K160. 夜間の気温変動、積雪期と無積雪期


著者:近藤純正・根本 学
微風晴天夜の気温は放射冷却によって下降する。冷却量は夕方の有効放射量に近似的に 比例する。また、地表層の熱的パラメータに大きく依存する、つまり乾いた土壌や 新雪の夜の放射冷却量は大きくなる。これらの特徴は、すでに理論的に明らかにされ、 観測からも確かめられている。

雲が現れると気温の下降速度が小さくなる、あるいは上昇する。雲が消えると元 に戻る形に下降する。この上昇・下降の度合いは地表層の熱的パラメータに依存する。 この現象について、北海道十勝平野の上札内アメダスと神奈川県秦野市千村の 谷戸地形について調べた。本研究では、風速と雲の有無(夜間の長波放射量) の観測は行っていないので、予備解析である。

無積雪期の晴天夜間の気温変動幅は、雲の通過とみなされる 1 ~2 時間に 2~5℃程度で あるのに対し、積雪初期の積雪深 0.2~0.5mの季節には 5~10℃程度と大きくなる。 (完成:2018年4月16日予定)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2018年4月12日:素案の作成
2018年4月13日:所々に加筆


    目次
        160.1 はじめに
        160.2 気温データと観測地点        
        160.3 積雪期の気温変動
        160.4  無積雪期の気温変動
        まとめ
        参考文献                  


研究協力者(敬称略)
野口賢次、内藤玄一
尾崎文隆、大森哲男
伊丹厚紀


160.1 はじめに

微風晴天夜の気温は放射冷却にしたがって下降する。風が吹くときや雲があるときの 気温は、乱流変動とともに、風速・放射量の時間変動や風向変化にともなう移流に よっても変動する。

地上気温は地表面温度の変化にしたがって時間変化する。地表面温度の特徴を理解 するために、微風夜(放射量と地中伝導熱に比べて顕熱輸送量が無視できる夜) における放射冷却の基本について復習しておこう。

主要因の1:地表層の熱的パラメータ
地表面の冷却量は地表層の熱的パラメータ(=熱容量×熱伝導率)に依存し、 乾いた土壌や新雪の夜の放射冷却量は大きくなる(近藤、1994、6.5節)。

図160.1は晴天夜間の地表面温度が地表層の熱的パラメータによって異なることを 説明している。

放射冷却曲線

図160.1 夜間の地表面温度の時間変化、ただし最大可能冷却量=17℃の場合。
放射冷却量は地表層の熱的パラメータに依存する。各曲線につけた数値は地表層の 熱的パラメータ(=熱容量×熱伝導率: CGρGλG、単位はJ2s-1 K-2m-4)である。この図は近藤(2000)の図4.5 からの引用である。


近藤・山沢(1983)によれば、日本の内陸各地における数十年間に1回程度の頻度で 起きる最低気温の極値や、数年に1回程度の頻度で起きる記録は積雪時に出現している。

近藤(2000)の図4.1によれば、多雪地(岩手県藪川)と少雪地(盛岡)を比べた場合、 積雪期の藪川の最低気温は無積雪期に比べて著しく低くなる。しかし、気温が高く なる融雪期はこの特徴が無くなることが示されている。融雪期の気温は高く、 積雪の密度が大きくなり熱的パラメータ(CGρGλG) が大きくなるからである。

主要因の2:有効放射量
放射冷却量は夕方の有効放射量に近似的に比例する(近藤、1994、式6.64と式6.78)。 有効放射量は(R↓-σT)で表され、R↓は下向きの放射量、 σTは気温 T に対する黒体放射量である。

夕方の有効放射量(マイナス値)の絶対値は晴天夜間に概略80W/m2程度、 高層雲~中層雲による曇天時に概略60~40W/m2程度、下層雲による 曇天時に概略20W/m2程度が目安である。夜間の有効放射量の絶対値は 大気全層が乾燥している冬期などは大きく、水蒸気量の多い夏期などは小さくなる。 したがって、冬の乾燥した晴天夜の放射冷却量は大きくなる。

晴天夜間は、前掲の図160.1を参考にすると、新雪や乾燥地面の曲線に似た傾向となり、 曇天時は湿潤地の曲線に似た傾向となる。


微風晴天夜の地表面における熱収支は、①大気からの下向き放射量、②地表面からの 上向き長波放射量、③上向きの地中伝導熱がバランスするように、地表面温度が 変化する。


