K93.江川崎の最高気温41℃は本物か?(3)


著者:近藤純正
高知県の江川崎アメダスの周辺で気温の長期観測を行なっている。本章は2014年5月14日から 7月17日まで(晩春~梅雨期)のまとめである。約2カ月間のアメダスの平均気温は0.2℃以内 の範囲で、晴天日には0.3~0.4℃の範囲で周辺地域を代表している。

北から南に流れる四万十川流域の複雑地形では、特に西~北西の風のときの夕刻、右岸は 日陰になり気温が2~3℃ほど低くなる。この特徴は、前報の4月~5月の晴天日にも見出 されている。この気温差により生じる局所的な循環が重なることになる。

晴天日中の江川崎アメダスの気温を詳しくみると、南~南東寄りの風に対して空間広さ (=樹木群からの水平距離 / 樹高:無次元)は15と広く風通しはよいが、南側の広いアスファルト 駐車場により気温が芝地(カヌー館イベント広場)に比べて0.5℃程度高く観測される。 一方、西~北西の風のとき空間広さは 4 で狭く風通しが悪く、気温は0.5℃程度高くなると 見積もることができる。(完成:2014年7月29日予定)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2014年7月27日:素案の作成


  目次
        93.1 はしがき
    93.2 観測の方法
        93.3 アメダスの代表性
          気温日変化(季節平均値)
          気温日変化(晴天日の風向別)
        93.4 アメダスの空間広さと気温
    まとめ
        参考文献


研究協力者(敬称略):
大高 達人(西土佐ふるさと市組合)
川村 泉(西土佐四万十川ふるさと案内所)

観測協力者・機関(敬称略):
笹岡豊生(西土佐宮地)
川村茂(西土佐長生)
森 牧人(高知大学農学部)
斎藤 誠、楠田和博、中塚賢治、東 克彦(高知地方気象台)
北幡モータース(代表:芝 正弘)
カヌー館(四万十・川の駅、館長:田辺篤史)
JR須崎駅(江川崎駅の管理者、須崎駅長:太田正)
四万十市立西土佐中学校(校長:千谷純一)



93.1 はしがき

江川崎アメダス(標高72m)は、四万十川河口より直線距離33kmの内陸にある。この付近 では、四万十川は北から南に流れ、両側から山に挟まれた盆地状の地形である。 そのため、日中の気温上昇、夜間の気温低下は大きくなる。

一般に内陸では、乾燥晴天が続いて地表層の土壌水分が減少したときや樹木の蒸散が減った とき、日中の最高気温は異常に上昇する。

この現象は、すでに「身近な気象の科学」(1987)の第6章「大規模林野火災と異常強風」 や、近藤(1983)、近藤・桑形(1984)、Kondo and Kuwagata(1992)で報告され、 そのときの気温が日ごとに上昇した実例は「K82.熊谷の2007年夏 の高温記録40.9℃」の図82.8に示されている。

これと同じ現象のとき、江川崎アメダスでは、2013年8月12日の13時42分、 41℃の国内最高気温を記録した。

特に高い気温が観測されるところは、観測所の周辺環境が悪化した所で記録されることが あり(岐阜県多治見アメダスや群馬県館林アメダスなど)、江川崎アメダスの観測環境を 疑った人々もいた。しかし、現地の周辺環境は比較的によく、後で示されるように観測所 の空間広さ「露場広さ2」は9.1で風通しはよく、国内の観測所としては観測環境はよい ほうである。

「露場広さ2」は無次元の広さを表し、観測点から測定した周辺地物(樹木・建物)の仰角 をαとしたとき、全方位の広さの平均値<1/tanα>=<X/h>で定義される。ただし、 Xは気温観測点から周辺地物までの水平距離、hは地物の高さである。

これまでの観測によれば、江川崎アメダスの平均気温は±0.5℃以内の範囲で地域を代表 していることがわかった。その詳細は「K87.江川崎の最高気温41℃ は本物か?」(2014年4月2日~7日までの6日間)、 「K88. 江川崎の最高気温41℃は本物か?(2)」 (2014年4月8日~5月13日の36日間)に示されている。

本章は前報に引き続くもので、晩春~梅雨期(5月14日~7月17日)の解析を行なうもので、 注目点は次の通り。

注目点1 江川崎アメダスの気温の地域代表性の確認

注目点2 右岸・宮地の平均気温は高めか?
 前報の36日間(4月8日~5月13日)の観測では、宮地の平均気温はアメダスに比べて 0.21℃高温であった。

注目点3 江川崎アメダスの晴天日の特徴
2-1 南寄りの風のとき、アスファルト駐車場表面の高温化により気温は高めになる。
2-2 西寄りの風のとき、西側の樹木群の風止めにより気温は高めになる。

