「ひよわなもの」の象徴であった。可憐な花の風情などを歌わず、「腹の足しになるところを」「胸さきを突きあげてくるぎりぎりのところを歌へ」というのが、詩人が自らに課したテーゼであった。
その主張はともかくとして、犬蓼の花は本当に「ひよわなもの」であろうか。コンクリートの僅かな隙間を見つけて育ち、こぼれ種で仲間を増やしてゆくこの一年草が、詩人の嫌った「うそうそとしたもの」「ものうげなもの」等のどれかに当てはまるのだろうか。

犬蓼はタデ科の一年草。路傍や草地に生え、晩夏から初秋頃、紅紫色の穂状の花をつけて、晩秋まで咲き続ける。霜が降りるようになる十二月頃、まだ頑張っている花を見かけることも少なくない。この草の逞しさは、幕末の歌人橘曙覧によって的確に歌い取られている。

『志濃夫廼舎(しのぶのや)歌集』　寒艸

枯れのこる茎うす赤き(いぬたで)の腹ばふ庭に霜ふりにける

茎ばかり薄赤い犬蓼が、地を這うように生え、霜に遭っている。色彩の乏しい冬の庭に発見した犬蓼の茎の薄紅さに、歌人は何を感じたのだろう。少なくとも、「ひよわなもの」「うそうそとしたもの」と正反対のものであったことは間違いない。何より一首の厳しい韻律がそのことの証しである。

因みに「蓼食う虫も好き好き」の諺にいう「蓼」は犬蓼でなく、柳蓼のことである。

（中野重治の詩はこちらで全編読めます。）