K171. サーミスタ温度計の校正(おんどとりTR-52i)


著者:近藤純正
サーミスタ温度計(おんどとり、TR-52i)を精密検定することによって、誤差と 温度の関係を詳細に調べた。-20℃~60℃範囲の校正曲線は4次の近似式で表される。 この近似曲線には、電気抵抗を温度に変換する際に2℃間隔で直線化しているらしく、 2℃間隔の波状のずれを伴う。校正しないままだと±0.3℃の誤差がある。 詳細な精密検定をした場合でも、校正曲線の一部に不連続性をもつため最大0.05℃ の誤差がある。
だだし、本論ではサーミスタ温度計の経年変化については調べていない。
(完成:2018年9月10日予定)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2018年9月5日:素案の作成
2018年9月6日:一部分、微細な削除・訂正


    目次
        171.1 はじめに
        171.2 検定の方法      
        171.3 サーミスタセンサの器差
        171.4 補正式
        171.5 校正式の不連続性
        まとめ
        参考文献                  


謝辞
Pt温度計K320について立山科学工業の桶谷充宏氏から、サーミスタ温度計について T&D社の三村孝二氏から有益なコメントをいただいた。


171.1 はじめに

野外の気温観測における誤差には、センサ自体の器差と放射影響による誤差が 含まれる。前者はセンサの検定によって小さくすることができる。後者に ついては、多方面で用いられている自然通風式気温計では、1℃程度、最大5℃ の放射影響がある(「K98. 自然通風式シェルターに及ぼす 放射影響の誤差」)。

それゆえ、研究や公式観測など高精度が必要な場合はファンモータを備えた 通風式気温計が用いられる。

比較的精度の高い観測が行われている気象庁など公的観測で用いられている 通風式温度計の放射影響による誤差は0.3~0.4℃程度ある (「K99.通風筒の放射影響誤差(気象庁95型、 農環研09S型」)。

最近では、放射影響による誤差をほぼゼロにした高精度通風式気温計が使われる ようになった(「K126.高精度通風式気温計の市販化」)。

放射影響は別にして、研究目的など高精度観測が必要な場合は検定付き4線式 Pt100センサや3線式Pt1000センサが使われている。

それに対して、サーミスタ温度計は安価であるが、高精度観測ができないことと、 経年変化が大きい。この欠点を十分に理解すれば、研究・応用目的により 使い道はある。 本研究ではT&D社製の「おんどとり、TR-52i」について器差と温度の関係を詳しく 調べた。ただし、経年変化については次の機会に調べる予定である。


171.2 検定の方法

データロガー「おんどとり」の分解能は0.1℃であるが、本論ではサーミスタの 特徴を詳しく知るために、検定槽内の温度が時間と共にゆっくりと単調に上昇 または下降する条件で行い、0.1℃よりも高精度のデータを得たい。

サンプリング数を多く得るために10秒間隔で記録する(最後の節では20秒間隔で 記録)。検定槽内の温度は0.5~2時間に2℃程度の割合で単調に上昇または下降する。 その間、検定槽内の水またはアルコール(35度のホワイトリカー)は手動で 連続攪拌する。

基準の温度計は分解能0.01℃の4線式Pt100センサの水温計K320(立山科学工業) を用いる。この基準水温計の校正は2017年1月に行い、ずれていないかを確認 するために2018年8月に再校正を行ってある。

今回調べる3個のセンサ番号は次のとおりである(センサ番号は筆者が独自に付けた 番号)。

H①・・・TR-5106(FEP樹脂被膜センサ)
T31・・・TR-5320(ステンレス保護管センサ)
T32・・・TR-5320(ステンレス保護管センサ)
これら3センサに用いる温度データロガーはTR-52i(T&D社製)である。


171.3 サーミスタセンサの器差

サーミスタの電気抵抗と温度の関係は対数曲線に近い。一般に、出力を温度に変換する 際に、ある温度幅で直線化する。 そのため、器差と温度の関係を表す校正曲線はある温度幅で波状になることが予想 される。

図171.1はその例を示し、2℃間隔で波状に変化している。左図は2~5℃付近、 右図は39~42℃付近の校正曲線である。10秒ごとに記録した120データ(左図) または90データ(右図)を移動平均した値がプロットされている。小さいギザギザ はデータ数が少ないための見かけ上の変化であり、無視してよい。

縦軸は器差(=指示値-真値)を表し、奇数温度は高め(図の上方)、偶数温度 は低め(図の下方)に出ている。サーミスタの電気抵抗の温度に対する変化割合 は低温ほど大きいので、2℃間隔で直線化したとき、上下のずれ幅は低温(左図) で大きく約0.02℃、高温(右図)で小さく約0.01℃である。