注目点4 特に西寄り風のとき、夕方の右岸の気温が早く下降


93.2 観測の方法

気温観測は「K81.市販品を改造した高精度の通風式温度計」 に示したヤング社製通風装置を改良した温度計(K5、K6)を宮治北東端(略して、宮地) とカヌー館のイベント広場(略してカヌー館)に設置し、 「K92.省電力通風筒」の図92.5に示した大改造通風筒(K8)を江川崎駅の プラットホーム西端(略して、江川崎駅)に設置した。

これらは4重の通風筒構造であり、センサーはPt1000オーム、直径は2.3mmである。 気温の観測は10分ごとに記録した。図93.1は気温計の配地図である。

観測配地図
図93.1 観測点の配地図、国土地理院電子国土Webに加筆(図88.1と同じ)。 A :アメダス、N:長生(ながおい)、E:江川崎駅、 M:宮地、K:カヌー館。


観測点の写真は「K87. 江川崎の最高気温41℃は本物か?」「K88. 江川崎の最高気温41℃は本物か?(2)」に示した。

江川崎駅プラットホーム西端に設置した気温計(K8)は乾電池を用い、約2週間ごとに 交換することにしたが、電池切れでファンモータが止まっていた5月28日~6月1日の5日間 は、データを揃えるために他の観測点(カヌー館、宮地、アメダス)も解析から除外した。

すなわち、5月14日~7月17日の65日間のうち5日間を除く60日間の解析を行なう。

備考:電池切れ日の記録値
電池切れでファンモータが止まっていることに気づいたのは6月1日である。ファンモータ の停止は、特に晴天日中に放射の影響によって気温が高く記録される。12時~15時の平均 気温について調べると、江川崎駅ではアメダスに比べて5月28日~6月1日にそれぞれ 0.38℃、0.80℃、0.11℃、1.42℃、1.28℃高く記録されていた。この5日間はデータ解析 から除外する。


93.3 アメダスの代表性

気温日変化(季節平均値)
図93.2は曇天・雨天日の多い晩春~梅雨期の60日間を平均した気温日変化図である。 朝の18.5℃から12~15時の25.3~25.9℃に、7℃ほど上昇している。

60日間気温日変化
図93.2 晩春~梅雨期(5月14日~7月17日)の60日間平均の気温日変化。

日中の特徴として、カヌー館(赤線)は低めである。この設置場所の周辺は広い芝地である のに対し、宮地は周辺に舗装道路があり、アメダスは特に南側にアスファルト駐車場が、 駅は裸地のプラットホームと線路がある。

さらなる特徴として、右岸の宮地では15時過ぎから気温の下降が他より大きい。これは 西側の山によりできる日陰の影響と見なされる。詳しくは後掲の図93.4で示す。

60日間の平均気温は次の通り(カッコ内はアメダスを基準のゼロとした気温差)。
カヌー館:21.63℃(-0.14℃)
宮 地:21.74℃(-0.03℃)
江川崎駅:21.73℃(-0.04℃)
アメダス:21.77℃(0)

前報の36日間(4月8日~5月13日)では、宮地が0.21℃の高温であったが、本章の60日間 平均では、気温差はゼロに近い。その理由は、曇天・雨天日が多いことによるが、次項で 説明する晴天日の特にSSEの風の日の宮地はアメダスより0.30℃高温であり前報と矛盾 しない。

気温日変化(晴天日の風向別)
図93.3は正午ころから夕方まで風向がほぼ一定の晴天日(日照時間>=10時間)について、 風向がWNWの日とSSEの日の気温日変化である。気温差のグラフは後掲の図93.4に 示される。

晴天日の気温日変化
図93.3 晴天日の気温日変化
上:WNWの風の4日間平均(5月16日、22日、6月24日、29日)
下:SSEの風の2日間平均(5月23日、24日)


晴天日の日平均気温は次の通り(カッコ内はアメダスを基準とした気温差)。

WNWの風の4日間(5月16日、22日、6月24日、29日)
カヌー館:20.90℃(-0.33℃)
宮 地:21.09℃(-0.14℃)
江川崎駅:20.98℃(-0.25℃)
アメダス:21.23℃(0)

SSEの風の2日間(5月23日、24日)
カヌー館:19.63℃(-0.23℃)
宮 地:20.16℃(+0.30℃)
江川崎駅:19.89℃(+0.03℃)
アメダス:19.86℃(0)

