大伴家持全集 本文編

水垣 久 編



目次

 はじめに

 一、少年期

 二、内舎人在任期

 三、越中守在任期

 四、越中守離任以後


巻別家持歌リスト 旧国歌大観番号による。

巻3 21首

0403,0408,0414,0462,0464,0465,0466,0467,0468,0469,
0470,0471,0472,0473,0474,0475,0476,0477,0478,0479,
0480

巻4 64首

0611,0612,0680,0681,0682,0691,0692,0700,0705,0714,
0715,0716,0717,0718,0719,0720,0722,0727,0728,0732,
0733,0734,0736,0739,0740,0741,0742,0743,0744,0745,
0746,0747,0748,0749,0750,0751,0752,0753,0754,0755,
0764,0765,0767,0768,0769,0770,0771,0772,0773,0774,
0775,0777,0778,0779,0780,0781,0783,0784,0785,0786,
0787,0788,0789,0790

巻6 9首

0994,1029,1032,1033,1035,1036,1037,1040,1043

巻8 51首

1441,1446,1448,1462,1463,1464,1477,1478,1479,1485,
1486,1487,1488,1489,1490,1491,1494,1495,1496,1507,
1508,1509,1510,1554,1563,1565,1566,1567,1568,1569,
1572,1591,1596,1597,1598,1599,1602,1603,1605,1619,
1625,1626,1627,1628,1629,1630,1631,1632,1635,1649,
1663

巻16 2首

3853,3854

巻17 76首

3900,3911,3912,3913,3916,3917,3918,3919,3920,3921,
3926,3943,3947,3948,3950,3953,3954,3957,3958,3959,
3960,3961,3962,3963,3964,3965,3966,3969,3970,3971,
3972,3976,3977,3978,3979,3980,3981,3982,3983,3984,
3985,3986,3987,3988,3989,3990,3991,3992,3995,3997,
3999,4000,4001,4002,4006,4007,4011,4012,4013,4014,
4015,4017,4018,4019,4020,4021,4022,4023,4024,4025,
4026,4027,4028,4029,4030,4031

巻18 69首

4037,4043,4044,4045,4048,4051,4054,4055,4063,4064,
4066,4068,4070,4071,4072,4076,4077,4078,4079,4082,
4083,4084,4085,4086,4088,4089,4090,4091,4092,4093,
4094,4095,4096,4097,4098,4099,4100,4101,4102,4103,
4104,4105,4106,4107,4108,4109,4110,4111,4112,4113,
4114,4115,4116,4117,4118,4119,4120,4121,4122,4123,
4124,4125,4126,4127,4134,4135,4136,4137,4138

巻19 103首

4139,4140,4141,4142,4143,4144,4145,4146,4147,4148,
4149,4150,4151,4152,4153,4154,4155,4156,4157,4158,
4159,4160,4161,4162,4163,4164,4165,4166,4167,4168,
4169,4170,4171,4172,4173,4174,4175,4176,4177,4178,
4179,4180,4181,4182,4183,4185,4186,4187,4188,4189,
4190,4191,4192,4193,4194,4195,4196,4197,4198,4199,
4205,4206,4207,4208,4211,4212,4213,4214,4215,4216,
4217,4218,4219,4223,4225,4226,4229,4230,4234,4238,
4239,4248,4249,4250,4251,4253,4254,4255,4256,4259,
4266,4267,4272,4278,4281,4285,4286,4287,4288,4289,
4290,4291,4292

巻20 78首

4297,4303,4304,4305,4306,4307,4308,4309,4310,4311,
4312,4313,4314,4315,4316,4317,4318,4319,4320,4331,
4332,4333,4334,4335,4336,4360,4361,4362,4395,4396,
4397,4398,4399,4400,4408,4409,4410,4411,4412,4434,
4435,4443,4445,4450,4451,4453,4457,4460,4461,4462,
4463,4464,4465,4466,4467,4468,4469,4470,4471,4474,
4481,4483,4484,4485,4490,4492,4493,4494,4495,4498,
4501,4503,4506,4509,4512,4514,4515,4516




はじめに

 その一 概要


 その二 底本・資料など


 その三 形式・体裁


 その四 用字


 その五 その他


水垣 久
yamahito@bc.mbn.or.jp




一 少年期(天平三〜十年)


 天平三〜四年 十四〜十五歳 3首


    大伴宿祢家持鴬歌一首

 打霧之 雪者零乍 然為我二 吾宅乃薗"" 鴬鳴裳(08/1441)
 ウチキラシ ユキハフリツツ シカスガニ ワギヘノソノニ ウグヒスナクモ
 うち霧らし 雪は降りつつ しかすがに 吾ぎ宅の薗に 鴬鳴くも


    大伴宿祢家持春雉歌一首

 春野尓 安佐留雉乃 妻戀尓 己我當乎 人尓令知管(08/1446)
 ハルノノニ アサルキギシノ ツマゴヒニ オノガアタリヲ ヒトニシレツツ
 春の野に あさる雉の 妻恋ひに 己のがあたりを 人に知れつつ


    衛門大尉大伴宿祢稲公歌一首

*鍾礼能雨 無間零者 三笠山 木末歴 色附尓家里(08/1553)
 シグレノアメ マナクシフレバ ミカサヤマ コヌレアマネク イロヅキニケリ
 しぐれの雨 間無くし降れば 三笠山 木末歴く 色附きにけり

    大伴家持和歌一首

 皇之 御笠乃山能 秋黄葉 今日之鍾礼尓 散香過奈牟(08/1554)
 オホキミノ ミカサノヤマノ モミチバハ ケフノシグレニ チリカスギナム
 大君の 御笠の山の もみち葉は 今日の時雨に 散りか過ぎなむ


    余明軍、與大伴宿祢家持歌二首 明軍者大納言卿之資人也

*奉見而 未時太尓 不更者 如年月 所念君(04/0579)
 ミマツリテ イマダトキダニ カハラネバ トシツキノゴト オモホユルキミ
 見奉りて いまだ時だに 更らねば 年月の如 思ほゆる君

《校注》題詞「余」、底本は傍に「金」と訂正。
*足引乃 山尓生有 菅根乃 懃見巻 欲君可聞(04/0580)
 アシヒキノ ヤマニオヒタル スガノネノ ネモコロミマク ホシキキミカモ
 足引の 山に生ひたる 菅の根の ねもころ見まく 欲しき君かも


    大伴坂上家之大娘、報贈大伴宿祢家持歌四首

*生而有者 見巻毛不知 何如毛 将死与妹常 夢所見鶴(04/0581)
 イキテアラバ ミマクモシラズ ナニシカモ シナムヨイモト イメニミエツル
 生きてあらば 見まくも知らず 何しかも 死なむよ妹と 夢に見えつる

*大夫毛 如此戀家流乎 幼婦之 戀情尓 比有目八方(04/0582)
 マスラヲモ カクコヒケルヲ タワヤメノ コフルココロニ タグヒアラメヤモ
 大夫も かく恋ひけるを 手弱女の 恋ふる心に 比ひあらめやも

*月草之 徙安久 念可母 我念人之 事毛告不来(04/0583)
 ツキクサノ ウツロヒヤスク オモヘカモ ワガオモフヒトノ コトモツゲコヌ
 月草の うつろひやすく 思へかも 我が思ふ人の 事も告げ来ぬ

*春日山 朝立雲之 不居日無 見巻之欲寸 君毛有鴨(04/0584)
 カスガヤマ アサタツクモノ ヰヌヒナク ミマクノホシキ キミニモアルカモ
 春日山 朝立つ雲の 居ぬ日無く 見まくの欲しき 君にもあるかも



 天平五年前後 4首


    大伴宿祢家持、贈坂上家之大嬢歌一首

 吾屋外尓 蒔之瞿麦 何""毛 ""尓咲奈武 名蘇經乍見武(08/1448)
 ワガヤドニ マキシナデシコ イツシカモ ハナニサキナム ナソヘツツミム
 吾が屋外に 蒔きし瞿麦 何時しかも 花に咲きなむ なそへつつ見む


    大伴坂上郎女、與姪家持従佐保還歸西宅歌一首

*吾背子我 著衣薄 佐保風者 疾莫吹 及家左右(06/0979)
 ワガセコガ ケルキヌウスシ サホカゼハ イタクナフキソ イヘニイタルマデ
 吾が背子が 着る衣薄し 佐保風は 疾くな吹きそ 家にいたるまで


    大伴宿祢家持初月歌一首

 振仰而 若月見者 一目見之 人之眉引 所念可聞(06/0994)
 フリサケテ ミカヅキミレバ ヒトメミシ ヒトノマヨビキ オモホユルカモ
 振仰けて 若月見れば 一目見し 人の眉引 思ほゆるかも


    笠女郎、贈大伴宿祢家持歌二十四首

*吾形見 々管之努波世 荒珠 年之緒長 吾毛将思(04/0587)
 ワガカタミ ミツツシノハセ アラタマノ トシノヲナガク ワレモオモハム
 吾が形見 見つつしのはせ 荒珠の 年の緒長く 吾も思はむ

*白鳥能 飛羽山松之 待乍曽 吾戀度 此月比乎(04/0588)
 シラトリノ トバヤママツノ マチツツソ アガコヒワタル コノツキゴロヲ
 白鳥の 飛羽山松の 待ちつつそ 吾が恋ひ度る 此の月ごろを

*衣手乎 打廻乃里尓 有吾乎 不知曽人者 待跡不来家留(04/0589)
 コロモデヲ ウチミノサトニ アルワレヲ シラニソヒトハ マテドコズケル
 衣手を 打廻の里に 有る吾を 知らにそ人は 待てど来ずける

*荒玉 年之経去者 今師波登 勤与吾背子 吾名告為莫(04/0590)
 アラタマノ トシノヘヌレバ イマシハト ユメヨワガセコ ワガナノラスナ
 荒玉の 年の経ぬれば 今しはと 勤よ吾が背子 吾が名告らすな

*吾念乎 人尓令知哉 玉匣 開阿氣津跡 夢西所見(04/0591)
 ワガオモヒヲ ヒトニシルレヤ タマクシゲ ヒラキアケツト イメニシミユル
 吾が思ひを 人に知るれや 玉匣 開きあけつと 夢にし見ゆる

*闇夜尓 鳴奈流鶴之 外耳 聞乍可将有 相跡羽奈之尓(04/0592)
 ヤミノヨニ ナクナルタヅノ ヨソノミニ キキツツカアラム アフトハナシニ
 闇の夜に 鳴くなる鶴の 外のみに 聞きつつか有らむ 逢ふとはなしに

*君尓戀 痛毛為便无見 楢山之 小松""下尓 立嘆鴨(04/0593)
 キミニコヒ イタモスベナミ ナラヤマノ コマツガシタニ タチナゲクカモ
 君に恋ひ 甚もすべ無み 平山の 小松が下に 立ち嘆くかも

*吾屋戸之 暮陰草乃 白露之 消蟹本名 所念鴨(04/0594)
 ワガヤドノ ユフカゲクサノ シラツユノ ケヌガニモトナ オモホユルカモ
 吾が屋戸の 夕陰草の 白露の 消ぬがにもとな 思ほゆるかも

*吾命之 将全""限 忘目八 弥日異者 念益十方(04/0595)
 ワガイノチノ マタケムカギリ ワスレメヤ イヤヒニケニハ オモヒマストモ
 吾が命の 全けむ限り 忘れめや いや日に異には 思ひ益すとも

《校注》底本、「」は「幸」で、「全幸限」の訓はマサケンカギリとする。
*八百日徃 濱之沙毛 吾戀二 豈不益歟 奥嶋守(04/0596)
 ヤホカユク ハマノマナゴモ アガコヒニ アニマサラジカ オキツシマモリ
 八百日往く 浜の沙も 吾が恋に 豈に益らじか 奥つ嶋守

*宇津蝉之 人目乎繁見 石走 間近君尓 戀度可聞(04/0597)
 ウツセミノ ヒトメヲシゲミ イハバシノ マヂカキキミニ コヒワタルカモ
 うつ蝉の 人目を繁み 石橋の 間近き君に 恋ひわたるかも

*戀尓毛曽 人者死為 水无瀬河 下従吾痩 月日異(04/0598)
 コヒニモソ ヒトハシニスル ミナセガハ シタユアレヤス ツキニヒニケニ
 恋にもそ 人は死にする 水無瀬河 下ゆ吾痩す 月に日に異に

*朝霧之 欝相見之 人故尓 命可死 戀渡鴨(04/0599)
 アサギリノ オホニアヒミシ ヒトユヱニ イノチシヌベク コヒワタルカモ
 朝霧の 欝に相見し 人故に 命死ぬべく 恋ひわたるかも

*伊勢海之 礒毛動尓 因流波 恐人尓 戀渡鴨(04/0600)
 イセノウミノ イソモトドロニ ヨスルナミ カシコキヒトニ コヒワタルカモ
 伊勢の海の 礒もとどろに よする波 畏き人に 恋ひわたるかも

*従情毛 吾者不念寸 山河毛 隔莫國 如是戀常羽(04/0601)
 ココロユモ アハオモハズキ ヤマカハモ ヘダタラナクニ カクコヒムトハ
 心ゆも 吾は思はずき 山河も 隔たらなくに かく恋ひむとは

*暮去者 物念益 見之人乃 言問為形 面景尓而(04/0602)
 ユフサレバ モノオモヒマサル ミシヒトノ コトトフスガタ オモカゲニシテ
 夕されば 物思ひ益る 見し人の 言問ふすがた 面景にして

*念西 死為物尓 有麻世波 千遍曽吾者 死變益(04/0603)
 オモフニシ シニスルモノニ アラマセバ チタビソワレハ シニカハラマシ
 思ふにし 死にする物に 有らませば 千遍そ吾は 死に変らまし

*劔大刀 身尓取副常 夢見津 何如之""曽毛 君尓相為(04/0604)
 ツルギタチ ミニトリソフト イメニミツ ナニノサガソモ キミニアハムタメ
 剣大刀 身に取り副ふと 夢に見つ 何のさがそも 君に逢はむ為

《校注》""、底本は「佐」。その傍に異本参照「怪」とあり、また「祥」の字が添えてある。
*天地之 神理 无者社 吾念君尓 不相死為目(04/0605)
 アメツチノ カミシコトワリ ナクハコソ アガオモフキミニ アハズシニセメ
 天地の 神し理 無くはこそ 吾が思ふ君に 逢はず死にせめ

*吾毛念 人毛莫忘 多奈和丹 浦吹風之 止時无有(04/0606)
 ワレモオモフ ヒトモナワスレ オホナワニ ウラフクカゼノ ヤムトキナカレ
 吾も思ふ 人もな忘れ 多なわに 浦吹く風の 止む時なかれ

*皆人乎 宿与殿金者 打礼杼 君乎之念者 寐不勝鴨(04/0607)
 ミナヒトヲ ネヨトノカネハ ウツナレド キミヲシオモヘバ イネカテヌカモ
 皆人を 寝よとの鐘は 打つなれど 君をし思へば 寝ねかてぬかも

*不相念 人乎思者 大寺之 餓鬼之後尓 額衝如(04/0608)
 アヒオモハヌ ヒトヲオモフハ オホテラノ ガキノシリヘニ ヌカツクゴトシ
 相思はぬ 人を思ふは 大寺の 餓鬼の後へに 額つくごとし

*従情毛 我者不念寸 又更 吾故郷尓 将還来者(04/0609)
 ココロユモ アハオモハズキ マタサラニ ワガフルサトニ カヘリコムトハ
 心ゆも 我は思はずき 又更に 吾が故郷に 還り来むとは

*近有者 雖不見在乎 弥遠 君之伊座者 有不勝自(04/0610)
 チカクアレバ ミズトモアリシヲ イヤトホニ キミガイマサバ アリカツマシジ
 近く有れば 見ずともありしを いや遠に 君がい座さば 有りかつましじ

     右二首、相別後更来贈

    大伴宿祢家持和歌二首

 今更 妹尓将相八跡 念可聞 幾許吾胸 欝悒将有(04/0611)
 イマサラニ イモニアハメヤト オモヘカモ ココダクアガムネ イブセクアルラム
 今更に 妹に逢はめやと 思へかも ここだく吾が胸 鬱せくあるらむ

 中々者 黙毛有益乎 何為跡香 相見始兼 不遂尓(04/0612)
 ナカナカハ モダモアラマシヲ ナニストカ アヒミソメケム トゲザラマクニ
 中々は 黙もあらましを 何すとか 相見そめけむ 遂げざらまくに

《校注》「中々者」は、「者」を「尓」などの誤字か不読助字と考えてナカナカニと訓むのが通説。


 天平八年以前 7首


    巫部麻蘇娘子鴈歌一首

*誰聞都 従此間鳴渡 鴈鳴乃 嬬呼音乃 "乏蜘在可"(08/1562)
 タレキキツ コユナキワタル カリガネノ ツマヨブコヱノ トモシクモアルカ
 誰聞きつ こゆ鳴きわたる 雁が音の 嬬呼ぶこゑの 乏しくもあるか

《校注》第五句、底本は「之知左守」。『萬葉集略解』の宣長説により改変。

    大伴家持和歌一首

 聞津哉登 妹之問勢流 鴈鳴者 真毛遠 雲隠奈利(08/1563)
 キキツヤト イモガトハセル カリガネハ マコトモトホク クモガクルナリ
 聞きつやと 妹が問はせる 雁が音は 真も遠く 雲隠るなり


    日置長枝娘子歌一首

*秋付者 尾花我上尓 置露乃 應消毛吾者 所念香聞(08/1564)
 アキヅケバ ヲバナガウヘニ オクツユノ ケヌベクモアハ オモホユルカモ
 秋づけば 尾花が上に 置く露の 消ぬべくも吾は 思ほゆるかも

    大伴家持和歌一首

 吾屋戸乃 一村芽子乎 念児尓 不令見殆 令散都類香聞(08/1565)
 ワガヤドノ ヒトムラハギヲ オモフコニ ミセズホトホト チラシツルカモ
 吾が屋戸の 一むら萩を 思ふ子に 見せずほとほと 散らしつるかも


    大伴家持秋歌四首

 久堅之 雨間毛不置 雲隠 鳴曽去奈流 早田鴈之哭(08/1566)
 ヒサカタノ アママモオカズ クモガクリ ナキソユクナル ワサダカリガネ
 久堅の 雨間も置かず 雲隠り 鳴きそ去くなる 早田雁が音

 雲隠 鳴奈流鴈乃 去而将居 秋田之穂立 繁之所念(08/1567)
 クモガクリ ナクナルタヅノ ユキテヰム アキタノホダチ シゲクシオモホユ
 雲隠り 鳴くなる雁の 去きて居む 秋田の穂立ち 繁くし思ほゆ

 雨隠 情欝悒 出見者 春日山者 色付二家利(08/1568)
 アマゴモリ ココロイブセミ イデミレバ カスガノヤマハ イロヅキニケリ
 雨隠り 心欝せみ 出で見れば 春日の山は 色づきにけり

 雨{晴}而 清照有 此月夜 又更而 雲勿田菜引(08/1569)
 アメハレテ キヨクテリタル コノツクヨ マタサラニシテ クモナタナビキ
 雨晴れて 清く照りたる 此の月夜 又更にして 雲なたなびき

     右四首、天平八年丙子秋九月作


    大伴家持白露歌一首

 吾屋戸乃 草花上之 白露乎 不令消而玉尓 貫物尓毛我(08/1572)
 ワガヤドノ ヲバナガウヘノ シラツユヲ ケタズテタマニ ヌクモノニモガ
 吾が屋戸の 尾花が上の 白露を 消たずて玉に 貫くものにもが



 天平十年 二十一歳 1首


    十年七月七日之夜、獨仰天漢聊述懐一首

 多奈婆多之 船乗須良之 麻蘇鏡 吉欲伎月夜尓 雲起和多流(17/3900)
 タナバタシ フナノリスラシ マソカガミ キヨキツクヨニ クモタチワタル
 たなばたし 船乗りすらし 真澄鏡 清き月夜に 雲起ちわたる

     右一首、大伴宿祢家持作



 年次未詳1(天平十一年以前) 3首


    大伴宿祢家持、與交遊別歌三首

 盖毛 人之中言 聞可毛 幾許雖待 君之不来益(04/0680)
 ケダシクモ ヒトノナカゴト キカセカモ ココダクマテド キミガキマサヌ
 蓋しくも 人の中言 聞かせかも ここだく待てど 君が来まさぬ

 中々尓 絶年云者 如此許 氣緒尓四而 吾将戀八方(04/0681)
 ナカナカニ タユトシイハバ カクバカリ イキノヲニシテ アガコヒメヤモ
 中々に 絶ゆとし云はば かくばかり 息の緒にして 吾が恋ひめやも

 将念 人尓有莫國 懃 情盡而 戀流吾毳(04/0682)
 オモフラム ヒトニアラナクニ ネモコロニ ココロツクシテ コフルアレカモ
 思ふらむ 人にあらなくに 懇ろに 心尽くして 恋ふる吾かも



 年次不詳2(天平十二年以前) 12首


    大伴宿祢家持、贈娘子歌二首

 百礒城之 大宮人者 雖多有 情尓乘而 所念妹(04/0691)
 モモシキノ オホミヤビトハ オホカレド ココロニノリテ オモホユルイモ
 ももしきの 大宮人は 多かれど 心に乗りて 思ほゆる妹

 得羽重无 妹二毛有鴨 如此許 人情乎 令盡念者(04/0692)
 ウハヘナキ イモニモアルカモ カクバカリ ヒトノココロヲ ツクサクオモヘバ
 表辺なき 妹にも有るかも かくばかり 人の心を 尽くさく思へば


    大伴宿祢家持、到娘子之門作歌一首

 如此為而哉 猶八将退 不近 道之間乎 煩参来而(04/0700)
 カクシテヤ ナホヤマカラム チカカラヌ ミチノアヒダヲ ナヅミマヰキテ
 かくしてや 猶や退らむ 近からぬ 道の間を なづみ参来て


    大伴宿祢家持、贈童女歌一首

 葉根蘰 今為妹乎 夢見而 情内二 戀度鴨(04/0705)
 ハネカヅラ イマスルイモヲ イメニミテ ココロノウチニ コヒワタルカモ
 葉根蘰 今する妹を 夢に見て 心の内に 恋ひわたるかも

    童""来報歌一首

*葉根蘰 今為妹者 無四呼 何妹其 幾許戀多類(04/0706)
 ハネカヅラ イマスルイモハ ナカリシヲ イヅレノイモソ ソコバコヒタル
 葉根蘰 今する妹は 無かりしを いづれの妹そ 幾許恋ひたる


    大伴宿祢家持、贈娘子歌七首

 情尓者 思渡跡 縁乎無三 外耳為而 嘆曽吾為(04/0714)
 ココロニハ オモヒワタレド ヨシヲナミ ヨソノミニシテ ナゲキソアガスル
 心には 思ひわたれど 縁をなみ 外のみにして 嘆きそ吾がする

 千鳥鳴 佐穂乃河門之 清瀬乎 馬打和多思 何時将通(04/0715)
 チドリナク サホノカハトノ キヨキセヲ ウマウチワタシ イツカカヨハム
 千鳥鳴く 佐保の河門の 清き瀬を 馬うちわたし 何時か通はむ

 夜昼 云別不知 吾戀 情盖 夢所見寸八(04/0716)
 ヨルヒルト イフワキシラズ アガコフル ココロハケダシ イメニミエキヤ
 夜昼と 云ふわき知らず 吾が恋ふる 心は蓋し 夢に見えきや

 都礼毛無 将有人乎 獨念尓 吾念者 惑毛安流香(04/0717)
 ツレモナク アルラムヒトヲ カタオモヒニ ワレハオモヘバ ワビシクモアルカ
 つれもなく あるらむ人を 片思ひに 吾は思へば わびしくもあるか

 不念尓 妹之咲{舞}乎 夢見而 心中二 燎管曽呼留(04/0718)
 オモハヌニ イモガヱマヒヲ イメニミテ ココロノウチニ モエツツソヲル
 思はぬに 妹が咲まひを 夢に見て 心の中に 燎えつつそをる

 大夫跡 念流吾乎 如此許 三礼二見津礼 片念男責(04/0719)
 マスラヲト オモヘルワレヲ カクバカリ ミツレニミツレ カタオモヒヲセム
 大夫と 思へる吾を かくばかり みつれにみつれ 片思ひをせむ

 村肝之 情揣而 如此許 余戀良苦乎 不知香安類良武(04/0720)
 ムラキモノ ココロクダケテ カクバカリ アガコフラクヲ シラズカアルラム
 むらきもの 心摧けて かくばかり 吾が恋ふらくを 知らずかあるらむ


    大伴宿祢家持歌一首

 如是許 戀乍不有者 石木二毛 成益物乎 物不思四手(04/0722)
 カクバカリ コヒツツアラズハ イハキニモ ナラマシモノヲ モノオモハズシテ
 如是ばかり 恋ひつつあらずは 石木にも ならましものを 物思はずして



 年次不詳3(比較的初期と考えられる歌)14首


    大伴家持霍公鳥歌一首

 宇乃花毛 未開者 霍公鳥 佐保乃山邊 来鳴令響(08/1477)
 ウノハナモ イマダサカネバ ホトトギス サホノヤマヘニ キナキトヨモス
 卯の花も 未だ咲かねば 霍公鳥 佐保の山辺に 来鳴き響もす


    大伴家持橘歌一首

 吾屋前之 花橘乃 何時毛 珠貫倍久 其實成奈武(08/1478)
 ワガヤドノ ハナタチバナノ イツシカモ タマニヌクベク ソノミナリナム
 吾が屋前の 花橘の 何時しかも 珠に貫くべく その実成りなむ


    大伴家持晩蝉歌一首

 隠耳 居者欝悒 奈具左武登 出立聞者 来鳴日晩(08/1479)
 コモリノミ ヲレバイブセミ ナグサムト イデタチキケバ キナクヒグラシ
 隠りのみ 居れば欝せみ なぐさむと 出で立ち聞けば 来鳴く日晩


    大伴家持唐棣花歌一首

 夏儲而 開有波祢受 久方乃 雨打零者 将移香(08/1485)
 ナツマケテ サキタルハネズ ヒサカタノ アメウチフラバ ウツロヒナムカ
 夏まけて 咲きたるはねず 久方の 雨打ち降らば 移ろひなむか


    大伴家持、""霍公鳥晩喧歌二首

 吾屋前之 花橘乎 霍公鳥 来不喧地尓 令落常香(08/1486)
 ワガヤドノ ハナタチバナヲ ホトトギス キナカズツチニ チラシテムトカ
 吾が屋前の 花橘を 霍公鳥 来喧かず土に 散らしてむとか

 霍公鳥 不念有寸 木晩乃 如此成左右尓 奈何不来喧(08/1487)
 ホトトギス オモハズアリキ コノクレノ カクナルマデニ ナニカキナカヌ
 霍公鳥 思はずありき 木の晩の かく成るまでに 何か来鳴かぬ


    大伴家持、懽霍公鳥歌一首

 何處者 鳴毛思仁家武 霍公鳥 吾家之里尓 今日耳曽鳴(08/1488)
 イヅクニハ ナキモシニケム ホトトギス ワギヘノサトニ ケフノミソナク
 何処には 鳴きもしにけむ 霍公鳥 吾ぎ家の里に 今日のみそ鳴く


    大伴家持、惜花橘歌一首

 吾屋前之 花橘者 落過而 珠尓可貫 實尓成二家利(08/1489)
 ワガヤドノ ハナタチバナハ チリスギテ タマニヌクベク ミニナリニケリ
 吾が屋前の 花橘は 散り過ぎて 珠に貫くべく 実に成りにけり


    大伴家持霍公鳥歌一首

 霍公鳥 雖待不来喧 ""蒲"" 玉尓貫日乎 未遠美香(08/1490)
 ホトトギス マテドキナカズ アヤメグサ タマニヌクヒヲ イマダトホミカ
 霍公鳥 待てど来喧かず 菖蒲草 玉に貫く日を 未だ遠みか


    大伴家持、雨日聞霍公鳥喧歌一首

 宇乃花能 過者惜香 霍公鳥 雨間毛不置 従此間喧渡(08/1491)
 ウノハナノ スギバヲシミカ ホトトギス アママモオカズ コユナキワタル
 卯の花の 過ぎば惜しみか 霍公鳥 雨間も置かず こゆ鳴きわたる


    大伴家持霍公鳥歌二首

 夏山之 木末乃繁尓 霍公鳥 鳴響奈流 聲之遥佐(08/1494)
 ナツヤマノ コヌレノシゲニ ホトトギス ナキトヨムナル コヱノハルケサ
 夏山の 木末の繁に 霍公鳥 鳴き響むなる 声の遥けさ

 足引乃 許乃間立八十一 霍公鳥 如此聞始而 後将戀可聞(08/1495)
 アシヒキノ コノマタチクク ホトトギス カクキキソメテ ノチコヒムカモ
 あしひきの 木の間立ちくく 霍公鳥 かく聞きそめて 後恋ひむかも


    大伴家持石竹花歌一首

 吾屋前之 瞿麦乃花 盛有 手折而一目 令見児毛我母(08/1496)
 ワガヤドノ ナデシコノハナ サカリナリ タヲリテヒトメ ミセムコモガモ
 吾が屋前の 瞿麦の花 盛りなり 手折りて一目 見せむ児もがも


    大伴宿祢家持雪梅歌一首

 今日零之 雪尓競而 我屋前之 冬木梅者 花開二家里(08/1649)
 ケフフリシ ユキニキホヒテ ワガヤドノ フユキノウメハ ハナサキニケリ
 今日降りし 雪に競ひて 我が屋前の 冬木の梅は 花咲きにけり



二 内舎人在任期(天平十一年〜十六年)


 天平十一年 二十二歳 38首


    十一年己卯夏六月、大伴宿祢家持、悲傷亡妾作歌一首

 従今者 秋風寒 将吹焉 如何獨 長夜乎将宿(03/0462)
 イマヨリハ アキカゼサムク フキナムヲ イカニカヒトリ ナガキヨヲネム
 今よりは 秋風寒く 吹きなむを 如何にか独り 長き夜を寝む

    弟大伴宿祢書持、即和歌一首

*長夜乎 獨哉将宿跡 君之云者 過去人之 所念久尓(03/0463)
 ナガキヨヲ ヒトリカネムト キミガイヘバ スギニシヒトノ オモホユラクニ
 長き夜を 独りか寝むと 君が云へば 過ぎにし人の 思ほゆらくに

    又家持、見砌上瞿麦花作歌一首

 秋去者 見乍思跡 妹之殖之 屋前乃石竹 開家流香聞(03/0464)
 アキサラバ ミツツシノヘト イモガウヱシ ヤドノナデシコ サキニケルカモ
 秋さらば 見つつ偲へと 妹が殖ゑし 屋前の石竹 咲きにけるかも

    移朔而後、悲嘆秋風、家持作歌一首

 虚蝉之 代者無常跡 知物乎 秋風寒 思努妣都流可聞(03/0465)
 ウツセミノ ヨハツネナシト シルモノヲ アキカゼサムミ シノビツルカモ
 虚蝉の 世は常無しと 知るものを 秋風寒み しのびつるかも

    又家持作歌一首 并短哥

 吾屋前尓 花曽咲有 其乎見杼 情毛不行
 愛八師 妹之有世婆 水鴨成 二人雙居
 手折而毛 令見麻思物乎 打蝉乃 借有身在者
 露霜乃 消去之如久 足日木乃 山道乎指而
 入日成 隠去可婆 曽許念尓 胸己所痛
 言毛不得 名付毛不知 跡無 世間尓有者
 将為須弁毛奈思
(03/0466)

 ワガヤドニ ハナソサキタル ソヲミレド ココロモユカズ
 ハシキヤシ イモガアリセバ ミカモナス フタリナラビヰ
 タヲリテモ ミセマシモノヲ ウツセミノ カレルミナレバ
 ツユジモノ ケヌルガゴトク アシヒキノ ヤマヂヲサシテ
 イリヒナス カクリニシカバ ソコモフニ ムネコソイタキ
 イヒモエズ ナヅケモシラズ アトモナキ ヨノナカナレバ
 セムスベモナシ

 吾が屋前に 花そ咲きたる そを見れど 心もゆかず
 愛しきやし 妹がありせば 水鴨なす 二人雙び居
 手折りても 見せましものを うつ蝉の 借れる身なれば
 露霜の 消ぬるが如く あしひきの 山道を指して
 入日なす 隠りにしかば そこ思ふに 胸こそ痛き
 言ひも得ず 名づけも知らず 跡も無き 世の中なれば
 為むすべもなし

    反歌

 時者霜 何時毛将有乎 情哀 伊去吾妹可 若子乎置而(03/0467)
 トキハシモ イツモアラムヲ ココロイタク イユクワギモカ ミドリコヲオキテ
 時はしも 何時もあらむを 心いたく い去く吾妹か 嬰児を置きて

 出行 道知末世波 豫 妹乎将留 塞毛置末思乎(03/0468)
 イデテユク ミチシラマセバ アラカジメ イモヲトドメム セキモオカマシヲ
 出でて行く 道知らませば 予め 妹を留めむ 塞も置かましを

 妹之見師 屋跡尓花咲 時者経去 吾泣涙 未干尓(03/0469)
 イモガミシ ヤドニハナサキ トキハヘヌ ワガナクナミタ イマダヒナクニ
 妹が見し 屋戸に花咲き 時は経ぬ 吾が泣く涙 未だ干なくに

    悲緒未息、更作歌五首

 如是耳 有家留物乎 妹毛吾毛 如千歳 憑有来(03/0470)
 カクノミニ アリケルモノヲ イモモワレモ チトセノゴトク タノミタリケリ
 如是のみに ありけるものを 妹も吾も 千歳の如く 憑みたりけり

 離家 伊麻須吾妹乎 停不得 山隠都礼 情神毛奈思(03/0471)
 イヘザカリ イマスワギモヲ トドメカネ ヤマカクシツレ ココロドモナシ
 家離り います吾妹を 停めかね 山隠しつれ 情神もなし

 世間之 常如此耳跡 可都知跡 痛情者 不忍都毛(03/0472)
 ヨノナカシ ツネカクノミト カツシレド イタキココロハ シノビカネツモ
 世の中し 常かくのみと かつ知れど 痛き心は 忍びかねつも

 佐保山尓 多奈引霞 毎見 妹乎思出 不泣日者無(03/0473)
 サホヤマニ タナビクカスミ ミルゴトニ イモヲオモヒイデ ナカヌヒハナシ
 佐保山に たなびく霞 見るごとに 妹を思ひ出で 泣かぬ日はなし

 昔許曽 外尓毛見之加 吾妹子之 奥槨常念者 波之吉佐寳山(03/0474)
 ムカシコソ ヨソニモミシカ ワギモコガ オクツキトオモヘバ ハシキサホヤマ
 昔こそ 外にも見しか 吾妹子が 奥津城と思へば はしき佐宝山


    大伴宿祢家持、贈坂上家大嬢歌二首 離絶数年、復會相聞往来

 萱草 吾下紐尓 着有跡 鬼乃志許草 事二思安利家理(04/0727)
 ワスレグサ ワガシタヒモニ ツケタレド シコノシコグサ コトニシアリケリ
 萱草 吾が下紐に 着けたれど 醜の醜草 言にしありけり

 人毛无 國母有粳 吾妹児与 携行而 副而将座(04/0728)
 ヒトモナキ クニモアラヌカ ワギモコト タヅサヒユキテ タグヒテヲラム
 人も無き 国もあらぬか 吾妹児と 携ひ行きて たぐひてをらむ


    大伴坂上大嬢、贈大伴宿祢家持哥三首

*玉有者 手二母将巻乎 欝瞻乃 世人有者 手二巻難石(04/0729)
 タマナラバ テニモマカムヲ ウツセミノ ヨノヒトナレバ テニマキガタシ
 玉ならば 手にも巻かむを 現身の 世の人なれば 手に巻きがたし

*将相夜者 何時将有乎 何如為常香 彼夕相而 事之繁裳(04/0730)
 アハムヨハ イツモアラムヲ ナニストカ ソノヨヒアヒテ コトノシゲキモ
 逢はむ夜は 何時もあらむを 何すとか その宵逢ひて 言の繁きも

*吾名者毛 千名之五百名尓 雖立 君之名立者 惜社泣(04/0731)
 ワガナハモ チナノイホナニ タチヌトモ キミガナタタバ ヲシミコソナケ
 吾が名はも 千名の五百名に 立ちぬとも 君が名立たば 惜しみこそ泣け

    又大伴宿祢家持、和歌三首

 今時者四 名之惜雲 吾者无 妹丹因者 千遍立十方(04/0732)
 イマシハシ ナノヲシケクモ ワレハナシ イモニヨリテハ チタビタツトモ
 今しはし 名の惜しけくも 吾はなし 妹に因りては 千遍立つとも

 空蝉乃 代也毛二行 何為跡鹿 妹尓不相而 吾獨将宿(04/0733)
 ウツセミノ ヨヤモフタユク ナニストカ イモニアハズテ アガヒトリネム
 空蝉の 代やも二行く 何すとか 妹にあはずて 吾が独り寝む

 吾念 如此而不有者 玉二毛我 真毛妹之 手二所纒""(04/0734)
 ワガオモヒ カクテアラズハ タマニモガ マコトモイモガ テニマカレムヲ
 吾が思ひ かくてあらずは 玉にもが まことも妹が 手に纏かれむを

    同坂上大嬢、贈家持歌一首

*春日山 霞多奈引 情具久 照月夜尓 獨鴨念(04/0735)
 カスガヤマ カスミタナビキ ココログク テレルツクヨニ ヒトリカモネム
 春日山 霞たなびき 心ぐく 照れる月夜に 独りかも寝む

    又家持、和坂上大嬢歌一首

 月夜尓波 門尓出立 夕占問 足卜乎曽為之 行乎欲焉(04/0736)
 ツクヨニハ カドニイデタチ ユフケトヒ アウラヲソセシ ユカマクヲホリ
 月夜には 門に出で立ち 夕占問ひ 足卜をそせし 行かまくを欲り

    同大嬢、贈家持歌二首

*云々 人者雖云 若狭道乃 後瀬山之 後毛将會君(04/0737)
 カニカクニ ヒトハイフトモ ワカサヂノ ノチセノヤマノ ノチモアハムキミ
 かにかくに 人は云ふとも 若狭道の 後瀬の山の 後も逢はむ君

*世間之 苦物尓 有家良"" 戀尓不勝而 可死念者(04/0738)
 ヨノナカノ クルシキモノニ アリケラシ コヒニアヘズテ シヌベキオモヘバ
 世の中の 苦しき物に 有りけらし 恋に勝へずて 死ぬべき思へば

《校注》第三句「有家良""」、底本は「有家良久」とありアリケラクと訓む。元暦校本により「久」を「之」に改変。

    又家持、和坂上大嬢歌二首

 後湍山 後毛将相常 念社 可死物乎 至今日毛生有(04/0739)
 ノチセヤマ ノチモアハムト オモヘコソ シヌベキモノヲ ケフマデモイケレ
 後湍山 後もあはむと 思へこそ 死ぬべきものを 今日までも生けれ

 事耳乎 後毛相跡 懃 吾乎令憑而 不相可聞(04/0740)
 コトノミヲ ノチモアハムト ネモコロニ ワレヲタノメテ アハザラムカモ
 言のみを 後もあはむと 懇ろに 吾れを憑めて あはざらむかも

    更大伴宿祢家持、贈坂上大嬢歌十五首

 夢之相者 苦有家里 覚而 掻探友 手二毛不所觸者(04/0741)
 イメノアヒハ クルシカリケリ オドロキテ カキサグレドモ テニモフレネバ
 夢の逢は 苦しかりけり 覚きて 掻き探れども 手にも触れねば

 一重耳 妹之将結 帯乎尚 三重可結 吾身者成(04/0742)
 ヒトヘノミ イモガユヒケム オビヲスラ ミヘムスブベク アガミハナリヌ
 一重のみ 妹が結ひけむ 帯をすら 三重結ぶべく 吾が身はなりぬ

《校注》第二句の「将結」は従来ムスバムと訓む。意味が通らないため、上のように訓み直す。ケムは過去推量の助動詞、不確かな記憶を表わす。なお「将」をケムと訓む例は02/0143・04/0595などに見られる。
 吾戀者 千引乃石乎 七許 頚二将繋母 神之諸伏(04/0743)
 アガコヒハ チビキノイハヲ ナナバカリ クビニカケムモ カミノマニマニ
 吾が恋は 千引の石を 七許り 首に繋けむも 神のまにまに

 暮去者 屋戸開設而 吾将待 夢尓相見二 将来云比登乎(04/0744)
 ユフサラバ ヤドアケマケテ ワレマタム イメニアヒミニ コムトイフヒトヲ
 夕さらば 屋戸開け設けて 吾待たむ 夢に相見に 来むと云ふ人を

 朝夕二 将見時左倍也 吾妹之 雖見如不見 尚戀四家武(04/0745)
 アサヨヒニ ミムトキサヘヤ ワギモコガ ミトモミヌゴト ナホコヒシケム
 朝宵に 見む時さへや 吾妹子が 見とも見ぬごと なほ恋ひしけむ

 生有代尓 吾者未見 事絶而 如是{可}怜 縫流嚢者(04/0746)
 イケルヨニ ワレハイマダミズ コトタエテ カクオモシロク ヌヘルフクロハ
 生ける代に 吾はいまだ見ず 言絶えて かく面白く 縫へる嚢は

 吾妹児之 形見乃服 下着而 直相左右者 吾将脱八方(04/0747)
 ワギモコガ カタミノコロモ シタニキテ タダニアフマデハ ワレヌカメヤモ
 吾妹児が 形見の服 下に着て 直にあふまでは 吾脱かめやも

 戀死六 其毛同曽 奈何為二 人目他言 辞痛吾将為(04/0748)
 コヒシナム ソコモオナジソ ナニセムニ ヒトメヒトゴト コチタミアガセム
 恋ひ死なむ そこも同じそ 何せむに 人目他言 こちたみ吾がせむ

 夢二谷 所見者社有 如此許 不所見有者 戀而死跡香(04/0749)
 イメニダニ ミエバコソアレ カクバカリ ミエズシアルハ コヒテシネトカ
 夢にだに 見えばこそあれ かくばかり 見えずしあるは 恋ひて死ねとか

 念絶 和備西物尾 中々荷 奈何辛苦 相見始兼(04/0750)
 オモヒタエ ワビニシモノヲ ナカナカニ ナニカクルシク アヒミソメケム
 思ひ絶え わびにしものを 中々に 何か苦しく 相見そめけむ

 相見而者 幾日毛不経乎 幾許久毛 久流比尓久流必 所念鴨(04/0751)
 アヒミテハ イクカモヘヌヲ ココダクモ クルヒニクルヒ オモホユルカモ
 相見ては 幾日も経ぬを 幾許くも くるひにくるひ 思ほゆるかも

 如是許 面影耳 所念者 何如将為 人目繁而(04/0752)
 カクバカリ オモカゲニノミ オモホヘバ イカニカモセム ヒトメシゲクテ
 かく許り 面影にのみ 思ほえば 如何にかもせむ 人目繁くて

 相見者 須臾戀者 奈木六香登 雖念弥 戀益来(04/0753)
 アヒミテバ シマシクコヒハ ナギムカト オモヘドイヨヨ コヒマサリケリ
 相見てば 須臾く恋は なぎむかと 思へどいよよ 恋ひまさりけり

 夜之穂杼呂 吾出而来者 吾妹子之 念有四九四 面影二三湯(04/0754)
 ヨノホドロ ワガイデテクレバ ワギモコガ オモヘリシクシ オモカゲニミユ
 夜のほどろ 吾が出でて来れば 吾妹子が 思へりしくし 面影にみゆ

 夜之穂杼呂 出都追来良久 遍多数 成者吾胸 截焼如(04/0755)
 ヨノホドロ イデツツクラク タビマネク ナレバアガムネ キリヤクゴトシ
 夜のほどろ 出でつつ来らく 遍まねく なれば吾が胸 截り焼く如し


    大伴家持、至姑坂上郎女竹田庄作歌一首

 玉桙乃 道者雖遠 愛哉師 妹乎相見尓 出而曽吾来之(08/1619)
 タマホコノ ミチハトホケド ハシキヤシ イモヲアヒミニ イデテソアガコシ
 玉桙の 道は遠けど 愛しきやし 妹を相見に 出でてそ吾が来し

    大伴坂上郎女和歌一首

*荒玉之 月立左右二 来不益者 夢西見乍 思曽吾勢思(08/1620)
 アラタマノ ツキタツマデニ キマサネバ イメニシミツツ オモヒソアガセシ
 荒玉の 月立つまでに 来まさねば 夢にし見つつ 思ひそ吾がせし

     右二首、天平十一年八月作


    坂上大娘、秋稲蘰贈大伴宿祢家持歌一首

*吾之""有 早田之穂立 造有 蘰曽見乍 師弩波世吾背(08/1624)
 ワガマケル ワサダノホダチ ツクリタル カヅラソミツツ シノハセワガセ
 吾が蒔ける 早田の穂立ち 造りたる 蘰そ見つつ しのはせ吾が背

《校注》""は、底本「業」。京大本により改変。

    大伴宿祢家持、報贈歌一首

 吾妹児之 業跡造有 秋田 早穂乃蘰 雖見不飽可聞(08/1625)
 ワギモコガ ナリトツクレル アキノタノ ワサホノカヅラ ミレドアカヌカモ
 吾妹児が 業と造れる 秋の田の 早穂の蘰 見れど飽かぬかも

    又、報脱著身衣贈家持歌一首

 秋風之 寒比日 下尓将服 妹之形見跡 可都毛思努播武(08/1626)
 アキカゼノ サムキコノコロ シタニキム イモガカタミト カツモシノハム
 秋風の 寒きこのころ 下に著む 妹が形見と かつもしのはむ

     右三首、天平十一年己卯九月往来



 天平十二年 二十三歳 16首 


    大伴宿祢家持、贈同坂上之大嬢歌一首

 朝尓食尓 欲見 其玉乎 如何為鴨 従手不離有牟(03/0403)
 アサニケニ ミマクホシケキ ソノタマヲ イカニセバカモ テユカレズアラム
 朝に日に 見まく欲しけき その玉を 如何にせばかも 手ゆ離れずあらむ

    大伴宿祢家持、贈同坂上家之大嬢歌一首

 石竹之 其花尓毛我 朝旦 手取持而 不戀日将無(03/0408)
 ナデシコノ ソノハナニモガ アサナサナ テニトリモチテ コヒヌヒナケム
 石竹の その花にもが 朝な旦な 手に取り持ちて 恋ひぬ日なけむ

《付記》右二首は制作年次を推測する手掛かり乏しい。取りあえず「復會」(04/0727題詞)翌年の春の作と見てここに置く。

    大伴家持、攀花橘贈坂上大嬢歌一首 并短哥

 伊加登伊可等 有吾屋前尓 百枝刺 於布流橘
 玉尓貫 五月乎近美 安要奴我尓 花咲尓家里
 朝尓食尓 出見毎 氣緒尓 吾念妹尓
 銅鏡 清月夜尓 直一眼 令覩麻而尓波
 落許須奈 由米登云管 幾許 吾守物乎
 宇礼多伎也 志許霍公鳥 暁之 裏悲尓
 雖追々々 尚来鳴而 徒 地尓令散者
 為便乎奈美 攀而手折都 見末世吾妹児
(08/1507)

 イカトイカト アルワガヤドニ モモエサシ オフルタチバナ
 タマニヌク サツキヲチカミ アエヌガニ ハナサキニケリ
 アサニケニ イデミルゴトニ イキノヲニ アガオモフイモニ
 マソカガミ キヨキツクヨニ タダヒトメ ミスルマデニハ
 チリコスナ ユメトイヒツツ ココダクモ ワガモルモノヲ
 ウレタキヤ シコホトトギス アカトキノ ウラガナシキニ
 オヘドオヘド ナホシキナキテ イタヅラニ ツチニチラセバ
 スベヲナミ ヨヂテタヲリツ ミマセワギモコ

 いかといかと ある吾が屋前に 百枝刺し おふる橘
 玉に貫く 五月を近み あえぬがに 花咲きにけり
 朝に日に 出で見る毎に いきの緒に 吾が思ふ妹に
 真澄鏡 清き月夜に ただ一眼 観するまでには
 散りこすな ゆめと云ひつつ ここだくも 吾が守るものを
 うれたきや しこ霍公鳥 暁の 裏悲しきに
 追へど追へど 尚し来鳴きて 徒に 地に散らせば
 すべをなみ 攀ぢて手折りつ 見ませ吾妹児

    反歌

 望降 清月夜尓 吾妹児尓 令視常念之 屋前之橘(08/1508)
 モチグタチ キヨキツクヨニ ワギモコニ ミセムトオモヒシ ヤドノタチバナ
 望降ち 清き月夜に 吾妹児に 視せむと思ひし 屋前の橘

 妹之見而 後毛将鳴 霍公鳥 花橘乎 地尓落津(08/1509)
 イモガミテ ノチモナカナム ホトトギス ハナタチバナヲ ツチニチラシツ
 妹が見て 後も鳴かなむ 霍公鳥 花橘を 土に散らしつ


    大伴宿祢家持歌一首

 足日木能 石根許其思美 菅根乎 引者難三等 標耳曽結焉(03/0414)
 アシヒキノ イハネコゴシミ スガノネヲ ヒカバカタメト シメノミソユフ
 あしひきの 石根こごしみ 菅の根を 引かば難みと 標めのみそ結ふ


    大伴宿祢家持、攀非時藤花并芽子黄葉二
    物、贈坂上大嬢歌二首

 吾屋前之 非時藤之 目頬布 今毛見壮鹿 妹之咲容乎(08/1627)
 ワガヤドノ トキジキフヂノ メヅラシク イマモミテシカ イモガヱマヒヲ
 吾が屋前の 非時き藤の めづらしく 今も見てしか 妹が咲まひを

