5. 気象学夏の学校Q&A

著者:近藤純正
	5.1 野蒜測候所に関するQ&A
	5.2 乾燥域の土壌種類と蒸発に関するQ&A(2問)
	5.3 風の道や都市周辺の気象に関するQ&A(5問)
	5.4 フラックスの評価に関するQ&A(2問)
	5.5 人体生理学と気象学に関するQ&A

	5.6 ボーエン比や蒸発量に関するQ&A(3問)
	5.7 大気乱流の高度分布に関するQ&A
	5.8 大気循環場と地表面熱収支に関するQ&A
	5.9 研究上の心がけに関するQ&A(3問)
	文献
トップページへ 研究指針の目次 次へ



日本気象学会夏期特別セミナー(若手会夏の学校)が宮城県野蒜で開催された。 その2日目に筆者・近藤純正は「歴史の中の気象学ー地表面の熱収支、 新ポテンシャル蒸発量」を講演した。この章では、その際の出席者および 読者から寄せられた質問を取り上げて解説する。 講演内容は次章の「気象学夏の学校(2004年7月24日)」に掲載されている。



5.1 野蒜測候所に関するQ&A

Q5.1: 宮城県鳴瀬町野蒜に1881(明治14)年7月、野蒜測候所が開設された そうですが、ここは気象観測上でどのように重要だったのでしょうか?

A5.1: 明治時代のはじめ、近代的な気象観測を行ない、天気予報をする 目的で各地に測候所を造る計画がありました。明治政府は東北地方の 開発拠点として野蒜に築港を計画し、海上運輸・運河など水路網・陸上 運輸の拠点としてここで気象観測を行なうことにしたのでしょう。 運輸・交通に気象情報が必要でした。そのため、仙台に測候所をつくる 予定が急きょ野蒜に変更されたようです。

参考までに北日本の測候所(今の気象台など)のうち、1886(明治19)年 から観測記録データがあるのは新潟、金沢、宮古、秋田、青森、函館、札幌、 根室です。これら測候所では1882年の金華山灯台で観測が始まった4年後から のデータがあります。石巻では1888年からのデータがあります。

5.2 乾燥域の土壌種類と蒸発に関するQ&A

Q5.2(a): 過去の時代の土壌について、どの種類の土壌に区分されるかが わかれば、当時の降水量を知ることができるのでしょうか?

裸地面水収支気候
(図6.12と同じ図) 年蒸発量と降水量の関係、いずれもポテンシャル蒸発量で割り算し、 土壌種類ごとに示した。(地表面に近い大気の 科学、図8.2、より転載)

A5.2(a): 図6.12(土壌種類別の年降水量と年蒸発量の関係)についての 質問と思われます。説明を簡単にすませたので、よく理解できなかった方も 多いと思うので、再度説明しておきましょう。この図は各地点に代表的な 4種類の土壌(保水性の非常によい土壌~悪い砂土)が存在した場合、 各地点の年降水量と年蒸発量の関係をプロットしたものです。したがって この図を利用すれば、年降水量が観測された地点では、年蒸発量と年流出量 が推定できることになります。なお、土壌種類とは、正しくは土壌の水分 特性(圃場容水量、飽和体積含水量、透水係数、水分ポテンシャルを表す 係数、土壌孔隙内の水蒸気拡散距離の係数など)の違いを表すものです。 土壌の水分特性はサンプルを採取して測ることができます (地表面に近い大気の科学、p.242;水環境の気象学、8章)。

この図6.12とは別に、過去の降水量推定の問題ですが、日本のように 降水量が多い地域では降水は土壌深部まで速い速度で浸透し土壌内の 水分移動・変化が急激であり、数日~数ヶ月以上の過去を記憶することは できないのです。しかし、乾燥域では土壌深部の土壌水分を測定して 過去の時代の降水量を推定することが可能です。 なぜなら、土壌水分が 非常に少なくなると土壌内の水(液体、気体)の移動はきわめて緩慢になり、 土壌水分分布は数十年以上の時間をかけて変化するからです。そのために、 土壌深部の状態を乱さないように、地表面から数メートルまでの土壌水分量 を測定することによって、過去の降水量を推定することができるのです。 もし過去に降水量が多い時期があれば、土壌深部に含水量の多い層があり、 土壌は過去を記憶しているのです(「地表面に近い大気の科学」 p.264-p.267)。

Q5.2(b): 乾燥気候の地域に存在する2つの砂漠において、 空気中の水蒸気量以外の条件が同じ場合、日中の蒸発量が多いのは空気が 乾燥した砂漠よりは空気が湿った砂漠である、という「クイズ5」の回答は よく理解できないのですが?