特徴1
カヌー館が他所より低温であるのは、気温計が広い芝地に設置されたことによる。

特徴2
宮地は、特にSSEの風のとき、0.30℃の高温となることが前報と同様に確認された。 この高温傾向は、気温計の東側に広い南北の舗装道路があることによると考えられる。

特徴3
前報で示したと同様に、下図によれば、南寄りの風のときは朝から10時ころまでの気温 上昇が急激である。また上図によれば、西北西の風のとき右岸の宮地では15時ころから 気温下降は急激である。

特徴4
SSEの風の日(下図)、13時から全地点で気温下降が始まっているのに対し、WNWの 風の日(上図)では15時ころまで気温上昇が続いている。この傾向は前報で示した2014年 4月8日~5月16日の期間中の晴天日にも見られた。

宮地における15時ころからの急激な気温下降が南寄りのときに生じないのはなぜか?

西寄りの風のときは、日陰による気温低下を防ぐ暖気移流の効果が少ないのに対し、 南寄りの風では、蛇行する四万十川両岸の気温が混合されやすく、その暖気が宮地に移流し 日陰の気温下降を弱めていると考えられる。

この現象を確認するために、次回は、宮地のほか右岸のふるさと市にも気温計(M6)を 設置し、さらに左岸の長生にも気温計(M5)を設置した。


93.4 アメダスの空間広さと気温

江川崎アメダスで41.0℃の最高気温が記録されたのは、2013年8月12日の13時42分、 WNW~NWの風向のときである。この方向の樹木群が地上付近の風速を弱め「日だまり 効果」による気温上昇も加わっていたと考えられる。その気温上昇を見積もってみよう。

図93.4は晴天日における江川崎アメダスを基準とした気温差(=各地点気温-アメダス気温) の日変化である。風向がWNWの日(上図)もSSEの日(下図)とも、日中のカヌー館 (芝地)はアメダスに比べて0.5℃程度低めである。

晴天日の気温差の日変化
図93.4  晴天日の気温差の日変化(アメダス気温を基準)
上:WNWの風の4日間平均(5月16日、22日、6月24日、29日)
下:SSEの風の2日間平均(5月23日、24日)


風向がWNWのときアメダス気温は空間広さの狭さによって高めに観測され、SSEのとき は南側の広いアスファルト駐車場の地面の高温化影響によりアメダスの気温は高めに観測 されているのではないだろうか?

図93.5は、アメダスの気温計の南側フェンス脇において、周辺地物の仰角αを測定してもと めた露場広さ(空間広さ)の方位角分布である。

江川崎アメダス:全方位平均の空間広さ2=<1/tanα>=9.1

である。空間広さが大きいほど風通しがよいことを表す。たとえば 「K75.日だまりの気温-各地の観測結果」の図75.3を参照すれば、江川崎アメダスの 環境は比較的によいことが理解できる。

江川崎の空間広さ
図93.5 江川崎アメダスの露場広さ(空間広さ)の方位角分布。


風向は時間的に変動するので、方位±20°範囲(50°範囲)で移動平均した露場広さ (図中の赤線で示す縦軸の値)と風通しとの相関関係がもっとも大きい。つまり、 日だまり効果による気温上昇量は赤線の縦軸で表す露場広さによって決まることが わかっている。

江川崎アメダスの空間広さは、風向がW~NWのとき4~5で小さい。

仮に、空間広さ=10の観測所を基準としたとき、WNW~NWの風向のときの風上側の空間 広さ=4.5の場合について、「日だまり効果」による気温上昇を見積もってみよう。

空間広さの差(=狭空間広さ-基準空間広さ)の対数差は、

log10(4.5/10)=-0.35・・・・・・・・(1)

「K79.都市の地上気温の分布―新しい視点・解析法」 の図79.1を参照すれば、日中の気温上昇量は0.5℃前後と読み取ることができる。

前記の図93.4のSSEの風向の日(下図)も、カヌー館はアメダスに比べて日中は0.5℃ ほど低温である。これは、SSEの風向のときアメダス気温は南側に広がるアスファルト 舗装の駐車場表面の高温化による気温上昇と考えられる。

上記の図79.1においても、地表面が芝地と裸地・アスファルトの違いの場合、気温が平均的 に0.5℃ほど高くなっていることと矛盾しない。今後の江川崎における観測では晴天日の データも増えるので、定量的な気温上昇量を確認したい。


