歩く  ルイス・サッカー  金原瑞人+西田登訳   
                              講談社
  
              
               2007.5.25   1600円

 

小さな一歩

 
「穴」に出てきたアームピットこと、セオドア・ジョンスンが主人公の物語。
 グリーンレイクから帰ってきて、学校へ行きながら造園の穴掘りをアルバイトでしている。このセオドアと、隣家の脳性麻痺の少女、ジニーとの関係がなかなかいい。お互いに認め合って、セオドアも同情による付き合いではない気の合った友人同士になっている。「脳みそに怪我をしている」という表現も良かった。
 同じグリーンレイク帰りのX・レイが少女歌手カイラ・ディオンのコンサートのチケットを転売しょうという話を持ちかけたところから、話がはじまる。
 このあたりからの話の展開が実に上手い。つくづくルイス・サッカーはストーリーテラーだと思う。
 まず、貧しい黒人の青年が、スター歌手と知り合い、スターである少女に好意を持たれるという展開を無理や、不自然なく上手く演出している。
 そして、歌手カイラの豊かさの中の飢餓感をも周りの人間の動向や思惑とともに読者に生々しく感じさせている。
 それにしても、アメリカの若者の中に、いかに深く一般的に麻薬が浸透しあふれているかということを感じさせた。
 最初にセオドアが親に、尿検査をしろといわれるところ、コンサートでジニーが発作を起こしたときにまず麻薬の摂取を疑われたところ。日本ではここまではまだいっていないと思うが。
 セオドアが以前施設のカウンセラーにアドバイスされた言葉、「人生は川を渡っていくようなものだ。大きく踏み出せば、流れに足をすくわれてどこまでも押し流されてしまう」と、物語の最後に「おれはおれで小さな1歩を踏みしめていこう」というセオドアの決心がこの作品のテーマになるのだろうか。
 お互いに別の道を歩むことになったが、再び声を取り戻したカイラの歌がなかなか感動的だった。(信原和夫)

サッカー「歩く」を読む―エンターティンメントとしておもしろい―

 
 
アフリカ系アメリカ人セオドラのあだ名はアームピットという。矯正キャンプに入っていたときにサソリに刺され、「脇の下が! 脇のしたらいてぇよ」と叫んだせいでつけられた。辞書によれば、アメリカ俗語では「汚い・いやな場所」とあるのだから、「アームピット」と呼ばれるのを本人がいやがるのはわかる。ところが地の文でセオドラをアームピットと記すのは、読んでいてわかりにくい一つだった。わかりにくいといえば、人名や地名の外国語名、それに歌の題もわかりにくい。ただしそれはわたしの年のせいで作者のせいではない。
 外国名に難儀したものの、犯罪がからむ後半になるとおもしろくなる。ファーストクラスでの旅、高級ホテル利用、異国情緒あふれる街でのショッピング、その上アイドル歌手とのデート・キス… エンターティンメントに満ちていて楽しく読んだ。
 アフリカ系アメリカ人、障害をもつ白人の少女、矯正キャンプ、わが子を利用する親など、今やアメリカだけでなく日本でも青少年をとりまく問題が取り上げられ、しかもそれをさりげなく描いているところが心憎い。
 ところで「歩く」の原題はサブタイトルに示されるように SMALL STEP でこの語は物語の最後のカイラの歌に出てくる。「でも、わたしは小さな一歩を踏み出したばかり…」 不安はあるもの、独り立ちしようとする青年の心を示しているのだろう。この原題をどう訳するか、わたしにはアイデアがあるわけではないが、「歩く」という題からもっと重い内容を、同じ作者の「穴」から想像したので、人生への小さな一歩を示す訳語としてはしっくりこなかった。(向川)

