K56.風の解析ー防風林などの風速低減域


著者:近藤 純正
日だまり効果の研究で必要となる風速について解析する。まず、気象庁の風速(東京 北の丸公園内の科学技術館屋上)と日だまり効果の試験地のひとつである東京白金台 の自然教育園のタワーの風速との関係を風向別に調べた。
次に、防風林やタワーの風下側の風速低減域の範囲と風速分布を調べた。基準の長さ スケールとして、防風林では樹高 h を、1本のやぐら鉄塔や円筒形の観測塔では 障害物の水平スケールの半分 r(半径)を用いて無次元風下距離 X/h または X/r の 関数として表せば、風速低減域の風速分布は近似的であるが統一して表すことができる。 (完成:2012年1月3日予定)

本ホームページに掲載の内容は著作物であるので、 引用・利用に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを 明記のこと。

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更新の記録
2011年12月18日:作成開始
2012年1月1日:全体の素案の仕上がり
2012年1月3日:完成
2012年1月11日:細部に加筆、ミスプリント修正
2012年1月12日:最後の節に「密林」「疎林」の定義・目安を加筆


  目次
        はしがき
        56.1 自然教育園風速と気象庁風速の関係(共著者:菅原広史)
        56.2 防風林の成長と風速の弱化
        56.3 防風林植樹前の陸上風速の推定
        56.4 防風林や観測塔の風下の風速低減範囲
	 4-1 防風林の風下
	 4-2 やぐら構造の塔や海洋観測塔の風下
	 4-3 山脈の風下 
        56.5 防風林風下の風速低減範囲(他の研究)
	 5-1 北海道の防風林
	 5-2 他の防風林
        56.6 風速低減域内の風速分布のモデル化
	 6-1 防風林風下の最小風速
	 6-2 風下距離と風速低減比
        参考文献


はしがき

防風林などの風下距離と風速低減比の関係について観測資料を整理しモデル化する。 風速低減比と低減範囲は樹木の平均樹高と力学的な疎密度をパラメータとしてまとめ、 日だまり効果の実験・観測の計画に利用する。

日だまり効果の研究は、気候観測所の観測環境の維持や長期資料の解析のほか、 衛星観測による地表面温度分布の解析、あるいは都市気候の解析にとっても重要である。 気候問題では、気温は0.1℃、地温(地表面温度)は1℃の精度が必要である。

この微少な値は観測誤差に匹敵する大きさであり、実験・観測的研究は、綿密な 計画・指針のもとに進めなければ精度の高い結果は得られない。それには理論的な 検討をあらかじめ行い、実験・観測から得られる予想値の目安も知っておく必要がある。 本章では、研究を進める上の準備として、まず地上風速の解析を行う。

56.1 自然教育園風速と気象庁風速の関係(共著者:菅原広史)

風速計の地上高度
 東京:35.1m(北の丸公園 科学技術館屋上)、周辺の平均樹高=16m
 自然教育園:20.0m(公園中央部の丘上)、周辺の平均樹高=14m

東京都白金台にある自然教育園(国立科学博物館所属)は、JR 山手線目黒駅の東側に あり、北の丸公園の南西方向、約6.7kmに位置している。

自然教育園中央部の観測タワーの上端、地上高度=20mに超音波 風速計が設置されている。周辺の平均的な樹高は14mである。3次元超音波風速計は 0.1秒間隔でサンプリングされたデータをもとに30分間平均のスカラー風速が得られる。 同時に、30分間平均のベクトル風速も得られる。

気象庁の定常的気象観測ではスカラー風速が観測されているので、ここではカラー風速 を比較する。

2009年7月~2011年6月の2年間について毎日の日平均風速の気象庁風速(東京北の丸 公園内の科学技術館屋上)に対する比と風向の関係を図56.1に示した。図の横軸は 気象庁風速の毎日の最多風向である。風速比は、風向が北寄り(0°前後、360°前後) のときは0.78(0.75~0.79)、南寄り(180°前後)のときは0.66(0.65~0.68) である。

風速比教育園気象庁
図56.1 風速比(自然教育園風速/気象庁風速)の風向に対する依存性、 2009年7月~2011年6月の2年間のデータをプロット。図中の曲線は、エクセルの多項式 近似(4次式)を用いて描いたものである。

風向によって風速比が変わる原因は何か。自然教育園では、タワーから周囲を見渡した ときの状態はほぼ一様であるが、他方の気象庁風力塔(科学技術館屋上)では、 南側の約1500mまでは森林の多い皇居であるのに対し北側は森林範囲が狭く約200mの 外は高層ビル群である。そのため、気象庁風力塔では相対的に南寄りの風が強く風速比 が小さいのに対し、北寄りの風が弱く風速比が大きく現れたと考えられる。

南寄りの風が正常とし、北寄りの風が高層ビル群の影響を受けて風速弱化を起している とすれば、その風速比=0.85(=南寄りの比0.66/北寄りの比0.78)、つまりビル群に よって風速は15%弱められ85%になっている。後で、風速比0.85は防風林やタワー風下 における風速化と比較することになる。

科学技術館北方向
図56.2 科学技術館屋上から北方向、2枚を横に合成(2011年12月8日撮影)。 北~北東方向には約200m離れて高層ビル群があり、北寄りの風を弱めている。

科学技術館北東方向
図56.3 科学技術館屋上から北~北東方向、3枚を横に合成。

科学技術館南東方向
図56.4 科学技術館屋上から南東方向(2011年12月8日撮影)。 南方向に約1500mは森林が多く、樹木の上に出る建物は見えない。

南寄りの風に対する風速比0.66(自然教育園 / 北の丸公園)について検討する。
自然科学園の風速計地上高度 z1=20m、周辺の平均樹高 h1=14m
北の丸公園の風速計地上高度 z2=35.1m、周辺の平均樹高 h2=16m

