2015年母子島トンボ生息状況調査について
1.調査の実施状況と確認種類
母子島の生物多様性の保全を目指すバタフライヤード計画を推進する一環として、トンボの生息状況について調査を行った。
2015年3月から12月までに20回の現地調査を実施、母子島遊水地の池・用水路・田んぼとその周辺草地、および河川敷樹林地に見られるトンボ及び水域におけるヤゴや生息状況を確認した。(1) 参照
調査の結果、30種類に及ぶトンボの生息が明らかになった。この中には絶滅が危ぶまれるトンボも数種類含まれている。(2)(3) 参照
2.所見
湿地、草原、樹林地の減少、河川改修等による自然護岸の消失、農薬使用等のさまざまな理由によりトンボが減少の一途を辿るなかにあって、母子島で30種類もの生息が確認された意義は大きく、貴重な地域であるといえる。
母子島で多くのトンボがみられる背景として、小貝川・大谷川という二つの中河川に囲まれ、加えて池、田んぼ、用水路など多様な水環境に恵まれていることがあげられる。また、幼虫が生育する水域の環境と、成虫が活動に必要な樹林、草地等の環境がともに一定程度健全に保たれてきたことの証左である。
一方、2015年には池のヒシ等の水草が消失しチョウトンボやイトトンボ類が例年より著しく減少した。また用水路の汚れなどトンボをめぐる環境が必ずしも良好とはいえず、不安定であることが危惧される。トンボの多様性維持のためには水草の復活や水質浄化等、水域の環境改善が課題である。(4)参照
今後、母子島の環境改善により野鳥、昆虫等の生物多様性を保全しバタフライヤードとして発展させることは、単に地域の価値を高めるのみならず、将来における日本の貴重な自然遺産ともなるであろう。
2015.12.10 DFWC 主任研究員 TOMOYUKI MOCHIDA
(1)現地調査実施日
NO1 3月28日 環境の再確認、ヤゴの生息状況調査
*主な確認種類:ホンサナエ・ヤゴ/シオカラトンボ・ヤゴ
NO2 4月18日 羽化の確認、ヤゴの成育状況調査
*主な確認種類:ホンサナエ/アジアイトトンボ/ギンヤンマ・ヤゴ
NO3 4月23日 ホンサナエ追加調査
*主な確認種類:ホソミオツネントンボ 、ハグロトンボ・ヤゴ
NO4 5月04日 羽化状況調査
*主な確認種類:トラフトンボ/ホンサナエ/ハラビロトンボ
NO5 5月17日 羽化状況調査
*主な確認種類:コオニヤンマ/ハラビロトンボ/ホンサナエ
NO6 5月25日 羽化状況調査
*主な確認種類:ムスジイトンボ/オナガサナエ/オオヤマトンボ
NO7 6月07日 羽化状況調査
*主な確認種類:チョウトンボ/ショウジョウトンボ/ウチワヤンマ
NO8 6月20日 アカネ羽化調査
*主な確認種類:ノシメトンボ・アキアカネ・キイロヤマトンボ
NO9 6月29日 アカネ羽化調査
*主な確認種類:ナツアカネ・ウスバキトンボ・オオヤマトンボ
NO10 7月12日 アカネ羽化調査他
*主な確認種類:オオイトトンボ・マイコアカネ・ウチワヤンマ
NO11 7月22日 夏のトンボ調査
*主な確認種類:オオヤマトンボ、クロイトトンボ、ウチワヤンマ他
NO12 8月05日 夏のトンボ調査
*主な確認種類:ギンヤンマ/オオヤマトンボ、マイコアカネ
NO13 8月15日 夏のトンボ調査
*主な確認種類:コフキトンボ/ウスバキトンボ、マイコアカネ他
NO14 9月05日 秋のトンボ調査
*主な確認種類:オニヤンマ/アジアイトトンボ、ハグロトンボ他
NO15 9月21日 秋のトンボ調査
*主な確認種類:ナゴヤサナエ/アカネ類、ハグロトンボ
NO16 9月30日 秋のトンボ調査
*主な確認種類:アキアカネ産卵/マイコアカネ/ヤゴ類
NO17 10月13日 秋のトンボ調査・ヤゴ調査
*主な確認種類:ヤゴ(ナゴヤサナエ・ウスバキトンボ)
NO18 10月31日 秋のトンボ調査・ヤゴ調査
*主な確認種類:ヤゴ(キイロヤマトンボ・ナゴヤサナエ他)
NO19 11月06日 ヤゴ調査
*主な確認種類:ヤゴ(キイロヤマトンボ・ホンサナエ他)
NO20 12月07日 ヤゴ調査
*主な確認種類:ヤゴ(コヤマトンボ・ギンヤンマ・ホンサナエ他)
(2)調査結果 母子島において生息を確認したトンボのリスト
(参考) (参考)
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RDB |
希少性 |
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登録 |
(参考) |
均翅亜目 Suborder Zygoptera |
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○アオイトトンボ科 Family Lestidae |
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ホソミオツネントンボ Indolestes peregrinus |
5 |
普通 |
オオアオイトトンボ Lestes temporalis |
2 |
普通 |
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○カワトンボ科 Family Calopterygidae |
