K124.各種地表面の蒸発量と熱収支特性


著者:近藤純正
地表面種類の異なる森林、水面、裸地で観測された熱収支量について比較した。年蒸発量は 年平均気温の1次式で表され、森林でもっとも多く、裸地(埴壌土)で少ない。同じ湿潤気候 の年平均気温=15℃の条件で比較すると、それぞれ概略800mm/y, 750 mm/y, 400 mm/yである。 降水量の少ない中国の半乾燥域・乾燥域の裸地では、年ポテンシャル蒸発量で規格化した 蒸発量は、湿潤気候で成り立つ関係と逆で、年平均気温が高いほど蒸発量が少なく なる傾向を示す。
熱収支式を逐次近似法で解き、顕熱・潜熱輸送量と有効入力放射量・風速・気温・湿度との 関係をいろいろな条件について調べた。年平均潜熱輸送量(蒸発散量)は気象要素の年平均値 を用いて計算した値とおおよそ一致することがわかった。乾燥域で生じる土壌の異常乾燥 時の熱収支の特徴や、森林において異常高温・乾燥・強風時に生じる可能性のある植生の 「昼寝」現象を熱収支観測から見出す解析手法について検討した(完成:2016年3月20日)。

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2016年3月1日:素案の作成
2016年3月20日:細部の加筆、図124.14(中)縦軸ラベルの訂正

  目次
      124.1 はしがき
      124.2 水収支気候からみた蒸発散量
      124.3 熱収支の基本的な関係
      124.4  各種地表面における熱収支の比較
        (a) 年蒸発量
           (b) 季節変化
      124.5 熱収支量と気温の理論的関係
          (c)湿潤域における年平均的な条件(森林、水面、裸地)
           (d) 晴天日中の湿度依存性(裸地)
          (e)日中の放射急変時の湿度依存性(裸地)
          (f)晴天日中の有効入力放射量依存性(森林)
          (g)晴天日中の乾燥時の風速依存性(森林)
      124.6 まとめ
      引用文献



124.1 はしがき

東京都心部の森林(自然教育園)における熱収支観測を解析すると、潜熱輸送量の年平均値は 73W/m2(年蒸発散量=940mm)であった。顕熱は3~5月に多いのに対し潜熱は7~8月に多く、 ボーエン比(=顕熱/潜熱)の気温依存性・季節変化が明瞭である (「K123.東京都心部の森林(自然教育園)における熱収支解析」)。

引き続き行なうべき課題の1つとして、森林の熱収支・水収支特性について他の地表面と比較 することであった。本論では、その比較・解析を行うものである。

熱収支量の観測データには大きな誤差を含むことがある。そうしたデータを解析する際に、 熱収支の基本的な振舞いを理解していなければならない。データ解析上の参考にするために、 いろいろな条件について熱収支量と諸要素との関係を定量的にもとめた。

熱収支要素の説明
地表面(森林では樹冠上面)に入射する放射エネルギー(=日射量-反射量+下向き長波放射量)は 4成分に配分される。それら4成分は上向き長波放射量σTs、顕熱輸送量 H、潜熱輸送量 lE (蒸発散量=蒸散量+降雨日の遮断蒸発量)、及び地表面下への地中伝導熱 G(森林の場合は 樹冠面から下の林床に向かう顕熱輸送量)である。

熱収支式: R=σTs+H+lE+G・・・・・・(1)
入力放射量:R=(1-ref)S+L
 S:日射量
 L:大気からの長波放射量
 Ts:地表面温度
 σ:ステファン-ボルツマン定数(=5.67×10-8W m-2-4
 ref:地表面のアルベド
 ここでは簡単化のために、地表面は長波放射に対して黒体とみなす(ε=1)。

有効入力放射量:R-σT
 T:地上気温(K)
 有効入力放射量≒正味放射量 Rn(ただし、T≒Tsのとき)
 |T-Ts|=10℃の違いがあれば、おおよそ 50~70W/m2程度の差が生じる
 そのため、Rnは用いず、R-σTを用いる。

有効エネルギー:Q=R-G
 熱収支式:Q=σTs+H+lE・・・・・・・(2)
 月平均や年平均を考える場合、あるいは時間変化しない定常状態を想定する場合、
 熱収支式:R≒σTs+H+lE
 が利用できる。

エネルギーの単位と換算
W=J s-1=kg m-2s-3
Wm-2:単位時間に単位面積を輸送されるエネルギー
MJ(d-1-2)=106J(d-1-2
 =11.57 J(s-1-2
 =11.57 W (m-2
1MJ(hr-1-2)=24MJ(d-1-2
 J(ジュール)を用いる場合は1時間当たりか1日当たりかに注意、
 W(ワット)で表せば、間違いが起きにくい
 潜熱輸送量lE=100 W m-2は、蒸発量E=3.53mm d-1=106mm month-1=1287mm y-1
 蒸発量 E=1 mm d-1は、潜熱輸送量lE=28.33 W m-2