 吾屋前之 芽子乃下葉者 秋風毛 未吹者 如此曽毛美照(08/1628)
 ワガヤドノ ハギノシタバハ アキカゼモ イマダフカネバ カクソモミテル
 吾が屋前の 萩の下葉は 秋風も 未だ吹かねば かくそもみてる

     右二首、天平十二年庚辰夏六月往来


    大伴宿祢家持、贈坂上大嬢歌一首 并短哥

 叩々 物乎念者 将言為便 将為々便毛奈之
 妹与吾 手携而 旦者 庭尓出立
 夕者 床打拂 白細乃 袖指代而
 佐寐之夜也 常尓有家類 足日木能 山鳥許曽波
 峰向尓 嬬問為云 打蝉乃 人有我哉
 如何為跡可 一日一夜毛 離居而 嘆戀良武
 許々念者 胸許曽痛 其故尓 情奈具夜登
 高圓乃 山尓毛野尓毛 打行而 遊徃杼
 花耳 丹穂日手有者 毎見 益而所思
 奈何為而 忘物曽 戀云物呼
(08/1629)

 ネモコロニ モノヲオモヘバ イハムスベ セムスベモナシ
 イモトアレト テタヅサハリテ アシタニハ ニハニイデタチ
 ユフヘニハ トコウチハラヒ シロタヘノ ソデサシカヘテ
 サネシヨヤ ツネニアリケル アシヒキノ ヤマドリコソバ
 ヲムカヒニ ツマドヒストイヘ ウツセミノ ヒトナルワレヤ
 ナニストカ ヒトヒヒトヨモ サカリヰテ ナゲキコフラム
 ココモヘバ ムネコソイタキ ソコユヱニ ココロナグヤト
 タカマトノ ヤマニモノニモ ウチユキテ アソビアルケド
 ハナノミニ ニホヒテアレバ ミルゴトニ マシテシノハユ
 イカニシテ ワスルルモノソ コヒトイフモノヲ

 ねもころに 物を思へば 言はむすべ せむすべもなし
 妹と吾と 手携はりて 旦には 庭に出で立ち
 夕へには 床打ち払ひ 白たへの 袖指し代へて
 さ寝し夜や 常にありける あしひきの 山鳥こそば
 峯向かひに 嬬問ひすといへ うつ蝉の 人なる我や
 何すとか 一日一夜も 離り居て 嘆き恋ふらむ
 ここ思へば 胸こそ痛き そこ故に 心なぐやと
 高円の 山にも野にも 打ち行きて 遊びあるけど
 花のみに にほひてあれば 見るごとに まして偲はゆ
 いかにして 忘るるものそ 恋と云ふものを

    反歌

 高圓之 野邊乃容花 面影尓 所見乍妹者 忘不勝裳(08/1630)
 タカマトノ ノヘノカホバナ オモカゲニ ミエツツイモハ ワスレカネツモ
 高円の 野辺の容花 面影に 見えつつ妹は 忘れかねつも


    紀女郎、贈大伴宿祢家持歌二首 女郎、名曰小鹿也

*神左夫跡 不欲者不有 八""也"八多" 如是為而後二 佐夫之家牟可聞(04/0762)
 カムサブト イナニハアラズ ハタヤハタ カクシテノチニ サブシケムカモ
 神さぶと いなにはあらず はたやはた 如是して後に さぶしけむかも

*玉緒乎 沫緒二搓而 結有者 在手後二毛 不相在目八方(04/0763)
 タマノヲヲ アワヲニヨリテ ムスベラバ アリテノチニモ アハザラメヤモ
 玉の緒を 沫緒に搓りて 結べらば 在りて後にも 逢はざらめやも

    大伴宿祢家持和歌一首

 百年尓 老舌出而 与余牟友 吾者不{厭} 戀者益友(04/0764)
 モモトセニ オイジタイデテ ヨヨムトモ アレハイトハジ コヒハマストモ
 百年に 老舌いでて よよむとも 吾は厭はじ 恋は益すとも


 十二年庚辰
    冬十月、依大宰少貳藤原朝臣廣嗣謀反發軍、幸于伊勢国時、
    河口行宮、内舎人大伴宿祢家持作歌一首

 河口之 野邊尓廬而 夜乃歴者 妹之手本師 所念鴨(06/1029)
 カハグチノ ノヘニイホリテ ヨノフレバ イモガタモトシ オモホユルカモ
 河口の 野辺に廬りて 夜の歴れば 妹が手本し 思ほゆるかも

    狭残行宮、大伴宿祢家持作歌二首

 天皇之 行幸之随 吾妹子之 手枕不巻 月曽歴去家留(06/1032)
 オホキミノ ミユキノマニマ ワギモコガ タマクラマカズ ツキソヘニケル
 大君の 行幸のまにま 吾妹子が 手枕まかず 月そ歴にける

 御食國 志麻乃海部有之 真熊野之 小船尓乗而 奥部榜所見(06/1033)
 ミケツクニ シマノアマナラシ マクマノノ ヲブネニノリテ オキヘコグミユ
 御食つ国 志摩の海部ならし 真熊野の 小船に乗りて 沖へ榜ぐ見ゆ

    美濃国多藝行宮、大伴宿祢東人作歌一首

*従古 人之言来流 老人之 變若云水曽 名尓負瀧之瀬(06/1034)
 イニシヘユ ヒトノイヒケル オイヒトノ ヲツトイフミヅソ ナニオフタギノセ
 古ゆ 人の言ひける 老人の 変若つと云ふ水そ 名に負ふ瀧の瀬

    大伴宿祢家持作歌一首

 田跡河之 瀧乎清美香 従古 官仕兼 多藝乃""之上尓(06/1035)
 タドカハノ タギヲキヨミカ イニシヘユ ミヤヅカヘケム タギノノノヘニ
 田跡河の 瀧を清みか 古ゆ 宮仕へけむ 多藝の野の上に

    不破行宮、大伴宿祢家持作歌一首

 關無者 還尓谷藻 打行而 妹之手枕 巻手宿益乎(06/1036)
 セキナクハ カヘリニダニモ ウチユキテ イモガタマクラ マキテネマシヲ
 関無くは 還りにだにも 打ち行きて 妹が手枕 巻きて寝ましを



 天平十三年 二十四歳 25首


    在久迩京、思留寧樂宅坂上大嬢、大伴宿祢家持作歌一首

 一隔山 重成物乎 月夜好見 門尓出立 妹可将待(04/0765)
 ヒトヘヤマ ヘナネルモノヲ ツクヨヨミ カドニイデタチ イモカマツラム
 一隔山 へなれるものを 月夜好み 門に出で立ち 妹か待つらむ

    藤原郎女、聞之即和歌一首

*路遠 不来常波知有 物可良尓 然曽将待 君之目乎保利(04/0766)
 ミチトホミ コジトハシレル モノカラニ シカソマツラム キミガメヲホリ
 路遠み 来じとは知れる 物からに 然そ待つらむ 君が目を欲り


    大伴家持、贈坂上大嬢歌一首

 春霞 輕引山乃 隔者 妹尓不相而 月曽経去来(08/1464)
 ハルガスミ タナビクヤマノ ヘナネレバ イモニアハズテ ツキソヘニケル
 春霞 たなびく山の 隔ねれば 妹に逢はずて 月そ経にける

     右、従久迩京贈寧樂宅


    大伴宿祢家持、更贈大嬢歌二首

 都路乎 遠哉妹之 比来者 得飼飯而雖宿 夢尓不所見来(04/0767)
 ミヤコヂヲ トホミカイモガ コノコロハ ウケヒテヌレド イメニミエコヌ
 都路を 遠みか妹が このころは うけひて寝れど 夢に見え来ぬ

 今所知 久迩乃京尓 妹二不相 久成 行而早見奈(04/0768)
 イマシラス クニノミヤコニ イモニアハズ ヒサシクナリヌ ユキテハヤミナ
 今知らす 久迩の京に 妹に逢はず 久しくなりぬ 行きて早見な


    大伴宿祢家持、報贈紀女郎歌一首

 久堅之 雨之落日乎 直獨 山邊尓居者 欝有来(04/0769)
 ヒサカタノ アメノフルヒヲ タダヒトリ ヤマヘニヲレバ イブセカリケリ
 久堅の 雨の降る日を ただ独り 山辺に居れば 欝せかりけり


    詠霍公鳥歌二首 大伴宿祢書持

*多知婆奈波 常花尓毛"" 保登等藝須 周牟等来鳴者 伎可奴日奈家牟(17/3909)
 タチバナハ トコハナニモガ ホトトギス スムトキナカバ キカヌヒナケム
 橘は 常花にもが 霍公鳥 棲むと来鳴かば 聞かぬ日なけむ

*珠尓奴久 安布知乎宅尓 宇恵多良婆 夜麻霍公鳥 可礼受許武可聞(17/3910)
 タマニヌク アフチヲイヘニ ウヱタラバ ヤマホトトギス カレズコムカモ
 珠にぬく 楝を宅に 植ゑたらば 山霍公鳥 離れず来むかも

     右、四月二日、大伴宿祢書持、従奈良宅贈兄家持
     和歌四首

《校注》左注の「和歌四首」は、他の諸本に無し(細井本・京大本赭には「和歌二首」)。「兄家持に和歌四首を贈れり」と続くか。但し書持の歌は二首。または、次の家持の返歌の総題か。但し家持の歌は三首。

    橙橘初咲、霍鳥翻嚶。對此時候、{誰}不""志。""作
    三首短歌、以散欝結之緒耳。

 安之比奇能 山邊尓乎礼婆 保登等藝須 木際多知久吉 奈可奴日波奈之(17/3911)
 アシヒキノ ヤマヘニヲレバ ホトトギス コノマタチクキ ナカヌヒハナシ
 あしひきの 山辺にをれば 霍公鳥 木際たちくき 鳴かぬ日はなし

《校注》題詞「霍鳥」は、細井本などは「霍公鳥」とする。同じく題詞「<因>作」は、底本「自作」。他諸本により誤写とみて改変。
 保登等藝須 奈尓乃情曽 多知花乃 多麻奴久月之 来鳴登餘牟流(17/3912)
 ホトトギス ナニノココロソ タチバナノ タマヌクツキシ キナキトヨムル
 霍公鳥 なにの心そ橘の 玉貫く月し 来鳴きとよむる

 保登等藝須 安""知能枝尓 由吉底居者 花波知良牟奈 珠登見流麻泥(17/3913)
 ホトトギス アフチノエダニ ユキテヰバ ハナハチラムナ タマトミルマデ
 霍公鳥 楝の枝に ゆきて居ば 花は散らむな 珠と見るまで

     右、四月三日、内舎人大伴宿祢家持、従久迩京
     報送弟書持


    大伴宿祢家持、従久迩京、贈坂上大嬢歌五首

 人眼多見 不相耳曽 情左倍 妹乎忘而 吾念莫國(04/0770)
 ヒトメオホミ アハナクノミソ ココロサヘ イモヲワスレテ アガオモハナクニ
 人眼多み 逢はなくのみそ 心さへ 妹を忘れて 吾が思はなくに

 偽毛 似付而曽為流 打布裳 真吾妹児 吾尓戀目八(04/0771)
 イツハリモ ニツキテソスル ウツシクモ マコトワギモコ ワレニコヒメヤ
 偽りも 似つきてそする 現しくも まこと吾妹児 吾に恋ひめや

 夢尓谷 将所見常吾者 保杼毛友 不相志思者 諾不所見有武(04/0772)
 イメニダニ ミエムトワレハ 保杼毛友 アヒシオモハネバ ウベミエザラム
 夢にだに 見えむと吾は 保杼毛友 相し思はねば 諾見えざらむ

《校注》第三句「保杼毛友」の訓は未詳。『萬葉集略解』の本居宣長説に、「杼」を「邪」の誤りとし、ホザケドモ(神に呪言を言っても、の意)かとする。
 事不問 木尚味狭藍 諸""等之 練乃村戸二 所""来(04/0773)
 コトトハヌ キスラアヂサヰ モロトラガ ネリノムラトニ アザムカエニケリ
 言問はぬ 木すらあぢさゐ 諸弟等が 練のむらとに 詐むかえにけり

《校注》""、底本は「第」。但し訓はチとする。桂本などにより「弟」に改める。次の一首も同様。
 百千遍 戀跡云友 諸""等之 練乃言羽者 吾波不信(04/0774)
 モモチタビ コフトイフトモ モロトラガ ネリノコトバハ ワレハタノマジ
 百千遍 恋ふと云ふとも 諸弟等が 練の言葉は 吾はたのまじ


    大伴宿祢家持、贈紀女郎歌一首

 鶉鳴 故郷従 念友 何如裳妹尓 相縁毛无寸(04/0775)
 ウヅラナク フリニシサトユ オモヘドモ ナニソモイモニ アフヨシモナキ
 鶉鳴く 故りにし郷ゆ 思へども 何そも妹に 逢ふ縁もなき

    紀女郎、報贈家持歌一首

*事出之者 誰言尓有鹿 小山田之 苗代水乃 中与杼尓四手(04/0776)
 コトデシハ タガコトナルカ ヲヤマダノ ナハシロミヅノ ナカヨドニシテ
 事出しは 誰が言なるか 小山田の 苗代水の 中よどにして

    大伴宿祢家持、更贈紀女郎歌五首

 吾妹子之 屋戸乃籬乎 見尓徃者 盖従門 将返却可聞(04/0777)
 ワギモコガ ヤドノマガキヲ ミニユカバ ケダシカドヨリ カヘシテムカモ
 吾妹子が 屋戸の籬を 見に往かば 蓋し門より 返してむかも

 打妙尓 前垣乃酢堅 欲見 将行常云哉 君乎見尓許曽(04/0778)
 ウツタヘニ マガキノスガタ ミマクホリ ユカムトイヘヤ キミヲミニコソ
 うつたへに 前垣のすがた 見まくほり 行かむと云へや 君を見にこそ

 板盖之 黒木乃屋根者 山近之 明日取而 持将参来(04/0779)
 イタブキノ クロキノヤネハ ヤマチカシ アスノヒトリテ モチテマヰコム
 板葺きの 黒木の屋根は 山近し 明日の日取りて 持ちて参来む

 黒樹取 草毛苅乍 仕目利 勤和氣登 将誉十方不有 一云仕登母(04/0780)
 クロキトリ クサモカリツツ ツカヘメド イソシキワケト ホメムトモアラズ ツカフトモ
 黒樹取り 草も苅りつつ 仕へめど 勤しきわけと 誉めむともあらず 一に云はく、仕ふとも

 野干玉能 昨夜者令還 今夜左倍 吾乎還莫 路之長手呼(04/0781)
 ヌバタマノ キソハカヘシツ コヨヒコソ ワレヲカヘスナ ミチノナガテヲ
 ぬばたまの 昨夜は還しつ 今夜さへ 吾を還すな 路の長手を

    紀女郎、贈大伴家持哥二首

*戯奴 變云 和氣 之為 吾手母須麻尓 春野尓 拔流茅花"" 御食而肥座(08/1460)
 ワケガタメ ワガテモスマニ ハルノノニ ヌケルツバナソ メシテコエマセ
 戯奴 変してわけと云ふ がため 吾が手もすまに 春の野に 抜ける茅花そ 召して肥えませ

*晝者咲 夜者戀宿 合歡木花 君耳将見哉 和氣佐倍尓見代(08/1461)
 ヒルハサキ ヨルハコヒヌル ネブノハナ キミノミミメヤ ワケサヘニミヨ
 昼は咲き 夜は恋ひ寝る 合歓の花 君のみ見めや わけさへに見よ

     右、折攀合歓花并茅花贈也

    大伴家持、贈和歌二首

 吾君尓 戯奴者戀良思 給有 茅花乎雖喫 弥痩尓夜須(08/1462)
 アガキミニ ワケハコフラシ タバリタル ツバナヲハメド イヤヤセニヤス
 吾が君に 戯奴は恋ふらし 給りたる 茅花を喫めど いや痩せにやす

 吾妹子之 形見乃合歡木者 花耳尓 咲而盖 實尓不成鴨(08/1463)
 ワギモコガ カタミノネブハ ハナノミニ サキテケダシク ミニナラジカモ
 吾妹子が 形見の合歓木は 花のみに 咲きて蓋しく 実に成らじかも


    大伴家持、贈紀女郎歌一首

 瞿麦者 咲而落去常 人者雖言 吾標之野乃 花尓有目八方(08/1510)
 ナデシコハ サキテチリヌト ヒトハイヘド ワガシメシノノ ハナニアラメヤモ
 瞿麦は 咲きて散りぬと 人は言へど 吾が標めし野の 花にあらめやも


    大伴宿祢家持、贈安倍女郎歌一首

 今造 久迩能京尓 秋夜乃 長尓獨 宿之苦左(08/1631)
 イマツクル クニノミヤコニ アキノヨノ ナガキニヒトリ ヌルガクルシサ
 今造る 久迩の京に 秋の夜の 長きに独り 寝るが苦しさ


    大伴宿祢家持、従久迩京、贈留寧樂宅坂上大嬢歌一首

 足日木乃 山邊尓居而 秋風之 日異吹者 妹乎之曽念(08/1632)
 アシヒキノ ヤマヘニヲリテ アキカゼノ ヒニケニフケバ イモヲシソオモフ
 あしひきの 山辺に居りて 秋風の 日にけに吹けば 妹をしそ思ふ

    大伴宿祢家持歌一首

 沫雪乃 庭尓零敷 寒夜乎 手枕不纒 一香聞将宿(08/1663)
 アワユキノ ニハニフリシキ サムキヨヲ タマクラマカズ ヒトリカモネム
 沫雪の 庭に降り敷き 寒き夜を 手枕纏かず 一人かも寝む



 年次不詳1(天平十四年か) 1首


    橘朝臣奈良丸、結集宴歌十一首

*不手折而 落者惜常 我念之 秋黄葉乎 插頭鶴鴨(08/1581)
 タヲラズテ チリナバヲシト アガモヒシ アキノモミチヲ カザシツルカモ
 手折らずて 散りなば惜しと 我が思ひし 秋の黄葉を 挿頭しつるかも

《校注》題詞「橘朝臣奈良丸」、諸本は「橘朝臣奈良麻呂(麿)」。一連の宴歌は後世の補遺の疑い濃く、底本の表記を採る。次の歌の左注も同様。
*""将見 人尓令見跡 黄葉乎 手折曽我来師 雨零久仁(08/1582)
 メヅラシキ ヒトニミセムト モミチバヲ タヲリソアガコシ アメノフラクニ
 めづらしき 人に見せむと 黄葉を 手折りそ我が来し 雨の降らくに

     右二首、橘朝臣奈良丸

《校注》「""将見」、底本は諸本と同様「布将見」。旧訓はシキテミム・ミマホシキなど。「布」を「希」の誤写とした『萬葉集略解』の宣長説に従う。08/1584も同様。
*黄葉乎 令落鍾礼尓 所沾而来而 君之黄葉乎 插頭鶴鴨(08/1583)
 モミチバヲ チラスシグレニ ヌレテキテ キミガモミチヲ カザシツルカモ
 黄葉を 散らす時雨に 濡れて来て 君が黄葉を 挿頭しつるかも

     右一首、久米女王

*""将見跡 吾念君者 秋山乃 始黄葉尓 似許曽有家礼(08/1584)
 メヅラシト アガモフキミハ アキヤマノ ハツモミチバニ ニテコソアリケレ
 めづらしと 吾が思ふ君は 秋山の 初黄葉に 似てこそ有りけれ

     右一首、長忌寸娘

*平山乃 峯之黄葉 取者落 鍾礼能雨師 無間零良志(08/1585)
 ナラヤマノ ミネノモミチバ トレバチル シグレノアメシ マナクフルラシ
 平山の 峯の黄葉 取れば散る 時雨の雨し 間無く降るらし

     右一首、内舎人県犬養宿祢吉男

*黄葉乎 落巻惜見 手折来而 今夜插頭津 何物可将念(08/1586)
 モミチバヲ チラマクヲシミ タヲリキテ コヨヒカザシツ ナニカオモハム
 黄葉を 散らまく惜しみ 手折り来て 今夜挿頭しつ 何か思はむ

     右一首、県犬養宿祢持男

*足引乃 山之黄葉 今夜毛加 浮去良武 山河之瀬尓(08/1587)
 アシヒキノ ヤマノモミチバ コヨヒモカ ウカビユクラム ヤマガハノセニ
 足引きの 山の黄葉 今夜もか 浮かび去くらむ 山河の瀬に

     右一首、大伴宿祢書持

*平山乎 令丹黄葉 手折來而 今夜{插}頭都 落者雖落(08/1588)
 ナラヤマヲ ニホハスモミチ タヲリキテ コヨヒカザシツ チラバチルトモ
 平山を にほはす黄葉 手折り来て 今夜挿頭しつ 散らば散るとも

     右一首、""手代人""

*露霜尓 逢有黄葉乎 手折来而 妹挿頭都 後者落十方(08/1589)
 ツユシモニ アヘルモミチヲ タヲリキテ イモハカザシツ ノチハチルトモ
 露霜に 逢へる黄葉を 手折り来て 妹は挿頭しつ 後は散るとも

     右一首、秦許遍麿

*十月 鍾礼尓相有 黄葉乃 吹者将落 風之随(08/1590)
 カミナヅキ シグレニアヘル モミチバノ フカバチリナム カゼノマニマニ
 神無月 時雨に逢へる 黄葉の 吹かば散りなむ 風の隨に

     右一首、大伴宿祢池主

 黄葉乃 過麻久惜美 思共 遊今夜者 不開毛有奴香(08/1591)
 モミチバノ スギマクヲシミ オモフドチ アソブコヨヒハ アケズモアラヌカ
 黄葉の 過ぎまく惜しみ 思ふどち 遊ぶ今夜は 明けずもあらぬか

     右一首、内舎人大伴宿祢家持
  以前冬十月十七日、集於右大臣橘卿之舊宅、宴飲也

《付記》以上の一連の宴歌は、普通排列から天平十年の作とされますが、疑問。県犬養吉男と三手代人名の歌に「平山」を通って来た旨見えるので、左注の「右大臣橘卿の旧宅」が奈良の諸兄宅であることは動きません。ところで県犬養吉男は内舎人とあり、京に在住していたはずですから、都が奈良にあったらおかしなことになるのです。奈良の諸兄宅に行くのに何故奈良山を越える必要があったのでしょうか。つまりこの宴は、恭仁京から平城旧京に参集して開かれた宴であったはずなのです(恭仁京を南下し、奈良山を越えたところが平城京です)。
 すなわち、橘諸兄の「旧宅」とは、恭仁京の新宅に対する旧宅という意味と思われます。従って、宴の日は恭仁に都があった天平十三〜十七年の間に違いありません。また諸兄の肩書きが右大臣となっていますが、諸兄は十五年五月に左大臣に就任しているため、十三年か十四年いずれかの十月十七日であることになります。


 天平十五年 二十六歳 8首


    大伴宿祢家持秋歌三首

 秋野尓 開流秋芽子 秋風尓 靡流上二 秋露置有(08/1597)
 アキノノニ サケルアキハギ アキカゼニ ナビケルウヘニ アキノツユオケリ
 秋の野に 咲ける秋萩 秋風に 靡ける上に 秋の露置けり

 棹壮鹿之 朝立野邊乃 秋芽子尓 玉跡見左右 置有白露(08/1598)
 サヲシカノ アサタツノヘノ アキハギニ タマトミルマデ オケルシラツユ
 さ牡鹿の 朝立つ野辺の 秋萩に 玉と見るまで 置ける白露

 狭尾壮鹿乃 胸別尓可毛 秋芽子乃 散過鶏類 盛可毛行流(08/1599)
 サヲシカノ ムナワケニカモ アキハギノ チリスギニケル サカリカモイヌル
 さ牡鹿の 胸別にかも 秋萩の 散り過ぎにける 盛りかも去ぬる

     右、天平十五年癸未秋八月、見物色作


    大伴宿祢家持鹿鳴歌二首

 山妣姑乃 相響左右 妻戀尓 鹿鳴山邊尓 獨耳為手(08/1602)
 ヤマビコノ アヒトヨムマデ ツマゴヒニ カナクヤマヘニ ヒトリノミシテ
 山彦の 相響むまで 妻恋に 鹿鳴く山辺に 独りのみして

 頃者之 朝開尓聞者 足日木篦 山呼令響 狭尾壮鹿鳴哭(08/1603)
 コノコロノ アサケニキケバ アシヒキノ ヤマヨビトヨメ サヲシカナクモ
 この頃の 朝明に聞けば あしひきの 山呼び響め さ牡鹿鳴くも

     右二首、天平十五年癸未秋八月十五日作

《校注》左注「十五日」、底本と神宮文庫本を除き「十六日」。

 十五年癸未
    秋八月十六日、内舎人大伴宿祢家持、讃久
    迩京作歌一首

 今造 久迩乃王都者 山河之 清見者 宇倍所知良之(06/1037)
 イマツクル クニノミヤコハ ヤマカハノ サヤケキミレバ ウベシラスラシ
 今造る 久迩の都は 山河の 清けき見れば うべ知らすらし


    大伴家持歌一首

 高圓之 野邊乃秋芽子 此日之 暁露尓 開兼可聞(08/1605)
 タカマトノ ノヘノアキハギ コノコロノ アカトキツユニ サキニケムカモ
 高円の 野辺の秋萩 この頃の 暁露に 咲きにけむかも


    安積親王、宴左小弁藤原八束朝臣家之
    日、内舎人大伴宿祢家持作歌一首

 久堅乃 雨者零敷 念子之 屋戸尓今夜者 明而将去(06/1040)
 ヒサカタノ アメハフリシケ オモフコガ ヤドニコヨヒハ アカシテユカム
 久堅の 雨は降りしけ 思ふ子が 屋戸に今夜は 明かして去かむ



 年次不詳2(天平十一年〜十五年頃) 4首


    大伴家持、到娘子門作歌一首

 妹家之 門田乎見跡 打出来之 情毛知久 照月夜鴨(08/1596)
 イモガイヘノ カドタヲミムト ウチデコシ ココロモシルク テルツクヨカモ
 妹が家の 門田を見むと 打出来し 心もしるく 照る月夜かも


    大伴宿祢家持、贈娘子歌三首

 前々年之 先年従 至今年 戀跡奈何毛 妹尓相難(04/0783)
 ヲトトシノ サキツトシヨリ コトシマデ コフレドナソモ イモニアヒガタキ
 をととしの 先つ年より 今年まで 恋ふれどなそも 妹に逢ひ難き

 打乍二波 更毛不得言 夢谷 妹之手本乎 纒宿常思見者(04/0784)
 ウツツニハ サラニモエイハズ イメニダニ イモガタモトヲ マキヌトシミバ
 現には 更にも得言はず 夢にだに 妹が手本を 纏き寝とし見ば

 吾屋戸之 草上白久 置露乃 壽母不有惜 妹尓不相有者(04/0785)
 ワガヤドノ クサノウヘシロク オクツユノ ミモヲシカラズ イモニアハザレバ
 吾が屋戸の 草の上白く 置く露の 壽も惜しからず 妹に逢はざれば



 天平十六年 二十七歳 13首


    同月十一日、登活道岡、集一株松下飲歌二首

*一松 幾代可歴流 吹風乃 聲之清者 年深香聞(06/1042)
 ヒトツマツ イクヨカヘヌル フクカゼノ コヱノキヨキハ トシフカミカモ
 一つ松 幾代か歴ぬる 吹く風の 声の清きは 年深みかも

     右一首、市原王作

 霊剋 壽者不知 松之枝 結情者 長等曽念(06/1043)
 タマキハル イノチハシラズ マツガエヲ ムスブココロハ ナガクトソオモフ
 たまきはる 命は知らず 松が枝を 結ぶ心は 長くとそ思ふ

     右一首、大伴宿祢家持作


    十六年甲申春二月、安積皇子薨之時、内
    舎人大伴宿祢家持作歌六首

 挂巻母 綾尓恐之 言巻毛 齊忌志伎可物
 吾王 御子乃命 萬代尓 食賜麻思
 大日本 久邇乃京者 打靡 春去奴礼婆
 山邊尓波 花咲乎為里 河湍尓波 年魚小狭走
 弥日異 榮時尓 逆言之 ""言登加聞
 白細尓 舎人装束而 和豆香山 御輿立之而
 久堅乃 天所知奴礼 展轉 {泥}""雖泣
 将為須便毛奈思
(03/0475)

 カケマクモ アヤニカシコシ イハマクモ ユユシキカモ
 ワガオホキミ ミコノミコト ヨロヅヨニ ヲシタマハマシ
 オホヤマト クニノミヤコハ ウチナビク ハルサリヌレバ
 ヤマヘニハ ハナサキヲヲリ カハセニハ アユコサバシリ
 イヤヒケニ サカユルトキニ オヨヅレノ タハコトトカモ
 シロタヘニ トネリヨソヒテ ワヅカヤマ ミコシタタシテ
 ヒサカタノ アメシラシヌレ コイマロビ ヒヅチナケドモ
 セムスベモナシ

 かけまくも あやに恐こし 言はまくも ゆゆしきかも
 吾が王 御子の命 万代に 食したまはまし
 大日本 久迩の京は 打ち靡く 春さりぬれば
 山辺には 花咲きををり 河瀬には 年魚子さ走り
 いや日けに 栄ゆる時に 逆言の 狂言とかも
 白たへに 舎人よそひて 和豆香山 御輿立たして
 久かたの 天知らしぬれ こいまろび ひづち泣けども
 せむすべもなし

    反歌

 吾王 天所知牟登 不思者 於保尓曽見谿流 和豆香蘇麻山(03/0476)
 ワガオホキミ アメシラサムト オモハネバ オホニソミケル ワヅカソマヤマ
 吾が王 天知らさむと 思はねば おほにそ見ける 和豆香そま山

 足檜木乃 山左倍光 咲花乃 散去如寸 吾王香聞(03/0477)
 アシヒキノ ヤマサヘヒカリ サクハナノ チリヌルゴトキ ワガオホキミカモ
 あしひきの 山さへ光り 咲く花の 散りぬる如き 吾が王かも

     右三首、二月三日作歌


 挂巻毛 文尓恐之 吾王 皇子之命
 物乃負能 八十伴男乎 召集聚 率比賜比
 朝{猟}尓 鹿猪践起 暮{猟}尓 鶉雉履立
 大御馬之 口抑駐 御心乎 見為明米之
 活道山 木立之繁尓 咲花毛 移尓家里
 世間者 如此耳奈良之 大夫之 心振起
 劔刀 腰尓取佩 梓弓 靱取負而
 天地與 弥遠長尓 萬代尓 如此毛欲得跡
 憑有之 皇子乃御門乃 五月蝿成 驟驂舎人者
 白栲尓 服取着而 常有之 咲比振麻比
 弥日異 更経見者 悲呂可聞
(03/0478)

 カケマクモ アヤニカシコシ ワガオホキミ ミコノミコト
 モノノフノ ヤソトモノヲヲ メシツドヘ アドモヒタマヒ
 アサガリニ シシフミオコシ ユフガリニ トリフミタテ
 オホミマノ クチオサヘトメ ミココロヲ メシアキラメシ
 イクヂヤマ コダチノシジニ サクハナモ ウツロヒニケリ
 ヨノナカハ カクノミナラシ マスラヲノ ココロフリオコシ
 ツルギタチ コシニトリハキ アヅサユミ ユキトリオヒテ
 アメツチト イヤトホナガニ ヨロヅヨニ カクシモガモト
 タノメリシ ミコノミカドノ サバヘナス サワクトネリハ
 シロタヘニ コロモトリキテ ツネナリシ ヱマヒフルマヒ
 イヤヒケニ カハラフミレバ カナシキロカモ

 かけまくも あやに恐こし 吾が王 皇子の命
 もののふの 八十供の男を 召し集へ 率もひたまひ
 朝狩に 鹿猪踏み起こし 夕狩に 鶉雉踏み立て
 大御馬の 口抑へ駐め 御心を めし明らめし
 活道山 木立の繁に 咲く花も 移ろひにけり
 世の中は かくのみならし 大夫の 心振り起こし
 剣大刀 腰に取り佩き 梓弓 靫取り負ひて
 天地と いや遠長に 万代に かくしもがもと
 憑めりし 皇子の御門の 五月蝿なす 騒く舎人は
 白たへに ころも取り着て 常なりし 咲ひ振るまひ
 いや日けに かはらふ見れば 悲しきろかも

    反歌

 波之吉可聞 皇子之命乃 安里我欲比 見之活道乃 路波荒尓鶏里(03/0479)
 ハシキカモ ミコノミコトノ アリガヨヒ メシシイクヂノ ミチハアレニケリ
 はしきかも 皇子の命の ありがよひ 見しし活道の 路は荒れにけり

 大伴之 名負靫帯而 萬代尓 憑之心 何所可将寄(03/0480)
 オホトモノ ナニオフユキオビテ ヨロヅヨニ タノミシココロ イヅクカヨセム
 大伴の 名に負ふ靫帯びて 万代に 憑みし心 いづくか寄せむ

     右三首、三月二十四日に作りし歌なり


    十六年四月五日、獨居平城故宅作歌六首

 橘花乃 尓保敝流香可聞 保登等藝須 奈久欲乃雨尓 宇都路比奴良牟(17/3916)
 タチバナノ ニホヘルカカモ ホトトギス ナクヨノアメニ ウツロヒヌラム
 橘の にほへる香かも 霍公鳥 鳴く夜の雨に うつろひぬらむ

 保登等藝須 夜音奈都可思 安美指者 花者須具登毛 可礼受加奈可牟(17/3917)
 ホトトギス ヨゴヱナツカシ アミササバ ハナハスグトモ カレズカナカム
 霍公鳥 夜声なつかし 網ささば 花は過ぐとも 離れずか鳴かむ

 橘乃 尓保敝流苑尓 保登等藝須 鳴等比登都具 安美佐散麻之乎(17/3918)
 タチバナノ ニホヘルソノニ ホトトギス ナクトヒトツグ アミササマシヲ
 橘の にほへる苑に 霍公鳥 鳴くと人告ぐ 網ささましを

 青丹余之 奈良能美夜古波 布里奴礼登 毛等保登等藝須 不鳴安良奈久尓(17/3919)
 アヲニヨシ ナラノミヤコハ フリヌレド モトホトトギス ナカズアラナクニ
 青丹よし 奈良の都は 古りぬれど もと霍公鳥 鳴かずあらなくに

 鶉鳴 布流之登比等波 於毛敝礼騰 花橘乃 尓保""許乃屋度(17/3920)
 ウヅラナク フルシトヒトハ オモヘレド ハナタチバナノ ニホフコノヤド
 鶉鳴く古しと人はおもへれど花橘のにほふこの屋戸

 加吉都播多 衣尓須里都氣 麻須良雄乃 服曽比{猟}須流 月者伎尓家里(17/3921)
 カキツハタ キヌニスリツケ マスラヲノ キソヒカリスル ツキハキニケリ
 杜若 衣に摺りつけ 大夫の 着襲ひ狩する 月は来にけり

     右六首歌者、天平十六年四月五日、獨居於平城故
     郷舊宅作 大伴宿祢家持作
《校注》左注、元暦校本は「右大伴宿禰家持作」とのみある。「天平十六年」以下の詞は題詞と重複するため、元暦校本の方が形としては整っている。



 年次不詳3(天平十三〜十六年頃) 1(1/2?)首


    或者、贈尼歌二首

*手母須麻尓 殖之芽子尓也 還者 雖見不飽 情将盡(08/1633)
 テモスマニ ウヱシハギニヤ カヘリテハ ミレドモアカズ ココロツクサム
 手もすまに 殖ゑし萩にや 還りては 見れども飽かず 心尽くさむ

*衣手尓 水渋付左右 殖之田乎 引板吾波倍 真守有栗子(08/1634)
 コロモデニ ミシブツクマデ ウヱシタヲ ヒキタワガハヘ マモレルクルシ
 衣手に 水渋付くまで 殖ゑし田を 引板吾がはへ 守れる苦し

    尼作頭句、并大伴宿祢家持、所誂尼、續末句等和歌一首

 佐保河之 水乎塞上而 殖之田乎 尼作
 苅流早飯者 獨奈流倍思 家持續
(08/1635)
 サホガハノ ミヅヲセキアゲテ ウヱシタヲ
 カルワサイヒハ ヒトリナルベシ
 佐保河の 水を塞き上げて 殖ゑし田を 尼作る
 苅る早飯は 独りなるべし 家持続ぐ



 年次不詳4(天平十六年以前か) 2首


    嗤咲痩人歌二首

 石麿尓 吾物申 夏痩尓 吉跡云物曽 武奈伎取喫 賣世反也(16/3853)
 イハマロニ ワレモノマヲス ナツヤセニ ヨシトイフモノソ ムナギトリメセ
 石麿に 吾物申す 夏痩に 吉しと云ふ物そ むなぎ取り喫せ めせの反なり

 痩々母 生有者将在乎 波多也波多 武奈伎乎漁取跡 河尓流勿(16/3854)
 ヤスヤスモ イケラバアラムヲ ハタヤハタ ムナギヲトルト カハニナガルナ
 痩す痩すも 生けらば在らむを はたやはた むなぎを取ると 河に流るな

     右、有吉田連老、字曰石麿。所謂仁敬之子也。其
     老、為人身躰甚痩。雖多喫飲、形似飢饉。因此
     大伴宿祢家持、聊作斯歌、以為戯""也。



三 越中守在任期(天平十八年〜天平勝宝三年)


 天平十八年 二十九歳 12首


    天平十八年正月、白雪多零、積地數寸也。於時左
    大臣橘卿、率大納言藤原豊成朝臣及諸王諸
    臣等、参入太上天皇御在所 中宮西院 供奉掃雪。於
    是降 詔、大臣参議并諸王者、令侍于大殿上、
    諸卿大夫者、令侍于南細殿而、則賜酒肆宴。勅曰、
    汝諸王卿等、聊賦此雪、各奏其歌。

    左大臣橘宿祢應 詔歌一首

*布流由吉乃 之路髪麻泥尓 大皇尓 都可倍麻都礼婆 貴久母安流香(17/3922)
 フルユキノ シロカミマデニ オホキミニ ツカヘマツレバ タフトクモアルカ
 降る雪の 白髪までに 大君に つかへまつれば 貴くもあるか

    紀朝臣清人應 詔歌一首

*天下 須泥尓於保比{底} 布流雪乃 比加里乎見礼婆 多敷刀久母安流香(17/3923)
 アメノシタ スデニオホヒテ フルユキノ ヒカリヲミレバ タフトクモアルカ
 天の下 すでに覆ひて 降る雪の ひかりを見れば たふとくもあるか

    紀朝臣男梶應 詔歌一首

*山乃可比 曽許登母見延受 乎登都日毛 昨日毛今日毛 由吉能布礼々婆(17/3924)
 ヤマノカヒ ソコトモミエズ ヲトツヒモ キノフモケフモ ユキノフレレバ
 山の峡 そことも見えず をとつ日も 昨日も今日も 雪の降れれば

    葛井連諸會應 詔歌一首

*新 年乃婆自米尓 豊乃登之 思流須登奈良思 雪能敷礼流波(17/3925)
 アラタシキ トシノハジメニ トヨノトシ シルストナラシ ユキノフレルハ
 新しき 年のはじめに 豊の年 しるすとならし 雪の降れるは

    大伴宿祢家持應 詔歌一首

 大宮能 宇知尓毛刀尓毛 比賀流麻泥 零流白雪 見礼杼安可奴香聞(17/3926)
 オホミヤノ ウチニモトニモ ヒカルマデ フレルシラユキ ミレドアカヌカモ
 大宮の 内にも外にも 光るまで 降れる白雪 見れど飽かぬかも

     藤原豊成朝臣  巨勢奈弖麿朝臣 大伴牛養宿祢
     藤原仲麿朝臣  三原王     智奴王
     船王      邑知王     ""田王
     林王      穂積朝臣老   小田朝臣諸人
     小野朝臣綱手  高橋朝臣國足  太朝臣徳太理
     高丘連河内   秦忌寸朝元   楢原造東人
 
     右件王卿等、應 詔作歌、依次奏之。登時、不記
      其歌、漏失。但秦忌寸朝元者、左大臣橘卿謔云、
      靡堪賦歌、以麝贖之。因此黙已也。
《校注》家持の歌の第四句「零白雪」、底本は類聚古集に同じ。他諸本は「零白雪」で、フラスシラユキと訓める。

    大伴宿祢家持、以""七月、被任越中國守、
    即取七""赴任所。時姑大伴氏坂上郎女、贈
    家持歌二首

*久佐麻久良 多妣由久吉美乎 佐伎久安礼等 伊波比倍須恵都 安我登許能敝尓(17/3927)
 クサマクラ タビユクキミヲ サキクアレト イハヒベスヱツ アガトコノヘニ
 草枕 旅ゆく君を さきくあれと 斎瓮すゑつ 吾が床の辺に

《校注》題詞の「""七月」、底本は諸本と同じく「閏七月」となっているが、この年の閏月は九月。よって、「閏」を「同」の誤写と見て改変。また、底本は「以」と「閏」の間に「天平十八年」があるが、元暦校本により削除。「七""」は、底本「七月」。月を日の誤写かとする契沖『萬葉集代匠記』の説を採る。
*伊麻能其等 古非之久伎美我 於毛保要婆 伊可尓加母世牟 須流須邊乃奈左(17/3928)
 イマノゴト コヒシクキミガ オモホヘバ イカニカモセム スルスベノナサ
 今のごと 恋しく君が 思ほへば 如何にかもせむ するすべのなさ

    更贈越中國歌二首

*多妣尓伊仁思 吉美志毛都藝{底} 伊米尓美由 安我加多孤悲乃 思氣家礼婆可聞(17/3929)
 タビニイニシ キミシモツギテ イメニミユ アガカタコヒノ シゲケレバカモ
 旅に去にし 君しもつぎて 夢に見ゆ 吾が片恋の 繁ければかも

*美知乃奈加 久尓都美可未波 多妣由伎母 之思良奴伎美乎 米具美多麻波奈(17/3930)
 ミチノナカ クニツミカミハ タビユキモ シシラヌキミヲ メグミタマハナ
 道の中 国つ御神は 旅ゆきも し知らぬ君を 恵みたまはな


    平群氏女郎、贈越中守大伴宿祢家持歌十
    二首

*吉美尓餘里 吾名波須""尓 多都多山 絶多流孤悲乃 之氣吉許呂可母(17/3931)
 キミニヨリ ワガナハスデニ タツタヤマ タエタルコヒノ シゲキコロカモ
 君により 我が名はすでに 立田山 絶えたる恋の 繁き頃かも

*須麻比等乃 海邊都祢佐良受 夜久之保能 可良吉戀乎母 安礼波須流香物(17/3932)
 スマヒトノ ウミヘツネサラズ ヤクシホノ カラキコヒヲモ アレハスルカモ
 須磨人の 海辺常去らず 焼く塩の 辛き恋をも 吾はするかも

*阿里佐利{底} 能知毛相牟等 於母倍許曽 都由能伊乃知母 都藝都追和多礼(17/3933)
 アリサリテ ノチモアハムト オモヘコソ ツユノイノチモ ツギツツワタレ
 あり去りて 後も逢はむと 思へこそ 露の命も 継ぎつつわたれ

*奈加々々尓 之奈婆夜須家牟 伎美我目乎 美受比佐奈良婆 須敝奈可流倍思(17/3934)
 ナカナカニ シナバヤスケム キミガメヲ ミズヒサナラバ スベナカルベシ
 なかなかに 死なば安けむ 君が目を 見ず久ならば すべなかるべし

*許母利奴能 之多由孤悲安麻里 志良奈美能 伊知之路久伊泥奴 比登乃師流倍久(17/3935)
 コモリヌノ シタユコヒアマリ シラナミノ イチシロクイデヌ ヒトノシルベク
 隠り沼の 下ゆ恋ひあまり 白波の いちしろく出でぬ 人の知るべく

*久佐麻久良 多妣尓之婆之婆 可久能未也 伎美乎夜利都追 安我孤悲乎良牟(17/3936)
 クサマクラ タビニシバシバ カクノミヤ キミヲヤリツツ アガコヒヲラム
 草枕 旅にしばしば かくのみや 君をやりつつ 吾が恋ひをらむ

*草枕 多妣伊尓之伎美我 可敝里許牟 月日乎之良牟 須邊能思良難久(17/3937)
 クサマクラ タビイニシキミガ カヘリコム ツキヒヲシラム スベノシラナク
 草枕 旅去にし君が 帰り来む 月日を知らむ すべの知らなく

*可久能未也 安我故非乎良牟 奴婆多麻能 欲流乃比毛太尓 登吉佐氣受之{底}(17/3938)
 カクノミヤ アガコヒヲラム ヌバタマノ ヨルノヒモダニ トキサケズシテ
 かくのみや 吾が恋ひをらむ ぬばたまの 夜の紐だに 解きさけずして

*佐刀知加久 伎美我奈里那婆 古非米也等 母登奈於毛比此 安連曽久夜思伎(17/3939)
 サトチカク キミガナリナバ コヒメヤト モトナオモヒシ アレソクヤシキ
 里近く 君がなりなば 恋ひめやと もとな思ひし 吾そ悔しき

*餘呂豆代"" 許己呂波刀氣{底} 和我世古我 都美之手見都追 志乃備加祢都母(17/3940)
 ヨロヅヨト ココロハトケテ ワガセコガ ツミシテミツツ シノビカネツモ
 万世と 心は解けて 我が背子が つみし手見つつ 忍びかねつも

《校注》""は、底本「尓」。元暦校本により改変。
*{鴬}能 奈久々良多尓々 宇知波米{底} 夜氣波之奴等母 伎美乎之麻多牟(17/3941)
 ウグヒスノ ナククラタニニ ウチハメテ ヤケハシヌトモ キミヲシマタム
 鴬の 鳴くくら谷に 打ちはめて 焼けは死ぬとも 君をし待たむ

*麻都能波奈 花可受尓之毛 和我勢故我 於母敝良奈久尓 母登奈佐吉都追(17/3942)
 マツノハナ ハナカズニシモ ワガセコガ オモヘラナクニ モトナサキツツ
 松の花 花数にしも 我が背子が 思へらなくに もとな咲きつつ

     右件十二首歌者、時々寄使来贈。非在一
     度所送也


    八月七日夜、集于守大伴宿祢家持舘宴歌

 秋田乃 穂牟伎見我{底}里 和我勢古我 布佐多乎里家流 乎美奈敝之香物(17/3943)
 アキノタノ ホムキミガテリ ワガセコガ フサタヲリケル ヲミナヘシカモ
 秋の田の 穂向き見がてり わが背子が ふさ手折りける 女郎花かも

     右一首、守大伴宿祢家持作

*乎美奈敝之 左伎多流野邊乎 由伎米具利 吉美乎念出 多母登保里伎奴(17/3944)
 ヲミナヘシ サキタルノヘヲ ユキメグリ キミヲオモヒデ タモトホリキヌ
 女郎花 咲きたる野辺を ゆきめぐり 君を思ひ出 たもとほり来ぬ

*安吉能欲波 阿加登吉左牟之 思路多倍乃 妹之衣袖 伎牟餘之母我毛(17/3945)
 アキノヨハ アカトキサムシ シロタヘノ イモガコロモデ キムヨシモガモ
 秋の夜は あかとき寒し 白妙の 妹が衣手 着むよしもがも

*保登等藝須 奈伎{底}須疑尓之 乎加備可良 秋風吹奴 余之母安良奈久尓(17/3946)
 ホトトギス ナキテスギニシ ヲカビカラ アキカゼフキヌ ヨシモアタナクニ
 霍公鳥 鳴きて過ぎにし 岡傍から 秋風吹きぬ よしもあらなくに

     右三首、掾大伴宿祢池主作

 家佐能安佐氣 秋風左牟之 登保都比等 加里我来鳴牟 等伎知可美香物(17/3947)
 ケサノアサケ アキカゼサムシ トホツヒト カリガキナカム トキチカミカモ
 今朝の朝明 秋風寒し 遠つ人 雁が来鳴かむ 時近みかも

 安麻射加流 比奈尓月歴奴 之可礼登毛 由比{底}之""乎 登伎毛安氣奈久尓(17/3948)
 アマザカル ヒナニツキヘヌ シカレドモ ユヒテシヒモヲ トキモアケナクニ
 天ざかる 鄙に月歴ぬ しかれども 結ひてし紐を 解きも開けなくに

     右二首、守大伴宿祢家持作

*安麻射加流 比奈尓安流和礼乎 宇多我多毛 比母登吉佐氣"" 於毛保須良米也(17/3949)
 アマザカル ヒナニアルワレヲ ウタガタモ ヒモトキサケズ オモホスラメヤ
 天ざかる 鄙にある我等を うたがたも 紐解きさけず 思ほすらめや

     右一首、掾大伴宿祢池主作
《校注》""は、底本及び諸本{底}。『萬葉集古義』の誤写説により改める。

 伊敝尓之底 由比弖師比毛乎 登吉佐氣受 念意緒 多礼賀思良牟母(17/3950)
 イヘニシテ ユヒテシヒモヲ トキサケズ オモフココロヲ タレカシラムモ
 家にして 結ひてし紐を 解きさけず 思ふ心を 誰か知らむも

     右一首、守大伴宿祢家持作

*日晩之乃 奈吉奴流登吉波 乎美奈敝之 佐伎多流野邊乎 遊吉追都見倍之(17/3951)
 ヒグラシノ ナキヌルトキハ ヲミナヘシ サキタルノヘヲ ユキツツミベシ
 蜩の 鳴きぬる時は 女郎花 咲きたる野辺を ゆきつつ見べし