A5.2(b): 水分含有量について考えてみると、空気は温度が高いほど水蒸気量 を多く含むことができるのに対し、土壌は逆で、 土壌内の水分量は温度が高くなるほど少ししか含むことができない。 つまり、土壌を加熱すると 土壌内に強い力で保持されていた水分は外に出てくるのです。 通常、土壌水分を測る方法として、24時間110℃で加熱したときの重量の 減少から決めています。

思考実験をしてみましょう。土壌と空気を密閉した容器に入れて一定の 室温状態で放置し、長時間が経過すると、空気の湿度と 土壌水分は平衡状態になります。最初、容器内の全水分量が多い場合、 空気の湿度と土壌水分量は高い状態で平衡になります。しかし最初の 全水分量が少なかった場合、それらの量は低い状態で平衡になります。

この平衡状態から、今度は室温を上げたり下げたりしてみましょう。 温度が上がると(クイズでは日中)土壌内の水分は空気側へ移動します。 これは土壌からの蒸発です。逆に温度が下がると(クイズでは夜間) に凝結が生じます。つまり、空気と土壌は温度変化に応じて水分含有量 が平衡状態に近づこうとして日中は蒸発、夜間は凝結のサイクルを繰り 返すようになります。

砂漠において大気の水蒸気量が多い場合、土壌水分は高い状態で平衡になり、 そのまわりで増減(蒸発・凝結)が起きる。一方、大気の水蒸気量が少ない 場合、土壌水分は低い状態で平衡になるために、そのまわりで増減する 振幅は小さくなります(日中の蒸発量は小さく、夜間の凝結量も少なくなる)。 つまり蒸発・凝結の振幅が小さくなります。 極端な場合、大気の水蒸気量がゼロに近いときは温度の上昇下降にともなう 蒸発・凝結はほとんど生じなくなります。

5.3 風の道や都市周辺の気象に関するQ&A

Q5.3(a): 「風の道」のイメージは?

A5.3(a): 風の道とは、ビル群などが乱立して風の通りを悪くしている 状態に比べて、障害物が少なく風が通りやすい通路のようになっている 状態を想像してください。ただし、主風向とほぼ平行になっていなければ 風の道とは言えません。大きな河川や大きな道路などをイメージして ください。

Q5.3(b): クイズ2にあった仙台の広瀬川宮沢橋付近の地表面温度が 周辺のビルや道路など市街地の地表面温度より低温となっていた理由として、 河川敷は「1.風の道」のほかに「3.粗度が小さく顕熱交換が弱い」 ことも選択肢にありました。河川敷は粗度が小さいために風が強く、風の道に なりやすいとも考えられますが、どうなのでしょうか?

A5.3(b): 重要なことに気付きましたね。その通りです。粗度が小さいと 風に対する抵抗が小さく風が強くなり、風の道になりやすいです。 しかし、小粗度は2つの効果をもちます。 顕熱交換を弱くする効果(第1の効果)で地表面温度は高くなる。 この高温化を打ち消すだけの風を強める効果(第2の効果) で冷気を通りやすくし、低温になる。 総合して、宮沢橋付近では幅100m以上の広い風の道が形成されて いるとみなされ、川に沿う約300m幅の帯状の地域が涼しくなって いますね(付図6.2)。

夏期の都市における日中の気温の上昇を抑制するには、風の道を広くする 必要があり、河畔は風の抵抗が少ない高さがほぼ揃った低層住宅・公園緑地 とし、高層ビルは川の近くには作らないほうがよいと思います。 乱立した美観をそこなうようなビル群は風に対する抵抗が大きくなります。 ヨーロッパでビルの高さがほぼ揃った美観のよい都市を見かけます。 東京の皇居周辺のビル群では以前は高さ制限があり美観もよかったのですが、 最近は規制緩和により美観が悪くなりました。

