K83.気温観測に及ぼす樹木の加熱効果-実測


著者:近藤純正・内藤玄一
日中の樹木の葉面は太陽熱を吸収し気温より高温に保たれ、顕熱を放出し周辺大気を加熱する。 そのため、気象観測所の露場の風上に生垣などがあると気温が高めに観測される。これを実測に よって示した。(完成:2014年6月15日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2014年6月11日:素案の作成
2014年6月12日:細部に追記
2018年9月20日:図83.13(上図)の記号を訂正


  目次
        83.1 はしがき
        83.2 熱と気温の関係-黒網受光面による昇温
        83.3 樹木の風下における気温上昇
        (a)1本の樹木の風下における気温上昇
        (b)生垣の上方における気温上昇
          (c)小さい苗木列の風下における気温上昇
          (d)1本の樹木の風下における気温上昇の高度分布
        83.4 まとめ
        参考文献


83.1 はしがき

気象観測所の周りに生垣など樹木が成長すると、「日だまり効果」と「樹木の枝葉による加熱効果」 によって、日中の気温は高く観測されるようになる。実際には、この両効果は重なっている場合が 多い。

「日だまり効果」は、これまでの多くの章で説明してきたように、地面付近の風が弱められ上空への 熱輸送が弱くなり高温空気が地上に溜る現象であり、冬の「日向ぼっこ」ができる場所として太古の 昔から知られている。

いっぽう、学者・研究者を含む多くの人々は不正確な知識・先入観によって、「樹木による大気の 加熱効果」は誤解されており、「樹木の蒸散作用によって大気は冷やされる」と思っている。 なぜ、誤解されているか?

日射しのある夏の日中の林内で涼しく感じることから、樹木は大気を冷やすと誤解しているのでは ないだろうか? 林内が涼しいのは、日陰によるもので、蒸散によるものではない。

公園で樹木の風下における気温上昇を測っていると、一般の人々が近づき、「何をしていますか?」 と質問される。そのとき、「樹木の風下の気温は低くなるか高くなるか、どちらですか?」と問題を 出すと、「低くなる」と答える。「それは逆です。太陽で照らされた葉面は熱せられ、風下の気温は 上昇する」ことを説明すると、だれもが直ちに納得してくれる。「皆さんと同様に、このことを多く の学者・研究者などに理解してもらうために、実験観測を行なっています」と説明すると、人々は 「よい勉強になりました」と満足げにうなづく。

本章は「樹木による大気の加熱」を実測で示すことが目的である。

具体的には、神奈川県の海老名アメダスの気温計の南側約2mに樹高約3mの樹木があり、晴天日中の 南風のとき、気温は最大1℃程度高めに観測されると予想されること、群馬県館林アメダスの周りの フェンスに重なって生垣が植えられたこと、東京北の丸の新露場の周りに生垣が植えられていること、 などがある。

日中の植物の葉面は太陽熱を吸収し気温より高温となり、高温葉面から蒸散を行うと同時に顕熱を 放出し周囲の空気を加熱している。また葉面から赤外放射を出し、高温葉面は低温葉面を加熱している。 街路樹内の気温分布の例として、街路樹による日中の気温分布を図83.1に示した。

定禅寺通りの気温断面
図83.1 仙台市定禅寺通りで観測された気温の断面図、1993年の晴天日14時、 左:6月、右:9月。破線で囲んだ緑色の部分は4列のケヤキの葉・枝部分をイメージしたもの、 等温線は 1/4 ℃間隔、赤色は高温域、青色は低温域を 示す。北方向は横軸の左方向、南方向は 右方向、観測は地上から高度約15m 範囲で実施された (菊地 立ほか、1993)。「身近な気象」 の「M21.温暖化と都市緑化(Q&A)」の図21.3に同じ。

仙台の中心地を東西に走る幅45mの定禅寺通りには、2車線道とそれに挟まれた遊歩道があり、4列の ケヤキが植えられている。太陽光を受ける樹冠層(地上から5~15m層)には高温層が形成され、 地上1~2m付近の気温よりも1~2℃も高温となる。そのため、日中でありながら安定な逆転層が 形成され、排気ガスで汚染された空気が上空へ拡散されにくくなり、問題化したことがある。