     右一首、大目秦忌寸八千嶋

    古歌一首 大原高安真人作 年月不審、但隨聞時記
    載茲焉

*伊毛我伊敝尓 伊久里能母里乃 藤花 伊麻許牟春母 都祢加久之見牟(17/3952)
 イモガイヘニ イクリノモリノ フヂノハナ イマコムハルモ ツネカクシミム
 妹が家に 伊久里の森の 藤の花 いま来む春も つねかくし見む

     右一首、傳誦僧玄勝是也

 鴈我祢波 都可比尓許牟等 佐和久良武 秋風左无美 曽乃可波能倍尓(17/3953)
 カリガネハ ツカヒニコムト サワクラム アキカゼサムミ ソノカハノヘニ
 雁がねは 使ひに来むと 騒くらむ 秋風寒み その川のへに

 馬並{底} 伊射宇知由可奈 思夫多尓能 伎欲吉伊蘇未尓 与須流奈弥見尓(17/3954)
 ウマナメテ イザウチユカナ シブタニノ キヨキイソミニ ヨスルナミミニ
 馬並て いざうちゆかな 渋谷の きよき磯廻に 寄する波見に

     右二首、守大伴宿祢家持作

*奴婆多麻乃 欲波布氣奴良之 多末久之氣 敷多""美夜麻尓 月加多夫伎奴(17/3955)
 ヌバタマノ ヨハフケヌラシ タマクシゲ フタガミヤマニ ツキカタブキヌ
 ぬばたまの 夜はふけぬらし 玉くしげ 二上山に 月かたぶきぬ

     右一首、史生土師宿祢道良


    大目秦忌寸八千嶋之舘宴歌一首

*奈呉能安麻能 都里須流布祢波 伊麻許曽婆 敷奈太那宇知{底} 安倍弖許藝泥米(17/3956)
 ナゴノアマノ ツリスルフネハ イマコソバ フナダナウチテ アヘテコギデメ
 奈呉の海人の 釣する船は 今こそば 船棚打ちて あへて漕ぎ出め

     右、舘之客屋、""望蒼海。仍主人八千嶋作此歌也


    哀傷長逝之弟歌一首 并短哥

 安麻射加流 比奈乎佐米尓等 大王能 麻氣乃麻尓末尓
 出而許之 和礼乎於久流登 青丹余之 奈良夜麻須疑{底}
 泉河 伎欲吉可波良尓 馬駐 和可礼之時尓
 好去而 安礼可敝里許牟 平久 伊波比{底}待登
 可多良比{底} 許之比乃伎波美 多麻保許能 道乎多騰保美
 山河能 敝奈里{底}安礼婆 孤悲之家口 氣奈我枳物能乎
 見麻久保里 念間尓 多麻豆左能 使乃家礼婆
 宇礼之美登 安我麻知刀敷尓 於餘豆礼能 多波許登等可毛
 波之伎余思 奈弟乃美許等 奈尓之加母 時之波安良牟乎
 波太須酒吉 穂出秋乃 芽子花 尓保敝流屋戸乎
 言斯人為性好愛花草花樹而多植於寝院之庭 故謂之花薫庭也
 安佐尓波尓 伊泥多知奈良之 暮庭尓 敷美多比良氣受
 佐保能宇知乃 里乎徃過 安之比紀乃 山能許奴礼尓
 白雲尓 多知多奈妣久等 安礼尓都氣都流
 佐保山火葬 故謂之佐保乃宇知乃佐刀乎由吉須疑
(17/3957)

 アマザカル ヒナヲサメニト オホキミノ マケノマニマニ
 イデテコシ ワレヲオクルト アヲニヨシ ナラヤマスギテ
 イヅミガハ キヨキカハラニ ウマトドメ ワカレシトキニ
 マサキクテ アレカヘリコム タヒラケク イハヒテマテト
 カタラヒテ コシヒノキハミ タマホコノ ミチヲタドホミ
 ヤマカハノ ヘナリテアレバ コヒシケク ケナガキモノヲ
 ミマクホリ オモフアヒダニ タマヅサノ ツカヒノケレバ
 ウレシミト アガマチコフニ オヨヅレノ タハコトトカモ
 ハシキヨシ ナオトノミコト ナニシカモ トキシハアラムヲ
 ハダススキ ホニヅルアキノ ハギノハナ ニホヘルヤドヲ
 アサニハニ イデタチナラシ ユフニハニ フミタヒラゲズ
 サホノウチノ サトヲユキスギ アシヒキノ ヤマノコヌレニ
 シラクモニ タチタナビクト アレニツゲツル

 天ざかる 鄙をさめにと 大王の 任けのまにまに
 出でて来し われを送ると 青丹よし 奈良山すぎて
 泉河 きよき河原に 馬駐め 別れし時に
 好去て あれ還りこむ 平けく 斎ひて待てと
 語らひて 来し日のきはみ 玉鉾の 道をたどほみ
 山河の へなりてあれば 恋しけく 日長きものを
 見まくほり 思ふ間に 玉梓の 使ひのければ
 うれしみと あが待ち問ふに 逆言の 狂言とかも
 はしきよし 汝弟のみこと なにしかも 時しはあらむを
 はだすすき 穂に出る秋の 萩の花 にほへる屋戸を
  言ふこころは、この人、人となり花草花樹を愛でて多く寝院の庭に植う。故に花薫へる庭と謂へり
 朝庭に 出で立ちならし 夕庭に 踏みたひらげず
 佐保のうちの 里を往き過ぎ あしひきの 山のこぬれに
 白雲に たちたなびくと 吾に告げつる
  佐保山に火葬せり。故に佐保のうちの里を往き過ぎと謂へり

 麻佐吉久登 伊比{底}之物能乎 白雲尓 多知多奈妣久登 伎氣婆可奈思物(17/3958)
 マサキクト イヒテシモノヲ シラクモニ タチタナビクト キケバカナシモ
 ま幸くと 言ひてしものを 白雲に 立ちたなびくと 聞けば悲しも

 加可良牟等 可祢弖思理世婆 古之能宇美乃 安里蘇乃奈美母 見世麻之物能乎(17/3959)
 カカラムト カネテシリセバ コシノウミノ アリソノナミモ ミセマシモノヲ
 かからむと かねて知りせば 越の海の 荒磯の波も 見せましものを

     右、天平十八年秋九月二十五日、越中守大伴宿祢
     家持、遥聞弟喪、感傷作之也


    相歡歌二首 越中守大伴宿祢家持作

 庭尓敷流 雪波知敝之久 思加乃未尓 於母比{底}伎美乎 安我麻多奈久尓(17/3960)
 ニハニフル ユキハチヘシク シカノミニ オモヒテキミヲ アガマタナクニ
 庭に降る雪は千重敷くしかのみに思ひて君をあが待たなくに

 白浪乃 余須流伊蘇未乎 榜船乃 可治登流間奈久 於母保要之伎美(17/3961)
 シラナミノ ヨスルイソミヲ コグフネノ カヂトルマナク オモホエシキミ
 白浪の寄する磯廻を榜ぐ船の楫とる間なく思ほえし君

     右、以天平十八年八月、掾大伴宿祢池主、
     附大帳使赴京師而、同年十一月還到本任。
     仍設詩酒之宴、弾絲飲樂。是日也、白雪忽
     降、積地尺餘。時也復漁夫之船、入海浮瀾
     爰守大伴宿祢家持、寄情二眺、聊裁所心。



 天平十九年 三十歳 39首


    忽沈枉疾、殆臨泉路。仍作歌詞、以申悲緒一首 并短哥

 大王能 麻氣能麻尓々々 大夫之 情布里於許之
 安思比奇能 山坂古延弖 安麻射加流 比奈尓久太理伎
 伊伎太尓毛 伊麻太夜須米受 年月毛 伊久良母阿良奴尓
 宇都世美能 代人奈礼婆 宇知奈妣吉 等許尓許伊布之
 伊多家苦之 日異益 多良知祢乃 波々能美許等乃
 大船乃 由久良由久良尓 思多呉非尓 伊都可聞許武等
 麻多須良牟 情左夫之苦 波之吉与志 都麻能美許登母
 安氣久礼婆 門尓餘里多知 己呂母泥乎 遠理加敝之都追
 由布佐礼婆 登許宇知波良比 奴婆多麻能 黒髪之吉{底}
 伊都之加登 奈氣可須良牟曽 伊母毛勢母 和可伎兒等毛波
 乎知許知尓 佐和吉奈久良牟 多麻保己能 美知乎多騰保弥
 間使毛 夜流余之母奈之 於母保之伎 許登都{底}夜良受
 孤布流尓思 情波母要奴 多麻伎波流 伊乃知乎之家騰
 世牟須辨能 多騰伎乎之良尓 加苦思{底}也 安良志乎須良尓
 奈氣枳布勢良武
(17/3962)

 オホキミノ マケノマニマニ マスラヲノ ココロフリオコシ
 アシヒキノ ヤマサカコエテ アマザカル ヒナニクダリキ
 イキダニモ イマダヤスメズ トシツキモ イクラモアラヌニ
 ウツセミノ ヨノヒトナレバ ウチナビキ トコニコイフシ
 イタケクシ ヒニケニマサル タラチネノ ハハノミコトノ
 オホブネノ ユクラユクラニ シタゴヒニ イツカモコムト
 マタスラム ココロサブシク ハシキヨシ ツマノミコトモ
 アケクレバ カドニヨリタチ コロモデヲ ヲリカヘシツツ
 ユフサレバ トコウチハラヒ ヌバタマノ クロカミシキテ
 イツシカト ナゲカスラムソ イモモセモ ワカキコドモハ
 ヲチコチニ サワキナクラム タマホコノ ミチヲタドホミ
 マヅカヒモ ヤルヨシモナシ オモホシキ コトツテヤラズ
 コフルニシ ココロハモエヌ タマキハル イノチヲシケド
 セムスベノ タドキヲシラニ カクシテヤ アラシヲスラニ
 ナゲキフセラム

 大王の 任けのまにまに 大夫の 心ふりおこし
 あしひきの 山坂越えて 天ざかる 鄙に下り来
 息だにも いまだ休めず 年月も いくらもあらぬに
 うつせみの 世の人なれば うちなびき 床にこい臥し
 いたけくし 日に異に益る たらちねの 母のみことの
 大船の ゆくらゆくらに 下恋に いつかも来むと
 待たすらむ 心さぶしく はしきよし 妻のみことも
 明けくれば 門に寄り立ち 衣手を 折りかへしつつ
 夕されば 床うちはらひ ぬばたまの 黒髪しきて
 いつしかと 嘆かすらむそ 妹も背も わかき児どもは
 をちこちに 騒き泣くらむ 玉鉾の 路をたどほみ
 間使も やるよしもなし 思ほしき 言つてやらず
 恋ふるにし 心は燃えぬ たまきはる 命惜しけど
 せむすべの たどきを知らに かくしてや 荒し男すらに
 嘆き臥せらむ

 世間波 加受奈枳物能可 春花乃 知里能麻我比尓 思奴倍吉於母倍婆(17/3963)
 ヨノナカハ カズナキモノカ ハルハナノ チリノマガヒニ シヌベキオモヘバ
 世の中は 数なきものか 春花の 散りのまがひに 死ぬべき思へば

 山河乃 曽伎敝乎登保美 波之吉余思 伊母乎安比見受 可久夜奈氣加牟(17/3964)
 ヤマカハノ ソキヘヲトホミ ハシキヨシ イモヲアヒミズ カクヤナゲカム
 山河の そきへを遠み はしきよし 妹をあひ見ず かくや嘆かむ

     右、天平十九年春二月廾日、越中國守之舘臥
     病悲傷聊作此歌 守大伴宿祢家持

《校注》左注、元暦校本は「天平」なし。また日付は「廾一日」。

    贈掾大伴宿祢池主悲歌二首

 忽沈""疾、累旬痛苦。祷恃百神、且得消""。而由
 身體疼羸、""力怯軟、未堪展謝。係戀弥深。方今春
 朝春花、流馥於春苑、春暮春鴬、囀聲於春林。對此節
 候、琴{樽}可翫矣。雖有乗興之感、不耐策杖之勞。獨臥帷幄
 之裏、聊作寸分之歌、軽奉机下、犯解玉頤。其詞曰

忽に枉疾に沈み、旬を重ねて痛苦す。百神を祷み恃みて、しばらく消損ゆること得たり。しかも由、身体疼み羸れ、筋力怯軟にして、いまだ展謝に堪へず。係恋いよよ深し。方今春の朝の春の花、馥を春の苑に流し、春の暮の春の鴬、声を春の林に囀る。この節候に對りて琴と{樽}と翫びつべし。興に乗る感ありといへども、杖を策く労に耐へず。ひとり帷幄の裏に臥して、いささか寸分の歌を作り、軽しく机下に奉り、玉頤を解かむことを犯す。その詞に曰く

 波流能波奈 伊麻波左加里尓 仁保布良牟 乎里{底}加射佐武 多治可良毛我母(17/3965)
 ハルノハナ イマハサカリニ ニホフラム ヲリテカザサム タヂカラモガモ
 春の花 いまは盛りに にほふらむ 折りて挿頭さむ 手力もがも

 宇具比須乃 奈枳知良須良武 春花 伊都思香伎美登 多乎里加射左牟(17/3966)
 ウグヒスノ ナキチラスラム ハルノハナ イツシカキミト タヲリカザサム
 鴬の 鳴き散らすらむ 春の花 いつしか君と 手折り挿頭さむ

     天平十九年二月廾九日、大伴宿祢家持


*忽辱芳音、翰""凌雲。兼垂倭詩、詞林舒錦。以吟""詠
 能{除}戀緒。春可樂。暮春風景、最可怜。紅桃灼々、戯蝶
 廻花舞、翠柳依々、嬌鴬隠葉歌。可樂哉。淡交促席、得
 意""言、樂矣美矣。幽襟足賞哉。豈慮乎。蘭寢u
 {聚}、琴{樽}无用、空過令節、物色軽人乎。所怨有此、不能黙
 已。俗語云、以藤續錦。聊擬談咲耳。

忽ちに芳音を辱くし、翰苑は雲を凌ぐ。兼ねて倭詩を垂れ、詞林錦を舒ぶ。以ちて吟じ以ちて詠じ、能く恋緒を{除}く。春は楽しむ可し。暮春の風景は最も怜ぶ可し。紅桃は灼々にして、戯蝶は花を廻りて舞ひ、翠柳は依々にして、嬌鴬葉に隠りて歌ふ。楽しむ可き哉。淡交に席を促け、意を得て言を忘る。楽しきかも美はしきかも。幽襟賞づるに足れり。豈に慮らめや。蘭宦A{聚}を隔て、琴{樽}用ゐる無く、空しく令節を過ぐして、物色人を軽みせんとは。怨むる所此に有り、黙已をる能はず。俗の語に云く、藤を以ちて錦に続ぐといへり。聊かに談咲に擬ふるのみ。

*夜麻我比迩 佐家流佐久良乎 多太比等米 伎美尓弥西{底}婆 奈尓乎可於母波牟(17/3967)
 ヤマカヒニ サケルサクラヲ タダヒトメ キミニミセテバ ナニヲカオモハム
 山峡に 咲ける桜を ただ一目 君に見せてば 何をか思はむ

*宇具比須能 伎奈久夜麻夫伎 宇多賀多母 伎美我手敷礼受 波奈知良米夜母(17/3968)
 ウグヒスノ キナクヤマブキ ウタガタモ キミガテフレズ ハナチラメヤモ
 鴬の来鳴く山吹うたがたも君が手触れず花散らめやも

     沽洗二日、掾大伴宿祢池主


    更贈歌一首 并短哥

 含弘之徳、垂恩蓬軆、不貲之思、報慰陋心。載荷来
 眷、无堪所喩也。但以稚時、不渉遊藝之庭、横翰之藻
 自乏乎彫蟲焉、幼年未逕山柿之門、裁歌之趣、詞文追
 慙""淺之作。然惟古人无言不酬。今者之意、孰能非
 報乎哉。因以述懐賦題、煩重敬和。其歌曰。
 失乎聚林矣。忽見以藤續錦之言、更題将石同瓊之
 詠。""是俗愚、懐癖不能黙已。仍捧數行式酬嗤咲。其詞曰

含弘の徳、恩を蓬體に垂れ、不眥の思、陋心を報慰す。来眷を戴荷し、喩ふる所に堪ふること無し。但し稚き時、遊藝の庭に渉らざりしを以ちて、横翰の藻おのづから彫虫に乏しく、幼年いまだ山柿の門に逕らずして、裁歌の趣、詞文@追ひて膚浅の作を慙づ。然れども惟れ古人言に酬いずといふこと无し。今はこの意、孰れか能く報へ非ざらんや。因りて以て懐を述べ、題を賦し、煩重敬和せん。其歌に曰く。@
を聚林に失ふ。忽ちに藤を以ちて錦に続ぐの言を見、更に石を将ちて瓊に同ふる詠を題す。因よりこれ俗愚、癖を懐きて黙止をること能はず。よりて数行を捧げて式ちて嗤笑に酬ゆ。その詞に曰く
《校注》原文第三行末尾「追」以下、第五行「其歌曰」まで(訓読文では@で挟んだ部分)は、底本の外、天治本などに見られる。家持による別案のメモが本文中に紛れ込んだものかという。また第六行「忽見」は、諸本「爰辱」。「ここに……を辱(かたじけな)くし」と訓むか。
 於保吉民能 麻氣乃麻尓々々 之奈射加流 故之乎袁佐米尓
 伊泥{底}許之 麻須良和礼須良 余能奈可乃 都祢之奈家礼婆
 宇知奈妣伎 登許尓己伊布之 伊多家苦乃 日異麻世婆
 可奈之家口 許己尓思出 伊良奈家久 曽許尓念出
 奈氣久蘇良 夜須家奈久尓 於母布蘇良 久流之伎母能乎
 安之比紀能 夜麻伎敝奈里{底} 多麻保許乃 美知能等保家婆
 間使毛 遣縁毛奈美 於母保之吉 許等毛可欲波受
 多麻伎波流 伊能知乎之家登 勢牟須辨能 多騰吉乎之良尓
 隠居而 念奈氣加比 奈具佐牟流 許己呂波奈之尓
 春花乃 佐家流左加里尓 於毛敷度知 多乎里可射佐受
 波流乃野能 之氣美登妣久々 鴬 音太尓伎加受
 乎登賣良我 春菜都麻須等 久礼奈為能 赤裳乃須蘇能
 波流佐米尓 々保比々豆知弖 加欲敷良牟 時盛乎
 伊多豆良尓 須具之夜里都礼 思努波勢流 君之心乎
 宇流波之美 此夜須我浪尓 伊母祢受尓 今日毛之賣良尓
 孤悲都追曽乎流
(17/3969)

 オホキミノ マケノマニマニ シナザカル コシヲヲサメニ
 イデテコシ マスラワレスラ ヨノナカノ ツネシナケレバ
 ウチナビキ トコニコイフシ イタケクノ ヒニケニマセバ
 カナシケク ココニオモヒデ イラナケク ソコニオモヒデ
 ナゲクソラ ヤスケナクニ オモフソラ クルシキモノヲ
 アシヒキノ ヤマキヘナリテ タマホコノ ミチノトホケバ
 マヅカヒモ ヤルヨシモナミ オモホシキ コトモカヨハズ
 タマキハル イノチヲシケド セムスベノ タドキヲシラニ
 コモリヰテ オモヒナゲカヒ ナグサムル ココロハナシニ
 ハルハナノ サケルサカリニ オモフドチ タヲリカザサズ
 ハルノノノ シゲミトビクク ウグヒスノ コヱダニキカズ
 ヲトメラガ ハルナツマスト クレナヰノ アカモノスソノ
 ハルサメニ ニホヒヒヅチテ カヨフラム トキノサカリヲ
 イタヅラニ スグシヤリツレ シノハセル キミガココロヲ
 ウルハシミ コノヨスガラニ イモネズニ ケフモシメラニ
 コヒツツソヲル

 大王の 任けのまにまに しなざかる 越を治めに
 出でて来し ますら我すら 世の中の 常し無ければ
 うちなびき 床にこい臥し いたけくの 日に異にませば
 かなしけく ここに思ひ出 いらなけく そこに思ひ出
 嘆くそら 安けなくに 思ふそら 苦しきものを
 あしひきの 山きへなりて たまほこの 道の遠けば
 間使も 遣る縁もなみ 思ほしき 言もかよはず
 たまきはる 命惜しけど せむすべの たどきを知らに
 隠り居て 思ひなげかひ なぐさむる 心はなしに
 春花の 咲けるさかりに 思ふどち 手折り挿頭さず
 春の野の しげみ飛びくく 鴬の 声だに聞かず
 をとめらが 春菜つますと くれなゐの 赤裳のすその
 春雨に 匂ひひづちて かよふらむ 時の盛りを
 いたづらに 過しやりつれ しのはせる 君が心を
 うるはしみ 此の夜すがらに いも寝ずに 今日もしめらに
 恋ひつつそをる

 安之比奇能 夜麻佐久良婆奈 比等目太尓 伎美等之見{底}婆 安礼古非米夜母(17/3970)
 アシヒキノ ヤマサクラバナ ヒトメダニ キミトシミテバ アレコヒメヤモ
 あしひきの 山桜花 ひとめだに 君とし見てば あれ恋ひめやも

 夜麻扶枳能 之氣美登{毘}久々 鴬能 許恵乎聞良牟 伎美波登母之毛(17/3971)
 ヤマブキノ シゲミトビクク ウグヒスノ コヱヲキクラム キミハトモシモ
 山吹の 繁み飛びくく 鴬の こゑを聞くらむ 君は羨しも

 伊泥多々武 知加良乎奈美等 許母里為弖 伎弥尓故布流尓 許己呂度母奈思(17/3972)
 イデタタム チカラヲナミト コモリヰテ キミニコフルニ ココロドモナシ
 出で立たむ 力をなみと 籠もりゐて 君に恋ふるに 心どもなし

     三月三日、大伴宿祢家持


    七言、晩春三日遊覧一首 并序

*上巳名辰、暮春麗景、桃花昭臉以分紅、柳色含""而競緑。
 于時也携手曠望江河之畔、訪酒迥過野客之家。既而也
 琴{樽}得性、蘭契和光。嗟乎今日所恨徳星已少歟。若
 不扣寂含章、何以{抒}逍遥之趣。忽課短筆、聊
 勒四韻云尓

上已の名辰は、暮春の麗景、桃花臉を照らして紅を分かち、柳色苔を含みて緑を競ふ。時に手を携へて曠く江河の畔を望み、酒を訪なひて迥かに野客の家を過ぐ。既にして琴と{樽}と性を得、蘭の契、光を和らぐ。ああ今日恨むる所は徳星已に少なきこと。若し寂を扣き章を含まずは、何を以ちてか逍遥の趣を{抒}べむ。忽ちに短筆に課せて、いささか四韻を勒すといふ。
《校注》第一行の「臉」は、諸本「瞼」とし、マナブタと訓む。井上通泰『萬葉集新考』はこれを「臉」(ほほ)の誤りとしたが、底本には「臉」とあり、井上の推定が正しいことが明かとなった(校本萬葉集)。
*餘春媚日宜怜賞 上已風光足覧遊
 柳陌臨江縟{眩}服 桃源通海泛仙舟
 雲罍酌桂三清湛 羽爵催人九曲流
 縦酔陶心忘彼我 酩酊无處不淹留

    三月四日、大伴宿祢池主

 餘春の媚日は怜賞ぶに宜しく 上已の風光は覧遊するに足る
 柳陌は江に臨みて{眩}服を縟にし 桃源は海に通ひて仙舟を泛ぶ
 雲罍に桂を酌みて三清を湛へ 羽爵は人を催して九曲に流る
 縦酔に心を陶して彼我を忘れ 酩酊し處として淹留せぬは無し

   *昨日述短懐、今朝汗耳目。更承賜書、且
    奉不次。死罪謹言
 不遺下賎、頻恵徳音。英霊""氣、逸調過人。智水仁山
 既{褞}琳瑯之光彩、潘江陸海、自坐詩書之廊廟。騁
 思非常、託情有理、七歩成章、数篇満帋。巧遣愁人
 之重患、能除戀者之積思。山柿歌泉、比此如蔑。彫龍筆
 海、粲然得看矣。方知僕之有幸也。敬和歌。其詞云

昨日短懐を述べ、今朝耳目を汗す。更に賜書を承り、且つ不次を奉る。死罪謹言。
下賎を遺れず、頻りに徳音を恵む。英霊星気あり。逸調人に過る。智水仁山は既に琳瑯の光彩を{褞}み、潘江陸海は自らに詩書の廊廟に坐す。思を非常に騁せ、心を有理に託せ、七歩章を成し、数篇紙に満つ。巧みに愁人の重患を遣り、能く恋者の積思を除く。山柿の歌泉は此に比ぶれば蔑きが如し。彫龍の筆海は粲然として看るを得たり矣。方に僕が幸有るを知りぬ。敬みて和ふる歌。其の詞に云はく

*憶保枳美能 弥許等可之古美 安之比奇能 夜麻野佐波良受
 安麻射可流 比奈毛乎佐牟流 麻須良袁夜 奈迩可母能毛布
 安乎尓余之 奈良治伎可欲布 多麻豆佐能 都可比多要米也
 己母理古非 伊枳豆伎和多利 之多毛比尓 奈氣可布和賀勢
 伊尓之敝由 伊比都藝久良之 餘乃奈加波 可受奈枳毛能曽
 奈具佐牟流 己等母安良牟等 佐刀{毘}等能 安礼迩都具良久
 夜麻備尓波 佐久良婆奈知利 可保等利能 麻奈久之婆奈久
 春野尓 須美礼乎都牟等 之路多倍乃 蘇泥乎利可敝之
 久礼奈為能 安可毛須蘇妣伎 乎登賣良波 於毛比美太礼弖
 伎美麻都等 宇良呉悲須奈理 己許呂具志 伊謝美尓由加奈
 許等波多奈由比
(17/3973)

 オホキミノ ミコトカシコミ アシヒキノ ヤマノサハラズ
 アマザカル ヒナモヲサムル マスラヲヤ ナニカモノモフ
 アヲニヨシ ナラヂキカヨフ タマヅサノ ツカヒタエメヤ
 コモリコヒ イキヅキワタリ シタモヒニ ナゲカフワガセ
 イニシヘユ イヒツギクラシ ヨノナカハ カズナキモノソ
 ナグサムル コトモアラムト サトビトノ ワレニツグラク
 ヤマビニハ サクラバナチリ カホドリノ マナクシバナク
 ハルノノニ スミレヲツムト シロタヘノ ソデヲリカヘシ
 クレナヰノ アカモスソビキ ヲトメラハ オモヒミダレテ
 キミマツト ウラゴヒスナリ ココログシ イザミニユカナ
 コトハタナユヒ

 大君の 命畏み あしひきの 山野さはらず
 天離る 鄙も治むる 大夫や なにか物思ふ
 あをによし 奈良道来通ふ 玉梓の 使絶えめや
 隠り恋ひ 息づきわたり 下思に 嘆かふ我が背
 いにしへゆ 言ひ継ぎ来らし 世の中は 数なきものそ
 慰むる こともあらむと 里人の 我れに告ぐらく
 山びには 桜花散り 貌鳥の 間なくしば鳴く
 春の野に すみれを摘むと 白栲の 袖折り返し
 紅の 赤裳裾引き 娘子らは 思ひ乱れて
 君待つと うら恋すなり 心ぐし いざ見に行かな
 ことはたなゆひ

*夜麻夫枳波 比尓比尓佐伎奴 宇流波之等 安我於毛布伎美波 思久思久於毛保由(17/3974)
 ヤマブキハ ヒニヒニサキヌ ウルハシト アガオモフキミハ シクシクオモホユ
 山吹は 日に日に咲きぬ うるはしと 吾が思ふ君は しくしく思ほゆ

*和賀勢故迩 古非須敝奈賀利 安之可伎能 保可尓奈氣加布 安礼之可奈思母(17/3975)
 ワガセコニ コヒスベナガリ アシカキノ ホカニナゲカフ アレシカナシモ
 我が背子に 恋ひすべながり 葦垣の 外に嘆かふ あれし悲しも

     三月五日、大伴宿祢池主


 "昨暮"来使、幸也以垂晩春遊覧之詩、今朝累信、辱也
 以{賜}相招望野之歌。一看玉藻、稍寫欝結。二吟秀句、已{除}
 愁緒。非此眺翫、孰能暢心乎。但惟下僕、禀性難彫、闇神靡
 塋。握翰腐毫、對研忘渇。終日目流、綴之不能。所謂文章
 天骨、習之不得也。豈堪探字勒韻、叶和雅篇哉。抑聞鄙
 里少児、古今人言无不酬。聊裁""詠、敬擬解咲焉。 如今賦言勒韵、同
 斯雅作之篇、豈殊将"石間瓊"、唱聲極乏曲歟。
抑小児譬濫謡。敬寫葉端、式擬乱曰

昨暮の来使は、幸に晩春遊覧の詩を垂れ、今朝の累信は、辱なくも相招望野の歌を{賜}ふ。一たび玉藻を看て、稍く鬱結を冩き、二たび秀句を吟じて、已に愁緒を{除}く。此の眺翫にあらずは、孰か能く心を暢べむ。但惟下僕のみ、禀性彫り難く、闇神瑩くこと靡し。翰を握りて毫を腐し、研に対ひて渇くことを忘る。終日に目流して、綴れども能はず。所謂文章は天骨にして、習ひて得ず。豈字を探り韻を勒して、雅篇に叶和するに堪へめや。抑も鄙里の小児に聞けらく、古今人は言に酬いずといふこと無しといへり。聊かに拙詠を裁り、敬みて解咲に擬す。 如今言を賦し韻を勒し、この雅作の篇に同ず。豈石を将ちて瓊に間へ、声に唱へ乏曲を極むるに殊ならめや。抑小児の濫りに謡ふが譬し。敬みて葉端に写し、式ちて乱に擬して曰く

《校注》第一行「昨暮」は、底本「昨日暮」。第六行「古今人」は、諸本「古人」。同七行「極乏曲」は、諸本「遊走曲」。
    七言一首

 杪春餘日媚景麗 初巳和風拂自輕
 来燕銜泥賀宇入 歸鴻引蘆迥赴瀛
 聞君嘯侶新流曲 禊飲催爵泛河清
 雖欲追尋良此宴 還知染懊脚{令}{丁}

 杪春の餘日媚景は麗しく 初巳の和風は拂ひて自らに輕し
 来燕は泥を銜みて宇を賀きて入り 歸鴻は蘆を引きて迥かに瀛に赴く
 聞くならく君が侶に嘯きて流曲を新たにし 禊飲に爵を催して河の清きに泛べるを
 追ひて良き此の宴を尋ねんと欲ふと雖も 還りて知る懊ひに染みて脚の{令}{丁}なることを

    短歌二首

 佐家理等母 之良受之安良婆 母太毛安良牟 己能夜万夫吉乎 美勢追都母等奈(17/3976)
 サケリトモ シラズシアラバ モダモアラム コノヤマブキヲ ミセツツモトナ
 咲けりとも 知らずしあらば 黙もあらむ この山吹を 見せつつもとな

 安之可伎能 保加尓母伎美我 余里多々志 孤悲家礼許曽婆 伊米尓見要家礼(17/3977)
 アシカキノ ホカニモキミガ ヨリタタシ コヒケレコソバ イメニミエケレ
 葦垣の ほかにも君が よりたたし 恋ひけれこそば 夢に見えけれ

  三月五日、大伴宿祢家持、臥病作之


    述戀緒歌一首 并短歌

 妹毛吾毛 許己呂波於夜自 多具敝礼登 伊夜奈都可之久
 相見婆 登許婆都波奈尓 情具之 眼具之毛奈之尓
 波思家夜之 安我於久豆麻 大王能 美許登加之古美
 阿之比奇能 夜麻古要奴由伎 安麻射加流 比奈乎左米尓等
 別来之 曽乃日乃伎波美 荒璞能 登之由吉我敝利
 春花乃 宇都呂布麻泥尓 相見祢婆 伊多母須敝奈美
 之伎多倍能 蘇泥可敝之都追 宿夜於知受 伊米尓波見礼登
 宇都追尓之 多太尓安良祢婆 孤悲之家口 知敝尓都母里奴
 近在者 加敝利尓太仁母 宇知由吉{底} 妹我多麻久良
 佐之加倍{底} 祢天蒙許万思乎 多麻保己乃 路波之騰保久
 關左閇尓 敝奈里{底}安礼許曽 与思恵夜之 餘志播安良武曽
 霍公鳥 来鳴牟都奇尓 伊都之加母 波夜久奈里那牟
 宇乃花乃 尓保敝流山乎 余曽能未母 布里佐氣見都追
 淡海路尓 伊由伎能里多知 青丹吉 奈良乃吾家尓
 奴要鳥能 宇良奈氣之都追 思多戀尓 於毛比宇良夫礼
 可度尓多知 由布氣刀比都追 吾乎麻都等 奈須良牟妹乎
 安比{底}早見牟
(17/3978)

 イモモアレモ ココロハオヤジ タグヘレド イヤナツカシク
 アヒミレバ トコハツハナニ ココログシ メグシモナシニ
 ハシケヤシ アガオクヅマ オホキミノ ミコトカシコミ
 アシヒキノ ヤマコエヌユキ アマザカル ヒナヲサメニト
 ワカレコシ ソノヒノキハミ アラタマノ トシユキガヘリ
 ハルハナノ ウツロフマデニ アヒミネバ イタモスベナミ
 シキタヘノ ソデカヘシツツ ヌルヨオチズ イメニハミレド
 ウツツニシ タダニアラネバ コヒシケク チヘニツモリヌ
 チカクアラバ カヘリニダニモ ウチユキテ イモガタマクラ
 サシカヘテ ネテモコマシヲ タマホコノ ミチハシトホク
 セキサヘニ ヘナリテアレコソ ヨシヱヤシ ヨシハアラムソ
 ホトトギス キナカムツキニ イツシカモ ハヤクナリナム
 ウノハナノ ニホヘルヤマヲ ヨソノミモ フリサケミツツ
 アフミヂニ イユキノリタチ アヲニヨシ ナラノワギヘニ
 ヌエドリノ ウラナケシツツ シタゴヒニ オモヒウラブレ
 カドニタチ ユフケトヒツツ アヲマツト ナスラムイモヲ
 アヒテハヤミム

 妹も吾も 心はおやじ たぐへれど いやなつかしく
 相見れば 常初花に 心ぐし 眼ぐしもなしに
 はしけやし あが奥妻 大王の みことかしこみ
 あしひきの 山こえ野ゆき 天ざかる 鄙をさめにと
 別れ来し その日のきはみ 荒璞の 年ゆきがへり
 春花の うつろふまでに 相見ねば いたもすべなみ
 しきたへの 袖かへしつつ 寝る夜おちず 夢には見れど
 うつつにし 直にあらねば 恋ひしけく 千重につもりぬ
 近く在らば 帰りにだにも うちゆきて 妹が手枕
 さしかへて 寝ても来ましを たまほこの 路はし遠く
 関さへに 隔りてあれこそ よしゑやし 由はあらむそ
 霍公鳥 来鳴かむ月に いつしかも 早くなりなむ
 卯の花の にほへる山を よそのみも 振り仰け見つつ
 淡海路に いゆきのりたち 青丹吉し 奈良の吾ぎ家に
 ぬえ鳥の うら泣けしつつ した恋に 思ひうらぶれ
 門に立ち 夕占問ひつつ 吾を待つと なすらむ妹を
 あひて早見む

 安良多麻乃 登之可敝流麻泥 安比見祢婆 許己呂毛之努尓 於母保由流香聞(17/3979)
 アラタマノ トシカヘルマデ アヒミネバ ココロモシノニ オモホユルカモ
 あらたまの 年かへるまで 相見ねば 心もしのに 思ほゆるかも

 奴婆多麻乃 伊米尓波母等奈 安比見礼騰 多太尓安良祢婆 孤悲夜麻受家里(17/3980)
 ヌバタマノ イメニハモトナ アヒミレド タダニアラネバ コヒヤマズケリ
 ぬばたまの 夢にはもとな 相見れど ただにあらねば 恋ひやまずけり

 安之比奇能 夜麻伎敝奈里{底} 等保家騰母 許己呂之遊氣婆 伊米尓美要家利(17/3981)
 アシヒキノ ヤマキヘナリテ トホケドモ ココロシユケバ イメニミエケリ
 あしひきの 山きへなりて 遠けども 心しゆけば 夢に見えけり

 春花能 宇都路布麻泥尓 相見祢婆 月日餘美都追 伊母麻都良牟曽(17/3982)
 ハルハナノ ウツロフマデニ アヒミネバ ツキヒヨミツツ イモマツラムソ
 春花の うつろふまでに 相見ねば 月日よみつつ 妹待つらむそ

     右、三月廾日夜裏、忽""起戀情作。大伴
     宿祢家持


    立夏四月、既経累日而、由未聞霍公鳥喧。因作
    恨歌二首

 安思比奇能 夜麻毛知可吉乎 保登等藝須 都奇多都麻泥尓 奈仁加吉奈可奴(17/3983)
 アシヒキノ ヤマモチカキヲ ホトトギス ツキタツマデニ ナニカキナカヌ
 あしひきの 山も近きを 霍公鳥 月たつまでに 何か来鳴かぬ

 多麻尓奴久 波奈多知婆奈乎 等毛之美思 己能和我佐刀尓 伎奈可受安流良之(17/3984)
 タマニヌク ハナタチバナヲ トモシミシ コノワガサトニ キナカズアルラシ
 玉に貫く 花橘を ともしみし このわが里に 来鳴かずあるらし

     霍公鳥者立夏之日来鳴必定。又越中風土、希
     有橙橘也。因此大伴宿祢家持、感發於懐聊裁
     此歌。三月廾九日


    二上山賦一首 此山者有射水郡也

 伊美都河泊 伊由伎米具礼流 多麻久之氣 布多我美山者
 波流波奈乃 佐家流左加利尓 安吉能葉乃 尓保敝流等伎尓
 出立{底} 布里佐氣見礼婆 可牟加良夜 曽許婆多敷刀伎
 夜麻可良夜 見我保之加良武 須賣可未能 須蘇未乃夜麻能
 之夫多尓能 佐吉乃安里蘇尓 阿佐奈藝尓 餘須流之良奈美
 由敷奈藝尓 美知久流之保能 伊夜麻之尓 多由流許登奈久
 伊尓之敝由 伊麻乃乎都豆尓 可久之許曽 見流比登其等尓
 加氣{底}之努波米
(17/3985)

 イミヅガハ イユキメグレル タマクシゲ フタガミヤマハ
 ハルハナノ サケルサカリニ アキノハノ ニホヘルトキニ
 イデタチテ フリサケミレバ カムカラヤ ソコバタフトキ
 ヤマカラヤ ミガホシカラム スメカミノ スソミノヤマノ
 シブタニノ サキノアリソニ アサナギニ ヨスルシラナミ
 ユフナギニ ミチクルシホノ イヤマシニ タユルコトナク
 イニシヘユ イマノヲツツニ カクシコソ ミルヒトゴトニ
 カケテシノハメ

 射水川 いゆきめぐれる たまくしげ 二上山は
 春花の 咲けるさかりに 秋の葉の にほへるときに
 出で立ちて ふりさけ見れば 神柄や そこばたふとき
 山柄や 見がほしからむ すめ神の 裾廻の山の
 渋谷の 崎の荒磯に 朝凪に よする白波
 夕凪に みちくる潮の いやましに 絶ゆることなく
 いにしへゆ 今のをつつに かくしこそ 見る人ごとに
 かけてしのはめ

 之夫多尓能 佐伎能安里蘇尓 与須流奈美 伊夜思久思久尓 伊尓之敝於母保由(17/3986)
 シブタニノ サキノアリソニ ヨスルナミ イヤシクシクニ イニシヘオモホユ
 渋谷の 崎の荒磯に よする波 いやしくしくに 古おもほゆ

 多麻久之氣 敷多我美也麻尓 鳴鳥能 許恵乃孤悲思吉 登岐波伎尓家里(17/3987)
 タマクシゲ フタガミヤマニ ナクトリノ コヱノコヒシキ トキハキニケリ
 たまくしげ 二上山に 鳴く鳥の 声の恋しき 時は来にけり

     右、三月卅日、依興作之。大伴宿祢家持


    四月十六日夜裏、遥聞霍公鳥喧、述懐歌一首

 奴婆多麻乃 都奇尓牟加比{底} 保登等藝須 奈久於登波流氣之 佐刀騰保美可聞(17/3988)
 ヌバタマノ ツキニムカヒテ ホトトギス ナクオトハルケシ サトドホミカモ
 ぬばたまの 月に向ひて 霍公鳥 鳴く音遥けし 里どほみかも

     右一首、大伴宿祢家持作之


    大目秦忌寸八千嶋之舘、餞守大伴宿祢家持宴歌
    二首

 奈呉能宇美能 意吉都之良奈美 志苦思苦尓 於毛保要武可母 多知和可礼奈婆(17/3989)
 ナゴノウミノ オキツシラナミ シクシクニ オモホエムカモ タチワカレナバ
 奈呉の海の 沖つ白波 しくしくに 思ほえむかも 立ち別れなば

 ""我勢故波 多麻尓母我毛奈 手尓麻伎{底} 見都追由可牟乎 於吉{底}伊加婆乎思(17/3990)
 ワガセコハ タマニモガモナ テニマキテ ミツツユカムヲ オキテイカバヲシ
 わが背子は玉にもがもな手にまきて見つつゆかむを置きていかば惜し

     右、守大伴宿祢家持、以正税帳須入京師。仍
     作此歌、聊陳相別之嘆。 四月廾日

《校注》第一句""、底本に無し。元暦校本・類聚古集により付加する。

    遊覧布勢水海賦一首 并短哥 此海者有射水郡舊江村也

 物能乃敷能 夜蘇等母乃乎能 於毛布度知 許己呂也良武等
 宇麻奈米{底} 宇知久知夫利乃 之良奈美能 安里蘇尓与須流
 之夫多尓能 佐吉多母登保理 麻都太要能 奈我波麻須義{底}
 宇奈比河波 伎欲吉勢其等尓 宇加波多知 可由吉加久遊岐
 見都礼騰母 曽許母安加尓等 布勢能宇弥尓 布祢宇氣須恵{底}
 於伎敝許藝 邊尓己伎見礼婆 奈藝左尓波 安遅牟良佐和伎
 之麻未尓波 許奴礼波奈左吉 許己婆久毛 見乃佐夜氣吉加
 多麻久之氣 布多我弥"夜麻"尓 波布都多能 由伎波和可礼受
 安里我欲比 伊夜登之能波尓 於母布度知 可久思安蘇婆牟
 異麻母見流其等
(17/3991)

 モノノフノ ヤソトモノヲノ オモフドチ ココロヤラムト
 ウマナメテ ウチクチブリノ シラナミノ アリソニヨスル
 シブタニノ サキタモトホリ マツダエノ ナガハマスギテ
 ウナヒガハ キヨキセゴトニ ウカハタチ カユキカクユキ
 ミツレドモ ソコモアカニト フセノウミニ フネウケスヱテ
 オキヘコギ ヘニコギミレバ ナギサニハ アヂムラサワキ
 シマミニハ コヌレハナサキ ココバクモ ミノサヤケキカ
 タマクシゲ フタガミヤマニ ハフツタノ ユキハワカレズ
 アリガヨヒ イヤトシノハニ オモフドチ カクシアソバム
 イマモミルゴト

 物部の 八十伴の男の 思ふどち 心やらむと
 馬並めて うちくちぶりの 白波の 荒磯によする
 渋谷の 崎たもとほり 松田江の 長浜過ぎて
 宇奈比河 清き瀬ごとに 鵜河たち か行きかく行き
 見つれども そこも飽かにと 布勢の海に 船うけすゑて
 沖へこぎ 辺にこぎ見れば 渚には あぢ群騒き
 島廻には 木末花咲き ここばくも 見のさやけきか
 たまくしげ 二上山に はふ蔦の 行きは別れず
 あり通ひ いや毎年に 思ふどち かくし遊ばむ
 今も見るごと

《校注》第八行"夜麻"、底本は「山」。諸本により改変。
 布勢能宇美能 意枳都之良奈美 安利我欲比 伊夜登偲能波尓 見都追思努播牟(17/3992)
 フセノウミノ オキツシラナミ アリガヨヒ イヤトシノハニ ミツツシノハム
 布勢の海の 沖つ白波 ありがよひ いや毎年に 見つつ偲はむ

     右、守大伴宿祢家持作之 四月廾四日


    敬和遊覧布勢水海賦一首 并一絶

*布治奈美波 佐岐弖知理尓伎 宇能波奈波 伊麻曽佐可理等
 安之比奇能 夜麻尓毛野尓毛 保登等藝須 奈伎之等与米婆
 宇知奈妣久 許己呂毛之努尓 曽己乎之母 宇良胡非之美等
 於毛布度知 宇麻宇知牟礼弖 多豆佐波理 伊泥多知美礼婆
 伊美豆河泊 美奈刀能須登利 安佐奈藝尓 可多尓安佐里之
 思保美弖婆 都麻欲妣可波須 等母之伎尓 美都追須疑由伎
 之夫多尓能 安利蘇乃佐伎尓 於枳追奈美 余勢久流多麻母
 可多与理尓 可都良尓都久理 伊毛我多米 {底}尓麻吉母知弖
 宇良具波之 布勢能美豆宇弥尓 阿麻夫祢尓 麻可治加伊奴吉
 之路多倍能 蘇泥布理可邊之 阿登毛比弖 和賀己藝由氣""
 乎布能佐伎 波奈知利麻""比 奈伎佐尓波 阿之賀毛佐和伎
 佐射礼奈美 多知弖毛為弖母 己藝米具利 美礼登母安可受
 安伎佐良"" 毛美知能等伎尓 波流佐良婆 波奈能佐可利尓
 可毛加久母 伎美我麻尓麻等 可久之許曽 美母安吉良米々
 多由流比安良米也
(17/3993)

 フヂナミハ サキテチリニキ ウノハナハ イマソサカリト
 アシヒキノ ヤマニモノニモ ホトトギス ナキシトヨメバ
 ウチナビク ココロモシノニ ソコヲシモ ウラゴヒシミト
 オモフドチ ウマウチムレテ タヅサハリ イデタチミレバ
 イミヅガハ ミナトノスドリ アサナギニ カタニアサリシ
 シホミテバ ツマヨビカハス トモシキニ ミツツスギユキ
 シブタニノ アリソノサキニ オキツナミ ヨセクルタマモ
 カタヨリニ カヅラニツクリ イモガタメ テニマキモチテ
 ウラグハシ フセノミヅウミニ アマブネニ マカヂカイヌキ
 シロタヘノ ソデフリカヘシ アドモヒテ ワガコギユケバ
 ヲフノサキ ハナチリマガヒ ナギサニハ アシガモサワキ
 サザレナミ タチテモヰテモ コギメグリ ミレドモアカズ
 アキサラバ モミチノトキニ ハルサラバ ハナノサカリニ
 カモカクモ キミガマニマト カクシコソ ミモアキラメメ
 タユルヒアラメヤ

 藤波は 咲きて散りにき 卯の花は 今そさかりと
 あしひきの 山にも野にも ほととぎす 鳴きし響めば
 うちなびく 心もしのに そこをしも うら恋しみと
 思ふどち 馬うち群れて たづさはり 出で立ち見れば
 射水川 みなとの洲鳥 朝凪に 潟にあさりし
 汐満てば 嬬呼びかはす 羨しきに 見つつ過ぎゆき
 渋谷の 荒磯の崎に 沖つ波 寄せ来る玉藻
 片撚りに 縵につくり 妹がため 手に纏きもちて
 うらぐはし 布勢の水海に 海人舟に 真楫かいぬき
 白たへの 袖ふりかへし あどもひて 吾が漕ぎゆけば
 乎布の崎 花散りまがひ 渚には 葦鴨さわき
 さざれ波 立ちても居ても 漕ぎめぐり 見れども飽かず
 秋さらば 黄葉のときに 春されば 花の盛りに
 かもかくも 君がまにまと かくしこそ 見も明らめめ
 絶ゆる日あらめや

*之良奈美能 与世久流多麻毛 余能安比太母 都藝弖民仁許武 吉欲伎波麻備乎(17/3994)
 シラナミノ ヨセクルタマモ ヨノアヒダモ ツギテミニコム キヨキハマビヲ
 白波の 寄せ来る玉藻 世のあひだも 継ぎて見に来む 清き浜傍を

     右、掾大伴宿祢池主作 四月廾六日追和


    四月廾六日、掾大伴宿祢池主之舘、餞税帳使守
    大伴宿祢家持宴歌。并古歌四首

 多麻保許乃 美知尓伊泥多知 和可礼奈婆 見奴日佐麻祢美 孤悲思家武可母 一云不見日久弥 戀之家牟加母(17/3995)
 タマホコノ ミチニイデタチ ワカレナバ ミヌヒサマネミ コヒシケムカモ ミヌヒヒサシミ コヒシケムカモ
 玉鉾の 道にいでたち 別れなば 見ぬ日さまねみ 恋しけむかも 一に云はく、見ぬ日久しみ 恋しけむかも

     右一首、大伴宿祢家持作之

*和我勢古我 久尓敝麻之奈婆 保等登藝須 奈可牟佐都奇波 佐夫之家牟可母(17/3996)
 ワガセコガ クニヘマシナバ ホトトギス ナカムサツキハ サブシケムカモ
 我が背子が 国へましなば ほととぎす 鳴かむ五月は さぶしけむかも