   器差2℃幅間
図171.1 サーミスタ温度計の器差(=指示値-真値)と指示温度の関係、 左は2~5℃範囲、右は39~42℃範囲


図171.1(左)において、3~5℃(幅2℃範囲)の器差の平均値=-0.019℃を4℃ における器差とする。同様に右図については、40~41℃(幅1℃範囲)の器差の 平均値=-0.050℃を40.5℃における器差とする。

図171.2と図171.3は上記の手続きによって得た全温度範囲の校正値のプロットである。 図171.2はセンサH①、図171.3は2本のセンサ(T31、T32)について示している。

これらは延べ約50時間を費やして行った精密検定の結果である。

図中に入れた曲線は4次の近似曲線である。なめらかな近似曲線には、図171.1で 説明した2℃間隔の波状の凸凹を実際にはともなっている。その凹凸の大きさが 丸印または四角印のおおよその直径(一辺の長さ)で表されている。
概略であり、温度範囲によって異なり、波状の上下幅は高温で小さく、 低温で大きい。

全温度範囲、H①
図171.2 全温度範囲の校正曲線、センサ:H①

全温度範囲、T31,T32
図171.3 全温度範囲の校正曲線、センサT31(緑四角印)とセンサT32(黒丸印)


一般に、器差はセンサごとに異なる。両図によれば、なめらかな近似曲線で校正 したとき、最大±0.04℃ほどの誤差がある。

図171.3において、横軸=7℃付近と10℃付近のプロットがなめらかな近似曲線 から大きくずれているので、間違いではないかと考え再検定したが、結果は 変わらなかった。すなわち、細かくみると、全範囲の校正曲線はなめらかでは ないことがわかる。このことについては最後の節で詳しく調べる。

まとめると、サーミスタ温度計(おんどとり、TR-52i)は校正しなければ 誤差は±0.3℃程度、これは「おんどとりTR-52i」の製品仕様に記載されている とおりである(-20~80℃範囲)。

センサごとに検定し、4次式を用いて校正したとき、最大±0.04℃の誤差を含む ことになる。


171.4 補正式

前節では、全温度範囲(-20℃~60℃)に適応する4次の近似式を求めた。

温度範囲が狭い場合、めんどうな4次式で補正するよりは、例えば夏などの暖候期 のみ、あるいは冬など寒候期のみの観測、またはデータ整理の場合は1次式で 補正したい。そのような場合の近似式を求めておく。

(a)寒候期用
図171.4は寒候期を目的とした、-15℃~+20℃範囲の器差と温度の関係であり、 1次の近似式を直線で示した。

T31(黒線)の器差は:
 T31:指示値―真値=-0.0071×真値(℃)-0.024℃
    指示値-真値≒-0.0071×指示値-0.024℃
ゆえに、補正式は、

 T31:真値(℃)≒1.0071×指示値(℃)+0.024℃、範囲:-15℃~20℃ ・・・(1)

同様にT32(緑線)の器差は:
 T32:指示値-真値≒-0.0067×指示値(℃)+0.064℃
ゆえに、補正式は、

 T32:真値(℃)≒1.0067×指示値(℃)-0.064℃、範囲:-15℃~20℃ ・・・(2)

寒候期用の校正図、T31,T32
図171.4 寒候期用の校正図、(センサT31, T32)。

注意:これまでの章では、Ptセンサについての校正図は縦軸の器差 として「器差=真値-指示値」を示したが、本章では「器差=指示値-真値」を 縦軸に表してある。


(b)暖候期用
図示しないが、暖候期用として10℃~60℃範囲についての補正式は次のように 表される。

T31:真値(℃)≒1.0032×指示値(℃)+0.086℃、範囲:10℃~60℃ ・・・(3)
T32:真値(℃)≒1.0029×指示値(℃)-0.003℃、範囲:10℃~60℃ ・・・(4)


171.5 校正式の不連続性

図171.2~図171.4に示したように、5℃~15℃範囲で校正曲線の不連続性が疑われる。 この不連続性を確認するために、検定槽内の水にセンサを入れ断熱蓋をして 長時間放置する。センサの先端を揃えてアルミパイプ(φ7mm、長さ77mm) に挿入してある。水温は単調に上昇または下降する。

