M13.境界層と風(Q&A)
著者:近藤純正
	● 山岳の風と天候についてのQ&A(2題)
	● 接地層の意味についてのQ&A(1題)
	● 粗度と摩擦の関係、突風率についてのQ&A(2題)
	● 風のスパイラルと日変化についてのQ&A(4題)
	● 冬の高度20kmまでの風速鉛直分布についてのQ&A(1題)
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近年、気象学の基礎知識が多方面で必要となり、気象関係の技術者を目指す 人々も増えてきている。 ごく最近、気象学を学びはじめた方々に「大気境界層の気象」に ついて講義をおこなった。その際に受講生から出された質問を 本章と続く2つの章(M13~M15)で Q&A として取りあげた。
この章は「入門1:境界層と風」の内容 に対する Q&A である。(完成:2005年10月12日、加筆:10月18日)


● 山岳の風と天候についてのQ&A

Q10.1 下記の図13.1(図10.5に同じ)によれば、"そびえ立つ山頂 ほど風速が強いのは、山頂が高くなるにつれて風を遮るものがなくなるから 風速が強くなる"(問10.3の解答)と考えてよいでしょうか?

山の風速と地形突起度
図13.1 (図10.5 に同じ) 山の風速と地形突起度との関係、ただし、山の 標高と同じレベルの自由大気中の風速が20m/s のとき。白丸印は周囲が開けた 観測地点、黒丸印は窪地や風上側に岩や建物があったり周囲に樹木がある 観測地点、×印は風向が一般風とずれる観測地点を表す。
地形突起度とは、地形の凹凸を表す簡単なパラメータであり、観測点の標高と その周囲1kmの円内の平均標高との差で定義する。地形突起度が正なら 凸地形、負なら凹地形、ゼロなら平坦地に相当する。 (身近な気象の科学、図15.2、より転載)。

A10.1 はい、その通りです。図では山頂が周囲より高いかどうかは 「地形突起度」(山頂がそびえた形の地形ほど大きい)で表してあります。 例えば富士山頂の地形突起度は300mであり、他の山よりそびえていること になります。それゆえ、自由大気中(富士山では高度約3800m)の風速が 20m/sのとき、山頂の風速も約20m/sとなっています。つまり700hPa面の高層 天気図の風速から富士山頂の風速は予測できることになります。

他の山頂では、自由大気中の風速の30~80%の風が吹くことを図は表して います。ただし、ここでいう風速は平均風速であり、最大瞬間風速はもっと 大きくなるので注意が必要です。

山岳地に大型風車を建設して風力発電の計画 をする場合、事前調査として風がどれだけ吹くか推定する方法がいくつか あるようです。上の図で示した関係と高層気象観測所で得られているデータ を利用した事前調査も役立ちます。

Q10.2 山は天候の変化が激しいイメージしかないのですが、山でも無風に 近い穏やかな天候はありますか?

A10.2 はい、穏やかな天候の時もありますが、平均的には上空ほど 風は強いので山の風は一般に強いと考えなければなりません。また、多くの 山は雲のできる高度にあり、さらに地形の影響で雲が発生しやすいので、 平地が晴れでも急に雲に覆われることが多く、天候急変のイメージが生れ ます。

しかし時には、山でも微風のこともあります。850hPa(約1,500m)、 あるいは700hPa(約3,000m)面高層天気図で風速が5~10m/s以下の場合、 地形にもよりますが山では微風~弱風となります。 山頂や尾根と違って、窪地では風が弱くなることが多いのです。

私の経験ですが、福島県の吾妻小富士の山頂での風速が5m/s以下のとき、 盆地の形をした旧噴火口の中では晴天の夜間には無風となり放射冷却に よって山頂の気温より10℃も低くなりました。山頂と噴火口の標高差は 100m程度しかなくても、夜間には大きな気温差ができることもあります。

● 接地層の意味についてのQ&A

Q10.3 境界層と接地層では何が違うのですか?

A10.3 接地層は境界層の最下部のことです。ここでは平均風速に比べて 風向・風速変動が大きく(突風率が大きい、風の息が激しい)、風速は高度と ともに急激に強くなっており、気温や湿度などの日変化が大きい、などの特徴 があります。境界層は地表面の影響を受ける大気層のことであり、接地層は その影響がより大きいところです。

● 粗度と摩擦の関係、突風率についてのQ&A

Q10.4 なぜ都市や森林・草地は粗度が大きくて、海面の粗度は小さいので しょうか? 粗度と摩擦との関係がわからないです。

A10.4 風と地表面の間では摩擦による力が作用しています。 地表面は風によって風向方向へ引かれ、風は逆に後ろ向きの力を地表面から 受けます。この力(単位面積の地表面当たりの力)は図13.2に示す装置によって 計測することができます。

摩擦力の実験
図13.2 風が地表面に及ぼす摩擦力の実験。地面の一部を切り取って油貯めの ケースを入れる。そのケースの中に、同じ粗度の地面を作った容器を浮かばせ て、容器上面に働く風の摩擦力を測定する。摩擦力(図では右向きに作用) はバネ秤や、ひずみ計で測ることができる。 (上)大粗度の地面、(下)小粗度の地面。

