K228.森林に関わる大気現象(Q&A)


著者:近藤純正
セミナー「森林に関わる大気現象」(東京大学森林科学専攻、2022年 6月16日開催)の質疑応答の時間に出された質問(メールによる質問も含む)に対する Q&Aである。(完成:2022年6月27日、備考1-2を加筆:2024年3月23日)

セミナーの内容(動画)は、「K227. 森林に関わる大気現象 (動画」から視聴することができる。

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2022年6月22日:素原稿
2022年6月23日:回答A5の一部の表現を変更
2024年3月23日:A1に備考1-2を加筆

    目次
       Q&A
         Q1. 都市の温暖化・乾燥化の影響が及ぶ範囲は?
        Q2. 気候と気象の違いは?
        Q3. ポテンシャル蒸発量の利用について、具体的に説明して欲しい
        Q4. 気温観測の誤差の要因は?
        Q5. 都市の乾燥化に関して、湿度の観測方法の変更による誤差は?
        Q6. 東大秩父演習林で観測した蒸散量500mm/yについて?
        Q7. 渦相関法による観測で熱収支のインバランスが生じる問題について    
       文献            

謝辞
次の方々には最終的な内容の査読をいただいた。ここに深く感謝いたします。 (称号・敬称略、査読順)。熊谷朝臣、斎藤篤思、桑形恒男、


Q1.都市の温暖化・乾燥化の影響が及ぶ範囲は? (東大森林科学、M1 安井理香)
地域の気温・湿度、および降水量に及ぼす範囲は?

A1:東京を例にすれば、ビルや舗装道路の多い都心部で都市の温暖化・乾燥化 が大きく、周辺の田舎に行くにしたがって小さくなる。
都心部で都市化による温暖化・乾燥化が大きくなったのは、田畑や森林などの植生地 が少なくなり、コンクリートや舗装道路などの面積が多くなったことで、蒸発散量 が少なくなったからである。太陽から同じ短波放射量(日射量)を受けても、 そのエネルギーが蒸発散に使われるのではなく、大気を温める熱(顕熱)に 変わったことによる。その他、大きい人口密度によってエネルギー消費量が多く、 そのエネルギーは最終的に熱になり大気を温める。風が吹くときは、風下の田舎 では都心部の高温・乾燥空気が流れてくるが、その影響は距離とともに拡散されて 小さくなる。

都市の温暖化・乾燥化によって都市内の植生地からの蒸発散量(植生地から 大気への水蒸気の供給量)は多くなっているが、もともと水蒸気量が少なく なった都市大気への水分の供給である。この供給があっても都市大気の 水蒸気量は過大にはならない。その結果、東京などでは、霧が周辺から流れて きても消えることが多い。東京や横浜での霧日数は、1930年代には年間に30~70日 もあったが、2000年代にはほぼゼロになった。

東京の都市化による温暖化・乾燥化が降水量にどのように影響するかについては、 難しい問題である。スライド7で示した大面積のボルネオ島における森林破壊が ボルネオ島全域の降水量の減少になったのと比べて、東京の温暖化・乾燥化範囲 の面積は小さい。都市温暖化・乾燥化の影響によって東京の降水量が多くなったか 少なくなったか、正しく見いだすことは難しい。都心部は高温のため、対流が 発生するときの引き金となることもあろう。しかし、少なくなった都市大気中の 水蒸気(乾燥空気)はいずれどこかへ流れて行き、日本周辺の広い地域の 気象・気候に、少しは影響するだろう。

備考1-1:湧水の水温から蒸発効率βを知る
湧水は季節変化の小さい地中温度を持って地表に湧き出した水で、湧水温度の 年平均値は地中水の涵養域(0.1km2~1km2)平均の 地表面温度の年平均値を表わす。東京都内の湧水の水温観測から、涵養域の 蒸発効率β(=0~1:蒸発のしやすさを表わすパラメータ)を知ることができる。 「K132 東京の都市化と湧水温度-熱収支解析(2)」 の図132.8に示すように、都市化率(都市的土地利用率)が小さい森林(都心部 も含む、森林では都市化率=0)で年平均の蒸発効率β=0.2~0.3である。 βは都市化率が大きくなるほど小さくなり、都市化率=80%でβ=0.1程度になる。 このことから分かるように、都市の温暖化・乾燥化は都心部で大きく、同じ 東京都内でも都心化が進んでいないビルなど少ない周辺部ほど小さい。

