K44.気候変動観測の危機


著者:近藤 純正
気象観測所の周辺環境が悪化しており、このままだと地球温暖化など 気候変動の監視ができなくなり、将来にわたって大きな社会的損失となる。 このことに気象庁と財務局の多くの職員は気づいていないのではないか。 この危機的状態は、全測候所が廃止・無人化されるまでのこの1~2年間の 対応によって免れることが可能である。
気象庁が観測所の余剰地部分を財務局に返還する場合、基準の広さをもつ 観測露場とその周囲に十分な余裕を確保しておくべきである。 具体的には、観測所として確保した敷地の外側に建築物が造られたり 植樹されたとしても、日の出1時間後から日の入り1時間前までの日照時に 露場の地面が日陰にならないような配慮が必要である。さらに、露場面から 主な卓越風の方向を見上げたとき、障害物の高度角が α>6° (つまりtanα>0.1)を越えないことが必要である。
(完成:2008年9月5日)

本ホームページに掲載の内容は著作物であるので、 引用・利用に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを 明記のこと



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  目次
        44.1 はじめに
        44.2 なぜ気候変動の観測が危機的状況にあるか?
        44.3 危機は早急な対応で克服できる
        44.4 すぐ対応すべき観測所
        44.5 今後注意すべき観測所
        あとがき


44.1 はじめに

気候変動は自然の変動(太陽活動や火山噴火などにともなう変動)と、 大気中の二酸化炭素など温室効果気体の人為的増加によって生じている。 気候変動問題は、最近20年間の社会で大きく取り上げられるようになった。

地球温暖化などの気候変動は長期的な観測によって明らかにされるもので ある。それにもかかわらず、数年の期間に生じたローカルな異常気象や 諸現象を直ちに地球温暖化のせいにしてしまい、真の因果関係を見逃したり 簡単に片付けてしまう風潮がみられる。

二酸化炭素の排出量の削減行動と同様に、気候変動の正しい監視が重要である。

二酸化炭素の排出量の削減によって地球温暖化速度が緩和されるかどうか、 現状の気候変動はどうなっているかを知らねばならない。世間では、 気候変動の監視は気象庁によってちゃんと行われていると思われている かもしれないが、実態は危うくなっている。

近年の温暖化は二酸化炭素の増加が原因ではないと、いう説もある。 こうした考えが出てきた理由の一つは、観測データの不確かさによる ところがある。一方、過大な温暖化説もある。こうした混乱をなくする ためにも、正しい気候変動を監視することが重要である。

バックグラウンド温暖化量を知ろうとして気象データを解析しても、 観測所周辺が都市化されており、明らかな都市化の影響がデータの中に みられる。世界的にみても、観測データには「都市化の影響がほとんど 含まれていない」という前提のもとに解析され、気候の将来予測が 行われている。

気象観測値には、諸々の誤差が含まれる。観測方法が時代によって 変化してきたことや、観測所周辺の環境変化(都市化や日だまり効果など) が観測値に敏感に反映されている。

気温を例にするならば、通常の天気予報では1℃の精度があれば十分であるが、 気候変動の解析で必要な精度は0.1℃である。それは、長期の気候変動の 大きさが100年間当たりわずか0.7℃程度であるからである。

気象観測所の移転や周辺環境の変化によって生じる年平均気温のずれは 0.3~1℃もあるので、観測資料の解析には十分な注意がいる。

気象観測所(測候所)が創設された明治から昭和初期にかけての時代には、 「気温などを測る露場の広さは600m(=20m×30m)、その 周辺には風を遮る建物や背丈の高い樹木などがない」という条件に 基づいて観測所がつくられ、それが守られてきた。

都市に設置された測候所(現在の多くの地方気象台)でも、当初は街はずれの 好環境にあったのだが、近年は人口の密集化などにより、都市化の影響を 含んだ気象を観測することとなった。都市では多くの人々が暮らすので、 その生活環境としての気象を観測する必要もある。