街路樹全体をみたとき、樹冠層では大気の温度を上昇させ、日陰となる地面付近の気温は低くなって いる。

1本の樹木でも同様のことが現れることを示そう。図83.2は、アメダスの気温計の隣に生えている場合 (神奈川県海老名アメダス)である。これは、樹木の気温観測に及ぼす影響を模式的に説明したもので、 潜熱と地中伝導熱(時刻によって 上向き下向き)と長波放射量などの詳細は省略してある。

樹木のない正常な観測所を示す上図では、日射量を受けた地表面は熱収支がバランスするように 地表面温度が決まり、地表面から出る顕熱が下層大気を温めている。それが気温計によって観測 される。

樹木風下の気温分布模式図
図83.2 1本の樹木が気温計の風上側約2mに生えている場合の影響を説明する模式図。
上図:樹木がない正常の場合
下図:気温計の風上側に樹高約3mの樹木がある場合

気温計の風上に1本の樹木がある下図では、樹冠層の葉面群で吸収された日射量が顕熱に変換されて 風下の気温を上昇させる。いっぽう地上の日陰部分は葉面群で遮られる分だけエネルギーが少なく なった部分である。日陰の風下側は低温となり、エネルギーバランスが成り立つようになっている。

このように、エネルギーの流れ・収支とは、エネルギーの流れ方が変れば、違った高温・低温域が 形成されるわけで、この局所的に生じた異常状態を気温計が観測することになる。気象観測所 は、地域の代表気象を観測する目的で設置されており、こうした局所の異常を観測するためのものでは ない。

図中の高温域と低温域は風下へ行くほど小さく描かれているのは、拡散によって影響範囲が少なく なることを表している。つまり、樹木が生えていても気温計より40~50m以上も離れていれば、 1本の樹木が気温観測に及ぼす影響はほとんど無いとしてよい。

第2節は熱と気温上昇の基本を理解するための内容であり、実測値が理論的な計算で説明される モデル的・理想的な実験を示す。第3節では現実の樹木による気温上昇の測定を行う。

現実の樹木は複雑で、葉面群の場所ごとに風速 U は異なり、日射量の顕熱への変換、そして気温 上昇量も0.1mスケールの場所ごとに異なる。そのため、樹木の風下の一点(実験で用いる通風装置 の吸気口の大きさ50~70mm程度)で気温を測定しても、場所ごとに±50%程度の幅でばらつく 可能性がある。つまり、気温計の設置場所の僅かな違いで気温差のばらつき・変動として現れる。 第3節で行なう現実の樹木での測定では、こうした難しさがあることを理解しておこう。

83.2 熱と気温の関係-黒網受光面による昇温

熱と気温上昇の基本を理解するためのモデル的、理想的な実験を示す。

ファンモータを使った通風式自記気温計2台を用いる。1台は太陽光で温められた受光面で日射が顕熱 に変換され昇温した空気の温度を記録する。他の1台は自然の気温を記録する。それらの気温差が 樹木等の障害物による気温上昇への影響である。

受光面の材料として、ホームセンターで適当な材料を物色すると、床に敷く安価な滑り止めシート(黒色) が入手できた。図83.3(右)の黒網構造の品である。4mm×4mmの黒板部分(塩ビ)が黒の糸芯 (ポリエステル)で繋がれ網目構造となっている。空隙率は約50%で空気の流通もよい。この黒網を 太陽光線の受光面として用い、切り開いたダンボール長方体の一つの面に張りつける。ダンボール 長方体の内面も黒色で塗装し、網目の空隙を透過した太陽光も吸収される構造とした。

太陽受光器
図83.3 太陽受光器による気温上昇の実験装置。
左:測定中の状況、手前の通風式温度計に黒網装置を付けてある
右:受光面の構造、黒網面から出た白色の断熱縁(風防縁)の高さは40mm

長方体の箱に受光された熱が外部へ逃げるのを防ぐために、発泡スチロールボード(7mm厚)で 全面を囲った。長方体の内部の底は厚手の発泡スチロールで断熱してある。太陽に向ける黒網受光面 で吸収された熱が風で直接外気に逃げないよう、黒網面から出た白色の発泡スチロールボードは 40mm高くしてある。

黒網受光面および長方体の内面壁で吸収された太陽エネルギーは、黒網面の間隙から吸引される 空気流によって長方体の内側を上方に流れ通風式温度計に向かう。その結果、空気の昇温量が気温 センサーによって測定される構造である。

断熱材で覆ったこの長方体は「太陽受光器」と呼ぶ。

長方体の「太陽受光器」の上面には外径70mmの通風式自記温度計の吸気口がちょうど入るように 円形の穴を開けてある。図83.3(左)は太陽受光器を吸気口に差し込んだ状態の写真である。

