K52.暑熱環境と半湿り黒球温度


著者:近藤 純正
近年の地球温暖化と都市化による気温上昇から、夏の熱中症が増える傾向にある。この事態に対処 するため、暑熱環境をよりよく表現できるパラメータとして半湿りの黒球の利用を提案した。 半湿りの黒球(直径0.15m)の温度と気温、湿度、風速、放射の条件との関係や、人体の蒸発量との 関係を求めた。人体の蒸発量とは、発汗量のうち液体で滴下する水と着衣に残る水を除外した量で ある。
黒球の蒸発効率を0.6とすれば、黒球温度と不快指数あるいはミスナールの体感温度との間で高い相関 関係がある。人体の蒸発効率は0.1~0.3、熱交換速度は 0.002~0.004 m/s と推定された。
(完成:2011年5月25日)

これは、2011年7月23日に筑波大学で開催される日本ヒートアイランド学会の基調講演「都市気候」の 最後に話題とする内容である。

本ホームページに掲載の内容は著作物であるので、 引用・利用に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを 明記のこと。

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更新の記録
2011年5月14日:ほぼ完成
2011年5月25日:ところどころに説明を加筆
2011年5月31日:ミスプリント3箇所訂正

  目次
        52.1 はしがき
        52.2 不快指数とミスナールの体感温度
        52.3 黒球温度の蒸発効率
        52.4 日射がある場合の黒球温度(微風条件)
        52.5  人体の蒸発効率と熱交換速度(病室内と他の条件) 

        52.6  黒球温度の風速依存性
        52.7  日射があるときの人体蒸発量の推定(戸外、晴天の夏16時)
        52.8  今後の課題
        まとめ
        参考文献


52.1 はしがき

地球温度化に加えて、都市では都市化による気温上昇(熱汚染)が生じており、熱中症による 死者・負傷者が年間数千人にもなってきた。人体が熱的な障害を受けるのは気温のみならず、 湿度、放射量、風速などを総合した暑熱環境による。

「不快指数」は気温と湿度で表されるパラメータである。いわゆる乾いた「黒球温度」は気温と風速と 放射量で表されるパラメータである。ほかに、黒球温度と湿球温度で表される「湿球黒球温度」 もあるが、野外での計測方法に曖昧さが含まれる。

半湿りの黒球を想定すれば、その温度は、気温・湿度・放射・風速の関数で表され、暑熱環境が ある程度表現できると考えられる。それゆえ、半湿り黒球温度が従来の不快指数やミスナールの 体感温度との間で1対1の関係にあるか(高い相関関係にあるか)検討してみたい。つまり、 半湿り黒球の蒸発効率をいくらに設定すれば、その温度が暑熱環境のよいパラメータになるか 検討する。これが本論の第1の目的である。

しかし、「半湿り黒球温度」の応用には限界がありそうだ(以後、簡単に「黒球温度」と呼ぶ)。 なぜなら、人体の表面温度は内部からの熱供給と調節機能により、数℃の範囲でほぼ一定に保たれ、 黒球の特性と異なるからである。人体内部からの熱供給、すなわち代謝エネルギーとして放出 される熱エネルギーは、外部の暑熱環境と着衣によって複雑に変化する。そのため、どのような 条件において黒球温度が利用できるか理解していなければならない。これが本論の第2の目的である。

本論は、人体表面の熱収支を本格的に検討するための準備研究であり、静かにしている標準的な 状態にあるヒトを対象とし、激しい運動・肉体労働にあるヒトについては将来対象とする 問題である。


備考:
(1) 都市化による近年の都市における気候変化については、「身近な気象」の 「M59. 都市気候」に掲載されている。
(2) 都市昇温を緩和するための蒸発散、反射、散水、緑のカーテン、などの効果については、 「M61. 都市昇温の緩和策」に掲載されている。
(3) 都市化を含まない日本のバックグラウンド温暖化量の解析データと、日本の91都市の都市化による 気温上昇(熱汚染)のデータは、「研究の指針」の 「K45. 気温観測の補正と正しい地球温暖化量」、と 「K48. 日本の都市における熱汚染量の経年変化」に掲載されている。


52.2 不快指数とミスナールの体感温度

不快指数は気温 T(℃)と相対湿度 rh(0~1、百分率では0~100%で表す)を用いて次式で表される。

不快指数=0.81T+rh(0.99T-14.3)+46.3

不快指数>75で10%の人が不快、>85で93%の人が不快に感じるとされている。

ミスナールの体感温度は気温 T(℃)と相対湿度 rh と風速 U (m/s)を用いて次式で表される。

ミスナールの体感温度=37-(37-T)/ [ 0.68-0.14rh+(1/A)]-0.29T(1-rh)

  ただし、A=1.76+1.4U3/4

これらパラメータは経験的に確かめられており、戸外での日射のある条件を除けば、室内条件で 平均的には実用になると考えられる。それゆえ、最初に、本論で用いる黒球温度と、これら パラメータとの関係を無風・無日射の室内条件について調べることにしよう。

52.3 黒球温度の蒸発効率

不快指数またはミスナールの体感温度と黒球温度との相関関係がもっとも高くなるような蒸発効率 を求める。

黒球:
直径=0.15m
熱伝導がよい金属で作られ球の表面温度は均一
長波放射と日射に対して反射率=0の黒体
蒸発のしやすさ(蒸発効率)をβとする。
β=0は乾燥面、β=1は完全に濡れている場合である。

条件の範囲:
(気温の単位は℃、放射に対しては絶対温度 K の単位で表す)
気温(室温):T=20、25、30、35℃
相対湿度:rh=0.2~1(20%~100%)の範囲で変化
風速=0(室内)、0.3~5m/s(戸外)
室内で日射量=0、壁面温度は気温 T に等しく、壁面からの放射量=σT4
ここにσ=5.67×10-8Wm-2K-4(ステファン・ボルツマン定数)
戸外での放射量の具体的な数値は後述する。