Q5.3(c): 新聞報道によれば、東京の汐留開発によりビル群が立ち 並び夏の海風を遮蔽し、内陸の都市部が高温化するヒートアイランド現象を 助長している、とありました。海風の厚さが数百メートルは あるだろうから200メートルそこそこのビルが数棟建ったとしても, 内陸に及ぼす熱的な影響はそれほど無いのではないかと想像します。 いかがでしょうか?

A5.3(c): このビル群周辺について、もともと日中の卓越風向がどうで あったかによると思います。もともと吹いていた海風に直角にビル群が 並んだ場合は、風が遮られ、すぐ風下は日中弱風となり地表面温度は 高くなります。しかし、もとの風向はどうだったかについてちゃんと 調べなければなりませんね。

なお、日射の強い日中、都市道路上で気温を測る際に注意すべきことが あります。放射よけのカバー付きの通風装置 (強制通風の速度は秒速数m以上) に入れられた温度計で観測しないと、気温測定の誤差は1℃以上となります。 実際の気温が変わら なくても、風速が弱くなるだけで見かけの気温は誤差により高く観測 されます。気温観測は正しい方法で行ない、人々を納得させるデータを 示すべきでしょう(大気境界層の科学、p.73-p.76)。

Q5.3(d): 風の道を取り入れた都市計画は、よりマクロなスケールの 気温分布に影響はあるのでしょうか?

A5.3(d): 私は、風の道を取り入れた美観のよい都市とは、風に対する抵抗が 小さい構造だと考えています。適当な間隔でビルが整然と並んでいれば、 見た目にも風が通りやすく感じます。日中の海風を想定すると、海風は 内陸まで入りやすいと思います。広域にわたって 風が強いと地表面温度の平均値は低くなるかわりに、大気への顕熱輸送量は 増大し、大気全体の加熱量は大きくなることになります。 つまり、都市域で高温化が緩和された としても内陸の広域で気温が高くなることも生じます。したがって、 マクロなスケールに及ぼす結果については詳細な解析・検討が必要に なります。

のちほどA5.4(a)で述べる「オアシス効果」つまり「移流効果」は各地表面 のスケールが小さいほど効果的になります。したがって、都市の高温化を 緩和する方法として、公園などの緑地の全面積が同じ場合、各緑地は 小スケールで多地点に分散させるような都市計画が望ましいのです。

Q5.3(e): 都市で発生している短時間強雨は都市における顕熱フラックス が大きいためと考えますが、どうでしょうか?

A5.3(e): 夏期の陸上で起きる夕立は、熱せられた陸地からの大きな 顕熱フラックスで大気が不安定となり対流を起こす現象です(地表面に 近い大気の科学、図6.19、参照)。 都市では植生地など蒸発散が生じる面積が少ないために、その分だけ 顕熱フラックスが大きくなり大気の不安定化を強め、 対流活動がより盛んになると考えます。

都市において、風に対する粗度が大きいと、別の効果も効くようになります。 これを説明するために、台風が海上から陸に上陸したときを考えて みましょう。海上の台風内では等圧線とおよそ20°の角度で風が台風中心 に向かって吹き込んでいるが、上陸すると摩擦が大きくなり等圧線とおよそ 40~60°の角度で吹き込むようになる。その結果、風の収束量が急激に 増し上昇流が強くなる。これに類似で、都市および周辺地域において 収束する風系が存在すれば、都市の大粗度によって 収束量が一層大きくなり上昇流を強くする。 その結果として、短時間降雨を強めるように作用することも考えられます。

5.4 フラックスの評価に関するQ&A

Q5.4(a): 異なる地表面状態の領域が複雑に組み合わさっている広域において、 フラックス(熱、水蒸気、二酸化炭素など)を求める場合、個々の領域に おけるフラックスの総和をとればよいのでしょうか?

