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夏のバカンス(後編)です。後編は、子供は読んではいけません。 前編をまだ読まれていない場合には、先に前編をお読みください。 |
ホテルのレストランで豪勢な夕食を摂った後、スイートルームに戻ってきた四人は、カードゲームに興じていた。 最初は四人ともいい勝負だったのだが、次第に愛子の一人勝ちの状況になっている。 「はい、あがり!まぁた、私の勝ちですねぇ。……ん?」 しかし、それもそのはず。愛子以外の三人の様子を見れば、皆、ゲームに集中していないは、一目瞭然だったのだから。 みよきちは、さっきから、愛子の浴衣の胸元を、ちらちらと見てばかりだ。本人は、ばれていないつもりのようだが、愛子からみれば、モロバレだ。 眞一郎と比呂美は、視線が合ったと思えば、互いに視線をそらし、カードを取る時に、指が触れるだけでも、動きがぎこちなくなっていた。 『なんだか、見ているこっちが恥ずかしいよ…』 そろそろ頃合いかと、愛子が、 「んー、じゃあ、夜も更けてきましたし、そろそろ寝ますか?」 と提案した。 「眞一郎と比呂美ちゃん、お先にお風呂どうぞ。私たちはTVでも見てるから」 「え?」 愛子の何気ない一言に、きょとんとする眞一郎。愛子は、比呂美と一緒に風呂に入れ、と言っているのだ。 それは、比呂美が、やんわり断るだろうと思った矢先、 「眞一郎君、入ろ」 と、比呂美は、ゲストルームへ眞一郎の手を引っ張っていった。 「ひ、比呂美?」 積極的な比呂美に、どう対応したらいいのかわからない眞一郎。 ベッドの上には、いつの間に用意したものか、新しい下着やタオルなどが置かれている。当然、眞一郎のトランクスも。 それらを手に取りつつ、 「私と一緒じゃ、いや?」 と微笑みながら尋ねてくる比呂美。 「い、いやなわけ、ないだろ……。ただ、ちょっとびっくりしただけだ」 そんな、しどろもどろな眞一郎を好ましく思いつつ、二人はバスルームに移動した。 脱衣所に入ると、比呂美は眞一郎の方を向いたまま、浴衣を脱ぎ始めた。 同じく浴衣を脱ぎかかっていた眞一郎だが、視線は自然と比呂美に釘付けになる。 特に意識しているわけではないのだろうが、比呂美は浴衣の脱ぎ方一つ取っても、妙に艶めかしい。 自然と仕草が身についている感じだ。 ブラも外すと、肩紐がつつっとずれる。昼間、プールで見たはずなのだが、改めて見ると、やはりとても形の良い胸だ。 そして、比呂美はショーツに手をかけると、するっと脱いでしまった。 当然、眞一郎の視線は比呂美の大切な処に吸い付けられる。 「眞一郎君?」 完全に固まってしまっていた眞一郎は、比呂美に声をかけられて、慌ててしまう。 「ん?…あっ! そ、そうだよな、ふ、風呂入るんだもんな」 比呂美の方を見ないようにして、慌てて浴衣を脱いだ。 浴室のドアを開けて中に入ると、比呂美が感嘆の声をあげる。 「うわー、ほんとに広いお風呂だね。お湯ももう張られてる。眞一郎君、先に温まって。私は髪を洗うから」 「お、おう」 言われるがままに、湯船に浸かる眞一郎。見ないようにしようと思いつつ、やっぱり視線は比呂美へと向かう。 「ふんふん♪」 比呂美は、鼻歌交じりにシャンプーで髪を洗い始める。 『比呂美は背中も綺麗なんだな…』 心の底から感嘆しながらも、視線は少しずつ下降して。 視線の先が、女性らしい優美な曲線を描くお尻にたどり着いた瞬間、「はっ」と我に返って視線を外した。