地教行法改正案の意味

07年4月18日 古山明男  (引用・転載・リンクを歓迎 但し商業的利用を除く)
まず、今回の改正案の特徴を3点。

・ いじめ問題を意識して、教育委員会に対する文科大臣の是正や指示の権限を創ったと見える条文がいくつかある。しかし、これはすでにある地方自治法の規定や、地教行法の他の条文とダブっていて、ただの政治的アピールの意味しかない。

・ 教育再生会議→中教審→文科省→与党間協議 を経る間に、かなり問題点は緩和された。最大の問題は、教育長人事への国の関与であったが、これは消えた。私学への指導も消えた。国の調査権も消えた。文科大臣の是正命令権は弱まった。これらは教育の地方分権、私学の独立性という大原則に抵触するものであったから、消えて当然である。

 教育委員会の機能不全は、法令や通達で拘束されていることと、文科省と首長からの強い影響力による自主性不足が原因である。間接支配に見合うだけの独立性と裁量権を持っていないのである。今回の改正案は、それを監督不行き届きのためだと誤診して、さらに監督強化を図っている。これは、いっそうの機能不全をもたらすだろう。

 文科省のサイトにある法律案要綱をもとにして、コメントをつけた。緑字がコメント。赤字は特に問題があるところ。

  なお、概要法律案新旧対照表も文科省のサイトにある。
  以下、第一、第二とあるのは要綱案にある番号


第一 地方公共団体における教育行政は、教育基本法の趣旨にのつとり、国との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならないこととすること。(第一条の二関係)

 教育基本法が改正されたため、その16条からそのまま。抽象的なので特に意味は持たない。
 従来、行き過ぎた文科省権限は、教育基本法第十条の「不当な支配に服することなく」によって歯止めをかけていたが、改正後は法律の定めがありさえすれば不当であるとは言えなくなった。文科省権限は、すべて法律の裏付けがあるためである。行き過ぎた文科省権限に対する歯止めは、新教育基本法では、「公正かつ適正に」に求めていくことになる。


【参考】教育基本法第16条
教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり、教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない。
2 国は、全国的な教育の機会均等と教育水準の維持向上を図るため、教育に関する施策を総合的に策定し、実施しなければならない。
3 地方公共団体は、その地域における教育の振興を図るため、その実情に応じた教育に関する施策を策定し、実施しなければならない。
4 国及び地方公共団体は、教育が円滑かつ継続的に実施されるよう、必要な財政上の措置を講じなければならない。


第二 教育委員会は、条例で定めるところにより、都道府県又は市の教育委員会にあつては六人以上の委員、町村の教育委員会にあつては三人以上の委員をもつて組織することができることとすること。(第三条関係)

 特に意味を持たない。教育委員の人数と、教育行政の実質は関係ない。

第三地方公共団体の長は、委員の任命に当たつては、委員のうちに保護者が含まれるようにしなければならないこととすること。(第四条第四項関係)

 保護者側の教育権確立への一歩前進とも言えるし、教育の民意反映の問題をこの程度でお茶を濁したとも言える。現状よりは評価できる。

第四委員は、地方教育行政の運営について責任を自覚するとともに、第一の基本理念に即してその運営が行われるよう意を用いなければならないこととし、文部科学大臣及び都道府県教育委員会は、委員の研修等を進めることとすること。(第十一条第六項及び第四十八条第二項関係)

 実害はない。しかし、発想からすると噴飯もの。
 教育委員は、そもそもが地方教育行政の目付役である。首長に任命され、議会の承認を得ている。教育委員は、現在の制度下での、教育の最高責任者であり、特別職公務員である。この条文は、市長に向かって研修を受けろというのと同じである。
 教育委員会が、従属的な事務機関であることを強める条文である。
 教育委員会の機能不全は、文科省と首長からの強い影響力に見合うだけの独立性と裁量権を持っていないことによる。二人も強い会長がいる会社の、やとわれ社長のような立場である。そのためにヘマばかりやるのを、監督不行き届きのためだ、と誤診しているのである。


第五 市町村教育委員会は、その事務局に、指導主事を置くように努めなければならないこととすること。(第十九条関係)

 書いてもいいが、新たに書く必然性もない。
 他に19条1項で、「技術職員」がやや比重を上げている。とくに問題なし。


第六 地方公共団体は、条例の定めるところにより、地方公共団体の長が、スポーツに関すること(学校における体育に関することを除く。)又は文化に関すること(文化財の保護に関することを除く。)のいずれか又はすべてを管理し、及び執行することとすることができることとすること。(第二十四条の二関係)

 スポーツ・文化の管理を自治体に移すことを可能にした。それぞれの地域、自治体の実情によることであり、一律強制でなければ、それもよいであろう。しかし、教育委員会という行政委員会を文化領域全般の管理者としたほうが、政治と文化の分離という点では筋が通る。

第七 教育に関する事務の管理及び執行の基本的な方針に関する事務などについて、教育委員会が教育長に委任することができないこととすること。(第二十六条関係)

 教育委員の立場があまりに弱体化しないように、教育長への委任を制限した。これでよいであろう。特に、次の3項を教育長に委任しないとしていることは重要である。
四号 学校その他の教育機関の職員の任免その他の人事に関すること
五号 教育委員会の業務を評価・点検して、議会に報告し、公表すること
六号 予算案作成にあたり、首長が教育委員会の意見を求めること