太陽高度がもっとも高くなる地方時の正午ころ、太陽受光器の黒網受光面が太陽直達光と垂直になる ようにセットした。測定は直達日射量の計算が比較的に精度よく計算できる快晴日に行なう。

日中であっても、目に見えない長波放射が受光面から天空に失われ、その損失分によって冷却が生じて いる。この損失分を求めるために、日没後の受光器による冷却量を測定した。すなわち、日射量が ゼロのときの冷却値を補正する。快晴時の長波放射損失量は直達日射量の概略10%程度である。

この装置「太陽受光器」はガラス・カバーを付けていない、一種の放射測定器である。

(1)実験結果
図83.4と83.5は実験結果のグラフである。昇温量のゼロを確認するために、時々黒網受光面の長方体 を通風式温度計から外し、2つの通風式温度計の気温差を調べた。グラフ上で縦軸がゼロになっている 部分がこの確認の時間帯の記録である(2つの気温計に器差の差がないことをチェック)。

太陽受光器の昇温量
図83.4 太陽受光器による昇温量、正午ころの実験。10:45~11:15と11:30~12:30の延べ90分間の 昇温量の平均値=4.51℃

太陽受光器の冷却量
図83.5 太陽受光器による冷却量、日没後の実験。16時過ぎから縦軸はマイナスとなる。 16:45~17:45の60分間の昇温量の平均値=-0.50℃(夜間の放射放出により黒網受光面は冷却し、 気温差はマイナス)。16:30~16:40の縦軸ゼロは、2つの気温計をチェックした時間帯である。

太陽の直達光(天空付近の散乱光の一部も含む)による黒網受光面による昇温量は、正午ころの実験 (図83.4)と日没後の実験(図83.5)の差、つまり、

気温上昇量(測定値)=4.51℃-(-0.50℃)=5.01℃ ・・・・・・・・・・・(1)

である。

(2)計算結果
上記(1)の実験結果を理論的な計算で検証する。

通風式自記温度計の吸気口(流線型外径=70mm)にちょうど入る大きさの円筒を厚紙で作り、 円筒で吸気口と太陽受光器をつなぐ。この円筒側面に開けた小穴に熱線風速計を垂直に差し込み、 流量(=断面積×風速)を測定した。次の関係がなりたつ。

黒網面で吸収された直達日射量=(単位時間当たりの流量 Q)×(気温差 ⊿T)

計算の詳細は以下の通りである。

黒網受光面積:A=0.5m×0.12m=0.06m2

流量測定断面直径=70mm
 同上 断面積=38.5×10-42 ・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・(2)
流量測定断面での通風速度=2.0m/s ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
したがって、流量:Q=2.0 m s-1×38.5×10-42  =77×10-4-1 ・・・・(4)

通風筒内断面直径=58mm
 同上 断面積=26.4×10-42 ・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・(5)
内部通風筒壁面断面積=(1.4+1.8+1.0)×10-42  =4.2×10-42 ・・・・・(6)
通風筒内通気部断面積=(5)-(6)=22.2×10-42 ・・・ ・・・・・・・・・(7)
流量測定断面での通風速度=2.0m/s ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
通風筒内通気部断面内通風速度(備考1):U=2.0×(38.5/22.2)=3.47m/s ・・・(8)

通風筒内流量:Q=(8)×(7)=3.47×22.2×10-4 =77×10-43/s・・・・・・(9)

断面積が違っても、流量(9)は流量(4)に等しいことの確認である。

流出熱輸送量=空気の体積比熱×流量Q
=1200 JK-1-3×77×10-43/s =9.24 J K-1s-1 ・・・・・・・・(10)

入力日射量(備考2):In=737 Wm-2
  熱源=In×A=737Wm-2×0.06m2=44.2 J s-1  ・・・・・・・・・・・・・・・(11)

気温上昇量(計算値):⊿T=熱源 / 流出熱輸送量=44.2 / 9.24=4.78℃  ・・・・・(12)

式(1)で示した気温上昇量(測定値):5.01℃ と比べると計算値4.78℃は0.23℃小さい。 つまり、誤差5%の精度で実験結果と理論計算が一致している。

備考1:式(8)の通風速度U=3.47m/sは通風筒内の通風速度の平均値であり、最も内側の センサー部の通風速度は約5m/s である。

備考2:入力日射量は次によって推定した。快晴日の2014年1月6日(DAY=6)の横浜地方気象台 における日平均気圧P=1013hPa、日平均気温T=5.4℃、日平均水蒸気圧VAP=3.4hPaを用いる。 実験を行った平塚の緯度LAT=35.4°、大気混濁係数DUST=0.1として「地表面に近い大気の科学」 の付録Eの計算プログラムによって直達日射量 I を計算すると次の値が得られた。