その時、鏡に映る比呂美と眼があってしまった。 慌てて天井を見上げる眞一郎。比呂美の「くすっ」と微かに笑う声が聞こえたような気がした。 その後、交互に入れ替わりに、比呂美は湯船に浸かり、なぜだか眞一郎は、いつもの二倍以上の速さで髪と躰を洗った。 そして、今度は比呂美が躰を洗い、眞一郎は湯船で、やはり天井を見上げていた。 その間、会話らしい会話をしない二人。いや、眞一郎にしてみれば、話をするどころではないのだが。 いつの間にか、比呂美が浴槽の横に立っていた。 「少し前、空けてくれる?」 そう言うと、浴槽を跨いで、片脚から湯船に入ってくる。 比呂美は、眞一郎に背中を向けると、ゆっくりと腰を下ろしてきた。 なんとはなしに、比呂美を支えようと、両腕を差し出して受け止めようとする。そのまま両腕は、比呂美の脇の下に抱え込まれるように挟まれ、そして、眞一郎の掌には、比呂美の柔らかな胸が、すっぽりと収まってしまった。 「あっ」 「えっ?」 そのまま二人ともぴくりとも動かなくなってしまった。 『どうする?このままは、まずいだろ?だけど、変に動くのも気まずくないか?』 もの凄い速度で思考だけがグルグル回る。しかし、そんなことにはお構いなしに、掌からは、比呂美の胸の柔らかい感触が確実に伝わってくる。 『耐えろ、俺。耐えるんだ…愛ちゃんたちがいるんだぞ。それに比呂美だって困ってるんじゃないか?』 眞一郎が見ることは叶わないが、この時、比呂美には、恥ずかしさの中にも嬉しさも混じった愛らしい表情が浮かんでいた。 そのまま、どれくらい時間が経ったのか、 「のぼせちゃうね…。上がろっか…」 という比呂美の声が、眞一郎にとって天国とも地獄とも言える時間の終わりを告げた。 ―――――――― 「それじゃ、私たち、先に休みますね」 愛子たちに挨拶をして、ゲストルームに入る二人。 ゲストルームのベッドは、二人で寝てもかなり余る特大サイズだ。 比呂美はドレッサーに腰掛けて、髪を乾かしている。 眞一郎は悶々とした気持ちを収めるべく、さっさとベッドに潜り込むと、きつく眼を閉じた。 しばらくして、比呂美もベッドに入ってきて、 「眞一郎君、もう寝ちゃうの?」 と訊いてきた。 「お、おう」 と素っ気ない眞一郎の返事に、 「じゃあ、私も眠ろうかな。おやすみ」 比呂美は、ピッと、リモコンでペンダントライトを、蒼いナイトモードに切り替えた。 静寂だけが室内を支配して、いくばくかの時が流れた。 眠れているはずもない眞一郎は、ふと、シャワーの音が漏れ聞こえてくるのに気づいた。 『三代吉たち、風呂に入ったのか…』 漠然とそんなことを思う。しかし、その後の、 「…だめだよ、三代吉、だめだったら…」 という愛子の声に、息が止まった。 「バカ、眞一郎たちがいるんだから…、我慢…、しないと…」 『三代吉、何やってんだよ』 そう思いつつも、耳に全神経を研ぎ澄ませてしまう。 「や、だめっ…あ、あん…」 愛子の切なげな声が聞こえた時、眞一郎の心臓は、早鐘のように鼓動が高まる。 「はぁ…気持ち良いよ……あぁ……」 『俺たちのこと、忘れてんのか? 落ち着け、落ち着かないと…』 そんなことを思っても、胸の高まりは一向に収まらない。 そんな時、眞一郎の浴衣が、クイクイっと引っ張られた。 「ど、どうした、比呂美?」 と比呂美の方に向き直った途端、眞一郎の唇は、甘い香りのする柔らかな唇に塞がれていた。 「?!」 しばらくの間、口づけていた比呂美だったが、まだ物足りないという表情で唇を離した。 「今回の旅行のこと、眞一郎君のお母さんに話したの。