内閣のメンツの問題
 教員免許の更新制導入のため「教育職員免許法」を改正することが、通常国会での上程を目指している。文科大臣は2月6日、中教審に、免許法改正について3月上旬までに審議して報告するように要請した。

 教員免許更新制が急浮上したのは、教育再生会議が”四つの緊急対応”の一つに教員免許更新制を取り上げ、「教育職員免許法を改正せよ」と迫ったためである。(資料)
 教育再生を内閣の最重要課題として掲げる安倍内閣としては、教育再生会議の提言を推進しなければ、内閣のメンツが立たない。

 しかし、教育再生会議は「問題教員は免許を取り上げろ」と景気よくぶち上げただけで、検討が浅いように思われる。
 現実には、不適格教員の問題に関して「指導力不足教員に関する人事管理」がすでに機能している。教員免許更新制は、膨大な予算と労力を必要とするが、「指導力不足教員」を超える効果はあり得ないであろう。

問題教員排除は、すでに機能している
 「指導力不足教員」に関する人事管理は、すでに47都道府県と13政令指定都市で機能している。(資料) 認定された者は、平成16年度に全国で566名である。都道府県と政令市の教委は指導力不足教員を認定して研修させ、場合によっては分限処分(免職や休職など)にする仕組みを作っている。

 もともと教育の中立性を守るために、教員の身分は保護され、容易に降格や免職が起こらないようにしていた。
 それが変わったのは、98年に東京都が「指導力不足教員」を認定し、以後、各地で認定制度の導入が進んだためである。文科省も、これを後押しした。

 指導力不足教員認定がすでに機能しているのに、教育免許更新制を使って不適格教員排除をやろうとした場合は、次の点が問題になる。
1 問題教員がいたとして、最長10年後まで待たなければならない
2 研修などの救済措置と組み合わせていないため、軽々しく判定できない。
3 更新しない基準は客観的なものでなければならず、指導力不足の判定や分限処分(降格や免職)に使う基準を超えることはない。

 不適格教員問題に関して、免許更新制は「指導力不足教員」認定制度と重なって、屋上屋を架している。

授与の際に適格性を判断していない問題
 教員免許の更新制について、旧文部省時代の教員養成審議会、文科省になっての中央教育審議会は、いずれも実現は困難としてきた。
 たとえば、平成14年に中教審答申「今後の教員免許制度のあり方について」が出ている。(資料)
 この答申は、教員免許更新制を可能性として論じているが、おむね導入には否定的な判断をしている。(資料)


 その最大の理由は、「免許状授与の際に人物等教員としての適格性を全体として判断していないことから,更新時に教員としての適格性を判断するという仕組みは制度上とり得ない。」というものだった。

 また、「教員としての適格性を客観的に判断できるようなメルクマールがあるのかという難しい課題がある。」
 このほか「一般的な任期制を導入していない公務員制度全般との調整の必要性等,制度上,実効上の問題がある。」

 そして、14年答申は免許更新制の替わりに10年目の研修を提言し、これは実行に移された。

時代の変化に応じたリニューアル、という説明
 
免許更新制に否定的だった流れが変わったのは、2004年に当時の中山文科相がいわゆる「中山プラン」の中で、教員免許の更新制導入を提言してからだった。(資料)

 これを受けて、平成18年7月の中教審答申は、更新制の導入を打ち出した。(資料)
 その理由は、更新制は不適格教員排除が目的ではなく、社会構造の急激な変化などに対応して、教員の資質能力を保持するために必要であるとした。だから、更新の条件として、30時間程度の講習を持ち出すのである。

 今回の教育再生会議の報告もいちおうそれは承知していて、「指導力不足教員問題」と、「教員免許更新制」を別な項目にしている。(資料 p14-15) しかし、一般には、「教員免許を更新制にするのは、不適格教員の排除のためだ」と受け取られているであろう。

 18年答申は、14年答申の出した免許更新制に対する疑問に正面から答えることをよけて、別な理由を持ち出したものである。
 そのため依然として、
 ・ 授与時に適格性判断をしていないのに更新時に適格性を問えない
 ・ 適格性判断の基準が難しい
 ・ 任期制をとらない他の公務員制度との比較
 について、疑問が残る。

そんな結構な講習があり得るのか
 18年答申は、教員養成システム全体に関する答申である。これはかなり抜本的な改革であり、その中で、実際的な能力を育てる新しい養成方法を提言している。
 しかしそれでは、いままでに教員免許を得た人たちにも更新制を適用してもいいことの、説明になっていない。

 不適格教員問題には役に立たないとしても、免許更新制は、教員の水準アップに役立つであろうか。
 平成18年7月の中教審答申は、教員免許更新の条件として、最低30時間程度の講習を修了することとした。それによって「その時々で求められる教員として必要な資質能力が確実に保持されるよう、必要な刷新(リニューアル)を行う」とした。(資料の中  (2) 具体的な制度設計)