第八 教育委員会は、毎年、その権限に属する事務の管理及び執行の状況について点検及び評価を行い、その結果に関する報告書を作成し、議会に提出するとともに、公表しなければならないこととすること。
 点検及び評価を行うに当たつては、教育に関し学識経験を有する者の知見の活用を図ることとすること。(第二十七条関係)

 問題が多い。やめたほうがよい。
1 教育委員会の機能不全は、指導要領を文科省に握られていることと、教育委員会に対する文科省と首長の影響力が強すぎることによる。そこにさらに、議会に対する実質責任を負わせると、教育委員会は、さらに自主性と判断力を失う。
2 教育委員会の業務は膨大であり、ほとんどはルーティンワークである。けっきょく、ルーティンワークがちゃんと行われたと報告するだけの、無意味な点検・評価が行われるだけであろう。報告書作成には、膨大な事務量を必要とするので、無意味な仕事を増やす。
3 本当に点検・評価が必要なのは、教職員人事が適正であったか、学校教育が生徒・保護者にとって満足できるものであったか、などである。これを事務的に評価することはほとんど不可能である。「学識経験を有する者の知見の活用を図る」とつけてはあるが、それより、学校から教育委員会を評価する機能を作ったほうがよいであろう。


 しかし、教育が保護者・住民に対して無責任に行われていることは確かである。教育委員を公選制に戻し、その教育委員が教育長を任命する形にするのが、もっとも手っ取り早い解決法であろう。
もっと根本的な解決法としては、学校運営評議会のようなものを作り、そこに校長任免権を渡して、保護者と生徒に対して責任を取るようにさせることであろう。


第九 都道府県知事は、私立学校に関する事務を管理し、執行するに当たり、必要と認めるときは、当該都道府県教育委員会に対し、学校教育に関する専門的事項について助言又は援助を求めることができることとすること。(第二十七条の二関係)

 私立学校は、その独自性に価値がある。また、私立学校は、保護者と生徒に選ばれるかどうかによって、水準維持機能が働いている。つまり「金を払ってまで行くに値する学校であるか」であるかによって水準がコントロールされている。そこにさらに、官庁からのコントロールをなすべきではない。
 この条項は、もともとの目的は私学に対する首長の指導・助言を認めることを意図したものである。それがかなり骨抜きになって実害を生じにくい程度にはなっているが、「教育委員会の助言がこのようなものであったから」と私学に対して迫る理由に使うこともできる。新設する必要のない条文である。
 もし法令違反があるなら、このような条文と関係なく首長が私学に是正を求めることは、当然できるのだから、無意味な条文である。

第十 県費負担教職員の同一市町村内の転任については、市町村教育委員会の内申に基づき、都道府県教育委員会が行うものとすることとすること。(第三十八条関係)

 意味不明。法文作成技術に問題があるのでは? 都道府県教育委員会の人事権と、市町村教育委員会の内申の、技術的な調整の問題であり、重大なことではない。

第十一 教育委員会の法令違反や怠りによつて、生徒等の教育を受ける権利が明白に侵害されている場合、文部科学大臣は、教育委員会が講ずべき措置の内容を示して、地方自治法の是正の要求を行うものとすること。(第四十九条関係)

 「生徒等の教育を受ける権利が侵害されている」が法律条文の中に現れたことに注目。「教育を受ける権利」は、憲法にはあるが、これまで教育法規の中で見たことがなかった。この点は高く評価できる。
 しかし、条文全体は無意味。すでに、地方自治法二四五条の5で、大臣は是正要求を出せるようになっているのに、屋上屋を重ねている。
 1999年の地方分権改革で、文部科学大臣の是正要求権を地教行法から削った経緯が無視されている。


第十二 教育委員会の法令違反や怠りによつて、緊急に生徒等の生命・身体を保護する必要が生じ、他の措置によってはその是正を図ることが困難な場合、文部科学大臣は、教育委員会に対し指示できることとすること。(第五十条関係)

 すでに地教行法48条で、必要な指導・助言ができるようになっている。地方自治法二四五条の七に是正の指示もある。無意味な条文である。「このたび、いじめ問題に対応しました」という政治的アピールの意味しかない。

第十三 第十一及び第十二を行った場合、文部科学大臣は、当該地方公共団体の長及び議会に対して、その旨を通知するものとすること。(第五十条の二関係)

 付随的事項。このくらいのことをするのは最低限。

第十四 市町村は、近隣の市町村と協力して教育委員会の共同設置等の連携を進め、地域における教育行政の体制の整備及び充実に努めるものとし、文部科学大臣及び都道府県教育委員会は、これに資するため、必要な助言、情報の提供その他の援助を行うよう努めなければならないこととすること。(第五十五条 四頁の二関係)

 財政基盤がなくて職員の数が少なく、教育委員会らしい機能を持っていない市町村教育委員会もあるので、教育委員会の共同設置も良い。しかし、小さな教育委員会が特色を出す良さもあり、教育委員会統合は画一的でないほうがよい。

第十五その他所要の改正を行うこと。
第十六この法律は、平成二十年四月一日から施行すること。(附則第一条関係)
第十七この法律の施行に伴う所要の経過措置について規定すること。(附則第二条関係)
第十八この法律の施行に伴い、関係法律に関し、所要の規定の整備を行うこと。(附則第三条から第五条
まで関係)

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