①が急変したり、④風による下向きの顕熱輸送量が大きくなると、熱収支バランスを とるために②と③が変化、つまり地表面温度が変化することになる。

次の例について考察してみよう。

例1:風の影響
様々な場合があり、ここでは問題を複雑にしないために気温の異なる移流の 影響が無い場合を想定する。

風が吹くときの放射冷却量は近藤(1994)の図6.5の実線で示されており、無風時に 比べて冷却量は小さい。ただし、その図では、斜面流による風を意味するが、 平坦地での風の場合もこれに似てくる。

晴天夜間に放射冷却によって地表面温度・気温が下降しているとき、風が急に 吹きはじめると、地表面温度・気温は急上昇し、逆に風が止むと急下降する。 風が吹くと大気から地表面への顕熱輸送量が大きくなり、同時に鉛直混合も盛んに なるため地表面温度・気温が急上昇するわけである。

その模式図が図160.2に示されており、地表面温度は赤線から緑線へ変化する。 次いで風が弱まると、緑線から赤破線に戻る。

風が吹くときの冷却曲線

図160.2夜間の地表面温度の時間変化の模式図。地表面温度が、放射冷却に したがって赤線のように下降しているとき、風が急に吹きはじめると緑線のように 急上昇する(近藤(1980)の図5.5:または「身近な気象」の 「2.放射冷却と盆地冷却」の図2.3に同じ)。


例2:雲の影響
晴天夜間に地表面温度・気温が下降しているとき、雲が現れると下向き大気放射量が 増え(マイナス値の有効放射量の絶対値が小さくなり)、地表面の熱収支バランス が急変し、地表面温度・気温の下降速度が鈍くなる、あるいは上昇する。 そして、雲が去ると地表面温度・気温はもとに戻る形で変化する。

気温逆転層の高度付近に厚い雲(あるいは霧)が出現するような特別な条件 でない限り、有効放射量は雲が出てもマイナス値である。マイナス値であっても、 その絶対値が急変すると熱収支バランスがくずれ、地表面温度の下降速度は 急変する。熱収支バランスの関係によって、地表面温度は下降速度が小さくなり、 あるいは上昇する。

主要因の1と2から、雲の影響は、積雪時と無積雪時によって異なる。積雪時の 快晴夜の放射冷却量は最も大きくなっているので、雲が現れると地表面温度・気温 の下降速度は鈍くなり、あるいは上昇する。雲が去ると元に戻る形で変化する。 したがって地表面温度・気温の上昇・下降の変化幅は無積雪時に比べて大きくなる。 この特徴は、あとでデータ解析から示される。

ここまでに述べてきたように、夜間の気温変動の一般的な振舞いは理論的にも観測 からも明らかにされている。

本研究の目的は、こうした特徴をさらに確認するために、地形による違いなど 具体的に確かめることである。ただし、今回は風速と雲の有無を判定する放射量 は観測していない。

なお、夜間の都市住宅地における気温変動が風速・雲の有無によって生じることは、 すでに前報「K159.夜間の放射量・風速と気温変動」 で示した。



参考:本論に関わる夜間の気温に関するその他の研究結果
1980年に発生した大冷害を契機に、夜間冷却や気候変動による大冷夏に関する 特別研究が行われ、46編の論文集が発行された(近藤編、1985)。その中の放射冷却 や盆地に形成される冷気湖の研究についての主な結果は次のとおりである。

(1)夜間の無次元冷却量(=冷却量 / 最大可能冷却量)は一般風速 (高度約1km付近の風速)の関数で表される。盆地にできた冷気湖は、 一般風が強まると上部から破壊される。その結果、冷気湖の厚さは一般風の風速 の関数となる(近藤、1982)。

(2)一般風が弱い時の盆地にできる冷気湖の深さは、盆地地形の深さに比例する (Kondo, Kuwagata, and Haginoya, 1989)。

(3)夜間の無次元冷却量と一般風の関係を表す関数形は地点(盆地、平地、 海岸・湖岸、島など)ごとに異なる。つまり、地点ごとの粗度、地形などに依存し、 その係数はあらかじめ求めておくことができる(近藤・森、1982)。

(4)最低気温は瞬間値の気温であり、瞬間値には乱流的なランダム誤差が含まれる。 それゆえ、最低気温の予測誤差の標準偏差は0.8℃となる(近藤・森、1982)。

(5)無次元冷却量は、地表層の熱的パラメータ(=熱容量×熱伝導率)が小さい ほど大きくなる。積雪時の熱的パラメータは小さいので放射冷却量は一般には大きく なる。しかし、積雪があるときでも、冷却量は積雪深に依存し、さらに、日中の融雪 の有無(日中の気温、または夕方の気温の関数)に依存する(近藤・森、1983)。

(6)日本各地の最低気温の極値、数年に1回程度の頻度で起きる最低気温の記録と、 その予知に関する研究がある。近藤・山沢(1983)は、山岳観測所を除くために 標高700m以下、北緯30度以北の1308か所の最低気温の記録を解析した。 図160.3は、そのまとめである。

