M23.河川改修と魚の大量死事件
	著者:近藤純正
		23.1 事件の経緯
		23.2 河川水温の成り立ち
		23.3 河川水温の予測原理
		23.4 水温の計算と観測の比較
		23.5 河川改修の各項目と水温上昇
		23.6 事件から学んだこと

		付録: 降水・流出・貯留を考慮した水温予測法
		参考文献
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宮城県蔵王町の渓流・秋山沢川の水を利用した養魚場で1994年夏に稚魚が 大量死する事件があった。この渓流は1989年8月の台風による豪雨で氾濫 し災害復興のために改修され、川幅は広げられ、河床は平らとなり、 さらに付近の樹木が伐採されたことにより、日当たりと風通しがよくなり、 河川水温が異常に上昇し、稚魚の大量死をもたらしたのである。 (完成:2007年12月22日)


23.1 事件の経緯

宮城県仙台市から南へ車で約1時間行くと蔵王町遠刈田(とうがった)温泉 がある。そこから、国道457号線を南へ約5km行くと秋山沢川に架かる 秋山沢橋がある。この橋と直交する秋山沢川は南蔵王山麓にあり、1989年8月 6~7日の台風13号による豪雨で氾濫、付近の別荘地が浸水し一人が死亡する 災害があった。

災害復興として、莫大な経費が投じられ、川の幅を広げるなどの工事が 行われた。工事に伴い樹林は広い範囲まで伐採され、日当たりが平坦地と 同程度によくなった。

1994年は全国的な異常渇水であった。 秋山沢川の水を利用した3つの養魚場で1994年の夏に晴天の異常高温が続き、 快晴日の7月15日にギンザケの稚魚約15万匹づつが死亡した。 また8月7日の快晴日には残っていたニジマスが死亡全滅した。

河川の拡幅により、(1)水深が浅くなり、(2)流速が小さくなったこと、 (3)樹林の伐採で日当たりと風通りがよくなったこと、が河川水温の異常 をもたらしたのである。

このことを熱収支の計算から定量的に明らかにし、河川改修は自然を できるだけ保つような方法であるべきことを指摘した。 この結果は宮城県の担当者にも渡し、新聞に報道されたことから、 宮城県は河川改修の方法が適当でなかったことを認め、河川水の流下に伴う 水温上昇が自然に近くなるように、再改修を実施することになった。

同年11月24日の新聞には、「宮城県河川課は、渇水時にも水深が保てるよう に、環境に配慮した形で秋山沢川の再改修の方針を固めた」と報じられた。

河川改修
図23.1 河川改修の前(左)と後(右)の秋山沢川の断面模式図

秋山沢川95610
図23.2 改修後の秋山沢川、9号床固付近、1995年6月11日 (本谷 研 博士撮影)

23.2 河川水温の成り立ち

川の上流、源流の近くに行ってみると、水温は夏涼しく、冬に暖かい。 水温の日変化の幅も小さいことに気づく。このことは、源流付近では、 水は地中から湧き出ていることを意味する。

図23.3は水戸における地中温度の季節変化であり、地表面から深く なるほど地温変化の振幅が小さくなり、位相が遅れることがわかる。

水戸の地温年変化
図23.3 水戸における地中温度の年変化 (地表面に近い大気の科学、図4.11、より転載;本ホームページ「身近な 気象」の「M11.入門2:境界層の日変化」の図11.8に同じ)。

深さ0m(地表面)の温度は夏に29℃、冬に2℃、較差は27℃に対し、 深さ5mの温度は夏低く冬高く、年較差は2℃ほどである。 深さ10mでは、温度はほとんど一定である。

地温の深さによる振幅の減衰と位相の遅れは、温度拡散係数 (=熱伝導係数÷体積熱容量)の平方根に依存する。種々の物質の体積熱容量 (=比熱×密度)は後掲の表23.1に示す。