     右一首、介内蔵忌寸縄麿作之

 安礼奈之等 奈和備和我勢故 保登等藝須 奈可牟佐都奇波 多麻乎奴香佐祢(17/3997)
 アレナシト ナワビワガセコ ホトトギス ナカムサツキハ タマヲヌカサネ
 吾なしと な侘びわが背子 ほととぎす 鳴かむ五月は 玉を貫かさね

     右一首、守大伴宿祢家持

    石川朝臣水通橘歌一首

*和我夜度能 花橘乎 波奈其米尓 多麻尓曽安我奴久 麻多婆苦流之美(17/3998)
 ワガヤドノ ハナタチバナヲ ハナゴメニ タマニソアガヌク マタバクルシミ
 我が屋戸の 花橘を 花ごめに 玉にそ我が貫く 待たば苦しみ

     右一首、傳誦主人大伴宿祢池主云尓


    守大伴宿祢家持舘""宴歌一首 四月廾六日

 美夜故敝尓 多都日知可豆久 安久麻弖尓 安比見而由可奈 故布流比於保家牟(17/3999)
 ミヤコヘニ タツヒチカヅク アクマデニ アヒミテユカナ コフルヒオホケム
 都片に 発つ日近づく 飽くまでに 相見てゆかな 恋ふる日多けむ


    立山賦一首 并短哥 此立山者有新川郡也

 安麻射可流 比奈尓名可加須 古思能奈可 久奴知許登其等
 夜麻波之母 之自尓安礼登毛 加波波之母 佐波尓由氣等毛
 須賣加未能 宇之波伎伊麻須 尓比可波能 曽能多知夜麻尓
 等許奈都尓 由伎布理之伎弖 於婆勢流 可多加比河波能
 伎欲吉瀬尓 安佐欲比其等尓 多都奇利能 於毛比須疑米夜
 安里我欲比 伊夜登之能播仁 ""増能未母 布利佐氣見都々
 余呂豆余能 可多良比具佐等 伊末太見奴 比等尓母都氣牟
 於登能未毛 名能未母伎吉{底} 登母之夫流我祢
(17/4000)

 アマザカル ヒナニナカカス コシノナカ クヌチコトゴト
 ヤマハシモ シジニアレドモ カハハシモ サハニユケドモ
 スメカミノ ウシハキイマス ニヒカハノ ソノタチヤマニ
 トコナツニ ユキフリシキテ オバセル カタカヒガハノ
 キヨキセニ アサヨヒゴトニ タツキリノ オモヒスギメヤ
 アリガヨヒ イヤトシノハニ ヨソノミモ フリサケミツツ
 ヨロヅヨノ カタラヒグサト イマダミヌ ヒトニモツゲム
 オトノミモ ナノミモキキテ トモシブルガネ

 天ざかる 鄙に名懸かす 越のなか 国内ことごと
 山はしも 繁にあれども 河はしも 多にゆけども
 すめ神の 領きいます 新川の その立山に
 とこなつに 雪ふりしきて 帯ばせる 片貝川の
 きよき瀬に 朝宵ごとに たつ霧の 思ひすぎめや
 あり通ひ いや毎年に よそのみも 振り放け見つつ
 万代の 語らひ草と いまだ見ぬ 人にも告げむ
 音のみも 名のみも聞きて 羨しぶるがね

 多知夜麻尓 布里於家流由伎乎 登己奈都尓 見礼等母安可受 加武賀良奈良之(17/4001)
 タチヤマニ フリオケルユキヲ トコナツニ ミレドモアカズ カムカラナラシ
 立山に 降りおける雪を とこなつに 見れどもあかず 神柄ならし

 可多加比能 可波能瀬伎欲久 由久美豆能 多由流許登奈久 安里我欲比見牟(17/4002)
 カタカヒノ カハノセキヨク ユクミヅノ タユルコトナク アリガヨヒミム
 片貝の 川の瀬きよく ゆく水の 絶ゆることなく ありがよひ見む

     四月廾七日、大伴宿祢家持作之


    敬和立山賦一首 并二絶

*阿佐比左之 曽我比尓見由流 可无奈我良 弥奈尓於婆勢流
 之良久母能 知邊乎於之和氣 安麻曽々理 多可吉多知夜麻
 布由奈都登 和久許等母奈久 之路多倍尓 遊吉波布里於吉弖
 伊尓之邊"" 阿""吉仁家礼婆 許其志可毛 伊""能可牟佐備
 多末伎波流 伊久代経尓家牟 多知{底}為弖 見礼登毛安夜之
 弥祢太可美 多尓乎布可美等 於知多藝都 吉欲伎可敷知尓
 安佐左良受 綺利多知和多利 由布佐礼婆 久毛為多奈{毘}吉
 久毛為奈須 己許呂毛之努尓 多都奇理能 於毛比須具佐受
 由久美豆乃 於等母佐夜氣久 与呂豆余尓 伊比都藝由可牟
 加波之多要受波
(17/4003)

 アサヒサシ ソガヒニミユル カムナガラ ミナニオバセル
 シラクモノ チヘヲオシワケ アマソソリ タカキタチヤマ
 フユナツト ワクコトモナク シロタヘニ ユキハフリオキテ
 イニシヘユ アリキニケレバ コゴシカモ イハノカムサビ
 タマキハル イクヨヘニケム タチテヰテ ミレドモアヤシ
 ミネダカミ タニヲフカミト オチタギツ キヨキカフチニ
 アササラズ キリタチワタリ ユフサレバ クモヰタナビキ
 クモヰナス ココロノシノニ タツキリノ オモヒスギメヤ
 ユクミヅノ オトモサヤケク ヨロヅヨニ イヒツギユカム
 カハシタエズハ

 朝日さし 背向に見ゆる 神ながら 御名に帯ばせる
 白雲の 千重をおしわけ 天そそり 高き立山
 冬夏と 分くこともなく 白たへに 雪は降りおきて
 古ゆ あり来にければ こごしかも 巌の神さび
 たまきはる 幾代へにけむ 立ちて居て 見れどもあやし
 峯だかみ 谷を深みと 落ちたぎつ 清き河内に
 朝去らず 霧立ちわたり 夕されば 雲居たなびき
 雲居なす 心もしのに 立つ霧の 思ひすぐさず
 ゆく水の 音もさやけく 万代に 言ひつぎゆかむ
 川し絶えずは

*多知夜麻尓 布理於家流由伎能 等許奈都尓 氣受弖和多流波 可无奈我良等曽(17/4004)
 タチヤマニ フリオケルユキノ トコナツニ ケズテワタルハ カムナガラトソ
 立山に 降りおける雪の とこなつに 消ずてわたるは 神ながらとそ

*於知多藝都 可多加比我波能 多延奴期等 伊麻見流比等母 夜麻受可欲波牟(17/4005)
 オチタギツ カタカヒガハノ タエヌゴト イマミルヒトモ ヤマズカヨハム
 落ちたぎつ 片貝川の 絶えぬごと 今見る人も やまず通はむ

     右、掾大伴宿祢池主和之 四月廾八日


    入京漸近、悲情難撥、述懐一首 并一絶

 可伎加蘇布 敷多我美夜麻尓 可牟佐備弖 多{底}流都我能奇
 毛等母延毛 於夜自得許波尓 波之伎与之 和我世乃伎美乎
 安佐左良受 安比弖許登騰比 由布佐礼婆 手多豆佐波利弖
 伊美豆河波 吉欲伎可布知尓 伊泥多知弖 和我多知弥礼婆
 安由能加是 伊多久之布氣婆 美奈刀尓波 之良奈美多可弥
 都麻欲夫等 須騰理波佐和久 安之可流等 安麻乃乎夫祢波
 伊里延許具 加遅能於等多可之 曽己乎之毛 安夜尓登母志美
 之努比都追 安蘇夫佐香理乎 須賣呂伎能 乎須久尓奈礼婆
 美許登母知 多知和可礼奈婆 於久礼多流 吉民婆安礼騰母
 多麻保許乃 美知由久和礼播 之良久毛能 多奈妣久夜麻乎
 伊波祢布美 古要敝奈利奈婆 孤悲之家久 氣乃奈我家牟曽
 則許母倍婆 許己呂志伊多思 保等登藝須 許恵尓安倍奴久
 多麻尓母我 手尓麻吉毛知弖 安佐欲比尓 見都追由可牟乎
 於伎弖伊加婆乎思
(17/4006)

 カキカゾフ フタガミヤマニ カムサビテ タテルツガノキ
 モトモエモ オヤジトコハニ ハシキヨシ ワガセノキミヲ
 アササラズ アヒテコトドヒ ユフサレバ テタヅサハリテ
 イミヅガハ キヨキカフチニ イデタチテ ワガタチミレバ
 アユノカゼ イタクシフケバ ミナトニハ シラナミタカミ
 ツマヨブト スドリハサワク アシカルト アマノヲブネハ
 イリエコグ カヂノオトタカシ ソコヲシモ アヤニトモシミ
 シノヒツツ アソブサカリヲ スメロキノ ヲスクニナレバ
 ミコトモチ タチワカレナバ オクレタル キミハアレドモ
 タマホコノ ミチユクワレハ シラクモノ タナビクヤマヲ
 イハネフミ コエヘナリナバ コヒシケク ケノナガケムソ
 ソコモヘバ ココロシイタシ ホトトギス コヱニアヘヌク
 タマニモガ テニマキモチテ アサヨヒニ ミツツユカムヲ
 オキテイカバヲシ

 かき数ふ 二上山に 神さびて 立てる栂の樹
 幹も枝も おやじ常葉に はしきよし わが背の君を
 朝さらず 逢ひて言問ひ 夕されば 手たづさはりて
 射水河 きよき河内に 出で立ちて わが立ち見れば
 あゆの風 いたくし吹けば 水門には 白波たかみ
 嬬呼ぶと 洲鳥は騒く 葦刈ると 海人の小舟は
 入り江こぐ 楫の音高し そこをしも あやに羨しみ
 偲ひつつ 遊ぶさかりを すめろきの 食す国なれば
 みこと持ち 立ち別れなば 後れたる 君はあれども
 玉鉾の 道ゆくわれは 白雲の たなびく山を
 岩根ふみ 越えへなりなば 恋しけく 日の長けむそ
 そこ思へば 心し痛し ほととぎす 声に合へ貫く
 玉にもが 手にまきもちて 朝宵に 見つつゆかむを
 置きていかば惜し

《校注》第二行「得許波」は、諸本「得伎波」で、トキハと訓む。
 和我勢故波 多麻尓母我毛奈 保登等伎須 許恵尓安倍奴吉 手尓麻伎弖由可牟(17/4007)
 ワガセコハ タマニモガモナ ホトトギス コヱニアヘヌキ テニマキテユカム
 わが背子は 玉にもがもな 霍公鳥 こゑに合へ貫き 手にまきてゆかむ

     右、大伴宿祢家持、贈掾大伴宿祢池主 四月卅日


    忽見入京述懐之作、生別悲""断腸万廻、怨緒
    難禁。聊奉所心一首 并二絶

*安遠迩与之 奈良乎伎波奈礼 阿麻射可流 比奈尓波安礼登
 和賀勢故乎 見都追志乎礼婆 於毛比夜流 許等母安利之乎
 於保伎美乃 美許等可之古美 乎須久尓能 許等登理毛知弖
 和可久佐能 安由比多豆久利 无良等理能 安佐太知伊奈婆
 於久礼多流 阿礼也可奈之伎 多妣尓由久 伎美可母孤悲无
 於毛布蘇良 夜須久安良祢婆 奈氣可久乎 等騰米毛可祢{底}
 見和多勢婆 宇能波奈夜麻乃 保等登藝須 祢能未之奈可由
 安佐疑理能 美太流""許己呂 許登尓伊泥弖 伊波婆由遊思美
 刀奈美夜麻 多牟氣能可味尓 奴佐麻都里 安我許比能麻久
 波之家夜之 吉美賀多太可乎 麻佐吉久毛 安里多母等保利
 都奇多々婆 等伎毛可波佐受 奈泥之故我 波奈乃佐可里尓
 阿比見之米等曽
(17/4008)

 アヲニヨシ ナラヲキハラレ アマザカル ヒナニハアレド
 ワガセコヲ ミツツシヲレバ オモヒヤル コトモアリシヲ
 オホキミノ ミコトカシコミ ヲスクニノ コトトリモチテ
 ワカクサノ アユヒタヅクリ ムラトリノ アサダチイナバ
 オクレタル アレヤカナシキ タビニユク キミカモコヒム
 オモフソラ ヤスクアラネバ ナゲカクヲ トドメモカネテ
 ミワタセバ ウノハナヤマノ ホトトギス ネノミシナカユ
 アサギリノ ミダルルココロ コトニイデテ イハバユユシミ
 トナミヤマ タムケノカミニ ヌサマツリ アガコヒノマク
 ハシケヤシ キミガタダカヲ マサキクモ アリタモトホリ
 ツキタタバ トキモカハサズ ナデシコガ ハナノサカリニ
 アヒミシメトソ

 青丹よし 奈良を来はなれ 天ざかる 鄙にはあれど
 我が背子を 見つつしをれば 思ひやる こともありしを
 大君の みことかしこみ 食す国の 事とりもちて
 若草の 脚帯手づくり 群鳥の 朝立ちいなば
 おくれたる 吾や悲しき 旅にゆく 君かも恋ひむ
 思ふそら やすくあらねば 嘆かくを 止めもかねて
 見渡せば 卯の花山の 霍公鳥 哭のみし泣かゆ
 朝霧の みだるる心 言に出でて 言はばゆゆしみ
 礪波山 手向の神に 幣まつり 吾が乞ひのまく
 はしけやし 君が正香を ま幸くも ありたもとほり
 月たたば 時もかはさず なでしこが 花の盛りに
 相見しめとそ

*多麻保許乃 美知能可未多知 麻比波勢牟 安賀於毛布伎美乎 奈都可之美勢余(17/4009)
 タマホコノ ミチノカミタチ マヒハセム アガオモフキミヲ ナツカシミセヨ
 玉鉾の 道の神たち 幣はせむ 吾が思ふ君を なつかしみせよ

*宇良故非之 和賀勢能伎美波 奈泥之故我 波奈尓毛我母奈 安佐奈々々見牟(17/4010)
 ウラゴヒシ ワガセノキミハ ナデシコガ ハナニモガモナ アサナサナミム
 うら恋し 我が背の君は なでしこが 花にもがもな 朝な旦な見む

     右、大伴宿祢池主、報贈和歌 五月二日


    思放逸鷹、夢見感悦作歌一首 并短哥

 大王乃 等保能美可度曽 美雪落 越登名尓於敝流
 安麻射可流 比奈尓之安礼婆 山高美 河登保之呂思
 野乎比呂美 久佐許曽之既吉 安由波之流 奈都能左加利等
 之麻都等里 鵜養我登母波 由久加波乃 伎欲吉瀬其等尓
 可賀里左之 奈豆左比能保流 露霜乃 安伎尓伊多礼婆
 野毛佐波尓 等里須太家里等 麻須良乎能 登母伊射奈比弖
 多加波之母 安麻多安礼等母 矢形尾乃 安我大黒尓 大黒者蒼鷹之名也
 之良奴里能 鈴登里都氣弖 朝{猟}尓 伊保都登里多{底}
 暮{猟}尓 知登理布美多{底} 於敷其等迩 由流須許等奈久
 手放毛 乎知母可夜須伎 許礼乎於伎{底} 麻多波安里我多之
 左奈良敝流 多可波奈家牟等 情尓波 於毛比保許里弖
 恵麻比都追 和多流安比太尓 多夫礼多流 之許都於吉奈乃
 許等太尓母 吾尓波都氣受 等乃具母利 安米能布流日乎
 等我理須等 名乃未乎能里弖 三嶋野乎 曽我比尓見都追
 二上 山登妣古要{底} 久母我久理 可氣理伊尓伎等
 可敝理伎弖 之波夫礼都具礼 呼久餘思乃 曽許尓奈家礼婆
 伊敷須敝能 多騰伎乎之良尓 心尓波 火佐倍毛要都追
 於母比孤悲 伊伎豆吉安麻利 氣太之久毛 安布許等安里也等
 安之比奇能 乎{底}母許乃毛尓 等奈美波里 母利敝乎須恵{底}
 知波夜夫流 神社尓 {底}流鏡 之都尓等里蘇倍
 己比能美弖 安我麻都等吉尓 乎登賣良我 伊米尓都具良久
 奈我古敷流 曽能保追多加波 麻追太要乃 波麻由伎具良之
 都奈之等流 比美乃江過弖 多古能之麻 等妣多毛登保里
 安之我母乃 須太久舊江尓 乎等都日毛 伎能敷母安里追
 知加久安良婆 伊麻布都可太未 等保久安良婆 奈奴可乃""知波
 須疑米也母 伎奈牟和我勢故 祢毛許呂尓 奈孤悲曽余等曽
 伊麻尓都氣都流
(17/4011)

 オホキミノ トホノミカドソ ミユキフル コシトナニオヘル
 アマザカル ヒナニシアレバ ヤマタカミ カハトホシロシ
 ノヲヒロミ クサコソシゲキ アユハシル ナツノサカリト
 シマツトリ ウカヒガトモハ ユクカハノ キヨキセゴトニ
 カガリサシ ナヅサヒノボル ツユシモノ アキニイタレバ
 ノモサハニ トリスダケリト マスラヲノ トモイザナヒテ
 タカハシモ アマタアレドモ ヤカタヲノ アガダイコクニ
 シラヌリノ スズトリツケテ アサカリニ イホツトリタテ
 ユフカリニ チドリフミタテ オフゴトニ ユルスコトナク
 タバナレモ ヲチモカヤスキ コレヲオキテ マタハアリガタシ
 サナラヘル タカハナケムト ココロニハ オモヒホコリテ
 ヱマヒツツ ワタルアヒダニ タブレタル シコツヲキナノ
 コトダニモ ワレニハツゲズ トノグモリ アメノフルヒヲ
 トガリスト ナノミヲノリテ ミシマノヲ ソガヒニミツツ
 フタガミノ ヤマトビコエテ クモガクリ カケリイニキト
 カヘリキテ シハブレツグレ ヲクヨシノ ソコニナケレバ
 イフスベノ タドキヲシラニ ココロニハ ヒサヘモエツツ
 オモヒコヒ イキヅキアマリ ケダシクモ アフコトアリヤト
 アシヒキノ ヲテモコノモニ トナミハリ モリヘヲスヱテ
 チハヤブル カミノヤシロニ テルカガミ シヅニトリソヘ
 コヒノミテ アガマツトキニ ヲトメラガ イメニツグラク
 ナガコフル ソノホツタカハ マツダエノ ハマユキグラシ
 ツナシトル ヒミノエスギテ タコノシマ トビタモトホリ
 アシガモノ スダクフルエニ ヲトツヒモ キノフモアリツ
 チカクアラバ イマフツカダミ トホクアラバ ナヌカノヲチハ
 スギメヤモ キナムワガセコ ネモコロニ ナコヒソヨトソ
 イマニツゲツル

 大王の 遠の朝廷そ み雪降る 越と名に負へる
 天ざかる 鄙にしあれば 山高み 河とほしろし
 野をひろみ 草こそしげき 鮎走る 夏のさかりと
 しまつとり 鵜養が伴は ゆく川の 清き瀬ごとに
 篝さし なづさひのぼる 露霜の 秋に至れば
 野もさはに 鳥すだけりと ますらをの 伴いざなひて
 鷹はしも あまたあれども 矢形尾の 吾が大黒に 大黒は蒼鷹の名なり
 白塗りの 鈴取りつけて 朝狩に 五百つ鳥たて
 夕狩に 千鳥踏み立て 追ふごとに ゆるすことなく
 手放れも 還来もか易き これを措きて またはありがたし
 さ並へる 鷹はなけむと 心には 思ひ誇りて
 笑まひつつ 渡るあひだに たぶれたる 醜つ翁の
 言だにも 我には告げず とのぐもり 雨の降る日を
 鳥狩すと 名のみを告りて 三嶋野を そがひに見つつ
 二上の 山飛び越えて 雲隠り 翔けり去にきと
 帰り来て しはぶれ告ぐれ 招く縁の そこになければ
 云ふすべの たどきを知らに 心には 火さへ燃えつつ
 思ひ恋ひ 息づきあまり けだしくも 逢ふことありやと
 あしひきの 彼面此面に 鳥網はり 守部をすゑて
 ちはやぶる 神の社に てる鏡 倭文に取り添へ
 乞ひ祈みて 吾が待つときに 乙女らが 夢に告ぐらく
 汝が恋ふる その秀つ鷹は 松田江の 浜ゆきぐらし
 つなしとる 氷見の江過ぎて 多古の嶋 飛びたもとほり
 葦鴨の すだく舊江に をとつ日も 昨日もありつ
 近くあらば 今二日だみ 遠くあらば 七日のをちは
 過ぎめやも 来なむ我が背子 ねもころに な恋ひそよとそ
 夢に告げつる

 矢形尾能 多加乎手尓須恵 美之麻野尓 可良奴日麻祢久 都奇曽倍尓家流(17/4012)
 ヤカタヲノ タカヲテニスヱ ミシマノニ カラヌヒマネク ツキソヘニケル
 矢形尾の 鷹を手にすゑ 三嶋野に 狩らぬ日まねく 月そ経にける

 二上能 乎弖母許能母尓 安美佐之弖 安我麻都多可乎 伊米尓都氣追母(17/4013)
 フタガミノ ヲテモコノモニ アミサシテ アガマツタカヲ イメニツゲツモ
 二上の をてもこのもに 網さして 吾が待つ鷹を 夢に告げつも

 麻追我敝里 之比尓弖安礼可母 佐夜麻太乃 乎治我其日尓 母等米安波受家牟(17/4014)
 マツガヘリ シヒニテアレカモ サヤマダノ ヲヂガソノヒニ モトメアハズケム
 松反り しひにてあれかも さ山田の 翁が其日に 求め逢はずけむ

 情尓波 由流布許等奈久 須加能夜麻 須加奈久能未也 孤悲和多利奈牟(17/4015)
 ココロニハ ユルフコトナク スカノヤマ スカナクノミヤ コヒワタリナム
 心には ゆるふことなく 須加の山 すかなくのみや 恋ひわたりなむ

     右、射水郡古江村、取獲蒼鷹。形""美麗、鷙
     雉秀群也。於時養吏山田史君麿、調試失節、
     野{猟}""候。摶風之翅、高翔匿雲、腐鼠之餌、
     呼留靡驗。於是張設羅網、窺乎非常、奉
     幣神祇、""乎不虞也。粤以夢裏有娘子、喩
     曰、使君勿作苦念空費精神。放逸彼鷹、獲得
     未幾矣哉。須叟覺寤、有悦於懐。因作却恨之
     歌、式旌感信。守大伴宿祢家持 九月廾六日作也



 天平二十年 三十一歳 30首


 東風 越俗語東風謂之安由乃可是也 伊多久布久良之 奈呉乃安麻能 都利須流乎夫祢 許藝可久流見由(17/4017)
 アユノカゼ イタクフクラシ ナゴノアマノ ツリスルヲブネ コギカクルミユ
 東風 越の俗語に東風をあゆのかぜと謂へり いたく吹くらし 奈呉の海人の 釣する小舟 漕ぎ隠る見ゆ

 美奈刀可是 佐牟久布久良之 奈呉乃江尓 都麻欲妣可波之 多豆左波尓奈久 一云多豆佐和久奈里(17/4018)
 ミナトカゼ サムクフクラシ ナゴノエニ ツマヨビカハシ タヅサハニナク タヅサワクナリ
 水門風 さむく吹くらし 奈呉の江に 嬬呼び交はし 鶴さはに鳴く 一に云く、鶴さはくなり

 安麻射可流 比奈等毛之流久 許己太久母 之氣伎孤悲可毛 奈具流日毛奈久(17/4019)
 アマザカル ヒナトモシルク ココダクモ シゲキコヒカモ ナグルヒモナク
 天ざかる 鄙ともしるく ここだくも 繁き恋かも なぐる日もなく

 故之能宇美能 信濃 濱名也 乃波麻乎 由伎久良之 奈我伎波流比毛 和須礼弖於毛倍也(17/4020)
 コシノウミノ シナノノハマヲ ユキクラシ ナガキハルヒモ ワスレテオモヘヤ
 越の海の 信濃 浜の名なりの浜を ゆき暮らし 長き春日も 忘れて思へや

     右四首、天平廾年春正月廾九日、大伴宿祢家持


    礪波郡雄神河邊作歌一首

 乎加未河伯 久礼奈為尓保布 乎等賣良之 葦附 水松之類 等流登 湍尓多々須良之(17/4021)
 ヲカミガハ クレナヰニホフ ヲトメラシ アシツキトルト セニタタスラシ
 雄神河 くれなゐにほふ 乙女らし 葦附 水松の類 とると 湍に立たすらし

    婦負郡渡鵜坂河時作歌一首

 宇佐可河伯 和多流瀬於保美 許乃安我馬乃 安我枳乃美豆尓 伎奴々礼尓家里(17/4022)
 ウサカガハ ワタルセオホミ コノアガウマノ アガキノミヅニ キヌヌレニケリ
 鵜坂河 わたる瀬おほみ この吾が馬の 足掻きの水に 衣ぬれにけり

《校注》題詞、底本は「河」と「時」の間に「邊」の字あり。衍文とする『萬葉集略解』の説に従い削除。なお元暦校本では「渡」の字がなく、「婦負郡鵜坂河邊作歌一首」。

    見潜鵜人見作歌一首

 賣比河波能 波夜伎瀬其等尓 可我里佐之 夜蘇登毛乃乎波 宇加波多知家里(17/4023)
 メヒガハノ ハヤキセゴトニ カガリサシ ヤソトモノヲハ ウカハタチケリ
 賣比川の はやき瀬ごとに 篝さし 八十伴の男は 鵜河たちけり

    新川郡渡延槻河時作歌一首

 多知夜麻乃 由吉之久良之毛 波比都奇能 可波能和多理瀬 安夫美都加須毛(17/4024)
 タチヤマノ ユキシクラシモ ハヒツキノ カハノワタリゼ アブミツカスモ
 立山の 雪し消らしも 延槻の 河のわたり瀬 あぶみ漬かすも

    赴参氣太神宮、行海邊之時作歌一首

 之乎路可良 多太古要久礼婆 波久比能海 安佐奈藝思多理 船梶母我毛(17/4025)
 シヲヂカラ タダコエクレバ ハクヒノウミ アサナギシタリ フネカヂモガモ
 志雄路から ただ越え来れば 羽咋の海 朝凪したり 船梶もがも

    能登郡従香嶋津發船、射熊来村""時作歌二首

 登夫佐多{底} 船木伎流等伊布 能登乃嶋山 今日見者 許太知之氣思物 伊久代神備曽(17/4026)
 トブサタテ フナギキルトイフ ノトノシマヤマ ケフミレバ コダチシゲシモ イクヨカムビソ
 鳥総たて 船木きるといふ 能登の嶋山 今日見れば 木立しげしも いく代神びそ

《校注》題詞、底本は「船」と「射」の間に「行於」あり。他諸本により削除。
 香嶋欲里 久麻吉乎左之{底} 許具布祢能 可治等流間奈久 京師之於母倍由(17/4027)
 カシマヨリ クマキヲサシテ コグフネノ カヂトルマナク ミヤコシオモホユ
 香嶋より 熊来をさして 漕ぐ船の 楫とる間なく 京師しおもほゆ

    鳳至郡渡饒石川之時作歌一首

 伊母尓安波受 比左思久奈里奴 尓藝之河波 伎欲吉瀬其登尓 美奈宇良波倍弖奈(17/4028)
 イモニアハズ ヒサシクナリヌ ニギシガハ キヨキセゴトニ ミナウラハヘテナ
 妹に逢はず 久しくなりぬ 饒石川 きよき瀬ごとに 水占はへてな

    従珠洲郡發船、還治郡之時、泊長濱灣、
    仰見月光作歌一首

 珠洲能宇美尓 安佐妣良伎之弖 許藝久礼婆 奈我波麻能宇良尓 都奇{底}理尓家里(17/4029)
 ススノウミニ アサビラキシテ コギクレバ ナガハマノウラニ ツキテリニケリ
 珠洲の海に 朝びらきして 漕ぎ来れば 長浜の浦に 月照りにけり

     右件歌詞者、依春出擧巡行諸郡、當時""所
     属目作之。大伴宿祢家持

《校注》題詞の「治郡」、元暦校本は「治布」、類聚古集は「治郡」、西本願寺本は「太沼郡」。いずれも所在未詳。あるいは「治府」の誤りで国府のことかという。

    怨{鴬}晩鳴歌一首

 宇具比須波 伊麻波奈可牟等 可多麻{底}婆 可須美多奈妣吉 都奇波倍尓都追(17/4030)
 ウグヒスハ イマハナカムト カタマテバ カスミタナビキ ツキハヘニツツ
 鴬は いまは鳴かむと かた待てば 霞たなびき 月は経につつ


    造酒歌一首

 奈加等美乃 敷刀能里等其等 伊比波良倍 安賀布伊能知毛 多我多米尓奈礼(17/4031)
 ナカトミノ フトノリトゴト イヒハラヘ アカフイノチモ タガタメニナレ
 中臣の 太祝詞 言ひ祓へ 贖ふ命も 誰がために汝

     右、大伴宿祢家持作之


    天平廾年春三月廾三日、左大臣橘家之使者造
    酒司令史田邊福麿饗于守大伴宿祢家持
    舘。爰作新歌、并便誦古詠、各述心緒

*奈呉乃宇美尓 布祢之麻志可勢 於伎尓伊泥弖 奈美多知久夜等 見底可敝利許牟(18/4032)
 ナゴノウミニ フネシマシカセ オキニイデテ ナミタチクヤト ミテカヘリコム
 奈呉の海に 船しまし貸せ 沖に出でて 波たちくやと 見てかへりこむ

*奈美多底波 奈呉能宇良未尓 余流可比乃 末奈伎孤悲尓曽 等之波倍尓家流(18/4033)
 ナミタテバ ナゴノウラミニ ヨルカヒノ マナキコヒニソ トシハヘニケル
 波たてば 奈呉の浦廻に よる貝の 間なき恋にそ 年は経にける

*奈呉能宇美尓 之保能波夜非波 安佐里之尓 伊泥牟等多豆波 伊麻曽奈久奈流(18/4034)
 ナゴノウミニ シホノハヤヒバ アサリシニ イデムトタヅハ イマソナクナル
 奈呉の海に 潮のはや干ば あさりしに 出でむと鶴は 今そ鳴くなる

*保等登藝須 伊等布登伎奈"" 安夜賣具左 加豆良尓勢武日 許由奈伎和多礼(18/4035)
 ホトトギス イトフトキナシ アヤメグサ カヅラニセムヒ コユナキワタレ
 ほととぎす 厭ふ時なし 菖蒲草 かづらにせむ日 こゆ鳴きわたれ

     右四首、田邊史福麿

    于時期之明日、将遊覧布勢水海、述懐
    各作歌

*伊可尓安流 布勢能宇良曽毛 許己太久尓 吉民我弥世武等 和礼乎等登牟流(18/4036)
 イカニアル フセノウラソモ ココダクニ キミガミセムト ワレヲトドムル
 いかにある 布勢の浦そも ここだくに 君が見せむと 我をとどむる

     右一首、田邊史福麿

 乎敷乃佐吉 許藝多母等保里 比祢毛酒尓 美等母安久倍伎 宇良尓安良奈久尓 一云伎美我等波須母(18/4037)
 ヲフノサキ コギタモトホリ ヒネモスニ ミトモアクベキ ウラニアラナクニ キミガトハスモ
乎敷の崎 漕ぎたもとほり 終日に 見とも飽くべき 浦にあらなくに 一に云はく、君が問はすも

     右一首、守大伴宿祢家持

*多麻久之氣 伊都之可安氣牟 布勢能宇美能 宇良乎由伎都追 多麿母比利波牟(18/4038)
 タマクシゲ イツシカアケム フセノウミノ ウラヲユキツツ タマモヒリハム
 玉匣 いつしか明けむ 布勢の海の 浦をゆきつつ 珠藻ひりはむ

*於等能未尓 伎吉底目尓見奴 布勢能宇良乎 見受波能保良自 等之波倍奴等母(18/4039)
 オトノミニ キキテメニミヌ フセノウラヲ ミズハノボラジ トシハヘヌトモ
 音のみに 聞きて目に見ぬ 布勢の浦を 見ずは上らじ 年は経ぬとも

*布勢能宇良乎 由吉底之見弖波 毛母之""能 於保美夜比等尓 可多利都藝{底}牟(18/4040)
 フセノウラヲ ユキテシミテバ モモシキノ オホミヤビトニ カタリツギテム
 布勢の浦を 行きてし見てば ももしきの 大宮人に 語り継ぎてむ

*宇梅能波奈 佐伎知流曽能尓 和礼由可牟 伎美我都可比乎 可多麻知我{底}良(18/4041)
 ウメノハナ サキチルソノニ ワレユカム キミガツカヒヲ カタマチガテラ
 梅の花 咲き散る園に われ行かむ 君が使を かた待ちがてら

*敷治奈美能 佐伎由久見礼婆 保等登藝須 奈久倍吉登伎尓 知可豆伎尓家里(18/4042)
 フヂナミノ サキユクミレバ ホトトギス ナクベキトキニ チカヅキニケリ
 藤浪の 咲きゆく見れば 霍公鳥 鳴くべき時に 近づきにけり

     右五首、田邊史福麿

 安須能比能 敷勢能宇良未能 布治奈美尓 氣太之伎奈可受 知良之底牟可母 一"頭云"保等登藝須(18/4043)
 アスノヒノ フセノウラミノ フヂナミニ ケダシキナカズ チラシテムカモ ホトトギス
 あすの日の 布勢の浦廻の 藤浪に けだし来鳴かず 散らしてむかも 一に頭云はく、ほととぎす

     右一首、大伴宿祢家持和之
    前件十首歌者、廾四日宴作之

《校注》脚注「一頭云」、底本は「一云須之」。諸本により改める。

    廾五日、往布勢水海、道中、馬上口号二首

 波萬倍余里 和我宇知由可波 宇美邊欲理 牟可倍母許奴可 安麻能都里夫祢(18/4044)
 ハマヘヨリ ワガウチユカバ ウミヘヨリ ムカヘモコヌカ アマノツリブネ
 浜辺より 我がうちゆかば 海辺より 迎へも来ぬか 海人のつりぶね

 於伎敝欲里 美知久流之保能 伊也麻之尓 安我毛布支見我 弥不根可母加礼(18/4045)
 オキヘヨリ ミチクルシホノ イヤマシニ アガモフキミガ ミフネカモカレ
 沖辺より 満ち来る潮の いやましに 吾が思ふ君が 御船かも彼

《付記》右二首には作者名の表記なし。本来家持の名を記した左注があったのが、脱落したものと考えられる。

    至水海遊覧之時、各述懐述作歌

*可牟佐布流 多流比女能佐吉 許支米具利 見礼登裳安可受 伊加尓和礼世牟(18/4046)
 カムサブル タルヒメノサキ コギメグリ ミレドモアカズ イカニワレセム
 神さぶる 垂姫の崎 漕ぎめぐり 見れども飽かず いかに我せむ

     右"一首"、田邊史福麿

*多流比賣野 宇良乎許藝都追 介敷乃日波 多努之""安曽敝 移比都支尓勢牟(18/4047)
 タルヒメノ ウラヲコギツツ ケフノヒハ タノシクアソベ イヒツギニセム
 垂姫の 浦を漕ぎつつ 今日の日は たのしく遊べ 言ひつぎにせむ

     右一首、遊行女婦""師

 多流比女能 宇良乎許具不祢 可治末尓母 奈良野和藝弊乎 和須礼{底}於毛倍也(18/4048)
 タルヒメノ ウラヲコグフネ カヂマニモ ナラノワギヘヲ ワスレテオモヘヤ
 垂姫の 浦を漕ぐ船 楫間にも 奈良の我ぎ家を 忘れて思へや

     右一首、大伴"宿祢"家持

*於呂可尓曽 和礼波於母比之 乎不乃宇良能 安利蘇野米具利 見禮度安可須介利(18/4049)
 オロカニソ ワレハオモヒシ ヲフノウラノ アリソノメグリ ミレドアカズケリ
 おろかにそ 我は思ひし 乎敷の浦の 荒磯のめぐり 見れど飽かずけり

     右一首、田邊史福麿

*米豆良之伎 吉美我伎麻佐波 奈家等伊比之 夜麻保登等藝須 奈尓加伎奈可奴(18/4050)
 メヅラシキ キミガキマサバ ナケトイヒシ ヤマホトトギス ナニカキナカヌ
 めづらしき 君が来まさば 鳴けと言ひし 山霍公鳥 何か来鳴かぬ

     右一首、掾久米朝臣廣縄

 多胡乃佐伎 許能久礼之氣尓 保登等藝須 伎奈伎等余米波 婆太古非米夜母(18/4051)
 タコノサキ コノクレシゲニ ホトトギス キナキトヨメバ ハダコヒメヤモ
 多胡の崎 木の暗繁に ほととぎす 来鳴き響めば はだ恋ひめやも

     右一首、大伴宿祢家持
    前件十五首歌者、廾五日作之


    掾久米朝臣廣縄之舘、饗田邊史福麿宴歌四首

*保登等藝須 伊麻奈可受之弖 安須古""牟 夜麻尓奈久等母 之流思安良米夜母(18/4052)
 ホトトギス イマナカズシテ アスコエム ヤマニナクトモ シルシアラメヤモ
 ほととぎす 今鳴かずして 明日越えむ 山に鳴くとも しるしあらめやも

     右一首、田邊史福麿

*許乃久礼尓 奈里奴流母能乎 保等登藝須 奈尓加伎奈可奴 伎美尓安敝流等吉(18/4053)
 コノクレニ ナリヌルモノヲ ホトトギス ナニカキナカヌ キミニアヘルトキ
 木の暗に なりぬるものを 霍公鳥 何か来鳴かぬ 君に逢へる時

     右一首、久米朝臣廣縄

 保等登藝須 許欲奈枳和多礼 登毛之備乎 都久欲尓奈蘇倍 曽能可氣母見牟(18/4054)
 ホトトギス コヨナキワタレ トモシビヲ ツクヨニナソヘ ソノカゲモミム
 霍公鳥 此よ鳴きわたれ 燈火を 月夜になそへ その影も見む

 可敝流未能 美知由可牟日波 伊都波多野 佐加尓蘇泥布礼 和禮乎事於毛婆波(18/4055)
 カヘルミノ ミチユカムヒハ イツハタノ サカニソデフレ ワレヲシオモハバ
 鹿蒜みの 道ゆかむ日は 五幡の 坂に袖ふれ 我をし思はば

     右二首、大伴宿祢家持
    前件歌者、廾六日作之


    ""上皇御在難波宮之時歌七首 清足姫天皇也

    左大臣橘宿祢歌一首

*保里江尓波 多麻之可麻之乎 大皇乎 美敷祢許我牟登 可年弖之里勢婆(18/4056)
 ホリエニハ タマシカマシヲ オホキミヲ ミフネコガムト カネテシリセバ
 堀江には 玉敷かましを 大皇を 御船漕がむと かねて知りせば

    御製歌一首 和

*多萬之賀受 伎美我久伊弖伊布 保里江尓波 多麻之伎美弖々 都藝弖可欲波牟 或云 多麻古伎之伎弖(18/4057)
 タマシカズ キミガクイテイフ ホリエニハ タマシキミテテ ツギテカヨハム タマコキシキテ
 玉敷かず君が悔いて云ふ堀江には玉敷き満てゝ継ぎてかよはむ 或は云く、玉扱き敷きて

     右一首件歌者、御船泝江遊宴之日、左大臣
     奏す。并御製

    御製歌一首

*多知婆奈能 登乎能多知婆奈 夜都代尓母 安礼波和須禮自 許乃多知婆奈乎(18/4058)
 タチバナノ トヲノタチバナ ヤツヨニモ アレハワスレジ コノハチバナヲ
 橘の とをの橘 やつ代にも あれは忘れじ この橘を

    河内女王""一首

*多知婆奈能 之多泥流尓波尓 等能多弖天 佐可弥豆伎伊麻須 和我於保伎美可母(18/4059)
 タチバナノ シタデルニハニ トノタテテ サカミヅキイマス ワガオホキミカモ
 橘の したでる庭に 殿建てて 酒みづきいます 我が大君かも

    粟田女王歌一首

*都奇麻知弖 伊敝尓波由可牟 和我佐世流 安加良多知婆奈 可氣尓見要都追(18/4060)
 ツキマチテ イヘニハユカム ワガサセル アカラタチバナ カゲニミエツツ
 月待ちて 家にはゆかむ 我が挿せる あから橘 影に見えつつ

     右件歌者、在左大臣橘卿之宅、肆宴御
     歌。并奏歌也

*保里江欲里 水乎妣吉之都追 美布祢左須 之津乎能登母波 加波能瀬麻宇勢(18/4061)
 ホリエヨリ ミヲビキシツツ ミフネサス シヅヲノトモハ カハノセマウセ
 堀江より 水脈びきしつつ 御船さす 賤男の伴は 川の瀬申せ

*奈都乃欲波 美知多豆多都之 布祢尓能里 可波乃瀬其等尓 佐乎左指能保礼(18/4062)
 ナツノヨハ ミチタヅタヅシ フネニノリ カハノセゴトニ サヲサシノボレ
 夏の夜は 道たづたづし 船に乗り 川の瀬ごとに 棹さし上れ

     右件歌者、御船以綱手泝江、遊宴之日
     作也。傳誦之人、田邊史福麿是也

《付記》右二首は作者名の表記なし。左大臣橘諸兄の立場で田辺福麿が詠んだ歌か。

    後追和橘歌二首

 等許余物能 己乃多知波奈能 伊夜弖里尓 和期大皇波 伊麻毛見流其登(18/4063)
 トコヨモノ コノタチバナノ イヤテリニ ワゴオホキミハ イマモミルゴト
 常世物 この橘の いや照りに わご大皇は いまも見るごと

 大皇波 等吉波尓麻""牟 多知波奈能 等能乃多知波奈 比多{底}里尓之弖(18/4064)
 オホキミハ トキハニマサム タチバナノ トノノタチバナ ヒタテリニシテ
 大皇は 常磐にまさむ 橘の 殿の橘 ひた照りにして

     右二首、大伴宿祢家持作之


    射水郡驛館之屋柱""著歌一首

*安佐妣良伎 伊里江許具奈流 可治能於登乃 都波良都波良尓 吾家之於母保由(18/4065)
 アサビラキ イリエコグナル カヂノオトノ ツバラツバラニ ワギヘシオモホユ
 朝びらき 入江漕ぐなる 楫の音の つばらつばらに 吾ぎ家し思ほゆ

     右一首、山上臣作。不審名。或云、憶良大夫之
     男。但其正名未詳也


    四月一日、掾久米朝臣廣縄之舘宴歌四首

 宇能花能 佐久都奇多知奴 保等登藝須 伎奈吉等与米余 敷布美多里登母(18/4066)
 ウノハナノ サクツキタチヌ ホトトギス キナキトヨメヨ フフミタリトモ
 卯の花の 咲く月立ちぬ 霍公鳥 来鳴き響めよ 含みたりとも

     右一首、守大伴宿祢家持作之

*敷多我美能 夜麻尓許母礼流 保等登藝須 伊麻母奈加奴香 伎美尓伎可勢牟(18/4067)
 フタガミノ ヤマニコモレル ホトトギス イマモナカヌカ キミニキカセム
 二上の 山に隠れる 霍公鳥 今も鳴かぬか 君に聞かせむ

     右一首、遊行女婦土師作之

 乎里安加之母 許余比波能麻牟 保等登藝須 安氣牟安之多波 奈伎和多良牟曽 二日應立夏節 故謂之"明旦将"喧""(18/4068)
 ヲリアカシモ コヨヒハノマム ホトトギス アケムアシタハ ナキワタラムソ
 居り明かしも 今宵は飲まむ 霍公鳥 明けむ朝は 鳴き渡らむそ 二日は立夏の節に應る。故、明けむ旦は喧かむと謂ふ

     右一首、守大伴宿祢家持作之


*安須欲里波 都藝弖伎許要牟 保登等藝須 比登欲能可良尓 古非和多流加母(18/4069)
 アスヨリハ ツギテキコエム ホトトギス ヒトヨノカラニ コヒワタルカモ
 明日よりは 継ぎて聞こえむ 霍公鳥 一夜のからに 恋ひわたるかも

     右一首、羽咋郡擬主帳能登臣乙美作


    詠庭中牛麦花歌一首

 比登母等能 奈泥之故宇恵之 曽能許己呂 多礼尓見世牟等 於母比曽米家牟(18/4070)
 ヒトモトノ ナデシコウヱシ ソノココロ タレニミセムト オモヒソメケム
 一本の なでしこ植ゑし その心 たれに見せむと 思ひそめけむ

     右、先國師従僧清見、可入京師。因設飲饌
     饗宴。于時主人大伴宿祢家持、作之
     歌詞送酒清見也

 之奈射可流 故之能吉美良等 可久之許曽 楊奈疑可豆良枳 多努之久安蘇婆米(18/4071)
 シナザカル コシノキミラト カクシコソ ヤナギカヅラキ タノシクアソバメ
 しなざかる 越の君らと かくしこそ 楊かづらき 楽しく遊ばめ

     右、郡司己下子弟己上諸人、多集此會。因
     守大伴宿祢家持、作此歌之

 奴婆多麻能 欲和多流都奇乎 伊久欲布等 余美都追伊毛波 和礼麻都良牟曽(18/4072)
 ヌバタマノ ヨワタルツキヲ イクヨフト ヨミツツイモハ ワレマツラムソ
 ぬばたまの 夜渡る月を 幾夜経と 数みつつ妹は 我待つらむそ

     右、此夕、月光遅流、和風稍扇。即因属目、聊
     作此歌之

《付記》右の歌には作者名の表記無し。家持作とする通説に従う。


 天平二十一年/天平感宝元年/天平勝宝元年 三十二歳 51首


    越前国掾大伴宿祢池主来贈歌三首

*以今月十四日、到来深見村。望拜彼北方、常念
 芳徳、何日能休。兼以隣近、忽増戀。加以先書云、
 暮春可惜、促膝未期。生別悲""、夫復何言。臨紙悽断、
 奉状不備。
 三月十五日、大伴宿祢池主

今月の十四日を以ちて、深見の村に到来し、彼の北方を望拝す。常に芳徳を思ふこと、何れの日か能く休まむ。兼ねて隣近なるを以て忽に恋緒を増す。加以、先の書に云はく、「暮春惜しむべし、膝を促くること未だ期せず」と。生別は悲し、それ復た何か言はむ。紙に臨みて悽断し、状を奉ること不備。
 三月十五日、大伴宿祢池主
    一古人云

*都奇見礼婆 於奈自久尓奈里 夜麻許曽婆 伎美我安多里乎 敝太弖多里家礼(18/4073)
 ツキミレバ オナジクニナリ ヤマコソバ キミガアタリヲ ヘダテタリケレ
 月見れば 同じ国なり 山こそば 君があたりを 隔てたりけれ

    一属物發思

*櫻花 今曽盛等 雖人云 我佐不之毛 支美止之不""者(18/4074)
 サクラバナ イマソサカリト ヒトハイヘド ワレハサブシモ キミトシアラネバ
 桜花 今そ盛りと 人は云へど 我はさぶしも 君とし在らねば

    一所心""

*安必意毛波受 安流良牟伎美乎 安夜思苦毛 奈氣伎和多流香 比登能等布麻泥(18/4075)
 アヒオモハズ アルラムキミヲ アヤシクモ ナゲキワタルカ ヒトノトフマデ
 相思はず あるらむ君を あやしくも 嘆きわたるか 人の問ふまで

    越中國守大伴家持報贈歌四首

    一答古人云

 安之比奇能 夜麻波奈久毛我 都奇見礼婆 於奈自伎佐刀乎 許己呂敝太{底}都(18/4076)
 アシヒキノ ヤマハナクモガ ツキミレバ オナジキサトヲ ココロヘダテツ
 あしひきの 山はなくもが 月見れば 同じき里を 心へだてつ

    一答属目發思。兼詠""遷任舊宅西北
    隅櫻樹

 和我勢故我 布流伎可吉都能 佐久良波奈 伊麻太敷布賣利 比等目見尓許祢(18/4077)
 ワガセコガ フルキカキツノ サクラバナ イマダフフメリ ヒトメミニコネ
 わが背子が 旧き垣内の 桜花 いまだふふめり ひと目見に来ね

    一答所心。即以古人跡、代今日之意

 故敷等伊布波 衣毛名豆氣多理 伊布須敝能 多豆伎母奈吉波 安我未奈里家利(18/4078)
 コフトイフハ エモナヅケタリ イフスベノ タヅキモナキハ アガミナリケリ
 恋ふと云ふは 得も名づけたり 言ふすべの たづきも無きは 吾が身なりけり

    一更囑目

 美之麻野尓 可須美多奈比伎 之可須我尓 伎乃敷毛家布毛 由伎波敷里都追(18/4079)
 ミシマノニ カスミタナビキ シカスガニ キノフモケフモ ユキハフリツツ
 三嶋野に 霞たなびき しかすがに 昨日もけふも 雪は降りつつ

     三月十六日


    姑大伴氏坂上郎女、来贈越中守大伴
    宿祢家持歌二首

*都祢比等能 故布登伊敷欲利波 安麻里尓弖 和礼波之奴倍久 奈里尓多良受也(18/4080)
 ツネヒトノ コフトイフヨリハ アマリニテ ワレハシヌベク ナリニタラズヤ
 つねひとの 恋ふと云ふよりは 余りにて 我は死ぬべく なりにたらずや