反対されるかも知れないって思ったけど、ちゃんとしてないの、嫌だったから…」 唐突な話に、眞一郎は面食らう。 「そしたら、あっさりOKもらって。それでね。『男の子は理性よりも欲望の方が勝ってしまうことがあるの。だから女の子は流されないようにしないと駄目よ』って」 そして、瞳に悪戯っぽい光を宿して、 「だからね。さっきは、逆に、眞一郎君を試そうと思って…」 そう言って、ふふっと微笑みながら、 「眞一郎君、ちゃんと我慢してたね。眞一郎君らしくて嬉しかったけど、でも、ちょっぴり残念かなって…」 「比呂美……」 少し視線を逸らしていた比呂美は、潤んだ瞳を眞一郎に向けると、ぽつりと囁いた。 「愛ちゃんの声を聞いていたら、私…。もう我慢できないの……眞一郎君……」 眞一郎はたまらず比呂美を抱きしめた。比呂美が愛おしくて。我慢できないのは自分も同じだ。 軽く口づけると、そのまま、比呂美の首筋にキスの雨を降らす。 「俺、比呂美の匂いが好きだ…」 「うん…」 「初めて比呂美の部屋に入った時も、良い匂いだなって」 半年前の、まだ、すれ違っていた頃が懐かしい。 「ふふ、あの時は、眞一郎君を追い返しちゃったね…」 「いいんだ…」 眞一郎は、首筋から豊かな胸へと、キスの対象を変えていく。 そして、比呂美の呼吸に合わせて、微かに上下するふくらみの先端を、軽く唇で含んだ。 「ふぁっ」 敏感に反応する比呂美。円を描くように、舌を這わせる。 「あ…あぁ」 舌先で軽くノックするようにつつく。 「あんっ」 比呂美のとろけるような声が、眞一郎には心地よく響く。 今度は、胸からお臍へと移動していく。 形の良いお臍を舌でくすぐりながら、眞一郎は、右手で比呂美のショーツを下げていく。 「やん…くすっぐったいよ…」 再び眞一郎の舌が、下へと降りていく。いよいよ大切な処に眞一郎が、と少し身構える比呂美。 しかし、比呂美の予想を裏切って、眞一郎は、比呂美の内腿にキスをしたり、舌を這わせたりしている。 比呂美は、軽く頬を膨らませて、 「眞一郎君…、焦らしちゃ、嫌……」 と甘えてきた。 「ごめん」 そう言って、眞一郎は、比呂美の秘所に顔を近づけた。 もう、そこは、サラサラした液体で濡れ、怪しく光っていた。 比呂美はもともと体毛も薄く、さらに色素も薄いブラウン系であるため、ぱっと見では、飾り毛が無いように見える。 そのわずかな比呂美の飾り毛が、鼻先に当たってくすぐったい。 秘唇をめくるように、眞一郎は優しく舌を動かした。 「い…、いぃ…」 比呂美の両手は、自然と眞一郎の頭を押さえるような形になる。 しばらく舌で愛撫した後、いよいよ、眞一郎は、微かに震える鴇色の肉芽を唇で挟んだ。 「ひぁっ!」 それは、胸への刺激とは、全く異なる強い刺激。文字通り、電気が走る感覚。 眞一郎は、立て続けに舌で刺激する。巻き取るように、押しつぶすように、弾くように…。 「や、やだ…、あっ…、い、いぃ…、やっ、やぁ…」 急激に比呂美の躰が震え、そして、一気に力が抜けていった。 眞一郎は、比呂美の粗い呼吸が収まるのを待ってから、上半身を起こした。そして、 「比呂美…」 と呼びかけたものの、「はっ」と何かを思い出したように、急にベッドを降りようとする。 「…どうしたの?」 比呂美に訊かれて、バツが悪そうに、 「いや、その、このまましちゃ、まずいから…、その…」 と弁解する。 そんな眞一郎に、比呂美は優しげな笑みを浮かべて、 「眞一郎君…、そのままでしても、……いいよ……」 比呂美の甘い声に、一瞬、自分の意志が、洪水のように決壊しそうになるのを懸命に堪えて、眞一郎はきっぱりと言った。 