Scribbles.?雑文集》 2000年6月20日

運輸省がまとめた日本発“一般案内用図記号”の今秋発表を前にして報道記者や関係者に望む2〜3の事柄

内田明 <uchida@happy.email.ne.jp>

2000年6月15日付「河北新報」に、『案内図記号を刷新 ― 運輸省 国際規格化目指す ― 外国人にも分かりやすく』と題した記事が載っていた。ふだん自分が眺めている新聞には記事が載らなかったようなので気づかなかったのだけれど、1999年12月25日付の読売新聞によると、既に昨年12月24日に、運輸省「一般案内用図記号検討委員会」が129項目の一般案内用図記号デザイン案をまとめ、発表していたらしい。

1999年12月25日付「読売新聞」より

案内表示 わかりやすく統一

運輸省検討委がデザイン案 2002年サッカーW杯までに決定

駅や公園など公共施設で使われる案内用の図や記号を分かりやすく、統一させようと、運輸省の「一般案内用図記号検討委員会」(委員長 森地茂・東大大学院教授)は二十四日、案内所など百二十九項目のデザイン案をまとめた。

例えば案内所を示す図や記号に「?」や「i」のマークが使われるなど、現在のデザインはばらばら。このため、多数の外国人観光客が来日する二〇〇二年六月のサッカー・ワールドカップ(W杯)に間に合うよう、同省は今年四月に同委員会を作った。[2000年W杯サッカーに向けた新案内表示案の一例]委員会では、有人の案内所を「?」、または「?」を丸で囲んだものにし、情報を一方的に提供するコーナーなどは「i」を使う案が示された。

ゴミを「捨てるな」は、×印を重ねた紙くずに手の絵を配したデザイン。左(右)の手すり側に人が立った図は、エスカレーターや動く歩道で立ち止まる人に「左(右)側に立って」と求める。

同委はさらに検討を重ねたうえ、見た人が意味を理解できるか“市場調査”も行い、来年夏ごろに最終デザインを公表する。


国際的なイベントにおいて、言語の壁を越えた図記号によって案内の用を足そうとする動きは、1960年代に実用に供されるようになり、60年代から70年代にかけて、図記号の有効性や重要性の認識が世に広まったようである。

これらのイベントと相前後して、図記号の国際標準を作る動きも始まっている。

ISO 7001:1980の制定以降もISOの図記号は徐々に増え続け、ISO 7001:1990では57種に至っている。

読売の記事で紹介されている「捨てるな」の図記号は、素人であるワタクシの目には、ISO 7001:1990で規定されている図記号番号019の「捨てるな」そのものに見える。どのあたりが変わっているのか、記者のスルドイ目で、ぜひ教えて頂きたかったところである。

ゴミを「捨てるな」について、大筋としてはISO仕様に基づくこととし、細部のデザインについては今後検討する――という話なら、そう報じて欲しかった。

さて、次表に掲げる図は、前述のような動きの中から生まれた、「案内所」を示す9種類の図記号である(出展:『ピクトグラムのおはなし』)。

[案内所]を示す9種の図記号各々の利用場所
[案内所]を示す9種類の図記号 国際航空輸送協会(IATA)英国空港管理局(BAA)大阪万国博覧会
ミュンヘン・オリンピックカナダ輸送空港(TC)国際鉄道連盟(UIC)
国際民間航空機構(ICAO)札幌オリンピック東京オリンピック

読売新聞の記事からすると“有人の案内所”の図案はIATA風かBAA風のものであろうと思われる。

紙の上での図記号別アンケートでは、ICAO風の図ならば説明抜きで“有人”だと理解できていいなぁ――と感じられそうだが、実際に会場に設置されるであろう、複数の図記号が同時に含まれる案内看板を遠方から眺めた際には、BAA風が分かりよさそうだ。

この「案内所」に限らず、個々の図記号案についての、アンケート結果と最終デザインがどうなったか、非常に気になるところである。次に引用する河北新報の記事からすると、まだアンケートは取られていないのだろうか。


2000年6月15日付「河北新報」より

案内図記号を刷新
[2000年W杯サッカーに向けた新案内表示案の一例] 運輸省 国際規格化目指す
外国人にも分かりやすく

日韓共催の二〇〇二年サッカーワールドカップ(W杯)に向け運輸省は十四日、空港や商業施設などを外国人サポーターらにも分かりやすくするため、新しい観光案内表示用の図記号案をまとめた。同省はこの案を十月末ごろに開催される国際標準化機構(ISO)の会議に日本案として提出し、国際規格化を目指す。

空港などの交通施設、病院や警察などの一般・公共施設、商業施設、観光・文化・スポーツ施設、安全、禁止、注意、指示の八分野約百二十の図記号のデザインを見直した。航空機の出発、到着や「静かに」などを特に変更した。一般的には白黒二色で表示するが、緊急性を表すものは赤色、安全は緑色を用いる。

ただ、消火器や非常電話、広域避難場所など安全にかかわる六種類のデザインについては消防庁との最終調整が残されているほか、一般利用者や高齢者、外国人らにアンケートし、さらに利用しやすくする方針だ。

現在、図記号は国内外でバラバラなため、利用者が分かりにくいのが実情。W杯で多数来日する外国人観光客にも対応するため昨年四月から策定作業を進めていた。同省は「人の姿に柔らかみを持たせるなど造形的にも優れたものになっていると思う」と話している。

