《Freefonts》 2001年3月27日、7月23日
わたくしのような一般人がアクセスできる“書体制作についての知識”や“フォント制作についての知識”は、非常に広く深くなってきているようです。ここでは、印刷された情報やウェブにある情報等へのリンクを文脈つきで書き出してみようと思います。編集の都合上、1つの情報源を複数のジャンルに掲げる場合もあります。敬称があったりなかったりするかもしれませんが、他意はありません。
内田明 <uchida@happy.email.ne.jp>「タイプフェイスの保護と国際寄託のためのウイーン協定」は、次のように定義しています。「タイプフェイスとは、次にあげる一連のデザインであって、いずれかの印刷技術によって文を構成するために意図されたものをいう。ただし、その形状が技術的な制約によって決定してしまうものを除く。(a)アクセント記号、句読点などの付属物をともなった文字とアルファベット。(b)数字、定式記号、科学記号、慣用されるシンボルなどの図形的記号。(c)飾りケイ、花飾り、装飾模様などのオーナメント」。(訳文は、林隆男『書体を創る』(ジャストシステム ISBN4-88309-431-6)に引用されている、日本タイポグラフィ協会「印刷書体における創作性と類似性」より。)
コンピュータフォントに引きつけて、JIS X 0208:1997の定義を踏まえて言うと、書体/タイプフェイスとは、《所与の字体の集合について、デザイン要素を揃えた字形の集合》である――となるでしょう。また、ユニコード協会のテクニカルレポート17を踏まえて言い直すと、《所与のキャラクタ集合について、デザイン要素を揃えたグリフの集合》が書体/タイプフェイスである――と言えそうです。
書体/タイプフェイスの姿は、木や金属に彫りつけられたり、写植の文字盤になったり、デジタルデータ化しフォントファイルにされたりしたものを印刷/表示することで、目にすることができます。
書体/タイプフェイスにどのようなデザイン要素があるのかということと、そうしたデザイン要素がどのように名指されるかという点については、TR X 0003:2000『フォント情報処理用語』の07.24「エレメント」以下に、定義内容が掲げられています。
“タイポス”を例にして、書体におけるモジュールやエレメントという考え方が解説されています。和文書体におけるエレメントの整理と命名は、桑山さんが別の書物で提案したものが、業界に定着していったそうです。
1人で作業するにせよ、多人数で作業するにせよ、《(1)字体として誤りがないこと、(2)書体として構成要素の組合せなどでルールに反しないこと、(3)一字一字の構成が美しく整い、かつ(4)1グループの字が揃っていて、(5)字配りが調和的でなくてはならない》(同書p.28)といった条件を満たそうとするような書体制作においては、部首毎の分類とは異なる視点も加えた、“左右払い”、“タテヨコ格子”などの「構造による分類」が必須だと思われます。(4)の視点について当用漢字805字を30種に構造分類した上でバランス取りの要諦が解説されています。(本書の内容は、これに止まるものではありません。)
明朝体の基本筆法を示すには「永」ではなく「求」が良いという理論を持つ著者の手本字は非常に確かで、ハウトゥ書的なものの中で最も例示字形がうまいと感じられました。ある部首(りっしん偏)が、旁とのバランスを取るために6通りの形態変化を示す様子が解説されているあたりが、佐藤敬之輔『日本字デザイン1』の項で言う(3)・(4)・(5)に通じる貴重な実践論です。
副題が「林隆男タイプフェイス論集」であるように、書体制作一般についての話題やデジタルフォント制作ならではの話題、書体の権利に関する話題など、極めて重要な示唆に富んだ内容です。
使われる道具がMac版のIllustlatorとFontgrapherだというだけで、実際には、何をどのように揃えるのかという考え方と実技について、機種を選ばない情報が記されています。
どのような思想が、あの/この書体を生み出したのか。どのような歴史を背負って、そのデザインは生まれたのか。小手先の技術・技術論に終わらない何かを学ぶことが、公有書体の制作には有用であるように思います。また、制作しようというタイプフェイスが“いずれかの印刷技術によって文を構成するために意図されたもの”であるならば、構成された文を具体的な姿に定着させる技術についての関心を払わないわけにはいかないでしょう。
副題が「活字・写植の技術と理論」である本書は、“読むこと”と“読ませること”をどれだけ掘り下げて考えれば良い書体設計や図書設計が可能になるかということの深みの一端を垣間見せてくれます。
テキストが本の姿で読者に届けられるまでの間にどのような仕事が集積されるのかという点について、出版者の視点から語られたもの。個人的に、河野三男『評伝活字とエリック・ギル』、片塩二朗『ふたりのチヒョルト』と併読したため、「印刷所」の節と「造本装丁」の節の味わいが深まりました。なお、「印刷所」の節に君塚樹石による精興社書体原図(83%縮小)があります。