ここでは概算のために、推定値を用い、近似計算を行う。

(1)風速計高度の違いによる影響:
粗度 z0=0.5m(森林の代表値を仮定)
ゼロ面変位=0.7×樹高
風速の鉛直分布は対数分布に従うとする。

風速計の地上有効高度は
自然教育園: z’1=z1-0.7h1=20-0.7×14= 10.2m
北の丸公園: z’2=z2-0.7h2=35.1-0.7×16= 23.9m

対数則による風速比の予想値は

U1/U2=[ln(z’1/z0)] / [ln(z’2/z0)]= [ln(10.2/0.5] / [ln(23.9/0.5)]
=3.02 / 3.87=0.78

この比は風速計高度の違いによって生じる両地点の風速比である。

実際の風速比は0.66であり、0.66/0.78=85%、つまり南寄りの風のときの自然教育園の 風速が15%だけ弱い。

上記(1)以外に考えられる理由は何か?
(2)海岸線からの距離:南寄りの風に対する海岸線からの距離は両地点で大きな 差はない。

(3)見積もりの誤差:相対的な比較であるので、一方にのみ誤差を含むとする。 自然教育園タワーについて有効高度の見積もりが2m低いと仮定すれば、風速比の 予想値は前記の式で得た0.78から0.72に変わる(8%)。粗度(自然教育園)の推定値 を0.5mから0.6mに変えると、風速比の予想値は0.78から0.73に変わる(6%)。

(4)広範囲の有効粗度の違い:南寄りの風に対する森林の広がりは、科学技術館は 皇居の森が1500mあるのに対し、自然教育園では約300mである。したがって、 風速計の有効高さ10mに対しフェッチは30倍で短く、教育園の外の市街地(大きな粗度) の影響により風速が弱くなる。園外の影響も受けて教育園の有効な粗度が0.8mと すれば、風速比の予想値は0.66となり、実際の風速比と一致する。

以上の検討の結果、南寄りの風のとき自然教育園の風速比が0.66であるのは、 (1)風速計高度の違い、(3)粗度や有効高度の見積もり誤差、(4)自然教育園 の森林のフェッチが短いこと、の3つによって説明される。

56.2 防風林の成長と風速の弱化

本章の目的は、防風林の効果の及ぶ風下距離の範囲を見積もることである。その前段階 として、南風のとき湘南海岸の防風林の影響が及ばなくなる風下の距離を推定する。 つまり防風林の影響範囲の推定である。この推定には、防風林の成長にしたがって 陸上の風速が経年的に弱化している関係を利用する。

風速計の地上(海面上)高度
平塚沖の風速:平塚沖海洋観測塔の屋上、海面上21.5mの風速(平均海面から の高さ、現在の所属は東京大学生産技術研究所)
陸上の風速:地上高度13.5mの風速(元防災科学技術研究所所属、現在の所属 は東京大学生産技術研究所)
辻堂アメダスの風速:地上高度10.0mの風速(以前には9.5mであったが 2010年3月3日から10.0mに変更)

各測風塔の周辺状況
・平塚沖海洋観測塔は平塚市虹が浜の海岸から沖合1km、水深20mの場所にあり、 相模湾の中部沿岸域を代表する風を観測している。

・平塚市虹が浜に設置されている陸上の測風塔は防風林の内側、防風林の北端から 4mの距離にあり、周辺の平均樹高は11.4mである(風向風速計は平均樹高から 2.1mの上)。海岸線から測風塔までの距離は約180m、松林の幅は約100m、 砂浜の幅は約80mである。
陸上の測風塔の東方約1.3kmには平塚市の湘南海岸公園がある。湘南海岸公園では、 後述の防風林の風下距離と防風効果などの観測を行う。陸上の測風塔から東方 約9kmには辻堂海浜公園があり、その中に辻堂アメダスが設置されている。

・辻堂アメダスは防風林の北端から17mの距離にある。測風塔(パンザーマスト) 上の風向風速計の地上高度は10mで、南側の防風林の平均樹高10mとほとんど同じで ある(2011年12月4日)。
防風林の海側には遊歩道が海岸線に沿って東西にある。遊歩道から海側は砂浜である。 海側は風が強い関係なのか防風林の樹高は5~6mで低く、陸側ほど樹高は高くなり 約10mになる。海岸線から測風塔までの距離は約220m、防風林の幅は約130m、 砂浜の幅は約70mである。測風塔の真南は、東西幅22mが開けている。22mのうち 開けた防風林の東端から4mの位置の真北に測風塔がある。22mの開けた部分は南北 に歩行者用の通路と普段は水の無い川がある。通路は公園の地面から1.2m深く、 川底はさらに1m深くなっている。こうしたことから、辻堂アメダスは真南の風が 比較的に強く観測される。

辻堂報道橋から
図56.5 辻堂アメダスの南、遊歩道の橋から(2011年12月4日撮影)。 遊歩道とアメダスとの間には134号線の橋(白色の欄干)が見える。この道路を除く 部分は防風林「飛砂防備林」(道路を含む幅は約130m)である。

辻堂屋上展望台から
図56.6 辻堂海浜公園の公園管理センター屋上の展望台から撮影。海の遠方に 伊豆半島の一部が見えている。

辻堂駐車場から
図56.7 辻堂海浜公園駐車場の東端付近、アメダスから260m東(10度北寄り方向、 トイレの西側)からの望遠写真。水平の白の破線は、測風塔の真南の松の樹高と 風向風速計の高さがほぼ等しいことを示すもの。

