さて、いよいよ分娩室に入った私。
 |
午後4時00分 分娩室 |
カーテンを開けて分娩室に入ると、すでに準備万端の状態。こうこうと明かりで照らされ、あとは生まれてくるのを待つばかり。私はカメラを忘れたことに気づき、部屋にカメラの入った手提げを取りに戻る。助産婦さんがみーの足の間に立ち、看護婦さん2人がみーの両脇を固めている。当然ながらスタッフの人は日常茶飯事のことで、落ち着いたものだ。「さあさあここへ」って感じで、私はみーの右肩のあたりに誘導され、お腹越しに生まれてくるのを見る形になる。立ち場所が決まっているみたい。「写真は産まれてから撮ってくださいね」と釘をさされる。ちっ、先に撮ろうと思ったのにバレたか。とりあえずは、ISO400のモノクロの入ったEOS
Kissを肩からぶら下げ、状況を手持ちぶさたに見守る。
みーは1〜2分間隔くらいで陣痛が来ているようだ。そのうち助産婦さんが、「じゃあ始めましょうか」といって、まず最初にお産の手順を説明してくれる。「陣痛がやってきたら、まず2回大きく息を吐きます。そして、5つ数える間、思いっきりいきんでください。そのときに自分のお腹を見るように丸くなります。一呼吸おいてすぐにもう一度繰り返します。頭が出てきたら『もういいですよ』と言いますので、はっ、はっ、はっとゆっくり呼吸してください」とのこと。
で、分娩開始。しばらくして陣痛がやってきた。ふーっ、ふーっと2回大きく深呼吸(みんないっしょに深呼吸する)のあと、みーが力を入れる。助産婦さんと看護婦さんが「いーちぃ、にーいぃ、さーん、しー、ごー」とゆっくり数える、その間、左側にいる看護婦さんがみーの頭と肩を持ち上げて、体が丸くなるように誘導してくれる。一度力を抜いて深呼吸してから、またすぐ「いーちぃ、にーいぃ、さーん…」といきむ。でも、ちっとも出てこない。
みーもそう思っていたらしいが、お産というのは機が熟すまで待ったら、あとは一発でポンと生まれて来るものだと思っていた私は、まったく影も形も見えてこないのに「あら」と拍子抜け。これが大きな勘違いだった。でも、看護婦さんたちは、当然あわてず騒がず、きわめて沈着に次の陣痛を待っている。その間、みーは「はぁはぁ」いいながら呼吸を整えている。額に汗がいっぱいなので、ガーゼを借りて拭いてあげる。しばらくすると、次の陣痛がやってきた。また助産婦さんが「はい、じゃあいきましょう。ふー、ふー、1、2、3、4、5!」。今度は私も頭の下に手を入れて持ち上げてあげる。続けてもう一回。以下、陣痛が来るたびにこれを繰り返す。
このセットを3回くらいやったところで、みーが、「これ何回くらいやると産まれるんですか」と聞く。すると、助産婦さんは「うーん。10回くらいかなぁ」。「えー、まだそんなに」と、みーはかなり予想外のことにまいったという反応。そうしているうちに次の陣痛が来て、また「1、2、3、4、5!」とやる。だんだん「3」を伸ばす時間が長くなり、いきむ時間が長くなる。私までいっしょに息を止めて、思わず力が入ってしまう。その間、助産婦さんは指で子宮口を広げている。「赤ちゃんの頭を出口のほうへ誘導しているんですよ」というが、どう見てもぐりぐり広げているようにしか見えない(後で、みーはこれがすごく痛かったといっていた)。
はじめのうちの進まない状況は、みーに経験がないということもあったようだ。「いきむって感覚が最初わからなくて、うんちが出てくるような気がして、どう力を入れていいかわかんなかった」という。これを途中で看護婦さんに伝えたら、「それでいいんですよ」(つまりうんちをする感覚でいい)という。事前に浣腸で腸の中は掃除してあるので、便が出てくるはずはないのだ。よく、お産経験者に聞くと「でっかいうんちをする感じ」とは聞いていたが、まさにその通りらしい。これを聞いて、みーはようやく思い切りいきめるようになったと言っていた。
 |
午後4時52分 出産 |