備考1-2:都市が降水に及ぼす影響の数値実験例
地表面での熱や放射のやりとりにおいて、建物の影響を考慮した気象モデルを用いて、 Seino et al. (2018)は都市の高温化に伴って生じる降水の変化を調べた。 清野らの論文

その方法と結果は次の通りである。
都心とその周辺(約80 km四方)に、実際の土地利用に即した建物分布を想定した場合 (基準実験)と、建物用地をコンクリートに近い性質の平板に置き換えた場合 (平板実験)で、関東地方を対象に8年間の8月の数値シミュレーションを 行ったところ、基準実験では、平板実験に比べて都心付近(約20 km四方) の月平均気温が約1°C高かった。基準実験では、建物があることで生じる、 地表付近の弱風化や大気と壁面との熱交換、放射収支の変化などが考慮されており、 こうした過程が都市の高温化に寄与することを示している。 2つの実験間で8年平均の月合計降水量を比較したところ、土地利用に差を与えた 領域内で基準実験の降水量が平板実験より有意に多く、都心付近の20 km四方では 平板実験より約10%多かった。ただし、個々の降水日の計算結果を比べると、 降水量に違いの生じる場所は事例毎に異なり、また、 平板実験で都心付近の降水量が多い事例もある。 基準実験での都心付近の降水量の増加は、あくまで平均として 見られる傾向であることに注意が必要である。


Q2.気候と気象の違いは?(名大環境学、D2 小林邦彦)

A2:気候は長時間の平均状態をいうのに対し、気象は短時間に変化する様々な 大気の現象のことである。

気候を表わす平均化時間の長さは決まっているわけではない。気象庁の定義 する例えば気温などの平年値は30年間の平均気温である。一般には、気温や湿度 の気候値は数年間の平均を気候値とする場合もあれば、地球温暖化の場合には、 気温の数十年間の変化傾向を言う。この数十年間の長さは問題によって異なる。 例えばスライド5で示した暖候期の降水量の長期変化のグラフでは、40~50年程度 の周期的な傾向があった。気温の場合でも同様に、年々変動のほかに、太陽黒点 周期と同じ11年周期、40~50年程度の周期的変動と、50~60年以上の長期にわたる 気温の上昇傾向が見える。地球温暖化の場合は、50~60年以上の長期にわたる 気温上昇の傾向を言う。例えば、「K225 日本の地球温暖化、 再解析2022」の図2に示した黒線によれば、日本平均の気温上昇率は1900年 ころには約0.02℃/10年であったが、しだいに大きくなり、2000年ころには 約0.3℃/10年になっている。この傾向が地球温暖化・気候変化である。もちろん、 40~50年の周期的変化も気候変化と言ってよい。

気象は秒単位から1日単位や月単位の短い時間で、気温・湿度・風速などが 互いに絡みあって変化する大気の現象である。雷や降雹なども大気の現象である。


Q3. ポテンシャル蒸発量の利用について、具体的に説明して 欲しい(東大森林科学、研究員 藤目直也)

A3:蒸発散量Eの観測値とポテンシャル蒸発量Epの計算値を毎年比較する、 あるいは東京の森林と大阪の森林の2か所の観測値Eと計算値Epを比較することで、 観測値Eの違いの原因を知ることができる。

例えば昨年のE=1000mm/yに対して、今年のE=800mm/yであるとする。 この違いの原因は昨年と今年の気候の違いによるものか、それとも松枯れ病など によるものか不明の時、EとEpを比較すれば分かる。仮に今年のEpが20%ほど小さく なっていれば、観測値Eの減少は気候の違いによるものと判断できる。 今年の気温が低く、または湿度が高くなっていれば今年のEpは小さくなる。 一方、Epが昨年も今年もほぼ同じであるにも関わらず、Eの観測値が小さくなって いれば、例えば松枯れ病、あるいは工事によって地中の水分量が減少してEが 減少したと考えることができる。

