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Q07 「ポテンシャル蒸発量とパン蒸発量?」(YI), 2006/4/27

―長期間の蒸発量を推定したい―

最近は日射量のデータなどもあるのでポテンシャル蒸発量(近藤・徐、1997) を求めることができますが、昔は直径が0.2mの小型パン蒸発計による データしかない場合があります。

小型蒸発計蒸発量と大型蒸発計蒸発量、またはポテンシャル蒸発量 との対応関係は気象条件によって変わるのでしょうか?
小型蒸発計は深さ10cmの皿に2cmの深さの水を入れて測るので、 周囲の金属部分の影響が強くでて、日射が強く気温が高い場合には過大に 蒸発量を評価してしまうと考えられますが、その実際の程度はいかほどに なっているのでしょうか?


― 回 答 ―

最初に結論を述べておこう。
個々の場合には、ばらつきがあるので、暖候期(パンの水が凍らない時期) の平均値について、ポテンシャル蒸発量の値を基準とした蒸発量の目安を 次の表に示した。

ポテンシャル蒸発量(近藤・徐、1997)を基準とした ときの各水面からの蒸発量
ただしパン蒸発計の水が氷結しない暖候期における目安。
注(1) 中国では地面から0.7mの高さの支柱に設置。注(2) 日本ではパン蒸発計
の上面の口輪の切り口面が地面から0.2mになるように、盛り土した上に置く。


         水   面           年平均値  ばらつき  文   献
       (a)小型パン蒸発計(中国*1)   1.4       1.3~1.8      Xu et al., 2006
        (b)   同    (日本*2)   1.1       0.9~1.3      Xu et al., 2006
        (c)大型パン蒸発計(日本)      1.0       0.7~1.2
        (d)ポテンシャル蒸発量       1.0         ―
        (e)水     田              0.8       0.6~1.0
        (f)広い水面(1km以上)      0.75      0.6~0.9

            (a) / (b)                  1.25        ―          Xu et al., 2005
            (b) / (f)                  1.5       1.3~1.6    近藤・桑形、1992



ポテンシャル蒸発量とパン蒸発計蒸発量その他の蒸発量が異なることと、 ばらつきは次の理由によって生じる。実例と理論的な考察をあげながら 説明する。

蒸発量の比較
(1) 小型パン蒸発量/大型パン蒸発量=1.7
十和田湖の湖岸陸上で9~11月の13日間に行った観測、ただし降雨日は除く、 日平均蒸発量の比較である(十和田湖の蒸発の研究―完結報―第10図)。

(2) パン蒸発計の塗装によるアルベドの影響
大型蒸発量は白色塗装されており、日射が反射される。水面と蒸発計の底 を含むアルベドを仮に0.06としたときと、0.2としたときについて、松本の 気象条件の場合を計算してみると、アルベド=0.2のときの蒸発量は アルベド0.06の場合に比べて20%少なくなる(野尻湖の研究―完結報― 第32図)。 実際には曇天日もあるのでアルベドの影響はこれより小さくなりそうで、 塗装や汚れの影響は数%~10%程度になると考えられる。

(3) 大型パン蒸発量はポテンシャル蒸発量に概略等しい
両者の交換速度がおおよそ等しいためである。

蒸発計の設置方法と構造による違い
日本では小型パン蒸発計の上面が地面から0.2mになるように、盛り土した上に 置くのに対し、 中国では地面から0.7mの高さの支柱の上に設置する。 そのため、中国のパン蒸発計は風当たりが強くなるために蒸発量が多くなる。

風速計高度の風速とパン蒸発計を設置する露場の風速との比は、本来は 一定になることが望ましいが、露場の周辺が建て込んだ状態では、この比 は小さくなり、蒸発量も少なくなる。ポテンシャル蒸発量に対するパン蒸発量 の比がばらつく原因の一つはこのことにある。

露場の周辺が建て込んでくることで平均気温が上昇することを「陽だまり効果」 と呼ぶ。「陽だまり効果」では、一般に風速が弱くなることで蒸発量は少なく なる。一方、都市化によって気温が上昇すると、蒸発量は増加する。 観測所ごとに、あるいは時代によって、これらの効果の度合いは異なる。