A5.4(a) その通りです。より実用的・簡便な方法として次のことも 考えられます。異なる地表面が混在するモデルを想定します。 例えば、あるスケールの水面と蒸発ゼロの地表面が、ある割合で混在して いる場合について、詳細計算によって広域フラックスの総和を求める。 スケールをいろいろ変えた計算結果から、スケールをパラメータとして 広域フラックスの総和を実験式で表すことができます。この場合、広域に 占める水面の全面積が同じでも、個々の水面のスケールが小さければ 広域の蒸発量は大きくなります。これを「オアシス効果」あるいは 「移流効果」と呼ぶことがあります(地表面に近い大気の科学、 p.205-p.209)。

こうした詳細計算を前もって実施し、それに基づいて、地表面が混在する 広域におけるフラックスの総量を推定する方法が考えられます。 詳細計算が熱収支に基づいて行なわれた場合には、フラックスと同時に 地表面温度の分散値と広域平均の地表面温度も得られます。したがって、 衛星や航空機観測によって得た地表面温度の分散値と 広域平均地表面温度、 及びそれらの計算値を比較することでフラックスの妥当性についてチェック することができます。

Q5.4(b): 海面でのフラックスの評価方法について知りたいのです。 また、海面と陸面では地表面の取り扱いはどのように異なるのでしょうか? 海上と陸上での境界層構造の違いによる注意点は?

A5.4(b): 地表面のうち海面の取り扱いはもっとも簡単であると考えています。 海面は一様と見なされる水平スケールが大きく、かつ 「蒸発効率」がどこでも1と見なされるからです。統計的な意味 (1時間以上の長時間平均)における海面フラックスは「バルク法」 に基づいて評価するのが適当でしょう。海上では船舶によるフラックスの 直接観測は困難だからです。

陸面の取り扱いはもっとも面倒です。陸面は種類の異なる 地表面が混在するからです。つまり蒸発効率、風に対する粗度、 気温・水蒸気分布に対する粗度が場所ごとに異なり、その結果、 土壌水分量も場所ごとに変わっているからです。 A5.4(a)で述べた方法も利用できるでしょう。

海上と比べたとき、陸上での境界層構造は、粗度の違いによって乱流強度 が大きいこと、諸要素(乱流、フラックスの大きさ、境界層高度)の 日変化が大きいこと、空間構造の非一様性が大きい ことなどが考えられます。 私は地表面の対象として水面、積雪面、裸地、植生地の順序で研究をして きました。この順序は簡単な地表面から複雑な地表面へ進むもので、 半分は偶然、半分は意識的に歩んできました。

その意味で、現在、多くの皆さんは複雑な地表面、境界層を対象とした 難しい研究を行なっています。その代わり、昔に比べれば観測機器や 計算機が進歩しましたので、その面では楽になりましたね。どんどん 複雑化していくと、気象学も工学的研究に近づきます。計算機の利用が 必須となってきます。

話はそれますが、複雑詳細に調べる工学的研究とは別に、大気現象の 基本的な本質を理解するために、理想化単純化して調べる研究も重要です。 この場合は、必ずしも複雑な計算は必要ではありません。 研究の進め方として、これら2つの道があります。

5.5 人体生理学と気象学に関するQ&A

Q5.5: 以前に、人体の代謝に関する話を聞いた記憶があります。 そのことについてもう一度お話を聞きたいのですが?

A5.5: 私は昭和63年から平成元年にかけて、大病により140日間入院した ことがあります。緊急入院し、絶対安静の状態にあるとき、看護婦さんは 私の毎日の食事量、飲用水量、排尿量、排便量、またときどき体重を測定 していました。さらにお医者さんは私の足のむくみなどを観察して いましたので、この測定は、質量収支を見積もるためのものだと想像 しました。つまり、排出量が少ないと、体にむくみが現われるので、 これが病状変化を表す指標だとしていたのでしょう。

絶対安静の時期が過ぎ、私の体がやや快復してくると、上記の計測は中止 となりました。しかし、面白そうなので、それ以後の計測は私自身で 続けました。摂取エネルギー(食物のカロリー)、呼吸量(口からの 二酸化炭素排出量と水蒸気排出量、酸素吸収量)も計算しました。その結果、 人体の質量バランスとエネルギーバランスを入院中に研究しました。 収支式の残差から発汗量を求めることができました。