温度拡散係数が大きいほど、深さによる振幅の減衰は小さく(深いところまで 影響が及び)、位相の遅れは小さくなる。

源流点の水温:
秋山沢川について調べてみると、後の計算で「源流点」とみなす地点A (図23.7、標高=610m)の水温は、強雨日から2日以内を除外すれば、 地中の深さ1.5mの地温と0.1mの地温の平均温度にほぼ等しい。ただし、 強雨日の源流点の水温はその標高における雨滴の温度にほほ等しいことが わかった。

気温と比べると、源流付近の水温は夏冷たく、冬は暖かい。それゆえ、 水塊は下流へ下るにしたがって、時間と共に夏は昇温し、冬は冷却される ことになる。

水温の日変化:
源流点では、水は地中から湧き出しているので、水温の日変化は 僅かである。したがって、水温の日変化幅は源流点に近い固定点では 小さいのだが、ずっと下流の固定点では大きくなる。

図23.4の緑印は源流点からの距離が1km地点(源流点から流れ出した水塊 の時間経過が0.8時間の位置)における水温の日変化である。 夜間(18時~0時~6時)は放射冷却によってわずかだけ冷却されるが、 日の出から正午過ぎにかけて2℃余り昇温している。ただし、この例は 河川の水深=0.2m、流速=0.3472m/s の場合である。

同図に示す青印は源流点からの距離が30km地点における水温の日変化である。 流速が0.3472m/s であるので、30kmは水塊が24時間流下した距離に相当する。

水温日変化
図23.4 源流点からの距離が1km(緑四角印)と30km(青 丸印)における水温の日変化、赤破線は気温の日変化、 ただし水深=0.2m、流速=0.3472m/s(24時間で30km)、夏の晴天日、 源流の水温=17℃の場合(近藤、1995、図5に基づく)

距離30km地点では、最高水温=30.7℃(15時ころ)、最低水温=22.2℃(6時 ころ)、日較差=8.5℃である。

注意すべきは、距離30kmでは日平均水温は日平均気温より高温となっている。 水深=0.2mの場合、距離30km(源流から流下して24時間)では、平均水温 はほぼ平衡状態となり、より下流においても水温の日変化はほとんど同じ になる。つまり、流れがない水田の水温の日変化と同じになる。

このような平衡状態において、日平均水温が日平均気温より高くなるか、 低くなるかは、放射や風速などの条件による。日本の年平均的な 気候条件では、平均風速が概略8m/s 以上であれば、水温は気温より 低くなるが、通常の条件では水温は気温より平均的に高くなる(注1参照)。

(注1) 水温と気温の差
やや専門的になるので、ここでは注1として説明しておく。
日平均水温が日平均気温より高くなるか、低くなるかは、放射や風速などの 条件による。このことを熱収支式の解から説明しておこう(ただし解は水温気温差 があまり大きくならないときに得られる近似式である)。

「水環境の気象学」のp.135の式(6.33)、または「地表面に近い大気の科学」 のp.145の式(5.17)によれば、地表面温度 Ts と気温 T の差は、次式で 表される。

 Ts-T≒[(有効入力放射量)-(大気の可能潜熱要求量)]÷(大気・地表面間の熱交換率)

Ts-T>0になる条件は上式分子が正となる時、つまり、
[(有効入力放射量)-(大気の可能潜熱要求量)]>0

ここに、
(有効入力放射量)=R↓-σT
(大気の可能潜熱要求量)=lρβChU[qSAT(1ーrh)]
R↓=[(1-ref)×下向きの水平面日射量+下向きの大気放射量]
ただし、l は水の気化の潜熱、ρ は空気密度、β は蒸発効率(水面でβ≒1)、ChU は 水面大気間の交換速度、qSATは気温 T における飽和比湿、rh は 大気の相対湿度(0<rh≦1)、σT は気温 T に対する黒体放射量 である。

簡単な場合として、仮に大気が飽和湿度のとき、Ts-T>0になるのは、
(有効入力放射量)=R↓-σT>0
の条件の時である。

河川水の深さによる温度分布:
海や湖沼では、水温は鉛直分布をもち、日中の表面付近では下層よりも 高温になっている。河川でもこのような鉛直分布があるのか、ないのか?