なお、Epの計算方法は近藤(2000)の7.5節と付録Fに示してある。


Q4.気温観測の誤差の要因は? 演習林の場での観測では? (東大演習林、講師 田中延亮)

A4:気温観測における誤差の要因1として気温観測用の通風筒および温度 センサに及ぼす放射の影響による誤差、要因2として気温計を設置してある観測 露場の環境変化(周囲の樹木の成長によって風通しの悪化など)によって、 「日だまり」となり平均気温が高めに観測される。気象庁の観測では、 周辺 10~20 km範囲の地域を代表する気温を観測している。

放射の影響による観測の誤差を小さくするために、温度センサはファンモータ で外気を吸引する通風筒の中に設置されている。放射による誤差として、通風筒 に日射(太陽光)が当たると通風筒は加熱され、加熱された通風筒の内壁からの 長波放射によって温度センサが加熱される。そのほか、日射の地面からの反射光 を防ぐために通風筒の吸気口に遮蔽板を付けた構造(気象庁のJMA-95型)では、 遮蔽板が地面からの反射光によって加熱される。その加熱された遮蔽版からの熱が 吸気流とともに温度センサに当たり気温が高めに観測される。例えば気象庁の JMA-95型の通風筒では、晴天日中の気温は0.3~0.4℃ほど高めに観測される。

気象庁のアメダス観測所で、狭い観測露場の周辺に生垣を作った例がある。 担当者になぜ生垣で囲むかについて聞くと、近くの舗装道路からの熱気を防ぐ ためだという。しかし、生垣を作ると生垣の葉面が日射を受けて1℃程度加熱され、 その加熱された葉面からの空気が気温計に流れてきて、気温は高めに観測される。 さらに、生垣などで露場の風通しが悪くなり、いわゆる狭い「日だまり」となって、 周囲より高温となる。以前に最高気温の新記録を観測した岐阜県の多治見アメダス がその例であり、アメダスの隣のアスファルト駐車場で気温を測ってみると、 晴天日中は1℃ほどアメダスが高温であった。群馬県の館林アメダスも同様に 生垣で囲まれて、過大な最高気温を記録していたが、2018年6月に西方の高校に 移転した。

演習林の気温観測の方法は、目的によって異なるが、気象庁とほぼ同じで、 森林を含む周辺域の場の気温の規準値を測ることが目的ならば、観測露場 (30m平方以上の面積)の環境を一定に保ち、良好な風通しを維持することである。 環境を維持する方法の1として、露場の中心から周辺の樹木の上端を見る仰角を 全方位について測量し、長期にわたりほぼ一定に保たてているかを知る方法がある。 方法の2として、樹冠の高度より数m高い観測塔があり地域代表風速を観測して いるならば、露場でも高度2mの風速を測り、樹冠上の地域代表風速との比が一定 の状態であることを記録していく。

樹冠の高度より数m高い観測塔で気温を観測しているならば、その気温を 地域代表の気温「規準の気温」として利用する方法が最良である。そして林内 気温も測り、「規準の気温」と比較し、樹木の成長によって林内気温がどのように 変化するかを知ることができる。(林内気温-規準の気温)は森林の着葉率・繁茂度、 林内の風通し・湿潤度などを表わすパラメータとなる。


Q5. 都市の乾燥化に関して、湿度の観測方法の変更による 誤差は?(東大森林科学、D4羽田泰彬)

A5:湿度の観測は、昔は非通風式乾湿計を使っていたが、1950年から通風式と なり、最近は電気式湿度計が使われるようになった。観測器の変更ごとに湿度の 観測値がわずかながらずれる。

昔の湿度の観測方法は、温度計2本を使って、一方の球部にガーゼを巻き水で 濡らしたときの湿球温度と、温度計の温度(乾球温度)の差から、湿度を求めて いた。これら2本の温度計を乾湿計と呼ぶ。1950年1月から1970年代までは乾湿計の 受感部(水銀だまりの球状形)に吸引した外気を当てる「アスマン通風乾湿計」 が使われるようになった。そうして、乾球温度と湿球温度の差から湿度を求める ときに用いる「乾湿計定数」が変わった。乾湿計定数は、正確には通風速度と 湿球温度計の球部の大きさによって変わる。