この「1、2、3、4、5!」のセットを7回くらいやったころ、男の先生がやってきた。なかなか出てこないのでお医者さんが呼ばれたらしい。2回ほど見守っていたが、助産婦さんと相談しながら、10回目くらいにハサミを手に持って横に立った。で、いきみ始めたら、頃合いを見てチョキンと切った(うわー)。同時に助産婦さんが頭を引っぱり出そうとしている。「だいぶ頭が見えてきましたよー」というが、こっちはお腹側から見ているのでわからない。1セットで3回いきむようになったが、11度目でもやはり出てこなかったので、また相談している。「吸引?」とかいう言葉も聞こえてくる。
手早い相談の末、次は「押し出す」という作戦になったらしい。看護婦さんが、分娩台の上にまたがり、みーのお腹の上にタオルを乗せ、両手をあててスタンバイ。陣痛がはじまったら「1、2、3、4、5!」の間に、思いっきり両手でみーの下腹部を押し下げた。一呼吸で続けてもう一回「1、2、…」(あんなに思いっきり押して大丈夫なのかしらん)。長ーいいきみの間、少しずつ黒い髪の毛のような物が見えてきた。「もう少しですよー」という看護婦さんの励ましに、みーは真っ赤になっていきみ続ける。
分娩の間は、赤ん坊の心音をモニターしているため、常に脈動の音が部屋に聞こえている。通常130くらいある心音が、いきんで押し出し始めると見る見る低下し、40くらいまで落ちる。こちらは素人なので、このドッドッ…ドッという音が急激に遅くなっていくのを聞いているとドキドキしてくる。ましてや、時間が長くなると止まるんじゃないかとさえ思う。そんな思いでまた固唾を飲んで見守るなか、助産婦さんがようやく頭を引っぱり出した(まさに引っぱり出した)。「はい、もういいですよー」という看護婦さんの声に、みーは「はっ、はっ、はっ」と教わったとおりの産後の呼吸になる。続いて体がずるずると出てくる。やけに白いへその緒が伸びていく。12度目にして、やっと外界にご登場! 時間にして20分以上はかかっただろう。そうだ、どっちだろうと思い、看護婦さんに抱えられている赤ん坊の股間をもどかしく見ると、「付いている」。男の子だ。目が合ったみーに「男の子だよ」と教える。うれしそうだ。
 |
やったー、終わったー。「男の子だよ」 |
 |
看護婦さんがお腹の上に連れてきてくれる |
 |
「やっと会えたねー」とみー |
 |
母と子のご対面の記念写真。こうして見ると、頭長いでしょ |
 |
ふにゃーふにゃーと力なく泣く |
 |
へその緒を付けたまま体を拭いてもらう |
赤ん坊はみーの足もとで、うつむいて看護婦さんに口の中を吸引され、そのうち「ふにゃー、ふにゃー」と力ない声で泣き始めた。ドラマではもっと大声で泣くもんだが、現実にはほんとに貧弱な泣き声。へその緒を付けたまま、みーのお腹の上に看護婦さんが持ってきてくれる。みーは「やっと会えたねー」といいながら、赤ん坊の両脇を手で抱える。「忘れないで来たのー」とはオチンチンのことだ。このポーズで私は写真をパチリ。「フラッシュは?」と先生が言ってくれるが、急で出し方を忘れてるし(^
^;)、いやたぶん大丈夫でしょうといいつつ、生まれたてのうちにとあせって何枚か撮る(大丈夫でよかった)。部屋にある2つの時計が違う時刻を差していたので、私が腕時計で確認し、こっちが合ってますよと伝え、「誕生は午後4時52分ですね」と看護婦さんが宣言。みーは、ほーっと横たわっている。このとき、自分でも写真を撮ろうと思って私に声をかけたのだが、結局はやめたらしい。
赤ん坊というだけあって、ほんとうに赤紫の色をしている。私の第一印象はといえば、「頭が長い」。でかいではなく「長い」のだ。後に桑坊にメールを書くときに「巻き貝」とも表現したが、後頭部に向かってなすび状に伸びている。より極端にいうと、「エイリアン」のようといえばイメージしやすいだろうか(そこまで長くないが)。
