学校教育法改正案に、学校の将来に対して、重大な影響を与えそうな文言が入っている。第42条の、学校評価の条項ある、「文部科学大臣の定めるところにより」である。

 第42条では、各学校が「文部科学大臣の定めるところにより」学校評価を行うこととされている。各学校が学校評価を行うことを法定すること自体は、一つの方法であろう。しかし、この42条の条文だと、学校評価のやり方まで、文科省が決めることになる。

 学校教育法改正案 第42条 小学校は、文部科学大臣の定めるところにより当該小学校の教育活動その他の学校運営の状況について評価を行い、その結果に基づき学校運営の改善を図るため必要な措置を講ずることにより、その教育水準の向上に努めなければならない。 
(49条に中学校、62条に高等学校への準用がある)

 これでは、せっかくの学校評価にユーザーサイドの視点が入りにくくなる。
 日本の学校は、”官製学校”であることを抜け出すことが時代の要請である。学校評価は、そのための大事な手段の一つになる。それなのに、学校評価のやり方を文科省が決定できるようにしてはいけない。
  当面は、ゆるやかなガイドラインがあるだけなのであまり問題を起こさないだろうが、将来に禍根を残しそうである。

 現在は、学校の自己評価を行うことが文科省令で、努力目標として定められている。法的な義務はない。(小学校設置基準第2条中学校設置基準第2条
 学校評価のやり方については、2006年3月に、文科省が作成した「学校評価ガイドライン」が発表されている。このガイドラインに法的拘束力はないが、現在、多くの学校がこれを参照して学校の自己評価を行っている。すでに公立学校の97.97%(平成17年度)が行われていて、その公表率は57.3%である。学校外部評価、外部アンケートを実施する公立学校は、83.7%である。(資料

 このように、学校評価における文科省のリーダーシップはすでに確立しており、これ以上の権限付与の必然性は見あたらない。むしろ、現場の自主性や創意・工夫を削いでしまう弊害のほうが大きいであろう。

 現在のガイドラインは、各学校が学校評価に独自に取り組み、その中にガイドラインの項目を自由に取り込めばよいとしている。
 42条が成立しても、とりあえずはガイドラインが法定されるだけだと思われるので、当面の影響はないであろう。しかし、「各学校が自由にやればよい」ことを文科省権限とするのも変な話で、それならはじめから文科省権限としなければよい。

 学校評価に関しては、今後、さまざまなものが発生してくることが予想される。そのやり方を文科省に一任してしまうのは危険である。文科省と学校設置者と教員と保護者が、みな評価基準の作成に加わるべきである。

 すでに、教育再生会議は、「国は、学校に対する独立した第三者機関(教育水準保障機関(仮称))による厳格な外部評価・監査システムの導入を検討する」を提言している。(資料
 この、教育水準保障機関(仮称)は、イギリスの教育水準局を真似たもので、学校に対する強力なな国家査察によって、教育水準の維持を図ろうというものである。学校の問題点の改善も期待できるが、学校を完全に萎縮させてしまう弊害も大きいであろう。

 フィンランドは、90年代に視学制度を廃止し、学校の評価は、学校の自己評価のみである。
 オランダには、教育科学省から独立した教育監察局が存在するが、この教育監察局は生徒と保護者の立場の代弁者のような存在である。学校評価の項目は、監察局と教育団体の徹底した話し合いで合意したものについてだけ行われている。学校側の反論権も保証されている。

 このように、学校評価はさまざまな可能性がある。その学校評価の方式に今文科省の決定権を与えるのは、日本教育の将来を大きく狭めてしまうであろう。
 実際、現在文科省が出しているガイドラインの評価項目・指標は、文科省の定めた法令が遵守されているかを問う形式的な項目が多い。官庁は、自分が監督すべき事項が守られているかに関心があるから、どうしてもそうなる。反面、ユーザーサイドへの配慮は、「保護者との連携をとりましたか」的なものであって具体性がない。

 このガイドラインは、一つの案としてなら評価できるが、やはり発想の狭さが目につく。このような視点しかもっていないところが、「この中からお選びください」と指標を提示しても、狭い選択肢しか出てこない危険がある。評価項目の決定権を文科省に与えるべきではない。
 もちろん文科省は、「現場のご意見をうかがって決める」とするであろうが、結局は中教審で審議することになるであろう。中教審が現場の実情を反映しているなら、日本教育はここまで袋小路に入りこまない。

 文科省は、実質的に教育運営の第三者ではなく、第一者つまり当事者である。当事者に評価のやり方を決めさせたら、客観的評価にならない。
 むしろ、学校評価によって、文科省の施策が問われるようにしていかないといけない。

 また、学校教育法は、公立と私立を区別していないので、私立学校にも同じ学校評価基準が適用される。しかし、私立学校は「保護者に選ばれる存在である」ということ自体で、大きな教育水準コントロールを受けている。公立学校と同じ学校評価基準を課すと、私立の独自性が失われる危険がある。

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学校評価のやり方は文科省権限とすべきでない
    07年5月31日 古山明男  (引用・転載・リンクを歓迎 但し商業的利用を除く)