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ハグロトンボ Atrocalopteryx atrata |
4 |
普通 |
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○イトトンボ科 Family Coenagrionidae |
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クロイトトンボ Paracercion calamorum calamorum |
2 |
普通 |
オオイトトンボ Paracercion sieboldii |
19 |
少数 |
ムスジイトトンボ Paracercion melanotum |
18 |
少数 |
アオモンイトトンボ Ischnura senegalensis |
3 |
普通 |
アジアイトトンボ Ischnura asiatica |
3 |
普通 |
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不均翅亜目 Suborder Anisoptera |
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○ヤンマ科 Family Aeshnidae |
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ギンヤンマ Anax parthenope julius |
2 |
普通 |
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○サナエトンボ科 Family Gomphidae |
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ウチワヤンマ Sinictinogomphus clavatus clavatus |
9 |
普通 |
コオニヤンマ Sieboldius albardae |
2 |
普通 |
オナガサナエ Melligomphus viridicostus |
8 |
少数 |
アオサナエ Nihonogomphus viridis |
24 |
希少 |
ナゴヤサナエ Stylurus nagoyanus |
21 |
希少 |
ホンサナエ Shaogomphus postocularis |
26 |
希少 |
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○オニヤンマ科 Family Cordulegastridae |
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オニヤンマ Anotogaster sieboldii |
2 |
普通 |
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○エゾトンボ科 Family Corduliidae |
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トラフトンボ Epitheca marginata |
23 |
希少 |
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○ヤマトンボ科 Family Macromiidae |
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オオヤマトンボ Epophthalmia elegans elegans |
0 |
普通 |
キイロヤマトンボ Macromia daimoji |
29 |
希少 |
コヤマトンボ Macromia amphigena amphigena |
5 |
普通 |
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○トンボ科 Family Libellulidae |
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チョウトンボ Rhyothemis fuliginosa |
9 |
普通 |
ナツアカネ Sympetrum darwinianum |
4 |
普通 |
ノシメトンボ Sympetrum infuscatum |
2 |
普通 |
アキアカネ Sympetrum frequens |
4 |
普通 |
マイコアカネ Sympetrum kunckeli |
19 |
少数 |
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コシアキトンボ Pseudothemis zonata |
0 |
普通 |
コフキトンボ Deielia phaon |
5 |
普通 |
ショウジョウトンボ Crocothemis servilia mariannae |
2 |
普通 |
ウスバキトンボ Pantala flavescens |
0 |
普通 |
ハラビロトンボ Lyriothemis pachygastra |
6 |
普通 |
シオカラトンボ Orthetrum albistylum