*可多於毛比遠 宇万尓布都麻尓 於保世母天 故事部尓夜良波 比登加多波牟可母(18/4041)
 カタオモヒヲ ウマニフツマニ オホセモテ コシヘニヤラバ ヒトカタハムカモ
 片思ひを 馬にふつまに 負ほせもて 越辺にやらば 人かたはむかも

    越中守大伴宿祢家持報歌、并所心三首

 安万射可流 比奈能"夜都"故尓 安米比度之 可久古非須良波 伊家流思留事安里(18/4082)
 アマザカル ヒナノヤツコニ アメヒトシ カクコヒスラバ イケルシルシアリ
 天ざかる 鄙のやつこに 天人し かく恋ひすらば 生ける験あり

《校注》「"夜都"故」、底本ほか諸本は「都夜故」で、ミヤコと訓む説も。『萬葉集略解』所引の説に「夜都故」の誤りとするのに従う。
 都祢乃孤悲 伊麻太夜麻奴尓 美夜古欲里 宇麻尓古非許婆 尓奈比安倍牟可母(18/4083)
 ツネノコヒ イマダヤマヌニ ミヤコヨリ ウマニコヒコバ ニナヒアヘムカモ
 つねの恋 いまだやまぬに 都より 馬に恋来ば 荷ひ堪へむかも

    別所心一首

 安可登吉尓 名能里奈久奈流 保登等藝須 伊夜米豆良之久 於毛保由流香母(18/4084)
 アカトキニ ナノリナクナル ホトトギス イヤメヅラシク オモホユルカモ
 暁に 名のり鳴くなる 霍公鳥 いやめづらしく 思ほゆるかも

     右、四日、附使贈上京師

《校注》左注の「四日」、上に付いていた「四月」が脱落か。なお元暦校本は「四首」。

    天平感寶元年五月五日、饗東大寺之
    占墾地使僧平榮等。宇時守大伴宿祢
    家持、送酒僧歌一首

 夜伎多知乎 刀奈美能勢伎尓 安須欲里波 毛利敝夜里蘇倍 伎美乎等登米牟(18/4085)
 ヤキタチヲ トナミノセキニ アスヨリハ モリヘヤリソヘ キミヲトドメム
 焼き大刀を 礪波の関に 明日よりは 守部やりそへ 君をとどめむ


    同月九日、諸僚會少目秦伊美吉石竹之舘
    飲宴。於時主人造百合花縵三枚、疊
    置豆器、捧贈賓客、各賦此縵作歌三首

 安夫良火乃 比可里尓見由流 和我可豆良 佐由利能波奈能 恵麻波之伎香母(18/4086)
 アブラビノ ヒカリニミユル ワガカヅラ サユリノハナノ ヱマハシキカモ
 あぶら火の ひかりに見ゆる わが縵 さゆりの花の 笑まはしきかも

     右一首、守大伴宿祢家持

*等毛之火能 比可里尓見由流 左由理婆奈 由利毛安波牟等 於母比曽米弖伎(18/4087)
 トモシビノ ヒカリニミユル サユリバナ ユリモアハムト オモヒソメテキ
 ともし火の ひかりに見ゆる さゆり花 ゆりも逢はむと 思ひそめてき

     右一首、介内蔵伊美吉繩麿

 左由理婆奈 由里毛安波牟等 於毛倍許曽 伊末能麻左可母 宇流波之美""礼(18/4088)
 サユリバナ ユリモアハムト オモヘコソ イマノマサカモ ウルハシミスレ
 さゆり花 ゆりも逢はむと 思へこそ 今のまさかも 美はしみすれ

     右一首、大伴宿祢家持和


    獨居幄裏、遥聞霍公鳥喧作歌一首 并短歌

 高御座 安麻乃日継登 須賣呂伎能 可未能美許登能
 伎己之乎須 久尓能麻保良尓 山乎之毛 佐波尓於保美等
 百鳥能 来居弖奈久許恵 春佐禮婆 伎吉乃可奈之母
 伊豆礼乎可 和枳弖之努波無 宇能花乃 佐久月多弖婆
 米都良之久 鳴保等登藝須 安夜女具佐 珠奴久麻泥尓
 比流久良之 欲和多之伎氣騰 伎久其等尓 許己呂都呉枳弖
 宇知奈氣伎 安波礼能登里等 伊波奴登枳奈思
(18/4089)

 タカミクラ アマノヒツギト スメロキノ カミノミコトノ
 キコシヲス クニノマホラニ ヤマヲシモ サハニオホミト
 モモドリノ キヰテナクコヱ ハルサレバ キキノカナシモ
 イヅレヲカ ワキテシノハム ウノハナノ サクツキタテバ
 メヅラシク ナクホトトギス アヤメグサ タマヌクマデニ
 ヒルクラシ ヨワタシキケド キクゴトニ ココロツゴキテ
 ウチナビキ アハレノトリト イハヌトキナシ

 高御座 天の日継と すめろきの 神の命の
 聞こし食す 国のまほらに 山をしも さはに多みと
 百鳥の 来居て鳴く声 春されば 聞きのかなしも
 いづれをか 分きてしのはむ 卯の花の 咲く月たてば
 めづらしく 鳴くほととぎす あやめぐさ 珠貫くまでに
 昼くらし 夜わたし聞けど 聞くごとに 心つごきて
 うち嘆き あはれの鳥と 言はぬ時なし

    反歌

 由久敝奈久 安里和多流登毛 保等登藝須 奈枳之和多良婆 可久夜思努波牟(18/4090)
 ユクヘナク アリワタルトモ ホトトギス ナキシワタラバ カクヤシノハム
 行方なく ありわたるとも 霍公鳥 鳴きし渡らば かくやしのはむ

 宇乃花能 登聞尓之奈氣婆 保等登藝須 伊夜米豆良之毛 名能里奈久奈倍(18/4091)
 ウノハナノ トモシニナケバ ホトトギス イヤメヅラシモ ナノリナクナヘ
 卯の花の ともにし鳴けば 霍公鳥 いやめづらしも 名告り鳴くなへ

 保登等藝須 伊登祢多家口波 橘乃 播奈治流等吉尓 伎奈吉登余牟流(18/4092)
 ホトトギス イトネタケクハ タチバナノ ハナヂルトキニ キナキトヨムル
 霍公鳥 いとねたけくは 橘の 花散るときに 来鳴き響むる

     右四首、十日大伴宿祢家持作之


    行英遠浦之日作歌一首

 安乎能宇良尓 餘須流之良奈美 伊夜末之尓 多知之伎与世久 安由乎伊多美可聞(18/4093)
 アヲノウラニ ヨスルシラナミ イヤマシニ タチシキヨセク アユヲイタミカモ
 英遠の浦に よする白波 いやましに 立ち重き寄せ来 あゆをいたみかも

     右一首、大伴宿祢家持作之


    賀陸奥國出金詔書歌一首 并短歌

 葦原能 美豆保國乎 安麻久太利 之良志賣之家流
 須賣呂伎能 神乃美許等能 御代可佐祢 天乃日嗣等
 之良志久流 伎美能御代々々 之伎麻世流 四方國尓波
 山河乎 比呂美安都美等 多弖麻都流 御調寶波
 可蘇倍""受 都久之毛可祢都 之加礼騰母 吾大王乃
 毛呂比登乎 伊射奈比多麻比 ""事乎 波自米多麻比弖
 久我祢可毛 多之氣久安良牟登 於母保之弖 之多奈夜麻須尓
 鶏鳴 東國乃 美知能久乃 小田在山尓
 金有等 麻宇之多麻敝礼 御心乎 安吉良米多麻比
 天地乃 神安比宇豆奈比 皇御祖乃 御霊多須氣弖
 遠代尓 可々里之許登乎 朕御世尓 安良波之弖安礼婆
 食國波 左可延牟物能等 可牟奈我良 於毛保之賣之弖
 毛能乃布能 八十伴雄乎 麻都呂倍乃 牟氣乃麻尓々々
 老人毛 女童兒毛 之我願 心太良比尓
 撫賜 治賜婆 許己乎之母 安夜尓多敷刀美
 宇礼之家久 伊余与於母比弖 大伴乃 遠都神祖乃
 其名乎婆 大来目主等 於比母知弖 都加倍之""
 海行者 美都久屍 山行者 草牟須屍
 大皇乃 敝尓許曽死米 可敝里見波 勢自等許等太弖
 大夫乃 伎欲吉彼名乎 伊尓之敝欲 伊麻乃乎追通尓
 奈我佐敝流 於夜乃子等毛曽 大伴等 佐伯乃氏者
 人祖乃 立流辞立 人子者 祖名不絶
 大君尓 麻都呂布物能等 伊比都雅流 許等能都可左曽
 梓弓 手尓等里母知弖 劔大刀 許之尓等里波伎
 安佐麻毛利 由布能麻毛利尓 大王乃 三門乃麻毛利
 和礼乎於吉"" 比等波安良自等 伊夜多{底} 於毛比之麻左流
 大皇乃 御言能左""乃 一云乎 聞者貴美 一云貴久之安礼婆
(18/4094)

 アシハラノ ミヅホノクニヲ アマクダリ シラシメシケル
 スメロキノ カミノミコトノ ミヨカサネ アマノヒツギト
 シラシクル キミノミヨミヨ シキマセル ヨモノクニニハ
 ヤマカハヲ ヒロミアツミト タテマツル ミツキタカラハ
 カゾヘエズ ツクシモカネツ シカレドモ ワゴオホキミノ
 モロヒトヲ イザナヒタマヒ ヨキコトヲ ハジメタマヒテ
 クガネカモ タシケクアラムト オモホシテ シタナヤマスニ
 トリガナク アヅマノクニニ ミチノクノ ヲダナルヤマニ
 クガネアリト マウシタマヘレ ミココロヲ アキラメタマヒ
 アメツチノ カミアヒウヅナヒ スメロキノ ミタマタスケテ
 トホキヨニ カカリシコトヲ ワガミヨニ アラハシテアレバ
 ヲスクニハ サカエムモノト カムナガラ オモホシメシテ
 モノノフノ ヤソトモノヲヲ マツロヘノ ムケノマニマニ
 オイヒトモ ヲミナワラハモ シガネガフ ココロダラヒニ
 ナデタマヒ ヲサメタマヘバ ココヲシモ アヤニタフトミ
 ウレシケク イヨヨオモヒテ オホトモノ トホツカムオヤノ
 ソノナヲバ オホクメヌシト オヒモチテ ツカヘシツカサ
 ウミユカバ ミヅクカバネ ヤマユカバ クサムスカバネ
 オホキミノ ヘニコソシナメ カヘリミハ セジトコトダテ
 マスラヲノ キヨキソノナヲ イニシヘヨ イマノヲツツニ
 ナガサヘル オヤノコドモソ オホトモト サヘキノウヂハ
 ヒトノオヤノ タツルコトダテ ヒトノコハ オヤノナタタズ
 オホキミニ マツロフモノト イヒツゲル コトノツカサソ
 アヅサユミ テニトリモチテ ツルギタチ コシニトリハキ
 アサマモリ ユフノマモリニ オホキミノ ミカドノマモリ
 ワレヲオキテ ヒトハアラジト イヤタテ オモヒシマサル
 オホキミノ ミコトノサキノ キケバタフトミ タフトクシアレバ

 葦原の 瑞穂の国を 天降り 領らしめける
 すめろきの 神の命の 御代かさね 天の日嗣と
 領らしくる 君の御代御代 敷きませる 四方の国には
 山河を 広み厚みと たてまつる 御調宝は
 数へ得ず 尽くしもかねつ しかれども 吾ご大王の
 諸人を いざなひたまひ 善き事を 始めたまひて
 黄金かも 確けくあらむと 思ほして 下悩ますに
 鷄が鳴く 東の国に 陸奥の 小田なる山に
 金有りと 申したまへれ 御心を 明らめたまひ
 天地の 神相珍なひ 皇御祖の 御霊たすけて
 遠き代に かかりしことを 朕が御世に あらはしてあれば
 御食国は 栄えむものと 神ながら 思ほしめして
 物部の 八十伴の雄を 服従の 向けのまにまに
 老人も 女童児も しが願ふ 心だらひに
 撫で賜ひ 治め賜へば ここをしも あやに尊とみ
 嬉しけく いよよ思ひて 大伴の 遠つ神祖の
 其の名をば 大来目主と 負ひもちて 仕へし官
 海行かば 水漬く屍 山行かば 草むす屍
 大皇の 辺にこそ死なめ かへり見は せじと言立て
 大夫の 清きその名を いにしへよ 今のをつつに
 流さへる 祖の子どもそ 大伴と 佐伯の氏は
 人の祖の 立つる辞立て 人の子は 祖の名絶たず
 大君に まつろふものと 言ひつげる 言の職そ
 梓弓 手にとりもちて 剣大刀 腰にとりはき
 朝まもり 夕のまもりに 大王の 御門のまもり
 われをおきて 人はあらじと 弥立て 思ひしまさる
 大皇の 御言の幸の 一に云はく、を 聞けば貴み 一に云はく、貴くしあれば

《校注》(一)第六行""、底本は「美」で、大矢本に同じ。(二)第十七行""、底本は「間」。(三)第二十六行""、底本は「且」。元暦校本により改める。諸本、「弖且」とあり、この部分は旧来「ワレヲオキテ マタヒトハアラジト」と訓まれてきた。
    反歌三首

 大夫能 許己呂於毛保由 於保伎美能 美許登乃佐吉乎 一云能 聞者多布刀弥 一云貴久之安礼婆(18/4095)
 マスラヲノ ココロオモホユ オホキミノ ミコトノサキヲ キケバタフトミ タフトクシアレバ
 大夫の こころ思ほゆ 大君の 御言のさきを 一に云はく、の 聞けば貴とみ 一に云はく、貴くしあれば

 大伴乃 等保追可牟於夜能 於久都奇波 之流久之米多弖 比等能之流倍久(18/4096)
 オホトモノ トホツカムオヤノ オクツキハ シルクシメタテ ヒトノシルベク
 大伴の 遠つ神祖の 奥つ城は 著く標立て 人の知るべく

 須賣呂伎能 御代佐可延牟等 阿頭麻奈流 美知乃久夜麻尓 金花佐久(18/4097)
 スメロキノ ミヨサカエムト アヅマナル ミチノクヤマニ クガネハナサク
 すめろきの 御代栄えむと 東なる 陸奥山に 金花咲く

     天平感寶元年五月十二日、於越中國守
     舘、大伴宿祢家持作之


    為幸行芳野離宮之時、儲作歌一首 并短哥

 多可美久良 安麻乃日嗣等 天下 志良之賣師家類
 須賣呂伎乃 可未能美許等能 可之古久母 波自米多麻比弖
 多不刀久母 左太米多麻敝流 美与之努能 許乃於保美夜尓
 安里我欲比 賣之多麻布良之 毛能乃敷能 夜蘇等母能乎毛
 於能我於弊流 於能我名負"" 大王乃 麻氣能麻""々々
 此河能 多由流許等奈久 此山能 伊夜都藝々々尓
 可久之許曽 都可倍麻都良米 伊夜等保奈我尓
(18/4098)

 タカミクラ アマノヒツギト アメノシタ シラシメシケル
 スメロキノ カミノミコトノ カシコクモ ハジメタマヒテ
 タフトクモ サダメタマヘル ミヨシノノ コノオホミヤニ
 アリガヨヒ メシタマフラシ モノノフノ ヤソトモノヲモ
 オノガオヘル オノガナオヒテ オホキミノ マケノマニマニ
 コノカハノ タユルコトナク コノヤマノ イヤツギツギニ
 カクシコソ ツカヘマツラメ イヤトホナガニ

 高御座 あまの日嗣と 天の下 領らしめしける
 すめろきの 神の命の かしこくも 始めたまひて
 たふとくも 定めたまへる み吉野の この大宮に
 ありがよひ 見したまふらし 物部の 八十伴の雄も
 おのが負へる おのが名負ひて 大王の 任けのまにまに
 此の河の 絶ゆることなく 此の山の いやつぎつぎに
 かくしこそ 仕へまつらめ いやとほながに

《校注》(一)第五行「名負""」の「弖」、底本には無し。諸本、「名負々々」または「名負名負」。『萬葉集略解』に宣長説として「々々」を「弖」の誤写と見るのに従い、改変。(二)第五行「麻""々々」、底本は他諸本と同様「麻久々々」。賀茂真淵が『萬葉考』で久を尓の誤りとしマニマニと訓んだのに倣い、改変。なお、13/3272の「行莫々(ユクラユクラニ)」を家持がユキノマクマクと誤読して典拠としたとし、マクマクと訓むのを正しいと見る説もあり。
    反歌

 伊尓之敝乎 於母保須良之母 和期於保伎美 余思努乃美夜乎 安里我欲比賣須(18/4099)
 イニシヘヲ オモホスラシモ ワゴオホキミ ヨシノノミヤヲ アリガヨヒメス
 いにしへを 思ほすらしも 我ご大君 吉野の宮を ありがよひ見す

 物能乃布能 夜蘇氏人毛 与之努河波 多由流許等奈久 都可倍追通見牟(18/4100)
 モノノフノ ヤソウヂヒトモ ヨシノガハ タユルコトナク ツカヘツツミム
 物部の 八十氏人も 吉野川 絶ゆることなく 仕へつつ見む


    為贈京家、願真珠歌一首 并短哥

 珠洲乃安麻能 於伎都美可未尓 伊和多利弖 可都伎等流登伊布
 安波妣多麻 伊保知毛我母 波之吉餘之 都麻乃美許登能
 許呂毛泥乃 和可礼之等吉欲 奴婆玉乃 夜床加多左里
 安佐祢我美 可伎母氣頭良受 伊泥{底}許之 月日余美都追
 奈氣久良牟 心奈具佐尓 保登等藝須 伎奈久五月能
 安夜女具佐 波奈多知波奈尓 奴吉麻自倍 可頭良尓世餘等
 都追美{底}夜良牟
(18/4101)

 ススノアマノ オキツミカミニ イワタリテ カヅキトルトイフ
 アハビタマ イホチモガモ ハシキヨシ ツマノミコトノ
 コロモデノ ワカレシトキヨ ヌバタマノ ヨトコカタサリ
 アサネガミ カキモケヅラズ イデテコシ ツキヒヨミツツ
 ナゲクラム ココロナグサニ ホトトギス キナクサツキノ
 アヤメグサ ハナタチバナニ ヌキマジヘ カヅラニセヨト
 ツツミテヤラム

 珠洲の海人の 沖つ御神に い渡りて 潜き採るといふ
 鮑玉 五百箇もがも はしきよし 嬬のみことの
 衣手の 別れしときよ 奴婆玉の 夜床かたさり
 朝寝髪 掻きもけづらず 出て来し 月日よみつつ
 嘆くらむ 心なぐさに ほととぎす 来鳴く五月の
 あやめぐさ 花橘に 貫きまじへ 縵にせよと
 包みてやらむ

 白玉乎 都々美{底}夜良"那" 安夜女具佐 波奈多知婆奈尓 安倍母奴久我祢(18/4102)
 シラタマヲ ツツミテヤラナ アヤメグサ ハナタチバナニ アヘモヌクガネ
 白玉を 包みてやらな 菖蒲草 花橘に 合へも貫くがね

《校注》"那"は、諸本「波」で、第二句は「包みてやらば」と訓むのが普通。「な」でなければ歌の様をなさないとする契沖説により改変。
 於伎都之麻 伊由伎和多里弖 可豆久知布 安波妣多麻母我 都々美弖夜良牟(18/4103)
 オキツシマ イユキワタリテ カヅクチフ アハビタマモガ ツツミテヤラム
 沖つ嶋 いゆき渡りて 潜くちふ 鮑玉もが 包みてやらむ

 和伎母故我 許己呂奈具左尓 夜良無多米 於伎都之麻奈流 之良多麻母我毛(18/4104)
 ワギモコガ ココロナグサニ ヤラムタメ オキツシマナル シラタマモガモ
 吾妹児が 心なぐさに やらむため 沖つ嶋なる 白玉もがも

 思良多麻能 伊保都追度比乎 手尓牟須妣 於許世牟安麻波 牟賀思久母安流香 一云我家牟伎母(18/4105)
 シラタマノ イホツツドヒヲ テニムスビ オコセムアマハ ムガシクモアルカ ワギヘムキモ
 白玉の 五百箇集ひを 手にむすび 遣せむ海人は むがしくもあるか 一に云はく、我家むきも

     右、五月十四日、大伴宿祢家持依興作

《校注》異文「我家牟伎母」は、元暦校本・類聚古集では「伎」が「波」となっており、「我家ムハモ」。他諸本では「我家牟伎波母」、「我家ムキハモ」。

    教喩史生尾張少咋歌一首 并短哥

    七出例云、但犯一條、即合出之。無七出輙弃者、徒一
    年半。「三不去云、雖犯七出、不合弃之。違者杖
    一百。唯犯奸悪疾得弃之。「兩妻例云、有妻
    更娶者、徒一年。女家杖一百離之。「詔書云
    愍賜義夫節婦。謹案、先件数條、建法之基、
    化道之源也。然則義夫之道、情存無別、一家
    同財。豈有忘舊""新之志哉。所以綴作
    數行之歌、令悔棄""之惑。其詞云

 於保奈牟知 須久奈比古奈野 神代欲里 伊比都藝家良久
 父母乎 見波多布刀久 妻子見波 可奈之久米具之
 宇都世美能 余乃許等和利止 可久佐末尓 伊比家流物能乎
 世人能 多都流許等太弖 知左能花 佐家流沙加利尓
 波之吉余之 曽能都末能古等 安沙余比尓 恵美々恵末須毛
 宇知奈氣支 可多里家末久波 等己之部尓 可久之母安良米也
 天地能 可未許等余勢天 春花能 佐可里裳安良牟等
 末多之家牟 等吉能沙加利曽 波奈礼居弖 奈介可須移母我
 何時可毛 都可比能許牟等 末多須良無 心左夫之苦
 南吹 雪消益而 射水河 流水沫能
 余留弊奈美 左夫流其児尓 比毛能緒能 移都我利安比弖
 尓保騰里能 布多理雙坐 那呉能宇美能 於支乎布可米天
 左度波世流 支美我許己呂能 須敝母須敝奈佐
  言佐夫流者遊行女婦之字也
(18/4106)

 オホナムチ スクナヒコナノ カミヨヨリ イヒツギケラク
 チチハハヲ ミレバタフトク メコミレバ カナシクメグシ
 ウツセミノ ヨノコトワリト カクサマニ イヒケルモノヲ
 ヨノヒトノ タツルコトダテ チサノハナ サケルサカリニ
 ハシキヨシ ソノツマノコト アサヨヒニ ヱミミヱマズモ
 ウチナゲキ カタリケマクハ トコシヘニ カクシモアラメヤ
 アメツチノ カミコトヨセテ ハルハナノ サカリモアラムト
 マタシケム トキノサカリソ ハナレヰテ ナゲカスイモガ
 イツシカモ ツカヒノコムト マタスラム ココロサブシク
 ミナミフキ ユキゲハフリテ イミヅガハ ナガルミナワノ
 ヨルヘナミ サブルソノコニ ヒモノヲノ イツガリアヒテ
 ニホドリノ フタリナラビヰ ナゴノウミノ オキヲフカメテ
 サドハセル キミガココロノ スベモスベナサ

 大汝 少彦名の 神代より 言ひつぎけらく
 父母を 見ればたふとく 妻子見れば 愛しくめぐし
 うつせみの 世のことわりと かく様に 言ひけるものを
 世の人の 立つる言立て ちさの花 咲ける盛りに
 はしきよし その妻の児と 朝宵に 笑みみ笑まずも
 うち嘆き 語りけまくは とこしへに かくしもあらめや
 天地の 神ことよせて 春花の 盛りもあらむと
 待たしけむ 時の盛りそ はなれゐて 嘆かす妹が
 何時しかも 使ひの来むと 待たすらむ 心さぶしく
 南吹き 雪消益りて 射水河 流る水沫の
 よるへなみ さぶる其の児に ひもの緒の いつがり合ひて
 にほどりの 二人ならび居 奈呉の海の 奥を深めて
 さどはせる 君が心の すべもすべなさ
  左夫流と言ふは遊行女婦が字なり

《校注》序文の「は、底本において改行を示す記号を表わす。
    反歌

 安乎尓与之 奈良尓安流伊毛我 多可多可尓 麻都良牟許己呂 之可尓波安良司可(18/4107)
 アヲニヨシ ナラニアルイモガ タカダカニ マツラムココロ シカニハアラジカ
 あをによし 奈良にある妹が 高高に 待つらむ心 しかにはあらじか

 左刀妣等能 見""目波豆可之 左夫流児尓 佐度波須伎美我 美夜泥之理夫利(18/4108)
 サトビトノ ミルメハヅカシ サブルコニ サドハスキミガ ミヤデシリブリ
 里人の 見る目はづかし 左夫流児に さどはす君が 宮出後風

 久礼奈為波 宇都呂布母能曽 都流波美能 奈礼尓之伎奴尓 奈保之可米夜母(18/4109)
 クレナヰハ ウツロフモノソ ツルハミノ ナレニシキヌニ ナホシカメヤモ
 くれなゐは 移ろふものそ 橡の なれにし衣に なほ如かめやも

     右、五月十五日、守大伴宿祢家持作之


    先妻不待夫君之喚使、自来時作歌一首

 左夫流児我 伊都伎之等乃尓 須受可氣奴 婆由麻久太礼利 佐刀毛等騰呂尓(18/4110)
 サブルコガ イツキシトノニ スズカケヌ ハユマクダレリ サトモトドロニ
 左夫流児が 斎きし殿に 鈴掛けぬ 駅馬くだれり 里もとどろに

     同月十七日、大伴宿祢家持作之


    橘歌一首 并短哥

 可氣麻久母 安夜尓加之古思 皇神祖乃 可見能大御世尓
 田道間守 常世尓和多利 夜保許毛知 麻為泥許之登吉
 時""能 香久乃菓子乎 可之古久母 能許之多麻敝礼
 國毛勢尓 於非多知左加延 波流左礼婆 孫枝毛伊都追
 保登等藝須 奈久五月尓波 々都波奈乎 延太尓多乎理弖
 乎登女""尓 都刀尓母夜里美 之路多倍能 蘇泥尓毛古伎礼
 香具播之美 於枳弖可良之美 安由流實波 多麻尓奴伎都追
 手尓麻吉弖 見礼騰毛安加受 秋豆氣婆 之具礼乃雨零
 阿之比奇能 夜麻能許奴礼波 久礼奈為尓 仁保比知礼止毛
 多知波奈乃 成流其實者 比太照"" 伊夜見我保之久
 美由伎布流 冬尓伊多礼婆 霜於氣騰母 其葉毛可礼受
 常磐奈須 伊夜佐加波延尓 之可礼許曽 神乃御代欲理
 与呂之奈倍 此橘乎 等伎自久能 可久能木實等
 名附家良之母
(18/4111)

 カケマクモ アヤニカシコシ スメロキノ カミノオホミヨニ
 タヂマモリ トコヨニワタリ ヤホコモチ マヰデコシトキ
 トキジクノ カクノコノミヲ カシコクモ ノコシタマヘレ
 クニモセニ オヒタチサカエ ハルサレバ ヒコエモイツツ
 ホトトギス ナクサツキニハ ハツハナヲ エダニタヲリテ
 ヲトメラニ ツトニモヤリミ シロタヘノ ソデニモコキレ
 カグハシミ オキテカラシミ アユルミハ タマニヌキツツ
 テニマキテ ミレドモアカズ アキヅケバ シグレノアメフリ
 アシヒキノ ヤマノコヌレハ クレナヰニ ニホヒチレドモ
 タチバナノ ナレルソノミハ ヒタテリニ イヤミガホシク
 トキハナス イヤサカハエニ シカレコソ カミノミヨヨリ
 ヨロシナヘ コノタチバナヲ トキジクノ カクノコノミト
 ナヅケケラシモ

 かけまくも あやに畏し 皇神祖の 神の大御代に
 田道間守 常世にわたり 八矛もち 参出来しとき
 時及の 香の菓子を かしこくも 残したまへれ
 国も狭に 生ひ立ちさかえ 春されば 孫枝萌いつつ
 ほととぎす 鳴く五月には 初花を 枝に手折りて
 乙女らに 苞にも遣りみ 白妙の 袖にもこきれ
 香ぐはしみ 置きて枯らしみ あゆる実は 玉に貫きつつ
 手にまきて 見れども飽かず 秋づけば しぐれの雨降り
 あしひきの 山の木末は くれなゐに にほひ散れども
 橘の 成れる其の実は ひた照りに いや見がほしく
 み雪ふる 冬にいたれば 霜おけども 其の葉も枯れず
 常盤なす いや栄映えに しかれこそ 神の御代より
 よろしなへ 此の橘を ときじくの 香の木の実と
 名附けけらしも

《校注》第三行「時""能」、底本は「時友能」。「友」は「支」の誤写か。『萬葉考』が「支」を「及」の誤りとしたのに従い、改変。
    反歌一首

 橘波 花尓毛實尓母 美都礼騰母 移夜時自久尓 奈保之見我保之(18/4112)
 タチバナハ ハナニモミニモ ミツレドモ イヤトキジクニ ナホシミガホシ
 橘は 花にも実にも 見つれども いや時じくに なほし見がほし

     ""五月廾三日、大伴宿祢家持作之

《校注》左注「""五月」、底本は「同五月」。他本は全て「閏五月」。この年閏五月二十三日は太陽暦七月中旬にあたり、橘の季節に合わないため、底本が正しい可能性も捨てきれない。

    庭中花作歌一首 并短歌

 於保支見能 等保能美可等々 末支太末不 官乃末尓末
 美由支布流 古之尓久多利来 安良多末能 等之乃五年
 之吉多倍乃 手枕末可受 比毛等可須 末呂宿乎須礼波
 移夫勢美等 情奈具左尓 奈泥之故乎 屋戸尓末枳於保之
 夏能能 佐由利比伎宇恵天 開花乎 移弖見流其等尓
 那泥之古我 曽乃波奈豆末尓 左由理花 由利母安波無等
 奈具佐無流 許己呂之奈久波 安末謝可流 比奈""一日毛
 安流""久母安礼也
(18/4113)

 オホキミノ トホノミカドト マキタマフ ツカサノマニマ
 ミユキフル コシニクダリキ アラタマノ トシノイツトセ
 シキタヘノ タマクラマカズ ヒモトカズ マロネヲスレバ
 イブセミト ココロナグサニ ナデシコヲ ヤドニマキオホシ
 ナツノノノ サユリヒキウヱテ サクハナヲ イデミルゴトニ
 ナデシコガ ソノハナヅマニ サユリバナ ユリモアハムト
 ナグサムル ココロシナクハ アマザカル ヒナニヒトヒモ
 アルベクモアレヤ

 大王の 遠の朝廷と 任きたまふ 官のまにま
 み雪ふる 越にくだり来 あらたまの 年の五年
 しきたへの 手枕まかず 紐解かず まろ宿をすれば
 いぶせみと 情なぐさに 瞿麦を 屋戸に蒔き生ほし
 夏の野の 小百合ひき植ゑて 咲く花を 出で見るごとに
 瞿麦が その花妻に さゆり花 ゆりも逢はむと
 なぐさむる 心しなくは 天ざかる 鄙に一日も
 あるべくもあれや

    反歌二首

 奈泥之故我 花見流其等尓 乎登女""我 恵末比能尓保比 於母保由流可母(18/4114)
 ナデシコガ ハナミルゴトニ ヲトメラガ ヱマヒノニホヒ オモホユルカモ
 なでしこが 花見るごとに 乙女らが 笑まひのにほひ 思ほゆるかも

 佐由利花 由利母相等 之多波布流 許己呂之奈久波 今日母倍米夜母(18/4115)
 サユリバナ ユリモアハムト シタハフル ココロシナクハ ケフモヘメヤモ
 さゆり花 ゆりも逢はむと 下延ふる 心しなくは 今日も経めやも

     同閏五月廾六日、大伴宿祢家持作


    國掾久米朝臣廣縄、以天平廾年附朝集使
    入京。其事畢而、天平感寶元年閏五月廾七
    日、還到本任。仍長官之舘設""酒宴樂飲。於
    時主人守大伴宿祢家持作歌一首 并短哥

 於保支見能 末支能末尓末尓 等里毛知{底} 都可布流久尓能
 年内能 許登可多祢母知 多末保許乃 美知尓伊天多知
 伊波祢布美 也末古""野由支 弥夜故敝尓 末為之和家世乎
 安良多末乃 等之由吉我弊理 月可佐祢 美奴日佐末祢美
 故敷流曽良 夜""久之安良祢波 保止々支須 支奈久五月能
 安夜女具佐 余母疑可豆良伎 左加美都伎 安蘇比奈具礼止
 射水河 雪消溢而 ""水能 伊夜末思尓乃未
 多豆我奈久 奈呉江能須氣能 根毛己呂尓 於母比牟須保礼
 奈介伎都々 安我末川君我 許登乎波里 可敝利末可利天
 夏野乃 佐由里乃波奈能 花咲尓 々布夫尓恵美天
 ""波之多流 今日乎波自米{底} 鏡奈須 可久之都祢見牟
 於毛我波利世須
(18/4116)

 オホキミノ マキノマニマニ トリモチテ ツカフルクニノ
 トシノウチノ コトカタネモチ タマホコノ ミチニイデタチ
 イハネフミ ヤマコエノユキ ミヤコヘニ マヰシワガセヲ
 アラタマノ トシユキガヘリ ツキカサネ ミヌヒサマネミ
 コフルソラ ヤスクシアラネバ ホトトギス キナクサツキノ
 アヤメグサ ヨモギカヅラキ サカミヅキ アソビナグレド
 イミヅガハ ユキゲハフリテ ユクミヅノ イヤマシニノミ
 タヅガナク ナゴエノスゲノ ネモコロニ オモヒムスボレ
 ナゲキツツ アガマツキミガ コトヲハリ カヘリマカリテ
 ナツノノノ サユリノハナノ ハナヱミニ ニフブニヱミテ
 アハシタル ケフヲハジメテ カガミナス カクシツネミム
 オモガハリセズ

 大王の 任きのまにまに とりもちて 仕ふる国の
 年の内の 事かたねもち たまほこの 道に出で立ち
 岩根踏み 山越え野ゆき 都へに 参ゐし我が背を
 あらたまの 年ゆき返り 月かさね 見ぬ日さまねみ
 恋ふるそら やすくしあらねば ほととぎす 来鳴く五月の
 菖蒲草 蓬縵き 酒みづき 遊び慰ぐれど
 射水河 雪消溢りて 逝く水の いや増しにのみ
 鶴が鳴く 奈呉江の菅の ねもころに 思ひむすぼれ
 嘆きつつ 吾が待つ君が 事畢はり 帰りまかりて
 夏の野の 小百合の花の 花咲みに にふぶに笑みて
 逢はしたる 今日をはじめて 鏡なす かくしつね見む
 面がはりせず

    反歌二首

 許序能秋 安比見之末"尓末" 今日見波 於毛夜目都良之 美夜古可多比等(18/4117)
 コゾノアキ アヒミシマニマ ケフミレバ オモヤメヅラシ ミヤコカタヒト
 こぞの秋 あひ見しまにま 今日見れば 面やめづらし 都方ひと

《校注》第二句"尓末"、底本は「々尓」とし、右傍に小字で「尓末」とあり。藍紙本・元暦校本などにより改変。
 可久之天母 安比見流毛乃乎 須久奈久母 年月経礼波 古非之家礼夜母(18/4118)
 カクシテモ アヒミルモノヲ スクナクモ トシツキヘレバ コヒシケレヤモ
 かくしても あひ見るものを 少くも 年月経れば 恋ひしけれやも


    聞霍公鳥喧作歌一首

 伊尓之敝欲 之怒比尓家礼婆 保等登藝須 奈久許恵伎吉弖 古非之吉物乃乎(18/4119)
 イニシヘヨ シノヒニケレバ ホトトギス ナクコヱキキテ コヒシキモノヲ
 古よ 偲ひにければ 霍公鳥 鳴く声聞きて 恋ひしきものを


    為向京之時、見貴人及相美人、""宴之
    日、述懐儲作歌二首

 見麻久保里 於毛比之奈倍尓 賀都良賀氣 香具波之君乎 安比見都流賀母(18/4120)
 ミマクホリ オモヒシナヘニ カヅラカケ カグハシキミヲ アヒミツルカモ
 見まく欲り 思ひしなへに 縵かけ 香ぐはし君を あひ見つるかも

 朝参乃 伎美我須我多乎 美受比左尓 比奈尓之須米婆 安礼故非尓家里 一頭云 波之吉与思 伊毛我須我多乎(18/4121)
 テウサンノ キミガスガタヲ ミズヒサニ ヒナニシスメバ アレコヒニケリ ハシキヨシ イモガスガタヲ
 朝参の 君がすがたを 見ずひさに 鄙にし住めば 吾恋ひにけり 一に頭に云はく、はしきよし 妹がすがたを

     同閏五月廾八日、大伴"宿祢"家持作之

《校注》脚注「一頭云」は、底本「一云頭云」。元暦校本・類聚古集は「一云」。他の諸本は「一頭云」。

    天平感寶元年閏五月六日以来、起小旱百姓田
    畝稍有""""也。至于今六月朔日、忽見雨雲之
    氣。仍作雲歌一首 短哥一絶

 須賣呂伎能 之伎麻須久尓能 安米能之多 四方能美知尓波
 宇麻乃都米 伊都久須伎波美 布奈乃倍能 伊波都流麻泥尓
 伊尓之敝欲 伊麻乃乎都頭尓 万調 麻都流都可佐等
 都久里多流 曽能奈里波比乎 安米布良受 日能可左奈礼婆
 宇恵之田毛 麻吉之波多氣毛 安佐其登尓 之保美可礼由苦
 曽乎見礼婆 許己呂乎伊多美 弥騰里児乃 知許布我其登""
 安麻都美豆 安布藝弖曽麻都 安之比奇能 夜麻能多乎理尓
 許乃見油流 安麻能之良久母 和多都美能 於枳都美夜敝尓
 多知和多里 等能具毛利安比弖 安米母多麻""祢
(18/4122)

 スメロキノ シキマスクニノ アメノシタ ヨモノミチニハ
 ウマノツメ イツクスキハミ フナノヘノ イハツルマデニ
 イニシヘヨ イマノヲツツニ ヨロヅツキ マツルツカサト
 ツクリタル ソノナリハヒヲ アメフラズ ヒノカサナレバ
 ウヱシタモ マキシハタケモ アサゴトニ シホミカレユク
 ソヲミレバ ココロヲイタミ ミドリコノ チコフガゴトク
 アマツミヅ アフギテソマツ アシヒキノ ヤマノタヲリニ
 コノミユル アマノシラクモ ワタツミノ オキツミヤベニ
 タチワタリ トノグモリアヒテ アメモタマハネ

 すめろきの 領きます国の 天の下 四方の道には
 馬の蹄 い尽くすきはみ 船の舳の い泊つるまでに
 古よ 今のをつつに 万調 奉るつかさと
 つくりたる その農を 雨降らず 日の重なれば
 植ゑし田も 撒きし畑も 朝ごとに 凋み枯れゆく
 そを見れば 心をいたみ みどり児の 乳乞ふがごとく
 天つ水 あふぎてそ待つ あしひきの 山のたをりに
 この見ゆる 天の白雲 わたつみの 沖つ宮辺に
 立ち渡り との曇りあひて 雨も賜はね

《校注》(一)題詞の""、底本は「彫」。また""無し。大矢本・京大本により改変。(二)同じく題詞「今六月」、「今」字があるのは底本の外、京大本(赭)のみ。『校本萬葉集』は、これを「最も古い形」であるとする(第十八巻「廣瀬本萬葉集解説」)。
    反歌一首

 許能美由流 久毛保妣許里弖 等能具毛理 安米毛布良奴可 己許呂"太"良比尓(18/4123)
 コノミユル クモホビコリテ トノグモリ アメモフラヌカ ココロダラヒニ
 この見ゆる 雲ほびこりて との曇り 雨も降らぬか 心足らひに

     右二首、六月一日晩頭、守大伴"宿祢"家持作之


    賀雨落歌一首

 和我保里之 安米波布里伎奴 可久之安良波 許登安氣世受""母 登思波佐可延牟(18/4124)
 ワガホリシ アメハフリコヌ カクシアラバ コトアゲセズトモ トシハサカエム
 我が欲りし 雨は降り来ぬ かくしあらば 言挙げせずとも 年は栄えむ

     右一首、同月四日、大伴宿祢家持作之


    七夕歌一首 并短哥

 安麻泥良須 可未能御代欲里 夜洲能河波 奈加尓敝太弖々
 牟可比太知 蘇泥布利可波之 伊吉能乎尓 奈氣加須古良
 和多里母"" 布祢毛麻宇氣受 波之太尓母 和多之弖安良波
 曽乃倍由母 伊""伎和多良之 多豆佐波利 宇奈我既里為弖
 於母保之吉 許登母加多良比 那具左牟流 許己呂波安良牟乎
 奈尓之可母 安吉尓之安良""波 許等騰比能 等毛之伎古良
 宇都世美能 "代人"和礼毛 許己乎之母 安夜尓久須之""
 徃更 年乃波其登尓 安麻乃波良 布里左氣見都追
 伊比都藝尓須礼
(18/4125)

 アマデラス カミノミヨヨリ ヤスノカハ ナカニヘダテテ
 ムカヒタチ ソデフリカハシ イキノヲニ ナゲカスコラ
 ワタリモリ フネモマウケズ ハシダニモ ワタシテアラバ
 ソノヘユモ イユキワタラシ タヅサハリ ウナガケリヰテ
 オモホシキ コトモカタラヒ ナグサムル ココロハアラムヲ
 ナニシカモ アキニシアラネバ コトドヒノ トモシキコラ
 ウツセミノ ヨノヒトワレモ ココヲシモ アヤニクスシミ
 ユキカハリ トシノハゴトニ アマノハラ フリサケミツツ
 イヒツギニスレ

 天照らす 神の御代より 安の河 中に隔てて
 向かひ立ち 袖ふりかはし 息の緒に 嘆かす子ら
 渡り守 舟もまうけず 橋だにも 渡してあらば
 その上ゆも い行きわたらし 携さはり 項がけりゐて
 思ほしき 言も語らひ なぐさむる 心はあらむを
 なにしかも 秋にしあらねば 言問ひの ともしき子ら
 うつせみの 世の人われも ここをしも あやに奇しみ
 往き更はる 年のはごとに 天の原 ふりさけ見つつ
 言ひつぎにすれ

    反歌二首

 安麻能我波 々志和多世良波 曽能倍由母 伊和多良佐牟乎 安吉尓安良受得物(18/4126)
 アマノガハ ハシワタセラバ ソノヘユモ イワタラサムヲ アキニアラズトモ
 天の川 橋渡せらば その上ゆも い渡らさむを 秋にあらずとも

 夜須能河波 ""牟可比太知弖 等之乃古非 氣奈我伎古良河 都麻度比能欲曽(18/4127)
 ヤスノカハ イムカヒタチテ トシノコヒ ケナガキコラガ ツマドヒノヨソ
 安の河 い向かひ立ちて 年の恋 日長き子らが 嬬問ひの夜そ

     右七月七日、仰見天漢、大伴宿祢家持作

《校注》第二句「""牟可比太知弖」、底本は諸本同様「許牟可比太知弖」、コムカヒタチテ。『萬葉集古義』が「許」を「伊」の誤りとする説に従う。

    越前國掾大伴宿祢池主来贈戯歌四首

*忽辱恩賜、驚欣已深。心中含咲、獨座稍開、表裏不
 同、相違何異。推量所由、率尓作""歟。明知加言、豈有
 他意乎。凡貿易本物、其罪不軽。正臓倍臓、宣急
 并満。今勒風雲發遣徴使。早速返報不須延廻。
    勝寶元年十一月十二日 物所貿易下吏
 謹訴 貿易人断官司 廳下
   別"" 可怜之意、不能黙止。聊述""詠、准擬睡覺。

忽に恩賜を辱くし、驚欣已に深し。心の中に咲を含みて、独り座り稍く開けば、表裏同じからず、相違何ぞ異れる。所由を推し量るに、率爾に策を作せる歟。明かに知りて言を加ふること、豈他意有らめや。凡そ本物を貿易するは、其の罪軽からず。正臓倍臓、急けく并満すべし。今風雲に勒して徴使を発遣す。早速に返報して延廻すべからず。
  勝宝元年十一月十二日、物の貿易せられたる下吏
謹みて貿易人を断官司の庁下に訴ふ
 別に白さく、可怜の意、黙止をること能はず。聊かに四詠を述べ、睡覚に准擬せむと。

*久佐麻久良 多比乃於伎奈等 於母保之天 波里曽多麻敝流 奴波牟物能毛賀(18/4128)
 クサマクラ タビノオキナト オモホシテ ハリソタマヘル ヌハムモノモガ
 草枕 旅の翁と 思ほして 針そ賜へる 縫はむ物もが

*芳理夫久路 等利安宜麻敝尓於吉 可邊佐倍波 於能等母於能夜 宇良毛都藝多利(18/4129)
 ハリブクロ トリアゲマヘニオキ カヘサヘバ オノトモオノヤ ウラモツギタリ
 針袋 取り上げ前に置き 返さへば おのともおのや 裏も継ぎたり

*波利夫久路 應婢都々氣奈我良 佐刀其等迩 """"佐比安流氣騰 比等毛登賀米授(18/4130)
 ハリブクロ オビツヅケナガラ サトゴトニ テラサヒアルケド ヒトモトガメズ
 針袋 帯び続けながら 里ごとに 照らさひ歩けど 人もとがめず

《校注》第四句""、底本は「夫」。また""無し。
*等里我奈久 安豆麻乎佐之天 布佐倍之尓 由可牟等於毛倍騰 与之母佐祢奈之(18/4131)
 トリガナク アヅマヲサシテ フサヘシニ ユカムトオモヘド ヨシモサネナシ
 鶏が鳴く 東を指して ふさへしに 行かむと思へど よしもさねなし

     右歌之返"報歌"者、脱漏不得探求也


    更来贈歌二首

*依迎驛使事、今月十五日、到来部下加賀郡境。面
 蔭見射水之郷、戀緒結深""之村。身異胡馬、心悲
 北風。乗月徘徊、曽無所為。稍開来""、其辞云""者、先
 所奉書、返畏度疑歟。僕作嘱羅、且悩使君。夫乞水
 得酒、従来能口。論時合理、何題強吏乎。尋誦針袋
 詠、詞泉酌不渇。抱膝獨咲、能{除}旅愁。陶然遣日、何慮
 何思。短筆不宣
     勝寶元年十二月十五日 徴物下司
 謹上 不""使君  ""室
     別奉云々歌二首

駅使を迎ふる事に依りて、今月の十五日に、部下の加賀の郡の境に到来す。面蔭に射水の郷を見、恋緒深海の村に結ぼほるる。身は胡馬に異なれども、心は北風に悲しぶ。月に乗じて徘徊(たもとほ)れども、曽て為す所無し。稍くに来封を開くに、その辞云々とあれば、先に奉る書、返りて畏るらくは疑ひに度れるかと。僕羅を嘱することを作し、且使君を悩ます。夫れ水を乞ひて酒を得るは、従来能き口なり。時を論じて理に合はば、何せむに強吏と題さむや。尋ぎて針袋の詠を誦むに、詞泉酌めども渇きず。膝を抱き独り咲み、能く旅の愁を{除}く。陶然に日を遣り、何をか慮らむ、何をか思はむ。短筆不宣。
 勝宝元年十二月十五日 物を徴りし下司
謹上 不伏使君  記室
 別に奉る云々 歌二首
*多々佐尓毛 可尓母与己佐母 夜都故等曽 安礼波安利家流 奴之能等乃度尓(18/4132)
 タタサニモ カニモヨコサモ ヤツコトソ アレハアリケル ヌシノトノドニ
 縦さにも かにも横さも 奴とそ 吾はありける 主の殿門に

*波里夫久路 己礼波多波利奴 須理夫久路 伊麻波衣天之可 於吉奈佐備勢牟(18/4133)
 ハリブクロ コレハタバリヌ スリブクロ イマハエテシカ オキナサビセム
 針袋 これは賜りぬ すり袋 今は得てしか 翁さびせむ


    宴席詠雪月梅花歌一首

 由吉乃宇倍尓 天礼流都久欲尓 烏梅能播奈 乎理天於久良牟 波之伎故毛我母(18/4134)
 ユキノウヘニ テレルツクヨニ ウメノハナ ヲリテオクラム ハシキコモガモ
 雪のうへに 照れる月夜に 梅の花 折りて贈らむ 愛しき児もがも

     右一首、十二月大伴宿祢家持作

 和我勢故我 許登等流奈倍尓 都祢比登乃 伊布奈宜吉思毛 伊夜之伎麻須毛(18/4135)
 ワガセコガ コトトルナヘニ ツネヒトノ イフナゲキシモ イヤシキマスモ
 わが背子が 琴取るなへに 常ひとの 言ふ嘆きしも いや重き益すも

     右一首、少目秦伊美吉石竹舘宴、守
     大伴宿祢家持作



 天平勝宝二年 三十三歳 79首


    天平勝寶二年正月二日、於國廳給饗諸郡
    司等宴歌一首

 安之比奇能 夜麻能許奴禮能 保与等理天 可射之都良久波 知等世保久等曽(18/4136)
 アシヒキノ ヤマノコヌレノ ホヨトリテ カザシツラクハ チトセホクトソ
 あしひきの 山の木末の 寄生とりて 挿頭しつらくは 千年寿くとそ

     右一首、守大伴宿祢家持作


    判官久米朝臣廣縄之舘宴歌一首

 牟都奇多都 波流能波自米尓 可久之都追 安比之恵美天婆 等枳自家米也母(18/4137)
 ムツキタツ ハルノハジメニ カクシツツ アヒシヱミテバ トキジケメヤモ
 正月たつ 春の始めに かくしつつ 逢ひし笑みてば 時じけめやも