仙台市を流れる広瀬川は、源流は山形県との境に近いところにある。仙台市街 域から上流の源流域(水流幅=1m程度、樹林内)まで、約40kmにわたって 水温を測ってみた。広瀬川には水深1m以上の渕もあり浅瀬の流れもある。 深さ1m以上の渕の中でも、水温は深さ方向に一定であることが確認できた。

その他、文献によって確かめてみると、水深が10m程度より浅ければ水温は 鉛直方向にほとんど一様となっている。河川のように、流れる水は乱流により、 鉛直方向に拡散・混合されて等温になっている。

入力エネルギーと水温上昇速度:
物体の温度は、それに入る熱エネルギーが出る熱エネルギーよりも 大きければ上昇する。夏の源流域に近い河川水を想定すると、水温は気温より 低く、顕熱は大気から水面へ入る。大気が湿っていれば、(大気中の水蒸気量) >(水温に対する飽和水蒸気量)の関係であり、水面では凝結が生じる、 つまり潜熱が大気から水面へ入る。大気がよく乾燥していれば、蒸発が 生じる、つまり潜熱が水面から大気へ運ばれる。夜間は、一般に大気放射量 よりも水面から放出される長波放射量が大きいので、水面は放射冷却する。

晴天日の正午ころ、地表面に入る太陽光(日射)のエネルギーは1000 W m-2程度である。 このエネルギー1000 W m-2(= 1000 J s-1 m-2)が 体積1mの立方体 の水(上面の面積=1m、水深=1m)へ入り混合されて 一様な温度になるとき、 水温は1時間(=3600秒)あたりいくら上昇するかを計算してみよう。 水の比熱=4200 J kg-1K-1、密度= 1000 kg m-3を考慮して、

温度上昇速度=(熱エネルギー)÷(全熱容量)

熱エネルギー=(単位時間単位面積当たりの熱エネルギー)×時間×面積
 =1000 J s-1 m-2×3600 s×1m
 =3.6×10J

全熱容量=(単位質量当たりの比熱)×密度×体積
 =4200 J kg-1K-1×1000 kg m-3 ×1m
 =4.2×10J K-1

ゆえに、1時間当たりの温度上昇速度=3.6÷4.2=0.86℃/時

これは水深=1mの場合であるが、水深=0.1mなら8.6℃/時 の温度上昇速度となる。

参考のために、種々の物質の体積熱容量を表23.1に示した。体積熱容量は 比熱(通常は単位質量当たりで表す)と密度の積である。これが大きいほど 同じ入力エネルギーに対して温度上昇速度は小さくなる。水は体積熱容量 が大きく、温まり難く冷え難い。

  表23.1 種々の物質の体積熱容量(=比熱×密度)の概略値
               水環境の気象学、表6.9参照

	物体・地表面   体積熱容量
                               ×10J m-3K-1
	乾燥砂地・粘土        1.3		
	湿り砂地・粘土        3.0		
	新しい軽い雪          0.2       
	古い雪                0.8          
	コンクリート          2.1		
	アスファルト          1.4
    紙                    1.1
	木材(杉)            0.5		
	水                    4.2			          
	空気(静止)          0.0012	

23.3 河川水温の予測原理

河川水は湖水と違って流れているために、水温は鉛直方向に等しく、 計算は簡単になる。そのかわり、静止状態の河床との熱交換による水温変化 の計算は難しくなる。

河川水温の予測原理を図23.5に示した。水面(大気側)と河床側で熱交換 をしながら水塊は流下していく。

水温予測模式図
図23.5 河川の水温予測の模式図、源流点からの水塊は流下しながら 大気及び川底との熱交換によって水温が変化する。

計算式は文献(近藤、1995)にゆずるとして、この原理にしたがって計算 する。
他に応用する場合の参考になるので、注2にて「有限水面の交換速度」 について説明する。

