ひょんなことから久しぶりに大段家を訪ね、その絵本に、四半世紀ぶりに再会した。それは畑正憲氏著「ムツゴロウの絵本1<無人島の巻>(72年発行)」である。当時中学生のおこずかいではその絵本は買えず、大段家に遊びに行っては見るのを楽しみにしていた。
いまやテレビでも有名なムツゴロウさんが、北海道の無人島に動物王国を創ろうとしていた頃の、日記風の写真集といってもいい。白黒写真が主だが表紙部分にあった数枚のカラー写真の中でずっと心に残っていた写真があつた。
新緑の山すその黄色い花の咲いた小道を赤いジャージを着た女の子が馬に乗っている。女の子はムツゴロウさんの一人娘、明日美(あすみ)ちゃん。当時、中学生だった私はこの写真を見て二つ小さな決心をした。ひとつは「いつか絶対に馬に乗れるようになってやる!」もうひとつは「子供ができたら明日美という名前にしよう」ということだった。
それから干支の一回りほどの時が流れて、私は女の子を生むんだ。翌日から私はその小さな顔に「あっちゃん」と呼びかけ、その子の名は「明日美」と決まった。私の顔を縮小コピーしたような子で、うまい具合にお父さんからえくぼをもらった。私の子供のころと同じように、あまりままごとや人形遊びなどはせず、保育所から行く山登りの散歩の好きな子だった。
銀行勤めをしながら子育てをし、日々喧騒の中で暮らしていた私は「子どもの手が離れたら…」と自分のための時間を狙っていた。下の男の子が小学校に入学した年、私は乗馬クラブの体験コースに申し込んでいた。
栗色の大きな瞳、すらっとした足に堂々の貫禄、素晴らしいたてがみ、20年来のあこがれの馬に乗れた私の感激は語り尽くせない。しかし、わずかな時間しか乗っていないというのに、私のお尻は痛かった、足は突っ張った。あの写真のかわいさは到底無い。生来高いところの好きな私は馬上の高さは気持ち良いほどだったが、クラブの入会金と月謝の高さには負けてしまった。あれだけの生き物を育て養い運営するのだから当然の費用だが…。
私の断念をよそに、付いて来ていた明日美の方はポニーがすっかり気に入ってしまい「毎週来る!」と言い張るようになってしまった。ジュニア会員の会費なら、学習塾に行かせるつもりで何とかなりそうだったので、かくして私の夢は娘に託されたわけである。
あれから3年、明日美は毎週土曜日を楽しみに通っている。体が小さいのでいまだにポニーだが、外馬場にも出られるようになり、かけ足はもちろん小さな障害も越えられるようになっている。いまや、そんな娘を横目で見ながら「明日美が女性ジョッキーになってうんと稼いでくれたら、私も左団扇で好きなだけ乗ってやる!」とよこしまな思いを抱く母親になってしまったのである。