地方時11時(日本標準時=10:48)では I=772 W m-2、地方時12時(日本標準時= 11:48)では I=790 W m-2 、したがって、それらの平均として、

時刻10:48~12:48の平均値 I=780 W m-2

太陽受光器内へ入る天空の散乱光は直達光の5%、受光器の日射吸収率=90%と仮定すれば、

In=I×1.05×0.9=780×1.05×0.9=737 Wm-2 である。


83.3 樹木の風下における気温上昇

前節の測定と理論的計算によって、物体(樹木や黒網など障害物)が日射を吸収し、それが顕熱に 変換され、流れゆく空気の温度を上げ、気温上昇として観測されることを理解することができた。 この節では、樹木の風下における気温上昇を実測する。

気温の観測:20秒間隔で連続3時間観測
気温・気温差の時間変化:図では80秒間の移動平均値を示す
(20秒間隔で測ったデータ 5 個の移動平均)
気温差の高度分布・風下距離分布:1プロットは30分間平均気温の差

気温差の全時間平均値:3時間平均値

樹木と地面の放射温度:放射温度計で30分ごとに測った3時間の平均値。
   30分ごとに場所による違いをスキャンして平均放射温度を表示する。
風速:高度2.0mの風速の概略値を熱線風速計で測る(風向による指向性は未補正)。
天気条件:原則として晴天日に観測。例外として厚い薄雲によって短時間日陰ができない 条件もあった(5月6日)。


(a) 1本の樹木の風下における気温上昇
平塚市の湘南海岸公園は、東西約300m、南北約200mの広さがある。東半分の大部分を占める裸地 運動場の北端とその北側の芝地の間には高さ約3mの樹木がある。

2014年5月6日の日中は風向がほぼ一定の北東であった。気温観測用の気温計K2は樹木の風下に、 それより約4m離れた場所に気温計K1を設置し、10時30分から13時30分まで気温を観測した (図83.6)。

湘南海岸公園1本の樹木
図83.6 湘南海岸公園における観測、通風筒吸気口の地上高度=2.0m。風はこの写真の前方右寄り から手前に吹く北東風である。写真は手前後方の広い裸地運動場から撮影(2014年5月6日)。

気温計K1による3時間の平均気温=17.6℃、放射温度計による樹木葉面の放射温度=19.7℃であり、 樹木が2.1℃の高温である。なお、裸地面運動場の放射温度=35.0℃である。

気温差(樹木風下気温-樹木影響なしの気温)の時間変化は図83.7に示すように、気温差の最大値は 1.1℃であり、

気温差(K2-K1)の平均値=0.49℃
平均風速の概略値=2.0m/s


である。

5月6日気温差グラフ
図83.7 気温差の時間変化、2014年5月6日

この日は薄雲があり、日射は強く明瞭な日陰はできていたが、12時ころは厚い雲が出て日陰は消える 状態であった。このとき気温差はゼロに近づいている。

(b)生垣の上方における気温上昇
湘南海岸公園の西半分には、手頃な生垣がある(図83.8)。この生垣は群馬県館林アメダスの フェンスの周りに最近植えられたばかりの生垣が繁茂した状態を思わせる。生垣の高さ=1.2m、 生垣の外側の南北幅=4.5m、東西幅=4.2mである。樹木の幅は東側で1.0m、北側で1.2m、 西側で1.8m、南側で1.6mである。生垣の上面と側面は、きれいに刈り取られた状態である。

気温計K2の吸気口の地上高さ=1.4mで樹高より0.2m上方に設置した。もう一つの気温計K1は 約15m離れた生垣の東側に設置した。

5月7日10時~13時は快晴、風向はおもに南寄りだが不定、平均気温(K1)=17.6℃である。 生垣の上面を測った放射温度=22.1℃、芝地の放射温度=29.8℃である。