大型パンは深さ250mmの皿に水深200mmの水を入れる。直径が1.2mも あるのでエッジの効果は小さいが、小型パンは深さ100mmの皿に20mmの 深さの水を入れて観測する。小鳥に水を吸われないように、180mmの長さの 針金で作った防護網を被せてある。中国などでは、蒸発量の多い地域では 30mmの深さの水を入れて測る。

小型蒸発計はエッジが高いので、太陽高度が低いときでも日射を余分に吸収 する。また、氷結したような場合は、翌日の観測は新しい水と取り替えて測る。 これら2つは蒸発計に入る熱エネルギーを大きくするために、観測値は水面 蒸発量より多くなる。

一方、エッジは水面上を吹く風を弱め、蒸発量を少なくする効果となる。 これを差し引いても、加熱効果が増さり、エッジのない場合よりも小型パン 蒸発量は大きくなる。これは、以下で示すように、見かけ上の交換速度が 大きいことから確認される。

交換速度の違い
小型パンの直径は0.2m、大型は1.2mである。 風が水面を吹く平均距離(実効距離 X )は半径を r とすれば、 πr/2r なので、X=0.94m(大型)および X=0.16m(小型) となる。

この X に対する交換速度を「水環境の気象学」p.172の式(7.38)から計算して みると、理論値は次の表のようになる。

交換速度(単位は m/s )の比較
理論値とは、平面上に水面がありエッジの効果がない場合の値である。
注(3) 地面から0.7mの高さの支柱上に設置された中国のパン蒸発計。


                              風速=1m/s    風速=3m/s    文 献
  理論値    小型パン蒸発計         0.008         0.020
            大型パン蒸発計         0.006         0.014
            ポテンシャル蒸発量     0.006         0.012
            広い水面(1km以上) 0.001         0.003

  観測値    小型パン蒸発計*3     0.021         0.028  近藤、1996、p.176、図3
            大型パン蒸発計         0.008         0.015    Yamamoto and Kondo, 1964



大型は理論値にほぼ等しいのに対し、小型は大きく違う。特に微風時 に大きいということは日射で皿が温まるような場合を意味している。

交換速度の違いによる蒸発量の違い
蒸発量は交換速度に比例するわけではない。それは交換速度が大きいと 交換量が増加し水温を下げるように働くからである。 その結果、蒸発量と交換速度(または風速)との関係は、「地表面に近い 大気の科学」p.147の図5.4やp.150の図5.6に示されたように、比例関係 よりも傾斜のゆるいカーブとなる。

このことから考えると、ポテンシャル蒸発量は大型蒸発計蒸発量に近似的に 等しいとみなしてよく、また、広い水面からの蒸発量よりも大きくなる。

小型パン蒸発計は実効的な交換速度が大きいので、パン蒸発量は ポテンシャル蒸発量よりも大きくなる。特に中国ではパン蒸発量が大きい。 (Xu et al., 2005, Fig.2)。

文献

近藤純正、1996:ペンマン式と蒸発計による蒸発量.農業気象、52, 175-179.

近藤純正・桑形恒男、1992:日本の水文気象(1):放射量と水面蒸発. 水文・水資源学会誌、, No.2, 13-27.

近藤純正・徐健青、1997:ポテンシャル蒸発量の定義と気候湿潤度.天気、 44、875-883.

山本義一・近藤純正、1964:十和田湖の蒸発(完結報).東北電力(株) 土木部、pp.58.

山本義一・近藤純正、1967:野尻湖湖の蒸発(完結報).東北電力(株) 土木部、pp.96.

Xu, J., S.Haginoya, K.Saito and K.Motoya, 2005: Surface heat balance and pan evaporation trends in eastern Asia in the period 1871-2000. Hydrol. Process., 19, 2161-2186.

Xu, J., J.Kondo, J.Asanuma, and L.Jin, 2006: in preparation

Yamamoto, G. and J.Kondo, 1964: Evaporation from Lake Towada. J. Meteor. Soc. Jpn., 42, 85-96.



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