疫学研究に関する倫理指針(案)に対する意見(および委員会からの回答)

平成14年3月7日

厚生労働省疫学的手法を用いた研究等の適正な推進の在り方に関する専門委員会・文部科学省疫学的手法を用いた研究の在り方に関する小委員会御中


[この問題に関する関わりについて]
 医療などにおける個人情報保護に関心があり、「ヒトゲノム研究に関する基本原則」を始めとする政府の倫理指針作成作業を注視してきました。

[意見]

第2 倫理審査委員会
5 倫理審査委員会
 前文は「この倫理指針においては基本的な原則を示すにとどめており、研究者等が研究の具体的な方法を立案し、その適否について倫理審査委員会が判断するに当たってはこれらの原則を踏まえつつ個々の研究内容に応じて適切に判断することが求められる。」と倫理審査委員会に大幅な裁量権を与えているが、そうであるならば、同委員会の構成にふれたこのセクションでは、倫理審査委員会の透明性を高めて本指針の実効性を確保するため外部委員の比率(例:半数以上)にまで言及しておくべきであろう。平成12年の「ヒトゲノム研究に関する基本原則」作成作業の中で、倫理審査委員会の判断にゆだねる範囲が広すぎることへの疑義・批判を受けて「倫理審査委員会を別の公的機関がチェックする二重チェックシステム」案が出された時、いわゆるミレニアム指針の「外部の人を半数以上いれることを義務づけて、信頼できる倫理委員会を育て上げようとする姿勢」を尊重すべきということで、「二重チェックシステム案」が退けられたと承知している。しかし、その後の経過を見ると、平成13年の「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」では「外部委員を半数以上置くことが望ましい」へとトーンダウンし、更に、倫理審査委員会の信頼性を高めるための具体的方策がとられたという話も聞かれない。これでは広く国民の理解を得ることは難しいといわざるを得ない。

[回答] 倫理審査委員会の透明性を確保するため、外部委員を含むことや、議事概要の公表を定めています。疫学研究が、大小さまざまな研究機関で実施されることを考えると、外部委員の比率を定めることは難しいと考えています。

第3 インフォ−ムドコンセント等
6 インフォ−ムドコンセントを受ける手続等
 現在国会で審議中の「個人情報の保護に関する法律案」では、公衆衛生向上のため特に必要であること、および本人からの同意取得が困難であること、という2つの要件が満たされているケースにおいては、個人情報取扱事業者である民間医療機関は本人の同意を得ずに個人情報の目的外使用ないし第三者提供を行うことが出来る(法案21条3項、28条1項)。本指針案では患者の医療情報の疫学研究への使用について、倫理審査委員会の承認に基づいて研究機関の長が許可すれば、インフォームドコンセント(IC)取得が免除され得るとしている。この指針に従えば、疫学研究において対象者全員からのIC取得が困難(例:100名中60名は困難)であれば、研究者はIC取得免除を申請することが出来よう。ここで問題となるのは、この場合のIC取得免除許可は対象者全員についてのものか、あるいは、IC取得が困難な対象者に限定されるものか、ということである。もし、この疫学研究に協力する民間医療機関が、ICを取得しようと思えば出来る患者(上記の例では40名)についても本人の同意無しにその医療情報を第三者(疾病登録簿など)に提供したとするなら、それは上記法案の2つの要件のうち後者を満たさない違法行為になるのではなかろうか。ところが、本指針を読む限り、この40名についてもIC取得不要と誤解され得るような表現となっている。上記法案がこのまま成立した場合には、本指針は違法行為を助長するおそれがあるといわざるを得ない。そのようなことのないよう、本指針(あるいは上記法案)のしかるべき修正が必要であろう。

[回答] ご意見を踏まえ、ただし書中「インフォームド・コンセントを受ける手続を緩和し」を「必要な範囲で、インフォームド・コンセントを受ける手続を緩和し」に改めます。 なお、個人情報保護法案は未成立の段階ですが、本指針の適用範囲については、同法案第55条第1項第2号の規定の適用等により、同法案第5章は概ね適用されないものと考えられます。

第4 個人情報の保護等
9 資料の取得、保存の方法等
 「イ 研究対象者となることを拒否できるものとすること。」はいわゆるオプトアウト権を認めるものであろうが、拒否の意思表示をどのように受け付け、どう対応するかについて具体的な規定を設けないと、絵に描いた餅にならないか。(同じことは次の「10 他の機関等に資料を提供する場合の措置」にもあてはまろう)。

[回答] 研究の実施について情報の公開を行うとともに、研究対象者となることを拒否するとの申し出があった場合には、研究対象者としないことが必要ですが、情報公開、申し出の方法などについて、一律に方法を示すことは難しいと考えています。

10 他の機関等に資料を提供する場合の措置
 「研究責任者又は既存資料の提供のみを行う者は、」で始まる文は意味が不明瞭ではないか。

[回答] 「資料採取時又は試料提供時」を「試料提供時まで」に、「第三者」を「所属機関外の者」に改めます。

第5 用語の定義
12 用語の定義
 「がん登録事業等は、本指針でいう科学研究には該当しない。」としてよいのか。がん登録事業を直接規定する法令が無いことを考えるとき、法的裏付けのある伝染病予防事業などの保健事業と同列に扱ってよいのか甚だ疑問である。

[回答] 本指針が適用されない保健事業について、適切に定義することが困難であったため、がん登録事業等については、具体的に例示することとしました。