注:黒球温度は気象条件によって熱収支式から計算で求める。風速=0でも黒球の周りには 自然対流が生じ熱交換速度 k はゼロにはならない(k=ChU, Ch:顕熱交換のバルク係数、U:風速)。 熱収支式を逐次近似の方法で解く際に、まれに不安定な数値が生じることがあるので、便宜上、 風速=0.1m/sのゲタをはかせておく。室内外では無風と感じる場合でも微弱な流れは存在するので、 ゲタをはかせておくことは間違いではない。


備考:半湿りの黒球温度の計算と、晴天日の日射量の日変化の計算:
「研究の指針」の「K17.暑熱環境の黒球温度」の17.5節「黒球温度の計算」 の中の「黒球の温度上昇の逐次近似法」と「黒球温度の逐次近似計算プログラム」に計算式と BASICプログラムが掲載されている。蒸発効率βは記号「BETA」で表されている。

同じ節の「晴天日の放射量の日変化の計算」に放射の計算例が示されており、その計算プログラムは 教科書「地表面に近い大気の科学」の付録 E に掲載されている。もとの数式は「水環境の気象学」 の4.9節「放射量の推定式」p.86~p.91と、「地表面に近い大気の科学」のp.74~p.76に掲載 されている。


図52.1は不快指数(左図)またはミスナールの体感温度(右図)と黒球温度の関係である。 黒球の蒸発効率β=0.2~0.8のうち、β=0.6を用いれば両者間の相関関係が最大となる。 以下では、相関関係が最大になるβ=0.6(赤線)を採用することにする。

黒球の蒸発効率を決める図
図52.1 不快指数と黒球温度の関係(左)、ミスナールの体感温度と黒球温度の関係(右)、 パラメータは黒球の蒸発効率β。室温=25℃、30℃、35℃、相対湿度=20~100%の無風・無日射の 室内条件。

室温と黒球蒸発量
図52.2 黒球の1日当たりの蒸発量と室温の関係(無風・無日射の室内)、パラメータは相対湿度。 1日当たり1kg/m2は水当量で厚さ1mmである。

図52.2は、黒球の蒸発効率β=0.6のときの1日当たりの蒸発量と室温の関係である。後で示すように、 室温=22℃で行われた人体実験によれば、1日当たりの人体からの水蒸気放出量(=発汗量+呼吸 による水蒸気の正味放出量)は0.8kg/m2であり、図52.2に示した黒球からの蒸発量と 近似的に等しい。

この人体からの蒸発量には液体の汗がぽたぽた滴下する分と着衣に吸収された正味の水分は含めない。 それゆえ、黒球の蒸発効率β=0.6と見なして暑熱環境を表すことが適当であると考える。

52.4 日射がある場合の黒球温度(微風条件)

室内の条件で得たβ=0.6を用いて、日射がある戸外において黒球温度はいくら上昇するか、 計算結果を図52.3に示した。「日射なし」は前記の室内条件であり、「散乱日射」は戸外で直達光のみ 遮へいした場合、「直達+散乱」は夏の晴天16時の条件を想定している。

夏の晴天16時の条件:
詳細は次の通り。地面温度は気温より5℃高温とし、地面の日射に対する反射率=0.2、地面の 長波放射に対する黒体度=1、大気混濁係数=0.1とすれば直達日射量=665W/m2、散乱日射量 =66 W/m2、地面反射量=89 W/m2、下向きの大気放射量=412 W/m2、 地面から上向きの長波放射量=479 W/m2(T=25℃のとき)、511 W/m2 (T=30℃のとき)、545 W/m2(T=35℃のとき)である (日射量の計算式は「水環境の気象学」のp.86-p.90; 計算プログラムは「地表面に近い大気の科学」 の付録E)。

球面からの顕熱・潜熱の交換は全表面積で行われるので、黒球の単位面積当たりを 考えれば、直達光は上記の値の1/4倍、それ以外の放射量は1/2倍して、球面の熱収支式に用いる。

不快指数、ミスナール
図52.3 不快指数と黒球温度の関係(左)と、ミスナールの体感温度と黒球温度の関係(右)、 パラメータは入力エネルギー。黒四角印:日射なし無風の室内、緑三角:晴天夏の16時の条件に おいて直達日射のみ遮へいした戸外、赤丸印:晴天夏の16時の条件における戸外。気温=25℃、 30℃、35℃、相対湿度=20~100%の無風条件。

図52.3 に示した不快指数との対応では(左図)、室内条件の場合と比べて黒球温度は、散乱日射のみ 受けるときは2~5℃上昇し、全日射(直達+散乱)を受けるときは8~13℃上昇する。ミスナールの 体感温度との対応でも(右図)、同じ温度だけ上昇する。

不快指数及びミスナールの体感温度と黒球温度の対応関係を表52.1 にまとめた。戸外で散乱日射のみ 受けたときは、暑さ階級が1~2ほど、全日射を受けたときは階級が4ほど上がる。ただし、 上で説明したように、戸外では気温より5℃高温の地面からの長波放射と日射の反射も受ける条件 としている。

表52.1 不快指数と黒球温度(β=0.6)の対応、暑さ階級「Ⅴ」は新たに追加した。 ただし戸外では無風とし、夏の晴天16時の日射量を想定している。

暑さ  不快  体感     ミスナール  黒球温度  黒球温度   黒球温度 階級 指数         の体感温度   室内  散乱日射   全日射      ℃      ℃      ℃     ℃ 「0」65~70 快い      19~22.3   16 ~20.0  22.0~25.0 30.5~33.0 「Ⅰ」70~75 暑くない    22.3~25.1  20.0~23.6  25.0~27.6  33.0~35.4 「Ⅱ」75~80 やや暑い    25.1~27.7  23.6~27.0 27.6~30.1  35.4~37.6 「Ⅲ」80~85 暑くて汗が出る 27.7~30.3  27.0~29.8  30.1~32.4  37.6~39.5 「Ⅳ」85~90 暑くてたまらん 30.3~32.8  29.8~32.5  32.4~34.8 39.5~41.4 「Ⅴ」90~  避難すべき暑さ 32.8~    32.5~    34.8~    41.4~

