桑形恒男の研究内容

これまでの研究

Ⅰ.複雑多様な地表面上における大気-地表面エネルギー交換過程に関する研究
実施期間:1983年~1992年頃

(背景)
地球規模での気候変動や局地気象形成のメカニズムを明らかにするためには, 大気中の物質・エネルギー循環を解明することが必要不可欠である。これらの 循環は多くの素過程が複雑にからみあって成立しているが,その中でも 大気-地表面間エネルギー交換過程(熱・水蒸気の交換過程)は最も重要な 素過程の一つである。陸地の大部分は山岳などの複雑地形と,都市・植生地・ 裸地などが混在した多様な地表面から構成されており,複雑多様な地表面上 の大気-地表面熱収支・水収支を明らかにすることによって,それら地表面 上における熱・水蒸気の交換過程の定式化が可能となる。

 複雑多様な地表面上においては熱源の水平方向の不均一に起因して山谷 風・海陸風などの熱的な局地循環が発生し,これが大気-地表面間の エネルギー交換過程に対して大きな影響を及ぼしている。

(方法)
1.複雑多様な地表面上で発達する山谷風・海陸風などの局地循環に注目し, それらの循環が大気-地表面エネルギー交換に果たす役割を,野外観測や 既存データの解析によって調べた。
2.複雑多様な地表面上のエネルギー交換を考える上で重要な地表面の 蒸発効率や地表面粗度などの要素を,既存の観測データを用いて広域的に 評価した。
3.陸上の大気-地表面熱収支の実態を把握するために,蒸発量や顕熱, 放射量などの気候学的な評価を日本全域について行った。

(結果)
1.盆地の冷却・昇温過程において熱的局地循環(山谷風)の果たす役割を 野外観測によって明らかにした。夜間,斜面上で発生した冷気流が盆底に 堆積するため,盆底上の大気の冷却量は平坦地に比べて大きくなる。 日中,盆底では地表面からの加熱に加えて,谷風の補償流として上空の 暖気が沈降する。そのため盆底上の大気の昇温量も平坦地より大きくなる。 また山谷風が大気-地表面間のエネルギー交換を活発にしていることが わかった。

2.沿岸域における大気境界層の構造と大気-地表面エネルギー交換に およぼす海風の役割を,観測と数値モデルによって明らかにした。大気 境界層の構造は海風の進入によって変形を受け,平坦地上のような混合層的 な構造とはならない。海上からの冷気の進入によって地上気温の上昇が 抑制され,それが大気-地表面間のエネルギー交換にも影響を与える。

3.日中に山岳地で発生する谷風を野外観測と数値モデルによって調べ, その特性を明らかにした。

4.気象官署のルーチン観測データから複雑地形上における熱収支を見積る 方法を開発した。この手法を用いて,春季の弱風晴天日における中部 日本域の広域熱収支を評価したところ,各地の熱収支は地形が原因で 発達する熱的局地風に大きく支配されていることがわかった。この解析手法 を用いて広域平均の地表面の蒸発効率を評価した。

5.全国のアメダス地点における風向別の地表面粗度を,国土数値情報の 土地利用データより評価した。

6.気象官署のルーチン観測データを用いて,熱収支法により日本全国の 水面と森林における蒸発量や顕熱,放射量などを気候学的に評価した。 日本の森林からの年蒸発散量は水面からの年蒸発量より多く,森林からの 年蒸発散量の約4割が降雨時の遮断蒸発であった。

Ⅱ.地形や地表面状態に支配される局地気象の発現機構の解明
実施期間:1992年~2001年頃

(背景)
 日本のように地形起伏に富んだ地域における局地気象の形成には,海陸風, 山谷風等の熱的局地循環が重要な役割を果たしている。また都市化の進行 などにともなう地表面の改変も,都市気象などに代表される新たな局地気象 を生み出しており,その形成においても地表面状態の不均一が原因で生じる 熱的局地循環が影響している。局地気象環境の形成や都市化等にとも なった環境変化を考える上で,熱的局地循環が局地気象の形成におよぼす 影響の評価が必要不可欠である。

(方法)
1.起伏地形地における野外観測ならびルーチン気象データの解析によって, 地形および地表面状態に依存した局地気象の実態を調べた。
2.局地気象モデルを用いた数値実験によって,熱的局地循環の立場から, 起伏地形上の局地気象の特性について調べた。
3.データ解析と数値実験の結果に基づいて,局地気象の形成に及ぼす 熱的局地循環の役割を評価した。

(結果)
1.起伏地形上で弱風晴天日の日中に発達する熱的局地循環の実態と, その循環が局地気象の形成に果たす役割を解明した。日中の熱的局地循環は, 熱を山岳域から盆地や谷域へ輸送することによって温度場を水平方向に 一様化する働きを持ち,その結果として盆地や谷域における日中の大気 昇温量が大きくなる。ただし地形起伏の水平スケールが100km以上になると, 熱的局地循環による熱輸送では温度分布を水平方向に一様化させることが できなくなる。