数10年から100年間程度の期間に、放射冷却を大きくする気象条件がそろったとき起きる 最低気温の極値が実線(1)(2)で表されている。また、数年間に1回の頻度で 起きる最低気温の記録が実線(3)と(4)で、積雪が無い場合は実線(5)で 表されている。

最低気温の極値予知

図160.3 理論的に推定された内陸における最低気温の緯度分布。実線(1、2)は 最低気温の極値、実線(3、4)は数年間に1回程度の確率で起きる最低気温、 実線(5)は積雪がなく、地表層の熱的パラメータ(CGρG λG)=2×10-2J-1 cm-4K-2と仮定した場合に数年間に1回程度の確率で 起こる最低気温(近藤・山沢、1983、の第6図からの転載)。
破線の部分のずれは、夕刻の気温(≒積雪面温度)が概略0℃以上・以下によって (融雪によって)積雪表層の熱的パラメータが大きく異なることで生じるずれ である。



160.2 気温データと観測地点

冬の気温が低く、積雪の熱的パラメータが時間経過によって大きく変わらない 北海道十勝の上札内アメダスと、現在、気温観測を行っている神奈川県秦野市千村 の谷戸地形におけるデータを解析する。

上札内では2017年の10月(秋の無積雪期)と12月(新雪期)について、 秦野市千村では2018年の2月(土壌がやや湿潤)と3月(土壌が比較的乾燥)について 解析する。いずれも気温観測の時間間隔が10分間のデータである。

上札内アメダスは、十勝平野南西部の平坦な畑地の中にあり、交通量の多い道路や 大規模集落から離れた、人工物の影響が少ない場所に位置する。北海道の脊梁山脈 の南東部にあたるため、神奈川県秦野市と同様に、冬型の気圧配置の時には快晴夜 となることが多い。

上札内アメダスの写真は、図160.4と図160.5に示した。

上札内アメダス、西から

図160.4 北海道十勝の上札内アメダス、西から東方向を撮影(2011年11月23日)。


上札内アメダス、北から

図160.5 北海道十勝の上札内アメダス、北から南方向を撮影(2011年11月23日)。


秦野市千村では地形の異なる多地点で気温観測が行われている。観測地点は 「K156.里地里山の気温分布」の図156.1に示した。 関東地方では「谷戸」と呼ばれる、台地が浸食されて形成された谷状地形である。 このうちの丘の畑地は風通しがよく、地域を代表する地点とみなされ、気温観測の 基準点としている。

観測の対象範囲は、東西200m、南北400mほどの複雑な小地形である。谷地形の 盆地状の低い範囲は、夏期には水田となり、その周辺の山地は森林である。 この付近一帯には湧水があり、水田の水源として利用されている。

日本各地に見られたこうした狭い里地は水田や畑地として利用されてきたが、 近年は無耕作地となった所も多い。

データ解析では、丘の基準点と他の6地点について行ったが、わかりやすくする ために本論では代表的な3地点についてのみ図示する。


160.3 積雪期の気温変動

上札内アメダスで積雪深が0.2~0.5mとなった2017年12月の気温変化を図160.6 に示した。当日の夕刻18時から翌朝6時までの時間変化である。当日と翌日の 日照時間から推定される晴天ぎみの夜と曇天ぎみの夜を色分けしてある。 黒の実線、破線、点線は曇天ぎみの夜間を表す。

上札内の積雪期の気温

図160.6 北海道十勝の上札内アメダスにおける積雪期夜間の気温変化。


晴天夜(赤線、緑線、青線)をみると、気温変動幅は12月5日(赤線)の 25時~27.5時に9~10℃、12月8日(緑線)の20時~21.5時に7~8℃、12月19日 (青線)では5~6℃、いずれも大きい。

晴天夜の大きな気温変動幅は、「はじめに」の例2で述べたとおり、積雪時の雲の 出現・消失とみなされる時間帯に気温は大きく変動している。

一方、曇天夜はもともと放射冷却量が小さく、気温変動幅も小さくなっている。


160.4 無積雪期の気温変動

図160.7は上札内における積雪期前の10月の気温変動である。地表層の熱的 パラメータ(=熱容量×熱伝導率)は、積雪のそれに比べて大きいため、夜間の 放射冷却量の大きさ、および雲の出現・消失にともなう気温変動幅はともに小さい。

上札内の雪なし期期の気温

図160.7 北海道十勝の上札内アメダスにおける積雪期前の夜間の気温変化。


次に、神奈川県秦野市千村の谷戸地形における夜間の気温変化について示す。
図160.8は2018年2月の晴天夜の気温変化である。5日間を示したが、1~2時間の 気温変動幅は2~3℃程度で小さい。