      同月五日、守大伴宿祢家持作


    縁檢察墾田地事、宿礪波郡主帳多治
    比"部北"里之家。于時忽起風雨、不得辞去作
    歌一首

 夜夫奈美能 佐刀尓夜度可里 波流佐米尓 許母理都追牟等 伊母尓都宜都夜(18/4138)
 ヤブナミノ サトニヤドカリ ハルサメニ コモリツツムト イモニツゲツヤ
 荊波の 里に宿かり 春雨に 籠もりつつむと 妹に告げつや
     二月十八日、守大伴宿祢家持作


    天平勝寶二年三月一日之暮、眺矚春""桃
    李花作二首

 春苑 紅尓保布 桃花 下照道尓 出立{孅}嬬(19/4139)
 ハルノソノ クレナヰニホフ モモノハナ シタデルミチニ イデタツヲトメ
 春の苑 紅にほふ 桃の花 下照る道に 出立つ乙女

 吾園之 李花可 庭尓落 波太礼能未 遣在可母(19/4140)
 ワガソノノ スモモノハナカ ニハニフル ハダレノイマダ ノコリタルカモ
 吾が園の 李の花か 庭に散る はだれの未だ 遺りたるかも


    見飜""鴫作哥一首

 春儲而 物悲尓 三更而 羽振鳴志藝 誰田尓加須牟(19/4141)
 ハルマケテ モノガナシキニ サヨフケテ ハブキナクシギ タガタニカスム
 春儲て 物悲しきに 小夜更けて 羽振き鳴く鴫 誰が田にかすむ


    二日、攀""黛思京師哥一首

 春日尓 張流柳乎 取持而 見者京之 大路所念(19/4142)
 ハルノヒニ ハレルヤナギヲ トリモチテ ミレバミヤコノ オホチオモホユ
 春の日に 張れる柳を 取り持ちて 見れば京の 大路思ほゆ


    攀""堅香子草花哥一首

 物部乃 八十{孅}嬬等之 {把}乱 寺井之""乃 堅香子之花(19/4143)
 モノノフノ ヤソヲトメラガ クミマガフ テラヰノウヘノ カタカゴノハナ
 物部の 八十{孅}嬬等が 汲み乱ふ 寺井のうへの 堅香子の花


    見帰鴈哥二首

 燕来 時尓成奴等 鴈之鳴者 本郷思都追 雲隠喧(19/4144)
 ツバメクル トキニナリヌト カリガネハ クニシノヒツツ クモガクリナク
 燕来る 時に成りぬと 雁が音は 本郷思ひつつ 雲隠り喧く

 春設而 如此帰等母 秋風尓 黄葉山乎 不超来有米也 "一云春去者 歸此鴈"(19/4145)
 ハルマケテ カクカヘルトモ アキカゼニ モミタムヤマヲ コエコザラメヤ ハルサレバ カヘルコノカリ
 春設て かく帰るとも 秋風に 黄葉む山を 超え来ざらめや 一に云はく、春去れば 帰る此の雁

《校注》底本・元暦校本には「一云」以下の異文なし。神宮本のみ小字。他の諸本、改行して左注扱い。

    夜裏聞千鳥喧哥二首

 夜具多知尓 寐覚而居者 河瀬尋 情毛之努尓 鳴知等理賀毛(19/4146)
 ヨグタチニ ネザメテヲレバ カハセトメ ココロモシノニ ナクチドリカモ
 夜ぐたちに 寝覚めて居れば 河瀬尋め 心もしのに 鳴く千鳥かも

 夜""而 鳴河""知登里 宇倍之許曽 昔人母 之努比来尓家礼(19/4147)
 ヨグタチテ ナクカハチドリ ウベシコソ ムカシノヒトモ シノヒキニケレ
 夜降ちて 鳴く河千鳥 うべしこそ 昔の人も しのひ来にけれ


    聞暁鳴雉哥二首

 椙野尓 左乎騰流雉 灼然 ""尓之毛将哭 己母利豆麻可母(19/4148)
 スギノノニ サヲドルキギシ イチシロク ネシニモナカム コモリヅマカモ
 杉の野に さをどる雉 いちしろく 音にしも哭かむ 隠り妻かも

 足引之 八峯之雉 ""響 朝""之霞 見者可奈之母(19/4149)
 アシヒキノ ヤツヲノキギシ ナキトヨム アサケノカスミ ミレバカナシモ
 足引の 八峯の雉 鳴き響む 朝開の霞 見ればかなしも


    遥聞泝江船人之唄哥一首

 朝""尓 聞者遥之 射水河 朝己藝思都追 唱船人(19/4150)
 アサドコニ キケバハルケシ イミヅガハ アサコギシツツ ウタフフナビト
 朝床に 聞けば遥けし 射水河 朝漕ぎしつつ 唄ふ船人

《校注》""、底本は「毎」とし、第一句の訓はアサゴトニ。但し「毎」の右傍に「麻」の字あり(「床」の誤りか)。

    三日、守大伴宿祢家持之舘宴哥三首

 今日之為 等"思而"標之 足引乃 峯上之桜 如此開尓家里(19/4151)
 ケフノタメ トオモヒテシメシ アシヒキノ ヲノヘノサクラ カクサキニケリ
 今日の為 と思ひて標めし 足引の 峯の上の桜 かく咲きにけり

《校注》"思而"は底本に無く、元暦校本・細井本と同様。諸本、「思」のみ。類聚古集が「思而」とするのに従う。
 奥山之 八峯乃海石榴 都波良可尓 今日者久良佐祢 大夫之徒(19/4152)
 オクヤマノ ヤツヲノツバキ ツバラカニ ケフハクラサネ マスラヲノトモ
 奥山の 八峯の海石榴 つばらかに 今日はくらさね 大夫の徒

 漢人毛 {筏}浮而 遊"" 今日曽和我勢故 花""世余(19/4153)
 カラヒトモ イカダウカベテ アソブトイフ ケフソワガセコ ハナカヅラセヨ
 漢人も 筏浮かべて 遊ぶと云ふ 今日そわがせこ 花縵せよ

《校注》{筏}、底本は木偏に「我」の字。旁の「我」は「伐」の誤写であろう。類聚古集、「筏」。元暦校本、木偏に「戊」旁。西本願寺本などは木偏に「筏」旁。なお「筏浮而」の訓は、『萬葉集代匠記』(精選本)による。異訓、フネヲウカベテ、イカダヲウケテ、など。
 末字の「余」、元暦校本・金沢文庫本・細井本と同様。他諸本は「奈」とあり、第五句の訓は「はなかづらせな」となる。

    八日、詠白大鷹哥一首 并短歌

 安志比奇乃 山坂超而 去更 年緒奈我久
 科坂在 故志尓之須米婆 大王之 敷座國者
 京師乎母 此間毛於夜自等 心尓波 念毛能可良
 語左氣 見左久流人眼 乏等 於毛比志繁
 曽己由恵尓 情奈具也等 秋附婆 芽子開尓保布
 石瀬野尓 馬太伎由吉{底} 乎知許知尓 鳥布美立
 白塗之 小鈴毛由良尓 安波勢也理 布里左氣見都追
 伊伎騰保流 許己呂能宇知乎 思延 宇礼之備奈我良
 枕附 都麻屋之内尓 鳥座由比 須恵弖曽我飼
 真白部乃多可
(19/4154)

 アシヒキノ ヤマサカコエテ ユキカハル トシノヲナガク
 シナザカル コシニシスメバ オホキミノ シキマスクニハ
 ミヤコヲモ ココモオヤジト ココロニハ オモフモノカラ
 カタリサケ ミサクルヒトメ トモシミト オモヒシシゲシ
 ソコユヱニ ココロナグヤト アキヅケバ ハギサキニホヒ
 イハセノニ ウマダキユキテ ヲチコチニ トリフミタテ
 シラヌリノ コスズモユラニ アハセヤリ フリサケミツツ
 イキドホル ココロノウチヲ オモヒノベ ウレシビナガラ
 マクラヅク ツマヤノウチニ トグラユヒ スヱテソアガカフ
 マシロフノタカ

 あしひきの 山坂超えて 去き更る 年の緒ながく
 しなざかる 越にしすめば 大王の 敷座す国は
 京師をも 此処もおやじと 心には 思ふものから
 語りさけ 見さくる人眼 乏しみと おもひし繁し
 そこゆゑに 心なぐやと 秋附けば 萩咲きにほふ
 石瀬野に 馬だきゆきて をちこちに 鳥ふみ立て
 白塗の 小鈴もゆらに あはせやり ふりさけ見つつ
 いきどほる こころのうちを 思ひ延べ うれしびながら
 枕附く つま屋の内に 鳥座ゆひ すゑてそ吾が飼ふ
 真白ふの鷹

 矢形尾乃 麻之路能鷹乎 屋戸尓須恵 可伎奈泥見都追 飼久之余志毛(19/4155)
 ヤカタヲノ マシロノタカヲ ヤドニスヱ カキナデミツツ カハクシヨシモ
 矢形尾の ましろの鷹を 屋戸にすゑ かきなで見つつ 飼はくしよしも


    潜{鵜}哥一首 并短哥

 荒玉能 年徃更 春去者 花耳尓保布
 安之比奇能 山下響 墜多藝知 流""田乃
 河瀬尓 年魚兒狭走 嶋津鳥 {鵜}養等母奈倍
 可我理左之 奈頭佐比由氣婆 吾妹子我 可多見我{底}良等
 紅之 八塩尓染而 於己勢多流 服之""毛
 等寳利{底}濃礼奴
(19/4156)

 アラタマノ トシユキカハリ ハルサレバ ハナノミニホフ
 アシヒキノ ヤマシタトヨミ オチタギチ ナガルサキタノ
 カハノセニ アユコサバシル シマツドリ ウカヒトモナヘ
 カガリサシ ナヅサヒユケバ ワギモコガ カタミガテラト
 クレナヰノ ヤシホニソメテ オコセタル コロモノスソモ
 トホリテヌレヌ

 荒玉の 年往き更り 春されば 花のみにほふ
 あしひきの 山下響み 堕ちたぎち 流る辟田の
 河の瀬に 年魚児狭走る 嶋津鳥 鵜養ともなへ
 かがりさし なづさひゆけば 吾妹子が かたみがてらと
 紅の 八塩に染めて おこせたる 衣の襴も
 とほりてぬれぬ

 紅"" 衣尓保波之 ""田河 絶己等奈久 吾等眷牟(19/4157)
 クレナヰノ コロモニホハシ サキタガハ タユルコトナク ワレカヘリミム
 紅の 衣にほはし 辟田河 絶ゆることなく 我等眷む

 毎年尓 鮎之走婆 左伎多河 {鵜}八頭可頭氣{底} 河瀬多頭祢牟(19/4158)
 トシノハニ アユシハシラバ サキタガハ ウヤツカヅケテ カハセタヅネム
 毎年に 鮎し走らば 辟田河 鵜八頭かづけて 河瀬たづねむ


    季春三月九日、擬出挙之政、行於舊江村、道上属""
    物花之詠。并興中所作之歌
    過澁谿埼見巌上樹哥一首 樹名都萬麻

 礒上之 都萬麻乎見者 根乎延而 年深有之 神左備尓家里(19/4159)
 イソノヘノ ツママヲミレバ ネヲハヘテ トシフカカラシ カムサビニケリ
 礒の上の つままを見れば 根を延へて 年深からし 神さびにけり

    悲世間無常哥一首 并短哥

 天地之 遠始欲 ""中波 常無毛能等
 語續 奈我良倍伎多礼 天原 振左氣見婆
 ""月毛 盈""之家里 安之比奇能 山之木末毛
 春去婆 花開尓保比 秋都氣婆 露霜負而
 風交 毛美知落家利 宇都勢美母 如是能未奈良之
 紅乃 伊呂母宇都呂比 奴波多麻能 黒髪變
 朝之咲 暮加婆良比 吹風乃 見要奴我其登久
 逝水乃 登麻良奴其等久 常毛奈久 宇都呂布見者
 尓波多豆美 流{涙} 等騰米可祢都母
(19/4160)

 アメツチノ トホキハジメヨ ヨノナカハ ツネナキモノト
 カタリツギ ナガラヘキタレ アマノハラ フリサケミレバ
 テルツキモ ミチカケシケリ アシヒキノ ヤマノコヌレモ
 ハルサレバ ハナサキニホヒ アキヅケバ ツユジモオヒテ
 カゼマジリ モミチチリケリ ウツセミモ カクノミナラシ
 クレナヰノ イロモウツロヒ ヌバタマノ クロカミカハリ
 アサノヱミ ユフヘカハラヒ フクカゼノ ミエヌガゴトク
 ユクミヅノ トマラヌゴトク ツネモナク ウツロフミレバ
 ニハタヅミ ナガルルナミタ トドメカネツモ

 天地の 遠き始よ 世の中は 常無きものと
 語り継ぎ ながらへきたれ 天の原 振りさけ見れば
 照る月も 盈ち昃けしけり あしひきの 山の木末も
 春されば 花咲きにほひ 秋づけば 露霜負ひて
 風交り もみち散りけり うつせみも 如是のみならし
 紅の いろもうつろひ ぬばたまの 黒髪変はり
 朝の咲み 夕ヘかはらひ 吹く風の 見えぬがごとく
 逝く水の とまらぬごとく 常もなく うつろふ見れば
 にはたづみ 流るる涙 とどめかねつも

 言等波奴 木尚春開 秋都氣婆 毛美知遅良久婆 常乎奈美許曽
   一云常無牟等曽
(19/4161)
 コトトハヌ キスラハルサキ アキヅケバ モミチヂラクハ ツネヲナミコソ /ツネナケムトソ
 言とはぬ 木すら春咲き 秋づけば 紅葉ぢらくは 常をなみこそ
   一に云はく、常なけむとそ

 宇都世美能 常無見者 世間尓 情都氣受弖 念日""於保伎
   一云嘆日曽於保吉
(19/4162)
 ウツセミノ ツネナキミレバ ヨノナカニ ココロツケズテ オモフヒソオホキ /ナゲクヒソオホキ
 うつせみの 常無き見れば 世の中に 心つけずて 思ふ日そおほき
   一に云はく、嘆く日そおほき

    豫作七夕哥一首

 妹之袖 我礼枕可牟 河""尓 霧多知和多礼 左欲布氣奴刀尓(19/4163)
 イモガソデ ワレマクラカム カハノセニ キリタチワタレ サヨフケヌトニ
 妹が袖 我れ枕かむ 河の湍に 霧たちわたれ 小夜ふけぬとに

    慕振勇士之名哥一首 并短哥

 知智乃實乃 父能美許等 波播蘇葉乃 母能美己等
 於保呂可尓 情盡而 念良牟 其子奈礼夜母
 大夫夜 無奈之久可在 梓弓 須恵布理於許之
 投矢毛知 千尋射和多之 劔刀 許思尓等理波伎
 安之比奇能 八峯布美越 ""麻""""流 情不障
 後代乃 可多利都具倍久 名乎多都倍志母
(19/4164)

 チチノミノ チチノミコト ハハソハノ ハハノミコト
 オホロカニ ココロツクシテ オモフラム ソノコナレヤモ
 マスラヲヤ ムナシクアルベキ アヅサユミ スヱフリオコシ
 ナグヤモチ チヒロイワタシ ツルギタチ コシニトリハキ
 アシヒキノ ヤツヲフミコエ サシマクル ココロサヤラズ
 ノチノヨノ カタリツグベク ナヲタツベシモ

 ちちの実の 父のみこと ははそ葉の 母のみこと
 おほろかに 心尽くして 思ふらむ 其子なれやも
 大夫や むなしく在るべき 梓弓 すゑふりおこし
 投ぐ矢もち 千尋射わたし 剣大刀 腰に取り佩き
 あしひきの 八峯ふみ越え さしまくる 心障らず
 後の代の 語り継ぐべく 名をたつべしも

    反哥

 大夫者 名乎之立倍之 後代尓 聞継人毛 可多里都具我祢(19/4165)
 マスラヲハ ナヲシタツベシ ノチノヨニ キキツグヒトモ カタリツグガネ
 大夫は 名をし立つべし 後の代に 聞き継ぐ人も 語り継ぐがね

     右二首、追和山上憶良臣作哥

    詠霍公鳥并時花哥一首 并短哥

 毎時尓 伊夜目都良之久 八千種尓 草木花左伎
 鳴鳥乃 音毛更布 耳尓聞 眼尓視其等尓
 宇知嘆 之奈要宇良夫礼 之努比都追 有争波之尓
 許能久礼能 四月之立者 欲其母理尓 鳴霍公鳥
 従古昔 可多里都藝都流 {鴬}之 宇都之真子可母
 菖蒲 花橘乎 {孅}嬬良我 珠貫麻泥尓
 赤根刺 晝波之賣良尓 安之比奇乃 八丘飛超
 夜干玉乃 夜者須我良尓 暁 月尓向""
 徃還 鳴等余牟礼杼 ""如将"飽足"
(19/4166)

 トキゴトニ イヤメヅラシク ヤチクサニ クサキハナサキ
 ナクトリノ コヱモカハラフ ミミニキキ メニミルゴトニ
 ウチナゲキ シナエウラブレ シノヒツツ アリケルハシニ
 コノクレノ ウヅキシタテバ ヨゴモリニ ナクホトトギス
 イニシヘユ カタリツギツル ウグヒスノ ウツシマコカモ
 アヤメグサ ハナタチバナヲ ヲトメラガ タマヌクマデニ
 アカネサシ ヒルハシメラニ アシヒキノ ヤツヲトビコエ
 ヌバタマノ ヨルハスガラニ アカトキノ ツキニムカヒテ
 ユキカヘリ ナキトヨムレド イカニアキダラム

 時ごとに いやめづらしく 八千種に 草木花さき
 喧く鳥の 声も更らふ 耳に聞き 眼に視るごとに
 うち嘆き しなえうらぶれ しのひつつ 有りけるはしに
 このくれの 四月し立てば よごもりに 鳴く霍公鳥
 古ゆ かたりつぎつる 鴬の うつし真子かも
 菖蒲草 花橘を 娘子らが 珠貫くまでに
 赤根刺す 昼はしめらに あしひきの 八丘飛び超え
 夜干玉の 夜はすがらに 暁の 月に向ひて
 往き還り 喧きとよむれど いかに飽き足らむ

    反哥二首

 毎時 弥米""良之久 咲花乎 折毛不折毛 見良久之余志母(19/4167)
 トキゴトニ イヤメヅラシク サクハナヲ ヲリモヲラズモ ミラクシヨシモ
 時毎に いやめづらしく 咲く花を 折りも折らずも 見らくしよしも

 毎年尓 来喧毛能由恵 霍公鳥 聞婆之努波久 不相日乎於保美
     毎年謂之等之乃波
(19/4168)
 トシノハニ キナクモノユヱ ホトトギス キケバシノハク アハヌヒヲオホミ
 毎年に 来喧くものゆゑ 霍公鳥 聞けば偲はく 逢はぬ日を多み
     毎年、としのはと謂ふ。

     右、廾日、雖未及時依興預作也


    為家婦贈在京尊母所誂作哥一首 并短哥

 霍公鳥 来喧五月尓 咲尓保布 花""乃
 香吉 於夜能御言 朝暮尓 不聞日麻祢久
 安麻射可流 夷尓之居者 安之比奇乃 山乃多乎里尓
 立雲乎 余曽能未見都追 嘆蘇良 夜須家良奈久尓
 念蘇良 苦伎毛能乎 奈呉乃海部之 潜取云
 真珠乃 見我保之御面 多太向 将見時麻泥波
 松栢乃 佐賀延伊麻佐祢 尊安我吉美 御面謂之美於毛和
(19/4169)

 ホトトギス キナクサツキニ サキニホフ ハナタチバナノ
 カグハシキ オヤノミコト アサユフニ キカヌヒマネク
 アマザカル ヒナニシヲレバ アシヒキノ ヤマノタヲリニ
 タツクモヲ ヨソノミミツツ ナゲクソラ ヤスカラナクニ
 オモフソラ クルシキモノヲ ナゴノアマノ カヅキトルトイフ
 シラタマノ ミガホシミオモワ タダムカヒ ミムトキマデハ
 マツカヘノ サカエイマサネ タフトキアガキミ

 霍公鳥 来喧く五月に 咲きにほふ 花橘の
 香しき 母の御言 朝夕に 聞かぬ日まねく
 あまざかる 夷にし居れば あしひきの 山のたをりに
 立つ雲を よそのみ見つつ 嘆くそら やすからなくに
 思ふそら 苦しきものを 奈呉の海部の 潜き取ると云ふ
 真珠の 見がほし御面 ただ向ひ 見む時までは
 松栢の さかえいまさね 尊きあがきみ 御面、みおもわと謂ふ

    反哥一首

 白玉之 見我保之君乎 不見久尓 夷尓之乎礼婆 伊家流等毛奈之(19/4170)
 シラタマノ ミガホシキミヲ ミズヒサニ ヒナニシヲレバ イケルトモナシ
 白玉の 見がほし君を 見ず久に 夷にし居れば 生けるともなし


    廾四日、應立夏四月節也。因此廾三日之暮、忽思霍公鳥
    暁喧聲作哥二首

 常人毛 起都追聞曽 霍公鳥 此暁尓 来喧始音(19/4171)
 ツネヒトモ オキツツキクソ ホトトギス コノアカトキニ キナクハツコヱ
 常人も 起きつつ聞くそ 霍公鳥 此の暁に 来喧く始声

 霍公鳥 来鳴響者 草等良牟 花橘乎 屋戸尓波不殖而(19/4172)
 ホトトギス キナキトヨマバ クサトラム ハナタチバナヲ ヤドニハウヱズテ
 霍公鳥 来喧き響まば 草とらむ 花橘を 屋戸には殖ゑずて


    贈京丹比家哥一首

 妹乎不見 越國敝尓 経年婆 吾情度乃 奈具流日毛無(19/4173)
 イモヲミズ コシノクニヘニ トシフレバ ワガココロドノ ナグルヒモナシ
 妹を見ず 越の国へに 年経れば 吾が心処の なぐる日も無し


    追和筑紫大宰之時春""""哥作一首

 春裏之 樂終者 梅花 手折乎伎都追 遊尓可有(19/4174)
 ハルノウチノ タノシキヲヘハ ウメノハナ タヲリヲキツツ アソブニアルベシ
 春の裏の 楽しき終へは 梅の花 手折り招きつつ 遊ぶに有るべし

     右一首、廾七日、依興作之

《校注》題詞の「春""""哥」は、底本「春花哥」。諸本、「春花梅歌」。「花」を「苑」の誤りとする『萬葉集略解』の説に従う。

     詠霍公鳥二首

 霍公鳥 今来喧曽無 菖蒲 可都良久麻泥尓 賀流々日安良米也
   毛能波三箇辞闕之
(19/4175)
 ホトトギス イマキナキソム アヤメグサ カヅラクマデニ カルルヒアラメヤ
 霍公鳥 今来喧きそむ 菖蒲草 かづらくまでに 離るる日あらめや
   ものは三箇の辞を闕く

 我門従 喧過度 霍公鳥 伊夜奈都可之久 雖聞飽不足
   "毛能波{底}尓乎六箇辞闕之"
(19/4176)
 ワガカドユ ナキスギワタル ホトトギス イヤナツカシク キケドアキタラズ
 我が門ゆ 喧き過ぎ度る 霍公鳥 いやなつかしく 聞けど飽き足らず
   ものはてにを六箇の辞を闕く。


    四月三日、贈越前判官大伴宿祢池主霍公鳥哥、不勝
    感舊之意述懐一首 并短哥

 和我勢故等 手携而 暁来者 出立向
 暮去者 振放見都追 念暢 見奈疑之山尓
 八峯尓波 霞多奈婢伎 谿敝尓波 海石榴花咲
 宇良悲 春之過者 霍公鳥 伊也之伎喧奴
 獨耳 聞婆不""毛 君与吾 隔而戀流
 利波山 飛超去而 明立者 松之狭枝尓
 暮去者 向月而 菖蒲 玉貫麻泥尓
 鳴等余米 安寐不令宿 君乎奈夜麻勢
(19/4177)

 ワガセコト テタヅサハリテ アケクレバ イデタチムカヒ
 ユフサレバ フリサケミツツ オモヒノベ ミナギシヤマニ
 ヤツヲニハ カスミタナビキ タニヘニハ ツバキハナサク
 ウラガナシ ハルシスグレバ ホトトギス イヤシキナキヌ
 ヒトリノミ キケバサブシモ キミトアレト ヘダテテコフル
 トナミヤマ トビコエユキテ アケタテバ マツノサエダニ
 ユフサレバ ツキニムカヒテ アヤメグサ タマヌクマデニ
 ナキトヨメ ヤスヰネシメズ キミヲナヤマセ

 我が背子と 手携はりて 明け来れば 出で立ち向ひ
 夕されば 振り放け見つつ 思ひ暢べ 見なぎし山に
 八峯には 霞たなびき 谿へには 海石榴花咲く
 うら悲し 春し過ぐれば 霍公鳥 いやしき喧きぬ
 独りのみ 聞けばさぶしも 君と吾と 隔てて恋ふる
 利波山 飛び超え去きて 明け立てば 松のさ枝に
 夕されば 月に向かひて 菖蒲草 玉貫くまでに
 鳴きとよめ 安寝宿しめず 君をなやませ

    反哥

 吾耳 聞婆不怜毛 霍公鳥 丹生之山邊尓 伊去鳴""毛(19/4178)
 ワレノミシ キケバサブシモ ホトトギス ニフノヤマベニ イユキナカニモ
 吾のみし 聞けばさぶしも 霍公鳥 丹生の山辺に い去き鳴かにも

 霍公鳥 夜喧乎為管 和我世兒乎 安宿勿令寐 由米情在(19/4179)
 ホトトギス ヨナキヲシツツ ワガセコヲ ヤスヰナネシメ ユメココロアレ
 霍公鳥 夜喧きをしつつ 我が背子を 安宿な寝しめ ゆめ心在れ


    不飽感霍公鳥之情、述懐作哥一首 并短哥

 春過而 夏来向者 足檜木乃 山呼等余米
 左夜中尓 鳴霍公鳥 始音乎 聞婆奈都可之
 菖蒲 花橘乎 貫交 可頭良久麻泥尓
 里響 喧渡礼騰母 尚之努波由
(19/4180)

 ハルスギテ ナツキムカヘバ アシヒキノ ヤマヨビトヨメ
 サヨナカニ ナクホトトギス ハツコヱヲ キケバナツカシ
 アヤメグサ ハナタチバナヲ ヌキマジヘ カヅラクマデニ
 サトトヨメ ナキワタレドモ ナホシシノハユ

 春過て 夏来向へば 足ひきの 山呼びとよめ
 さ夜中に 鳴く霍公鳥 始声を 聞けばなつかし
 菖蒲草 花橘を 貫き交へ かづらくまでに
 里響め 喧き渡れども 尚ししのはゆ

    反哥三首

 左夜深而 暁月尓 影所見而 鳴霍公鳥 聞者夏借(19/4181)
 サヨフケテ アカトキツキニ カゲミエテ ナクホトトギス キケバナツカシ
 さ夜深けて 暁月に 影見えて 鳴く霍公鳥 聞けばなつかし

 霍公鳥 雖聞不足 網取尓 獲而奈都氣奈 可礼受鳴金(19/4182)
 ホトトギス キケドモアカズ アミトリニ トリテナツケナ カレズナクガネ
 霍公鳥 聞けどもあかず 網取りに 獲りてなつけな 離れず鳴くがね

 霍公鳥 飼通良婆 今年経而 来向夏波 麻豆将喧乎(19/4183)
 ホトトギス カヒトホセラバ コトシヘテ キムカフナツハ マヅナキナムヲ
 霍公鳥 飼ひ通せらば 今年経て 来向ふ夏は まづ喧きなむを


    従京師贈来哥一首

*山吹乃 花執持而 都礼毛奈久 可礼尓之妹乎 之努比都流可毛(19/4184)
 ヤマブキノ ハナトリモチテ ツレモナク カレニシイモヲ シノヒツルカモ
 山吹の 花執り持ちて つれもなく 離れにし妹を 偲ひつるかも

     右、四月五日、従留女之女郎所送也


    詠山振花哥一首 并短哥

 宇都世美波 戀乎繁美登 春麻氣{底} 念繁波
 引攀而 折毛不折毛 毎"" 情奈疑牟等
 繁山之 谿敝尓生流 山振乎 屋戸尓引殖而
 朝露尓 仁保敝流花乎 毎見 念者不止
 戀志繁母
(19/4185)

 ウツセミハ コヒヲシゲミト ハルマケテ オモヒシゲケバ
 ヒキヨヂテ ヲリモヲラズモ ミルゴトニ ココトナギムト
 シゲヤマノ タニヘニオフル ヤマブキヲ ヤドニヒキウヱテ
 アサツユニ ニホヘルハナヲ ミルゴトニ オモヒハヤマズ
 コヒシシゲシモ

 うつせみは 恋を繁みと 春まけて 思ひ繁けば
 引攀ぢて 折りも折らずも 見る毎に 心なぎむと
 繁山の 谿へに生ふる 山吹を 屋戸に引き殖ゑて
 朝露に にほへる花を 見る毎に 思ひは止まず
 恋し繁しも

    反哥

 山吹乎 屋戸尓殖弖波 見其等尓 念者不止 戀己曽益礼(19/4186)
 ヤマブキヲ ヤドニウヱテハ ミルゴトニ オモヒハヤマズ コヒコソマサレ
 山吹を 屋戸に殖ゑては 見るごとに 思ひは止まず 恋こそ益れ


    六日、遊覧布勢水海作哥一首 并短哥

 念度知 大夫乃 許乃久礼 繁思乎
 見明良米 情也""牟等 布施乃海尓 小船都良奈米
 真可伊可氣 伊許藝米具礼婆 乎布能浦尓 霞多奈妣伎
 垂姫尓 藤浪咲而 濱浄久 白波左和伎
 及""尓 戀波末佐礼杼 今日耳 飽足米夜母
 如是己曽 ""年乃波尓 春花之 繁盛尓
 秋葉能 黄色時尓 安里我欲比 見都追思努波米
 此布勢能海乎
(19/4187)

 オモフドチ マスラヲノコノ コノクレ シゲキオモヒヲ
 ミアキラメ ココロヤラムト フセノウミニ ヲブネツラナメ
 マカイカケ イコギメグレバ ヲフノウラニ カスミタナビキ
 タルヒメニ フヂナミサキテ ハマキヨク シラナミサワキ
 シクシクニ コヒハマサレド ケフノミニ アキダラメヤモ
 カクシコソ イヤトシノハニ ハルハナノ シゲキサカリニ
 アキノハノ モミヅルトキニ アリガヨヒ ミツツシノハメ
 コノフセノウミヲ

 思ふどち ますらをのこの 木の暗 繁き思ひを
 見明らめ 心やらむと 布勢の海に 小船つらなめ
 真かいかけ い漕ぎ巡れば 乎布の浦に 霞たなびき
 垂姫に 藤浪咲きて 浜浄く 白波さわき
 及及に 恋はまされど 今日のみに 飽き足らめやも
 如是しこそ 弥年のはに 春花の 繁き盛りに
 秋の葉の 黄色る時に ありがよひ 見つつしのはめ
 この布勢の海を

 藤奈美能 花盛尓 如""許曽 浦己藝廻都追 年尓之努波米(19/4188)
 フヂナミノ ハナノサカリニ カクシコソ ウラコギミツツ トシニシノハメ
 藤なみの 花の盛りに 如此しこそ 浦漕ぎ廻つつ 年にしのはめ


    贈水烏越前判官大伴宿祢池主哥一首 并短哥

 天離 夷等之在者 彼所此間毛 同許己呂曽
 離家 等之乃経去者 宇都勢美波 物念之氣思
 曽許由恵尓 情奈具左尓 霍公鳥 喧始音乎
 橘 珠尓安倍貫 可頭良伎{底} 遊波之母
 麻須良乎"" 等毛奈倍立而 叔羅河 奈頭左比泝
 平瀬尓波 左泥刺渡 早湍尓 水烏乎潜都追
 月尓日尓 之可志安蘇婆祢 波之伎和我勢故
(19/4189)

 アマザカル ヒナトシアレバ ソコココモ オヤジココロソ
 イヘザカリ トシノヘヌレバ ウツセミハ モノモヒシゲシ
 ソコユヱニ ココロナグサニ ホトトギス ナクハツコヱヲ
 タチバナノ タマニアヘヌキ カヅラキテ アソバフハシモ
 マスラヲヲ トモナヘタテテ スクラガハ ナヅサヒノボリ
 ヒラセニハ サデサシワタシ ハヤセニハ ウヲカヅケツツ
 ツキニヒニ シカシアソバネ ハシキワガセコ

 天離る 夷とし在れば 彼所此処も 同じこころそ
 家離り 年の経ぬれば うつせみは 物思ひしげし
 そこゆゑに 心なぐさに 霍公鳥 喧く始声を
 橘の 珠にあへ貫き かづらきて 遊ばふはしも
 ますらをを ともなへ立てて 叔羅河 なづさひ泝り
 平瀬には さで刺し渡し 早き湍に 烏を潜けつつ
 月に日に しかし遊ばね はしき我が背子

 叔羅河 湍乎尋都追 和我勢故波 宇""波多々佐祢 情奈具左尓(19/4190)
 スクラガハ セヲタヅネツツ ワガセコハ ウカハタタサネ ココロナグサニ
 叔羅河 瀬を尋ねつつ 我が背子は 鵜河たたさね 心なぐさに

 {鵜}河立 取左牟安由能 之我波多波 吾等尓可伎無氣 念之念婆(19/4191)
 ウカハタテ トラサムアユノ シガハタハ ワレニカキムケ オモヒシオモハバ
 鵜河立て 取らさむ鮎の しが鰭は 吾等にかきむけ 思ひし思はば

     右、九日、附使贈之


    詠霍公鳥并藤花一首 并短哥

 桃花 紅色尓 々保比多流 面輪乃宇知尓
 青柳乃 細眉根乎 咲麻我理 朝影見都追
 {孅}嬬良我 手尓取持有 真鏡 盖上山尓
 許能久礼乃 繁谿邊乎 呼等""米 旦飛渡
 暮月夜 可蘇氣伎野邊 遥々尓 喧霍公鳥
 立久々等 羽觸尓知良須 藤浪乃 花奈都可之美
 引攀而 袖尓古伎礼都 染婆染等母
(19/4192)

 モモノハナ クレナヰイロニ ニホヒタル オモワノウチニ
 アヲヤギノ ホソキマヨネヲ ヱミマガリ アサカゲミツツ
 ヲトメラガ テニトリモタル マソカガミ フタガミヤマニ
 コノクレノ シゲキタニヘヲ ヨビトヨメ アサトビワタリ
 ユフヅクヨ カソケキノヘニ ハロハロニ ナクホトトギス
 タチククト ハブリニチラス フヂナミノ ハナナツカシミ
 ヒキヨヂテ ソデニコキレツ シマバシムトモ

 桃の花 紅色に にほひたる 面輪のうちに
 青柳の 細き眉根を 咲みまがり 朝影見つつ
 娘子らが 手に取り持たる 真鏡 盖上山に
 このくれの 繁き谿辺を 呼びとよめ 旦飛び渡り
 暮月夜 かそけき野辺に 遥遥に 喧く霍公鳥
 立ちくくと 羽触にちらす 藤浪の 花なつかしみ
 引攀ぢて 袖にこきれつ 染まば染むとも

 霍公鳥 鳴羽觸尓毛 落尓家利 盛過良志 藤奈美能花
     一云落奴""美 袖尓古伎納都 藤浪乃花也
(19/4193)
 ホトトギス ナクハブリニモ チリニケリ サカリスグラシ フヂナミノハナ /チリヌベミ ソデニコキレツ フヂナミノハナ
 霍公鳥 鳴く羽触にも 散りにけり 盛り過ぐらし 藤なみの花
     一に云はく、散りぬべみ 袖にこき納れつ 藤浪の花

     同九日作之


    更怨霍公鳥哢晩哥三首

 霍公鳥 喧渡奴等 告礼騰毛 吾聞都我受 花波須疑都追(19/4194 )
 ホトトギス ナキワタリヌト ツグレドモ ワレキキツガズ ハナハスギツツ
 霍公鳥 喧き渡りぬと 告ぐれども 吾聞きつがず 花は過ぎつつ

 吾幾許 斯""波久不知尓 霍公鳥 伊頭敝能山乎 鳴可将超(19/4195)
 ワガココダ シノハクシラニ ホトトギス イヅヘノヤマヲ ナキカコユラム
 吾が幾許 しのはく知らに 霍公鳥 いづへの山を 鳴きか超ゆらむ

 月立之 日欲里乎伎都追 敲自努比 麻泥騰伎奈可奴 霍公鳥可母(19/4196)
 ツキタチシ ヒヨリヲキツツ ウチジノヒ マテドキナカヌ ホトトギスカモ
 月立ちし 日よりをきつつ 敲ちじのひ 待てど来鳴かぬ 霍公鳥かも


    贈京人哥二首

 妹尓似 草等見之欲里 吾標之 野邊之山吹 誰可""乎里之(19/4197)
 イモニニル クサトミシヨリ ワガシメシ ノヘノヤマブキ タレカタヲリシ
 妹に似る 草と見しより 吾が標めし 野辺の山吹 誰か手折りし

 都礼母奈久 可礼尓之毛能登 人者雖云 不相日麻祢美 念曽""為流(19/4198)
 ツレモナク カレニシモノト ヒトハイヘド アハヌヒマネミ オモヒソアガスル
 つれもなく 離れにしものと 人は云へど 逢はぬ日まねみ 思ひそ吾がする

     右、為贈留女之女郎、所誂家婦作之。女郎者即大伴
     家持之妹


    十二日、遊覧布勢水海。船泊於多{古}灣、望見藤花
    各述懐作哥四首

 藤奈美乃 影成海之 底清美 之都久石乎毛 珠等曽吾見流(19/4199)
 フヂナミノ カゲナスウミノ ソコキヨミ シヅクイシヲモ タマトソアガミル
 藤なみの 影成す海の 底清み しづく石をも 珠とそ吾が見る

     守大伴宿祢家持

*多{古}乃浦能 底左倍尓保布 藤奈美乎 加射之{底}将去 不見人之為(19/4200)
 タコノウラノ ソコサヘニホフ フヂナミヲ カザシテユカム ミヌヒトノタメ
 多胡の浦の 底さへにほふ 藤なみを かざしてゆかむ 見ぬ人の為

     次官内蔵忌寸縄麿

*伊佐左可尓 念而来之乎 多{古}乃浦尓 開流藤見而 一夜可経(19/4201)
 イササカニ オモヒテコシヲ タコノウラニ サケルフヂミテ ヒトヨヘヌベキ
 いささかに 思ひて来しを 多胡の浦に 咲ける藤見て 一夜経ぬべき

     判官久米朝臣廣縄

*藤奈美乎 借廬尓造 灣廻為流 人等波不知尓 海部等""見良牟(19/4202)
 フヂナミヲ カリホニツクリ ウラミスル ヒトトハシラニ アマトカミラム
 藤なみを 借廬に造り 湾廻する 人とは知らに 海部とか見らむ

     久米朝臣継麿

    恨霍公鳥不喧哥一首

*家尓去而 奈尓乎将語 安之比奇能 山霍公鳥 一音毛奈家(19/4203)
 イヘニユキテ ナニヲカタラム アシヒキノ ヤマホトトギス ヒトコヱモナケ
 家に去きて なにを語らむ あしひきの 山霍公鳥 一声も鳴け

     判官久米朝臣廣縄

    見攀折保寶葉哥二首

*吾勢故我 捧而持流 保寶我之婆 安多可毛似加 青盖(19/4204)
 ワガセコガ ササゲテモテル ホホガシハ アタカモニルカ アヲキキヌガサ
 吾が背子が 捧げて持てる 厚朴 あたかも似るか 青き蓋

     講師僧惠行

 皇神祖之 遠御代三世波 射布折 酒飲等伊布曽 此保"寶我之波"(19/4205)
 スメロキノ トホミヨミヨハ イシキヲリ キノミキトイフソ コノホホガシハ
 皇祖神の 遠御代三世は い布き折り 酒飲みきといふそ 此の厚朴

     守大伴宿祢家持

    還時濱上仰見月光哥一首

 之夫多尓乎 指而吾行 此濱尓 月夜安伎{底}牟 馬之末時停息(19/4206)
 シブタニヲ サシテワガユク コノハマニ ツクヨアキテム ウマシマシトメ
 渋谷を 指して吾が行く 此の浜に 月夜あきてむ 馬しまし停め

     守大伴宿祢家持


    廾二日、贈判官久米朝臣廣縄霍公鳥怨恨哥
    一首 并短哥

 此間尓之{底} 曽我比尓所見 和我勢故我 垣都能谿尓
 安""左礼婆 ""之狭枝尓 暮左礼婆 藤之繁美尓
 遥々尓 鳴霍公鳥 吾屋戸能 殖木橘
 花尓知流 時乎麻太之美 伎奈加奈久 曽許波不怨
 之可礼杼毛 谷可多頭伎{底} 家居有 君之聞都都
 追氣奈"久毛宇"之
(19/4207)

 ココニシテ ソガヒニミユル ワガセコガ カキツノタニニ
 アケサレバ ハリノサエダニ ユフサレバ フヂノシゲミニ
 ハロバロニ ナクホトトギス ワガヤドノ ウヱキタチバナ
 ハナニチル トキヲマダシミ キナカナク ソコハウラミズ
 シカレドモ タニカタヅキテ イヘヰセル キミガキキツツ
 ツゲナクモウシ

 此処にして そがひに見ゆる 我が背子が 垣つの谿に
 明けされば 榛のさ枝に 夕されば 藤の繁みに
 遥遥に 鳴く霍公鳥 吾が屋戸の 殖木橘
 花にちる 時をまだしみ 来鳴かなく そこは怨みず
 しかれども 谷かたづきて 家居せる 君が聞きつつ
 告げなくもうし

    反歌一首

 吾幾許 麻{底}騰来不鳴 霍公鳥 比等里聞都追 不告君可母(19/4208)
 ワガココダ マテドキナカヌ ホトトギス ヒトリキキツツ ツゲヌキミカモ
 吾が幾許 まてど来鳴かぬ 霍公鳥 独り聞きつつ 告げぬ君かも


    詠霍公鳥哥一首 并短哥

*多尓知可久 伊敝波乎礼騰母 許太加久{底} 佐刀波安礼騰母
 保登等藝須 伊麻太伎奈加受 奈久許恵乎 伎可麻久保理登
 安志多尓波 可度尓伊{底}多知 由布敝尓波 多尓乎美""多之
 古布礼騰毛 比等己恵太尓母 伊麻太伎己要受
(19/4209)

 タニチカク イヘハヲレドモ コダカクテ サトハアレドモ
 ホトトギス イマダキナカズ ナクコヱヲ キカマクホリト
 アシタニハ カドニイデタチ ユフヘニハ タニヲミワタシ
 コフレドモ ヒトコヱダニモ イマダキコエズ

 谷ちかく 家はをれども 木高くて 里はあれども
 霍公鳥 いまだ来鳴かず 鳴く声を 聞かまくほりと
 朝には 門に出で立ち 夕へには 谷を見わたし
 恋ふれども 一声だにも いまだ聞こえず

*敷治奈美乃 志氣里波須疑奴 安""比紀乃 夜麻保登等藝須 奈騰可伎奈賀奴(19/4210)
 フヂナミノ シゲリハスギヌ アシヒキノ ヤマホトトギス ナドカキナカヌ
 藤波の 繁りは過ぎぬ あしひきの 山霍公鳥 などか来鳴かぬ

     右、廾三日、掾久米朝臣廣縄和


    追同處女墓哥一首 并短哥

 古尓 有家流和射乃 久須婆之伎 事跡言継
 知奴乎登古 宇奈比壮子乃 宇都勢美能 名乎競争登
 玉剋 壽毛須底弖 相争尓 嬬問為家留
 {孅}嬬等之 聞者悲左 春花乃 尓太要盛而
 秋葉之 尓保比尓照有 惜 身之壮尚
 大夫之 語労美 父母尓 啓別而
 離家 海邊尓出立 朝暮尓 満来潮之
 八隔浪尓 靡珠藻乃 節間毛 惜命乎
 露霜之 過麻之尓家礼 奥墓乎 此間定而
 ""代之 聞継人毛 伊""遠尓 思努比尓勢餘等
 黄楊小櫛 之賀左志家良之 生而靡有
(19/4211)

 イニシヘニ アリケルワザノ クスバシキ コトトイヒツグ
 チヌヲトコ ウナヒヲトコノ ウツセミノ ナヲアラソフト
 タマキハル イノチモステテ アラソヒニ ツマドヒシケル
 ヲトメラガ キケバカナシサ ハルハナノ ニホエサカエテ
 アキノハノ ニホヒニテレル アタラシキ ミノサカリスラ
 マスラヲノ コトイタハシミ チチハハニ マヲシワカレテ
 イヘザカリ ウミヘニイデタチ アサユフニ ミチクルシホノ
 ヤヘナミニ ナビクタマモノ フシノマモ ヲシキイノチヲ
 ツユジモノ スギマシニケレ オクツキヲ ココトサダメテ
 ノチノヨノ キキツグヒトモ イヤトホニ シノヒニセヨト
 ツゲヲグシ シカサシケラシ オヒテナビケリ

 古に 有りけるわざの くすばしき 事と言ひ継ぐ
 茅渟壮士 菟原壮士の うつせみの 名を争ふと
 玉剋る 寿もすてて 争ひに 嬬問ひしける
 乙女等が 聞けば悲しさ 春花の にほえ盛えて
 秋の葉の にほひに照れる  あたらしき 身の壮りすら
 大夫の 語労み 父母に 啓し別れて
 家離り 海辺に出で立ち 朝夕に 満ち来る潮の
 八隔浪に 靡く珠藻の 節の間も 惜しき命を
 露霜の 過ぎましにけれ 奥墓を 此処と定めて
 後の代の 聞き継ぐ人も いや遠に しのひにせよと
 黄楊小櫛 しか刺しけらし 生ひて靡けり

    反哥

 乎等女等之 後乃表跡 黄楊小櫛 生更生而 靡家良思母(19/4212)
 ヲトメラガ ノチノシルシト ツゲヲグシ オヒカハリオヒテ ナビキケラシモ
 乙女らが 後のしるしと 黄楊小櫛 生ひ更り生ひて 靡きけらしも

     右、五月六日、依興大伴宿祢家持作之


 安由乎疾 奈""乃浦廻尓 与須流浪 伊夜千重之伎尓 戀度可母(19/4213)
 アユヲイタミ ナゴノウラミニ ヨスルナミ イヤチヘシキニ コヒワタルカモ
 あゆを疾み 奈呉の浦廻に よする浪 いや千重しきに 恋ひ度るかも

     右一首、贈京丹比家


    挽哥一首 并短哥

 天地之 初時従 宇都曽美能 八十伴男者
 大王尓 麻都呂布物跡 定有 官尓之在者
 ""皇之 命恐 夷放 國乎治等
 足日木 山河阻 風雲尓 言者雖""
 正不遇 日之累者 思戀 氣衝居尓
 玉桙之 道来人之 傳言尓 吾尓語良久
 波之伎餘之 君者比来 宇良佐備弖 嘆息伊麻須
 世間之 {厭}家口都良家苦 開花毛 時尓宇都呂布
 宇都勢美毛 無常阿里家利 足千根之 御母之命
 何如可毛 時之波将有乎 真鏡 見礼杼母不飽
 珠緒之 惜盛尓 立霧之 失去如久
 置露之 消去之如 玉藻成 靡許伊臥
 逝水之 留不得常 ""言哉 人之云都流
 逆言乎 人之告都流 梓弧 爪夜音之
 遠音尓毛 聞者悲弥 庭多豆水 流涕
 留可祢都母
(19/4214)

 アメツチノ ハジメノトキユ ウツソミノ ヤソトモノヲハ
 オホキミニ マツロフモノト サダマレル ツカサニシアレバ
 オホキミノ ミコトカシコミ ヒナサカル クニヲヲサムト
 アシヒキノ ヤマカハヘナリ カゼクモニ コトハカヨヘド
 タダニアハズ ヒノカサナレバ オモヒコヒ イキヅキヲルニ
 タマホコノ ミチクルヒトノ ツテゴトニ ワレニカタラク
 ハシキヨシ キミハコノコロ ウラサビテ ナゲカヒイマス
 ヨノナカノ ウケクツラケク サクハナモ トキニウツロフ
 ウツセミモ ツネナクアリケリ タラチネノ ミオヤノミコト
 ナニシカモ トキシハアラムヲ マソカガミ ミレドモアカズ
 タマノヲノ ヲシキサカリニ タツキリノ ウセヌルゴトク
 オクシモノ キエヌルガゴト タマモナス ナビキコイフシ
 ユクミヅノ トドミカネツト マガゴトヤ ヒトノイヒツル
 オヨヅレカ ヒトノツゲツル アヅサユミ ツマビクヨオトノ
 トホトニモ キケバカナシミ ニハタヅミ ナガルルナミタ
 トドメカネツモ