(注2) 有限水面の交換速度
やや専門的になるので、ここでは注2として説明しておく。
ある湿った面を想定する。そこへ風上側から乾燥した空気が流れてきたとき、 風上側で多くの水蒸気が供給され、大気中の水蒸気量は風下にいくにした がって増加していく。この変質されて湿った空気層(内部境界層)の厚さは 風下距離(吹走距離)とともに大きくなる。

したがって、湿った面からの蒸発量は風上側で最大で、風下距離とともに 小さくなっていく。それゆえ、小さい面積からの平均蒸発量は大きい面積 からの平均蒸発量よりも大きくなる。このことから、対象とする面積が 小さいほど、バルク輸送係数(または交換速度)が大きくなる。 顕熱輸送についても同様に、バルク輸送係数は小面積ほど大きい (「M19.温暖化と都市昇温」の図19.16; または「研究の指針」の「基礎3:地表面の 熱収支と気象」の図3.1;を参照)。

バルク輸送係数(CE、CH)は風速や気温などを観測 する高度が高いほど小さくなる。いっぽう風速や、地面温度と気温の差、 などは高度が高くなるほど大きくなる。このことから、観測高度があいまいな 場合、バルク輸送係数を用いるよりは交換速度(=バルク輸送係数×風速 =CEU、CHU)を用いれば高度依存性が弱くなるので、 誤差は小さくなる(「地表面に近い大気の科学」のp.142~p.143を参照)。

以下では交換速度(単位はm/s)について説明する。
海面など広い水面のバルク輸送係数(CE、CH)は、 通常、風速などの観測高度が10mの場合について図示されている (「水環境の気象学」の図7.6、式7.25 ~7.31など)。これを10m以外の高度に変換する式もある(同書のp.110)。

湖沼の大きさや河川幅が概略1km以下の場合は、広い水面の交換速度 を用いると過小評価になるので、有限水面の交換速度を用いる。「水環境の 気象学」のp.172を参照すると、交換速度(CEU≒CHU) は次式で表すことができる(厳密にはp.172を参照し、水蒸気の分子拡散 係数 D と空気の分子温度拡散係数 a の違いを考慮すること)。

○ 大気安定度が中立に近いとき:
CHU(中立時)=(CHU)U=0+0.00566(U0.8/ X0.2)・・・(1)
(CHU)U=0=0.001 m/s
X:水面を風が吹く距離(m)

この式は、風上側から鉛直方向に一様な気温分布と一様な風が吹いてきて、 その先端から内部境界層が発達する場合を想定して得たものである。

○ 不安定時:
水温が気温に比べて(大まかな目安として3℃以上)高くなった ときは、自然対流を考慮して次式で与える(同書のp.171)。

CHU=0.0012{(Ts-T)+0.11[eSAT(Ts)-e]}1/3・・・・・・(2)

単位は、e:水蒸気圧(hPa)、eSAT(Ts):水温Tsに対する飽和 水蒸気圧(hPa)である。式(2)は不安定度が大きくなると式(1)より 大きくなる関数であるので、具体的には式(1)と(2)を比べて大きい ほうをその時刻のCHU として用いる。

なお、上式(1)(2)に用いる風速 U や気温 T などの観測高度 (レファレンス高度)は1~5mである。

○ 安定時:
気温が水温に比べて(大まかな目安として3℃以上)高いときは、 安定度の効果を式(1)に補正して CHU は小さくする。すなわち、

CHU=f × CHU(中立時)・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

補正係数 f の目安を求めるには、「水環境の気象学」の図7.6と図7.7が参考 になる。 図7.7によれば、水面を風が吹く距離(風上距離)X が100m以下なら、 水蒸気量の変化が生じるのは概略1m以下の層、つまり内部境界層の 厚さ h≒1m程度であり、安定度の効果はあまり効かないので、