その結果、皮膚からの発汗量として1日平均量=700グラムを得ました。 これは病室の室内温度が平均的に高温であった2週間に得た結果です。 ところが室内温度が低い期間の発汗量は、それより220グラム少なく なりました。私はたいへん驚きました。これはボーエン比の気温依存性 そのものです。つまり、地表面でも人体表面でも同じ 熱収支水収支関係が成立し、気温が高いときは潜熱(蒸発や発汗)が大きく なるのです。 なお、人体が食物を通して摂取したエネルギーと同量のエネルギー (1日平均で約100ワット)は放射、顕熱、潜熱の形で放出されています。 病室で得たこの結果は「水環境の気象学」のp.3-p.4に掲載しておきました。

5.6 ボーエン比や蒸発量に関するQ&A

Q5.6(a): シベリヤのタイガにおける熱収支やボーエン比の話を聞きましたが、 それ以外の熱帯林などの熱収支状態は、日本と比べてどのようになって いるのでしょうか?

A5.6(a): 熱収支の性質を利用してみましょう。熱帯降雨林で土壌水分量 が多いところでは蒸発散(蒸発)を抑制する作用は小さいので、 「ボーエン比の気温依存性」によって十分な蒸発散が起きているでしょう。 つまり、気温が高いので森林が吸収した放射エネルギーのうち、 70~90%程度が潜熱のエネルギーとして消費されていると考えられます。 つまり蒸発散量は大きいのです。

熱帯でも降水量が少ないところでは、植生はその気候に合う姿となり、 雨季と乾季によって熱収支状態は変化してくるでしょう。講義で示した 図6.13の関係(各種地表面に対する無次元降水量と無次元蒸発散量の関係図) が利用できるので、日々の日平均気象データからポテンシャル 蒸発量を算定すれば各地の蒸発散量の積算値が推定できます。

こうした熱収支水収支関係を知るために、現在、徐健青さんたちが中心に なって、世界のポテンシャル蒸発量(近藤・徐による新ポテンシャル蒸発量) 分布図の作成がすすめられています。

もちろん、近年は現地での熱収支観測も盛んに行なわれていますので、 今後、図6.13は充実されるものと期待しています。参考までに、以前に 求められた世界の水収支熱収支分布図は「水環境の気象学」13章に、 その概要が紹介されています。

Q5.6(b): 自然界で蒸発量が多い場合とは、何でしょうか?
例えば気温25℃として、他の気象パラメータは蒸発量にどのような影響を 及ぼすのでしょうか?


A5.6(b): 蒸発量は気象条件と地表面条件の2つに依存します。後者の条件 について述べると、植生地における蒸発散量は植物の種類、生育段階、 土壌水分量、などに依存します。裸地では土壌の種類(正しくは水分特性)、 土壌水分量、アルベドなどに依存します。したがって、大変複雑です。

ここでは、そうした複雑さについて、地表面の性質が交換速度 (粗度、コンダクタンス、抵抗)と蒸発効率の2つのパラメータで表現できた 場合について考えてみましょう。各気象パラメータへの依存性は 敏感度テストによって調べることが可能です。敏感度テストとは、 あるパラメータが変化したとき、蒸発量などがどの程度変化するかを 計算によって調べることです(水環境の気象学、p.152-p.159)。

例として積雪面について検討してみると、融雪量(雪面の顕熱・潜熱交換量) は低温時には日射量の変化に敏感であるが、高温時には風速の変化に対して 敏感になります。
計算が複雑になりますが、裸地面が乾燥した状態では、地表面の潜熱 輸送量(蒸発、凝結)は風速にほとんど依存しなく、大気中の水蒸気量に 敏感になります。この性質はクイズ4と5で示した通りです。