 しかし、そのようにすばらしい講習があり得るのか。
 すでに優秀な教員たちは、このような講習を受けなくても、立派に仕事をこなすであろう。いっぽう、もっとも講習が必要であるはずの不適格ボーダーラインの教員たちは、講義をいくら受けさせても、立ち直らせることは難しい。動機付けのところですでに自信を失っているから、知識や技術を注入しても、なかなか実るものではない。これは、学校での落ちこぼれ生徒と、事情は同じである。

 講習を用意する側にしても、有意義な講習を用意するには、人員もノウハウも、たいへんなものを必要とする。中教審答申は、実地に即した講習を例示してはいるが、これを組織するのも実効をあげるのも大変なことである。
 教員免許更新制のための講習では、大きな人数に受講させなければならない。10年ごとの更新なら、毎年全教員の1割がやってくるのである。

 免許更新制は、教員の水準を上げるより、萎縮させるマイナス面のほうが強く出るであろう。
 講習に意味があったとしても、免許更新とからめるとペーパーティーチャーも巻き込むから、免許更新とからめないほうがよいであろう。

教員の忙しい実情を知っているのか
 教育改革が言われるほどに、学校では仕事と書類が増える。公式調査の残業時間だけでも、すでにそうとうなものだが、その上、教員たちは仕事を家に持ち帰っている。その教員たちに年間30時間を捻出させるのは大きな負担をかける。

 すでに10年経験者研修が、平成15年度から実施されていて、20日程度の受講を義務付けている。(資料) 受講のために先生が教室からいなくなるので、その穴をどう埋めるか、学校はすでに四苦八苦している。

 中教審18年答申の中に、教員の多忙対策として次の論がある。これは机上の空論である。
「講習の開設時期や期間、実施形態の工夫を図るとともに、各学校においても、対象教員については校務を軽減するなど、計画的な受講を可能とする校内の協力体制の確立や、学校の事務・事業の見直し、事後処理体制の整備等、できる限りの配慮をすることが必要である。」

 校務の軽減など不可能である。先生の誰かが抜ければ、そのぶんの授業は他の誰かがしなければならないのである。抜けた先生も、せわしない思いをしながら、講習を受けることになる。単なる知識以上のものがどれだけ身に付くのか。
 学校が行政機構の末端に位置して、次から次へと仕事が降り積もる構造そのものが問題なのに、そこに手が付けられていない。

サポートセンターを作ったほうがいい
 30時間の講習受講を条件とする免許更新システムでも、かなりの予算と人員が必要になる。しかし、それでも、しょせんは、上から一律のものを与えてこなさせる、という枠の中にある。
 そして結果は、成果が上がったことになるだろう。このような講習の場合、いくらアンケートをとっても、受講者はあとの面倒を嫌って、「よかった」というようなことしか言わない。システムを作る側も、金と手間をかけたことだから、有意義であったことにしてしまう。

 それだけの予算と労力を使うのだったら、困った教員が駆け込むことができるサポートセンターを作るほうがよほど安上がりだし、効果も大きいであろう。このサポートセンターに行けば、定評ある教材や授業技術、学級運営困難時のサポートなどが得られるようにするのである。
 ただし、このサポートセンターは、ぜったいに、教員の人事権に関係しているところが運営してはいけない。つまり教育委員会が管理してはいけない。それでは、人事考課に影響することを懸念して、本当に援助が必要な教員がやってこなくなる。

 このようなサポートセンターを作り、教員が駆け込めるところを作ってから、生徒からの評価や、第三者評価を教員に対してぶつけていけばいいのである。それならば、教育の質を向上させようとする自助努力が起こる。オランダに、このようなサポートセンターの実例がある。

 教室の中は密室であり、ほんとうは、校長でさえ何が起こっているかは知らないのである。まして、教育委員会も、自治体も、文科省も、学校の実態など把握していないのである。上からの管理で教育の質を保証するのは不可能である。

 外国に眼を向けると、イギリス、ドイツ、フランスでは、教員免許の更新制はとっていない。いっぽうアメリカでは、ほとんどの州が更新制にしている。アメリカでは、大学卒業時の免許を予備免許としているためである。(資料)

基準を定めればうまくいくという幻想
 文科省や政府に発する教育改革審議会は、現場でほんとうに困っている人たちを加えずに、各界の著名人や大学の先生たちで構成する。
 これはまるで、工場に問題が生じているときに、現場の技術者を抜きにして本社の企画部だけで原因と対策を検討し、現場に実行を迫るようなものである。

 現在の教育問題は、社会主義国が官僚運営のために行き詰まったのと、同じ症状である。実質的にピラミッド型の教育行政システムができていて、現実対応よりも書類作りや職務規定が優先するためである。

 教育改革には、
  教師の発言権の保証
  生徒の人権保護
  民意反映システム
 を同時に作って、現場の実情がフィードバックされるシステムを作ることがまず重要である。それなしに、官庁のイニシアチブで改革しようとすると、現場はハイハイと型どおりのものを作り、書類を整えるだけになるであろう。

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教員免許更新制は実効がない

07年2月15日 古山明男  (引用・転載・リンクを歓迎 但し商業的利用を除く)