 f≒1、ただし X<100m・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

X が 1000m以上なら、高度 10m 以下の層で水蒸気量の変化が生じる。すなわち 内部境界層の厚さ h≒10m程度となり、レファレンス高度 10m の図7.6の 関係が使える(レファレンス高度 10m に対しては無限に広い水面に相当する)。 それゆえ、同図の安定時のCHの値と中立時のCH の比から(原論文:Kondo, 1975, Appenxix 参照)、

 f=0.1+0.03S+0.9exo(4.8S)(-3.3<S<0)、ただし X>1000m・・(5)
 f=0(S≦-3.3)、ただし X>1000m・・・・・(5)

ここに、 S=[S0×|S0|]÷[|S0|+0.01] 
S0=(Ts-T)/ U
|S0|は S0 の絶対値、Ts は水温(℃)、T は高度10mの気温(℃)、U は 高度10mの風速(m/s)である。

上記2つ以外の範囲内、100m≦ X ≦1000mに対して、

 1≧f≧式(5)・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)

以上の(4)(5)(6)によって、安定な場合の補正係数 f (≦1)の目安を得る。 実際には風上側が大きな地表面粗度だったり、障害物があったりすると、 水面上の乱流状態と大きく異なるので、この f はあくまでも目安である。

風が川を横切って吹くような場合、X は川の水面幅よりも大きくなる。 風向は絶えず左右に振れているので、通常は水面幅の2~5倍の値を 用いるが、現況で判断する。秋山沢川の日中の場合、風は川筋にほぼ 沿って吹く頻度が高いことから、X は川の水面幅の3倍とした。

図23.5の原理にしたがい水塊の流下にともなう各瞬間ごと(時間ステップは 600秒、詳細計算では60秒ごと)の熱収支量と水温を同時に計算した。 源流点から出発した水塊の温度の時間変化を図23.6に示す。

水温0.2mラグランジュ
図23.6 源流(水温=17℃)を出発してからの時間経過と水温変化、 夏の晴天日(日平均気温=23℃、日平均風速=2m/s)、水深=0.2m、 風速や気温の日変化があるとした場合、各曲線は 源流点を3時間ごとに出発した水塊の温度変化。曲線群の中ほどに描いた 一点鎖線は河床下の土壌(河底から約0.3mの深さ:温度の日変化が無視できる 深さ、地温の日変化の生じる有効な深さ0.073mの約4倍)における温度で ある(近藤、1995、図2より転載)
赤:朝6時に出発した水塊の水温、源流を出発した直後から昇温しはじめる。
青:夕方18時に出発した水塊の水温、12時間ほど流れてから昇温しはじめる。

源流点を夕方18時に出発した水塊の温度(青線)をみると、12時間後まで 水温の変化は小さいが、そのあと、日射によって水温が急上昇する。およそ 21時間後(時刻=15時)に最高水温になったのち、下降しはじめる。

一方、源流点を朝6時に出発した水塊の温度(赤線)は、すぐ上昇しはじめ、 約9時間後(時刻=15時)に最高になったのち、下降しはじめ、24時間後 (時刻=6時)に最低となり、再び上昇する。

23.4 水温の計算と観測の比較

前節で説明したように、流れる水塊の水温予測の計算式を実際の秋山沢川に 適用して水温の計算値と実測値を比較してみよう。

秋山沢川では気象観測は行なわれていないので、計算に用いる気象資料は、 秋山沢川から、それぞれ約10km、約20km離れた白石アメダスと川崎アメダス における観測値を用いる。日射量は日照時間から推定する。大気放射量は 日照時間、気温、比湿(比湿のみ仙台における観測値)のデータから推定する。 したがって、計算された河川水温には多少の誤差を含むことになる。

秋山沢川の地図
図23.7 秋山沢川の地図。A:源流点(標高=610m)、B:養魚場の取水口の位置、 C:放水口の位置、D:秋山沢橋(標高=380m、点Aからの距離=2950m)。 源流点から養魚場までの距離(=2km)について水温変化を計算する (近藤・菅原・高橋、1995、図2より転載)