気象庁では、1971年以降は順次、地上気象観測装置が導入され、おおむね15年 ごとに 測器は更新されている。地上気象観測装置「JMA-95型」の前には、 塩化リチウム露点計(隔測湿度計と呼ばれる)が使用されてきた。現在の電気式 湿度計(静電容量式)は「JMA-95型」への更新に伴い、1996年3月以降更新した 官署より順次使用するようになった。電気式湿度計(静電容量式)は高分子膜の センサに含まれる水分の量(空気中の湿度による)によって誘電率が変わることを 利用したものである。

このように観測のセンサが変更されたことと、1日に何回観測するかの観測回数 も変更されてきた。現在は毎時24回の自動観測であるが、昔は1日に3回、4回、 6回、8回、ほかに1882年6月までは2回(地方時の09時30分、21時30分)もあり、 時代と観測所によって違っていた。日平均値や年平均値は 1日の観測回数の変更によっても異なる。

非通風式の乾湿計定数は国によっても違うが、日本では、非通風式はアンゴー (Angot)の式が使われ、通風式はスプルング(Sprung)の式が使われていた。 全国の気象観測所で非通風式と通風式を用いて同時に湿度を観測したデータから、 両方式の観測誤差を調べてみると、湿度の差は気温と湿度に依存することがわかり、 熱収支式を用いた理論計算の傾向と一致することを確認した。非通風式と通風式 による相対湿度(瞬間値)の差は-6~+4%の範囲に複雑な形で分布する (Kondo, 1967)。

これらのことから判断すれば、年平均湿度の観測誤差は±2%程度と見なされる。 その他に、気温観測の誤差と同様に観測露場の環境変化によって生じる誤差もある。 こうしたことによる湿度の補正は非常に複雑であるため、今回の解析では 気温で実施しているような補正は行なっていない。気温については、私・ 近藤純正が補正した日本平均の気温上昇率(地球温暖化量)に比べて、気象 庁発表の未補正の気温上昇率は1.5倍も大きくなっていることが確認されて いる(「K225 日本の地球温暖化、再解析2022」)。

気温の補正は可能だが、湿度の補正は複雑、さらに風速は風速計の機種変更の ほかに設置高度の変更もあり、長期の気候変化を正確に求めることは非常に難しい。


Q6. 東大秩父演習林で観測した蒸散量500mm/yについて? (小池孝良)
針葉樹のスギ・ヒノキの林での蒸散量は、どの範囲が妥当な値でしょうか?  かつて、東大秩父演習林(傾斜27度の標高800m付近)で、ヒートパルス法で測った 蒸散量は500mm/yです(森川氏による)。斜面では、この様な数値は出てくる 可能性はありますか? もしあるなら、その原因は、斜面のため樹冠の影など 影響するのでしょうか?

A6:私たちが熱収支計算から求めた全国の森林のうち、宇都宮周辺の平坦地に ある森林からの蒸散量=446mm/y、降雨日の遮断蒸発量=305mm/yです (近藤ほか、1992)。この446mm/yと比べて秩父演習林の蒸散量500mm/yは、 同程度の大きさですね。

斜面では、入力放射量が平坦地と異なり、日照時間の少ない北向き斜面は 入力放射量が小さくなるので、蒸散量は小さくなるはずです。日当たりのよい 南向き斜面は、逆に蒸散量が大きくなるはずです。

ご質問のスギ・ヒノキだけの森林における蒸散効率βの違いについて、 私は調べたことがないので明確なお答えはできないです。針葉樹だけの森林で 超音波風速計などを使う渦相関法(乱流変動法)によってβを実測してみれば 分かるはずです。

ところで、熊谷朝臣先生によれば、日本の針葉樹人工林の蒸発散量の観測、 斜面上部・下部、北向き・南向き斜面での蒸散量の違いなど、研究されており、 詳細は下記の一連の論文に掲載されています。