 天地の 初めの時ゆ うつそみの 八十伴の男は
 大王に まつろふ物と 定まれる 官にし在れば
 天皇の 命恐み  夷放る 国を治むと
 足日木の 山河阻り 風雲に 言は通へど
 正に遇はず 日の累なれば 思ひ恋ひ 息衝き居るに
 玉鉾の 道来る人の 伝言に 吾に語らく
 はしきよし 君は此頃 うらさびて 嘆かひいます
 世の中の うけくつらけく 咲く花も 時にうつろふ
 うつせみも 常無くありけり たらちねの 御母の命
 何しかも 時しは有らむを 真澄鏡 見れども飽かず
 珠の緒の 惜しき盛りに 立つ霧の 失せぬる如く
 置く露の 消えゆくが如 玉藻なす 靡きこい臥し
 逝く水の 留めかねつと 狂言や 人の云ひつる
 逆言か 人の告げつる 梓弓 爪弦く夜音の
 遠音にも 聞けば悲しみ にはたづみ 流るる涕
 留めかねつも

    反哥二首

 遠音毛 君之"痛念"跡 聞都礼婆 哭耳所泣 相念吾者(19/4215)
 トホトニモ キミガナゲクト キキツレバ ネノミシナカユ アヒオモフワレハ
 遠音にも 君がなげくと 聞きつれば 哭のみし泣かゆ 相思ふ吾は

 世間之 無常事者 知良牟乎 情盡莫 大夫尓之{底}(19/4216)
 ヨノナカノ ツネナキコトハ シルラムヲ ココロツクスナ マスラヲニシテ
 世の中の 常なき事は 知るらむを 心尽くすな 大夫にして

     右、大伴宿祢家持、""聟南右大臣家藤原二郎
     ""喪慈母患也。 五月廾七日


    霖雨{晴}日作哥一首

 宇能花乎 令腐霖雨之 始水"" 縁木積成 将因兒毛我母(19/4217)
 ウノハナヲ クタスナガメノ ミヅハナニ ヨルコヅミナス ヨラムコモガモ
 卯の花を 腐す霖雨の 始水に 縁る木積みなす よらむ児もがも

《校注》第三句「始水""」、底本は諸本に同じく「始水逝」。元暦校本はミヅマサリと訓む。『萬葉集代匠記』の書き入れに「逝」を「迩」の誤りとする説を採る。

    見漁夫火光歌一首

 鮪衝等 海人之燭有 伊射里火之 保尓可将出 吾之下念乎(19/4218)
 シビツクト アマノトモセル イザリビノ ホニカイデナム アガシタモヒヲ
 鮪衝くと 海人の燭せる いざり火の ほにか出でなむ 吾が下思ひを

     右二首、五月


 吾屋戸之 芽子開尓家理 秋風之 将吹乎待者 伊等遠弥可母(19/4219)
 ワガヤドノ ハギサキニケリ アキカゼノ フカムヲマタバ イトトホミカモ
 わが屋戸の 萩咲きにけり 秋風の 吹かむを待たば いと遠みかも

     右一首、六月十五日、見芽子早花作之


    従京師来贈哥一首 并短哥

*和多都民能 可味能美許等乃 美久之宜尓 多久波比於伎{底}
 伊都久等布 多麻尓末佐里{底} 於毛敝里之 安我故尓波安礼騰
 宇都世美乃 与能許等和利等 麻須良乎能 比伎能麻尓麻仁
 之奈謝可流 古之地乎左之{底} 波布都多能 和可礼尓之欲理
 於吉都奈美 等乎牟麻欲妣伎 於保夫祢能 由久良由久良耳
 於毛可宜尓 毛得奈民延都々 可久古非婆 意伊豆久安我未
 氣太志安倍牟可母
(19/4220)

 ワタツミノ カミノミコトノ ミクシゲニ タクハヒオキテ
 イツクトフ タマニマサリテ オモヘリシ アガコニハアレド
 ウツセミノ ヨノコトワリト マスラヲノ ヒキノマニマニ
 シナザカル コシヂヲサシテ ハフツタノ ワカレニシヨリ
 オキツナミ トヲムマヨビキ オホブネノ ユクラユクラニ
 オモカゲニ モトナミエツツ カクコヒバ オイヅクアガミ
 ケダシアヘムカモ

 わたつみの 神の命の み櫛笥に 蓄はひおきて
 斎くとふ 珠にまさりて 思へりし吾が子にはあれど
 うつせみの 世のことわりと 大夫の 引きのまにまに
 しなざかる 越路をさして 這ふ蔦の 別れにしより
 沖つ波 とをむ眉引き 大船の ゆくらゆくらに
 面影に もとな見えつつ かく恋ひば 老いづく吾が身
 けだし堪へむかも 

    反哥一首

*可久婆可里 古非之久志安良婆 末蘇可我美 弥奴比等吉奈久 安良麻之母能乎(19/4221)
 カクバカリ コヒシクシアラバ マソカガミ ミヌヒトキナク アラマシモノヲ
 かくばかり 恋ひしくしあらば 真澄鏡 見ぬ日時なく あらましものを

     右二首、大伴氏坂上郎女、賜女子大嬢也


    九月三日宴歌二首

*許能之具礼 伊多久奈布里曽 和藝毛故尓 美勢牟我多米尓 母美知等里{底}牟(19/4222)
 コノシグレ イタクナフリソ ワギモコニ ミセムガタメニ モミチトリテム
 この時雨 いたくな降りそ 吾妹児に 見せむがために 黄葉とりてむ

     右一首、掾久米朝臣廣縄作之

 安乎尓与之 奈良比等美牟登 和我世故我 之米家牟毛美知 都知尓""知米也毛(19/4223)
 アヲニヨシ ナラヒトミムト ワガセコガ シメケムモミチ ツチニオチメヤモ
 あをによし 奈良ひと見むと 我が背子が 標めけむ黄葉 土に落ちめやも

     右一首、守大伴宿祢家持作之

*朝霧之 多奈引田""尓 鳴鴈乎 留得哉 吾屋戸能波義(19/4224)
 アサギリノ タナビクタヰニ ナクカリヲ トドメエムカモ ワガヤドノハギ
 朝霧の たなびく田居に 鳴く雁を 留め得むかも 吾が屋戸の萩

     右一首哥者、幸於芳野宮之時、藤原""后御作。但年月未審""
    十月五日、河邊朝臣東人傳誦云尓

 足日木之 山黄葉尓 四頭久相而 将落山道乎 公之超麻久(19/4225)
 アシヒキノ ヤマノモミチニ シヅクアヒテ チラムヤマヂヲ キミガコエマク
 足ひきの 山の黄葉に 雫合ひて 散らむ山道を 公が超えまく

     右一首、同月十六日、餞之朝集使少目秦忌寸石竹
     時、守大伴宿祢家持作之


    雪日作哥一首

 此雪之 消遺時尓 去来帰奈 山橘之 實光毛将見(19/4226)
 コノユキノ ケノコルトキニ イザユカナ ヤマタチバナノ ミノテルモミム
 此雪の 消遺る時に いざ行かな 山橘の 実の光るも見む

     右一首、十二月、大伴宿祢家持作之



 天平勝宝三年 三十四歳 14首


    天平勝寶三年

 新 年之初者 弥年尓 雪踏平之 常如此尓毛我(19/4229)
 アラタシキ トシノハジメハ イヤトシニ ユキフミナラシ ツネカクニモガ
 新しき 年の初は いや年に 雪踏み平し 常かくにもが

     右一首哥者、正月二日守舘集宴。於時零""殊多、積有
     四尺焉。即主人大伴宿祢家持作此哥也


 落雪乎 腰尓奈都美弖 参来之 印毛有香 年之初尓(19/4230)
 フルユキヲ コシニナヅミテ マヰリコシ シルシモアルカ トシノハジメニ
 降る雪を 腰になづみて 参り来し しるしもあるか 年の初に

     右一首、三日、會集介内蔵忌寸縄麿之舘宴樂
     時、大伴宿祢家持作之

    于時積雪、彫成重巌之起、奇巧綵發草樹之花。属此""久米
    朝臣廣縄作歌一首

*奈泥之故波 秋咲物乎 君宅之 雪巌尓 左家理家流可母(19/4231)
 ナデシコハ アキサクモノヲ キミガイヘノ ユキノイハヲニ サケリケルカモ
 なでしこは 秋咲くものを 君が宅の 雪の巌に 咲けりけるかも

    遊行女婦蒲生娘子哥一首

*雪嶋 巌尓植有 奈泥之故波 千世尓開奴可 君之挿頭尓(19/4231)
 ユキノシマ イハヲニウヱタル ナデシコハ チヨニサカヌカ キミガカザシニ
 雪の島 巌に植ゑたる なでしこは 千世に咲かぬか 君が挿頭に

    于是諸人酒酣、更深鶏鳴。因此主人内蔵伊美吉縄麿
    作哥一首

*打羽振 鷄者鳴等母 如此許 零敷雪尓 君伊麻左米也母(19/4233)
 ウチハブキ トリハナクトモ カクバカリ フリシクユキニ キミイマサメヤモ
 打羽振き 鶏は鳴くとも かくばかり 降り敷く雪に 君いまさめやも

    守大伴宿祢家持和歌一首

 鳴鷄者 弥及鳴杼 落雪之 千重尓積許曽 吾等立可{底}祢(19/4234)
 ナクトリハ イヤシキナケド フルユキノ チヘニツメコソ ワレタチカテネ
 鳴く鶏は いやしき鳴けど 降る雪の 千重に積めこそ 吾等立かてね

    太上大臣藤原家之縣犬養命婦奉
    天皇歌一首

*天雲乎 冨呂尓布美安太之 鳴神毛 今日尓益而 可之古家米也(19/4235)
 アマクモヲ ホロニフミアダシ ナルカミモ ケフニマサリテ カシコケメヤモ
 天雲を ほろに踏みあだし 鳴神も 今日に益りて 畏けめやも

     右一首、傳誦掾久米朝臣廣縄也

    悲傷死妻哥一首 并短哥 作主未詳

*天地之 神者無可礼"" 愛 吾妻離流
 光神 鳴婆多{孅}嬬 携手 共将有等
 念之尓 情違奴 将言為便 将作為便不知尓
 木綿手次 ""尓取"" 倭"文幣"乎 手尓取持{底}
 勿令離等 和礼波雖祷 巻而寐之 妹之手本者
 雲尓多奈妣久
(19/4236)

 アメツチノ カミハナカレヤ ウツクシキ ワガツマサカル
 ヒカルカミ ナリハタヲトメ タヅサヘテ トモニアラムト
 オモヒシニ ココロタガヒヌ イハムスベ セムスベシラニ
 ユフタスキ カタニトリカケ シツヌサヲ テニトリモチテ
 ナサケソト ワレハイノレド マキテネシ イモガタモトハ
 クモニタナビク

 天地の 神は無かれや 愛しき 我が妻離る
 光る神 鳴機少女 携り 共にあらむと
 思ひしに 心違ひぬ 言はむすべ せむすべ知らに
 木綿襷 肩に取り掛け 倭文幣を 手に取り持ちて
 な離けそと 我は祈れど 枕きて寝し 妹が手本は
 雲にたなびく

    反哥一首

*寤尓等 念弖之可毛 夢耳尓 手本巻寐等 見者須便奈之(19/4237)
 ウツツニト オモヒテシカモ イメノミニ タモトマキヌト ミルハスベナシ
 現にと 思ひてしかも 夢のみに 手本巻き寝と 見るはすべなし

     右二首、傳誦遊行女婦蒲生是也


    二月二日、會集于守舘宴作哥一首

 君之徃 若久尓有婆 梅柳 誰与共"" 吾縵可牟(19/4238)
 キミガユキ モシヒサニアラバ ウメヤナギ タレトトモニカ ワガカヅラカム
 君が往き 若し久にあらば 梅柳 誰と共にか 吾が縵かむ

     右、判官久米朝臣廣縄、以正税帳應入京師。仍守大伴
     宿祢家持作此歌也。但、越中風土、梅花柳絮三月初咲耳


    詠霍公鳥歌一首

 二上之 峯於乃繁尓 許毛""尓之 彼霍公鳥 待騰来奈賀受(19/4239)
 フタガミノ ヲノヘノシゲニ コモリニシ ソノホトトギス マテドキナカズ
 二上の 峯の上の繁に こもりにし その霍公鳥 待どきなかず

     右、四月十六日、大伴宿祢家持作之


    以七月十七日遷任少納言。仍作悲別之歌、贈貽朝集使
    掾久米朝臣廣縄之館二首

    既満六載之期、忽値遷替之運。於是別舊之悽、心中欝
    結、拭{涙}之袖、何以能旱。因作悲歌二首、式遺莫忘之志。其詞曰

 荒玉乃 年緒長久 相見{底}之 彼心引 将忘也毛(19/4248)
 アラタマノ トシノヲナガク アヒミテシ ソノココロビキ ワスラエメヤモ
 荒玉の 年の緒長く 相見てし その心引き 忘らえめやも

 伊波世野尓 秋芽子之""藝 馬並 小鷹{猟}太尓 不為哉将別(19/4249)
 イハセノニ アキハギシノギ ウマナメテ コタカガリダニ セズヤワカレム
 石瀬野に 秋萩しのぎ 馬並めて 小鷹狩だに せずや別れむ

     右、八月四日贈之

《校注》第四句「小鷹{猟}」、諸本は「始鷹{猟}」、ハツトガリと訓むのが定説。但し元暦校本・細井本はコタカカリと訓を付し、また西本願寺本を始め諸本「始鷹」の左にコタカの訓を付す。

    便附大帳使、取八月五日應入京師。因此以四日設國
    厨之饌於介内蔵伊美吉縄麿舘餞之。于時大伴
    宿祢家持作歌一首

 之奈謝可流 越尓五箇年 住々而 立別""久 惜初夜"可毛"(19/4250)
 シナザカル コシニイツトセ スミスミテ タチワカレマク ヲシキヨヒカモ
 しなざかる 越に五年 住み住みて 立ち別れまく 惜しき初夜かも

    五日平旦上道。仍國司次官已下諸僚、皆共視送。於時射
    水郡大領安努君廣嶋門前之林中、""設"餞饌"之宴。
    于時大帳使大伴宿祢家持、和内蔵伊美吉縄麿捧盞
    之歌一首

 玉桙之 道尓出立 徃吾者 公之事跡乎 負而之将去(19/4251)
 タマホコノ ミチニイデタチ ユクワレハ キミガコトドヲ オヒテシユカム
 玉鉾の 道に出で立ち 往く吾は 君が事跡を 負てし去かむ


    正税帳使掾久米朝臣廣縄、事畢退任、適遇於越前
    國掾大伴宿祢池主之舘、仍共飲楽也。于時久米朝臣廣縄、
    ""芽子花作哥一首

*君之家尓 殖有芽子之 始花乎 折而挿頭奈 客別度""(19/4252)
 キミガイヘニ ウヱタルハギノ ハツハナヲ ヲリテカザサナ タビワカルドチ
 君が家に 殖ゑたる萩の 初花を 折りて挿頭さな 旅別るどち

    大伴宿祢家持""歌一首

 立而居而 待登待可祢 伊泥手来之 君尓於是相 挿頭都流波""(19/4253)
 タチテヰテ マテドマチカネ イデテコシ キミニココニアヒ カザシツルハギ
 立ちて居て 待てど待ちかね 出でて来し 君に此処に逢ひ 挿頭しつる萩


    向京路上、依興預作侍宴應詔歌一首 并短哥

 蜻嶋 山跡國乎 天雲尓 磐船浮
 等母尓倍尓 真可伊繁貫 伊許藝都追 國""之勢志{底}
 安母里麻之 掃平 千代累 弥嗣継尓
 所知来流 天之日継等 神奈我良 吾皇乃
 天下 治賜者 物乃布能 八十友之雄乎
 撫賜 等登能倍賜 食國之 四方之人乎母
 安夫左波受 {憫}賜者 従古昔 無利之瑞
 多婢末祢久 申多麻比奴 手拱而 事无御代等
 天地 日月等登聞仁 万世尓 記續牟曽
 八隅知之 吾大皇 秋花 之我色々尓
 見賜 明米多麻比 酒見附 榮流今日之
 安夜尓貴左
(19/4254)

 アキヅシマ ヤマトノクニヲ アマクモニ イハフネウカベ
 トモニヘニ マカイシジヌキ イコギツツ クニミシセシテ
 アモリマシ ハラヒコトムケ チヨカサネ イヤツギツギニ
 シラシケル アマノヒツギト カムナガラ ワゴオホキミノ
 アメノシタ ヲサメタマヘバ モノノフノ ヤソトモノヲヲ
 ナデタマヒ トトノヘタマヒ ヲスクニノ ヨモノヒトヲモ
 アブサハズ メグミタマヘバ イニシヘユ ナカリシシルシ
 タビマネク マヲシタマヒヌ タムダキテ コトナキミヨト
 アメツチ ヒツキトトモニ ヨロヅヨニ シルシツガムソ
 ヤスミシシ ワゴオホキミ アキノハナ シガイロイロニ
 メシタマヒ アキラメタマヒ サカミヅキ サカユルケフノ
 アヤニタフトサ

 蜻蛉島 山跡の国を 天雲に 磐船浮かべ
 ともにへに 真かい繁貫き いこぎつつ 国看しせして
 あもりまし 掃ひ言向け  千代累ね いや嗣継に
 知らし来る 天の日継と 神ながら 吾ご皇の
 天の下 治め賜へば 物のふの 八十友の雄を
 撫で賜ひ ととのへ賜ひ 食す国の 四方の人をも
 あぶさはず 愍み賜へば 古ゆ 無かりし瑞
 たびまねく 申したまひぬ 手拱きて 事無き御代と
 天地 日月とともに 万世に 記し続がむそ
 八隅しし 吾ご大皇 秋の花 しが色々に
 見し賜ひ 明らめたまひ 酒みづき 栄ゆる今日の
 あやに貴さ

《校注》第六行「食國之」、元暦校本は「食國毛」。現在では一般に後者が採用されている。第七行{憫}、底本は立心偏に{底}(麻垂れなし)。{底}は民の誤であろう。
    反哥一首

 秋時花 種尓有等 色別尓 見之明良牟流 今日之貴左(19/4255)
 アキノハナ クサグサニアレド イロゴトニ メシアキラムル ケフノタフトサ
 秋の花 種々に有れど 色別に 見し明らむる 今日の貴さ


    為壽左大臣橘卿預作哥一首

 古昔尓 君之三代経 仕家利 吾大主波 七世申祢(19/4256)
 イニシヘニ キミガミヨヘテ ツカヘケリ ワガオホヌシハ ナナヨマヲサネ
 古に 君が三代経て 仕へけり 吾が大主は 七世申さね


    十月廾二日、於""大弁紀飯麿朝臣家宴歌三首

*手束弓 手尓取持而 朝{猟}尓 君者立之"" ""奈久良能野尓(19/4257)
 タツカユミ テニトリモチテ アサカリニ キミハタタシヌ タナクラノノニ
 手束弓 手に取り持ちて 朝猟に 君は立たしぬ たなくらの野に

     右一首、治部卿船王傳誦之久迩京都時""。
     未詳作主也

*明日香河 々戸乎清美 後居而 戀者京 弥遠曽伎奴(19/4258)
 アスカガハ カハトヲキヨミ オクレヰテ コフレバミヤコ イヤトホソキヌ
 明日香河 河戸を清み 後れ居て 恋ふれば京 いや遠そきぬ

     右一首、左中弁中臣朝臣清麿傳誦古京時哥也

 十月 之具礼能常可 吾世古河 屋戸乃黄葉 可落所見(19/4259)
 カムナヅキ シグレノツネカ ワガセコガ ヤドノモミチバ チリヌベクミユ
 神無月 時雨の常か 吾が背子が 屋戸の黄葉 散りぬべく見ゆ

     右一首、少納言大伴宿祢家持、當時囑梨黄葉作此哥也。



四 越中守離任以後(天平勝宝四年以後)


 天平勝宝四年 三十五歳 5首


    壬申年之乱平定以後歌二首

*皇者 神尓之座者 赤駒之 腹婆布田為乎 京師跡奈之都(19/4260)
 オホキミハ カミニシマセバ アカゴマノ ハラバフタヰヲ ミヤコトナシツ
 大君は 神にし座せば 赤駒の 腹ばふ田居を 京師となしつ

     右一首、大将軍贈右大臣大伴卿作

*大王者 神尓之座者 水鳥乃 須太久水奴麻乎 皇都常成通 作者未詳(19/4261)
 オホキミハ カミニシマセバ ミヅドリノ スダクミヌマヲ ミヤコトナシツ
 大王は 神にし座せば 水鳥の すだく水沼を 皇都と成しつ 作者詳らかならず

     右件二首、天平勝寶四年二月二日聞之、即載於茲也


    為應詔儲作哥一首 并短哥

 安之比奇能 八峯能宇倍能 都我能木能 伊也継々尓
 松根能 絶事奈久 青丹余志 奈良能京師尓
 万代尓 國所知"" 安美知之 吾大皇乃
 神奈我良 於母保之賣志弖 豊宴 見為今日者
 毛能乃布能 八十伴雄能 嶋山尓 安可流橘
 宇受尓指 紐解放而 千年保伎 保吉等餘毛之
 恵良恵良尓 仕奉乎 見之貴者
(19/4266)

 アシヒキノ ヤツヲノウヘノ ツガノキノ イヤツギツギニ
 マツガネノ タユルコトナク アヲニヨシ ナラノミヤコニ
 ヨロヅヨニ クニシラサムト ヤスミシシ ワゴオホキミノ
 カムナガラ オモホシメシテ トヨノアカリ メスケフノヒハ
 モノノフノ ヤソトモノヲノ シマヤマニ アカルタチバナ
 ウズニサシ ヒモトキサケテ チトセホキ ホキトヨモシ
 ヱラヱラニ ツカヘマツルヲ ミルガタフトサ

 あしひきの 八峯のうへの つがの木の いや継々に
 松が根の 絶ゆる事なく 青丹よし 奈良の京師に
 万代に 国知らさむと やすみしし 吾ご大皇の
 神ながら おもほしめして 豊の宴 見す今日の日は
 もののふの 八十伴の雄の 島山に あかる橘
 髻華にさし 紐解き放けて 千年ほき ほきとよもし
 ゑらゑらに 仕へ奉るを 見るが貴さ

    反哥一首

 須賣呂伎能 御代万代尓 如是許曽 見為安伎良目米 立年之葉尓(19/4267)
 スメロキノ ミヨヨロヅヨニ カクシコソ メシアキラメメ タツトシノハニ
 すめろきの 御代万代に かくしこそ 見し明めめ 立つ年のはに

     右二首、大伴宿祢家持作之


    天皇大后、共幸於大納言藤原家之日、黄葉澤蘭一株
    拔取令持内侍佐々貴山君、遣賜大納言藤原卿并
    陪従大夫等御哥一首 命婦誦曰

*此里者 継而霜哉置 夏野尓 吾見之草波 毛美知多里家利(19/4268)
 コノサトハ ツギテシモヤオク ナツノノニ ワガミシクサハ モミチタリケリ
 この里は 継ぎて霜や置く 夏の野に 我が見し草は もみちたりけり


    十一月八日、在於左大臣橘朝臣家肆宴歌四首

*余曽能未尓 見者有之乎 今日見者 年尓不忘 所念可母(19/4269)
 ヨソノミニ ミテハアリシヲ ケフミテハ トシニワスレズ オモホユルカモ
 よそのみに 見ては有りしを 今日見ては 年に忘れず 思ほゆるかも

     右一首、太上天皇御哥

*牟具良波布 伊也之伎屋戸母 大皇之 座牟等知者 玉之可麻思乎(19/4270)
 ムグラハフ イヤシキヤドモ オホキミノ マサムトシラバ タマシカマシヲ
 葎生ふ いやしき屋戸も 大君の 座さむと知らば 玉しかましを

     右一首、左大臣橘卿

*松影乃 清濱邊尓 玉敷者 君伎麻佐牟可 清濱邊尓(19/4271)
 マツカゲノ キヨキハマヘニ タマシカバ キミキマサムカ キヨキハマヘニ
 松影の 清き浜辺に 玉敷かば 君来まさむか 清き浜辺に

     右一首、右大弁藤原八束朝臣

 天地尓 足之照而 吾大皇 之伎座波可母 樂伎小里(19/4272)
 アメツチニ タラハシテリテ ワゴオホキミ シキマセバカモ タノシキヲサト
 天地に 足らはし照りて 吾ご大皇 しき座せばかも 楽しき小里
      右一首、少納言大伴宿祢家持、未奏


    廾五日、新甞會肆宴應詔哥六首

*天地与 相左可延牟等 大宮乎 都可倍麻都礼波 貴久宇礼之伎(19/4273)
 アメツチト アヒサカエムト オホミヤヲ ツカヘマルレバ タフトクウレシキ
 天地と 相さかえむと 大宮を 仕へまつれば 貴くうれしき

     右一首、大納言巨勢朝臣

*天尓波母 五百都綱波布 万代尓 國所知牟等 五百都々奈波布 似古歌而未詳(19/4274)
 アメニハモ イホツツナハフ ヨロヅヨニ クニシラサムト イホツツナハフ
 天にはも 五百つ綱はふ 万代に 国知らさむと 五百つ綱はふ 古歌に似て未だ詳らかならず

     右一首、式部卿石川年足朝臣

*天地与 久万弖尓 万代尓 都可倍麻都良牟 黒酒白酒乎(19/4275)
 アメツチト ヒサシキマデニ ヨロヅヨニ ツカヘマツラム クロキシロキヲ
 天地と 久しきまでに 万代に 仕へまつらむ 黒酒白酒を

     右一首、従三位文室智努真人

*嶋山尓 照在橘 宇受尓左之 仕奉者 卿大夫等(19/4276)
 シマヤマニ テレルタチバナ ウズニサシ ツカヘマツルハ マヘツキミタチ
 島山に 照れる橘 うずにさし 仕へ奉るは 卿大夫等

     右一首、右大弁藤原八束朝臣

*袖垂而 伊射吾苑尓 鴬乃 木傳令落 梅花見尓(19/4277)
 ソデタレテ イザワガソノニ ウグヒスノ コヅタヒチラス ウメノハナミニ
 袖垂れて いざ吾が苑に 鴬の 木伝ひ落らす 梅の花見に

     右一首、大和國守藤原永手朝臣

 足日木乃 夜麻之多日影 可豆良家流 宇倍尓也左良尓 梅乎之努波牟(19/4278)
 アシヒキノ ヤマシタヒカゲ カヅラケル ウヘニヤサラニ ウメヲシノハム
 足日木の 山下日影 かづらける 上にやさらに 梅をしのはむ

     右一首、少納言大伴宿祢家持


    廾七日、林王宅餞之但馬案察使橘奈良麿朝臣宴歌三首

*能登河乃 後者相牟 之麻之久母 別等伊倍婆 可奈之久母在香(19/4279)
 ノトガハノ ノチニハアハム シマシクモ ワカルトイヘバ カナシクモアルカ
 能登河の 後には逢はむ しましくも 別るといへば 悲しくもあるか

     右一首、治部卿船王

*立別 君我伊麻左波 之奇嶋能 人者和礼自久 伊波比弖麻多牟(19/4280)
 タチワカレ キミガイマサバ シキシマノ ヒトハワレジク イハヒテマタム
 立別れ 君がいまさば 磯城島の 人は吾じく いはひてまたむ

     右一首、右京少進大伴宿祢黒麿

 白雪能 布里之久山乎 越由加牟 君乎曽母等奈 伊吉能乎尓念(19/4281)
 シラユキノ フリシクヤマヲ コエユカム キミヲソモトナ イキノヲニオモフ
 白雪の 降りしく山を 越えゆかむ 君をそもとな 息の緒に思ふ

     ""大臣換尾云、伊伎能乎尓須流。""猶喩曰、如前誦之也
     右一首、少納言大伴宿祢家持



 天平勝宝五年 三十六歳 9首


    十一日、大雪落、積尺有二寸。因述拙懐三首

 大宮能 内尓毛外尓母 米都良之久 布礼留大雪 莫踏祢乎之(19/4285)
 オホミヤノ ウチニモトニモ メヅラシク フレルオホユキ ナフミソネヲシ
 大宮の 内にも外にも めづらしく 降れる大雪 な踏みそねをし

 御苑布能 竹林尓 鴬波 之伎奈吉尓之乎 雪波布利都々(19/4286)
 ミソノフノ タケノハヤシニ ウグヒスハ シキナキニシヲ ユキハフリツツ
 御苑生の 竹の林に 鴬は しき鳴きにしを 雪はふりつつ

《校注》第四句「之伎奈吉」は、諸本「之波奈吉」でシバナキと訓む。但し元暦校本は底本に同じ。
 鴬能 鳴之可伎都尓 尓保敝理之 梅此雪尓 宇都呂布良牟可(19/4287)
 ウグヒスノ ナキシカキツニ ニホヘリシ ウメコノユキニ ウツロフラムカ
 鴬の 鳴きし垣内に にほへりし 梅この雪に うつろふらむか


    十二日、侍於内裏、聞千鳥喧作歌一首

 河渚尓母 雪波布礼々之 宮裏 智杼利鳴""之 為牟等己呂奈美(19/4288)
 カハスニモ ユキハフレレシ ミヤノウチニ チドリナクラシ ヰムトコロナミ
 河渚にも 雪は降れゝし 宮の裏に 千鳥鳴くらし ゐむところなみ


    ""月十九日、於左大臣橘家宴、見攀折柳條歌一首

 青柳乃 保都枝与治等理 可豆良久波 君之屋戸尓之 千年保久等曽(19/4289)
 アヲヤギノ ホツエヨヂトリ カヅラクハ キミガヤドニシ チトセホクトソ
 青柳の ほつ枝よぢとり かづらくは 君が屋戸にし 千年ほくとそ


    廾三日、""興作歌二首

 春野尓 霞多奈{毘}伎 宇良悲 許能暮影尓 {鴬}奈久母(19/4290)
 ハルノノニ カスミタナビキ ウラガナシ コノユフカゲニ ウグヒスナクモ
 春の野に 霞たなびき うら悲し この夕影に 鴬鳴くも

 和我屋度能 伊佐左村竹 布久風能 於等乃加蘇""伎 許能由布敝可母(19/4291)
 ワガヤドノ イササムラタケ フクカゼノ オトノカソケキ コノユフヘカモ
 わが屋戸の いささ群竹 吹く風の 音のかそけき この夕へかも

    廾五日、作歌一首

 宇良々々尓 照流春日尓 比婆理安我里 情悲毛 比登里志於母倍波(19/4292)
 ウラウラニ テレルハルビニ ヒバリアガリ ココロカナシモ ヒトリシオモヘバ
 うらうらに 照れる春日に ひばりあがり 心悲しも 独りし思へば
     春日遅々、"{倉}{庚}"正啼。悽惆之意、非歌難撥耳。仍
     作此歌、""展締緒。但此巻中、不稱作者名字、徒録
     年月所處縁起者、皆大伴宿祢家持裁作歌詞也。

《校注》左注、底本は{倉}{庚}が逆。また""は「或」。いずれも誤写と見て改変。

    幸行山村之時歌二首

    先太上天皇、詔陪従王臣曰、夫諸王卿等、
    宣賦和歌而即御口号曰
*安之比奇能 山行之可婆 山人乃 和礼尓依志米之 夜麻都刀曽許礼(20/4293)
 アシヒキノ ヤマユキシカバ ヤマビトノ ワレニエシメシ ヤマツトソコレ
 あしひきの 山行きしかば 山人の 我に得しめし 山つとそこれ

    舎人親王、應詔奉和歌一首

*阿之比奇能 山尓由伎家牟 夜麻妣等能 情母之良受 山人夜多礼(20/4294)
 アシヒキノ ヤマニユキケム ヤマビトノ ココロモシラズ ヤマビトヤタレ
 あしひきの 山にゆきけむ 山人の 心も知らず 山人や誰

     右、天平勝寶五年五月、在於大納言藤原
     朝臣之家時、依奏事而請問之間、少主鈴山
     田史""麿語少納言大伴"宿祢"家持曰、昔聞
     此言。即誦此歌也。

《校注》左注「大伴"宿祢"家持」、底本は「宿祢」無し。

    八月十二日、二三大夫等各提壷酒、登高圓野、聊
    述所心作歌三首

*多可麻刀能 乎婆奈布伎故須 秋風尓 比毛等伎安氣奈 多太奈良受等母(20/4295)
 タカマトノ ヲバナフキコス アキカゼニ ヒモトキアケナ タダナラズトモ
 高円の 尾花ふきこす 秋風に 紐ときあけな 直ならずとも

     右一首、左京少進大伴宿祢池主

*安麻久母尓 可里曽奈久奈流 多加麻刀能 波疑乃之多婆波 毛美知安倍牟可聞(20/4296)
 アマクモニ カリソナクナル タカマトノ ハギノシタバハ モミチアヘムカモ
 天雲に 雁そ鳴くなる 高円の 萩の下葉は もみちあへむかも

     右一首、左中弁中臣清麿朝臣

 乎美奈弊之 安伎波疑之努藝 左乎之可能 都由和氣奈加牟 多加麻刀能野曽(20/4297)
 ヲミナヘシ アキハギシノギ サヲシカノ ツユワケナカム タカマトノノソ
 をみなへし 秋萩しのぎ さ牡鹿の 露分け鳴かむ 高円の野そ

     右一首、少納言大伴宿祢家持



 天平勝宝六年 三十七歳 18首


    六年正月四日、氏族人等、賀集于少納言大伴
    宿祢家持之宅宴飲歌三首

*霜上尓 安良禮多婆之里 伊夜麻之尓 安礼婆麻為許牟 ""緒奈我久 古今不詳(20/4298)
 シモノウヘニ アラレタバシリ イヤマシニ アレハマヰコム トシノヲナガク
 霜の上に 霰たばしり いや増しに 吾は参来む 年の緒ながく 古今詳らかならず

     右一首、左兵"衛督"大伴宿祢千室

《校注》第五句""、底本に無し。但し右傍に別筆「登之乃」あり。
*年月波 安良多々々々尓 安比美礼騰 安我毛布伎美波 安""太良奴可母 古今未詳(20/4299)
 トシツキハ アラタアラタニ アヒミレド アガオモフキミハ アキダラヌカモ
 年月は あらたあらたに 相見れど あが思ふ君は 飽きだらぬかも 古今詳らかならず

     右一首、民部少丞大伴宿祢村上

*可須美多都 春初乎 家布能其等 見牟登於毛倍波 多努之等曽毛布(20/4300)
 カスミタツ ハルノハジメヲ ケフノゴト ミムトオモヘバ タノシトソオモフ
 霞立つ 春の初めを 今日のごと 見むと思へば 楽しとそ思ふ

     右一首、左京""進大伴宿祢池主


    三月十九日、家持之庄門槻樹下宴飲歌二首

*夜麻夫伎波 奈{泥}都々於保佐牟 安里都々母 伎美伎麻之都々 可射之多里家利(20/4302)
 ヤマブキハ ナデツツオホサム アリツツモ キミキマシツツ カザシタリケリ
 山吹は 撫でつつ生ほさむ ありつつも 君来ましつつ 挿頭したりけり

     右一首、置始連長谷

 和我勢故我 夜度乃也麻夫伎 佐吉弖安良婆 也麻""可欲波牟 伊夜登之能波尓(20/4303)
 ワガセコガ ヤドノヤマブキ サキテアラバ ヤマズカヨハム イヤトシノハニ
 わが背子が 屋戸の山吹 咲きてあらば やまず通はむ いや毎年に

     右一首、長谷攀花、提壷到来、因是大伴宿祢
     家持作此歌和之。


    同月廾五日、左大臣橘卿宴于山田御母之宅
    歌一首

 夜麻夫伎乃 花能左香利尓 可久乃其等 伎美乎見麻""波 知登世尓母我母(20/4304)
 ヤマブキノ ハナノサカリニ カクノゴト キミヲミマクハ チトセニモガモ
 山吹の 花のさかりに かくのごと 君を見まくは 千年にもがも

     右一首、少納言大伴宿祢家持、囑時花""。但未出
     之間大臣罷宴、不擧誦耳


    詠霍公鳥歌一首

 許乃久礼能 之氣伎乎乃倍乎 保等登藝須 奈伎弖故由奈理 伊麻之久良之母(20/4305)
 コノクレノ シゲキヲノヘヲ ホトトギス ナキテコユナリ イマシクラシモ
 木の暗の しげき峯の上を ほととぎす 鳴きて越ゆなり 今し来らしも

     右一首、四月大伴宿祢家持作


    七夕歌八首

 波都秋風 須受之伎由布弊 等香武等曽 比毛婆牟須妣之 伊母尓安波牟多米(20/4306)
 ハツアキカゼ スズシキユフヘ トカムトソ ヒモハムスビシ イモニアハムタメ
 はつ秋風 すずしき夕へ 解かむとそ 紐は結びし 妹に逢はむため

 秋等伊閇婆 許己呂曽伊多伎 宇多弖家尓 花仁奈蘇倍弖 見麻久保里香聞(20/4307)
 アキトイヘバ ココロソイタキ ウタテケニ ハナニナソヘテ ミマクホリカモ
 秋といへば 心そ痛き うたてけに 花になそへて 見まくほりかも

 波都乎婆奈 八名尓見牟登之 安麻乃可波 弊奈里尓家良之 年緒奈我久(20/4308)
 ハアツヲバナ ハナニミムトシ アマノガハ ヘナリニケラシ トシノヲナガク
 はつ尾花 花に見むとし 天の川 へなりにけらし 年の緒ながく

 秋風尓 奈妣久可波備能 尓故具左能 尓古餘可尓之母 於毛保由流香母(20/4309)
 アキカゼニ ナビクカハビノ ニコグサノ ニコヨカニシモ オモホユルカモ
 秋風に なびく川廻の 和草の にこよかにしも 思ほゆるかも

 安吉佐礼婆 奇里多知和多流 安麻能河波 伊之奈弥於可婆 都藝弖見牟可母(20/4310)
 アキサレバ キリタチワタル アマノガハ イシナミオカバ ツギテミムカモ
 秋されば 霧たちわたる 天の川 石並み置かば つぎて見むかも

 秋風尓 伊麻可伊麻可等 比母等伎弖 宇良麻知乎流尓 月可多夫伎奴(20/4311)
 アキカゼニ イマカイマカト ヒモトキテ ウラマチヲルニ ツキカタブキヌ
 秋風に 今か今かと 紐解きて うら待ちをるに 月かたぶきぬ

 秋草尓 於久之良都由能 安可受能未 安比見流毛乃乎 月乎之麻多牟(20/4312)
 アキクサニ オクシラツユノ アカズノミ アヒミルモノヲ ツキヲシマタム
 秋草に 置く白露の 飽かずのみ あひ見るものを 月をし待たむ

 安乎奈美尓 蘇弖佐閇奴礼弖 許具布祢乃 可之布流保刀尓 左欲布氣奈武可(20/4313)
 アヲナミニ ソデサヘヌレテ コグフネノ カシフルホドニ サヨフケナムカ
 青波に 袖さへぬれて 漕ぐ船の かし振る程に さ夜ふけなむか

     右、大伴宿祢家持、獨仰天漢作之


 八千種尓 久佐奇乎宇恵弖 等伎其等尓 佐加牟波奈乎之 見都追思努波奈(20/4314)
 ヤチグサニ クサキヲウヱテ トキゴトニ サカムハナヲシ ミツツシノハナ
 八千種に 草木を植ゑて 時毎に 咲かむ花をし 見つつしのはな

     右一首、同月廾八日、大伴宿祢家持作之


 宮人乃 蘇泥都氣其呂母 安伎波疑尓 仁保比与呂之伎 多加麻刀能美夜(20/4315)
 ミヤビトノ ソデツケゴロモ アキハギニ ニホヒヨロシキ タカマトノミヤ
 宮人の 袖つけ衣 秋萩に にほひ宜しき 高円の宮

 多可麻刀能 宮乃須蘇未乃 努都可佐尓 伊麻左家流良武 乎美奈弊之波母(20/4316)
 タカマトノ ミヤノスソミノ ノヅカサニ イマサケルラム ヲミナヘシハモ
 高円の 宮の裾廻の 野づかさに 今咲けるらむ 女郎花はも

 秋野尓波 伊麻己曽由可米 母能乃布能 乎等古乎美奈能 波奈尓保比見尓(20/4317)
 アキノニハ イマコソユカメ モノノフノ ヲトコヲミナノ ハナニホヒミニ
 秋野には 今こそゆかめ 物部の をとこをみなの 花にほひ見に

 安伎能野尓 都由於弊流波疑乎 多乎良受弖 安多良佐可里乎 須具之弖牟登香(20/4318)
 アキノノニ ツユオヘルハギヲ タヲラズテ アタラサカリヲ スグシテムトカ
 秋の野に 露おへる萩を 手折らずて あたら盛りを 過ぐしてむとか

 多可麻刀能 秋野乃宇倍能 安佐疑里尓 都麻欲夫乎之可 伊泥多都良武可(20/4319)
 タカマトノ アキノノウヘノ アサギリニ ツマヨブヲシカ イデタツラムカ
 高円の 秋野のうへの 朝霧に 妻呼ぶ牡鹿 出で立つらむか

 麻須良男乃 欲妣多弖思加婆 左乎之加能 牟奈和氣由加牟 安伎野波疑波良(20/4320)
 マスラヲノ ヨビタテシカバ サヲシカノ ムナワケユカム アキノハギハラ
 ますら男の 呼びたてしかば さ牡鹿の 胸分けゆかむ 秋の萩原

     右歌六首、兵部少輔大伴宿祢家持獨憶秋
     野、聊述拙懐作之



 天平勝宝七歳 三十八歳 27首


    追痛防人悲別之心作歌一首 并短哥

 天皇乃 等保能朝庭等 之良奴日 筑紫國波
 安多麻毛流 於佐倍乃城曽等 聞食 四方國尓波
 比等佐波尓 美知弖波安礼杼 登利我奈久 安豆麻乎能故波
 伊田牟可比 加敝里見世受弖 伊佐美多流 多家吉軍卒等
 祢疑多麻比 麻氣乃麻尓麻尓 多良知祢乃 波々我目可礼弖
 若草能 都麻乎母麻可受 安良多麻能 月日餘美都々
 安之我知流 難波能美津尓 大船尓 末加伊之自奴伎
 安佐奈藝尓 可故等登能倍 由布思保尓 可知比伎乎里
 安騰母比弖 許藝由久伎美波 奈美乃間乎 伊由伎佐具久美
 麻佐吉久母 波夜久伊多里弖 大王乃 美許等能麻尓末
 麻須良男乃 許己呂乎母知弖 安里米具理 事之乎波良婆
 都々麻波受 可敝理伎麻勢登 伊波比倍乎 等許敝尓須恵弖
 之路多倍能 蘇田遠利加敝之 奴婆多麻乃 久路加美之伎弖
 奈我伎氣遠 麻知可母戀牟 波之伎都麻良波
(20/4331)

 オホキミノ トホノミカドト シラヌヒ ツクシノクニハ
 アタマモル オサヘノキソト キコシヲス ヨモノクニニハ
 ヒトサハニ ミチテハアレド トリガナク アヅマヲノコハ
 イデムカヒ カヘリミセズテ イサミタル タケキイクサト
 ネギタマヒ マケノマニマニ タラチネノ ハハガメカレテ
 ワカクサノ ツマヲモマカズ アラタマノ ツキヒヨミツツ
 アシガチル ナニハノミツニ オホブネニ マカイシジヌキ
 アサナギニ カコトトノヘ ユフシホニ カヂヒキヲリ
 アドモヒテ コギユクキミハ ナミノマヲ イユキサググミ
 マサキクモ ハヤクイタリテ オホキミノ ミコトノマニマ
 マスラヲノ ココロヲモチテ アリメグリ コトシヲハラバ
 ツツマハズ カヘリキマセト イハヒベヲ トコヘニスヱテ
 シロタヘノ ソデヲリカヘシ ヌバタマノ クロカミシキテ
 ナガキケヲ マチカモコヒム ハシキツマラハ

 天皇の とほの朝廷と しらぬひ 筑紫の国は
 賊まもる 鎮への城そと 聞こし食す 四方の国には
 人さはに 満ちてはあれど 鶏が鳴く 東男の子は
 出で向かひ かへり見せずて 勇みたる 猛き軍卒と
 労ぎたまひ 任けのまにまに たらちねの 母が目かれて
 若草の 妻をも枕かず あらたまの 月日数みつつ
 蘆が散る 難波のみ津に 大船に 真櫂しじぬき
 朝凪ぎに 水手ととのへ 夕潮に 楫引き撓り
 率もひて 漕ぎゆく君は 波の間を い行きさぐくみ
 真幸くも はやく到りて 大王の みことのまにま
 ますら男の こころをもちて ありめぐり 事し終はらば
 つつまはず 帰り来ませと 斎瓮を 床へにすゑて
 白妙の 袖折りかへし ぬばたまの 黒髪しきて
 長き日を 待ちかも恋ひむ 愛しき妻らは

 麻須良男能 由伎等里於比弖 伊田弖伊氣婆 和可礼乎乎之美 奈氣伎家牟都麻(20/4332)
 マスラヲノ ユキトリオヒテ イデテユケバ ワカレヲヲシミ ナゲキケムツマ
 ますら男の 靫取り負ひて 出でて行けば 別れを惜しみ 嘆きけむ妻

 等里我奈久 安豆麻乎等故能 都麻和可礼 可奈之久安里家牟 等之能乎奈我美(20/4333)
 トリガナク アヅマヲノコノ ツマワカレ カナシクアリケム トシノヲナガミ
 鶏が鳴く 東男の子の 妻別れ 悲しくありけむ 年の緒長み

     右、二月八日、兵部使少輔大伴宿祢家持

 海原乎 等保久和多里弖 等之布等母 兒良我牟須敝流 比毛等久奈由米(20/4334)
 ウナハラヲ トホクワタリテ トシフトモ コラガムスベル ヒモトクナユメ
 海原を 遠くわたりて 年経とも 児らが結べる 紐解くなゆめ

 今替 尓比佐伎母利我 布奈弖須流 宇奈"波良"乃宇倍尓 奈美那佐伎曽祢(20/4335)
 イマカハル ニヒサキモリガ フナデスル ウナハラノウヘニ ナミナサキソネ
 今替はる 新防人が 船出する 海原のうへに 波な咲きそね

 佐吉母利能 保理江己藝豆流 伊豆手夫祢 可治登流間奈久 戀波思氣家牟(20/4336)
 サキモリノ ホリエコギヅル イヅテブネ カヂトルマナク コヒハシゲケム
 防人の 堀江漕ぎ出る 伊豆手船 楫とる間なく 恋は繁けむ

     右、九日、大伴宿祢家持作之


    陳私拙懐一首 并短歌

 天皇乃 等保伎美与尓毛 於之弖流 難波乃久尓々
 阿米能之多 之良志賣之伎等 伊麻能乎尓 多要受伊比都々
 可氣麻久毛 安夜尓可之古志 可武奈我良 和其大王乃
 宇知奈妣久 春初波 夜知久佐尓 波奈佐伎尓保比
 夜麻美礼婆 見能等母之久 可波美礼婆 見乃佐夜氣久
 母能其等尓 佐可由流等伎登 賣之多麻比 安伎良米多麻比
 之伎麻世流 難波宮者 伎己之""須 四方乃久尓欲里
 多弖麻都流 美都奇能船者 保理江欲里 美乎妣伎之都々
 安佐奈藝尓 可治比伎能保理 由布之保尓 佐乎佐之久太理
 安治牟良能 佐和伎々保比弖 波麻尓伊""弖 海原見礼婆
 之良奈美乃 夜敝乎流我宇倍尓 安麻乎夫祢 波良々尓宇伎弖
 於保美氣尓 都加倍麻都流等 乎知許知尓 伊射里都利家理
 曽伎太久毛 於藝呂奈伎可毛 己伎婆久母 由多氣伎可母
 許己見礼婆 宇倍之神代由 波自米家良思母
(20/4360)

 スメロキノ トホキミヨニモ オシテル ナニハノクニニ
 アメノシタ シラシメシキト イマノヲニ タエズイヒツツ
 カケマクモ アヤニカシコシ カムナガラ ワゴオホキミノ
 ウチナビク ハルノハジメハ ヤチクサニ ハナサキニホヒ
 ヤマミレバ ミノトモシク カハミレバ ミノサヤケク
 モノゴトニ サカユルトキト メシタマヒ アキラメタマヒ
 シキマセル ナニハノミヤハ キコシヲス ヨモノクニヨリ
 タテマツル ミツキノフネハ ホリエヨリ ミヲビキシツツ
 アサナギニ カヂヒキノボリ ユフシホニ サヲサシクダリ
 アヂムラノ サワキキホヒテ ハマニイデテ ウナハラミレバ
 シラナミノ ヤヘヲルガウヘニ アマヲブネ ハララニウキテ
 オホミケニ ツカヘマツルト ヲチコチニ アサリツリケリ
 ソキダクモ オギロナキカモ コキバクモ ユタケキカモ
 ココミレバ ウベシカミヨユ ハジメケラシモ

 天皇の とほき御代にも おしてる 難波の国に
 天の下 しらしめしきと いまのをに 絶えず言ひつつ
 かけまくも あやにかしこし 神ながら 吾ご大王の
 うちなびく 春の初めは 八千草に 花咲きにほひ
 山見れば 見のともしく 川見れば 見のさやけく
 物ごとに 栄ゆるときと 召したまひ 明らめたまひ
 しきませる 難波の宮は 聞こしをす 四方の国より
 たてまつる 調の船は 堀江より 水脈びきしつつ
 朝凪ぎに 楫ひきのぼり 夕潮に 棹さしくだり
 あぢ群の 騒き競ほひて 浜に出でて 海原見れば
 白波の 八重折るがうへに 海人小舟 はららに浮きて
 大御食に 仕へまつると をちこちに 漁り釣りけり
 そきだくも おぎろなきかも こきばくも ゆたけきかも
 ここ見れば うべし神代ゆ 始めけらしも