まとめ

高知県四万十市の内陸に設置されている江川崎アメダスの周辺で気温の長期観測を続けて いる。本章は2014年5月14日から7月17日までの晩春~梅雨期のまとめである。

(1)アメダス気温の地域代表性(60日間の平均気温)
アメダス気温は地域を代表しており、アメダスを基準にすると、カヌー館は-0.14℃、 宮地は-0.03℃、江川崎駅は-0.04℃の違いである(マイナスはアメダスより低温である ことを意味する)。カヌー館のみ気温計は広い芝地に設置したため、他の地点より低めの 気温が観測された。

(2)アメダス気温の地域代表性(晴天日の日平均気温)
晴天日の日平均気温は、WNWの風の4日間(5月16日、22日、6月24日、29日)では、 アメダスを基準にすると、カヌー館は-0.33℃、宮地は-0.14℃、江川崎駅は-0.25℃で ある。

SSEの風の2日間(5月23日、24日)では、カヌー館は-0.23℃、宮地は+0.30℃、 江川崎駅は+0.03℃である。

まとめると、晴天日のアメダスの日平均気温は、±0.3℃以内で地域を代表している。

(3) 晴天日の右岸・宮地における気温の高めの傾向
前報の36日間(4月8日~5月13日)の観測では、宮地の平均気温はアメダスに比べて 0.21℃高温であった。上記(2)に示したように、この高めの傾向はSSEの風のときに 現れる。

SSEの風の晴天日には、夕方の日陰による気温下降が移流によって和らげられると 考えられる。

(4) 晴天日の江川崎アメダスの特徴
江川崎アメダスの気温は南寄りの風のとき、アスファルト駐車場表面の高温化により 0.5℃程度高めになると推定された。一方、西寄りの風のときは、アメダス西側の樹木群 の風止めにより日中の気温は0.5℃程度高めになる。

(5) 西寄りの風のときの2次循環流
江川崎アメダスは南北の谷筋の左岸に設置されており、夕方は右岸の陰の影響により 左岸・右岸間の気温差が発生する。この傾向は西寄りの風のとき顕著で、気温差は 2~3℃ほどになる。この気温差により局所的な2次循環流が生じることになる。

この循環流を直接的に観測することは難しい。なぜなら、西寄りの風のとき、四万十川の水面近 くの低い大気層では川上から川下へ向かう北寄りの風が吹いており、2次循環流は右岸 斜面で下降流、左岸斜面で上昇流となる。いっぽう西から四万十川本流へ流入する 支流・広見川の谷筋やアメダス周辺(水面から40mほど高い)では、西~北西の風が 吹いており、これに2次循環流が重なるので、2次循環流のみ取り出すことは観測からは 難しい。つまり、2次循環流は夕方に生じる左岸・右岸の気温差から推定される風である。


次回の計画
夕方に生じる四万十川の左岸・右岸の気温差について詳細を知るために、新しく気温の 長期観測点として、長生(左岸)とアメダスの真向かい対岸(右岸)の「ふる里市」の 2地点を追加した。この2地点には、乾電池式の気温計(M5、M6)を設置した。

梅雨明け後には晴天日が多くなり観測資料も増えるので、本章で得られた結果を確認でき る。

研究の焦点は、四万十川河口から上流に向かって気温がどのように上昇していくかの問題 に移行する。まず、観測によって中村アメダス(四万十川河口から北西9km)の地域 代表性を調べたのち、気温計を河口から江川崎アメダスの上流の昭和(江川崎から直線 距離10kmの北東)まで配置する。アメダスが地域代表の気温を観測しているとすれば、 合計9地点で気温観測を続けることになる。

その場合、江川崎アメダスと中村アメダスは晴天日中の気温が放射影響により約0.3℃高め に記録されることを考慮する。さらに、江川崎アメダスは西寄りの風のときは空間広さが 狭くなることで0.5℃ほど高め、南寄りの風のときはアスファルト舗装の駐車場の影響で 0.5℃ほど高めに記録されることを考慮する。


参考文献

近藤純正、1983:東北地方多地点一斉大規模山林火災を誘発した1983年4月27日の異常乾燥 強風.天気、30、545-552.

近藤純正・桑形恒男、1984: 同上(2)、天気、31、37-44 and 52.

近藤純正、1987:身近な気象の科学-熱エネルギーの流れ.東京大学出版会、pp.189.

Kondo,J. and T. Kuwagata, 1992: Enhancement of forest fires over north-eastern Japan due to atypical strong-dry-wind. J. Appl. Meteor., 31, 386-396.

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