5月7日生垣
図83.8 湘南海岸公園の芝地(2014年5月7日)。
左:生垣の東から西を撮影
右:生垣の西側から東を撮影

図83.9は気温差(K2-K1)の時間変化であり、0.0~2.5℃の範囲内で変化している。

気温差(K2-K1)の平均値=0.94℃
風速の概略値=0.9m/s


である。

5月7日気温差時間変化
図83.9 気温差の時間変化、2014年5月7日


(c) 小さい苗木列の風下における気温上昇
樹木がある場合、風下の気温はいくら上昇するか?
その原理は模式図83.2で示したように、樹木の葉面が日射エネルギーを吸収し、そのエネルギーが 顕熱となって風下に運ばれる。日照りが続いて樹木の蒸散がほとんどゼロとなったとき最大の気温 上昇となる。普通は蒸散があるので、気温上昇は最大の気温上昇の半分前後とみておいてよいだろう。 風下の気温上昇は風速に逆比例するので、微風時に気温上昇は大きくなる。

こうした気温上昇についてモデルによりシミュレーションする際の基礎資料を得るための測定を 行なう。この測定は、生垣があまり成長していない状態の気温上昇の実験でもある。

5月9日と29日に桜ケ丘公園において、サツキの苗を風向に直角に並べて、風下の気温上昇を測定した。 苗木の葉面群の厚さと幅の平均値は、それぞれ約0.2m。気温計の吸気口の地上高さ=1.1mを苗木の 葉面群中心の地上高度(=1.1m)と同じにした。気温計(K2)を30分ごとに風下距離を変えて気温 上昇を測った(図83.10)。

桜ケ丘公園苗木
図83.10 桜ケ丘公園、サツキの苗木は9個(2014年5月29日)、ただし、5月9日は6個を用いる。 苗木の葉面群の平均高さと平均幅は約0.2m、黒いポットの高さ=0.15mである。写真の左側の気温計 はK2、右側はK1である。

この日(5月29日)の平均気温(K1)=21.45℃、苗木葉面の放射温度=23.5℃、裸地面運動状の 放射温度=41.1℃、平均風速の概略値=3.0m/s、風向=SSWである。

図83.11は気温上昇と風下距離 X の関係であり、X が大きくなるにしたがって、気温差は小さく なっている。X は苗木葉面群の中心をゼロとして測った距離である。

樹木のすぐ近くでは気温上昇が大きいが、風下距離 X が大きくなるにしたがって樹木によって 加熱された気塊は鉛直上下方向に拡散されることを表している。これは、「はしがき」の 図83.2(下図)において、風下ほど影響範囲が狭くなることを理解するための実験である。

気温上昇と風下距離
図83.11 地上高度=1.1mにおける気温差と風下距離の関係(桜ケ丘公園2014年5月)。 大きい丸印 1つのプロットは9日、小さい丸印 6つのプロットは29日の実験。
上図:横軸は風下距離
下図:横軸は風下距離の平方根の逆数

大気拡散の研究は第一次世界大戦(1914~18)を契機に1920年代からヨーロッパを中心に盛んに 行なわれてきた。

物質や熱の源が座標 z=0, x=0 にあり、y 軸方向に線源が延び、それに直角の x 方向に風が吹き、 拡散係数 K が一定と近似できる場合(あるいは高度の簡単な関数である場合)の拡散式について 解析解(近似解)が得られている。図83.10の実験では、風下距離 X があまり大きくない範囲に 相当する。

Sutton(1953)によれば、Q を源の強さ(単位時間当たりの物質や熱の発生量)として、風下 x, z に おける物質濃度(ここでは気温上昇=気温差)は次式で近似される。

  気温差≒Q /(2πKX)1/2 exp(-uz2/4KX) ・・・・・・・・・(13)

すなわち、気温上昇は風下距離 X の平方根の逆数に比例する。上記の実験は苗木中心の高さ(z=0) の風下の気温上昇を測ったものである。

図83.11(下図)は横軸を風下距離 X の平方根の逆数で表したもので、プロットは直線の周辺に 分布している、つまり、式(13)が近似的に成り立つことがわかる。

樹木が成長し、線源ではなく、葉面が上下方向に高さをもつ生垣になれば、上式を高さ方向に積分 して平均化した気温差の分布が風下で観測されることになる。

この測定は小さな苗木を用い、平均風速=3.0m/s の条件で行なったものであり、苗木の風下距離 0.15m~1.2mの範囲における気温上昇は0.6~0.15℃であるが、気温上昇は風速が弱いほど大きく なるので、この3倍以上の気温差になることが現実的と考えられる。さらに、乾燥が続き土壌水分 が減少し蒸散が少なくなるときは、気温上昇は大きくなることになる。