「だめだ」 一瞬、比呂美の表情が曇る。 「万一のことがあったら、俺たちのことを信頼して、認めてくれているみんなを裏切ることになる」 比呂美の瞳をじっと見つめながら眞一郎は続ける。 「俺たちはまだ、半人前なんだ。ちゃんと俺たちの力で稼いで、俺たちの力で生活できるようになるまでは…」 そして、少し間を置いて、 「それに、俺はまだ比呂美にふさわしい男になっていないんだ…。比呂美を守れる男になるまでは…」 その言葉を聞いた比呂美の表情が、綺麗に晴れた。 「……うん……」 と小さく頷いた。 そして、少し小首を傾げて、 「それじゃ、いつになれば、私にふさわしい男になれる?」 「え?」 「いつ?」 これは少し意地悪な質問だった。比呂美もそれは解っていて訊いている。だが、眞一郎は、意を決したように告げた。 「その時が来たら、……その時が来たら、俺は比呂美と結婚する」 それを聞いた瞬間、比呂美は言葉に詰まってしまった。 「!………、眞一郎君………」 比呂美の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。 「うん、それまで待ってる。…私、待つの、慣れてるから……」 この言葉は、眞一郎の胸に熱く響いた。10年間眞一郎を待ち続け、今また、待ち続けてもいいと言う。 「比呂美!!!」 眞一郎は、強く、強く比呂美を抱きしめた。比呂美も眞一郎の背中に腕を廻して、眞一郎の想いを受け止める。 しばし、二人は言葉を交わすこともなく、ずっと抱き合ったままだった。 ややあって、最初に言葉を発したのは、比呂美だった。 「……眞一郎君、仰向けになってくれる?」 「え?」 「私が、……着けてあげる…」 そう言うと、比呂美は、枕の下に手を差し込んだ。 何やら、ごそごそ探し当てたものを、眞一郎の目の前に見せる。 「そ、それは?」 「そう。眞一郎君がプールに行っている間に、眞一郎君のバッグから、取り出しておいたの」 にっこり微笑む比呂美。 それはそもそも、眞一郎の母親が持たせたものだった。 今回の旅行のことを眞一郎が切り出したとき、あっさり「良いわよ」と許されて拍子抜けした後、 『眞ちゃんは、今ひとつ気が利かないところがあるから…はい、これ』 と渡された小さな箱には、しっかりと♂マークや♀マークがシンボライズされていたのだった。 『こ、これって?』 『いい? 比呂美ちゃんを泣かせるようなこと、しちゃだめよ』 あの時は、母親からそんなものを渡されるとは夢にも思わなかったので、気が動転していたのだが、よくよく考えれば、あまりに準備が良すぎるのだ。 やはり眞一郎は尻の下に敷かれる運命なのか…。 こんなところで見栄を張っても仕方ない。眞一郎は言われたとおり、仰向けになった。 比呂美は躰を起こして正座になり、少し前屈みになる。ビニールカバーを破って、それを取り出すと、丁寧に眞一郎のそれに着け始めた。細い指がゆっくり上から下へ動く。 『比呂美の指って、バスケしてるのに、華奢なんだな…』 そんなことを思っていると、その指が、乱れた長い髪を耳元へかき上げた。そんな仕草も妙に色気があって、ドギマギしてしまう。 「それじゃ、私が上になるね…」 そう言うと、比呂美は眞一郎の上に跨った。そして、少しずつ、腰を下ろしていく。 「あぁっ」 眞一郎の先端が、比呂美の秘唇に触れた瞬間、小さな切ない声が比呂美の唇からこぼれる。 