湘南海岸の大磯から平塚~茅ヶ崎~辻堂~藤沢にかけて海岸の飛砂を防ぐ防風林 「飛砂防備林」が植えられている。防風林は1970年頃に植樹されたものである。

平塚沿岸で1968年頃に撮影した写真によれば、防風林の陸側にある住宅からは海が よく見え、海岸道路を走る車の騒音がうるさく聞こえていた。現在の松は繁茂し、 平均樹高は11.4mとなり、防音効果も増して騒音はほとんど気にならなくなっている。 防風林の北側には当時は平屋と2階建の住宅地、所々に4~6階建のアパート住宅も あった。

松の防風林の成長により、陸上の風速はしだいに弱化している。図8(左)は1985年 以降の年平均風速の経年変化である。海上風速(平塚沖海洋観測塔:黒四角印)には 経年変化は見られないが、平塚の陸上風速(赤丸印)と辻堂アメダス(緑塗りつぶし 四角印)は弱化傾向が見られる。

風速経年変化全風向
図56.8 平塚海岸の陸上と辻堂アメダスの年平均風速の経年変化(左)と海上風速に 対する陸上の風速比の経年変化(右)。黒四角:海上風速(海面上の高度=21.5m)、 赤丸:平塚陸上風速(風速計地上高度=13.5m)、緑四角:辻堂アメダス(風速計 地上高度=9.5m、2010年3月3日以後は10.0m)。

右図は海上風速に対する陸上風速の比であり、風速の弱化傾向がよくわかる。 赤丸印の傾向から、植林して15年が経過した1985年の風速比(=陸上風速/海上風速) は0.70に対し、2010年は0.52であるので、この25年間に風速は28.5% 「=(0.70-0.52)/0.70)」の弱化である。これは全風向を含めた場合の風速の弱化 である。次に示す南風のときも平塚の陸上風速の弱化比0.56(平均)は全風向のときの 比0.52と大きく違わない。

図56.9は南寄りの風(平塚沖と辻堂アメダス共に1日の最多風向がSSW~S~ SSEの風向)のとき、2010年1月~2011年5月の140日間について海上風速に対する 陸上風速の比の風速依存性を示している。

風速経年変化南風向
図56.9 1日の最多風向が南寄りの風(SSW~S~SSE)の日について、 海上風速と風速比の関係。辻堂アメダスのプロットのばらつきが大きいのは、 水平距離が約9km離れていることと、アメダスの真南の防風林が幅22mの切れ目が あることが考えられる。毎時毎時の風向が平塚沖と辻堂で共にSSW~S~SSE の風向の条件を選んで同じように風速比を求めてみても、ほとんど同じ関係が 得られる。

強風時の風速比が小さくなる理由として次の2つが考えられる。
理由1:海面の空気力学的粗度は風速が増加するにしたがって増加し (「水環境に気象学」の図7.4と7.6上図を参照)、強風時ほど海上21.5mに比べて それより下層の風速が相対的に弱くなる。その相対的に弱くなった下層の風が陸上に 吹いてくるので、陸上風(辻堂:高度10、平塚陸上:13.5m)が相対的に海上風速 より弱く、風速比が小さくなる。

理由2:平均的に海面水温は気温より高く不安定成層のことが多い。 特に平塚沖では、6~8月を除けば、気温より水温の高い日がほとんどである。 弱風時ほど不安定度が大きいので、陸上の下層は中立時に比べて強風になり、 風速比が大きくなる。

最多風向が南寄りの風のとき(SSW~S~SSE)、風速比の平均値は次の通りで ある(2010年1月~2011年5月、140日間)。
海上風速=5.90m/s(風速比=1.00)
平塚陸上風速=3.28m/s(風速比=0.56)
辻堂風速=4.23m/s(風速比=0.72)

現在(2011年)の辻堂アメダスの風速が平塚陸上風速に比べて大きいのは、 辻堂アメダスの南側が幅22m開けており、南風が入りやすいからである。

しかし2003年以前には、平塚陸上の風速が大きくなっている。それは、平塚~藤沢 海岸の防風林の樹高が低く、辻堂アメダスの風力塔が防風林北端から17m離れた風下 にあるのに対し、平塚陸上の風力塔は防風林の北端から4mしか離れておらず、 樹木のほぼ真上に近い位置、しかも樹冠からの高さが現在より離れた高度で風を 観測し、防風林の影響を現在に比べて受け難かったからである。すぐ後で説明する ように、防風林の成長速度は植樹直後に比べると、最近の15年間に大きくなっている。

最近2010年頃の全風向を含む風速比は(図56.8)、平塚で0.52、辻堂アメダスで0.56で あるが、南寄りの風のときの風速比は(図56.9)、平塚で0.56、辻堂アメダスで0.72と 大きな違いがある。しかし、防風林の成長していない時代(1970年)の風速比を推定 してみると、両地点でほぼ同じ0.7~0.75である。平塚では風向によらず風速比はほぼ 同じだが、辻堂アメダスでは最近になってから、特に南寄り以外の風向のときの風速比 が小さくなってきている。



注1:1995年の平均樹高の推定
 平塚陸上の1995年の風速比=0.65、2010年の風速比=0.52を用いて、1995年のころの 樹高を推定してみよう。

概算のために諸要素の概略値を用いる。東西に延びる防風林の実際の南北幅は 約100mであるが、風速計高度z=13.5mの高さに対して防風林は水平方向に十分に 広いと仮定し、風速鉛直分布は対数則に従うとする。森林の粗度:z0 =0.5m(1995年と2010年で同じと仮定)、ゼロ面変位d(見かけ上の風速計高度を 修正するずれ)の 樹高hに対する比:d/h=0.7とする。

現在の平均樹高=11.4m(風向風速計は平均樹高から2.1mの上)であるので、
見掛け上の風速計高度:(z-d)=13.5-(11.4×0.7)=5.5m
1995年と2010年の風速Uと高度zの関係式は、それぞれ、
1995=(u*/k)ln[(z-0.7h1995)/z0]
2010=(u*/k)ln[(z-0.7h2010)/z0]