千村2月、気温変化

図160.8 秦野市千村の丘における夜間の気温変化(2018年2月)。


千村3月、気温変化

図160.9 秦野市千村の丘における夜間の気温変化(2018年3月)。

図160.9は気温が上昇し日射量も増えた3月の晴天夜における気温変化である。 2月に比べて表層土壌がやや乾燥した季節である。そのため、1~2時間内の気温 変動幅が少し大きくなったようにも見える。

図の下方のもっとも低温側に描かれている3月2日は雲なしの快晴夜と推定される。 図の上方のもっとも高温側に描かれている3月28日は夜間の前半は雲のため放射 冷却が弱く、気温は18時から夜半過ぎ25時まで1.5℃程度しか下がらなかったが、 25時過ぎに急に晴れ間が広がったと推定され、気温が5℃ほど急下降している。

これら3月2日と28日について詳しく調べてみよう。
図160.10は3月2日の気温変化である。観測6地点のうち、見やすくするために 代表3地点のみを描いてある。この夜(3月2日18時~3月3日6時)は一晩中快晴で 雲はほとんど現れなかったと推定される。

気温は快晴夜の放射冷却の理論で示される時間変化によく似ている。ただし、 夜半の25~26時(翌朝3日の1~2時)ころ、3地点とも気温が1℃ほど上昇・下降 している。これは雲片の通過によるものか、風の一時的な強まりによるものか 不明である。したがって、今後の本観測では、放射量と風速も観測してこの現象 を確認したい。

千村3月2日

図160.10 秦野市千村の3地点における夜間の気温変化(2018年3月2日)。


千村3月28日

図160.11 秦野市千村の3地点における夜間の気温変化(2018年3月28日)。

図160.11は3月28日の代表3地点における気温変化である。25時(29日早朝1時) 過ぎに3地点とも気温の下降が急に大きくなった。1時間に約5℃(水田下端、丘)、 約3℃(水田上端)の下降である。それに続く時間帯(27~30時)の気温変動は 地点によって異なる。

丘は緩斜面の畑地であり、水田下端は小盆地の底に似た地形にあり、水田上端は その上部は森林である。

水田上端における気温変化が他と異なるのは、森林の影響を受けた結果であると 考えられる。森林の気温に及ぼす影響については、別報に詳しく示す予定である。


まとめ

夜間の放射冷却量は夕方の有効放射量に近似的に比例し、地表層の熱的パラメータ に依存する。本論の最終的な目的は、夜間の放射冷却による気温変化が雲の出現・ 消失によって、また風速の変化によってどのような影響を受けるか、いろいろな 地形について具体的に明らかにすることである。

本論では、夜間の気温変化についてのみ解析しており、雲の出現・消失(放射量) の観測を行っていないので、本研究に先立つ予備的研究である。広い北海道十勝 平野の上札内アメダスと、複雑な谷戸地形にある神奈川県秦野市千村について 調べた。

おもな結果
無積雪期の晴天夜間の気温変動幅は、雲の通過とみなされる1~2時間に2~5℃程度で あるのに対し、積雪期の積雪深0.2~0.5mの季節には5~10℃程度である。 つまり、夜間の放射冷却量の大きさ、および気温変動幅は地表層(土壌層、 積雪表層)の熱的パラメータ(=熱容量×熱伝導率)に大きく依存することが 確認できた。


参考文献

近藤純正、1982:複雑地形における夜間冷却―研究の指針―.天気、29、935-949.

近藤純正、1987:身近な気象の科学.東京大学出版会、pp.189.

近藤純正(編)、1985:作物被害の要因としての接地層内の異常冷却の発生機構と 量的予測に関する研究.文部省科学研究費 No.A-60-4,pp. 539.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学-地表面の水収支・熱収支. 朝倉書店、pp.350.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学―理解と応用.東京大学出版会、pp.324.

Kondo, J., T. Kuwagata, and S. Haginoya, 1989: Heat budget analysis of nocturnal cooling and daytime heating in a basin. J. Atmos. Sci., 46, 2917-2933.

近藤純正・森洋介、1982:アメダス(地域気象観測所)データを用いた夜間冷却量 の解析と最低気温予報式(1).天気、29、 1221-1233.

近藤純正・森洋介、1983:アメダス(地域気象観測所)データを用いた夜間冷却量 の解析と最低気温予報式(2).天気、30、 143-150.

近藤純正・山沢弘実、1983:夜間の地表面冷却量と積雪および日本各地の最低気温 の極値について.天気、30、 294-302.

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