speciosum |
1 |
普通 |
(参考) |
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RDB登録地域 レッドデータ検索システムによる。 |
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希少程度 RDB登録地域数により便宜的に分類した。 |
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注:リストに掲げたトンボは写真記録、ヤゴ、羽化殻など客観的証拠が確保されたものに限定した。このほかに、カトリヤンマ他数種類の目撃記録があるがここには掲載していない。
(3)希少種について
○アオサナエ Nihonogomphus viridis
「日本特産種。全国的に減少しており、東日本では産地はかなり限られる」(「」内は文献・「日本のトンボ」から引用・以下同じ。)中型のサナエトンボで成熟すると胸部が鮮明な緑色になる。ヨシなどが繁茂した砂泥底や砂礫底の河川中流域に生息。
成虫での確認はできなかったが、20150504、用水路水門付近で羽化殻を1個採集した。(腹部背面の円丘状の背棘及び尖った鉤状の側棘が特徴)その後水門付近でヤゴ調査を行ったが幼虫は採集されていないので、母子島でも個体数は少ないと推測される。
○ナゴヤサナエ Stylurus nagoyanus 準絶滅危惧種
「日本特産種。産地はかなり限られ、地域によっては減少している」中型のサナエトンボ。樹林のある砂泥底の河川中下流域に生息。
20150921、河川敷林縁で♂1採集、20151013・20151031 水門付近のヤゴ調査で3個体採集された。ヤゴはホンサナエ等に比し細長く見分けやすい。
○ホンサナエ Shaogomphus postocularis
「全国的に減少しており、東北〜北陸にかけては絶滅した産地が多い」太短いずんぐりした感じのサナエトンボ。砂泥底の河川中下流域に生息。
20150418、水門付近で羽化中を確認、羽化殻を数個採集。その後も河川敷林縁で未熟個体を数回観察した。また、ヤゴ調査では小貝川、用水路水門付近、大谷川のいずれもからも生息が確認された。母子島では比較的多く生息するサナエトンボである。
○トラフトンボ Epitheca marginata
「産地はやや局所的で、関東地方など減少している地域もある」黄褐色の「虎斑」模様が目立つエゾトンボ科のトンボ。浮葉植物や抽水植物の繁茂する池に生息。
20150504、大池(初期潅水地)において縄張り飛翔する♂を1個体撮影。(スクランブル状態も観察されたので2個体だった可能性もある)
○キイロヤマトンボ Macromia daimoji
「分布は局所的で、関東地方など減少している地域もある」
細いスマートなヤマトンボ。腹部第7節の黄班が後方に延びるのが特徴。瀬のある中流域に生息するが局所的。
20150712、小貝川河川敷林縁にて未熟個体♂1採集。ヤゴ調査でも、20151031・20151106に小貝川で合計5個体採集。ヤゴは平たく小さな黒い斑紋が多く前額に突起がある。
(4)重要な区域と環境
@大池(初期潅水地)
大池はトンボの種類、個体数ともに最も多く観察された場所で、止水域のトンボが繁殖する重要な区域である。池には抽水性植物が駐車場側にあるが全体的に少ないこと、浮葉性、沈水性の水草が殆どないなどトンボ環境としてやや貧弱なことが気になる。
昨年の夏季には水面の一部がヒシなどで覆われチョウトンボが乱舞していたと聞くが、2015年7月以後は水面の水草が消失、チョウトンボ、クロイトトンボ等の産卵環境が失われた状態となった。
大池に抽水性や浮葉性の水生植物を増加させれば、多種類のトンボを誘致できる可能性は十分にある。
A用水路
人工的な用水路ではあるが、駐車場付近から下流域は流水系のハグロトンボ等にとって重要な繁殖場所になっている。特に水路幅の広がった水門付近には抽水性や沈水性の水生植物と砂泥底があり、多種のヤゴの生育に適した環境である。
夏季は田んぼへの引水等で用水路の水量が多く水勢も強いため水草が水没しているが、秋の減水とともに水草が水面に浮き出てハグロトンボやギンヤンマの産卵場所となる。減水する時期を多少でも早められれば水草に止まって産卵するトンボの繁殖に有効であろう。
なお、ヤゴ調査で用水路の水質の汚れが気になった。また水底にはプラスチック類、空き缶などのゴミが多く、環境の改善も重要である。
B樹林地・クヌギ林
トンボは羽化後に林縁、草地へ移動し昆虫類を捕食して成熟する。また林縁を雌雄の出会いの場とする種も多い。トンボの生息には水域環境とともに小昆虫が多い豊かな緑地環境が重要である。
母子島遊水地は全体的に平坦な草原環境であるため、植樹されたクヌギ林や小貝川河川敷の樹林地が特に重要な意味を持つ。植樹されたクヌギは良好な状態に育っている。今後クヌギの更新や他の樹種を増加させる等により、昆虫類の多様性を拡大させれば樹林地性トンボ(クロスジギンヤンマ等)の飛来も期待できる。
また、小貝川河川敷樹林地は植生も豊かで多種類のトンボが未熟期を過ごす重要な区域である。
文献:日本のトンボ 尾園・川島・二橋 文一出版
トンボのすべて 井上・谷 トンボ出版
近畿のトンボ図鑑 山本・宮崎・西浦・新村 いかだ社 他
以 上