これを目的する大中都市内にある気象観測所は、その都市を代表する環境に あって、ごく近傍100~200m程度の範囲内がその周辺地域との間で大きな 違いがなく、同時に観測露場の周りには露場面付近の風を遮る地物等がない ことである。

いっぽう、地球規模で生じている地球温暖化などの気候変動(本ホームページ では「バックグラウンド温暖化量」と呼ぶ)は、都市を含まない 広域において生じる現象であり、生態系や農業生産などに関わる。 この観測は難しいのだが、現状の把握と気候の将来予測の基となる ので、もっとも重要である。

バックグラウンド温暖化量を監視する観測所は、周辺にある建物・樹木の状態 に大きな変化がないことが条件である。樹木の枝が伸びてくれば伐採するなど の管理を続けなければならない。

本章は、バックグラウンド温暖化量を監視する観測所が危機的な状況にある ことを訴えるものである。

44.2 なぜ気候変動の観測が危機的状況にあるか?

この数年間各地を視察・解析してみると、田舎でも気象観測所の周辺環境は 悪化しており、バックグラウンド温暖化量を求めるには、 いろいろな補正をほどこす必要があった。今回はじめてわかった「日だまり 効果」(中小都市では都市化の効果による昇温も含む)が各地の観測所で 生じており、日本平均の100年間当たりの温暖化量は、補正後と未補正値の 比(=今回の評価値 / 気象庁の公表値)は約60%にもなり、無視できない 大きさである。こうした解析を繰り返すことによって、この127年間 (1881~2007年)のバックグラウンド温暖化量を評価することができた (「K40.基準34地点による日本の温暖化量」を 参照)。

測候所は廃止・無人化され、観測露場の周囲は余剰地として財務局に返還され、 売却が進められ、観測所としての周辺環境は悪化の方向にあり、 今後のバックグラウンド温暖化量の正しい評価は不可能となる。

Q: これまでと同じように補正すれば正しい評価は可能ではないか?
A: No !


なぜ No なのか、説明しよう。
補正は、「都市化」や「日だまり効果」のない基準観測所が10地点ほど 存在し、それを基に解析を進めることができた。ところが、周辺環境が 悪化し基準観測所の数が少なくなると、補正が不正確になってしまう。 当初、基準観測所は数地点でよいと考えたのだが、気候の10~30年程度の 時間スケールの自然変動は地域ごとに(北海道、東北、・・・・西日本で) 異なるので、数地点では不正確な結果となった。特に、バックグラウンド 温暖化量を基に都市化による昇温(熱汚染量)を各都市について求めてみると、 最終的に34地点の「基準+準基準」の観測所が必要であった。

(注) その詳細と結果は以下に掲げる章に示した。
「K40.基準34地点による日本の温暖化量」
「K41.都市の温暖化量、全国91都市」
「K42.都市気温と環境の短期的な変化」

44.3 危機は早急な対応で克服できる

気候変動観測の危機的状態は、全測候所が廃止・無人化されるまでの この1~2年間の対応によって免れることが可能である。

気象庁は測候所の廃止・無人化を進めている。その際、観測所の余剰地部分 は財務省財務局に返還されている。財務局は余剰地を売却し、その取得者が 建物を建築することによって露場周辺の環境が大きく変わり、気象観測値に 影響が及ぶことになる。このことは、これまでの章で見てきたように明らか である。

気候変動観測所はおもに田舎にあり、その余剰地を売却した としても全部で数億円にしかならない。数億円を得るために大事な観測を 不能にする(正しい気候変動の実態がわからなくする)ことは、それ以上の 大きな社会的損失である。

現在、気象庁が測候所の余剰地を決める際に大きな判断ミスがあるのでは ないか! 気象測器を設置する露場のみ確保し、その周囲を余剰地として 売却すると、露場に隣接してマンションや2~3階建て住宅が建てられる ことは予想できないだろうか!