(d)1本の樹木の風下における気温上昇の高度分布
1本の樹木の風下において気温差の高さによる変化を測定した(5月30日)。図83.12に示すように、 樹木の最大の高さ=2.5m、横の広がりの最大値=2.0mであり、上方と下部の葉面範囲は狭く なっている。

樹木の葉面群の風下端から測った風下距離0.4mに位置において、気温計K2の高さを1.05m、1.3m、 1.65mの3高度に30分ごとに変えて気温差(K2-K1)を測定した。樹木に影響されない 基準気温(K1)の平均気温=22.88℃、平均風速=1.6m/s、風上側の芝地の放射温度=32.6℃である。 樹木の放射温度=22.4℃であり、この日に限り、平均気温より0.5℃低い値となったが、0.5℃の低温は 放射温度計の誤作動によると思われる。あるいは、枝葉の疎な部分や空隙を測った可能性もある。

備考3:放射温度計の誤作動
他の器械でも同様と思われるが、本観測で用いた放射温度計(HIOKI, FT3700, 測定波長=8~12μm) は、日射にさらした状態で野外に置いておくと本体温度が高温となり、実際より低めの放射温度が表示 される。 それゆえ、測定時以外の時間は、木陰などの風通しのよい場所に置き、本体温度が強い散乱光などで 昇温しないよう注意すること。

桜ケ丘公園の樹木
図83.12 桜ケ丘公園、2014年5月30日の測定風景。

図83.13の上図は樹木の影響が無い場所の気温(K1)と樹木の風下の気温(K2)の時間変化、 下図は気温差(K2-K1)の時間変化である。高さ1.65mにおける気温差(K2-K1)は1.0℃~2.5℃ の範囲に分布し、30分間平均値は1.39℃(10時~10時30分)と0.96℃(11時30分~12時)である。

各高度において30分間の気温差は2回繰り返して測り、気温差の高さ分布は図83.14に示した。 気温差は高度2m付近で極大であり、下方ほど小さくなっている。

桜ケ丘公園気温時間変化
図83.13 2014年5月30日、桜ケ丘公園
上:気温の時間変化、下:気温差の時間変化

気温差の高度分布
図83.14 気温差と高度の関係

日射量は樹木の上方でほとんど吸収され、下方ほど直射光の吸収が小さくなることにより、下方ほど 気温差が小さくなることがわかる(図83.14)。


83.4 まとめ

風上に樹木があるとき、気温の観測値は高温に記録される。このことを理解するために、まず第2節では 熱エネルギーと気温上昇の関係について基本を理解した。第3節では2014年5月の晴天日を選び、1本の 樹木の風下や、よく繁茂した厚い生垣の中(ただし気温計は生垣の最大高さより上に設置)で気温の 上昇量を測った。

さらに、小さい苗木の列の風下距離と気温上昇の関係(図83.11)、および1本の樹木の風下における 気温上昇の高度分布の測定も行なった(図83.14)。

一般に、葉面の放射温度は気温より高温であり、温度差は2.1℃(5月6日)、4.5℃(5月7日)、1.2℃ (5月9日)、2.1℃(5月29日)であった。つまり、日中の葉面温度は気温より高温に保たれ、顕熱を 放出し大気を加熱している。

平均風速=0.9~3.0m/s の条件における、樹木のすぐ風下の気温上昇は約0.5℃~1.0℃であった。 原理的に風速が弱い条件ほど、気温上昇は大きくなるので、微風時の樹木風下の気温上昇は、 これよりも大きくなりうる。

さらに晴天が続き土壌水分が減少し大気が乾燥した条件では、樹木は自らの生命を守るために気孔を 閉じ、吸収した太陽エネルギーのほとんどを顕熱に変え風下大気をより昇温するようになる。

広く流布している「樹木は蒸散により大気を冷やしている」というのは大きな誤解であることが 理解できた。

気象観測所における気温観測精度は、地球温暖化などを監視する気候観測所では0.1℃、それ以外の 一般アメダスなどでは0.5℃が必要であり、それが実現されるように観測環境を維持管理していかねば ならない。


参考文献

菊地 立、山口勝三、石川勲、境田清貴、1993:定禅寺通りケヤキ並木の気温 鉛直分布(未発表、 菊地立教授による私信)。

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学―理解と応用―.東京大学出版会、pp.324.

Sutton, O.G., 1953: Micrometeorology. McGraw-Hill, pp.333.

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