顕熱・潜熱輸送量は顕熱・潜熱フラックスのことで、それぞれ略称の顕熱、潜熱を用いる こともある。

124.2 水収支気候からみた蒸発散量

図124.1は裸地面における蒸発量Eと降水量Pの関係である。両者ともポテンシャル蒸発量Ep で割り算した無次元量を両対数グラフ上に表した。この図から熱・水収支からみた気候を 知ることができる(図の上側の横軸)。横軸の値で、P/Ep>1は降水量が十分にある湿潤域、 それ以下は亜湿潤域、半乾燥域、乾燥域である。

斜めの実線は 「蒸発量 E=降水量 P 」 の関係を表す。縦軸上で、この実線とE/Ep値の差が 流出量(利用できる水資源量)である。P/Ep>1ではどの土壌種類であっても流出量があり、 湿潤域と定義できる。いっぽう、P/Ep<0.1ではほとんど流出量がゼロであり、 降水量は蒸発してしまうことから「乾燥域」と定義される。

図の斜めの実線より左側の気候域では、降水量が足りないので植物・農作物は灌漑によって 生存できる。灌漑水は、降水量の多い周辺の山地などからの河川・地下水によって供給されなけ ればならない。

裸地の水文気候
図124.1 中国の裸地における年降水量と年蒸発量の関係(Kondo and Xu, 1997; 「地表面に近い大気の科学」図8.2より転載)。


注:土壌の種類
図中の土壌番号2は埴壌土(Soil-2)、中国蘭州の気象台露場で採集、諸パラメータは実験室 で測定され、後述の熱収支計算にも用いられている。後掲の熱収支量の図では、 埴壌土(Soil-2)の場合が示される。

図124.2は日本各地の森林における関係を両対数グラフ上に示した。日本では、P/Ep<1の地点 は甲府(0.91)と松本(0.90)および亜熱帯高気圧帯に位置する南鳥島(0.65)であり、 その他はP/Ep>1で湿潤気候域にある。

前報で得た東京都心部の自然教育園における観測値(2010~2015年の6年間平均)は緑丸印で プロットされている。

森林の水文気候
図124.2 森林における年降水量と年蒸発散量の関係(縦・横軸とも両対数目盛り)。
緑丸印:自然教育園における2010~2015年の6年間平均値、
小印プロット:近藤・中園・渡辺・桑形(1992)の資料に基づく。


備考1:ポテンシャル蒸発量
ポテンシャル蒸発量Ep は十分に湿った「仮想的な標準面」からの蒸発量として定義される。 「仮想的な標準面」とは、蒸発効率=1、地中伝導熱=0、アルベド=0.06(水面に相当)、 長波放射に対する黒体度ε=0.98、空気力学的粗度がやや粗な黒い仮想面である。具体的には 十分に湿った黒い裸地に相当する(「地表面に近い大気の科学」のp.222)。

従来、ペンマン式によるポテンシャル蒸発量が用いられてきた。ペンマン式では、スケールが 1~4m程度の小水面に対する交換速度が想定されている。大きな違いは、ペンマン式では正味 放射量Rnが用いられ、地表面が異なるとRnの年平均値で1.5~1.7倍程度も違うことがあるので 同じ地域でもポテンシャル蒸発量に差が生じる。新しい定義のEp は有効入力放射量 (R-σT)を用い(アルベド=0.06、黒体度=0.98)、同じ地域なら 同じ値となる。つまりEpは地域の気候を表す重要パラメータとして利用できる (「地表面に近い大気の科学」のp.231)。


124.3 熱収支の基本的な関係

熱収支式(1)は変形して次のように表すことができる。

熱収支式:R-σT=(σTs-σT)+H+lE+G・・・・・(3)

顕熱輸送の式:H=cρChU(Ts-T) ・・・・・・・・・・・・・・・(4)
潜熱輸送の式:lE=lρChUβ[h・qsat(Ts)-q]・・・・・・・・・・(5)
地中伝導熱の式:G=f(地表面温度の振幅、変動周期など)・・・・(6)

ただし、
Ga=ChU:交換速度
β(=0~1):蒸発効率
qsat(Ts):地表面温度Tsに対する飽和比湿
qsat(T):気温 T に対する飽和比湿
q=rh・qsat(T):大気の比湿
rh(=0~1):大気の相対湿度
h(=0~1):表層土壌の土壌間隙内の相対湿度(表層土壌の体積含水率の関数)

表層土壌が湿った条件(多くの土壌では表層0.02m層の体積含水率θ>0.1m-3) では、h=1としてよい。長期間降水がない場合、土壌種類にも依存するが概略 θ<0.1m-3(砂地では概略θ<0.01m-3) になれば、h<1となり、特別な取扱いが必要となる(近藤、1994; Kondo&Saigusa,1994; Kondo&Xu, 1997; 「地表面に近い大気の科学」の8章)。

4つの式(3)~(6)を連立させて解き、4つの未知量を知ることができる。4つの未知量は Ts、H、lE、Gのことが多い。あるいは、Ts、H、lE、Gのいずれか1つあるいは 2つ、3つが観測から既知の場合は、他のパラメータ(例えばβ、ChU,・・・)を知る ことができる。