赤ん坊は、分娩台横の台の上に乗せられ、出生後の処置をされる。この間にも何枚か写真を撮る。このころにはみーのお母さんもやってきて、赤ん坊を見ている。へその緒をクリップのようなもので留めて、パチンと切る。まぶたはまだはれぼったく半魚人の状態だ。目にも軟膏のような物を塗る。あいかわらずふにゃふにゃと力無い声を出しているが、少しずつ肌が乾いてきて、みるみる変容を遂げていく。この段階では、どちらに似ているのかはまだ判別できないが、二重まぶたは予測できた。鼻は自分に似ているような気もする。ふと、自分の幼い頃のお宮参りのころの写真を思い出した。祖父に抱かれていた自分の顔を思い浮かべ、そういえば似てるかもしれないなーとも思う。
正直言って、分娩室に呼ばれるまでは、赤ん坊がどんな姿をしているかとか、どっちに似ているんだろうとか、健康だろうか、なんて考えていなかった。なぜかというと、陣痛があまりに辛そうなので、みーの心配ばかりしていたからだ(これホント)。いよいよ出てくるんだという段なって、ようやく赤ん坊の容姿とかに思いがいったのだが、とても想像がつかなかった。で、そんな気持ちでまじまじと顔を見ると、かわいいかわいくない、似てる似てないよりも、ほんとうに一個の人間なんだなぁと、正直どこか他人をしみじみと見るような感覚がした。ひととおり処置が終わったところで、看護婦さんに「体を洗って服を着せるので、お待ちください」といわれ、みーにお疲れの言葉をかけて、いったん分娩室を出る。
 |
午後5時15分 産後 |
部屋に戻って、とりあえず携帯で大阪の両親に電話をする。母が膝の手術で入院しているので、留守で出ない。そこで、続いて友人の深野に電話。彼らのところも3日前に三女が産まれたばかりで、お互い気にかけていたが、ようやく報告ができた。しかし、落ち着いていられず、すぐに新生児室に見に行く。

ガラス越しに見ると、ちょうど陽太が産湯を浴び、台の上に寝かされて、オムツを着けられ、服を着せられている。これを看護婦さんがあやしながらやっていてくれるところを写真に収める。「今日生まれたよ」という目印の帽子をかぶせられ、ガラスの近く、7人くらいの新生児が並んでいるうちの、最も新しく生まれた子供のための場所、一番右のスペースに寝かされた。まだふにゃふにゃで赤黒く、髪の毛もゆらゆら濡れてくっついていて、変な生き物だ。足の裏に「ワダ」と大きく書かれてある。
その後、予定していたひとり部屋に、お母さんと荷物を移す。間をおいて、分娩室に寝ているみーのほうに行く。「がんばったね」と「やっと終わったねー」って感じで手を握った。しばらく二人で話をしたが、何を話したかはよく覚えていない。たぶん名前のこととか、誰に似てるかとかといったこと。赤ん坊の体重は2930g、身長は48.3cm。事前の最後の超音波診断では3200gくらいと言われていたのだが、思ったより小さかった。しかし、なかなか出てこなかったのは、頭が大きかったのと、みーの産道が狭かったせいらしい。
話しているところへ、看護婦さんが陽太を連れて来た。出産時にみーの左側についていてくれた看護婦さんで、実に甘ったるーい声でしゃべる人(ちょっと羽野晶紀のような感じ)なのだが、「はい、お母さんのおっぱい吸ってみましょうかー」と、仰向けに寝ているみーのおっぱいの上に赤ん坊の口を押し当てる。本当は生まれてすぐにでも吸うらしいのだが、陽太は乳首に口をつけたまま「ぐでっ」としている。さらに、腕立て伏せみたいに上半身を起こそうとする。「力が強いねー」と看護婦さんがフォロー。お母さんも交えて、看護婦さんに記念写真を撮ってもらう。ここで、ようやく無事終わったなーという実感。部屋に戻って再び電話すると大阪に通じ、男の子だったということと、生まれた時間や体重や身長などをとりあえず父に報告する。母も術後の経過が順調で、よかったという話も聞く。再び新生児室を見に行くと、哺乳びんで糖水を飲まされていた。
 |