「ん…、くっ…、ふ…、あ…、あぁ」 少しずつ、比呂美の中に飲み込まれていくにつれ、眉をしかめて、苦しげな表情をする比呂美。 すべてが飲み込まれたとき、比呂美の中の熱い体温が、直接、眞一郎に伝わってきた。 「大丈夫か?」 と眞一郎は声をかける。 「ちょっとだけ、きついね。……少し動いてもいい?」 そう言うと、比呂美はゆっくりと、お尻を上下に動かし始めた。 比呂美の動きに合わせて、ほのかな快感が下半身から昇ってくる。 「あぁ…、はぁ…、や…」 単に上下するだけではなく、腰をひねったり髪を振り乱したりしながら、比呂美は喘いでいる。 豊かな胸も、上下の動きに合わせて、ゆさゆさと揺れる。 月光のように蒼く仄かな、ペンダントライトの灯りに浮かび上がる比呂美のシルエット。 時折、汗が飛び散るのが、涙が煌めくように見えて。 プールでの日焼けの跡と、水着で隠されていた比呂美本来の白い素肌とのコントラストが、艶めかしいまでの色香を感じさせる。 眞一郎には、そんな比呂美が、祭儀のために舞い踊る女神のように、神々しく見えた。 「眞一郎君…、手を…」 眞一郎が比呂美の腰にあてがっていた手を外し、自分の掌を眞一郎の掌に重ね、指を絡め合わせる。 両方の掌に少し体重を乗せると、比呂美は、より激しくその身をくねらせ始めた。 「あ…、あん…、あぁ…、やっ…、いぃ…」 比呂美は貪るように、激しく動いた。 長い髪が、数本、首筋から胸元に汗で貼り付いているのが、艶めかしい。 そして、 「あっ、やだ!…、何か来る!、何か…、い、い…く…」 ふいに、動きが急に止まり、背を反らせて、比呂美は達してしまった。 ゆっくりと眞一郎の胸に倒れかかる比呂美。 「はぁはぁ」と肩で息をしている比呂美を、眞一郎は優しく抱きしめた。 比呂美をもっと感じたい。 「比呂美…、今度は俺が…」 二人は抱き合ったまま、体位を入れ替える。 「動くよ」 眞一郎がゆっくりと腰を動かし始める。 「くっ…、ああっ…」 すでに二回、達している比呂美は、すぐに反応する。 さらに、片脚を持ち上げて、角度を変える。 「あっ、違う処に当たってる。…いい、いいの。凄くいいの…」 激しく愛し合う二人だったが、ついに眞一郎にも限界点が訪れた。 「比呂美!比呂美!」 愛する人の名を叫びながら、激しく突き上げる。 「眞一郎君、だめだよ、私、もう…。や…、また、いっちゃう!」 そして、二人とも、ビクッと躰を硬直させ、背徳感にも似た甘美な快感に酔いしれるのだった…。 眞一郎は、比呂美に添い寝すると、胸元へ抱き寄せた。 まだ二人とも、呼吸が収まっていない。特に比呂美は、小さく「はぁはぁ」と肩で息をしている。 さっきまで匂い立つような艶めかしい女神だったのに、今は、小さな子猫のように背を丸めている。 そんな比呂美が、とても愛おしかった。 「……眞一郎君……、好きよ……」 「俺も比呂美が好きだ」 そう言って、眞一郎は比呂美の額に軽くキスするのだった…。 ―――――――― 翌朝、エレベーターで1Fに降りてきた四人は、 「じゃあ、私と比呂美ちゃんでチェックアウトしてくるから、二人は荷物番しててね」 と言う愛子の指示で、荷物番係とチェックアウト係に別れた。 「チェックアウトお願いします」 と、ルームキーをフロント係に差し出す。 「しばらくお待ちくださいませ」 そう言うと、フロント係は、奥の方へ手続きに行ってしまった。これは少し時間がかかりそうだ。 フロントが事務処理をしている間、特にすることもなく待っていると、比呂美の耳元に、愛子が小声で耳打ちしてきた。 