上空風速が同じ場合を比較するので、粗度が同じの仮定により、摩擦速度u*は同じ 場合を比較することになる。上の2式から、

U1995/U2010=ln[(z-0.7h1995)/z0] / ln[(z-0.7h2010)/z0]

0.65/0.52=ln[(13.5-0.7h1995)/z0] / ln[(13.5-0.7×11.4)/z0]

1.25=ln[(13.5-0.7h1995)z0]/ln(11.0)

ln[(13.5-0.7h1995)/ z0]=2.4×1.25

exp(2.4×1.25)=(13.5-0.7h1995)/ z0

20.0×0.5=(13.5-0.7h1995)

1995年の樹高:h1995=(13.5-10.0)/0.7=5.0m


1995年の樹高の推定値として5mが得られた。つまり、1995年から2010年までの 15年間に樹高は約2倍(5mから11.4m)になったと推定された。この推定値は写真 を探し出して確かめることができた。

防災センター1996年
図56.10 平塚虹が浜の防風林北側に1996年に建てられた防災科学技術研究所の 相模湾海底地震観測施設(「防災科学技術研究所45年のあゆみ」第4章6節の写真4 より転載)。防風林の樹高は1996年には写真のように低かったが、2011年現在には 風速計の下、2.1mまで伸びてきた。

1995年の実際の平均樹高はいくらであったか。1996年の写真(図56.10)によれば、 平均樹高=5.7mとなり、上記の推定値5.0mと大きく違わない。

56.3 防風林植樹前の陸上風速の推定

1968年の写真(図56.11)及び当時の記憶によれば、国立防災科学技術センター平塚 支所(建物の現在の所属は東京大学)と海岸の砂浜の間(南北の幅約100m)には、 樹高3m程度の散在した樹木と、背丈0.5m程度以下の雑草などがあり、荒地の状態 であった。

防災センター1968年
図56.11 国立防災科学技術センター平塚支所の露場、北方向から海の方向、1968年頃。

その当時、防風林の植樹が行われた1970年頃の南寄りの海上風速Useaに対する 陸上風速U13.5の比は、図56.8右の外挿から(平塚では風速比は風向にほとんど依ら ない)、

U13.5/Usea=0.75と推定できる。

次に、陸上の高度13.5mにおける風速比0.75を用いて、防風林が無いときの高度 z2=2m(平塚市の湘南海岸公園内で風速を観測する高度)の風速を 推定してみる。

公園内(裸地と芝地)の粗度=0.001m~0.01mを仮定し、高度z13.5=13.5mより 下層の風速は対数則に従うとすれば、

U2/U13.5=[ln(z2/z0)] / [ln(z13.5/z0)]= 0.73~0.80

U2/Usea=(U2/U13.5)(U13.5/Usea)=(0.73~0.80)×0.75=0.55~0.60

この風速比0.55~0.60は、防風林の影響が及ばなくなる遠方の地点における 高度2mの風速比である。次項では、0.55~0.60の平均値としてU2/Usea =0.58を用い る。

公園内の高度2mにおいて風速と防風林の風下距離との関係をもとめ、その関係を 外挿して、風速比=0.55~0.60となる風下距離Xmax/hを見出す。ただし、 h=11mは公園の海側にある防風林の平均樹高である。この距離 (Xmax/h=30~100程度)が日だまり効果を起す風下距離の最大値である。

現実には平均気温が0.1℃以下の気温変化は無視できるので、日だまり効果の範囲は 風下範囲の最大値よりも小さくなると考えてよい。日だまり効果の及ぶ範囲は、 気温の空間分布の観測や熱収支に基づく地温・気温変化の計算から知ることができる。

上記の結果を用いて、湘南海岸公園における観測からX/h の最大値Xmax/h (風速低減範囲:無次元)を求め、最終的には熱収支計算と気温の鉛直分布の計算から 日だまり効果の及ぶ範囲 Xmax(風速低減範囲)を見積もる。そうして、日だまり効果 による地温・気温上昇量を観測する際の指針(観測・実験計画)としたい。

56.4 防風林や観測塔の風下の風速低減範囲

防風林の風下距離と風速分布に関する観測的研究は古くから行われており、その振舞い は確立されているようにも見える。例えば、防風林の影響が及ぶ風下範囲は樹高の 30倍とか、疎林はすぐ風速の弱まる度合いは少ないが影響範囲は遠くまで 及ぶ、などがある。しかし、観測の困難さから従来の常識は正しいかどうか疑問に 感じることもある。風洞実験は野外観測に比べてやさしいようだが、高さと横の 風洞壁やその他の影響を含み、自然を忠実に再現していないようにも見える。

それゆえ、防風林に関する従来の常識にはとらわれず、新しい視点で観測し、他の観測 資料をみていくことにする。

4-1 防風林の風下
平塚市の湘南海岸公園と入部の田んぼの中の防風林(苗木畑)の風下で観測した風速 を解析する。前者では南よりの風のときは公園内の広い範囲(X/h=0.1~11)で、 北寄りの風のときは防風林に接してつくられた海側のバスケット場(舗装)で風下の X/h=0.1~3 の範囲で観測する。ここにXは風下距離、hは平均樹高である。 公園内から見た平均樹高=11m、海側のバスケット場は砂が吹き寄せられて高く なったところを平らに造成してあり、バスケット場から見た平均樹高=7mである。 風速計高度は2mとする。

後者(田んぼの中の防風林:幅=17m、長さ=54m)では、X/h が大きい範囲では 長さ54mの防風林の両脇から回りこんでくる風成分を含む可能性があるので、おもに X/h=2~10 の範囲で観測、また h=2.4mと低いので風速計高度は1mとする。 防風林の影響無しの風速は、防風林から十分に離れた田んぼの高度1mで測った 風速とする。