日平均状態について計算する場合(地中伝導熱が無視できる場合)、 もっとも簡単になります。この場合は、地表面の熱収支式、顕熱輸送の バルク式、潜熱輸送のバルク式の3式から、3つの未知量(地表面温度、 顕熱輸送量、潜熱輸送量)が求められます。講義の中ほどで示した熱収支 の基本的な性質(放射平衡時の地表面温度、密な森林内の連続的な融雪量、 風速が非常に強いときの熱収支、平衡蒸発量)は結果が簡単に表現できる 条件を選んだものでした。

一般的な条件について、蒸発量の敏感度を調べるには、上述の3式について 条件(気象条件と交換速度、蒸発効率)を変えてコンピュータで計算 すればよいのです(地表面に近い大気の科学、付録Fのプログラム)。

近似解から計算することも可能です。この計算は簡単ですので計算して みてください。「水環境の気象学」の式(6.33)~(6.35)、 または「地表面に近い大気の科学」の式(5.17)~(5.19)を利用して ください。計算結果の例はこれらの式の後に掲載してありますので 参考になります。大学教科の演習問題として一度実施しておけばよいと 思います。各大学で指導教官とも相談されてはいかがでしょうか。

Q5.6(c): クイズ3の解答において、「森林での蒸発散量が湖面蒸発や 草地(気象台の観測露場など)の蒸発散量に比べて大きいのは降雨日の 遮断蒸発量(濡れた樹体からの蒸発量)のため」とされているが、草地の遮断 蒸発量も大きいのではないでしょうか?

A5.6(c): クイズ3の図6.6に示した芝生地の蒸発散量の季節変化は、 気象官署の観測露場での値です。この芝生地では葉の面積(葉面積指数) は大きくないので、降雨日に葉に保持される雨水の量は小さく、その蒸発量 も多くないと考えられ、年間の蒸発散量も森林のそれに比べて小さくなって います。

観測露場でなくても、一般に草地の葉面積指数は森林の葉面積指数(日本の 標準的な森林では6程度、図6.6に示した森林の蒸発散量はこの場合に対応) より小さいことが多いと考えます。筑波大学水理実験センター草地での 夏期の葉面積指数は2~4程度です。水田の葉面積指数は、例として宮城県内 で見てみると、6月までは1以下ですが、収穫期に近づくと5~6程度にな ります。

これらのことから、年間を通した場合、草地における遮断蒸発量は森林 における値よりも小さいと考えられます。しかし、葉が繁茂するある種の 草地において、ある期間の蒸発散量は森林の蒸発散量に匹敵することもある でしょう。

要するに、私たちは雨天日は湿度が高く、かつ日射量が小さいので蒸発は少ない と考えがちですが、植生地では濡れた植物体から少なからぬ蒸発が起きて いるのです。そのエネルギー源は、大気からの顕熱 輸送量によるものです。 その結果、森林などの樹冠上の大気は冷却されているのです。 このようなエネルギー循環に、私は面白さを感じます。

5.7 大気乱流の高度分布に関するQ&A

Q5.7: 境界層とその上の自由対流圏との間で、急激に大気乱流に差が あるのはなぜでしょうか?

A5.7: 乱流は浮力による上昇気塊の運動と、地表面の摩擦によって生じた 風のシアー(速度勾配)による2つによって発生します。多くの場合、 境界層内では乱流や乱流フラックスは高度とともに緩やかに変化しており、 その上の自由大気(摩擦が小さい層)につながっているのです。 このような場合、境界層と自由大気の境界ははっきりしません。

しかし、境界層の上に強い安定層が被さったような状態、あるいは下層で 対流混合層が発達し上部に安定層が被さったようなとき、大気の乱れが その境界で急に小さくなると考えられます。このような場合、下層で生じた 激しい上昇流(プルーム、サーマル)が安定層に達すると、安定層で波動が 生じることがあります。

5.8 大気循環場と地表面熱収支に関するQ&A

Q5.8: 地表面の熱収支水収支が大気大循環場に与える影響として どのようなものがあるのでしょうか?