表52.1の結果は感覚的には、日射を受けたときの黒球温度の上昇が少し大き過ぎのように思うが、 それは黒球の反射率=0を想定していることが第1の理由である。なお、無風時の黒球温度の放射 に対する感度は100W/m2につき約1℃の上昇率である。第2の理由として、現実の戸外では 0.3~1m/sの微風があり、黒球温度は図52.3や表52.1 に示された値より低くなる。黒球温度の風速依存性 は第52.6節「黒球温度の風速依存性」において説明し、現実に対応する不快指数との対応は表52.3で 示す。

52.5 人体の蒸発効率と熱交換速度(病室内と他の条件)

夏の晴天16時の条件、すなわち気温=25、30、35℃、相対湿度=20~100%の範囲で、黒球の 蒸発効率=0.6とすれば「不快指数」や「ミスナールの体感温度」と黒球温度は高い相関関係に あることがわかった。

人体の表面温度(35~38℃程度)が気温にほぼ等しいとき、つまり気温=35℃ときは人体の露出部分 は多くなり、皮膚表面から発汗の潜熱が放出されやすい。猛暑の条件では皮膚温度と気温の差が 小さく、顕熱と正味放射で失われる熱エネルギーは小さく、正常な体温を保つには潜熱の放出に よらざるを得なくなる。この状態では、身体の蒸発効率βが非常に重要となり、人体実験によって 確かめる必要がある。

5.1 病室内での人体実験
室温22℃にコントロールされた病室内で人体実験が行われた。これは筆者自身が1988~1989年の 冬期140日間の入院期間中に行ったものである。

救急車で病院に運ばれ、絶対安静の1週間から少し良くなる状態までの期間、病院では口から摂取 した食物・水分、尿と大便の重量のすべてと、時々体重が測定された。また、ドクターは足が 膨れていないかを測っていた。この測定は、身体に異常が発生してないかを調べるために、 質量バランスと水分バランスの正常・異常の診断資料にしているのだと気づいた。 身体が少し動ける状態に回復すると、この測定は中止された。

質量バランスは身体のエネルギー収支や、ボウエン比(=顕熱輸送量 / 蒸発の潜熱)と関係すること に気づき、病院による測定が 中止された後は自身で測定することにした。入院中に書きあげた入院体験記録書「万流記」 (短歌集)にデータと解析結果は掲載した。

2週間にわたる実験によれば、1日当たりの質量収支は次のとおりである(「水環境の気象学」、p. 4)。

1)口からの摂取量(飲食物)  =1905g(うち水分は1441g)
2)呼吸酸素と排出二酸化炭素の差=209g(計算値)
3)呼吸による水蒸気の正味排出量=100g
4)尿と大便=867g(うち水分は833g)
5)発汗量(液体滴下は無かった)=700g(質量収支の残差)
6)体重増加=29g
水蒸気放出量=発汗量+呼吸による水蒸気の正味排出量=700g+100g=0.8 kg

口からの栄養摂取量は、水と酸素の働きにより二酸化炭素と水に分解され、同時にエネルギーを 発生する。ゆえに、「直接飲んだ水分1441g」<「直接排出した尿833g+水蒸気放出量800g」 となる(「水環境の気象学」p.3~p.4)。

病室内の条件と物理定数:
(気温の単位は℃、放射に対しては絶対温度 K の単位で表す)
体表面積≒1m
身体の露出比=0.2(=20%)(残り0.8が着衣部分に相当)
室温:T=22℃、 σT=430.6W/m
室内の水蒸気圧:e=26.42×0.5=13.22hPa(相対湿度=50%を仮定)
体表面温度:Tb=35℃、 σTb=511.6W/m 体表面の飽和水蒸気圧:eb=56.24hPa
空気の比湿:Q≒0.622×e / 1000=0.0082 kg/kg
体表面飽和比湿:Qb≒0.622×eb / 1000=0.0350 kg/ kg
Qb-Q=0.0350-0.0082=0.027 kg/kg
体表面温度・気温差:DT=Tb-T=13℃
水蒸気放出量=0.8kg=0.8mm(水当量)
気化の潜熱:L=2.5×10J Kg-1
空気の密度:ρ=1.21kg m-3
空気の定圧比熱:Cp=1.0×10J kg-1K-1
空気の体積熱容量:Cpρ=1.21×10 J kg-1K-1
ステファン・ボルツマン定数:σ=5.67×10-8W m-2K-4

以上により各熱収支項は次の通りとなる。

人体から失われる潜熱:LE=0.8kg×気化の潜熱 /(60×60×24)=23.1W
正味失われる放射量:⊿R=(σTb-σT)×身体露出比=(511.6-430.6)×0.2=16.2W
食事による1日当たりの摂取エネルギー:S=97.2W(=2000Kcal)(病院栄養士による)
顕熱放出量:H=S-⊿R-LE=97.2-16.2-23.1=57.9W(非露出部の衣服内も含む)

注:⊿R の計算において、室内における衣服の表面温度は気温(=壁面温度)と比べて1℃ 程度以内の精度で等しいと仮定し、衣服・壁面間の正味放射量は身体露出部・壁面間の正味放射量 に比べて小さいと仮定し、無視してある。

5.2 人体の熱交換速度

体表面積の80%が衣服で覆われた状態を想定する。

顕熱輸送のバルク式: H=Cpρk(Tb-T)=57.9W

から、熱交換速度(k=ChU)として次を得る(風速ゼロの室内)。

ko=57.9 / (1.21×10×13)=0.0037m/s±0.0008 m/s(各熱収支項に±10Wの誤差を 考慮)