《校注》第七行""、底本は「米」。元暦校本などにより改変。
 櫻花 伊麻佐可里奈里 難波乃海 於之弖流宮尓 伎許之賣須奈倍(20/4361)
 サクラバナ イマサカリナリ ナニハノウミ オシテルミヤニ キコシメスナヘ
 桜花 今盛りなり 難波の海 おしてる宮に 聞こしめすなへ

 海原乃 由多氣伎見都々 安之我知流 奈尓波尓等之波 倍""倍久於毛保由(20/4362)
 ウナハラノ ユタケキミツツ アシガチル ナニハニトシハ ヘヌベクオモホユ
 海原の ゆたけき見つつ 蘆が散る 難波に年は 経ぬべく思ほゆ

     右、二月十三日、兵部少輔大伴宿祢家持

《校注》第五句""、底本は「努」。元暦校本に「ぬ」(奴の草書体)とあるのに従う。

    獨""龍田山桜花歌一首

 多都多夜麻 見都々古要許之 佐久良波奈 知利加須疑奈牟 和我可敝流刀尓(20/4395)
 タツタヤマ ミツツコエコシ サクラバナ チリカスギナム ワガカヘルトニ
 龍田山 見つつ越え来し 桜花 散りか過ぎなむ 我が帰るとに


    獨見江水浮漂糞、怨恨貝玉不依作歌一首

 保理江欲利 安佐之保美知尓 与流許都美 可比尓安里世婆 都刀尓勢麻之乎(20/4396)
 ホリエヨリ アサシホミチニ ヨルコツミ カヒニアリセバ ツトニセマシヲ
 堀江より 朝潮満ちに 寄る木糞 貝にありせば 苞にせましを


    在舘門、見江南美女作歌一首

 見和多世婆 牟加都乎能倍乃 波奈尓保比 弖里{底}多弖流波 々之岐多我都麻(20/4397)
 ミワタセバ ムカツヲノヘノ ハナニホヒ テリテタテルハ ハシキタガツマ
 見わたせば 向かつ峯の上の 花にほひ 照りて立てるは 愛しき誰が妻

     右三首、二月十七日、兵部少輔大伴宿祢家持作之

《校注》左注「大伴宿祢家持」、諸本「宿祢」を欠く。

    為防人情、陳思作歌一首 并短哥

 大王乃 美己等可之古美 都麻和可礼 可奈之久波安礼特
 大夫 情布里於許之 等里与曽比 門出乎須礼婆
 多良知祢乃 波々可伎奈{泥} 若草乃 都麻等里都吉
 平久 和礼波伊波々牟 好去而 早還来等
 麻蘇{泥}毛知 奈美太乎能其比 牟世比都々 言語須礼婆
 群鳥乃 伊泥多知加弖尓 等騰己保里 可弊里美之都々
 伊也等保尓 國乎伎波奈例 伊夜多可尓 山乎故要須疑
 安之我知流 難波尓伎為弖 由布之保尓 船乎宇氣須恵
 安佐奈藝尓 倍牟氣許我牟等 佐毛良布等 和我乎流等伎尓
 春霞 之麻未尓多知弖 多頭我祢乃 悲鳴婆
 波""々々尓 伊弊乎於毛比{泥} 於比曽箭乃 曽与等奈流麻{泥}
 奈氣""都流香母
(20/4398)

 オホキミノ ミコトカシコミ ツマワカレ カナシクハアレド
 マスラヲノ ココロフリオコシ トリヨソヒ カドデヲスレバ
 タラチネノ ハハカキナデ ワカクサノ ツマトリツキ
 タヒラケク ワレハイハハム マサキクテ ハヤカヘリコト
 マソデモチ ナミダヲノゴヒ ムセヒツツ カタラヒスレバ
 ムラトリノ イデタチカテニ トドコホリ カヘリミシツツ
 イヤトホニ クニヲキハナレ イヤタカニ ヤマヲコエスギ
 アシガチル ナニハニキヰテ ユフシホニ フネヲウケスヱ
 アサナギニ ヘムケコガムト サモラフト ワガヲルトキニ
 ハルガスミ シマミニタチテ タヅガネノ カナシクキケバ
 ハロバロニ イヘヲオモヒデ オヒソヤノ ソヨトナルマデ
 ナゲキツルカモ

 大王の みことかしこみ 妻別れ 悲しくはあれど
 大夫の 心ふりおこし とりよそひ 門出をすれば
 たらちねの 母かきなで 若草の 嬬とりつき
 平らけく われは斎はむ 好去くて 早還り来と
 真袖もち 涙をのごひ むせひつつ 語らひすれば
 群鳥の 出で立ちかてに とどこほり 顧みしつつ
 いや遠に 国を来離れ いや高に 山を越えすぎ
 蘆が散る 難波に来ゐて 夕潮に 船をうけすゑ
 朝凪に 舳向け漕がむと さもらふと わが居るときに
 春霞 島廻に立ちて 鶴が音の 悲しく鳴けば
 はろばろに 家を思ひ出 負征矢の そよと鳴るまで
 嘆きつるかも

《校注》第三行「都麻等里都吉」、底本は「都麻波等里都吉」(妻はとりつき)。元暦校本により改変。前句は「波々可伎奈泥」と格助詞ハを略し、これと対句になっているこの句でもハを略したと見る。
 宇奈波良尓 霞多奈妣伎 多頭我祢乃 可奈之伎与比波 久尓弊之於毛保由(20/4399)
 ウナハラニ カスミタナビキ タヅガネノ カナシキヨヒハ クニヘシオモホユ
 海原に 霞たなびき 鶴が音の 悲しき宵は 国辺し思ほゆ

 伊弊於毛布等 伊乎祢受乎礼婆 多頭我奈久 安之弊毛美要受 波流乃可須美尓(20/4400)
 イヘオモフト イヲネズヲレバ タヅガナク アシヘモミエズ ハルノカスミニ
 家思ふと 寝を寝ずをれば 鶴が鳴く 蘆辺も見えず 春の霞に

     右、十九日、兵部少輔大伴宿祢家持作之


    "陳防人悲別之情歌一首 并短歌"

 大王乃 麻氣乃麻尓々々 嶋守尓 和我多知久礼婆
 波々蘇婆能 波々能美許等波 美母乃須蘇 都美安氣可伎奈{泥}
 知々能未乃 知々能美許等波 多久頭努能 之良比氣乃宇倍由
 奈美太多利 奈氣伎乃多波久 可胡自母乃 多太比等里之{底}
 安佐刀{泥}乃 可奈之伎吾子 安良多麻乃 等之能乎奈我久
 安比美受波 古非之久安流倍之 今日太尓母 許等騰比勢武等
 乎之美都々 可奈之備麻世婆 若草之 都麻母古騰母毛
 乎知己知尓 左波尓可久美為 春鳥乃 己恵乃佐麻欲比
 之路多倍乃 蘇{泥}奈伎奴良之 多豆佐波里 和可礼加弖尓等
 比伎等騰米 之多比之毛能乎 天皇乃 美許等可之古美
 多麻保己乃 美知尓出立 乎可乃佐伎 伊多牟流其等尓
 与呂頭多妣 可弊里見之都追 波呂々々尓 和可礼之久礼婆
 於毛布蘇良 夜須久母安良受 古布流蘇良 久流之伎毛乃乎
 宇都世美乃 与能比等奈礼婆 多麻伎波流 伊能知母之良受
 海原乃 可之古伎美知乎 之麻豆多比 伊己藝和多利弖
 安里米具利 和我久流麻{泥}尓 多比良氣久 於夜波伊麻佐祢
 都々美奈久 都麻波麻多世等 須美乃延能 安我須賣可未尓
 奴佐麻都利 伊能里麻宇之弖 奈尓波都尓 船乎宇氣須恵
 夜蘇加奴伎 可古等登能倍弖 安佐婢良伎 和波己藝{泥}奴等
 伊弊尓都氣己曽
(20/4408)

 オホキミノ マケノマニマニ シマモリニ ワガタチクレバ
 ハハソハノ ハハノミコトハ ミモノソデ ツミアゲカキナデ
 チチノミノ チチノミコトハ ヤクヅノノ シラヒゲノウヘユ
 ナミダタリ ナゲキノタバク カコジモノ タダヒトリシテ
 アサトデノ カナシキワガコ アラタマノ トシノヲナガク
 アヒミズハ コヒシクアルベシ ケフダニモ コトトヒセムト
 ヲシミツツ カナシビマセバ ワカクサノ ツマモコドモモ
 ヲチコチニ サハニカクミヰ ハルトリノ コヱノサマヨヒ
 シロタヘノ ソデナキヌラシ タヅサハリ ワカレカテニト
 ヒキトドメ シタヒシモノヲ オホキミノ ミコトカシコミ
 タマホコノ ミチニイデタチ オカノサキ イタムルゴトニ
 ヨロヅタビ カヘリミシツツ ハロハロニ ワカレシクレバ
 オモフソラ ヤスクモアラズ コフルソラ クルシキモノヲ
 ウツセミノ ヨノヒトナレバ タマキハル イノチモシラズ
 ウナハラノ カシコキミチヲ シマヅタヒ イコギワタリテ
 アリメグリ ワガクルマデニ タヒラケク オヤハイマサネ
 ツツミナク ツマハマタセト スミヨシノ アガスメカミニ
 ヌサマツリ イノリマウシテ ナニハヅニ フネヲウケスヱ
 ヤソカヌキ カコトトノヘテ アサビラキ ワハコギデヌト
 イヘニツゲコソ

 大王の 任けのまにまに 嶋守りに わがたちくれば
 ははそ葉の 母のみことは 御裳の裾 つみあげ掻き撫で
 ちちの実の 父のみことは 栲綱の 白鬚の上ゆ
 涙垂り 嘆きのたばく 鹿児じもの ただ独りして
 朝戸出の かなしき吾が子 あらたまの 年の緒ながく
 相見ずは 恋ひしくあるべし 今日だにも 言問ひせむと
 惜しみつつ 悲しびませば 若草の 嬬も子供も
 をちこちに さはに圍みゐ 春鳥の 声のさまよひ
 白栲の 袖泣き濡らし 携はり 別れかてにと
 引き留め 慕ひしものを 天皇の みことかしこみ
 たまほこの 道に出で立ち 丘の岬 いたむるごとに
 よろづたび かへり見しつつ はろはろに 別れし来れば
 思ふそら 安くもあらず 恋ふるそら 苦しきものを
 うつせみの 世の人なれば たまきはる 命もしらず
 海原の かしこき道を 島伝ひ い漕ぎわたりて
 あり廻り わが来るまでに 平らけく 親はいまさね
 つつみなく 妻は待たせと 住吉の あがすめかみに
 幣まつり 祈り申して 難波津に 船をうけすゑ
 八十楫ぬき 水手ととのへて 朝びらき わは漕ぎ出ぬと
 家に告げこそ

《校注》底本には題詞脱落。
 伊弊婢等乃 伊波倍尓可""良牟 多比良氣久 布奈{泥}波之奴等 於夜尓麻乎佐祢(20/4409)
 イヘビトノ イハヘニカアラム タヒラケク フナデハシヌト オヤニマヲサネ
 家人の 斎へにかあらむ 平らけく 船出はしぬと 親にまをさね

 美蘇良由久 々母々都可比等 "比等"波伊倍等 伊弊頭刀夜良武 多豆伎之良受母(20/4410)
 ミソラユク クモモツカヒト ヒトハイヘド イヘヅトヤラム タヅキシラズモ
 み空ゆく 雲も使ひと 人は言へど 家苞やらむ たづき知らずも

 伊弊都刀尓 可比曽比里弊流 波麻奈美波 伊也之久々々二 多可久与須礼騰(20/4411)
 イヘヅトニ カヒソソヒリヘル ハマナミハ イヤシクシクニ タカクヨスレド
 家苞に 貝そひりへる 浜波は いやしくしくに 高く寄すれど

 之麻可氣尓 和我布祢波弖{底} 都氣也良牟 都可比乎奈美也 古非都々由加牟(20/4412)
 シマカゲニ ワガフネハテテ ツゲヤラム ツカヒヲナミヤ コヒツツユカム
 島蔭に わが船泊てて 告げやらむ 使ひを無みや 恋ひつつ行かむ

     二月廾三日、兵部少輔大伴宿祢家持


    三月三日、檢校防人勅使并兵部使人等、同集飲宴
    作歌三首

*阿佐奈佐奈 安我流比婆理尓 奈里{底}之可 美也古尓由伎弖 波夜加弊里許牟(20/4433)
 アサナサナ アガルヒバリニ ナリテシカ ミヤコニユキテ ハヤカヘリコム
 朝なさな あがる雲雀に なりてしか 都にゆきて 早還り来む

     右一首、勅使紫微大弼安倍沙美麿朝臣

《校注》20/4425以後、巻末に至るまで、底本は題詞を歌より高く掲げる。但し本テキストは従来通りの体裁で記載する。
 比婆里安我流 波流弊等佐夜尓 奈理奴礼波 美夜古母美要受 可須美多奈妣久(20/4434)
 ヒバリアガル ハルヘトサヤニ ナリヌレバ ミヤコモミエズ カスミタナビク
 ひばりあがる 春辺とさやに なりぬれば 都も見えず 霞たなびく

 布敷賣里之 波奈乃波自米尓 許之和礼夜 知里奈牟能知尓 美夜古敝由可无(20/4435)
 フフメリシ ハナノハジメニ コシワレヤ チリナムノチニ ミヤコヘユカム
 ふふめりし 花の初めに 来しわれや 散りなむのちに 都へゆかむ

     右二首、兵部使少輔""伴宿祢家持


    五月九日、兵部少輔大伴宿祢家持之宅集飲
    歌四首

*和我勢故我 夜度乃奈弖之故 比奈良倍{底} 安米波布礼杼母 伊呂毛可波良受(20/4442)
 ワガセコガ ヤドノナデシコ ケナラベテ アメハフレドモ イロモカハラズ
 わが背子が 屋戸の瞿麦 日並べて 雨は降れども 色もかはらず

     右一首、大原真人今城

 比佐可多能 安米波布里之久 奈弖之故我 伊夜波都波奈尓 故非之伎和我勢(20/4443)
 ヒサカタノ アメハフリシク ナデシコガ イヤハツハナニ コヒシキワガセ
 ひさかたの 雨は降りしく 瞿麦が いや初花に 恋ひしきわが背

     右一首、大伴宿祢家持

*和我世故我 夜度奈流波疑乃 波奈佐可牟 安伎能由布敝波 和礼乎之努波世(20/4444)
 ワガセコガ ヤドナルハギノ ハナサカム アキノユフヘハ ワレヲシノハセ
 わが背子が 屋戸なる萩の 花咲かむ 秋の夕へは われを偲はせ

     右一首、大原真人今城

    即聞{鴬}哢作歌一首

 宇具比須乃 許恵波須疑奴等 於毛倍杼母 之美尓之許己呂 奈保古非尓家里(20/4445)
 ウグヒスノ コヱハスギヌト オモヘドモ シミニシココロ ナホコヒニケリ
 鴬の 声は過ぎぬと 思へども 染みにし心 なほ恋ひにけり

     右一首、大伴宿祢家持


    十八日、左大臣、宴於兵部卿橘奈良麿朝臣
    之宅歌一首

*奈弖之故我 波奈等里""知弖 宇都良々々々 美麻久能冨之伎 吉美尓母安流加母(20/4449)
 ナデシコガ ハナトリモチテ ウツラウツラ ミマクノホシキ キミニモアルカモ
 瞿麦が 花取り持ちて うつらうつら 見まくのほしき 君にもあるかも

     右一首、治部卿船王

《校注》題詞「一首」、諸本「三首」。底本は元暦校本に一致。続く家持の二首は「追作」のため、「一首」を採る。
 和我勢故我 夜度能奈弖之故 知良米也母 伊夜波都波奈尓 佐伎波麻須等母(20/4450)
 ワガセコガ ヤドノナデシコ チラメヤモ イヤハツハナニ サキハマストモ
 わが背子が 屋戸の瞿麦 散らめやも いや初花に 咲きは増すとも

 宇流波之美 安我毛布伎美波 奈弖之故家 波奈尓""蘇倍弖 美礼杼安可奴香母(20/4451)
 ウルハシミ アガモフキミハ ナデシコガ ハナニナソヘテ ミレドアカヌカモ
 うるはしみ 吾がもふ君は 瞿麦が 花になそへて 見れどあかぬかも

     右二首、兵部少輔大伴宿祢家持追作


    八月十三日、在内南安殿、肆宴歌二首

*乎等賣良我 多麻毛須蘇婢久 許能尓波尓 安伎可是不吉弖 波奈波知里都々(20/4452)
 ヲトメラガ タマモスソビク コノニハニ アキカゼフキテ ハナハチリツツ
 少女らが 玉裳裾曳く この庭に 秋風吹きて 花は散りつつ

     右一首、内匠頭兼播磨守正四位下安宿王奏之

 安吉加是能 布伎古吉之家流 波奈能尓波 伎欲伎都久欲仁 美礼杼安賀奴香母(20/4453)
 アキカゼノ フキコキシケル ハナノニハ キヨキツクヨニ ミレドアカヌカモ
 秋風の 吹きこき敷ける 花の庭 清き月夜に 見れどあかぬかも

     右一首、兵部少輔従五位上大伴宿祢家持 未""

《校注》左注「未""」、底本は「未来」。


 天平勝宝八歳 三十九歳 14首


    天平勝寶八歳丙申二月朔乙酉廾四日戊申、太上
    天皇""皇太后、幸行於河内離宮、経信、以壬子
    傳幸於難波宮也。三月七日、於河内国仗人郷
    馬國人之家宴歌三首

 須美乃江能 波麻末都我根乃 之多婆倍弖 和我見流乎努能 久佐奈加利曽祢(20/4457)
 スミノエノ ハママツガネノ シタバヘテ ワガミルヲノノ クサナカリソネ
 住吉の 浜松が根の 下延へて わが見る小野の 草なかりそね

     右一首、兵部少輔大伴宿祢家持

《校注》題詞「太上天皇""皇太后」、底本は「太上天皇大皇太后」。元暦校本・類聚古集などは「太上天皇大后」。続日本紀によればこの行幸には孝謙天皇も同行し、また当時太皇太后は存在せず。従って、「太上天皇・天皇・大后」の誤りと見て改変。
*尓保杼里乃 於吉奈我河波半 多延奴等母 伎美尓可多良武 己等都奇米也母 古新未詳(20/4458)
 ニホドリノ オキナガカハハ タエヌトモ キミニカタラム コトツキメヤモ
 鳰鳥の 息長河は 絶えぬとも 君に語らむ 言尽きめやも 古新未詳
 
     右一首、主人散位寮散位馬史國人

《校注》分注「古新未詳」は元暦校本・春日本になし。但し元暦校本には赭字で付加。家持が第二次原本に書き入れた注記かという(『萬葉集全注』)。
*蘆苅尓 保里江許具奈流 可治能於等波 於保美也比等能 未奈伎久麻泥尓(20/4459)
 アシカリニ ホリエコグナル カヂノオトハ オホミヤビトノ ミナキクマデニ
 蘆苅に 堀江漕ぐなる 楫の音は 大宮人の みな聞くまでに

     右一首、式部少丞大伴池主讀之。即云、兵
     部大丞大原真人今城、先日他所讀歌者也

 保利江己具 伊豆手乃船乃 可治都久米 於等之婆多知奴 美乎波也美加母(20/4460)
 ホリエコグ イヅテノフネノ カヂツクメ オトシバタチヌ ミヲハヤミカモ
 堀江こぐ 伊豆手の船の 楫つくめ 音しば立ちぬ 水脈はやみかも

 保里江欲利 美乎左香能保流 梶音乃 麻奈久曽奈良波 古非之可利家留(20/4461)
 ホリエヨリ ミヲサカノボル カヂノオトノ マナクソナラハ コヒシカリケル
 堀江より 水脈さかのぼる 梶の音の まなくそ奈良は 恋ひしかりける

 布奈藝保布 保利江乃可波乃 美奈伎波尓 伎為都々奈久波 美夜故杼里香蒙(20/4462)
 フナギホフ ホリエノカハノ ミナキハニ ミヰツツナクハ ミヤコドリカモ
 船競ふ 堀江の川の 水際に 来居つつ鳴くは 都鳥かも

     右三首、江邊作之

《校注》右三首、作者名なし。但し左二首の左注の「二首」を元暦校本は「五首」として右三首を含める。また紀州本他は左注に「作之」なし。また類聚古集第七には4462を「江邊依興作之 家持」として掲げる。次の二首と共に家持が三月二十日に難波で作った歌であること、疑いない。
 保等登藝須 麻豆奈久安佐氣 伊可尓世婆 和我加度須疑自 可多利都具麻{泥}(20/4463)
 ホトトギス マヅナクアサケ イカニセバ ワガカドスギジ カタリツグマデ
 霍公鳥 まづ鳴く朝明 いかにせば わが門過ぎじ 語りつぐまで

 保等登藝須 可氣都々伎美我 麻都可氣尓 比毛等伎佐久流 都奇知可都伎奴(20/4464)
 ホトトギス カケツツキミガ マツカゲニ ヒモトキサクル ツキチカヅキヌ
 霍公鳥 かけつつ君が 松蔭に 紐解き放くる 月ちかづきぬ

     右二首、廾日、大伴宿祢家持、依興作之

《校注》左注「右二首」、元暦校本には「右五首」とあり。これが正しければ「江邊作」の三首も(三月)二十日の依興歌となる。「右二首」とする「西本願寺本のごとくであれば、前の三首は家持の署名を持たなくなるが、こういう例は巻二十には他にない」(伊藤博『萬葉集の構造と成立』)。4462の左注は後世の補遺で、「右五首」とする元暦校本が本来の形か。しかし、「江邊作」の三首が「依興」(属目と対比する)歌に該当するかどうか不審。或いは五首は三月二十日の作で、前三首は「江辺」での属目歌、後二首は依興歌かとも考えられる。即ちこの左注は本来「右二首、依興作之。(改行)右五首、廿日大伴宿祢家持作」というような形となるべきだったかとも思われる。

    喩族歌一首 并短歌

 比左加多能 安麻能刀比良伎 多可知保乃 多氣尓阿毛理之
 須賣呂伎能 可未能御代欲利 波自由美乎 多尓藝利母多之
 麻可胡也乎 多婆左美蘇倍弖 於保久米能 麻須良多祁乎々
 佐吉尓多弖 由伎登利於保世 山河乎 伊波祢左久美{底}
 布美等保利 久尓麻藝之都々 知波夜夫流 神乎許等牟氣
 麻都呂倍奴 比等乎母夜波之 波吉伎欲米 都可倍麻都里{底}
 安吉豆之萬 夜萬登能久尓乃 加之婆良能 宇""備乃宮尓
 美也婆之良 布刀之利多弖{底} 安米能之多 之良志賣之""流
 須賣呂伎能 安麻能日継等 都藝弖久流 伎美能御代々々
 加久左波奴 安加吉許己呂乎 須賣良弊尓 伎波米都久之弖
 都加倍久流 於夜能都可佐等 許等太弖{底} 佐豆氣多麻敝流
 宇美乃古能 伊也都藝都岐尓 美流比等乃 可多里都藝弖{底}
 伎久比等能 可我見尓世武乎 安多良之伎 吉用伎曽乃名曽
 於煩呂加尓 己許呂於母比弖 牟奈許等母 於夜乃名多都奈
 大伴乃 宇治等名尓於敝流 麻須良乎能等母
(20/4465)

 ヒサカタノ アマノトヒラキ タカチホノ タケニアモリシ
 スメロキノ カミノミヨヨリ ハジユミヲ タニギリモタシ
 マカゴヤヲ タバサミソヘテ オホクメノ マスラタケヲヲ
 サキニタテ ユキトリオホセ ヤマカハヲ イハネサクミテ
 フミトホリ クニマギシツツ チハヤブル カミヲコトムケ
 マツロハヌ ヒトヲモヤハシ ハキキヨメ ツカヘマツリテ
 アキヅシマ ヤマトノクニモ カシハラノ ウネビノミヤニ
 ミヤバシラ フトシリタテテ アメノシタ シラシメシケル
 スメロキノ アマノヒツギト ツギテクル キミノミヨミヨ
 カクサハヌ アカキココロヲ スメラヘニ キハメツクシテ
 ツカヘクル オヤノツカサト コトダテテ サヅケタマヘル
 ウミノコノ イヤツギツギニ ミルヒトノ カタリツギテテ
 キクヒトノ カガミニセムヲ アタラシキ キヨキソノナソ
 オボロカニ ココロオモヒテ ムナコトモ オヤノナタツナ
 オホトモノ ウヂトナニオヘル マスラヲノトモ

 ひさかたの 天の戸ひらき 高千穂の 嶽に天降りし
 すめろきの 神の御代より はじゆみを 手握りもたし
 真鹿児矢を たばさみそへて 大久米の 大夫健男を
 先に立て 靫とりおほせ 山河を 磐根さくみて
 踏みとほり 国覓ぎしつつ ちはやぶる 神をことむけ
 まつろはぬ 人をも和し 掃ききよめ 仕へまつりて
 蜻蛉島 大和の国の 橿原の 畝傍の宮に
 宮柱 ふとしり立てて 天の下 しらしめしける
 天皇の 天の日継と つぎてくる 君の御代御代
 隠さはぬ 赤き心を 皇辺に 極め尽くして
 仕へくる 祖のつかさと 言立てて 授けたまへる
 子孫の いやつぎつぎに 見る人の 語りつぎてて
 聞く人の 鑑にせむを あたらしき 清きその名そ
 おぼろかに 心思ひて 虚言も 祖の名たつな
 大伴の 氏と名におへる ますらをの伴

    "反歌"

 之奇志麻乃 夜末等能久尓々 安伎良氣伎 名尓於布等毛能乎 己許呂都刀米与(20/4466)
 シキシマノ ヤマトノクニニ アキラケキ ナニオフトモノヲ ココロツトメヨ
 磯城島の 大和の国に あきらけき 名に負ふ伴の男 心つとめよ

《校注》底本では右の短歌4466を誤って長歌に続けて書き記しており、題詞「反歌」を次の4467の右に掲げている。なお、他の諸本には「反歌」の文字見えず。
 都流藝多知 伊与餘刀具倍之 伊尓之敝由 佐夜氣久於比弖 伎尓之曽乃名曽(20/4467)
 ツルギタチ イヨヨトグベシ イニシヘユ サヤケクオヒテ キニシソノナソ
 剣大刀 いよよ研ぐべし 古ゆ さやけく負ひて 来にしその名そ

     右、縁淡海真人三船讒言、出雲守大伴
     古慈斐宿祢解任。是以家持、作此歌也


    臥病悲无常、欲脩道作歌二首

 宇都世美波 加受奈吉身奈利 夜麻加波乃 佐夜氣吉見都々 美知乎多豆祢奈(20/4468)
 ウツセミハ カズナキミナリ ヤマカハノ サヤケキミツツ ミチヲタヅネナ
 うつせみは 数なき身なり 山河の さやけき見つつ 道をたづねな

 和多流日能 加氣尓伎保比弖 多豆祢弖奈 伎欲吉曽能美知 末多母安波无多米(20/4469)
 ワタルヒノ カゲニキホヒテ タヅネテナ キヨキソノミチ マタモアハムタメ
 わたる日の かげに競ひて たづねてな 清きその道 またも遇はむため


    願壽作歌一首

 美都煩奈須 可礼流身曽等波 之礼々杼母 奈保之祢我比都 知等世能伊乃知乎(20/4470)
 ミツボナス カレルミソトハ シレレドモ ナホシネガヒツ チトセノイノチヲ
 泡沫なす 仮れる身そとは 知れれども なほし願ひつ 千歳の寿を

     以前歌""首、六月十七日大伴宿祢家持作


    冬十一月五日夜、小雷起鳴、雪散覆庭。忽懐感憐、聊
    作短歌一首

 氣能己里能 由伎尓安陪弖流 安之比奇乃 夜麻多知婆奈乎 都刀尓通弥許奈(20/4471)
 ケノコリノ ユキニアヘテル アシヒキノ ヤマタチバナヲ ツトニツミコナ
 消残りの 雪にあへ照る あしひきの 山橘を 苞に摘みこな

     右一首、兵部少輔大伴宿祢家持


    八日、讃岐守安宿王等、集於出雲掾安宿奈杼
    麿之""宴歌二首

*於保吉美乃 美許登加之古美 於保乃宇良乎 曽我比尓美都々 美也古敝能保流(20/4472)
 オホキミノ ミコトカシコミ オホノウラヲ ソガヒニミツツ ミヤコヘノボル
 大君の みことかしこみ 於保の浦を そがひに見つつ 都へ上る

     右、掾安宿奈杼麿

*宇知比左須 美也古乃比等尓 都氣麻久波 美之比乃其等久 安里等都氣己曽(20/4473)
 ウチヒサス ミヤコノヒトニ ツゲマクハ ミシヒノゴトク アリトツゲコソ
 うちひさす 都の人に 告げまくは 見し日のごとく ありと告げこそ

     右一首、守山背王歌也。主人安宿奈杼麿
     語云、奈杼麿被差朝集使、擬入京師。因
     此餞之日、各作此歌、聊陳所心也

 武良等里乃 安佐太知伊尓之 伎美我宇倍波 左夜加尓伎吉都 於毛比之其等久 一云於毛比之母乃乎(20/4474)
 ムラトリノ アサダチイニシ キミガウヘハ サヤカニキキツ オモヒシゴトク オモヒシモノヲ
 群鳥の 朝立ち去にし 君がうへは さやかに聞きつ 思ひしごとく 一に云はく、思ひしものを

     右一首、兵部少輔大伴宿祢家持、後日追和
     出雲守山背王歌作之


    廾三日、集於式部少丞大伴宿祢池主之宅飲宴歌
    二首

*波都由伎波 知敝尓布里之家 故非之久能 於保加流和礼波 美都々之努波牟(20/4475)
 ハツユキハ チヘニフリシケ コヒシクノ オホカルワレハ ミツツシノハム
 初雪は 千重に降りしけ 恋しくの 多かるわれは 見つつ思はむ

*於久夜麻能 之伎美我波奈"" 々々其等也 之久之久伎美尓 故非和多利奈無(20/4476)
 オクヤマノ シキミガハナノ ナノゴトヤ シクシクキミニ コヒワタリナム
 奥山の しきみが花の 名の如や しくしく君に 恋ひわたりなむ

     右二首、兵部大丞大原真人今城



 天平勝宝九歳/天平宝字元年 四十歳 6首


    三月四日、於兵部大丞大原真人今城之宅宴歌一首

 安之比奇能 夜都乎乃都婆吉 都良々々尓 美等母安可米也 宇恵{底}家流伎美(20/4481)
 アシヒキノ ヤツヲノツバキ ツラツラニ ミトモアカメヤ ウヱテケルキミ
 あしひきの 八峯の椿 つらつらに 見とも飽かめや 植ゑてける君

     右、兵部少輔大伴家持、属植椿作


*保里延故要 等保伎佐刀麻弖 於久利家流 伎美我許己呂波 和須良由麻之自(20/4482)
 ホリエコエ トホキサトマデ オクリケル キミガココロハ ワスラユマシジ
 堀江越え 遠き里まで 送りける 君がこころは 忘らゆましじ

     右一首、播磨介藤原朝臣執弓、赴任悲別也
     主人大原今城伝傳讀云尓


    勝寶九歳六月廾三日、於大監物三形王之宅宴歌一首

 宇都里由久 時見其登尓 許己呂伊多久 牟可之能比等之 於毛保由流加母(20/4483)
 ウツリユク トキミルゴトニ ココロイタク ムカシノヒトシ オモホユルカモ
 うつりゆく 時見るごとに 心いたく 昔の人し 思ほゆるかも

     右、兵部大輔大伴宿祢家持作


 佐久波奈波 宇都呂布等伎安里 安之比奇乃 夜麻須我乃祢之 奈我久波安利家里(20/4484)
 サクハナハ ウツロフトキアリ アシヒキノ ヤマスガノネシ ナガクハアリケリ
 咲く花は うつろふ時あり あしひきの 山菅の根し 長くはありけり

     右一首、大伴宿祢家持、悲伶物色変化作之


 時花 伊夜米豆良之母 加久之許曽 賣之安伎良米"{晩}" 阿伎多都其等尓(20/4485)
 トキノハナ イヤメヅラシモ カクシコソ メシアキラメメ アキタツゴトニ
 時の花 いや愛づらしも かくしこそ 見し明らめめ 秋立つごとに

     右、大伴宿祢家持作之

《校注》{晩}は、底本及び他諸本「晩」。さんずいに免旁の字の誤りとし、メと訓む(岩波古典大系本による)。

    天平寶字元年十一月十八日、於内裏肆宴歌二首

*天地乎 弖良須日月乃 極奈久 阿流倍伎母能乎 奈尓乎加於毛波牟(20/4486)
 アメツチヲ テラスヒツキノ キハミナク アルベキモノヲ ナニヲカオモハム
 天地を 照らす日月の 極みなく あるべきものを 何をか思はむ

     右一首、皇太子御歌

*伊射子等毛 多波和射奈世曽 天地能 加多米之久尓曽 夜麻登之麻祢波(20/4487)
 イザコドモ タハワザナセソ アメツチノ カタメシクニソ ヤマトシマネハ
 いざ子ども たはわざなせそ 天地の 堅めし国そ 大和島根は

     右一首、内相藤原朝臣奏之


    十二月十八日、大監物三形王之宅宴歌三首

*三雪布流 布由波祁布能未 {鴬}乃 奈加牟春敝波 安須尓之安流良之(20/4488)
 ミユキフル フユハケフノミ ウグヒスノ ナカムハルヘハ アスニシアルラシ
 み雪ふる 冬は今日のみ 鴬の 鳴かむ春へは 明日にしあるらし

     右一首、主人三形王

*宇知奈婢久 波流乎知可美加 奴波玉乃 己与比能都久欲 可須美多流良牟(20/4489)
 ウチナビク ハルヲチカミカ ヌバタマノ コヨヒノツクヨ カスミタルラム
 うちなびく 春を近みか ぬばたまの こよひの月夜 霞みたるらむ

     右一首、大蔵大輔甘南備伊香真人

 安良多末能 等之由伎我敝理 波流多々婆 末豆和我夜度尓 宇具比須波奈家(20/4490)
 アラタマノ トシユキガヘリ ハルタタバ マヅワガヤドニ ウグヒスハナケ
 あらたまの 年ゆきがへり 春立たば まづ我が屋戸に 鴬は鳴け

     右一首、右中弁大伴宿祢家持


    廾三日、於治部少輔大原今城真人之宅宴歌一首

 都奇餘米婆 伊麻太冬奈里 之可須我尓 霞多奈婢久 波流多知奴等可(20/4492)
 ツキヨメバ イマダフユナリ シカスガニ カスミタナビク ハルタチヌトカ
 月数めば いまだ冬なり しかすがに 霞たなびく 春立ちぬとか

     右一首、右中弁大伴宿祢家持作



 天平宝字二年 四十一歳 11首


    二年春正月三日、召侍従竪子王臣等、令侍於内裏
    之東屋垣""、即賜玉箒肆宴。于時内相藤原朝臣
    奉 勅宣、諸王卿等随堪任意、作歌并賦詩。仍
    應 詔旨、各陳心緒作歌賦詩 未得諸人之賦詩并作歌也

 始春乃 波都祢乃家布能 多麻婆波伎 手尓等流可良尓 由良久多麻能乎(20/4493)
 ハツハルノ ハツネノケフノ タマバハキ テニトルカラニ ユラクタマノヲ
 始春の 初子のけふの 玉箒 手にとるからに 揺らく玉の緒

     右一首、右中弁大伴宿祢家持作。但、依大蔵
     政不堪奏之也


 水鳥乃 可毛能羽伊呂乃 青馬乎 家布美流比等波 可藝利奈之等伊布(20/4494)
 ミヅドリノ カモノハイロノ アヲウマヲ ケフミルヒトハ カギリナシトイフ
 水鳥の 鴨の羽色の 青馬を 今日見る人は 限りなしといふ

     右一首、為七日侍宴、右中弁大伴宿祢家持
     預作此歌。但依仁王會事、却以六日於内裏
     召諸王卿等賜酒肆宴、給祿。因斯不奏也

《校注》第二句「可毛能羽伊呂乃」、元暦校本・類聚古集などは「可毛羽能伊呂乃」(カモハノイロノ)。

    六日、内庭假植樹木、以作林帷而、為肆宴歌一首

 打奈婢久 波流等毛之流久 宇具比須波 宇恵木之樹間乎 奈枳和多良奈牟(20/4495)
 ウチナビク ハルトモシルク ウグヒスハ ウヱキノコマヲ ナキワタラナム
 打ちなびく 春ともしるく 鴬は 植木の樹間を 鳴きわたらなむ

     右一首、右中弁大伴宿祢家持 不奏


    二月、於式部大輔中臣清麿朝臣之宅宴歌十五首

*宇良賣之久 伎美波母安流加 夜度乃烏梅能 知利須具流麻{泥} 美之米受安利家流(20/4496)
 ウラメシク キミハモアルカ ヤドノウメノ チリスグルマデ ミシメズアリケル
 うらめしく 君はもあるか 屋戸の梅の 散りすぐるまで 見しめずありける

     右一首、治部少輔大原今城真人

《校注》題詞「十五首」、他諸本は「十首」とする。但し元暦校本は底本に一致。実際には十首しかない。底本と元暦校本は、続く「興に依りて各、高円の離宮處を思ひて作る歌五首」(4506~4510)を加えて十五首と数えるか。
*美牟等伊波婆 伊奈等伊波米也 宇梅乃波奈 知利須具流麻弖 伎美我伎麻左奴(20/4497)
 ミムトイハバ イナトイハメヤ ウメノハナ チリスグルマデ キミガキマサヌ
 見むと云はば 否と云はめや 梅の花 散りすぐるまで 君が来まさぬ

     右一首、主人中臣清麿朝臣

 波之伎余之 家布能安路自波 伊蘇麻都能 都祢尓伊麻佐祢 伊麻母美流其等(20/4498)
 ハシキヨシ ケフノアロジハ イソマツノ ツネニイマサネ イマモミルゴト
 はしきよし 今日のあろじは 磯松の 恒にいまさね 今も見るごと

     右一首、右中弁大伴宿祢家持

*和我勢故之 可久志伎許散婆 安米都知乃 可未乎許比能美 奈我久等曽於毛布(20/4499)
 ワガセコシ カクシキコサバ アメツチノ カミヲコヒノミ ナガクトソオモフ
 わが背子し かくし聞こさば 天地の 神をこひのみ 長くとそ思ふ

     右一首、主人中臣清麿朝臣

*宇梅能波奈 香乎加具波之美 等保家杼母 己許呂母之努尓 伎美乎之曽於毛布(20/4500)
 ウメノハナ カヲカグハシミ トホケドモ ココロモシノニ キミヲシソオモフ
 梅の花 香をかぐはしみ 遠けども 心もしのに 君をしそおもふ

     右一首、治部大輔市原王

 夜知久佐能 波奈波宇都呂布 等伎波奈流 麻都能左要太乎 和礼波牟須波奈(20/4501)
 ヤチクサノ ハナハウツロフ トキハナル マツノサエダヲ ワレハムスバナ
 八千種の 花はうつろふ 常盤なる 松のさ枝を 我は結ばな

     右一首、右中弁大伴宿祢家持

*烏梅能波奈 左伎知流波流能 奈我伎比乎 美礼杼母安加奴 伊蘇尓母安流香母(20/4502)
 ウメノハナ サキチルハルノ ナガキヒヲ ミレドモアカヌ イソニモアルカモ
 梅の花 咲き散る春の 長き日を 見れども飽かぬ 磯にもあるかも

     右一首、大蔵大輔甘南備伊香真人

 伎美我伊敝能 伊氣乃之良奈美 伊蘇尓与世 之婆々々美等母 安加无伎弥加毛(20/4503)
 キミガイヘノ イケノシラナミ イソニヨセ シバシバミトモ アカムキミカモ
 君が家の 池の白波 磯に寄せ しばしば見とも 飽かむ君かも

     右一首、右中弁大伴宿祢家持

*宇流波之等 阿我毛布伎美波 伊也比家尓 伎末勢和我世古 多由流日奈之尓(20/4504)
 ウルハシト アガモフキミハ イヤヒケニ キマセワガセコ タユルヒナシニ
 うるはしと あが思ふ君は いや日異に 来ませ我が背子 絶ゆる日なしに

     右一首、主人中臣清麿朝臣

*伊蘇能宇良尓 都祢欲比伎須牟 乎之杼里能 乎之伎安我未波 伎美我末仁麻尓(20/4505)
 イソノウラニ ツネヨヒキスム ヲシドリノ ヲシキアガミハ キミガマニマニ
 磯の浦に つねよひきすむ 鴛鴦の 惜しき吾が身は 君がまにまに

     右一首、治部少輔大原今城真人

    依興各思高圓離宮處作歌五首

 多加麻刀能 努乃宇倍能美也波 安礼尓家里 多々志々伎美能 美与等保曽氣婆(20/4506)
 タカマトノ ノノウヘノミヤハ アレニケリ タタシシキミノ ミヨトホゾケバ
 高円の 野のうへの宮は 荒れにけり 立たしし君の 御代遠ぞけば

     右一首、右中弁大伴宿祢家持

*多加麻刀能 乎能宇倍乃美也波 安礼奴等母 多々志々伎美能 美奈和須礼米也(20/4507)
 タカマトノ ヲノウヘノミヤハ アレヌトモ タタシシキミノ ミナワスレメヤ
 高円の 峯のうへの宮は 荒れぬとも 立たしし君の 御名忘れめや

     右一首、治部少輔大原今城真人

*多可麻刀能 努敝波布久受乃 須恵都比尓 知与尓和須礼牟 和我於保伎美加母(20/4508)
 タカマトノ ノヘハフクズノ スヱツヒニ チヨニワスレム ワガオホキミカモ
 高円の 野辺這ふ葛の すゑつひに 千代に忘れむ 我が大君かも

     右一首、主人中臣清麿朝臣

 波布久受能 多要受之""波牟 於保吉美乃 賣之思野邊尓波 之米由布倍之母(20/4509)
 ハフクズノ タエズシノハム オホキミノ メシシノヘニハ シメユフベシモ
 這ふ葛の 絶えずしのはむ 大君の 見しし野辺には 標結ふべしも

     右一首、右中弁大伴宿祢家持

*於保吉美乃 都藝弖賣須良之 多加麻刀能 努敝美流其等尓 祢能未之奈加由(20/4510)
 オホキミノ ツギテメスラシ タカマトノ ノヘミルゴトニ ネノミシナカユ
 大君の つぎて見すらし 高円の 野辺見るごとに 哭のみし泣かゆ

     右一首、大蔵大輔甘南備伊香真人

    属目山斎作歌三首

*乎之能須牟 伎美我許乃之麻 家布美礼婆 安之婢乃波奈毛 左伎尓家流可母(20/4511)
 ヲシノスム キミガコノシマ ケフミレバ アシビノハナモ サキニケルカモ
 鴛鴦の棲む 君がこの山斎 今日見れば 馬酔木の花も 咲きにけるかも

     右一首、大監物御方王

 伊氣美豆尓 可氣左倍見要{底} 佐伎尓保布 安之婢乃波奈乎 蘇弖尓古伎礼奈(20/4512)
 イケミヅニ カゲサヘミエテ サキニホフ アシビノハナヲ ソデニコキレナ
 池水に 影さへ見えて 咲きにほふ 馬酔木の花を 袖に扱入れな

     右一首、右中弁大伴宿祢家持

*伊蘇可氣乃 美由流伊氣美豆 {底}流麻{泥}尓 左家流安之婢乃 知良麻久乎思母(20/4513)
 イソカゲノ ミユルイケミヅ テルマデニ サケルアシビノ チラマクヲシモ
 磯影の 見ゆる池水 照るまでに 咲ける馬酔木の 散らまく惜しも

     右一首、大蔵大輔甘南備伊香真人


    二月十日、於内相宅、餞渤海大使小野田守朝臣等宴歌一首

 阿乎宇奈波良 加是奈美奈妣伎 由久左久佐 都々牟許等奈久 布祢波々夜家無(20/4514)
 アヲウナハラ カゼナミナビキ ユクサクサ ツツムコトナク フネハハヤケム
 青海原 かぜなみ靡き 往くさ来さ 障むことなく 船は早けむ

     右一首、右中弁大伴宿祢家持 未誦之


    七月五日、於治部少輔大原今城真人宅、餞因
    幡守大伴宿祢家持宴歌一首

 秋風乃 須恵布伎奈婢久 波疑能花 登毛尓加射左受 安比加和可礼牟(20/4515)
 アキカゼノ スヱフキナビク ハギノハナ トモニカザサズ アヒカワカレム
 秋風の 末吹きなびく 萩の花 ともに挿頭さず あひか別れむ

     右一首、大伴宿祢家持作之



 天平宝字三年 四十二歳 1首


   三年春正月一日、於因幡國廰、賜饗國郡司等之宴歌一首

 新 年乃始乃 波都波流能 家布敷流由伎能 伊夜之家餘其騰(20/4516)
 アラタシキ トシノハジメノ ハツハルノ ケフフルユキノ イヤシケヨゴト
 新しき 年の始の 初春の けふ降る雪の いや重け吉言

     右一首、守大伴宿祢家持作之



 年次不詳(天平宝字四年〜六年頃か) 5首


    大伴宿祢家持、報贈藤原朝臣久須麿歌三首

 春之雨者 弥布落尓 梅花 未咲久 伊等若美可聞(04/0786)
 ハルノアメハ イヤシキフルニ ウメノハナ イマダサカナク イトワカミカモ
 春の雨は いやしき降るに 梅の花 いまだ咲かなく いと若みかも

 如夢 所念鴨 愛八師 君之使乃 麻祢久通者(04/0787)
 イメノゴト オモホユルカモ ハシキヤシ キミガツカヒノ マネクカヨヘバ
 夢の如 思ほゆるかも 愛しきやし 君が使ひの まねく通へば

 浦若見 花咲難寸 梅乎殖而 人之事重三 念曽吾為類(04/0788)
 ウラワカミ ハナサキガタキ ウメヲウヱテ ヒトノコトシミ オモヒソワガスル
 うら若み 花咲き難き 梅を殖ゑて 人の言繁み 思ひそ吾がする

    又家持、贈藤原朝臣久須麿歌二首

 情八十一 所念可聞 春霞 軽引時二 事之通者(04/0789)
 ココログク オモホユルカモ ハルガスミ タナビクトキニ コトノカヨヘバ
 心ぐく 思ほゆるかも 春霞 たなびく時に 言の通へば

 春風之 聲尓四出名者 有去而 不有今友 君之随意(04/0790)
 ハルカゼノ オトニシデナバ アリサリテ イマナラズトモ キミガマニマニ
 春風の 音にし出なば 有り去りて 今ならずとも 君がまにまに

    藤原朝臣久須麿来報歌二首

*奥山之 磐影尓生流 菅根乃 懃吾毛 不相念有哉(04/0791)
 オクヤマノ イハカゲニオフル スガノネノ ネモコロワレモ アヒオモハザレヤ
 奥山の 磐影に生ふる 菅の根の ねもころ吾も 相思はざれや

*春雨乎 待常二師有四 吾屋戸之 若木乃梅毛 未含有(04/0792)
 ハルサメヲ マツトニシアラシ ワガヤドノ ワカキノウメモ イマダフフメリ
 春雨を 待つとにしあらし 吾が屋戸の 若木の梅も いまだ含めり

《付記》上の歌群は、家持の幼い娘(「梅の花」に喩える)と久須麿の息子(「吾が宿の若木の梅」に喩える)の婚姻を巡って、父親同士の間で交わされたものと取るのが自然でしょう。
 藤原久須麿は仲麿(恵美押勝)の三男で、官位の昇進状況などから天平初年頃(西暦730年前後)の生まれかと思われます。旧名を藤原浄弁と言い、久須麿に改名したのは天平宝字二年(758年)八月頃のことです(木本好信著『大伴旅人・家持とその時代』―桜楓社刊―に詳しい考証が見られます)。
 万葉の題詞は一般に原資料の題詞に忠実であり、作者名は作歌当時の名をそのまま留めるのが原則です。旧名を、編纂時に改名後の名に改めたと推測される例は万葉題詞には見えず、例えば同じ頃真楯に改名した藤原八束は、万葉題詞では常に八束の名で記されています。右の贈答歌が天平宝字二年八月の久須麿改名以前に交わされていたとしたら、久須麿でなく浄弁の名が記されていたはず。よって、右の歌が詠まれたのは天平宝字二年八月以後であると考えるべきです。
 ところで家持は天平宝字三年初春因幡にいたことが確実であり(20/4516)、同七年春頃には仲麿を暗殺する計画に加わっています。一方久須麿は宝字八年九月、父仲麿の乱に加わって命を落としているので、右の一連の歌が贈答されたのは天平宝字四年〜六年のいずれかの年の早春である可能性が高いということになります。この間家持はずっと因幡守でしたが、四度使として帰京する機会は何度かあったでしょう。この頃なら久須麿の年齢は三十代前半になり、元服前後の男子がいても不合理ではありません。
 なお、久須麿は若年にして父の勢威を背景に昇進を重ね、天平宝字四年当時従四位下、六年には参議に至っています。一方家持はこの間従五位上のままで、不遇の極みにいました。家持が十歳以上も年少の久須麿に対して極めて丁重であり(「君がまにまに」など)、反対に久須麿の歌には(「吾も相思はざれや」など)ある種の貫禄・余裕といったものが感じられるのは、このためでしょう。
 藤原氏との確執のうちに生きた家持の最後に残した歌が、藤原氏の子息との間に交わされた、暗喩に満ちた隠微な贈答歌であったとは、なかなかに興味深いことではないでしょうか。


Update:平成11-08-18
Last Update:平成19-09-08

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