『歩く』を一読して


 新鮮さ、スリル、破天荒さ、ユーモア。いずれをとっても『穴』には及ばない。だからといって『穴』に劣るものではない。続編でもなく、比べられる世界でははないのだから。
『歩く』は、地に足のついたメッセージ性の強い作品である。歩く、というよりも、歩き続けることの大切さを教えてくれる。
  あなたの人生は、いわば激流の中を上流に向かって歩いていくようなもの。それを乗り切るコツは、小さな一歩を根気強く積み重ねて、ひたすら前に進むこと。もし大股で一気に進もうとしたら、流れに足元をすくわれて下流に押し戻されるわよ。
 犯罪歴のあるアフリカ系の少年が、厚生施設を出て世間に戻るとき、カウンセラーが教えてくれたこの言葉が『歩く』という一冊全てであろう。アームピットのみならず、読者の私自身にもズシリと響いた。一歩一歩、小さな歩みを重ねるのが生きるということ。汚点のない来し方など誰にもあるはずがない。
 はじめと終わりに、アームピットの五つの目標があるのがおもしろい。ヤバイ儲け話に乗ってしまったり、警察に嘘の証言をしたり、好きだといってくれる少女の心を傷つけたり、目指した品行方正?な生活からは程遠いけれど、目標は寄り遠く、高くなっている。五つ目の(アームピットという名におさらばする)だけは、たぶんかなわないだろうなとひとり笑い。このクスッが最後にあるので、明るい気分で本を閉じた。
 訳者あとがき
    そしてもうひとり、最高の仲間が登場する・・・けど、こちらは、ないしょだ。読んでのお楽しみ。
には興ざめた。わたしは時々、本文より訳者あとがきを先読みするが、たいて
いは最後に読むものではないか。お楽しみは既に終わっているのです。
 ハイティーンの逞しい少年にしては、表紙絵が幼くてそぐわない。 (村上裕子)
 

                              
『歩く』(ルイス・サッカー作・金原瑞人+西田登 訳)を読む

教訓 1 本の「帯」にダマサレルな。
「帯」に曰く「次から次へと少年たちを待ち受ける運命の落とし穴。出るか、
一発大逆転」これが本書を読書会の推薦理由にしたところだが、さて、みなさんはどう受け止められたか。前科のある黒人少年と人気シンガーとのアヴァンチュールの顛末が本書のあらすじ。
破局に向かうと思われたシンガーとの終局は「わたし(たち)は小さな一歩を踏み出したばかり」という(これが原題=SMALL STEPS)、主人公は偽チケットを売った嫌疑から免れ、高校のテストにも合格。殺人の嫌疑も晴れて町の人気者。(どこに「運命の落とし穴」があったか。「一発大逆転」とは何だったのか。大袈裟な!)

教訓 2 訳者の「あとがき」にダマサレルな。
 前作『穴』は訳者によると「どことなくユーモラスで、途中から痛快で、最後は、あまりに鮮やかなどんでん返しに、身をよじって笑い転げたくなる、胸のすくような冒険小説」とある。私の印象は「暗くて、辛気臭くて、あらすじを纏めるのに苦労した作品」で「身をよじって笑い転げたくなる、胸のすくよ
うな冒険小説」の印象は残っていない。「鮮やかなどんでん返し」がこの作家の特徴と訳者は考えているらしい。
 さて本書は「(主人公は)轟音をたてて回転する悪夢の車輪にしばりつけられて、坂道を転がり落ちて行く。行く手に待ち受けるのは、ミステリタッチの命がけの冒険と、切ないラブロマンス。」これは安手の広告文そのもの。訳者の「あとがき」を読んで本書を購入した読者(こうした人も多い。)はダマサレて「金
返せと叫ぶ?」(推薦者としてお詫び!)
「今回は『穴』と違って、めちゃくちゃいい仲間が登場する。(略)最高の仲間が登場する・・・けど、こちらは、ないしょだ。読んでのお楽しみ。」とある。この「最高の仲間」がXレイなのか。とにかく本書の訳者「あとがき」は、住
宅の誇大広告そのものだ。
前作『穴』にくらべて、「甘い」。プロットもキャラクターも安手。まあ、読み
やすかったのが救い。(書店であまり見かけなかったのも反応の一種か。)
 (大藤 幹夫)