湘南海岸公園及び入部の防風林の写真は「K55.日だまり効果の 試験地と観測方法」の図55.4~図55.9に掲載してある。

風速計は2台の熱線式風速計を用いたが、精度の高い微気象観測で用いられる軽量 3杯式微風速計と比べれば安定性と精度はあまり高くないと考えられるので、 観測値のプロットはばらついている。1シリーズの観測は1~2時間、各プロットは 10~30分間の平均風速である。

風下風速平塚
図56.12 防風林による風下の風速低減比(縦軸)と風下距離X/h(横軸)との関係、 平塚市内の湘南海岸公園の防風林と入部の田んぼの中の防風林(苗木畑)の風下に おける観測。風速低減比=1は防風林の影響を受けないときの値とする。

後で示す他の多くの観測も総合すると、風下距離 X/h を対数目盛りで表せば、風速 低減比はおおよそ X/h>3の範囲で直線的になる。このことを考慮してデータを見て いく。

図56.12は横軸に対数目盛の風下距離 X/h 、縦軸に風速低減比(風下風速/風上風速) を表した関係である。風上風速 Uo とは、防風林の影響が無いとき(または離れた場所) の同じ高度の風速である。

南よりの風のときの湘南海岸公園内の風速低減比は次式から求める。前記のとおり、 U2 を防風林の影響が無いときの湘南海岸公園の高度2mの風速、Useaを平塚沖の 海上風速(海面上21.5m)、防風林の影響なしの風速比:U2/Usea =0.58を用いれば、

湘南海岸公園内の風速低減比=(観測風速Uobs) / U2
=(Uobs / Usea)÷(U2/Usea)
=(Uobs / Usea)÷0.58

ただし、Uobsは公園の高度2mでの観測風速である。図によれば、風下距離 X/h>3の 範囲の風速低減比のグラフを外挿すると、およそ X/h1=40 で1に漸近し ている。風下距離が小さい範囲の 0.1 前後でほぼ一定値に収束している。

この一定値は何によって決まるか?
風上から防風林に水平方向に侵入した風の運動量(風速)は樹木の葉・枝・幹の抵抗 によって減衰する。防風林の幅が十分になると、この運動量はゼロに近づく。一方、 防風林の上空を吹く風は乱流運動によって鉛直下向きに運動量を運び、通常の森林 (樹高=3~20m、枝・幹も含む葉面積指数=2~6程度)であれば、林床面上でも 風速は一定の有限値をもつ。この一定値がグラフに現れたものと考えられる。

この一定値は森林の風に対する力学的な疎密の度合い(葉面積指数 ah ×個葉の抵抗 係数 c )によって決まる。ただし a は葉面積密度(m2/m3) である。

図56.13 は森林内の風速鉛直分布の計算例である。左図は1980年代以前に計算に 利用されていたK-理論(風速鉛直勾配によって決まる拡散係数に基づくモデル) によるもの、ただし、鉛直1次元モデルではなく、コリオリ力も考慮した2次元 モデルによる計算であり、ごく下層の林床面上に樹冠高度より強い風速(風速ピーク) が現れている。

右図が近年利用されるようになったクロージャー・モデル(森林上の大きな運動量を もつ空気塊が直接侵入する過程も考慮したモデル)によるものである。

いずれの図においても、パラメータ(葉面積指数 ah ×個葉の抵抗係数 c )が大きく なるほど、つまり森林が密になるほど、林床上の風速は弱くなるが、左図の番号6の 森林では風速は U/Uh=0.15になっている。

林内風速
図56.13 森林内の風速鉛直分布の計算値、パラメータは「葉面積指数 ah × 個葉の抵抗 係数 c 」である。左図はKondo&Akashi(1976)に基づくもので、縦軸は林床面からの 高度 z を樹高 h で無次元化した高度 z/h、横軸は樹高の高度の風速 Uh で無次元化 した風速 U/Uh、6本の曲線1、2、・・・は順番に疎から密の森林を表し、ahc の大きさ が順番に0.01、0.1、0.3、0.5、1、及び 2m3/m3の場合である。 右図はWatanabe(1993)に基づくもので、縦軸は樹高 h で無次元化した高度、横軸は 樹高の4倍の高度における風速で無次元化した風速、各曲線につけた数値は葉面積指数 と個葉の抵抗係数の積(単位はm2/m2)である。

各パラメータの定義
以下の解析でも用いる各パラメータの定義は次のとおりである。

U+=U/Uo:風速低減比(無次元)=風下風速 / 風上風速
Uo:風上風速、防風林などの影響を受けていない風速、その高度は風下風速を測る 高度と同じ
X:風下距離(m)
X+=X/h:風下距離(無次元)
Xmax:風速低減範囲(m)、風下距離を対数目盛で表したとき風速低減比は おおよそ X/h>3 の範囲で直線的に増加する。これを外挿してU+=1と なる風下距離をXmaxとする。
Xmax/h(≒50):風速低減範囲(無次元)



注2:森林下層に現れる弱い風速のピーク
図56.13左図でごく下層に弱い風速のピークが現れたのは、力のバランス (摩擦力、コリオリ力)が樹冠層と下層の幹層で大きく変化することで生じた ものである。つまり、樹冠層では摩擦力が大きいが、下層では摩擦力が弱くなり力 のバランスが急変する。右図で弱い風速のピークが現れるのは、森林上の大きな 運動量をもつ空気塊が森林内へ直接侵入したのち、樹冠部ではすぐに弱まるが、 森林下部の開けた幹層では緩やかに減衰することによる。