この状態にならないようにするために、余剰地を決める際に、観測露場と その周囲に十分な余裕を確保しておくべきである。 具体的には、観測所として確保した敷地の外側に2階建て住宅が建築された り植樹されたとしても、日の出1時間後から日の入り1時間前までの日照時に 露場の地面が日陰にならないような配慮が必要である。この配慮によって、 露場面付近の風通りも極端に悪化しないことになる。

この基準は、「日だまり効果」による気温上昇の解析から得られた基準と ほぼ一致する。すなわち、露場面から見上げたとき、高度角 α>6° (つまりtanα>0.1)を越えると日だまり効果が現れはじめる (「K40.基準34地点による日本の温暖化量」 の40.6項の最後を参照)。これらを参考にして余剰地の範囲を決めるべきだ。

わずかな金額のために、大きな社会的損失とならぬよう、余剰地の決めかたは 慎重に行わねばならない。

44.4 すぐ対応すべき観測所

敷地が売却され、いま危機的状況にある測候所は次表に示す通りである。 すでに売却が終った地点は仕方がないとしても、他の地点でこの1~2年 のうちに財務局に返還する余剰地を決める際に、気候監視の重要性を意識し た検討が必要である。本来の財務省は国民のために予算を有効に使うところで ある。気象庁は技術官庁であることに恥じない知識をもち、それを主張する 使命・責任がある!

財務局との返還交渉は公開で行うならば、世論の支持も得られよう。 いわゆる、”国民がやかましいから・・・・・・”がよい方向に進むと考え る。

表44.1 売却等により気候変動監視が危ぶまれ、早急な対応が必要な地点
内陸にある観測所は地点数が少なく、補正量>0.3℃の地点も含む



            2000年までの  敷地総面積
            日だまり効果  宿舎跡地含           売却価格
 観測所  (都市化含む)           売却面積 または    備 考(売却地の現況)
       による補正量                       台帳価格
       (℃)      (平方m) (平方m)(万円)                   


<内 陸>     
  日 光        0.43          3,155      2,419     5,240     日光二荒山神社の小さな祠が建つ              
  津 山        0.35          2,989      1,670      ―       一種低層宅地:2008年10月28日入札の開札予定      

<沿岸・島嶼>
  浦 河         0           10,010      未定      未定          
  宮 古         0            4,747      未定      未定       
  御前崎        0.21          3,099      未定      未定     
  平 戸        0.19          - - -      1,571     1,660     一種中高層準住居地:(株)白石建設が分譲住宅4戸を準備中       
  清 水        0.28          5,304      検討中
  与那国島       0           11,412      協議中    未定

注1:売却価格と台帳価格は実際に落札された価格と異なる。
注2:日だまり効果による補正量は2000年以前のデータにほどこした値 である(「K39.気温の日だまり効果の補正(2)」 の表39.2の気温上昇の列を参照)。
注3:赤文字で示す地点は地理的な位置と現在の 環境からみて、特に重要な観測所である。
注4:売却の列に「未定」とあるのは、検討中であったり、いま当分は決めない ことを意味する。

上記観測所のその後の状況については下記の章の最後の項に示してある。
旧日光測候所(現・日光特別地域気象観測所)は 「日光と宇都宮の観測所」
旧津山測候所(現・津山特別地域気象観測所)は 「岡山県の津山測候所」
旧平戸測候所(現・平戸特別地域気象観測所)は「長崎県の平戸 測候所」

本章はバックグラウンド温暖化量を監視する観測所についての内容であるが、 余剰地の売却に際して参考となるので、都市気象の観測所である静岡県三島 を例にあげる。

「写真の記録」の「89.三島測候所」で 取りあげたように、余剰地を購入したマンションの建設・分譲の業者が 2,300平方mの敷地に13階建てマンションの建設を計画したところ、住民の 「三島測候所を守る会」の反対により計画を変更した。

この反対運動と、マンション業者の計画変更(戸建て住宅の分譲業者への 転売となる可能性がある)をもたらす原因をつくったのは、気象庁ではない か!?