4式の解析解をえることは難しい。そこで、熱収支から得られる基本的な特徴を知りたい 場合や、温度差δT(=Ts-T)の絶対値が小さい場合は解析解の近似式が利用できる (「水環境の気象学」の式6.33~6.35)。

具体的に、解析解の近似式から次の特徴がわかる。

(特徴1)δT、H、lEは(Q-σT)の1次式で表される。

(特徴2)乾いた地表面(β=0)で交換速度(風速)→∞のとき、H=Q-σTとなる。

(特徴3)十分湿った地表面(β=1)で交換速度(風速)→∞のとき、H/lE=-1になる。
 H/lE=-1に収束するのは、たとえば後掲の図124.4において、横軸の右端の条件
 (ChU=0.08m/s)では H/lE=-453/811=-0.56であり、まだ収束値には達していない。
 しかし、HとlEそれぞれの絶対値は直線的に増加しており、より強風になれば-1に収束する。

 温度差δT(=Ts-T)は飽差(1-rh)の1次式で表される。これは乾球・湿球温度差
 から相対湿度rhを求める原理である(「水環境の気象学」のp.138)。

(特徴4)βChUが大きいほど温度差(Ts-T)はマイナスに(顕熱はマイナスに)なりやすい。

(特徴5)Q-σT>0で、表層土壌内の相対湿度h=1(土壌間隙内の比湿が qsat(Ts))の条件で、大気が水蒸気飽和(rh=1)のとき、
〇ボーエン比:H/lE=cp/(lΔβ) となる(β≠0の場合)。
 ただし、Δ=dqsat/dT(気温依存性が強く、高温になるほど指数関数的に増加)。
 つまり、高温時は顕熱が小さく潜熱が大きくなっていく。
〇HとlEは(R-σT)の1次式で表される。

大気が水蒸気飽和(rh=1)のとき蒸発はゼロと考える人もいるが、有効入力放射量があれば 蒸発は生じる。やかんで湯を沸かすとき、やかんの中は水蒸気飽和になるが蒸発があり、 いずれ水は無くなっていくことを連想すれば理解されよう。

備考2:熱収支の時間変化を考える場合
夜間の放射冷却や地表面温度の日変化を対象にするときは、地中伝導熱 G が含まれる。 その例は「水環境の気象学」の6.5節と6.7節に示してある。


熱収支の基本的な特徴がわかったので、熱収支式(2)を逐次近似法で解き、具体的な問題 について検討しよう。

式(2)の右辺各項に配分される割合は、地表面の蒸発効率β、気温T、大気の湿度rh、 交換速度ChU 、表層土壌の間隙内の相対湿度 h に大きく依存する。ここでは、 しばらくの間、h=1の場合について検討する(h<1は土壌が特別に乾燥したとき: 124.5節(e)項で取り扱う)。

晴天日中の例を図124.3(気温=30℃:夏条件)と124.4(気温=10℃:冬条件)に示した。 この図は Kondo&Watanabe(1992)、または「水環境の気象学」の図6.3の条件を変えたときの 関係である。

交換速度と熱収支、30℃
図124.3 交換速度(横軸)と熱収支の関係、夏の晴天時を想定しQ=1100W/m2、T=30℃、 rh=50%の条件の場合、パラメータは蒸発効率β。
 1番上:地表面温度と気温の差 Ts-T
 2番目:顕熱輸送量 H
 3番目:潜熱輸送量 lE
 下段:ボーエン比 H/lE

交換速度と熱収支、10℃
図124.4 交換速度(横軸)と熱収支の関係、冬の晴天時を想定しQ=700W/m2、T=10℃、 rh=50%の条件の場合、パラメータは蒸発効率β。
 1番上:地表面温度と気温の差 Ts-T
 2番目:顕熱輸送量 H
 3番目:潜熱輸送量 lE
 下段:ボーエン比 H/lE



これらの2図からわかる特徴は、
(5)交換速度がゼロに近いとき、地表面温度は気温に比べて非常に高温となり、とくに蒸発 が生じない蒸発効率=0の場合は図の範囲外のTs-T=70℃(夏条件)、Ts-T=50℃(冬条件) となる。

(6)蒸発が生じるβ>0の条件では、顕熱はある交換速度の値で極大値をとり、そののち 交換速度(風速)の増加にしたがって減少し、極端に風速が強くなるとマイナスとなる。 顕熱がプラスからマイナスに変化するときの交換速度(風速)においてTs-T=0となる。 その条件でボーエン比もプラスからマイナスになる。

(7)潜熱は横軸の交換速度が0~0.005 m/s の範囲で急変化したのち、交換速度の増加とともに 直線的に大きくなる。

(8)熱収支関係は蒸発効率βに大きく依存する。つまり、地表面における蒸発の有無が熱収支 を大きく支配する。

これらの基本的な特徴は、後の節でより具体的に示される。

124.4 各種地表面における熱収支の比較

湿潤気候の日本では、湖水面からの蒸発量は低緯度ほど大きく、南日本では北海道の約2.5倍 の蒸発量がある。この約2.5倍は、南日本の日射量に対する北海道の比(1.2)よりも大きく、 ボーエン比の気温依存性による効果が大きく効いている。

