ぜいたくな患者教育
心臓の裏手に直径5センチぐらいの蜂の巣状の病巣がある。二十五年まえに最初に肺結核になった、そのときの病巣が気管支拡張を起して変形している。そこがどうも地雷源となっているらしい。
近くのお医者さんの向井先生にお世話になった。早朝に飛んできて頂いたこともあった。午後一時か二時ごろ、先生が往診してくれるのが、一日の最大の日課になった時期もあった。
歩けるようになると、百メートルほどの向井医院にゆき、度々レントゲン写真をとり、その解説を詳しくきかせてもらった。とくに断層写真を毎月のようにとってもらって、その変化を調べていただいた。何枚もの写真を前に並ぺて、先生の解説をきくのであった。
わたしは実にぜいたくな患者教育を受けたのであった。

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庭に向って臥す
狭い家であった。とにかく座敷とよぱれる六畳の部屋に、わが病床はしつらえられた。
縁側から狭い庭がある。狭いけれど、この庭は家にくらぺてぐっと上等で、大きな桜の木をはじめ、ビワ、カキ、イチジクの木、それにアジサイ、ボケ、水仙、あやめ、またカンナ、バラ、パンジー、雪柳、こでまりといった花が植えられている。
第一、芝生があるのだ。この家のよさば庭にある。いや、その庭と空の広さにある。その空に桜の木が深いかげをつくる。ついひと月まえ、わたしたちはその桜の花の下にテーブルをおき、椅子を持ちだして、花見の宴をひらいたのだ。
葉桜の木かげをたのみつつ、わたしは重症患者としての毎日を暮した。
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世のモノオト
寝ているしかない。いや、なおって活動できるようになるかどうか、確たる約束はない。
そうした病床生活のなかで、あらためて発見したのは、世のモノオトであった。
朝はやくに必ずきこえる新聞配達のバイクの音。うらの家の犬の鳴声。牛乳屋さんの配達の音。それから近所に住む人の足音。何日かたつうちに、わたしはその足音のききわけさえできるようになった。
寝床の向きを変えてもらう。すると、空の景色がちがい、桜の木かげの姿がちがってみえるのだ。庭の生垣の向うを通る人の見え工合さえちがってくる。
子どもたちの遊ぶ声。
「あれは、どこの子」
とわたしは家族のものたちにきいておぼえた。
それから、裏の方からピアノの音。音楽の練習。
さまざまの世のなかの音を、じっとききながら、わたしは自分の心のなかの声にも、耳を澄まさずにはいられなかった。
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