「比呂美ちゃんって、……あれの時の声、ものすごく可愛いんだね」 比呂美は、反射的に、 「えっ?!」 と驚くと同時に、尋常ではない速度で、愛子の方を振り向いた。瞬間的に顔が真っ赤になる。 「ごめんね、聞こえちゃった…」 言われてみれば、当然だった。愛子たちの声が聞こえたということは、当然、逆も成立する。そのことにどうして気がつかなかったのか…。 もっと冷やかされるか、と覚悟していたが、意外にも愛子は、真顔で、 「…眞一郎、優しくしてくれた?」 と訊いてきた。 予想と違った質問に、素直に、こくり、と小さく頷く比呂美。 そんな比呂美を見て、 「そう、………良かったね」 と言ってくれた愛子に、一瞬、寂しげな表情が浮かんだように見えたが、よく分からなかった。 少しの間の後、 「でさ、…その…痛くなかった?」 と今度は、好奇心満々の表情で、愛子が訊いてくる。 愛子の訊き方が上手なのか、相手が愛子だから気を許してしまうのか、比呂美は、つい、 「大丈夫。そんなに痛くなかった。…二度目だったし…」 と答えてしまった。 「はっ?」 固まっている愛子を見て、最初は、何に驚いているのか、わからなかった比呂美も、 「?………あっ!!」 と、重大なことをしゃべってしまったことに気づき、反射的に両手で口元を押さえたが、すでに手遅れだった。 「おねーさんに隠さずに教えなさい!じゃあ、最初はいつだったの?」 額同士がくっつかんばかりの勢いで問い詰めてくる愛子に、これは勝てないと悟ったか、比呂美は、 「その……、麦端祭りの次の日……」 と正直に答えた。 「はぁ……、そう……。知らないことばっかりだ…」 愛子は、脱力して、気が抜けたようになってしまった。 「それだったら、無理にお膳立てしなくても良かったんだね」 「ううん、愛ちゃんたちのお陰で、私たち、もっと解り合えた気がするの。だから、愛ちゃんたちには、とても感謝してる」 そう言って微笑む比呂美の笑顔は、女性の愛子から見ても、とても眩しいものだった。 「比呂美ちゃん…笑顔、柔らかくなったね…」 「そ、そう?」 と、そんな二人へ、 「お待たせいたしました」 フロント係の声が割り込んできた。 「それじゃ、帰りますかね」 フロアを横切って、荷物番をしている二人のところへ戻っていくと、何やら三代吉が眞一郎につっかかっているように見えた。 「待たせちゃったね〜………って、何?」 「――じゃあ、俺たちの努力って何だったんだぁ?」 「それは感謝してるけど、……別に教えることじゃないし……」 「半年前ですか、そうですか、……はぁ」 どうやら、こちらも同じ話題になっていたらしい。 そして、少し落胆気味の三代吉は、いきなり、両手で頭を抱えつつ、天を仰いで、 「俺なんか、愛ちゃんに、ずっとお預けくってんのにぃぃぃ!!!」 とフロア中に響く大声で叫んでしまった。 当然、宿泊客や従業員の全視線を一身に浴びた三代吉だが、その中でも、とりわけ強烈な視線にビビることになった。 「み・よ・き・ちぃぃー」 「あ、……、あいちゃん?」 そんな二人を、比呂美と眞一郎は、優しげな眼差しで見つめていた…。 〜終〜
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読んでいただきありがとうございました。これを読んでいる貴方は、比呂美を愛して止まないことでしょう。 私の妄想では、眞一郎と比呂美の”初めて”は、第13話の竹林でのプロポーズの後、比呂美のアパートで、となっております。 |