熱収支量の配分を決めるのは、有効入力放射量(R-σT)であるので、 その緯度分布を見ておこう。図124.5は有効入力放射量と年平均気温(緯度に大きく 依存)の関係、上図は日本、下図は中国である。

(R-σT)>80W/m2の地点は日本では南西諸島と沖の鳥島、 中国では標高3500~4700mのチベット高原の観測所である。これらの地点を除けば (R-σT)≒60 W/m2とみなされる。

有効入力放射量と気温
図124.5 有効入力放射量と気温の関係。
 上:日本(おもに森林を対象に、アルベド=0.15とした)
 下:中国(おもに砂漠などの乾燥域を対象に、アルベド=0.25とした)


それゆえ、(R-σT)における違いは蒸発量の緯度分布にほとんど 影響しないことになる。したがって、蒸発量の気温依存性が現れることになり、次項で示される。

(a) 年蒸発量
年蒸発量(森林や芝地では蒸発散量)の緯度分布を示すかわりに、年平均気温との関係を 図124.6に示した。プロットは近藤・中園・渡辺・桑形(1992)、近藤・中園(1993)、 近藤・徐(1997)、Kondo & Xu(1997)による資料を用いてある。

Eと気温、観測
図124.6 年蒸発量と年平均気温の関係。
 上:森林
 中:湖水面や浅い水面
 下:中国の裸地面(気候湿潤度Pr/Epで記号分けしてある)


年蒸発量(森林などでは年蒸発散量)と年平均気温はほぼ直線関係にある。この関係は 次節「熱収支量と気温の理論的関係」の(c)項で示される。

他方、中国の裸地面(下図)では、気候湿潤度Pr/Ep<0.3の半乾燥域や乾燥域では直線関係 からずれて、丸印プロットをみるかぎり、年平均気温が高いほど年蒸発量は小さくなる傾向を示している。 丸印の地点は中国北西域のアルタイ、フーユン、トルファン(吐魯番)、ホータン(和田)、 アンディール(民豊安得河)、トゥンホワン(敦煌)、トウチュワン(酒泉)、ランチョウ (蘭州)、およびチベット高原の標高4533mのトゥオトゥオホーである。

(b) 季節変化
図124.7は南日本を例にしたときの森林、浅い水面、芝地における熱収支の季節変化である。 プロットは12か所を平均したものである。12か所は名古屋、甲府、銚子、・・・高知、足摺、 名瀬である。これらは日々の気象データを用いた熱収支計算による推定値である。

ただし、芝地の蒸発散量は、気象官署の露場における1970以前の地表面温度の観測値を用い、 観測値と熱収支解の地表面温度が一致するときの蒸発散量として評価されたものである。

上図に示された森林の計算では、蒸発効率として正弦関数(2月にβ=0.1、8月にβ=0.26) で表す単純な季節変化を与えた。しかし、自然教育園における2010-2015年の観測から、 βは4月から5月の新緑の季節にかけて急激に大きくなり、8月に最大値β=0.3に達したのち 冬に向かって落葉とともに減少し2~3月に最小のβ=0.07になることがわかった (「K123.東京都心部の森林(自然教育園)における熱収支解析」)。

このことを考慮して上図には破線で修正してある。

南日本、季節変化
図124.7 南日本における顕熱と潜熱の季節変化(近藤・中園、1993)。
 上:森林
 中:浅い水面
 下:芝地(気象台の露場)


森林と水面を比べると、季節変化の全般的な傾向は似ているが、潜熱は森林のほうがわずかに 大きい。これは交換速度が大きいことによると解釈してよい。また森林における春の顕熱が 大きいのは蒸発効率が小さいことによると理解してよい。

細部は諸要素に依存する。たとえば、冬期の森林で顕熱がマイナスになるのは、おもに降雨時 (β=1)の熱収支が効いた結果である。すなわち、有効入力放射量が小さい冬条件において、 森林では交換速度が大きいことで、温度差(Ts-T)はマイナスとなる。その結果、 顕熱がマイナスとなる(前記の特徴4)。

芝地では、森林に比べて貯水能力が低く、交換速度も小さいので、顕熱・潜熱ともに小さく なっている。

図124.8は1981年の気象資料を用いて評価した中国の土壌4種類の裸地面における顕熱・潜熱 輸送量の季節変化のうち、その1種類(Soil-2)について示した。湿潤域、半乾燥域、 乾燥域を代表する広州(湿潤域、Pr/Ep=2.0、Pr=2224mm/y)、済南(半乾燥域、Pr/Ep=0.22、 Pr=339mm/y)、吐魯番(Pr/Ep=0.01、Pr=14mm/y)の3地点である。これら3地点名は 図124.6の下図に付記してある。

湿潤域(上図)ではほとんどの季節で潜熱>顕熱であり、半乾燥域(中図)では潜熱≒顕熱、 乾燥域(下図)では逆転し潜熱<顕熱となる。この特徴を決める大きな要素は降水量 Pr で あり、降水量が少なくなれば土壌面の蒸発効率βが小さくなる。この裸地面についての計算では、 βは表層土壌の体積含水率の関数としている。関数形は土壌種類に依存する(Kondo&Xu, 1997)。