書体の歴史あるいは歴史書体に目を向けることの重要性と、組版デザインの歴史あるいは歴史組版デザインに目を向けることの重要性を説き、書体と組版を見る目を養ってくれる貴重な本。必読。
「印刷する書籍がまともな内容のものであるほど、その相手たる大衆へひろく訴えることになる。それだけに書籍印刷者のタイポグラフィのあるべき姿は、生真面目であり非個性的であり、特種ではない」。公有の富を耕すことを喜びとできるか。デザイナーとしてのエゴを満たそうとするのではなく、共有財産としての文字を彫る一職人であろうとすることができるか。というようなことを問われているような気がしました。
現代日本にまで伸びているバウハウスの影を見つめ、書体とタイポグラフィの歴史性を思うこと。《書物の伝統》が、「デザイナーの創作の結果としてではなく、読者と印刷人の、総意の結果として存在している」ことに思いを致すこと。
何はともあれ全文必読ですが、テキストが本の姿で読者に届けられるまでの間にどのような仕事が集積されるのかという点について、とりわけ「目次+年表」及び「図解 書物の制作と権利」と「付録」は、よく読みましょう。
(「付録」に収められている前田年昭さんの「技術が〈人間と労働〉にもたらしたものへの問いかけ」をはじめ、書評へのポインタなど、ラインラボのサイトに関連情報多数。)
雑学の小ネタを集めた本でもありますが、写研とモリサワの写植書体見本集にもなっています。
一般に、自由主義経済体制下で社会の幸福を増大するためには、《“Sweat of the brow”(額の汗=人の労力や資本の投下)は報われるべき》であり、《“Freeride”(タダ乗り)は許されない》と信じられています。「創作活動を助長するため、全世界にわたって知的所有権の保護を促進すること」等を目的として、1967年7月14日に世界知的所有権機関(WIPO)を設立する条約がストックホルムで署名されました。
さて、木や金属に彫られた活字の書体や、写真植字用の活字書体、デジタルデータである活字書体など、どんなマテリアルに実装されたのものであれ、書体は、誰かがどこかで金を遣い、智恵を絞り、汗を流して作り出したものです。無断複製を禁じる法制度を求めるのは自然な感情と言うものでしょう。
書体/タイプフェイスの保護を求める国際タイポグラフィ協会(ATypI: Association Typographique Internationale)の活動をきっかけとして、1973年5月、「タイプフェイスの保護と国際寄託に関する協定 (Vienna Agreement for the Protection of Type Faces and their International Deposit)」を扱う外交会議がWIPOによってウイーンで開催されました。この協定は、6月12日、日本を含む参加55ヵ国のうち、日本を含まない11ヵ国によって調印締結されました(まだ発効していません)。
“ウイーン協定”は、書体/タイプフェイスの保護について、次のような件を定めています。
最初の協定批准国であるフランスは、「1957年の文学的及び美術的所有権に関する法律(PORTANT SUR LA PROPRIETE LITTERAIRE ET ARTISTIQUE)」を1985年に一部改正した際に「タイポグラフィの著作物(typographiques)」を著作物の例示に加え、タイプフェイスを著作権法で保護することを明示しています。また、2番目の批准国であるドイツでは、1981年に「タイプフェイス法(Schriftzeichengesetz)」が成立し、その特別法によってタイプフェイスが保護されることとなっています。
イギリスでは、1989年から施行されている「1988年の著作権、意匠及び特許法(Copyright, Design and Patents Act 1988 (c.48) )」において、タイプフェイスを美術的著作物の一種として保護することを規定しています。
台湾の智慧財産局は、台湾の著作権法が定める“Artistic works”には“letter form drawing (typeface)”が含まれると明示しています。
アメリカでは、タイプフェイスの名称が、商標法によって保護されます。デジタルタイポグラフィと著作権の関係については、1998年に、少なくとも《“デジタル化したタイプフェイス”はcopyrightableではない》とする連邦としての見解が出されています。これについては、フォントを生成するためのデータを含むソフトウエアがcopyrightableであるのにフォントはcopyrightableではないという状態や、名称の保護とタイプフェイスの非保護という状態がもたらすであろう事態等についての懸念が表明されています。そうした懸念をよそに、1999年の合衆国著作権局による連邦規則37の202条の1は、タイプフェイスとしてのタイプフェイス (Typeface as typeface) を、著作権の対象外のもののままとしています。