この試験における記録は20秒間隔である。

図171.5~図171.6は5℃~15℃範囲について行った試験である。試験中の室温は 25.8℃~28.7℃で、多少の日変化がある。

図171.5(上)は検定槽内の温度の時間変化である。破線の大丸に注目すると、 赤線(温度の時間変化の真値)に比べて、横軸に示す10時~11時にかけて 黒線(T31)の温度上昇が一時的ににぶっているがその後は赤線とほぼ平行に 変化している。10時~11時の時間帯は温度が8℃から9℃に変わる時間帯である。

これを分かりやすくするために、下図に20分間当たりの温度変化率の時間変化 を示した。10時~11時の時間帯におけるセンサT31(黒線)とセンサT32(緑線) の温度変化率が真値(赤線)に比べて異常に小さくなっていることがわかる。 この時間帯以外では小さな波状に変化している。波状の変化はAD変換する際の 2℃間隔で直線化によるもので正常な変化である。

器差と温度の関係、5℃~15℃
図171.5 温度の時間変化(5℃~15℃範囲)、破線の大丸は異常値の注目点。 赤線は基準器(真値:K320)、黒線はセンサT31、緑線はセンサT32。
 上:温度の時間変化
 下:20分間当たりに温度変化率の時間変化

  器差と温度の関係、5℃~15℃
図171.6 器差(=指示値-真値)と温度の関係。緑:センサT32、黒:センサT31。


図171.6はセンサT31とT32の器差と温度の関係である。横軸の8℃~9℃の間で 不連続的になっている。それ以外の温度では奇数温度で高め、偶数温度で低めに なっているのは抵抗を温度にAD変換する際の2℃間隔で直線化したために生じた 正常な変化である。

図171.6によれば、8℃~9℃の間で生じる不連続的なずれは0.05℃である。

次に、図171.7~図171.8は40℃~60℃範囲について行った試験である。 試験中の室温は27.0℃~27.9℃(夜間)である。この温度範囲では、前図 (図171.5~図171.6)で見られたような異常な変化は見いだせない。 ただし、器差の図171.8について詳しく見ると、器差は奇数温度で高め偶数温度 で低めの2℃間隔で波状変化しているが、その振れ幅は揃っておらず多少の バラツキがある。

温度の時間変化、40℃~60℃
図171.7 温度の時間変化(40℃~60℃範囲)。赤線は基準器(真値:K320)、 黒線はセンサT31、緑線はセンサT32。
 上:温度の時間変化
 下:20分間当たりに温度変化率の時間変化

器差と温度の関係、40℃~60℃
図171.8 器差(=指示値-真値)と温度の関係。緑:センサT32、黒:センサT31。


まとめ

野外の気温観測における誤差には、センサ自体の器差、と放射影響による誤差、 特にサーミスタの場合は経年変化がある。本論ではサーミスタについて、センサ 自体の誤差について論じた。

サーミスタ温度計(T&D社のおんどとり、TR-52i)を精密検定することによって、 誤差と温度の関係を詳細に調べた。

-20℃~60℃範囲の校正曲線は4次の近似式で表される。この近似曲線には、 電気抵抗を温度に変換する際に2℃間隔で直線化しているため、2℃間隔の波状の ずれを伴う。校正しないままだと±0.3℃の誤差がある。この誤差は製品仕様に 記載されているとおり(-20~80℃範囲)である。

精密検定をした場合でも、校正曲線の一部に不連続性をもつため最大0.05℃の 誤差がある。

今後、0.1℃程度の誤差があっても良い場合、例えば地表面温度や模型葉面温度 の観測に使用する予定のセンサT31,T32について、補正式は次の1次の近似式で 表される。

寒候期
T31:真値(℃)≒1.0071×指示値(℃)+0.024℃、範囲:-15℃~20℃・・・(1)
T32:真値(℃)≒1.0067×指示値(℃)-0.064℃、範囲:-15℃~20℃・・・(2)

暖候期
T31:真値(℃)≒1.0032×指示値(℃)+0.086℃、範囲:10℃~60℃・・・(3)
T32:真値(℃)≒1.0029×指示値(℃)-0.003℃、範囲:10℃~60℃・・・(4)

なお、サーミスタセンサの経年変化については今後調べる予定である。


参考文献

近藤純正、2014:自然通風式シェルターに及ぼす放射影響の誤差.
 http:/www.asahi-net.or.jp/~kondu/kenkyu/ke98.html(2018年9月5日閲覧).

近藤純正、2015:通風筒の放射誤差(気象庁型、農環研09S型).
 http:/www.asahi-net.or.jp/~kondu/kenkyu/ke99.html(2018年9月5日閲覧).

近藤純正、2016:高精度通風式気温計の市販化.
 http:/www.asahi-net.or.jp/~kondu/kenkyu/ke126.html(2018年9月5日閲覧).

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