A5.8: 大気大循環は低緯度と高緯度の温度(あるいは入力放射量)の違いで 生じていますね。この大循環場は海洋・大陸の分布によって影響されますね。 海洋・大陸分布とは、熱収支水収支の違いを表し、ひいては雲・降雨域の 分布と大気中の熱放出量・放射量の分布を変えることになります。 これが大循環場に影響を与えることになりますね。お気づきでしょう。

もっと狭い面積範囲では、氷雪で覆われた海域・陸域の面積、あるいは 高温な海水温度の海域が年々変化すれば、熱収支水収支 を通して大循環場も影響・相互作用を受けることになります。 大循環場が変化し、ある地域で 降水量が多くなったとか、気温異常が生じたとかの報告が数多く出て いますね。エルニーニョやテレコネクションなどの話を思い出すでしょう。 こうした異常気象は地表面や大気中の熱収支水収支の影響を受けて起きて いるのです。

大気大循環場に顕著な影響を及ぼす熱収支水収支異常の面積の目安について、 私が想定しているのは次の通りです。多くの研究者に刺激を与えた Harn and Shukula (1976)の結果によると(水環境の気象学、p.7-p.9)、 ユーラシア大陸の冬期積雪面積の変動は1×10の6乗平方キロメートル (日本海の面積にほぼ等しい)です。この程度の広さにおける熱収支水収支 変動が大気大循環場にずれをもたらし世界各地に気候異常を生じている のでしょう。

5.9 研究上の心がけに関するQ&A

Q5.9(a): ご高齢になるとPCを使える先生方は少なくなるのですが、 近藤先生は今でも使っていらっしゃる。何歳になっても新しいことに チャレンジし続けるためにはどのようなことに気をつければよいので しょうか?

A5.9(a): 日本でも外国でも私よりも高齢な方が研究を続けていらっしゃる。 私はその方々のように立派な研究はしておりません。引退後は歩き遍路 したり、たまには集中講義や講演に行ったり、気楽な生活を楽しんでいます。 趣味的な研究(遊びと言うのが適当)しかしておりません。現役時代から そうでしたが、他人からは、「近藤さんは気ままで好きな研究だけして きましたね。今の大学ではそういうことは自由にできなくなりました、 ・・・・・」と。

いやなことは心臓に悪影響を及ぼすので断ってきましたが、好きなことなら 喜んで仕事は引き受けています。これが私の生き方です。本来の研究とは、 興味のあることを楽しみながら行なうもの だと考えています。皆さんも時流に流されることなく、自分で楽しめる 研究を続けてください。それには自信と度胸が要ります。他人と違うことを することもあるので孤独に打ち勝つことが必要となります。

Q5.9(b): インターネットの利用はどう考えますか?
用途によっては、インターネットは便利だと思いますが、正しい保証がなく、 その作者の主観が強い場合が多いので、あくまで参考程度にして、辞典類 を多用しています。


A5.9(b): 私も同感です。しかし現実には、インターネットの利用が 低学年層ほど多くなる傾向にあります。教科書類と違って、インターネット は無責任な内容、間違ったままの孫引きが出回っており、学力・知識のない 若年層にとって困った問題となりました。そこで、私は最近、利用上の 注意点と、ホームページ作成者の心がけ等について、具体例をあげて文章 にまとめており、近いうちに皆さんにも紹介できると思います。 その私の提案を契機として、皆さんでインターネットの利用について広く議論 していただきたいと思っています。

Q5.9(c): 非常に丁寧に講義の準備をしてくださり感服しました。 水の役割りに興味がわいてきました。

A5.9(c): 地球は他の惑星と違い、水の惑星なのです。昔の気象学では、 難しい水の役割りをほとんど無視してきましたが、雲の形成、大気中での 潜熱の開放、降水現象、雲による放射量(日射、長波放射)の変化など、 さらに地表面における水分交換(蒸発、凝結)、氷雪の効果などは地球の 気候形成にとって水は最大の役割りを果たしているのです。それゆえ、 現代では地球上の水循環・エネルギー循環の研究に多くの人々が取り組んで いるのです。

文献

近藤純正、1982:大気境界層の科学、東京堂出版、pp.219.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学―地表面の水収支・熱収支―. 朝倉書店、pp.350.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学―理解と応用―. 東京大学出版会、pp.324.

トップページへ 研究指針の目次 次へ