K33.境界層上端の風速経年変化
著者:近藤純正
33.1 研究の動機
33.2 850hPa面と800hPa面風速の解析
33.3 解析結果
要約
資料
最近の約50年間について日本全域にわたる大気境界層上端付近(850hPa,
800hPa気圧面:高度約1500~2000m)の風速の経年変化を調べた。
高層気象観測は原則として1日2回であり、ラジオゾンデの上昇するときの
瞬間値を測っていることにより、年々のバラツキは大きい。
北海道から南西諸島まで見渡したとき、風速に3~4%程度の長期的変動は
あるかも知れないが、それ以上の大きな経年変化は認められない。
(2007年2月17日完成)
33.1 研究の動機
地上風速(高度数m~数10mで観測)は観測高度、大気安定度などのほかに
観測所周辺の粗度(空気力学的粗度)によっても変化する。したがって、
上空の一般風が同じであっても、観測所周辺が都市化されると平均風速や
突風率(=最大瞬間風速/平均風速)は経年変化をすることになる。
地上風速、特に観測露場の風速が弱くなると、鉛直混合が弱まり上空への
熱拡散が少なくなり地上気温の平均値は上昇する。これは「陽だまり効果」
である。
二酸化炭素など温室効果気体の増加によってもたらされる地球温暖化量を
評価する場合、陽だまり効果は無視することが出来ない。
近年多くの観測所では地上風速が減少する傾向にある。このうち、観測所
周辺の環境変化によるものと、一般風の自然変動によるものを区別して
知る必要がある。
昔から周辺環境がほとんど変化していないと思われる四国の室戸岬や北海道の
寿都の風速経年変化を調べてみると、前者は約4%、後者は約9%減少して
いる。
室戸岬では1970年前後に約4%の風速の減少がある(
「K31. 室戸岬の地球温暖化量」の図31.1を参照)。
また、寿都では、1960年ころから年平均風速は9%(1980年の風速/1960年の
風速=6.0/6.5)ほど減少し、西風の卓越する冬期の平均風速もほぼ同様で
ある。これらの原因は現在までのところ不明であり、自然風の長期変動の
可能性も考えた。
自然風の長期変動はどの程度あるのだろうか? これがこの研究の動機
である。
前回の解析では、次の2つのことがわかった(
「K32.基準3地点の温暖化量と都市昇温」)。
(1)日本のバックグラウンド温暖化量の10~20年の短い変動を
より詳細に知るには、基準となる観測地点をさらに数地点増やす必要が
ある。
(2)都市の気温上昇量(=気温-バックグラウンド温暖化量)は、
戦災による都市の焼失や、経済高度成長に伴うビルの増加・高層
化の速度と微妙に関係しているように見える。基準となる観測地点が増え
れば、これがより明確となる。
その章では7大都市、10中都市、気象庁17地点など、各グループごとの
都市昇温量を求めることができたが、個々の都市について知るには、基準と
なる観測地点を増やさなければならない。
基準3地点(寿都、宮古、室戸岬)のほかの測候所(現在の特別地域気象観測
所)の多くは、周辺環境の変化が大きく、バックグラウンド温暖化量を
求めるには陽だまり効果による昇温量を補正する必要がある。
この際に風速の経年変化(風速の減少率)を考慮するのだが、そのうち
周辺の地表面環境の変化に伴う風速変化とは別に、風速の自然変動を知って
解析しなければならない。
この章の目的は、地表面環境の変化の影響をほとんど受けない大気境界層
上端付近(850hPa面、800hPa面:高度約1500~2000m)の風速の経年変化
を知ることである。
33.2 850hPa面と800hPa面風速の解析
高層気象観測所の18ヵ所(稚内、根室、札幌、秋田、仙台、輪島、館野、
八丈島、米子、潮岬、福岡、鹿児島、名瀬、石垣島、那覇、南大東島、父島、
南鳥島)の観測資料を解析する。これら観測所では1950年代から
ラジオゾンデによる観測が行われており、約50年間の資料がある。
毎日2回(9時、21時)の観測値の月平均スカラー風速から年平均値を求める。
高層気象資料は気象庁編集の「高層気象観測月別累年値、1951~1987年」及び
「高層気象観測年報、1988~2005年」を用いた。
33.3 解析結果
18ヵ所についての解析結果を以下に示す。各図のプロットは850hPa面
(青)と800hPa面(赤)の年平均風速である。それぞれの5年移動平均値は
折れ線で示した。
ラジオゾンデによる観測は9時と21時の1日2回であり、風速はラジオゾンデ
が上昇していくときの瞬間値であるために、バラツキは大きいが、経年変動の
傾向はみることができる。
図33.1は北海道の稚内、根室、札幌について示している。
稚内では1980年以後で風速が3~4%減少しているように見えるが、根室と