論文の(1)、(2)は正しく林分蒸散量を出すための測定戦略の策定、(3)では実際の 山地流域で、その測定戦略を適用して林分蒸散量を得た。(4)は日本のスギ林 についての測定であり、長期のデータで斜面上部・下部の林分蒸散量を得て、 さらには、スギの生理学的な蒸散特性を検討している。(5)はスギとヒノキに ADR(土壌水分計)を刺して、樹体内水分貯留量の時間変化とそれが葉からの 蒸散速度に及ぼす影響を調べた内容、(6)は北向き斜面と南向き斜面の 林分蒸散量の相違も観測し、下層植生の蒸散量、遮断蒸発量の推定を行い、 流域蒸発散量を得た。これに対して(7)では同じ森林流域で蒸発散量を乱流 変動法によって得ている。(8)はセンサの構造そのものが生み出す誤差について 検討したもので、これからの蒸散量計測のあり方に一石を投じた。 (9)のFig.6.1では蒸発散と緯度との関係が示されており、日本の森林蒸発散量 の概算を知ることができる。

(1) 論文1
(2) 論文2
(3) 論文3
(4) 論文4
(5) 論文5
(6) 論文6
(7) 論文7
(8) 論文8
(9) 論文9


Q7. 渦相関法による観測で熱収支のインバランスが生じる問題に ついて(清水 貴範)
渦相関法で熱フラックスを直接観測すると、しばしば熱収支のインバランスが 生じてしまうのですが、この原因について、どう考えれば良いのでしょうか。 これまでの自身の観測では、山地の人工林で月によっては平均20%程度、また、 熱帯の平坦な常緑林では、月平均で20~25%程度のインバランスが生じています。

A7:インバランスの主な原因は観測の誤差による、と私は思っています。

インバランスの問題は、1990年のころから発表されてきました。私は、その多くは 測器の誤差によるものだと思っています。その他の小さな影響として、

(1)地表面の高度ゼロで観測していない限り、観測高度 z 以下の層内における 移流の影響によって小さなインバランスは生じうる。
(2)短期間、例えば30分間の数回の観測でもインバランスは統計上、起こりうる。
(3)長期間の平均としてのインバランスは、測器の誤差によることが多い。 その例として自然教育園における6年半の観測では、途中で落雷によって測器を変更 したことで、インバランスの大きさが変わった例を示してあります(近藤・菅原、2016: 「K123 東京都心部の森林(自然教育園)における熱収支解析」 )の123.3節「データの品質管理」を参考にしてください。
(4)傾斜地の場合、鉛直方向のフラックスと見なす面をどのように選ぶか、 によってインバランスが生じうる。
(5)追従性のよい超音波風速計と温度計と湿度計を用いる渦相関法(直接測定法) によって顕熱・潜熱輸送量を観測する場合、降雨中などに誤データが含まれる。 このとき、誤データの判断基準が正しくなければ、観測誤差となる。

渦相関法とは別の方法でも顕熱・潜熱輸送量を同時に観測し、チェックしては いかがでしょうか?

その他、日射計と大気放射計の精度を検討してみてはいかがでしょうか。 放射計は、高精度のとき1%程度(5W/m2程度)、普通は2%程度 (10W/m2程度)、悪い場合は10%程度(50W/m2程度) の誤差があります。快晴日における日射量の日変化の実験式は「水環境の気象学」 に掲載、計算プログラム(ただし、BASIC)は、「地表面に近い大気の科学」の 付録Eに掲載してあります。この式を用いてチェックすることも可能です。 また、超音波風速計の測定風速の誤差についても、備考3に示す Kondo and Sato(1982)が参考になります。

なお、観測結果の報告では、インバランスは測器の誤差などによる、としておいて、 インバランスの値も観測一覧表に明記しておくのもよいのではないでしょうか。 風向によってインバランスが変化すれば、その原因のひとつは傾斜の影響として おくのも良いのかも知れません。同時に「インバランスを解消するために、 行なった補正の結果」も併記しておけば良いのではないでしょうか。

