| 狭い庭と広い空 | おおだんともあき |
| −わたし自身(3)− | 新雪の下だより NO.4(1973.7.10 発行) より |
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一昨年のことを書いている。ちょうど丸二年になる。五月の中旬から六月いっぱいは、立派な病人だった。そのとき、わたしの心に去来したことを、思い出して書いているのである。 |
狭い庭に面したみすぼらしみすぼらしい部屋にねていて、一日中桜の木かげをながめ暮した。いや、その木かげに身をよこたえているような気持ちでねていた。
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それを書き継ぐつもりで筆をとったのだが、実は、二年前の想い出などにわたしの心を向わせない環境が、いまわたしを取りまいている。予定通りに筆は進まないのである。 |
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高原の向うは尻上りで、晴れていれば、おそらく富士山がどっしりそびえているのであろう。
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その夜は東京の川島家に一泊。医学書院の乾氏や山口氏。それに朝日新聞科学部の長倉氏などがやってきて、深夜までワァワァやる。飲んで、食って、笑って、諭談風発。楽しみの極てあるが、彼らはそのなかで結構仕事をしているのだ。 |
いやいや、ホロビても、いいじゃあ、ねぇのかなぁ。
若い三人がワァワァやってるのを、川島夫妻とわたしの三名は、言葉少く、きいている。 |
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その翌日、わたしはこのすばらしい研修所にきた。
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昨日、東京駅で列車を待っているとき、ふと気が向いて |
カカドウ変奏曲が終ったので、レコードをさがしてみる。田園交響曲がある。レコードが傷んでいて、雑音が多いけれど、それでも、いい。この広大なみどりの高原のながめと、田園交響曲が、とてもよく似合うのだ。
(昭和四十八年六月十五日朝) 新雪の下だより NO.4 |
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