今回用いた直径0.15mの黒球の熱交換速度 k は、風速=0で ko=0.0033m/s、風速=1m/sで k=0.009m/s、 風速=3m/sで k=0.0151m/sである。無風時の黒球の熱交換速度が上で求めた人体のそれにほぼ等しく なっている。ただし、人体の場合は、身体の露出した皮膚と着衣内の皮膚の両方 (表面積の合計≒1m2)から失われたすべての顕熱(熱伝導も含む)の平均値であるのに 対し、黒球は球の全表面積から失われる顕熱の違いがある。

注:
人体の熱交換速度は着衣の種類(体にぴったりの着衣、アロファシャツのようにぶかぶか着衣など) によって変化する。今後の課題として、重要である。つまり、無風状態でも、気温より高温の身体の 周りには自然対流が発生し、熱交換が行われる。自然対流は着衣の種類・状態により変化すると 考えられるからである。

5.3 人体の蒸発効率(室温=22℃、仮定した相対湿度=50%)
ボーエン比:B=H / LE=57.9 /23.1=2.51
=(Cp/L)×(Tb-T) ×(1/β) / (Qb-Q)

ゆえに、体表面積1mを持つ人体の蒸発効率は、

β=(Cp/L)×(1/B)×(Tb-T) / (Qb-Q)
=0.08±0.02(各熱収支項に±10Wの誤差を考慮)

人体では体温を一定に保つ調整機能(着衣も含む)を持つのに対し、黒球はそのような機能はなく、 表面温度は外部条件のみで変わるという大きな違いがある。それゆえ、酷暑条件でなければ人体 表面温度は黒球温度より高く、人体の蒸発効率0.08は黒球の蒸発効率0.6より小さな値になると 考えられる。また、汗腺の断面積などの関係から、人体の蒸発効率は、おそらく 0.5 を超えない だろう(後掲の図52.4を参照)。

人体の表面積は約 1 mであるので、前記の人体実験の結果から、1日当たりの水蒸気放出量 =0.8 kg/m2となる。これと黒球の蒸発量を比較するために、図52.2から読み取ると 室内条件(室温= 22℃、仮定した相対湿度=50%)における黒球の1日当たりの蒸発量= 1.1 kg/m2である。人体実験の精度を考慮すれば、概略一致しているとみるべきだろう。 病室の相対湿度は計測しておらず、もし60%なら、図52.2 から黒球の1日当たりの蒸発量も 0.8 kg/m2であり両者は一致することになる。

5.4 人体の蒸発効率の推定(他の室温、相対湿度=60%、40%)
上記の「静かにしている人」の人体実験では、相対湿度は実測していないが、相対湿度=60%、 室温=22℃として、1日当たりの水蒸気放出量(呼吸による水蒸気の正味放出量を含む) =700g+100g=0.8 kgとする。

この値が図52.2に示す黒球の蒸発量に等しいので、他の条件においても同様に「静かにしている人」 の人体からの水蒸気放出量が黒球(β=0.6)の蒸発量に等しいという仮説をたてる(ただし 室内の条件)。この仮説のもとで、人体の蒸発効率を推定してみよう。摂取した食物・水・酸素から 生まれるエネルギーを代謝エネルギー S で表すと、次の熱収支式が成り立つ。

  熱収支式: S=LE+⊿R+H

人体では正常体温を保つために熱放出を自動的に調節する機能と、着衣による意識的コントロール が行われている。発汗には限度があり、高温時の熱放出はほとんどが蒸発の潜熱で行われなければ ならず、代謝エネルギーの放出は控えるようになる(食欲が減退する)。こうした代謝エネルギーの 放出による巧妙な働きをしている。

ここでは、試行錯誤により、熱収支の計算から手探りしてみる。これは、暑熱環境に生き抜く 対策を本格的に検討するための基礎研究の準備である。

すなわち、世間では乾燥した黒球温度や湿球黒球温度(WBGT:Wet-Bulb Globe Temperature) を用いる際に、曖昧な計測から暑熱環境を研究する流れがある。この流れとは異なる、 人体表面における熱収支を定量的に考慮する研究の指針を示したい。

上記の熱収支式から推定された熱収支各項と熱交換速度 ko と蒸発効率βを表52.2にまとめた。 室内の相対湿度=60%のときを表2(a)に、40%のときを表2(b)に示した。暑い時は食欲が出なく なるので(正常体温を保つ際の熱放出が難しくなるので)、代謝エネルギーの放出 S は気温が 高いときほど小さくなるように設定した。

注1:摂取エネルギーと代謝エネルギー
1日ひとり当たりの2000Kcal/m2=97 W/m2、1600Kcal/m2 =78 W/m2であり、基礎代謝(寝ていても生命活動を続けるに必要な内蔵諸器官を 動かすエネルギー、最終的に熱エネルギーとして放出される)は一般成人の男女で1200~ 1500Kcal/m2=58~73 W/m2とされている。したがって、Sはこれ以上の 大きさS>60 W/m2に設定しなければならない。

注2:熱収支式を解く具体的な方法
次の4式から5つの未知量{代謝エネルギー S、発汗のうち蒸発する分 LE、 顕熱輸送量 H、長波放射で失う熱⊿R、身体表面温度 Tb}を求めたい。通常はさらに 代謝エネルギー S を表現する式がなければ5つの未知量は求めることができない。

S=LE+⊿R+H
LE=Lρβk(Qb-Q)
H=Cpρk(Tb-T)
⊿R=s×(R↓―σTb)
R↓:入力放射量

入力放射量=直達光+散乱光+地面反射光+大気放射+地表面からの長波放射
     =σT4・・・・室内の場合(壁面・天井・床面の温度が T のとき)

S を表現する式はフィードバック過程を含む人体生理のメカニズムの詳細がわかっていなければ 作れない。そこで、熱収支式が満足されるよう試行錯誤により、5つの未知量を推定するわけである。 このうち、代謝エネルギー S は 注1 により概略の値がわかっており、気温上昇とともに 食欲が減るという経験則と矛盾しない値・傾向とならねばならない。

