筆者紹介            おおだんふゆこ


おおだんともあき  「雪の下だより」の創刊者である。すべての「ことはじめ」の父である。
1993年10月に他界したが、「ONLINE 雪の下だより」にも登場する。父は新しもの好きであったから、生きていたらインターネットにも興味深々であったろう。いくつになっても、前を見ている人であった。
  
おおだんよしこ  母は、1997年7月30日、急逝した。あまりにも急なことで、家族はとまどうばかりだった。このONLINE 雪の下だより No.3 は、母の追悼号となった。この夏は、母が大切に作った人形を集めて、遺作展を開く。どうぞ、母の人形たちに、会いにきてください。
  
きのしたやすこ  私がものごころつく前から、父の仕事を手伝ってきてくれた。いつまでも若いと思っていたが、気がついたら還暦を過ぎていた。父の亡き後、仕事は彼女の双肩にかかっている。木下先生と呼ばれることもあるらしい。ますます頑張って、父の遺産を守って欲しいものである。
  
川島喜代詩   かわしまのおじちゃんは、ごつい体格、大きな声からすると、繊細なうたを詠むようには思えないが、本物の歌人である。雪の下だよりには、「川島喜代詩のうた」がかかせない。それについては「鎌倉雪の下のころ」に詳しい。かわしまのおばちゃんにも、いずれ登場していただきたいと思う。
  
おおだんなつこ  最近はエリアマネージャーとかに昇進し、数件のお店を統括するえらい人になったらしい。激務、多忙にもかかわらず、心を込めて原稿を書いてくれた。いつもおちゃらけた旅行記ばかり書いているわけではない。
  
おおだんふゆこ  とっても普通の一般的な会社に、もう10年以上勤めている。一応、ソフトウェア エンジニアというふれ込みである。勤務先の関係で伊丹市に住んでいる。通勤時間 徒歩2分は、理想的である。伊丹市民も10年以上になるが、伊丹はやはり 仮住まいで、休みの日は、神戸にいる。

  
岡坂鈴子 母のよき人形仲間。岡坂さんの人形は、粋でさらりとして、日本画のような美しさがある。母とはまた違った味がある。同じころに人形をはじめ、とてもなかよしだった。
  
小田川絢子
楠元マリ子
母のお弟子さんたち。母をしたって、よく来てくださった。おふたりとも木下さんの良き(?)遊び友達でもある。
  
林陸雄
田中千鶴見
梶山紀子
古くから父の仕事にかかわってきてくださった方たちだ。今は木下さんが主催する看護人間学教室を、バックアップしてくださっている。古くから家族ぐるみのお付き合いである。

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