土壌が非常に乾燥してくる半乾燥・乾燥域では、表層の土壌間隙内の相対湿度h<1となる効果も 含まれるようになり、ますます蒸発量は少なくなる。

中国、季節変化
図124.8 中国の裸地面における熱収支の季節変化(近藤・徐、1997a、の資料に基づく)。
 上:広州(湿潤域、Pr/Ep=2.0、Pr=2224mm/y)
 中:済南(半乾燥域、Pr/Ep=0.22、Pr=339mm/y)
 下:吐魯番(乾燥域、Pr/Ep=0.01、Pr=14mm/y)


124.5 熱収支量と気温の理論的関係

図124.6で示したように、年蒸発量(森林では蒸発散量)と年平均気温はほぼ直線関係にある。 これを熱収支の理論計算から示すために、森林、水面、裸地のモデルとして次の条件を 設定する。

 森林:交換速度ChU=0.03m/s, 蒸発効率β=0.1~0.3
 裸地(湿潤域):ChU=0.01m/s, β=0.1~0.3, h=1
 裸地(乾燥域):ChU=0.01m/s, β=0.1, h=0.3(土壌が非常に乾燥した状態)
 水面:交換速度ChU=0.005m/s, 蒸発効率β=1

注意:前記したように、裸地のβと h は土壌の体積含水率の関数(土壌種類による)である。 上記は例としての条件を設定したのである。

(c) 湿潤域における年平均的な条件(森林、水面、裸地)
図124.6で示したように、年蒸発量(年蒸発散量)は年平均気温とともに直線的に増加して いる。この関係を理論計算から求めるために次の条件を設定する。

有効入力放射量=60W/m
大気の相対湿度rh=0.8

注意:有効入力放射量と正味放射量の違い
有効入力放射量(R↓-σT)=(1-ref)S+L) は、T≒Tsのとき近似的に正味放射量(Rn=R-σTs)に 等しくなるが、晴天日中のように、地表面温度Tsが気温Tに比べて20~30℃も高くなるような 場合、100~150W/m程度も違ってくることに注意のこと。


計算結果は交換速度の大きいほうから順に図124.9(森林)、図124.10(裸地)、 図124.11(水面)に示した。

まず顕熱について、同じ蒸発効率βについて比較すると、交換速度が大きいChU=0.03m/sの ときの顕熱はマイナスになりやすい傾向にある。そのかわり、顕熱の絶対値は大きい。

森林の熱収支
図124.9 森林(ChU=0.03m/s)を想定した場合の熱収支量と気温の関係、パラメータは 蒸発効率β。 上:顕熱、 下:潜熱

裸地の熱収支
図124.10 裸地(ChU=0.01m/s)を想定した場合の熱収支量と気温の関係、パラメータは 蒸発効率β。 上:顕熱、 下:潜熱

水面の熱収支
図124.11 水面(ChU=0.005m/s)を想定した場合の熱収支量と気温の関係、パラメータは 蒸発効率β。 上:顕熱、 下:潜熱


次に潜熱 lEについて前記の図124.6(観測)と比較する。ただし乾燥域を含む裸地については、 Pr/Ep>0.3の地点(図124.6下図の四角印)についてである。

同じ気温=15℃の条件では:
(1)森林(β=0.3)では lE=59W/m2(E=759mm/y)に対し観測では E=800mm/y程度、
(2)水面(β=1)では lE=46W/m2(E=592mm/y)に対し観測では E=600~900mm/y、
(3)裸地(β=0.3)では lE=30 W/m2(E=386mm/y)に対し観測では E=400mm/y程度。

計算結果は観測の傾向をよく再現できている。観測では日変化・季節変化を 含む年平均値であるのに対し、計算は定常状態を仮定した場合である。

なお、図124.6(下)の丸印は降水量が非常に少ない地点(Pr/Ep<0.2)であり、表層土壌 が乾いて体積含水率θ<0.1m-3(砂地では概略θ<0.01 m-3)となる状態が長期間続くので、表層土壌内の相対湿度 h<1となる。上記では、h=1の場合の計算結果であり、h<1となる場合の計算例は次項 で示す(前記の 式5 のhに注意)。

(d) 晴天日中の湿度依存性(裸地)
水分の含有について空気と土壌は互いに逆の性質をもち、空気は高温ほど水蒸気量を多く 含むことができるが、土壌(一般に粉体、クッキー、魚の干物など)は高温になれば 水分を放出し、低温になれば大気中の水蒸気を吸収して湿ってくる。この特性により、 乾燥域における大気・裸地面間の熱・水交換過程では特殊な現象も生じる。

備考3:蒸発効率β(=0~1)と表層土壌内の相対湿度h(=0~1)の違い
βとhは似ているようで、原理は少し異なる。たとえば、植物葉面からの蒸散の場合、葉面上 には多数の気孔が並んでいるが全葉面積に占める面積比は1%前後である。気孔が開いて活動 しているときは全面が濡れているときの蒸発量に比べて10%程度が蒸発する。これが、 いわゆる「オアシス効果」で「移流効果」とも呼ばれている(「大気境界層の科学」の6.3節; 「地表面に近い大気の科学」の7.4節)。