注3:防風林風下のわずか離れた地点に現れる極小風速
無次元の風下距離 X/h=0.3~2(X:風下距離、h:樹高)で風速の極小値が観測され ることがある。これは現実の森林では、葉面積密度(葉面、枝、幹も含む)が 樹冠層で大きいのに対し、下部の幹層で小さいことによって、森林内の下層に風速の ピークを持ち、この風速のピークが風下距離 X/h=0~2(概略)付近まで現れることが ある。しかし風下距離が増えるにしたがって、樹冠層高度の弱い風速と混合されて 風速は弱められる。さらに風下距離が増えるにしたがって、上空の強風との混合が 行われるようになり、風速はしだいに強められる。こうした関係から、X/h=0.2~2 (概略)に風速の極小値が現れることがある。

林内の葉面積密度が下層でも大きい防風林や、防風ネットを張った防風林 (例えば、北風が吹くときの平塚の湘南海岸公園の海側)では、風速の極小値は 観測されない。図56.12に描いた平均的なカーブは葉面積密度が鉛直方向にほぼ一定の 防風林を想定してある。そのような防風林を基準とし、現実的な個々の場合はその 都度説明する。


4-2 やぐら構造の塔や海洋観測塔の風下
図56.14は伊豆半島先端にある石廊崎測候所(現在は無人:石廊崎特別地域気象観測所) における年平均風速の経年変化(上)と気温日較差の年平均値の経年変化(下)である。 プロットは観測値、実線は各時代に用いられた測器の動特性のずれを、最低気温は 日界(1日の区切りの時刻)の変更によるずれを考慮して描いた真値の経年変化の 傾向を示している。

上図において、やぐら構造の無線鉄塔が建てられた1966年に年平均風速は8%減少し、 撤去された2001年3月に8%増加している。測風塔から見た無線鉄塔は西側にあり、 測風塔との距離は23mである。風速計レベルの無線鉄塔の大きさは約1.6mである (半径 r=0.8m と見なす)。石廊崎測候所の卓越風向は東風と西風でそれぞれ ほとんど50%を占めるので、測風塔が風下のとき風速は16%弱化し、無線鉄塔が無い 時に比べて84%の風速となる。

石廊崎風速
図56.14 石廊崎における年平均風速の経年変化(上)と気温日較差の年平均値の 経年変化(下)。上図において番号1は風速計が4杯式から3杯式に変更、 号2は3杯式から風車型発電式に変更、番号3は発電式からパルス式に変更された年 を表す。4杯式は風速計が乱流の自然風で回り過ぎの特性、発電式は回転が重くて 微風で回転し難い特性によって、風速の真値よりそれぞれ高め、弱めに観測されて いる。



注5:燃料革命と風速の弱化、日だまり効果
石廊崎において1960年ころから年平均風速が時代とともに弱くなったのは、 いわゆる燃料革命により家庭用の燃料が新炭から石油に切り替わり、観測所周辺の 樹木が以前のように伐採されずに成長することで測風塔レベルの風速が弱化している (図56.14の上図)。図56.14の下図において、1960年ころから気温日較差が増加傾向 となったのは、露場付近の風速が弱化し、「日だまり効果」で、おもに最高気温が 上昇傾向となったことによるものである。この図56.14が「日だまり効果」に気づいた きっかけである。

注6:障害物周辺の風下側を除く範囲におけるポテンシャル流
防風林では樹高 h を、やぐら構造の塔や煙突状の円柱などでは直径ではなく半径 r を 長さの基準に選ぶのは次の理由による。円柱など風に対して障害物となる構造体周辺 の風上側から横側の範囲(つまり風下を除く範囲)では、平均風速は非粘性流体の ポテンシャル流で近似できる。同様に堤防の風上側~堤防上空側でも近似的に ポテンシャル流で近似できる(Kondo and Naito, 1972)。すなわち、円柱の塔では 風に向かって円柱断面の左右で対称形のポテンシャル流となり、半径 r が長さの 基準となる。
湖岸の堤防の場合、地表面を鏡面とした反対側(地中)にも対称形の堤防があると してポテンシャル流の計算ができる。この場合は、地表面から測った堤防の高さ h が 長さの基準となり、森林の場合の樹高 h に相当する。この考えの延長として、 風下側でも防風林や堤防などでは高さ h を、円柱の塔では半径 r を、全体が透いて 見える「やぐら構造」の塔ではやぐらの断面の長さ(一辺の長さ)の半分 r を 長さの基準にとって風下距離を X/h 、または X/r で表すこととした。


図56.15は石廊崎測候所のやぐら構造の無線鉄塔、平塚沖の海洋観測塔 (円筒の半径=1m)とその模型などの風下距離と風速低減比(=風下風速 / 風上風速) との関係である、ただし風上風速とは障害物の影響が及ばない場所の風速である。

やぐら風下風速
図56.15 やぐら構造の鉄塔や直径2mの海洋観測塔(模型も含む)の風下距離と 風速低減比の関係。

図の直線部分を外挿して縦軸の値が1となる風下距離(=風速の低減範囲)は X/r=30 程度と見なされる。

4-3 山脈の風下
Yamazawa and Kondo(1989)は山脈などの風下側に設置されているアメダスの データを調べたところ、地上風速の平坦地の風速に対する比は風下距離 X/h(h:風上 の山脈等の平均標高とアメダスの標高の差)に依存する。風下距離とともに増加する 風速比が 0.95 となるのは Xmax/h=100 である。いろいろな地形のデータを含むために プロットのばらつきが大きく、100は目安であるが、図56.12と図56.15で求めた 風速低減範囲(Xmax/h=30~50)と同程度である。

