修理を頼んだのは
「えっ,お母さんから何も聞いてないって?」
わたしは留守番をしているという小学校三年生ぐらいの男の子を前にして困ってしまいました。
「昨日,たしかに電話をもらったんだがなあ。今日三時ごろ来て下さいって」
男の子もどう返事をしたらよいかわからないようです。
わたしはバブルがはじけて,勤めていた会社がつぶれてから便利屋をはじめて半年ほどになります。
あまりお客もなくて,よっぽどこんな仕事やめてしまおうかと思ったのですが,先週,新聞屋さんに頼んで折りこみ広告を入れてもらったところ,やっといくつか注文が入って一息ついたところでした。
「水道の蛇口から,いつもポタポタ水が出ているし,流しからも水がもれているので直してくださいって,電話で聞いたんだけど」
わたしがそういうと,男の子は「あ」というように目を上げました。
「ね,どこかうちの中で,水道がもれているところがあるだろう?」
「うん,そういえば,台所の蛇口,いくらしめても水が止まらないんだ」
「そう,それにちがいないよ。きっと,お母さんが出かけるとき,きみにいうのを忘れていたんだよ。せっかく来たんだからちょっとだけ見せてね」
男の子はちょっとしぶっていましたが,わたしは強引に上がりこんで台所に行きました。
すると,案の定,蛇口からはポタポタと水が落ちています。
「やっぱりまちがいないよ。でも,こいつはかんたんだからすぐ直るよ」
わたしは道具箱から早速ナットを取り出してパッキンを交換しました。
こんどは流しの下です。
わたしは台所のすみの床板を一枚外して床下にもぐりこみました。
なんとなく,あたりの空気がじめじめして湿っぽい感じがしました。
わたしは流しの下まで行くと懐中電灯をつけて照らしてみました。
すると,パイプの継ぎ目からじわじわ水がもれて床下をぬらしています。
このまま捨てておくと、家中湿気てカビが生えたり,柱がくさったりするにちがいありません。
ゆるんでいるボルトをナットでしめたり、かたむいているパイプをまっすぐにしたり、しばらく作業を続けるとやっと水もれは止まりました。
(顔も手も真っ黒になってしまったぞ。鏡を見たら、きっとひどいことになっているだろうな)
そんなことを考えながら、ふと横を見たわたしはおどろいてごつんと頭を上にぶつけてしまいました。
そこには、二匹のねずみがちょこんとすわっていたのです。
そして、ねずみたちはわたしに向かってていねいにおじぎをしました。
「早速修理をして頂いてありがとうございます」
「えっ」
わたしは何のことかわからずに最初、ぽかんとしていましたがしばらくしてやっと気がつきました。
「すると、昨日、電話で修理を頼まれたのはあなた方だったのですか」
「ハイ、この床下にわたしたちのうちがあるのですが、水がもれるようになってから湿っぽくなって困っていたのです。子どもたちの健康も心配ですし、昨日、ゴミ箱のところでお宅のチラシを見つけたものですから」
「そうだったのですか。すると、チラシを配った効果はあったわけだな」
「そうですとも。おかげで助かりました。これはほんのお礼です」
二匹のねずみはわたしに一つつみのチーズを差し出しました。
わたしはこれは家のねずみたちへのプレゼントだなと思いながら、ポケットにしまいました。
それからわたしは床下から上に上がると待っていた男の子にいいました。
「流しの下もちゃんと直ったよ。これで、もう大丈夫だ。
ところで、料金のことだけど、お母さんが帰ってきたら、サービス期間中だから無料ですっていっといてね」
何しろ、料金を二重にもらうわけにはいかないのですから。
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