身体表面温度Tb は経験から34~39℃(気温=20~35℃で)の範囲という制約をおくことができる。 また、βには上限があり0.5>β>0でなければならない(植物の個葉についての理論的な関係の図4)。 さらに、熱交換速度として諸物体の値が知られており、無風時には概略 0.001m/s 前後である (数例が「地表面に近い大気の科学」の表5.1に; 「大気境界層の科学」のp.67~p.79; k=ChU=aN/d、 Ch はバルク係数、U は風速、a は空気の分子温度拡散係数、d は物体の寸法、N はヌッセル数)。

前記の通り、人体の蒸発量 E の値が図52.2に示される値に等しいという仮説の もとに、S と Tb を微小変化させて、各熱収支項とβと k のすべての値が納得できるよう熱収支式 を繰り返し計算する。

最終的に全未知数がもっともらしい値として得られる。具体的には数回の 試行錯誤によって表52.2に示す結果を得た。

表52.2(a) 相対湿度=60%の場合、人体の水蒸気放出量 E が黒球(β=0.6)の蒸発量に等しいと 仮定した場合の人体の熱収支量と蒸発効率βの計算結果。
身体の露出率=0.15~0.54、 代謝エネルギーS=79~100W/m2、人体表面温度Tb=35~38℃は設定値(S と Tb を微小 ずつ変えて、βと k が納得できる値になったときの S と Tb の最終値)。人体の表面積 =1m、室内の壁面温度は気温に等しいとして壁面・床面・天井からの放射量は σTとする。DT=Tb―T、B=H/LE:ボーエン比、H:身体が失う顕熱(着衣内の 伝導熱も含む)、ko:無風時の身体の熱交換速度、⊿R:身体露出部から失う正味放射量 (高温条件では薄着の表面は体表面温度に近くなっており、その薄着の表面から失う正味放射量 も含む)。 表の1行目の数値は病室内の人体実験の結果である。

室温 黒球温 Tb  E 露出率 S LE ⊿R H DT B ko β ℃   ℃  ℃ (注) W W W W  ℃ m/s 22 0.8  0.2 97.2 23.1 16.2 57.9 13 2.5 0.004 0.08 20 17.7 35 0.76  0.15 100 22.0 13.9 64.1 15 2.9 0.004 0.08 25 22.2 36  0.94  0.25 93 27.2 17.5 48.3 11 1.8 0.004 0.10 30  26.6 37  1.15  0.38 86 33.3 17.4 35.3 7 1.1 0.004 0.12 35  31.1 38  1.39  0.54 79 40.2 10.9 27.9 3* 0.7 0.008* 0.09
注1:人体の水蒸気放出量 E の単位はkg/(m2day)
注2:黒球温度=31.1℃は「暑さ階級Ⅳ」(29.8~32.5℃)(暑くてたまらん)である。
注3:*印付の赤数値は、熱交換速度k または蒸発効率βの式の分母が小さく、大きな誤差を含む 可能性がある。

表2(b) 相対湿度=40%の場合、他の条件は表(a)に同じとした。

室温 黒球温 Tb  E 露出率 S LE ⊿R H DT B ko β ℃  ℃  ℃ (注)   W W W W  ℃   m/s 20 16.4 35 1.18  0.15 100 34.1 13.9 52.0 15 1.5 0.003 0.14 25 20.6 36  1.48  0.25 93 42.8 17.5 32.7 11 0.8 0.003 0.20 30  24.8 37  1.82  0.38 86 52.7 17.4 15.9 7 0.3 0.002 0.33 35  28.8 38  2.20  0.54 79 63.7 10.9  4.4 3* 0.1* 0.001* 0.63*
注1:人体の水蒸気放出量 E の単位はkg/(m2day)
注2:黒球温度=28.8℃は「暑さ階級Ⅲ」(27~29.8℃)(暑くて汗が出る)である。
注3:*印付の赤数値は、交換速度k または蒸発効率βの式の分母が小さく、大きな誤差を含む 可能性がある。

表52.2の結果から、室内の無風時における人体の熱交換速度 ko=0.002~0.004m/s、 蒸発効率β=0.1~0.3 として推定された。

表(a)と表(b)の結果を比較したとき、蒸発効率が(a)で小さく、(b)で大きくなる傾向になった ことから「乾燥すると蒸発効率が大きくなる」とは断言できない。なぜなら、表52.2の計算では、 それほどの精度がないからである。このβの湿度依存性は将来の課題である。

さて、人体の汗腺の直径=60~70μm、1cm当たりに200~500個あると言われる。 汗腺が水で飽和状態にあるとすると、その面積が体表面積1mに占める割合は、 次の値となる。

  ε=(汗腺断面積×個数 )/ (人体表面積)=0.012(0.007~0.017)

発汗に寄与する身体部分は首~頭、手足、胴体であり、代表的な直径としていくらを選べばよいか? 前記したように、人体の熱交換速度=0.002~0.004m/sの程度であり、直径=0.15mの球の 熱交換速度の0.0033m/s(無風時)に相当しているので、人体表面の顕熱・潜熱交換に関わる 代表的寸法=0.15mとみなすことにする。そうして植物の個葉の蒸発効率と比較してみよう。

図52.4は植物の個葉の大きさと蒸発効率(植物群落としての値ではない)の理論的な関係であり、 これに人体の蒸発効率0.1~0.3を赤色長方形で加筆した。パラメータとして点線で示した 面積率εと、上記のε=0.012(0.007~0.017)は矛盾していない。

気孔面積率と蒸発効率
図52.4 個葉の大きさと蒸発効率β=ce/ch の理論的な関係。横軸の葉の大きさは楕円状の 葉では平均直径を、葉身の長い葉では葉幅の1.5~2倍を表し、パラメータεは気孔の葉面上 に占める面積率である(「地表面に近い大気の科学」図7.3より転載)。赤長方形で示す人体 の蒸発効率を加筆した。