Adobe Acrobatのように“タイプフェイスのデータを版面に埋め込むことを可能にする文書交換技術”が、埋め込まれた書体データを用いた再編集を可能にする方向へ向かうことに対してドイツのタイプフェイスデザイナーが表明した懸念――フォントの無断複製使用を促進するだけの技術なのではないかという疑念――は、アメリカにおける書体の地位と無縁ではないでしょう。
日本においては、商慣行としては知的財産として取引の対象になっている一方で、タイプフェイスを保護するための法制度は整備されていません。タイプフェイスがどのように保護されるべきか、タイプフェイス及びその製作者はどのような権利を持つか――についての共通認識は、判例の積み重ねと、業界の意志表明等を通じた、形成途上にあります。以下の各判決は、最高裁のサイトで提供されている知的財産権判例集の“判決全文”にリンクしています。北村行夫さんが『判例から学ぶ著作権』(太田出版、ISBN4-87233-282-2)の「はじめに」で書かれているように、要約引用を通じて判例を“分かったつもり”になることには危険が伴いますから、判決全文に目を通されることをお勧めします。
“ヤギ・ボールド”等のデザイン書体が書体見本集に無断掲載されたことについて、著作権及び著作者人格権を侵害されたとし、見本集の出版差し止め等を求めた事件。一審二審共にタイプフェイスは著作物ではないとしました。最高裁の強い和解勧告により、書体見本集の作者に対して《氏名表示の慣行を作るよう努力する》ことが求められました。
“タイポス”書体の原字デザイナーが、写植活字化された“タイポス45”に類似した活字母型を制作・販売したとして、活字母型製造販売業者に対し、販売をやめるよう求めた事件。書体は有体物ではないから商品ではなく、また書体を写植活字化した文字盤は商品ではあっても書体デザイナーはその文字盤の制作者ではないので裁判の当事者たり得ないとされました。
文字書体の制作工程について少なくとも4年はかかるとする原告が製作した8400文字から成る東南アジア用写植書体(明朝体及びゴシック体)と類似した文字2411文字を含む16000文字の書体が10数人の職人しか有しない企業によって1年間で製作されたのは、“盗作”を基本とした制作方法だったからではないか――と訴え、著作権侵害を理由に被告書体の使用差し止め及び損害賠償を求めた事件。“盗作”性については否定され、また書体は一般に著作物ではないとされました。
既存写植書体をコピーして製作したデジタル書体を記録したフロッピーディスクを搭載したレーザープリンタの販売を行なった者に対して、当該写植書体を開発し写植機の製造販売を行なう者が、そのフロッピーディスクの製造販売の差し止めを求めた事件。原審は《書体は無体物ゆえ商品ではない》としましたが、高裁は書体を商品と認め、更に《字体と書体の区別》を明確化し、債権者書体の周知性等を踏まえて債務者の製造販売を差し止めました。
原告が創作したとするPOP書体に類似したPOP書体のフォントを被告が製造販売したとして、被告POP書体を入力した記憶媒体の製造販売の禁止と損害賠償を求めた事件。《書体の形態が不正競争防止法が言う「他人の商品等表示」に当たる余地がある》ことを認めつつ、原告POP書体の独創性の有無及び“周知性”の有無の判定の結果、棄却されました。
各々のゴシック体書体が著作権を侵害していると本訴・反訴された事件。一審で反訴が棄却され、本訴の上告について、印刷用書体の著作物性についての判断と、模倣書体の不法行為性についての判断が待たれました。最高裁は、不法行為性については上告を受理せず、著作物性について、《従来の印刷用書体に比して顕著な特徴を有するといった独創性及びそれ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていれば印刷用書体も著作物性を有する》という判断を示しつつ、上告を棄却ました。
タイプフェイスの権利に関係する判例については、1973年のウイーン協定会議に文化庁著作権調査官として参加した大家重夫さんや、アジア弁理士会代表として参加した牛木理一さんをはじめ、様々な方が論評されています。また、タイプフェイスの権利をどのように保護すべきかという論も出されています。
こうした流れの中で、シンポジウムを開催するなど啓蒙活動や意志表明を継続してきた日本タイポグラフィ協会から、2000年6月に『データベース・日本のタイプフェイス』(インプレス、ISBN4-8443-1402-5)が発刊されました。
協会員であろうとなかろうと、公有書体の制作を志す者は、日本タイポグラフィ協会による次の文書に必ず目を通すべきでしょう。また、“フリーフォント”の利用者も、それがどのような性質のフォントなのかを吟味しておくべきです。