三島測候所の余剰地を財務局に返還する際に、露場の外側に余裕をとらず、 露場フェンスを余剰地の境界としたことに判断ミスがあった!

図44.1に示すように、オレンジ色で示す範囲を広くとり、無人化後の観測所 用地として確保し、薄い緑色の範囲(以前には測候所の平屋宿舎5戸があった ところ)を財務局に返還すべきであった。露場の東側のフェンスからオレンジ 色の東側の点線までの距離は、最低8mはとる必要があった。

敷地の返還後、オレンジ色の部分にも住宅が建ち、観測所としての環境が 最悪になることを、なぜ予想できなかったのか。

宿舎跡地
図44.1 三島測候所の敷地と周辺の地図。 黒印:旧測候所庁舎(現在、国の有形文化財)、庁舎を含む敷地1,000平方m は三島市が買収し公園となる。濃い緑:気象観測所の露場。 黄色:道路、青:現存の住宅などの建物を表す。図の南寄りを西南西から 東北東に走る道路は国道1号線である。オレンジ色+薄い緑:売却した敷地。
露場に接したオレンジ色の部分は観測所用地及び国の有形文化財用地として 残しておけば、気象観測所としての環境が保たれ、大きな問題は発生しな かったと考えられる。 (「写真の記録」の「89.三島測候所」の図89.4に同じ)。 (「goo 地図、三島市東本町2丁目」を参考にして 作成)

44.5 今後注意すべき観測所

この数年間に視察した観測所のうち、観測露場の周辺が直ちに売却される ようには見えなかった観測所は以下の一覧に示す。これらについても、 今後、周辺に植栽されたり建築物ができたり、あるいは露場に隣接する 敷地に大きな変化が起きないよう注意していなければならない。

しかし、いずれ露場周辺の敷地は売却されるだろうが、気象庁はこれら観測所 の余剰地を決める際に、前記の44.3項で説明した基準を参考にして、観測 環境の悪化を招くことのないようにして欲しい。

<内陸にある気候変動観測所>
飯田

<沿岸にある気候変動観測所>
稚内、根室、寿都、深浦、相川、伏木、 銚子、勝浦、石廊崎、潮岬、 室戸岬、屋久島、名瀬

注5:赤文字で示す地点は環境がよく(現時点に おける日だまり効果などによる補正量が小さく)、特に重要な観測所である。

あとがき
測候所が廃止・無人化され、売却する余剰敷地の範囲を決めるにあたり、 気候変動の監視が今後とも正しく行われるよう、慎重な検討が必要である。 目安として、観測所敷地の外側に建築物が建てられたり、植樹され成長 したとしても、日の出1時間後から日の入り1時間前までの日照時に露場の 地面が日陰にならないような配慮が必要である。さらに、露場面から卓越風 の方向を見上げたとき、障害物が高度角α>6°(つまりtanα>0.1)を越え ない条件ならば、「日だまり効果」による局所的な昇温は起きない。 これら2通りの配慮を行えば、露場面近くの風通りは極端に悪化せず、 観測値はごく局所的な影響を受けず、本来の目的の気象観測を行なう ことができる。

測候所の売却地が低額であれば、売却により財務当局が得た金額以上の 費用をかけて、狭くなった観測所を改善するため、気象庁予算(同じ国家予算) で新たな測風塔を建てたり、新たな観測場所への移設が行われる可能性が ある。短期的には国家予算の損失であるばかりか、長期的には気象資料の 不連続が起きるなど大きな社会的損失となる。

観測所の余剰敷地の決め方は、気象庁と財務局の事務担当者のみで行われて いるのではないか? これが大きな社会的損失とならないよう世論に訴え たい。

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