空気中に存在する物体に対しては、風による摩擦力(通常、抵抗力という) は風速の二乗に比例し、比例係数は物体の形状などに関係する。地表面の 場合も同様に風速の二乗に比例した摩擦力を受ける。

大粗度の地表面では、草など物体が空気中に露出しており、その抵抗力に よって地表面が風向方向に引かれる力は大きくなる。地表面が仮に鏡のように 滑らかであっても、それに接する風は摩擦の影響を受ける。しかし、その力 は粗度が大きいときに比べれば小さい。

こうした実験と、地表面上の風速鉛直分布の勾配は密接に関係することが わかっている。その勾配は次の図13.3に示した。粗度が大きいときの 勾配はA2、粗度が小さいときの勾配はA1である。

風速対数分布の勾配
図13.3 風速の対数分布の勾配の説明図。粗度が大きいときの 勾配がA2、粗度が小さいときの勾配がA1である。この勾配の二乗が摩擦力 と比例関係にある。勾配は大粗度ほど大きく、また、風速が強くなるほど 大きくなる。図中の2つの風速分布は地面付近で異なるが、上空では一致 する場合の例である。

海面や平らな裸地・積雪面と比べると、都市、森林・草地では建築物や植物体 (これらを粗度物体という)が風に中に立ちふさがり、風に大きな抵抗力を 及ぼしている。その結果、粗度物体の近くはもちろんのこと、大気の最下層 では風は弱められる。その状態での風速鉛直分布を描いてみると、粗度(空気 力学的粗度、風速の対数分布を下方に外そうして、風速=0になる高度)は 大きな値となる。

Q10.5 粗度がもっとも大きい場所(例えば、z0=1m)と、 もっとも小さい場所(例えば、z0=0.0001m)で、平均風速はどれ くらいの開きがありますか? また最大瞬間風速、あるいは突風率はどれだけ 違いますか?

A10.5 風速や最大瞬間風速、突風率は高度によって変わるので、ここでは 地表面から高度20mに風速計があり、大気安定度が中立状態に近いときを 想定し、上空1000m付近の風速が20m/sの場合とします。目安は次のように なります。
	風速計の高度が20mのときの粗度による風の違い
	                  粗度=1m       粗度=0.0001m
	平均風速     6.8m/s                13.6m/s
	突風率      2.7           1.5
	最大瞬間風速  18.4m/s                20.4m/s
最大瞬間風速は上空の風速に近くなり、粗度への依存性が弱いことがわかり ます。詳細は本ホームページ「研究の指針」の 「基礎1:地表近くの風」の 図1.4と図1.9、及びQ1.3とQ1.4の回答も参照してください。上記の突風率と 最大瞬間風速は目安であり、幅があることに注意してください。

● 風のスパイラルと日変化についてのQ&A

Q10.6 山岳部で夜間に風が強くなる理由は何ですか?
陸上での境界層下部では風速は日中強く夜間に弱まる傾向があるのに、 境界層上部ではこの傾向が逆になるのはなぜですか?
夜間は、なぜ風のかき混ぜが弱く、上下の風速差が大きくなりますか?

A10.6 本ホームページの「研究の指針」の 「基礎1:地表近くの風」の図1.10 を参照すると、地上風速は日中強く夜間に弱くなる日変化するのに対し、 高度50m以上での日変化は逆の傾向となっています。この図で注意してほしい 点は日中の風速は高度による違いが少なく一様化されており、夜間は高度 によって大きな差があるということです。

風速鉛直分布
図13.4 大気境界層内の風速鉛直分布の日変化模式図。赤線は日中、青線は 夜間の鉛直分布。

陸面上では日中の大気は下層ほど高温、上ほど低温で不安定な状態となり、 乱流が盛んで上下に激しく混合され、上下の温位差を解消するように働きます。 同時に水蒸気量、その他の物理量も鉛直方向に一様に近くなります。風速 (これは風のもつ運動量:物理量)も一様化されます。その結果が図13.4に 日中の状態として表されています。つまり、日中の混合の激しい「混合層」 の中での風速は上下の差は小さくなります。

夜間の陸上大気は地表面から冷却されて、下ほど低温となり、大気は安定な 成層状態となり、乱流は弱められます。上空の強風の空気塊は下層に運ばれ 難くなります。このことを運動量の下向き輸送が小さくなったといいます。

その結果、夜間の境界層上部では風が強いのに下部では弱くなります。
そのほかの効果として、「入門1:境界層と風」 の10.10節で説明した「慣性振動」も重なります。

山岳で日中風が弱くなることについて: 孤立峰に近い山岳は、大気 境界層の中にあるため、その影響を受けやすいのです。 筑波山や伊吹山のような山頂付近は境界層上部の中にあり、上で説明した 平坦地上の風速の日変化の傾向が現れます。他の山に登山したとき、注意して いると孤立峰で見られる風速日変化の特徴に気づくかも知れません。

Q10.7 風のスパイラル(ホドグラフ)の図10.11によれば、粗度の大きな 森林上の風速は高度が大きくならなければ風速は強くなれなくなっています。 これは摩擦が大きくて風は進みづらいということでしょうか?