この例では1枚の葉についての個葉蒸発効率はce/ch=0.1程度となるが、 現実の植生地は葉面群の集合からなる群落構造となっていて、熱交換や水蒸気交換はより効率的に 行なわれ、群落としての蒸発効率βは個葉蒸発効率よりも大きくなる(「水環境の気象学」の9.4.4節; 「地表面に近い大気の科学」の7.4節)。

活動している植物の気孔内は飽和水蒸気の状態にあるので気孔の部分は飽和蒸気圧として 取り扱う。これに対して表層土壌では乾燥してくると、気孔に対応する土壌間隙内の相対湿度 は不飽和状態となりh(土壌含水率の関数)で表す。したがって、βとhの2つのパラメータ で蒸発の式が表されている(式5)。


晴天日中の裸地面を想定したときの熱収支関係を調べるために次の条件を設定し、定常状態 の場合を計算する。

交換速度:ChU=0.01m/s
蒸発効率:β=0.1
有効入力放射量:R-σT=560W/m2
大気の相対湿度:rh=0.2、0.6、1.0
表層土壌内の相対湿度:h=1, 0.3

図124.12と図124.13はそれぞれ土壌内の相対湿度 h=1(湿潤土壌)と h=0.3(乾燥土壌)の 場合について、熱収支と気温の関係を表したものである。パラメータは大気の相対湿度 rh で ある。

裸地日中、h=1
図124.12 日中の熱収支と気温の関係、パラメータは大気の相対湿度rh(表層土壌内の 相対湿度h=1の湿潤土壌、図の上端には Pore h=1 と記してある)
 上:顕熱輸送量 H
 中:潜熱輸送量 lE
 下:ボーエン比 H/lE


図124.12は湿潤土壌(多くの土壌種類で体積含水率θ>0.1m-3)を想定 した場合である。図によれば、顕熱輸送量は気温が高くなるほど小さくなるのに対し、 潜熱輸送量(蒸発量)は気温上昇とともに大きくなり、大気の相対湿度rhが小さいほど 大きくなる。

注意すべきは、大気の相対湿度が100%(rh=1)の場合でも、有効入力放射量 (R-σT) が存在すれば、顕熱・潜熱輸送量ともにプラスである。

下図によれば、ボーエン比 H/lE の気温依存性は大きい。解析解の近似式から予想された 前記の「特徴 5」が現れており、大気が飽和(rh=1)でない乾燥条件でもその傾向はほぼ 同じである。

注意:ボーエン比の気温依存性
後掲の図124.15で示されるように、h<1の場合には、ボーエン比の気温依存性の傾向は大きく 違ってくる。また一般に、他の地表面も含めて rh≠1 の場合にはボーエン比の気温依存性は rh=1 の場合の傾向と異なり、ボーエン比はプラスからマイナスになることもあることに 注意のこと。

つぎに、同じ放射量の条件だが、晴天が長期間続き土壌自体が非常に乾燥してきたとき (h=0.3)の関係を図124.13に示した。全般的な傾向は前図と似ているが、異なる点は 2つある。

裸地日中、h=0.3
図124.13 日中の熱収支と気温の関係、パラメータは大気の相対湿度rh(表層土壌内の 相対湿度 h=0.3 の乾燥土壌、図の上端にはPore h=0.3 と記してある)
 上:顕熱輸送量 H
 中:潜熱輸送量 lE
 下:ボーエン比 H/lE


(1)土壌内の水分移動がおもに土壌間隙内の水蒸気の分子拡散によって行なわれるので、地表面上での 潜熱輸送量(蒸発量)は1/3程度になる。

(2)潜熱輸送量の大きさは小さくなるが、潜熱輸送量およびボーエン比の大気相対湿度への 依存性が相対的に強くなる。

それゆえ、入力放射量のかなりの割合が顕熱輸送量になる。


(e)日中の放射急変時の湿度依存性(裸地)
砂漠など乾燥域の裸地では、湿潤域における植生地と異なる熱収支特徴が現れる。降雨後 10日ほど晴天が続いたあとでは、蒸発量は地上風速にほとんど無関係になる (Kondo, Saigusa, and Sato, 1992)。また、前述の土壌がもつ空気とは逆の性質によって、 裸地面では日中の加熱で水分は蒸発し、夜間の冷却で吸湿し、潜熱輸送量は日中・夜間で プラス・マイナスの変化を繰り返すようになる。

他の地表面も含めて、日中の加熱で水分は蒸発し、夜間の冷却で吸湿が生じるのは一般的 な現象である。土壌が非常に乾燥したときは、この現象に、h<1 の効果が重なり、その現象 を顕著にする。

その例として、日中の有効入力放射量が 100W/m2の場合を想定する。これは、 雲が突然現れて有効入力放射量が小さくなり地表面温度が下降した場合に相当する。

図124.14は湿潤土壌の場合(表層土壌の土壌間隙内の相対湿度 h=1)である。図124.15は乾燥土壌の 場合(土壌間隙内の相対湿度 h=0.3)で、h<1 の効果が現れる例である。