図23.7は秋山沢川の地図である。Aは計算に用いる源流点、Bは養魚場への 河川水の引き込み口、養魚場を迂回した水は放水口(C点)から秋山沢川へ 放水されている。

水温の観測、7月29日
図23.8 水温の観測(赤丸)と計算値(実線)の比較、1994年7月29日 (近藤・菅原・高橋、1995、図2より転載)

流れに沿う水温変化の比較:
図23.8(7月29日)と図23.9(10月8日)は水温の縦断観測と計算値の比較 である。前者は平均水深が浅い(0.08m)日であり、平均水深が深い(0.15m) 後者に比べて、水温上昇が大きいことがわかる。

水温の観測、10月8日
図23.9 前図に同じ、ただし1994年10月8日 (近藤・菅原・高橋、1995、図2より転載)

観測値と計算値のわずかな違いは、水塊が流れ下る途中の気象要素の変化で 説明でき、誤差±1℃以内の範囲内でよく対応している。

毎日の最高水温の比較:
養魚場では毎日、最高水温と最低水温が観測されていた。この資料について 計算値と比較する。図23.10は最高水温の観測値(白丸印)と計算値(実線) の比較である。日々については、遠方のアメダスから推定した気象条件の 誤差によって水温予測値には誤差があるが、観測値の傾向とよく対応 している。特に晴天日の水温の対応性はよく、誤差は0~2℃ほどである。

点線は河川改修前の秋山沢川の条件を用いたときに予想される日々の最高 水温である。改修の影響は曇天日にはわずかだが、晴天日には5~6℃も高温 になっている。

最高水温の計算と観測
図23.10 秋山沢川の養魚場における最高水温(白丸印)と最低水温(黒丸印) の日々変化(1994年夏)。 横軸は1月1日からの日数を表し、180日は6月29日、240日は8月28日、 実線は最高水温の計算値、点線は樹木の伐採と河川の改修がなかった場合 の最高水温の計算値。図中に示す2つの赤矢印は魚が大量死した7月15日と8月 7日の最高水温を指す。(「地表面に近い大気の科学」の 図7.1より転載)

23.5 河川改修の各項目と水温上昇

前節に示したように、秋山沢川の水温は計算によって再現 できることがわかった。そこで、この節では、河川改修の各項目 (下記のa, b, c)のそれぞれが河川水温に及ぼす影響を調べることにしよう。

(a) 樹木の伐採:伐採前の樹林は水面を部分的に被い、日射は遮蔽されて、 [1-(樹林係数)] 倍に減少する。同時に大気放射量は樹体からの長波放射が 加わって増加する。
また、水面付近の風速は、樹林がある場合はない場合に比べて、 [1-(樹林係数)] 倍に弱められる。

河川改修前の水流付近の樹林状態について聞き取り調査を行い、それに近い 林内の放射条件から、改修前の樹林係数=0.3を得た。なお、改修後の水面 はほぼ平坦地の水面に等しかったので改修後の樹林係数=0とした。

(b) 河床の平坦化:改修前の水は岩を超えしぶきを上げながら流れており、 大気との熱交換は平坦地の水面における熱交換よりも大きい。仙台市広瀬川 上流の小さな沢(波しぶきを上げる流路)において流路に沿う水温上昇から 見積もってみると、平坦な水面の交換速度の6倍であったので、この係数を 採用した。この効果は200mの距離で水温を約4倍上昇させる(気象条件に よる)。

(c) 河道拡幅による水深と流速の減少:養魚が大量死した晴天日の1994年 7月15日を想定すると、改修前→改修後の条件は次のように変化した。
河川の流水面の幅は5.3m→15m
水深は0.2m→0.08m
流速は0.45m/s→0.4m/s