ただし、アメダスの地上風速の高度 z は標高差 h(=100m~1000m) の1/10~1/100 であり、防風林の風下で測る場合に比べて1桁ほど小さい。つまりスケールの規模が 大きく異なる。さらに、アメダス資料では大気境界層内の大気安定度が平均的に安定な 状態における関係であるのに対し、防風林風下で得られた資料はおもに日中の 中立~不安定な状態である。そのため、アメダス資料による山脈等による 風速低減範囲は広くなっている可能性がある。

56.5 防風林風下の風速低減範囲(他の研究)

5-1 北海道の防風林
佐藤隆光(2002)は試験用に作った防風林を含む各種の防風林について防風林の構造 と減風効果・昇温効果を研究している。観測では、自然通風式シェルター内の通風を よくするように大きな円筒シェルターを用い、微風時には気温測定値に放射の影響を 含む可能性があるので微風時の資料は解析に含めず、風速は微風から強風まで安定して 測れる牧野応用測器製の軽量3杯式風速計を使用、また風が防風林に直角に吹くとき のみ解析するなど、注意がはらわれている。前記したように、森林内の風速は葉面積 指数が関係し、また水平方向に測った水平葉面積指数も考慮している点で他の研究に 比べて優れている。

風下風速北海道
図56.16 防風林の風下距離と風速低減比(低減比=1は防風林の影響のない同じ高度 の自然風速)の関係、佐藤(2002)の図から読み取り横軸を対数目盛で表した。 上図に示す防風林では樹高は8.2m(A-site)、8.1m(B-site)、防風林の長さは 1000m以上(A-site)、200m(B-site)、風速計の地上高度は 2mである。 下図に示す site-D の防風林(丸印・点線)では、樹高は 4m、長さは 35m でやや 短く、森林の下層の葉面積密度が樹冠層の値と大差なく、幹層を通り抜けてくる風が 無い場合に考えられる関係(基準の防風林)を点線で描いてある。

図56.16(上)によれば、図56.12で示したと同様に、X/h>3 で風速低減比は対数目盛 で直線的に増加し、防風林の影響がなくなる風速低減範囲は Xmax/h =50 程度と 推定される。

下図は樹列が1列、2列、3列の場合である。1列の防風林(○印)では長さ35mに 18本の樹木から成り、下開きで風上の風が幹層を通り抜けてきている。そのため風下 X/h=1 での風速が大きく観測されている。さらに35mの樹列の横から回りこむ風の 成分を含むためなのか、風速低減範囲は短く X/h=10~20 になっている。これを 例外とすれば、風速低減範囲は Xmax/h=50 前後と見なされる。

5-2 他の防風林
上記と同様に、各地の防風林の風下で観測された報告書・論文から風速の値を読み 取り、風下距離を対数目盛にプロットして表す。

図56.17は黒谷ら(2001)による出雲の築地松(樹高=7m、幅=2m、長さ=74m、 風速計高度=1.5m、3m、・・・)の防風林の観測値から描いた関係である。

風下風速出雲築地松
図56.17 風下距離と風速低減比の関係。出雲の築地松防風林(樹高=7m)の風下で 観測した黒谷ら(2001)の観測に基づき作成。(左)剪定前、(右)剪定後。

風下風速阿部玉田
図56.18 風下距離と風速低減比の関係。ただし阿部ら(1960)と玉田ら(1981)の 観測に基づき作成。

図56.18は阿部ら(1960)による田名部斗南ヶ丘のカラマツ防風林(樹齢13年、 樹高=3m、概略の幅=40m、長さ=500m、枝下無しの密生林、風速計高度=1.2m)、 及び玉田ら(1981)による青森県五所川原の四方が防風林(樹高=7m、幅=7.5m、 長さ相当=500m)で取り囲まれているリンゴ園における観測から描いた関係である。

阿部ら(1960)の観測(丸印と破線)によれば、風速低減範囲は Xmax/h=90 程度である。

図56.19は小澤・坂本(2005)による福島県西郷村社会福祉施設内の防風林 (樹高=6.8m、幅=16m、長さ=118m、枯れ上がり高=3.5m、風速計高度=1.5m) の風下における観測から描いた関係である。風速低減範囲は Xmax/h=20~23 程度で ある。風下距離の小さい範囲で風速低減比が大きいのは、防風林の下部・幹層が透いて おり、通り抜けてくる風の影響とみなされる。

風下風速小澤
図56.19 風下距離と風速低減比の関係。ただし小澤・坂本(2005)の防風林 (樹高=6.8m)の風下における観測に基づき作成。

風下風速真木
図56.20 風下距離と風速低減比の関係。ただし真木ら(1993)の防風ネット (高さ=1.9m)の風下における観測に基づき作成。

図56.20は真木ら(1993)によって中国トルファンの防風ネットの風下における 観測から描いた関係である。この観測では、防風ネット(高さ=1.9m、長さ=30m、 ネット下方は0.1m程度開けてある、風速計高度=1m)の長さが短く、 かつ風速計高度がネットの高さの約1/2で高く、瞬間瞬間に斜めに吹く風向に対しては 防風ネット両脇から回りこんでくる風の影響がありそうなこと、また飛砂が防風ネット の周辺に堆積し、その堆積地形の影響も受けている。それゆえ、平均風向が防風ネット にほぼ直角に吹き、かつ飛砂が堆積していない1例(1990年10月13日10:30)のみを 解析した。

図には示さないが、真木ら(2000)による中国トルファンのタマリスク防風林 [ 樹高=4.6m、内1.5mの高さが砂で埋まっている、幅=12m、長さ=1km以上、 光学的な密閉度=50%(上部)~100%(下部)、風速計高度=1.3m] における観測 では、風速低減範囲はすべて Xmax/h=15~30(30を超えない)の範囲に描かれている。