まず、図124.14によれば、有効入力放射量が560 W/m2の図124.12と比べると、 潜熱輸送量は rh=0.2 のとき0.37 程度に減少(太い赤線)、rh=1 のとき0.14 程度に減少している(赤破線)。有効入力放射量の減少率=100/560=0.18 に概略匹敵している。 すなわち、潜熱・顕熱輸送量の絶対値はともに小さい。

ボーエン比の気温依存性の傾向は同じだが、大気の相対湿度(rh)が大きいほどボーエン比 は大きくなる、つまり顕熱輸送量が小さくなるかわりに顕熱輸送量の割合が相対的に大きく なる。
裸地日中雲、h=1
図124.14 有効入力放射量=100W/m2の条件における熱収支と気温の関係、 パラメータは大気の相対湿度 rh(表層土壌内の相対湿度h=1の湿潤土壌、図の上端には Pore h=1 と記してある)
 上:顕熱輸送量 H
 中:潜熱輸送量 lE
 下:ボーエン比 H/lE


つぎにh<1の効果を含む乾燥土壌(h=0.3)のときの図124.15をみると、大きな違いが現れて いる。大気の相対湿度 rh=0.6 と rh=1 の場合には潜熱輸送量がマイナスである。つまり、 入力放射量が小さくなると土壌は大気中の水蒸気を吸収し急速に湿り始める。

裸地日中雲、h=0.3
図124.15 有効入力放射量=100W/m2の条件における熱収支と気温の関係、 パラメータは大気の相対湿度 rh(表層土壌内の相対湿度h=0.3の乾燥土壌、図の上端には Pore h=0.3 と記してある)
 上:顕熱輸送量 H
 中:潜熱輸送量 lE
 下:ボーエン比 H/lE


具体的にみてみると、たとえば気温T=30℃、rh=0.6 の場合 lE=-12.6W/m2(E=0.44mm d-1 =0.018mm h-1=0.018kg m-2h-1)の割合で土壌は 湿潤化し、やがて土壌温度・大気湿度と平衡する含水率に近づいていく。

(f)晴天日中の有効入力放射量依存性(森林)
前記の「特徴 1」に記したようにδT,H,lEは有効入力放射量(R-σT)、 および飽差(1-rh)とともに大きくなる。ここでは、わかりやすくするためにG=0の場合、 あるいはGはRの中に含めて考える。

(R-σT)をパラメータとし気温の関数として示るために 次の条件を設定する。

蒸発効率:β=0.3(夏の森林に相当)
交換速度:ChU=0.03m/s(森林に相当)
有効入力放射量:R-σT=180、360、540、720W/m2
大気の相対湿度:rh=0.6, 0.3

結果は図124.16(rh=0.6)と図124.17(rh=0.3)に示した。森林に限らず一般的な特徴として 顕熱輸送量は気温とともに減少するのに対し、潜熱輸送量は気温の上昇とともに大きくなる。

熱収支式の解からもわかるように、(R-σT)が増加すれば、 その割合に応じて顕熱・潜熱の和(H+lE)が増加している。
なお、δT=Ts-T=0、つまり顕熱=0 となる気温のところでは、

 (R-σT)の増加量=(H+lE)の増加量

の関係となる。すなわち、式(3)において Ts-T=0 となる場合、R-σT =H+lEの関係が成り立つことを意味している。

森林、rh=0.6
図124.16 森林を想定したときの熱収支量と気温の関係、rh=0.6のとき。パラメータは 有効入力放射量。
 上:顕熱輸送量
 下:潜熱輸送量


rh=0.6(図124.16)と、よく乾燥したときrh=0.3(図124.17)を比べると、後者では潜熱 輸送量(蒸発量)が増えるぶんだけ顕熱輸送量は減少して熱収支が満たされるように なる。

森林、rh=0.6
図124.17 森林を想定したときの熱収支量と気温の関係、rh=0.3のとき。パラメータは 有効入力放射量。
 上:顕熱輸送量
 下:潜熱輸送量


(g)晴天日中の乾燥時の風速依存性(森林)
乾燥・強風時の植物は過大蒸散を防ぐために気孔を閉じ、蒸散を少なくしようとする。 いわゆる「昼寝」の状態になる。このとき、葉面温度は上昇し顕熱は増えるが潜熱は減少する。 自然教育園についての前報告では、この現象を見いだすことは困難であったが、重要な問題 であるので今後は注意したい。

「昼寝」の状態における熱収支関係を調べるために次の条件を設定する(自然教育園の夏の 条件で、とくに乾燥した日中を想定)。

蒸発効率:β=0.1~0.3
交換速度:ChU=0.01+0.01×U1/2, Uは高度35mにおける風速(m/s)
有効エネルギー:Q=R-G=1100W/m2
気温:T=30℃
蒸気圧:Vp=12.7hPa(相対湿度:rh=0.3)

熱収支計算の結果を図124.18に示した。βをパラメータとし、横軸は風速 U(高度35m)で ある。

「昼寝」の現象が起きると、風速増加に対して温度差(Ts-T)は低下する傾向から転じて プラス側にずれ(1番上図)、顕熱はマイナスになり難く(2番目の図)、潜熱は風速とともに 増加する傾向から転じて増加しなくなる(3番目の図)。