生まれたて1日は、体温調節もできないので、帽子をかぶせられる |
 |
午後7時00分 ひとり部屋 |
7時くらいになって、永代のお父さんが仕事を終えてやってきた。お母さんが代田橋の駅まで迎えに行き、まず新生児室の陽太を見てから、分娩室のみーのところへ来てくれる。3人は先に部屋に戻るが、その途中でお父さんとガラス越しに眠っている陽太をあらてめて見ながら話をする。

「手がおっきいなー」とお父さん。そう、確かに他の並んでいる赤ちゃんに比べて陽太はやせっぽちだったせいか、生まれてすぐは手足が妙に大きく見えたのだ。ほどなくして、みーも部屋に戻ってきた。みーは、3食ぶりの医院の夕食をようやく食べられることになる(献立は煮込みハンバーグで、とても美味しく感じたと後に言っていた)。その間にご両親と私は、代田橋駅近くの2階にある中華料理屋にいっしょに夕食を食べに行く。とりあえずはビールを頼み、3人で無事に出まれたことに乾杯。お父さんに「おじいちゃんになりましたねぇ」というと、まんざら悪い気もしなさそうに笑った。もっとも私も親父になったので、人のことを言えないのだが。
生ビールを2杯ずつくらい飲み、1時間くらいの食事のあと、ほろ酔い機嫌で医院に戻る。9時ごろにみーの弟、一尋くんと奥さんの久美子さんが仕事の後やってきてくれた。そろそろ新生児室のカーテンは閉まる時間だったが、幸い陽太の顔は見られた。みーは夜食のナシを食べながら、家族に痛かった話をする。「こんなに痛いのは、しばらくはもういい」という。よく、生まれた子供の顔を見たとたんに痛みは忘れ、また次の子が欲しくなるという話を聞いていたのだが、みーの場合はそうじゃなかったらしい。
30分くらい話をして、ご両親と弟夫妻は車で帰っていった。みーと二人になった私は、病院からのたくさんのもらいものを品定めする。大きなクマのぬいぐるみ(かご付き)に、干支のウサギのぬいぐるみ、哺乳びんが2本にミルクの缶3つ、オムツのサンプルがいくつか、ラッコ型のお風呂の温度計、ベビー石鹸、ヘアーブラシ、爪きり、鼻吸い器、白いアルバム。ほかに誕生後すぐを看護婦さんが撮ってくれた「写ルンです」と、カセットテープがあった。カセットテープには、分娩の前後の数分の音声が記録されている。さっそく部屋のラジカセで再生すると、「へー、こんなこと言ってたんだ」と、みーは不思議そうに自分の声を聞いていた。
10時を過ぎ、みーも疲れたろうので、私も帰ることにする。長い一日だった。ずっと病院前に止めっぱなしだった車のエンジンをかける。あとは、帰りに事故を起こさないように気を付けなくちゃね。
 |
午後11時00分 自宅 |
家について、まずシャワーを浴びた。頭を洗い、伸びたひげを剃る。さっぱりした後、ビールを1本開け、ひとりで乾杯。メールを確認すると、真穂ちゃん(桑坊の奥さん)から「まだですかー」というメールが入っていた。時間はちょうどみーが分娩室でいきんでいたころ。簡単に「生まれました。男でした。手足がやたらでかくて、体重は…」と書いて、これに返事を送る。あとの友人たちには、また明日メールを書くことにしよう。さすがに疲れた。今日の朝2時に起きた布団にもぐり込む。天気予報では、明日もまたいい天気らしい。バイクで行けるな。明日は先に医院に寄って赤ん坊の顔を見てから会社に行くことにしよう。
 |
次の日、昼間っから会社を抜けて、添い寝の私 |
 |
手が大きいでしょ。1日たって頭はだいぶ縮んできた |
 |
一晩明けて、ほっと一息の二人。みーはこの後5日間は、上げ膳、据え膳の生活 |
 |
慣れない手つきでミルクをあげてみる。杉山医院では、産後すぐからもう自分の部屋に新生児を連れて帰ることができるので、こんなこともできる |
 |
生まれたばかりは、手足はしばらく赤紫色のまま。まだしわしわの手 |
 |
子供を間違えないように、母親の名前を書いたタグが、母親の手と赤ん坊の足につけられている。 |