河北新報社の所在地である宮城県には、W杯開催施設である宮城スタジアムがあり、2000年6月11日のキリンカップ初戦で柿落としがされている。

6月14日に運輸省案がまとまったというのなら、11日に試合を行なった施設のサイン計画に運輸省案が反映されている訳はない。しかし、読売新聞が報じていたように昨年12月24日にデザイン案が発表されていたならば、同案が反映されていた可能性はある。そのあたり、実際はどうだったのか、開催地に暮らす記者ならではの突っ込みが欲しかった。

また、施設を作るのにかかる時間から逆算すれば、運輸省の動きはあまりに遅いんじゃないか、という突っ込みがあっても良かっただろう。

最寄りのJR駅から1時間も歩かなければ辿りつけないところに競技場があることや、シャトルバスや駐車場の利用に予約が必要である等、観客を誘導するための考えをつくさねばならない課題がある中、地元紙ならではの掘り下げかたをした記事を、秋には載せてもらえることを願う。


さて、日本の運輸省が今回の一般案内用図記号統一を計る動きを見せたことに遡ること二十数年、アメリカ運輸省が“Symbol Signs”と題した書物を出版している。『グラフィック・デザイン全史』p.439によると、次のような書物である。

1974年、合衆国運輸省は、国内で最古のグラフィック・デザイン専門家の組織であるAIGA(アメリカ・グラフィック・アーツ協会)に、輸送関連施設で利用するための34種の旅客、歩行者誘導シンボル群の制作を依頼した。

(中略)

最初の一歩は、個々の輸送施設や国際的イベントのために開発されたシンボル体系の編纂と一覧表の作成であった。トマス・H・ガイスマーを長とする5名の優れたグラフィック・デザイナーによって構成された委員会が、この企画に対して審議しあるいは助言を与えた。運輸省は、伝達すべき事項のリストをAIGAに供給した。

(中略)

運輸省によって出版された288ページにわたる1冊の書物が、このシステムに到達するために使われたデザインの過程と評価についての非常に貴重な情報を提供してくれる。

現在のところ、運輸省のサイトにも、この作業に予算をつけている交通エコロジー・モビリティー財団のサイトにも、作業内容に関する具体的な情報は掲げられていない。

ISO 7001の関連規定によると、図記号について、実はISO標準の図形をそのまま利用しなくてもよいようなので、運輸省案がISO規格となったとしても、即座に従う必要があるわけではなさそうである。しかし、感覚的に“何となくイイような感じがする”といった話や、“デザイン理論的に優れている”といった話ではなく、アンケートの結果“実際の一般利用者による識別度が高い”という理由が明らかにされ、かつアメリカ運輸省仕様同様に“優れたデザインの図記号が著作権料抜きで利用できる”ようであれば、既存施設の運営者も、図記号の変更に吝かではないだろう。

作業が一段落したならば、ぜひ、“運輸省によって出版された書物が、このシステムに到達するために使われたデザインの過程と評価についての非常に貴重な情報を提供してくれる”と評されるような資料を、ウェブでも印刷でもいいから、一般に公開してくれるよう強く望みたい。

日本はこんなにスバラシイ図記号をデザインしたのだぞ――ということを世界に示すことで、国民の気分が高揚すると共に、W杯を戦う日本選手団の気力の足しになるのであれば、ワタクシは、開催地の1つである宮城スタジアムを抱える県に住む者として、喜んで図記号変更にかかる費用負担に加担する。


参考

ドリームニュース <http://www2s.biglobe.ne.jp/˜dreaming/backnumber11.htm>

検索エンジンを用いて今回の件に唯一ヒットしたページ。一般案内用図記号の検討に運輸省外郭団体の交通エコロジー・モビリティー財団が関係していることは、このページで知った。

『ピクトグラムのおはなし』 太田幸夫、日本規格協会、1995年、ISBN4-542-90160-2

消防庁が非常口の図記号に関する日本案をISOに提出した際のおはなし等、興味深い内容満載である。

本文中の記述に、ICOGRADA第1回大会の国際サインシンボル計画から約20の国際サインが生まれたかに思われる箇所があったが、ここは『現代デザイン事典 1988年版』の記述を採った。

『現代デザイン事典 1988年版』 平凡社、ISBN4-582-12905-6

ピクトグラムに関する概説が、『(新版) 現代デザイン事典 2000年版』(平凡社、ISBN4-582-12918-8)よりも充実していて嬉しい。

『JISハンドブック 図記号-1998』 日本規格協会、ISBN4-542-12910-1

一般案内用以外にも様々な図記号の標準があり、それらが1冊にまとめられている。末尾附近に、ISO 7001:1990『Public information symbols』の抄訳がある(邦訳の題は「一般案内用図記号」)。

『グラフィック・デザイン・全史』 フィリップ・B・メッグズ 著、蒔田治彦 日本語版監修、淡交社、1996年、ISBN4-473-01482-7

さすがアメリカ系の全史だけあって、シンボル・サインの歴史を画した国際イベントの例に、メキシコ、ミュンヘン、ロサンゼルス、長野オリンピックしか出てこない(ミュンヘンのデザイナーはオトル・アイヒャーで、他はアメリカ系である)。東京オリンピックや大阪万博などは、アメリカ人の視界には入らなかったのか。

『現代デザイン事典 1988年版』及び『ピクトグラムのおはなし』と併読すると、互いに補いあう面が多く、実に役立った。


2000年6月20日
内田明
email: uchida@happy.email.ne.jp