以上のa, b, c の順序で養魚場(源流点からの距離=2km)における 最高水温と最低水温に及ぼす影響を調べ、表23.2に示した。表の右半分は、 気象条件(最低気温=20.3℃、最高気温=34.0℃、水蒸気圧=26.2hPa、 日平均風速=0.8m/s、日変化あり、源流水温=16.8℃)は同じだが、 雲量だけ変えて曇天とした場合の影響である。

  表23.2 河川改修と水温(℃)、ただし気象条件は1994年7月15日、
                  源流点からの距離=2kmの地点
               (近藤・菅原・高橋(1995)、表4を参照)

	天気                    快晴日                  曇天日
        水温                  最低  最高      最低  最高  

	(1)改修前          18.1    22.3           18.3     20.4		
	(2)樹林伐採        18.1    23.1           18.3     20.5	
	(3)河床の平坦化    17.0    21.4           17.3     18.3 
	(4)河道の拡幅      17.4    28.2           18.0     20.5
                観測値        17.4    28.1

表によれば、樹林(水面に及ぼす日陰率=30%)を伐採したことで、快晴日 の最高水温は0.8℃(23.1-22.3)上昇した。この0.8℃の内訳は、日当たりがよくなったこと で最高水温は上昇、その代わりに樹体からの長波放射がなくなったことで 最高水温は低下、風が強くなった効果で大気から水面へ入る顕熱交換量が 大きくなったことで最高水温は上昇、これら3つの効果の合計として最高 水温は0.8℃上昇した。

次に川床を平坦化して波しぶきが飛ばない状態となり(つまり交換速度が 小さくなり)、大気から水面への顕熱輸送量が減少したことで最高水温の 上昇は抑えられて1.7℃(=23.1-21.4)下降した。

さらに、河道の拡幅で水深が浅く、流速が小さくなったことで 6.8℃(=28.2-21.4)上昇した。以上を総合して0.8-1.7+6.8=5.9℃上昇した。

一方、最低水温に及ぼす影響はいずれも1℃以下で小さい。

曇天日については河川水温への影響は小さいことがわかる。ただし、この 計算は源流点からの距離が2kmの地点での結果である。

23.6 事件から学んだこと

1994年に起きた魚の大量死事件から私たちが学んだことは何か?
改修工事では、河床は広げられコンクリートで平らに固められた。もし、狭い 水流部が造られていたならば、渇水時でも極端に高い異常水温は生じ なかったはずである。

自然の河川は蛇行し、所々に渕があり浅瀬もある。水中には多くの動植物 が生息し、湖岸には草木が生い茂る。

これまでの多くの土木工事はこうした自然を考慮して行われてこなかった のではないか!

魚の大量死事件(1994年7月15日と8月7日)が新聞で報道されたことから、 直ちに上記の研究を開始し、3ヶ月後に河川改修のありかたについて提言を 行ったところ、その年の秋、11月24日の新聞には、「宮城県河川課は、 渇水時にも水深が保てるように、環境に配慮した形で秋山沢川の再改修の 方針を固めた」と報じられた。


魚の大量死事件があってから13年後の2007年10月22日、その後の秋山沢川 の状況について視察した。その写真は「写真の記録」の 「79. 宮城県秋山沢川改修後」に 掲載してある。

1994年の時点で平らに改修されていた広い河床には、再改修によって造られた 2~3m幅の溝(水路)があり、低水時(渇水時)の河川水はこの水路を 流下していた。 一方、広い河床は水が流れることがめったになく、草木が生え茂り、改修以前 の状態に近づきつつあった。つまり、林内を流れていた昔の渓流がやがて 復活する兆しが見え、自然の力の大きさを知ることができた。