備考2:放射計の検定
私・近藤純正が若いとき行なっていた放射計の検定は次のとおりです (近藤、1982,p.55~p.58)。日射計は、準基準器のオングストローム補償日射計 (直達日射量観測用)を規準にして比較した。日射計の水準器が水平かどうかを 確認するために、快晴日に日射量(全天日射量)の日変化を観測する。日射計を 水平面内で180度回転させて、別の快晴日に日射量の日変化を観測する。これら 2つの日変化のパターンが太陽南中時を中心として同じかどうかを比較し、 水準器が正しいか否かを確認する。長波放射計は、規準とするリンケ・ホイッスナー 放射計(2つの黒体タンクを用いて検定しながら同時に、天空の天頂角度ごとに 大気放射量を測る放射計)で検定する。快晴夜の長波放射の天頂角分布の例は 近藤(1994)の図4.14に示してある。

備考3:超音波風速計の角度特性のチェック
カルマン定数(k≒0.4)を確認するために、乱流変動を2%の精度で観測する 必要があった。風速一定の風洞の中へ3次元の超音波風速計を入れて、 その仰角・方位角を順番に変えながら出力を記録する。その記録から、 超音波風速計の角度特性が正しいか否かを調べ、補正曲線を求めた。この 補正曲線を使って野外観測の生データを補正した。乱流変動は多数回の統計的 平均が必要なため、広い水田地帯にたてた高さ20mの観測塔で4年間、稲刈り後の季節 に観測し、大気安定度が中立のときを厳選した175回の観測データからカルマン 定数を決定した(Kondo and Sato, 1982)。

備考4:海面上の風速の対数則の確認
大気安定度が中立のとき、陸面上では風速の対数則(高さを対数目盛のグラフに 風速観測値をプロットすると直線上に並ぶ)が知られていたが、海面上では 波があるため、対数則にならず、風速の高度分布は途中で折れ曲がった分布 (キンクの分布)になるという論文が1960年代に次々に発表された。私は、 これは当時使われていた風杯回転式風速計の動特性(風速が一定のときは正確に 測れるが、風速が時間変動するとき、風速が大きめに観測される)によると考え、 キンクの分布が観測されることを理論的に示した(Kondo and Fujinawa, 1972)。 さらに、新たに開発した動特性のよい回転半径の短い軽い風速計(回転数を光の 透過・遮蔽で測る風速計)を使って、正確に風速の高度分布を測り、 大気安定度が中立のときは波のある海面上でも対数分布になることを証明した (Kondo et al, 1972;「K215 水と時代、私の研究と方法- 地球温暖化観測所の設立に向けて」)。それ以後、世界では「海面上の キンク分布の風速」を主張する人たちはいなくなった。


文献

近藤、1982:大気境界層の科学。東京堂出版、pp.219.

近藤純正、1987:身近な気象の科学-熱エネルギーの流れ.東京大学出版会、 pp.189.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学-地表面の水収支・熱収支.朝倉書店、 pp.350.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学-理解と応用.東京大学出版会、pp.324.

近藤純正、中園 信、渡辺 力、桑形恒男、1992:日本の水文気象(3)-森林に おける蒸発散量。水文・水資源学会誌、5(4)、8-18。

Kondo, J., 1967: Psychrometric constant for different sizes of the wet-thermometer. Sci. Rp. Tohoku Univ., Ser. 5, 18, 125-137.

Kondo and Fujinawa, 1972: Errors in estimation of drag coefficient for sea surface in light winds. J. Meter. Soc. Japan, 50, 145-149.

Kondo and Sato, 1982: The determination of the von Karman constant. J. Meter. Soc. Japan, 60, 461-471.

Kondo, J., Y. Fujinawa, and G. Naito, 1972: Wave-induced wind fluctuation over the sea. J. Fluid. Mech., 51(part 4), 751-771.

Seino, N., T. Aoyagi, H. Tsuguti, 2018: Numerical simulation of urban impact on precipitation in Tokyo: How does urban temperature rise affect precipitation?. Urban Climate, 23, 8-35. https://doi.org/10.1016/j.uclim.2016.11.007


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