植物の気孔開口幅と蒸発効率(または蒸散コンダクタンス)の関係に類似の問題がある。小面積の 沼地の散在地域あるいは融雪期の残雪の散在地域における平均熱収支量を評価するモデルがあり、 「大気境界層の科学」p.171~p.180に掲載してある。人体の発汗現象もこれと同じ物理則に基づく ものである。

52.6 黒球温度の風速依存性

風速依存性の吟味
図52.5は風速=3m/sの戸外におけるミスナールの体感温度と黒球温度の対応である。戸外では、 風速ゼロ日射なし室内の黒球温度(黒四角印)が戸外の日射あり条件(赤丸印、緑三角印) でいくら上昇するかを示している。プロット群は1対1の破線より傾斜が大きい。

ミスナール温度と黒球温度
図52.5 ミスナールの体感温度と黒球温度の関係。黒四角印:日射なし風速ゼロの室内、 緑三角:晴天夏の16時の条件で直達日射のみ遮へいした戸外、赤丸印:晴天夏の16時における戸外。 気温=25℃、30℃、35℃、相対湿度=20~100%、風速=3m/sの条件。

傾斜が大きいのはなぜか? ミスナールの式における風速依存性の関数形が悪いのか、それとも 黒球温度の表現が不十分なのか? それを探るために、図52.6は不快指数を横軸にとり、それぞれ 黒球温度とミスナールの体感温度を縦軸に表した。

まず左図において、赤四角印は相対湿度=100%のときの値である。この値が風速=3m/s と風速ゼロで同じになっているのは実感と合わない。実感と合わない理由は、黒球が 人体を十分に表現できていないからである。つまり、黒球は相対湿度=100%なら風速の有無に よらず蒸発ゼロなので同じ温度となるのに対し、人体では皮膚表面温度は外部条件に大きな影響を 受けず35~38℃の範囲でほぼ一定値を保ち、気温が25℃や30℃では人体から顕熱・潜熱(発汗) が放出されるという違いがあるからである。

不快指数と黒球温度、ミスナール温度
図52.6 不快指数と黒球温度の関係(左)、及び不快指数とミスナールの体感温度の関係(右)、 風速=0(実線)と風速=3m/s(破線)の比較。ただし室内の日射ゼロの条件とし、気温T=25℃、 30℃、35℃、相対湿度=20~100%の範囲で変化させたとき。

次に、図52.6の右図で実感と合わないのは、実線と破線(風速の有無)がほぼ同じ傾斜になっている ことと、気温35℃で差がほとんどゼロであるという2点である。3本の各線の左端と右端はそれぞれ 相対湿度が20%と100%の条件での値を表しており、風速=3m/sにおけるグラフの傾斜が同じで あるのは実感と違う。つまり、乾燥時には風速による体感温度がより大きく下がるはずだのに、 ミスナールの式では風速依存性がほとんどない。

実感と合わない2つめとして、右図において、気温が35℃の線(これは体温に近い条件)では、 相対湿度=100%では(図の右上隅)風速によらず体感温度は同じでよいが、相対湿度=20%の (破線の左端)では、風速ゼロの実線とほとんど重なっているのは実感と合わない。つまり気温が 体温に近い時でも、乾燥した風が吹けば無風時よりも体感温度は下がる(つまり涼しく感じる) はずだ。

以上により、黒球温度もミスナールの体感温度も広い条件の範囲では実感と合わない。ただし、 ミスナールの式は経験的に決められているので、全体として平均的にはよいだろう。ただ広い条件 には適応できない。

そこで、図52.5の日射なしの条件において、相対湿度が中間の範囲ではミスナール の式は正しいという仮説に立てば、黒球温度 (β=0.6)と合致しており、適応してもよいことになる。それゆえ、中間的な条件である 相対湿度=60%と40%の場合に適用してみよう。

図52.7は相対湿度=60%とし、室内(太い実線:無風の日射ゼロ)における黒球温度が戸外において (風速=0.3、1、3m/s; 日射あり、直達光だけ無し)、不快指数とどのような関係になるかを 表したものである。戸外で無風と感じるときでも風速は 0.3m/s 程度はあるので、赤実線と 緑実線は U=0.3m/s の場合である。夏の日射(直達光も散乱光)があるときの赤線によれば、 黒球温度は 6~9℃ ほど上昇する。図52.3 で示した戸外で風速ゼロの場合に比べて黒球温度は 3℃ 前後低くなり、実感に近いように思う。

不快指数と戸外の黒球温度
図52.7 不快指数と黒球温度の関係、ただし相対湿度=60%の一定とし、放射量と風速を変えた とき。太い黒実線は室内の日射なしの無風条件、緑線は直達光のみ遮へいした戸外 (実線は風速=0.3m/s、破線は風速=1m/s、点線は風速=3m/s)、赤線は直達光と散乱の 全日射量を含む戸外(実線は風速=0.3m/s、破線は風速=1m/s、点線は風速=3m/s)。

このことについて、今後多数の人による体感から確認したい。現時点では、暫定値として図52.7の 関係を正しいとして、黒球温度(β=0.6)を暑熱環境のパラメータとして利用したい。表52.3は 不快指数と戸外における黒球温度との関係表(暫定値)である。

表52.3 不快指数とβ=0.6の黒球温度(℃)の対応関係、暑さ階級の境界における黒球温度と、 その戸外における上昇量(暫定値)。 ただし戸外では、夏の晴天16時の日射の条件とする。 黒球に入る放射量は直達光と散乱光及び地面からの反射光を含み、長波放射量は下向きの大気放射 と地面からの放射量を含む(地面温度は気温より5℃高い)。

