わが人形製作

おおだんよしこ

新雪の下だより NO.8(1975.2.15 発行) より

国宝・宮女の図

 いつだったか、毎日新聞社発行の「国宝」の第十巻をみていましたら、一枚のすばらしい肖像画をみつけました。渋い赤の衣装に、これまた渋い緑色の帯、頭巾は漆黒、斜めに指したのは横笛で、それもまた渋い緑に描かれていました。
 いちばん見事なのは、右を向いたその横顔の秀麗さと左右の掌の表情です。左の小指と右の親指とを触れ合わせた、まるで仏さまの印相のようなこの恰好は、いったい何を意味するのかわかりませんが、とにかく沈んだ茶色の背景に浮かび上がったこの指の描写の見事さは、ほんとに息をのむような、と形容しても誇張ではありません。
 解説をみましたら、はるほど見事なはず。国宝のなかでも逸品中の逸品で、今は大原総一郎氏の蔵とあります。ちょっと引用してみましょう。

 烏沙帽(ずきん)をいただき、朱袍(赤い上衣)を着け、石帯に横笛をはさみ、両手の指をみつめる宮女の立ち姿である。右手の親指頭と左手の小指頭を接触させるのは、はたしていかなる意であるか、適当な解を与えることはできないが、その不思議な指先の動きと線のからみ合いが、この美人図を印象的に、また意想的にもしているようである。描写はきわめて精微であり、輪郭線、毛がきの線も美しく、細勁な衣褶の線もすぐれている。

 なるほど、上手に書いてあるなあ、と感心しました。あとを読むとこの図は桓野(かんや)王の図だと長いあいだ伝えられてきたが、それは桓野王が笛の名手として知られていたからだ、とか、最近、これはやはり女性の図ではないかという説が強くなってきた、というふうなことが書いてあります。
 「その図なら、有名なもんだよ。これにも解説があるよ」
 と主人が出してきてくれたのは、角川版世界美術全集の中国5の宋・元の巻。これには色刷りはなくグラビヤですが、全身像がありました。解説には、こうあります。

 本図の様式は衣紋線の鋭角的な表現、やや細身の身体のプロポーションより考え、北宋末期に流行した美人図の系統に属するものとしたい。

 織細で品位があり、しかも腰の強い横線は実に見事で、元代初期の名手の筆になった作品と考えられる。

 何と、この作品を、この新米未熟の私が、人形にしたててみようと思い立ったのですから、いま思っても、向こう見ずの大馬鹿さんと自分からあきれるくらいです。


盲蛇におじず

 何としても、こんどはこれをと思ったのです。三月ごろから、ぼつぼつ始めて、十一月七日の愚人会塾展に間に合わせました。そのあいだ、
 「それ、いったい、どうなるのかなあ」
 とか、
 「似ても似つかぬ人形が出来るんじゃない」
 とか、
 「たとえ、そうでも、いいじゃないの。ナニナニニヨル、とか何とか、ことわればさ」
 とか、わが家の者どもは、製作者の苦しみも知らないで、ほんとに勝手なことばかりいうのでした。
 「なあに、先生がついてるんだから、何とか形をつけて貰えるよ」
 などといわれると、まことに残念、しゃくにさわるのですが、事実はまさにその通り、先生に頼りきりで、何とか作りあげげました。その先生が、あちこち手直ししてくださってた折、
 「私もこの絵をみて、すっかり気にいって、一度つくりたいと思ったこともあるのよ」とおっしゃったときは、ほんとに冷汗ものでした。これがいわゆる「盲蛇におじず」のたとえ通り、先生が控えられたものをあえてやるなんて、と、つくづく自分のイサマシサにあきれかえったのでした。
 「まあ、そこが新米のよさ、しろうとのよさじゃないの」
 はげましか冷かしかわからぬ家族のものの声に尻を叩かれて歴史上の名品をあえて人形に製作した私の苦心談、少しだけ書かせていただきます。


人形にする

 直径十二、三センチの桐の丸太を三十センチに切り、それを平ノミと小刀で彫って、身体をつくりました。頭部は桐の木を芯にしてコソクで形づけをします。問題は手です。あのすばらしい手の表情が、うまく表現できるか、どうか。手首と手のひらとは、桐の木で掘り出し、指は針金に石州紙をまいてつくるのです。
 全体の形をおおまかにつくりあげるのが、第一段階。基本的な素描の修練がないから、ダメなんだ、いや、この図版でプロポーションを計って、その通りやればいい、でも、絵と彫刻はちがうのよ。といった評論家どもの放言は無視して、私はもっぱらペーパーがけです。ペーパーをかけて磨いては、下塗胡粉をかける。乾いたら、また磨く。そして、また下塗、といったことをくりかえして、やっとこれで第二段階です。
 第三段階となると、いよいよ各部分をつくり上げなくてはなりません。たとえば、頭です。いわゆる胡粉仕上げで、胡粉を「磨きあげ」、「中塗り」をくりかえした上で、掘り出すのです。いつかテレビで岡本正太郎先生が、見事な技術を披露なさっておられましたが、私たち未熟ものが、いくら熱をあげても、到底及ばないところが、こんなところなのです。先生のお手をわずらせて、感謝一杯のところです。
 それから、手。むすかしくて何度もイヤになりました。なぜこんな難しいものを、作ろうなどと考えたのか。でも、どうせ、新米、下手で当たり前。などと自分にいいきかせて、とにもかくにも手の形、指の形に仕上げました。
 堀出しのあとは、上塗胡粉をかけます。そして、こんどはトクサを使って磨くのです。
 胴のほうは、和紙を張ります。希望した色合いの和紙が手に入らずイヤ気のさすことが多いのに、こんどは割り合いスムーズに選びました。上衣は橙褐色、下着は白、上衣の下からのぞいているところは深みどり、と、まあまあの配色です。石帯にはヒスイ色の七宝焼をはめこもうと作ってみたのですが、失敗。頭巾は黒ですが、美しい飾りものがついています。これにはシャッポをぬぎました。
 いずれ数年後には、もう一度本格的に挑戦してみたいと考えています。


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