この傾向を見いだすことができるのは、潜熱輸送量の精度は 50W/m2以内、 顕熱輸送量ではプラス・マイナスの判定ができる 50W/m2以内の精度が必要 となる。同時に、ボーエン比についてプラス・マイナスの判定ができることである。さらに温度差 も正確に観測されれば、「昼寝」現象が見出せる可能性はある。

森林、高温乾燥強風
図124.18 晴天日中の乾燥時の森林を想定した場合の熱収支量と風速(高度35m)の関係、 パラメータは蒸発効率β。
   1番上:地表面温度と気温の差 Ts-T
 2番目:顕熱輸送量 H
 3番目:潜熱輸送量 lE
 最下段:ボーエン比 H/lE


ここで定義する温度 Ts は顕熱・潜熱輸送量を表す実効的な樹冠層葉面の平均温度であり、 森林では放射温度計で観測した葉面層の温度 Tr と異なる。TsとTrの関係をあらかじめ 決めておくことが重要となる。

その関係が決まるならば、実用的な応用が広がる。つまり、森林上の顕熱・潜熱輸送量は 難しい乱流観測を行わずとも、簡易なバルク法の利用が可能となるからである。

備考4:有効エネルギー(Q=R-G)のHとlEに対する敏感度
図124.18において、温度差(Ts-T)の絶対値が小さいとき(±2℃以内、すなわち風速 U>10m/s)について説明する。
熱収支式(2)から(Ts-T)が小さいときはQ≒H+lEとなる。それゆえ、 Q=1100W/m2のときの図でQが100 W/m2だけ変化すれば、 (H+lE)も同じ100 W/m2だけ変化する。この原理を利用して、観測誤差を 含むデータの解析を行う。温度差2℃の違いは10~15 W/m2の差であることも 考慮する。



124.6 まとめ

前報告では東京都心部の森林(自然教育園)における6年間の熱収支量の観測データについて 解析し、季節変化などを明らかにした。本論ではその続きとして、森林と他の種類の地表面 (水面、裸地、芝地)における熱収支との比較を行った。

放射量の観測値と乱流観測による顕熱・潜熱輸送量には、ともに大きな誤差を含むこと が多い。それゆえ本論では、データの品質管理を適切に行なうための基礎として、 熱収支の基本的な特徴をいろいろな場合について定量的に検討した。

得られた主な結果は次のとおりである。

(1)年蒸発量と年平均気温の関係
森林、水面、裸地における年蒸発量と年平均気温の関係は近似的に1次式で表され、高温ほど 蒸発量は多い。年蒸発量は森林でもっとも多く、裸地(埴壌土)で少ない。湿潤気候の同じ 気温=15℃の条件で比較すると、それぞれ概略800mm/y, 750 mm/y, 400 mm/yの割合である (図124.6)。

(2)乾燥域の裸地における年蒸発量と年平均気温の関係
降水量の少ない中国の半乾燥・乾燥域の裸地では、年ポテンシャル蒸発量で規格化した 蒸発量は湿潤気候で成り立つ上記(1)の関係と逆で、年平均気温が高いほど 蒸発量が少なくなる傾向を示す(図124.6の下)。

(3)熱収支計算から得られる蒸発量と気温の関係
熱収支式を逐次近似法で解き、顕熱・潜熱輸送量と有効入力放射量・風速・気温・湿度との 関係を調べたところ、年平均潜熱輸送量(蒸発散量)は気象要素の年平均値を用いて計算した 値とおおよそ一致することがわかった(図124.9~図124.11)。

(4)土壌の異常乾燥時の熱収支
乾燥域で生じる土壌の異常乾燥時について検討した。具体的に晴天日中の放射条件が R-σT=560W/m2から100 W/m2 に変化したとき(雲が現れた場合に相当)、顕熱H・潜熱lEはそれに応じて大きく低下する。 しかし、気温依存性の傾向は大きく変化しない(図124.12と図124.14)。

ところが、土壌が非常に乾燥しているとき(表層土壌の土壌間隙内の相対湿度 h<1 )、lEはマイナスの 値となる(大気の相対湿度 rh=0.2 は徐外)。つまり、日中でも凝結が生じることがある (図124.15)。

(5)熱収支量と有効入力放射量の関係
顕熱・潜熱輸送量は有効入力放射量(RσT)の増加分に 比例して増加する(図124.16~17)。

(6)異常高温・乾燥・強風時の熱収支
森林において異常高温・乾燥・強風時に植生の「昼寝」の現象が起きた場合に熱収支観測 の解析手法について検討した。熱収支量の観測から「昼寝」の現象を見いだすには、 十分に品質管理されたデータを用い、潜熱輸送量は 50 W/m2以内の精度、 顕熱輸送量ではプラス・マイナスの判定ができる 50 W/m2以内の精度が必要となる。 同時に、ボーエン比についてプラス・マイナスの判定ができること、さらに温度差も正確に 観測されれば、「昼寝」現象が見出せる可能性はある(図124.18)。

引用文献

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