不快  室 内  散 乱 日 射    全  日  射 指数 黒球温度   0.3m/s 1m/s 3m/s 0.3m/s 1m/s 3m/s ℃     ℃   ℃   ℃ ℃   ℃   ℃ ―<暑さ階級Ⅰ:暑くない>― 75  23.6  2.1 1.0 0.0 8.4 5.5 3.0 ―<暑さ階級Ⅱ:やや暑い>― 80  27.0 1.4 0.4 -0.4    7.1   4.6 2.2 ―<暑さ階級Ⅲ:暑くて汗が出る>― 85  29.8  1.1 0.2 -0.5    6.5   4.0 2.1 ―<暑さ階級Ⅳ:暑くてたまらん>―

戸外でほとんど無風と感じる微風条件(風速=0.3m/s)における黒球温度は、室内 (風速ゼロ日射ゼロ)に比べて7℃ほど高温になるが、風速=3m/sでは室内に比べて2℃ほど 上がる。直達光のみ遮へいした戸外で風速3m/sのときマイナスとなっているのは、無風の室内より 戸外のほうが涼しい温度となることを意味する。この下がりが体感温度の下がりに相当する。 今後多数の人々による体験から確認する必要がある。間違っていれば、修正していくことになる (研究の指針)。

52.7 日射があるときの人体蒸発量の推定(戸外、晴天の夏16時)

日射ゼロの室内において、人体の蒸発効率はβ=0.2±0.1、熱交換係数は ko=0.003±0.001m/sと して推定された。ko の値は直径 d=0.15m の黒球の熱交換速度にほぼ等しいので、風があるときの 人体の熱交換速度は黒球の値に等しいとして、風速U=1m/sでは k=0.009m/s を用いる。 これら人体の蒸発効率と熱交換速度を用いて、日射がある戸外における人体からの蒸発量を 見積もってみよう。

人体の熱収支模式図
図52.8 人体の熱収支の模式図

図52.8を参照し、人体からの蒸発量(記号「人体E」で表す)は身体の露出率 s と着衣部分 (1-s)で行われ、それら合計は次式で表されるとする。

 人体E=β×{sk + (1-s)ko}×ρ×(Qs-Q)

つまり、着衣の部分では、室内の条件で得た熱交換速度 ko は戸外でも同じとする。また、 身体の表面温度Tsは部位によって違いはないとする(ただしTs は気温により35~38℃の範囲で 変化すると仮定)。Qs は Ts に対する飽和比湿、Q は空気の比湿である。上式から得た結果を 表52.4にまとめた。

表52.4 人体の蒸発効率がβ=0.2 の1日当たりの人体Eの見積もり。 戸外の日射があり風速=1m/sの 場合。Ts: 人体表面温度、E(黒): 黒球の蒸発量、E の単位: kg/(d・m-2)、 比湿の単位: kg/kg。

気温  Ts  露出率 sk+(1-s)ko 相 対 湿 度=60%   相 対 湿 度=40% ℃  ℃       m/s Qs-Q E(黒) 人体E Qs-Q E(黒) 人体E 20 35 0.15 0.0039 0.026  6.1 2.1 0.029 6.9 2.4 25 36  0.25 0.0048 0.025  6.6 2.5 0.029 7.6 2.9 30  37  0.38 0.0060 0.023   7.0 2.9 0.028 8.2 3.6 35  38  0.54 0.0074 0.020   7.4 3.1 0.027 8.8 4.2

この結果によれば、人体Eと黒球の蒸発量は気温が高い時ほど大きくなる。戸外での黒球の 蒸発量が人体Eより多くなるのは、黒球の蒸発効率=0.6で人体のβ=0.2より大きいことが 主な理由である。

   黒球と人体の蒸発量
図52.9 戸外において日射があり風速=1m/sのときの人体Eと黒球蒸発量(β=0.6)との関係(左)、 および人体Eと黒球温度との関係(右)。丸印:相対湿度=60%、四角印:相対湿度=40%。 ほかの条件として、夏の晴天日16時を想定している。

ここで改めて発汗量と人体Eの関係を整理しておこう。

発汗量=人体E+液体流出量
ただし、液体流出量=液体滴下量+着衣に蓄えられる水分量

体温の維持に寄与している熱収支項は、「人体E」と「呼吸による水蒸気の正味放出量」である。 呼吸による水蒸気の正味放出量は、前記の人体実験によれば、人体Eの10%程度である。 汗が流れ落ちる液体流出量は体温維持機能にとって直接的な影響はほとんどゼロであり、 余分の水分損失量である。したがって、汗が大量に出るときの人体Eの測定は注意が必要である。

暑熱環境を表すのに湿球黒球温度(WGBT)が利用されることがある。この利用に際して注意 すべきことを指摘しておきたい。

人体Eの量は黒球の蒸発量(蒸発効率βの黒球の温度)と高い相関関係にあるが、人体表面温度 は数℃の範囲内で変化するのに対し、黒球温度は周辺環境によって大きく変化する。そのため、 人体表面温度と黒球温度は相関関係にあるがその相関係数は大きくない。つまり、人体Eは 黒球温度と1対1に対応するわけではなく、ばらついた関係となる。

図52.9(右)において、相対湿度が40%(赤四角印)から60%(黒丸印)に上がると黒球温度は 上昇するが、人体Eは減少する。つまり、黒球温度が高いからといって人体Eが大きくなるとは 言えない。しかし、同じ相対湿度なら黒球温度が上がれば人体Eも増える (増えないこともありうる)。

以上は静かにしている人を対象としたものであり、運動している場合はさらに運動量も重要な 要因になる。

52.8 今後の課題

(1)人体の蒸発効率
前述の人体実験からわかるように、人体からの水蒸気放出量(発汗量+呼吸による水蒸気の 正味排出量)は計測が可能である。1つの条件に対して数日間かけて室温22℃以外のときの人体の 蒸発効率を求め、蒸発効率と室内条件との関係式を知りたい。表52.2で計算した蒸発効率βの推定値を 目安として、これより大きいか小さいかを見出す。