札幌ではその傾向は見えず、プロットのバラツキが大きいことから、風速
減少は確かだとはいい難い。
図33.1 850hPa, 800hPa気圧面における風速の経年変化、
折れ線は5年移動平均(各年の値は前5年の平均値)。
(上)稚内、(中)根室、(下)札幌
図33.2、・・・・図33.6までを見渡したとき、3~4%以上の
大きさの、10年以上の長期的な風速変動は認められない。
図33.2 850hPa, 800hPa気圧面における風速の経年変化、
折れ線は5年移動平均(各年の値は前5年の平均値)。
(上)秋田、(中)仙台、(下)輪島
図33.3 850hPa, 800hPa気圧面における風速の経年変化、
折れ線は5年移動平均(各年の値は前5年の平均値)。
(上)館野、(中)八丈島、(下)潮岬
図33.4 850hPa, 800hPa気圧面における風速の経年変化、
折れ線は5年移動平均(各年の値は前5年の平均値)。
(上)米子、(中)福岡、(下)鹿児島
図33.5 850hPa, 800hPa気圧面における風速の経年変化、
折れ線は5年移動平均(各年の値は前5年の平均値)。
(上)名瀬、(中)石垣島、(下)那覇
図33.6 850hPa, 800hPa気圧面における風速の経年変化、
折れ線は5年移動平均(各年の値は前5年の平均値)。
(上)南大東島、(中)父島、(下)南鳥島
表33.1は各地点の平均風速、年々変動の標準偏差、及びそれらの比率
(変動率=標準偏差/平均風速)の一覧表である。右端の列は、年々変動を
機械的に最小自乗法で直線近似したときの100年間当たりの風速変化である。
プラスは風速の増加、マイナスは減少である。
表33.1 850hPa面高度と800hPa面高度における平均風速と年々変動の標準偏差、
及び直線近似したときの850hPa面風速の100年間当たりの変化率。
観測所名 850hPa面 800hPa面 850hPa面
風速 標準偏差 比率 風速 標準偏差 比率 風速変化率
m/s m/s % m/s m/s % (m/s)/100y
稚 内 9.8 0.42 4.3 10.2 0.46 4.5 -1.2
根 室 9.9 0.39 3.9 10.6 0.50 4.7 0.0
札 幌 9.7 0.41 4.2 10.7 0.47 4.4 0.0
秋 田 9.9 0.42 4.2 11.2 0.47 4.2 -0.7
仙 台 10.3 0.37 3.6 12.2 0.49 4.0 +0.6
輪 島 9.1 0.42 4.7 10.1 0.49 4.9 +0.2
館 野 7.7 0.34 4.4 8.7 0.37 4.2 -0.5
八 丈 島 10.2 0.44 4.3 10.7 0.51 4.8 -0.4
潮 岬 9.3 0.37 4.0 10.3 0.43 4.2 -0.4
米 子 9.0 0.37 4.1 9.7 0.41 4.2 -0.2
福 岡 8.5 0.34 4.0 9.6 0.42 4.4 -0.2
鹿 児 島 9.0 0.42 4.7 9.8 0.49 5.0 +0.5
名 瀬 8.8 0.37 4.2 9.1 0.39 4.3 -0.4
石 垣 島 7.2 0.32 4.4 7.1 0.30 4.3 -0.4
那 覇 8.0 0.32 4.0 8.5 0.33 3.9 +0.6
南大東島 7.8 0.37 4.8 8.3 0.40 4.8 -1.1
父 島 8.6 0.36 4.2 9.2 0.47 5.1 +0.3
南 鳥 島 7.1 0.36 5.1 7.4 0.39 5.3 -0.6
平 均 8.5 0.36 4.3 9.6 0.43 4.5 -0.2
標準偏差 - - - - - - ±0.5
年々風速の変動率(=標準偏差/平均風速)は4%程度である。
また、100年間当たりの風速変動はプラスとマイナスがあり、18地点の平均値は
-0.2(m/s)/100y であるが、18地点の標準偏差は±0.5(m/s)/100y と大きく、
日本上空における長期的な風速変動は大きくないといえよう。
要約
最近の約50年間について日本全域にわたる大気境界層上端付近(850hPa,
850hPa気圧面)の風速の経年変化を解析した。
北海道から南西諸島まで見渡したとき、風速に3~4%程度の長期的変動は
あるかも知れないが、それ以上の大きな経年変化は認められない。
それゆえ、地上風の解析において、長期的な風速変動が大よそ5%以上あれば、
それは観測所周辺の環境変化によるものだと判断してよいだろう。
資料
気象庁(編):高層気象観測月別累年値、1951年~1987年、
MO.(財)気象業務支援センター.
気象庁(編):高層気象観測年報、1988年~2005年、
CD-ROM.(財)気象業務支援センター.