これら真木らの報告において、Xmax/h=30 で風速低減比が1に収束する図が多いのは、 もしかして、樫山徳治(1967a; b)がそのように描いていることに影響されたもの かも知れない。現実には、理想的な観測地は少なく、観測も難しいので、今後も よい観測資料を蓄積していくことが重要となる。

なお、図56.17と図56.19 の X/h=1~4 付近で縦軸の風速低減比が極小になっている のは、防風林下部の幹層の葉面積が少なく、風上からの風が通り抜けてくるからである。

図56.17は、幅がわずか2mの築地松の防風林であり、風速計高度z=1.5m(最下層) で顕著に現れている。これら図56.17~図56.20の4図から、風速低減範囲は Xmax/h= 25~100の範囲にある。

図56.12以後の全資料から風速低減範囲は50(25~100)として、次項のモデル化に 用いる。
なお、図56.12~図56.20に用いた資料の一覧は次の別表にまとめてある。

クリックして次の 「防風林等の風下風速の資料一覧表」を参照し、プラウザの「戻る」を 押してもどってください。
防風林等の風下風速の資料一覧表


56.6 風速低減域内の風速分布のモデル化

6-1 防風林風下の最小風速
防風林の幅(厚み)が小さければ風上から侵入した風は林内で弱められながらも 風下側へ通り抜けてくる。そのときの風の弱化は「水平葉面積指数×個葉の抵抗係数」 に依存する。しかし防風林の幅が十分厚くなれば、前述したように、風上から侵入して 通り抜ける風はなくなり、森林上空から鉛直下向きに運ばれた運動量が樹木の 葉・枝・幹の抵抗によって弱められ、林床面上の風速は「鉛直方向の葉面積指数 ah × 個葉の抵抗係数 c 」によって決まる一定の風速となる。この一定風速が風下側へ 出てくる。

図56.21は風に対する水平方向の力学的な厚さ(=水平葉面積指数×個葉の抵抗係数) と防風林のすぐ風下側の最小風速の関係である。横軸が十分大きくなると最小風速は 森林ごとに異なる「鉛直方向の葉面積指数 ah × 個葉の抵抗係数 c 」によって決まる 一定値に収束するものと考えられる。ahc は疎林で小さく、密林で大きい。

ここに水平葉面積指数 aw とは、単位体積当たりの葉面積密度(a)と森林幅(w)の積で ある。葉面積密度(または葉面積指数)が観測されている森林はその数値を用いて、 aw を評価した。観測値がない森林についての推定値は一覧表「防風林等の風下風速の 資料一覧表」の注に示してある。

防風林厚さと最小風速
図56.21 防風林の力学的な厚さ(=水平葉面積指数×個葉の抵抗係数)と最小風速の 関係。別表にも示すように、個葉の抵抗係数はすべて 0.2 を仮定してある。ただし、 抵抗係数の定義には2通りがあり、抵抗力表示式に(1/2)付ける場合と付けない 場合があることに注意のこと。0.2は(1/2)を付けない表示の場合の値である。



注7:個葉の抵抗係数
葉面積指数と個葉の抵抗係数によって林床上の風速は決まる。その風速が防風林風下の 開けた場所に流れ出てくる。風速は、風下距離とともに樹冠上の風速と混合して、 しだいに増加していく。この場合の個葉の抵抗係数と葉面積密度の定義を明確にして おかなければならない。
例として、松葉は細い多数の円柱が重なり合って、 周辺の1mmスケールの微気流は相互に大きな影響を受けるので、松葉のように細い 針状の葉群のひと枝に及ぼす抵抗力 F とひと枝周辺の風速 U から求めた抵抗係数 c を 用いる。
また葉面積密度もひと枝を単体として計測することが望ましい。この際、葉も小枝も 含めた葉面積を用いる。 この観点からすると、従来の測定方法に基づく葉面積密度と違った値となる。 葉面積密度と抵抗係数を利用する際に注意しよう。

また、抵抗係数の定義には2通りがあり、抵抗力表示式に(1/2)付ける場合と付け ない場合があることに注意のこと。この節では個葉の抵抗係数=0.2を仮定してあるが、 (1/2)を付けない表示の場合の値である(「水環境 の気象学」、式9.19を参照)。


6-2 風下距離と風速低減比
前節で調べたように、風速低減比は概略 X/h>3 において対数目盛で直線的に増加し、 風速低減範囲として概略 Xmax/h=50 の距離で 1 に漸近する。また、防風林の風下の 最小風速は森林の疎密に依存することもわかった。それらをモデル的に図56.22に 描いた。

葉面積指数(枝・幹も含む)が十分に大きく(目安:葉面積指数 ah>5)森林の幅も 十分に広い森林(目安:森林幅 w>40m)を密林としよう。 一方、疎林は葉面積指数が小さい森林を表す (目安:ah<2)。 森林の幅が十分に広くても葉面積指数が小さければ、上空からの風が林内へ 入りやすく、その風が林の風下側空間にでてくる。

図56.13を参照すると、疎林は左図では番号(1)~(3)、右図では右方の2つの 曲線(ahc=0.01と0.1 m2/m2)である。 また目安として、例えば葉面積指数 ah=3でも、森林幅 w<10mならば防風効果が 少ないので疎林であろう。

なお、多くの植生では、個葉の抵抗係数 c=0.2 が目安である。

風下風速のモデル
図56.22 風下距離と風速低減比のモデル。

このモデルによって、日だまり効果による地表面温度と気温の風下距離依存性を調べ、 観測計画の指針としたい。幅の狭い防風林などの樹列では、樹冠部に比べて幹層が 透いていることが多く、そこを通り抜けてくる風がある。そのような場合は図56.22の X/h の小さい範囲(0<X/h<3)で風速低減比が大きくなり X/h=1~3 付近に風速の 極小値が現れることに注意しよう。

参考文献

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