注意:発汗量の測定上の注意
発汗量測定器が使用されている。センサーを皮膚に当てると自然状態でなくなるので注意のこと。 人体の発汗など生理現象は、履歴(位相の遅れ)なども影響するので、短時間でなく長時間をかけた 平均値の測定が重要となる。

(2)人体の蒸発量の直接測定
人体実験として、小さな実験室において、水蒸気量の増加からヒトの蒸発量を測定する方法が 簡単である。例えば、実験室の容積=10m、室温=28℃、相対湿度=60%とすれば、 室内の水蒸気量は0.163kg/10mである。この水蒸気量は、1日当たり1kg/dの水蒸気量 (蒸発量)を出すヒトの4時間分に相当する。実験室の湿度を一定に保つ実験では、弱い通風によって、 出入りの空気の比湿差からヒトの蒸発量を求めればよい。

(3)風速との関係を確認・改良
本論では、暑熱環境を表すために半湿りの黒球の温度を用いた。多数の人々による経験と実験により 今回提案した黒球温度(β=0.6)が体感とどのような関係にあるか確かめなければならない。 当面、静かにしている状態を基準とし、それが完了すれば、運動・筋肉労働する場合に 拡張していこう。

まとめ

地球温暖化に都市化による気温上昇(熱汚染が)が加わり、とくに夏の熱中症が増加する傾向に ある。暑熱環境をよりよく表現できるパラメータとして半湿りの 黒球温度を提案した。本論は、人体表面の熱収支を本格的に検討するための準備研究である。

半湿り黒球温度(略して、黒球温度と呼ぶ)は、気温、湿度、風速、直達日射量、 散乱光、地面反射光、大気放射量、および地面からの上向き長波放射量(または地表面温度)の 関数として熱収支式から計算する。黒球温度そのものは実測しない。

実用上は、現地における日射に対する地表面の反射率と天空率と風速と地表面温度のほかは、 場合によっては、近くの気象台で観測された気象要素を用いて十分であろう。

(1)直径0.15mの金属からなる半湿りの黒体の球の温度を黒球温度と定義した。不快指数および ミスナールの体感温度と黒球温度の相関関係が最大になる蒸発効率を求めるとβ=0.6が得られた。 ただし、これは無風の日射なしの室内条件における結果である。

(2)戸外の微風条件(風速=0.3m/s)における夏の晴天16時の日射条件に対して、 気温=25~35℃、相対湿度=20~100%、風速=0.3~3m/sの範囲で変化させて黒球温度と 不快指数との関係をもとめた。日射のある戸外では無風の室内における黒球温度から6~8℃ (風速=0.3m/s)の上昇、4~6℃(風速=1m/s)の上昇、2~3℃(風速=3m/s)の上昇がある。

(3)2週間にわたる病室内の人体実験から、室温=22℃で静かにしている人の蒸発効率を推定す るとβ=0.08を得た。今後、より高温(25~30℃)の条件について人体実験から人体の蒸発効率 を求め、広範に適用できるかどうか確認する必要がある。

(4)もっともらしい代謝エネルギーを与えて、熱収支式から人体の熱交換速度ko (=バルク係数×風速)と蒸発効率を推定したところ、ko=0.002~0.004m/s, β=0.1~0.3 を得た。 熱交換速度の値は直径0.15mの球の熱交換速度にほぼ等しいので、人体の顕熱・潜熱の交換量の 計算でも同じ熱交換速度を用いることにした。

(5)人体の蒸発効率について、汗腺の断面積が皮膚面積に占める割合(0.012、つまり1.2%) と身体の顕熱・潜熱交換に関わる実効的スケールを d=0.15mとして、植物の個葉の蒸発効率の 図(図52.4)にプロットすると、矛盾しないことがわかった。

(6)平均的な値として、人体の ko=0.002m/s(無風時)と k=0.009m/s(風速=1m/s), β=0.2 を用いて発汗量を推定した(人体E:液体として滴下する分を除く、実質蒸発する分)。 夏の戸外の日射がある条件で、気温=25~35℃、相対湿度=40~60%、風速=1m/sでは、 1日当たりの人体E=2~4kg/(d・m2)となる。人体の表面積≒1mであるので、 1日当たり 2~4 リットルの水分が人体から蒸発によって失われる。ただし、静かにしていて、 激しい運動・肉体労働はしない場合である。

(7)黒球温度が上昇すると人体からの蒸発量「人体E」は、平均的には増える傾向がある。 しかし、両者は高い相関関係にあるわけではなく、黒球温度が上がると人体Eが減少する場合もある (図52.9右)。利用に際して注意が必要である。

(8)今後の課題として、25~30℃の室内で人体実験を長時間かけて行い、本論で例示した方法 によって蒸発効率と熱交換速度を求めたい。また、多数の人々の体感温度と合うような風速依存の 関係を見出したい。その場合、半湿り黒球と人体表面における熱収支の違いを考慮して体感温度 のよりよいパラメータを求めることが重要となる。

(9)本論では、体表面温度Ts=35~38℃を仮定して人体の蒸発効率などを推定した。 人体からの蒸発量は体表面温度と密接に関係するので、環境条件と体表面温度 Ts との関係を知る ことが重要である。この場合の体表面温度は放射温度計で行う。同様に、代謝エネルギーS (=体内から皮膚を通して放出される熱量)も皮膚面の熱収支式から計測が可能である。 そうすれば、表52.2 で例示した蒸発効率と熱交換速度を推定する際に、Ts と S を仮定しないで、 実測値の Ts と S を用いて計算できるので、蒸発効率と熱交換速度の推定精度は向上する。

参考文献

近藤純正、1982:大気境界層の科学.東京堂出版、219 pp.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学.東京大学出版会、pp.324.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学ー地表面の水収支・熱収支ー.朝倉書店,pp.350.



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