秋山沢川2007年その1
図23.11 その後の秋山沢川(その1)、2007年10月22日、第1号砂防ダムの 壁上から下流の眺め

図23.11は砂防ダムの壁上から下流方向を見下ろした写真であり、改修直後 の1994年当時の河床には樹木はなかったし、2~3m幅の溝も無かった。

秋山沢川2007年その2
図23.12 その後の秋山沢川(その2)、2007年10月22日、養魚場の上流 からの下流方向の眺め

秋山沢川2007年その3
図23.13 その後の秋山沢川(その3)、2007年10月22日、秋山沢橋の少し 上流の岸から見た河床の眺め(白く見えるのは干上がった最初の改修に よる河床)

秋山沢川2007年その4
図23.14 その後の秋山沢川(その4)、2007年10月22日、秋山沢橋から上流 の眺め

再改修に要した費用は、少額ではなかったのだろう。かなりの経費を費やして 行った宮城県の姿勢を評価したい。しかしながら思い出すのは、秋山沢川が 改修された時代、日本は好景気にわき、土木建設に莫大な経費が使用された。 その当時の1993年6月に石井仙台市長が、続いて1993年9月に本間宮城県知事が 工事にともなうゼネコンからの収賄の容疑で逮捕される事件があったのである。


付録:降水・流出・貯留を考慮した水温予測法

第4節(水温の計算と観測の比較)では、河川の流出量(水深と水流幅)は 現地における実測を用いて計算した。しかし年間を通して流出量や河川水温 を計算するには、流域における降水量のデータから水収支 (流出量、貯留水量、積雪水量、融雪量など)を同時に計算する必要が でてくる。

その計算方法は近藤・本谷・松島(1995)、Motoya&Kondo(1999)を参照すると して、結果を以下に示しておこう。この計算では、降水量や気温は標高の関数 として解き、地中に貯留される水分量や流出量は「新バケツモデル」の組み 合わせによって計算することができる。この際に必要となるパラメータ5個は 現地における数回の河川流量の実測から決定した。 この方式では日々の流量(水深)も計算する。

参考:
「新バケツモデル」は、土壌の種類や厚さが異なる現実的な流域の土壌水分量や 蒸発散量の日々変化を計算するために開発されたものである。それゆえ、 1時間単位で水位が変化するような洪水時ではなくて、平水時や低水時の 流量などを予測する場合に、「新バケツモデル」の組み合わせによる計算は 比較的精度よく現実を再現することができる。

図23.15の下段は、養魚場における日々の最高水温の季節変化である。 前に示した図23.10と比較してわかるように、最高水温の値には大きな違いは みられない。

降水量、水深、最高水温
図23.15 流域の降雨・降雪、融雪、河川・地下水の流出・貯留を含めた 計算の結果(降水量や気温は標高の関数とする)。
上:降水量、中:計算された河川の水深、下:最高水温の観測値(丸印) と計算(実線)の比較、図中の2つの矢印は魚が大量死した7月15日と8月 7日の最高水温を指す。(近藤・本谷・松島、1995、 の第6図より転載)

参考文献

近藤純正、1987:身近な気象の科学.東京大学出版会、pp.189.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学-地表面の水収支・熱収支. 朝倉書店、pp.348.

近藤純正、1995:河川水温の日変化、(1)計算モデルー異常昇温と 魚の大量死事件ー.水文・水資源学会誌、8、184-196.

近藤純正・菅原広史・高橋雅人・谷井迪郎、1995:河川水温の日変化、(2) 観測による検証ー異常昇温と魚の大量死事件ー.水文・水資源学会誌、 8、197-209.

近藤純正・本谷 研・松島 大、1995:新バケツモデルを用いた流域の 土壌水分量、流出量、積雪水当量、及び河川水温の研究.天気、42、 821-831.

Kondo, J., 1975: Air-sea bulk transfer coefficients in diabatic conditions. Boundary-Layer Meteor., 9, 91-112.

Motoya, K. and J. Kondo, 1999: Estimating the seasonal variations of snow water equivalent, runoff and water temperature of a stream in a basin using the new bucket model. J. Japan Soc. Hydrol.& Water Resour., 12, 391-407.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学-理解と応用-.東京大学出版会、 pp.324.

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