風のスパイラル
図13.5(図10.11 に同じ) 風のスパイラル。各曲線につけた数字は地表面からの高度(m)。 z=1.06mの場合、高度54mでの風は図の ゼロ点「O」から数値「54」を結ぶ向きに吹く。この風速は青線で表わす 地衡風速の約50%の大きさであり、等圧線を横切る角度は30°である。 (Blackadar,A.K.,1962; 近藤編著、1994、 水環境の気象学、図5.6、より転載)

A10.7 はい、そのように考えてよいでしょう。つまり下層ほど地表面粗度の 影響を受けて風速は弱いが、高度が増すにしたがって上空の風速に近づいて いきます。なお、熱的に中立な条件下において、上空の風速(自由大気中の 風速)に近くなる高度、つまり境界層の高度は粗度が大き い陸面上では高く、粗度の低い海面上では低くなり、また、乱流は 風速に比例して強くなるために、風速が強いとき境界層 は高くなる傾向にあります。

Q10.8 風のスパイラルの図10.11において、粗度z0= 1.06mの場合、高度854m付近の風は低気圧側から高気圧側に吹き込むのは なぜですか? 力のバランスはどのようになっていますか?

A10.8 まず、高度854mの風に対する3力のバランスを考えてみましょう。 図13.6に示すように、この高度ではその下層の風に引かれるような方向に 摩擦力を受けます。この方向は地上付近の摩擦力が風向とほぼ反対方向に作用 するのとは大きく違うことに注意してください。

風のスパイラルと力
図13.6 高度854mにおける風に働く力のバランス。青線は地衡風、赤線は高度 854mの風を示す。摩擦力は下層の風に引かれるような方向(図では右向き) に作用する。

高度854mでは風の大きさは地衡風よりも大きいので、コリオリ力は地衡 風速に働くコリオリ力よりもわずかに大きい。コリオリ力と摩擦力の合力が ちょうど気圧傾度力とバランスしなければならないので、854mの風は赤矢印 の大きさと風向をとることになります。このようなバランスの関係になる のは、摩擦力は風向と反対方向に作用しないことによるのです。

その理由は、境界層の中では風向は高さによって変化しており、風向の異なる 空気塊が互いに力を及ぼし合うためです。

風が地衡風速より大きく、かつ低気圧側から高気圧側に 吹く例はこのほかにも現実には起こっているのです。 詳細については、本ホームページの 「研究の指針」の「基礎1:地表近くの風」 の図1.16を参照してください。

この話は、気象学「入門」としては、かなり専門的になりました。 通常の教科書にはごく基本的なことのみで、なにもかも書くわけにはいかない ので掲載されていません。心がけとして、現実の大気現象には教科書 に書かれてないことも起きることに注意しましょう。

Q10.9 平均風速の日変化に温度風の関係はありますか?

A10.9 一般場の温度風と直接的には関係しませんが、地形・地表面状態が 複雑な地域では気温の水平分布が生じ、それによって境界層内で気圧傾度の 高度変化ができ、風向風速に高度変化・日変化が生れることもあります。 どこでも、温度と気圧と風は密接に関係しています。

● 冬の高度20kmまでの風速鉛直分布についてのQ&A

Q10.10 冬期における風速の鉛直分布の図10.17において、成層圏の高度 10~20kmでは、風速(図では西風)は高度とともに弱くなっています。 このことは ”成層圏の高度10~20kmにおける温度水平分布が南ほど低温、 北ほど高温” ということですが、”成層圏では夏” ということでしょうか?

ジェット気流風速分布
図13.7(図10.17 に同じ)風速の鉛直分布。仙台の上空では風速が100m/sを越す 強いジェット流が見られる。 しかし高度9km以上の上空では、風速は高度とともに減少している。 この理由は高度9km以上の上空(成層圏)で温度傾度は逆になり、南で 低温、北で高温となっていたからである。 (身近な気象の科学、 図4.6、より転載)

A10.10 ”成層圏では夏” ということではなくて、 気温の高度・緯度分布の季節変化は対流圏で大きいのに対し、成層圏 では相対的に小さいことによるのです。つまり、成層圏では 夏・冬とも、冬半球の極地方を除けば、低緯度ほど低温になっており、 ジェット気流より上空では高度とともに偏西風は弱くなります。

気温の平均的な緯度・高度断面は、おおよそ次のようになっています。 対流圏と成層圏の境は「圏界面」と呼はれており、

赤道~緯度40°付近:
熱帯圏界面(高度約17km付近)の気温=-80℃程度
その上空の気温は高度とともに増加
高度25km付近の気温=-50℃程度

緯度40°~60°付近:
圏界面(高度約11km)の気温=-50~-60℃
その上の成層圏の気温=-50℃程度

したがって、日本付近の高度10~25km範囲では低緯度ほど低温となっています。

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