2.熱起伏地形上の日中の熱的局地循環は平野部から山岳域に水蒸気を 輸送する働きも持ち,100km程度の水平スケールを持つ地形で,夕方における 山岳域での水蒸気の蓄積量が最大となる。関東・中部・東北を中心とした 中部日本は,地形の水平スケールが100km程度であるため熱的局地循環による 水蒸気輸送の影響を受けやすい。中部日本の山岳域では,その影響で夏期 晴天日の午後になると雲が発生しやすくなり,それが同地域における日射量 の低下や熱雷の発生をもたらしている。このような熱的局地循環の影響は, モンスーン期のチベット高原においても確認された。

3.盆地や谷などの起伏地形地における日中の大気境界層は2層構造を持ち, 下層の乱流混合層と上層の準混合層からなることを見出した。乱流混合層は 地表面からの加熱によって形成され,準混合層は側斜面で発達する斜面 上昇風循環にともなった熱輸送が原因で形成される。

Ⅲ.水田水温・葉温・地温ならびに熱収支の予測・評価に関する研究
実施期間:1995年~現在

(背景)
 近年の異常気象により日本各地の水稲作柄は著しく不安定である。 そのため,行政・普及・生産者から,冷害の早期警戒・予察のための総合的 な地域管理システムの構築が強く要請されている。水田水温は水稲の生育に おいて,作柄や冷害被害の受けやすさを左右する重要な環境要因である。 水稲生育の広域監視のためには,気象条件によって日々変化する水田水温 を広域的に予測・評価する必要がある。

(方法)
1.気象データから水田水温・葉温・地温ならびに熱収支の日変化を, 予測・評価するためのモデルを開発する。また汎用性の高い日平均水田 水温の推定モデルを開発する。
2.実測およびモデル計算の両面から,水稲群落の成長が水温におよぼす 影響を定量的に評価する。

(結果)
1.気象データから水田水温・葉温・地温ならびに熱収支の日変化を, 予測・評価するモデルを開発した。このモデルでは,葉面積指数(LAI)の 増加にともなった水田水温・葉温・地温ならびに熱収支の変化を再現する ことができる。また日平均気象データとLAIから,水田水温の日平均値を 推定するモデルを開発した。このモデルによる日平均水田水温の計算精度は, 0.5~1℃程度である。

2.LAIの増加が水田水温に影響を及ぼし,その影響の大きさは風速や 日射量の強さに依存して変化することを,モデル・実測の両面から明らかに した。

現在~将来にむけての研究

Ⅰ.生理・生態プロセスを考慮した植物の環境応答と大気-植生相互作用

(1~2は,今後5年間程度に実施する具体的な研究テーマ)
1.水田生態系における作物生産,水利用に関わる群落微気象プロセスに 関する研究。

(背景・目的)
東・東南アジア地域では,農耕地に供給される水資源量が作物生産に対する 大きな制限要因となっている。また二酸化炭素の濃度上昇や温暖化の進行 にともない,作物の水利用の変化や高温障害の発生頻度の増加などが懸念 されている。CO2濃度上昇や気候変動がアジア地域におけるイネ生産に 及ぼす影響を評価するために,高CO2条件を含めた変動環境下における 水田生態系の蒸発散や光合成,群落熱環境の特性解明とそのモデル化に 取り組む。

2.植物の水利用・物質生産におよぼす、根域物理環境の影響と根の役割に 関する研究

(背景・目的)
植物は根を通して吸水し,その水を葉から蒸散させることによって, 体内の水分バランスを保っている。根域物理環境(地温、土壌水分) や気象条件の変化は,植物体内の水分状態を変化させ,吸水量や蒸散量に 影響を与える。自然条件で生育する植物は,土壌水分や地温・気温が時空 間的に大きく変化する環境にさらされているため,それによって植物体の 水分状態や吸水・蒸散バランスが影響を受け,気孔開度,光合成,養分吸収 など植物の生育に直結する生理プロセスに影響を与える。

これらの現象を理解するために,根域物理環境や地温・気温バランスの変化 が植物の吸水・蒸散プロセス,ならびに光合成や成長に及ぼす影響を調べる。 さらに,それらのプロセスで重要な役割を担っていると期待される, アクアポリン(=水チャネル,生物にとって重要な膜蛋白質の一つ)による 植物体内の水輸送に対する調節機能についても解明する。

Ⅱ.起伏地形や土地利用の変化が局地気象環境に及ぼす影響

3.起伏地形上に発達する熱的局地循環や土地利用形態の変化が,局地気象 環境の形成におよぼす影響に関する研究。

(背景・目的)
これまでに実施してきた,複雑多様な地表面上における大気-地表面 エネルギー交換過程や局地気象の発現機構に関する研究をさらに発展させ, 熱的局地循環や土地利用形態の変化が,局地気象環境の形成におよぼす影響 について調べる。


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