K139. 神奈川県秦野盆地の気温(7~12月)


著者:近藤純正・内藤玄一
地球温暖化と地域の環境変化が湧水温度と気温の温度差に反映される。 この関係を知る目的で、神奈川県の秦野盆地において気温と湧水温度の観測 を開始した。本報告は秦野盆地の平沢と千村で2016年7月~12月の半年間に 行なった気温観測の速報である。
平沢は畑が残る住宅地であり、気温は秦野を代表するとみなされる。千村は 山間部の里山で森林や田畑がある。これら2地点の気温と周辺のアメダス (小田原、海老名、辻堂)の気温を比較した。平沢は小田原や海老名より 標高が約100m高く、平均気温は0.3℃ほど低い。千村の観測地点は北向き斜面 の谷合で日照時間が短いこと、周囲に山林があること、湿地ぎみであること、 標高が平沢より75m高いことによって、平均気温は平沢より1.4~1.8℃ほど低い。 (完成:2017年1月20日予定)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

トップページへ 研究指針の目次


更新の記録
2017年1月14日:素案の作成
2017年1月15日:表139.1の次に説明を加筆
2017年1月16日:秦野盆地水系の説明、誤字の訂正

    目次
      139.1 はじめに
      139.2 観測
      139.3 気温の月平均値の比較
      139.4 気温日変化の比較
      139.5 日々の気温差の比較
      まとめ
      文献      


研究協力者・機関(敬称略)
日立製作所ICT事業総括本部:野口賢次
千村ネイチャー倶楽部:尾崎文隆
秦野市平沢:和田 大

139.1 はじめに

地中の深くから湧き出してくる湧水の温度は地表面温度の年平均値にほぼ 等しく季節変化が小さい。地中熱の影響する温泉地や地中100m以深を除けば、 地中の深さ10m~30mの温度は、その地域の地表面温度の年平均値に等しく なる。ここでいう地域とは、数100m平方~1km平方の面積範囲を指す。

日本の気候条件では、湧水温度は気温の年平均値より高く、湧水・気温差は 1℃前後である。湧水・気温差は、気温の低い北日本で少し大きく、気温の 高い南日本でわずかに小さくなる。

ところが、気温の上昇つまり地球温暖化が進むと蒸発・蒸散(=蒸発散)が 盛んになり、湧水温度は気温上昇ほど大きくならず、湧水・気温差は時代と ともに小さくなる。いっぽう、地域の森林や畑地が開発され都市化されると、 蒸発散量が減り高温・乾燥化する。その結果、湧水・気温差は逆に大きくなる (「K130.東京の都市化と湧水温度―熱収支解析」「K132.東京の都市化と湧水温度―熱収支解析(2)」)。

このように、湧水温度は地域の環境(地球温暖化、都市化による高温・乾燥化) を表す重要なパラメータである。

地球温暖化量は、気温の観測から知ることができるが、気温の時間変動が激 しく、3時間または1時間ごとの観測が必要であり、また正確な観測は 観測精度からみて非常に難しい。これに比べて湧水(または井戸水)の温度は 時間変動が微小で、誤差は0.1℃以内の高精度の観測を行うことができる。

神奈川県秦野盆地は湧水が多い所であり、湧水温度と気温の観測を行うこと とした。本報告は秦野市の平沢と千村で2016年7月~12月の半年間に行なった 気温観測の速報である。

139.2 観測

図139.1は神奈川県の地図(上)と秦野市の地図(下)である。秦野は相模湾 から10kmほどの内陸にあり、北には丹沢山地があり標高1252mの大山と 1567mの丹沢山がそびえる。秦野市の平沢(標高=115m)は周囲の一部に 畑が残る住宅地であり、気温は秦野を代表するとみなされる。千村(標高 =190m)は山間部の里山で森林や田畑が多い。これら2地点の気温と周辺の アメダス(小田原、海老名、辻堂)の気温を比較する。

小田原アメダスは酒匂川の右岸(川下に向かって右側)に設置されている。 酒匂川は丹沢山地の西部と富士山・箱根山に源がある。酒匂川流域の平野と 秦野盆地の間には、標高100~300mほどの渋沢・秦野丘陵がある。 渋沢・秦野丘陵は西の酒匂川支流と東の金目川本支流が複雑に寄り添う 地帯である。

晴天日の秦野にくる海風は、この丘陵地の東側の花水川(平塚)から金目川、 室川に沿って吹いてくると考えられる。秦野盆地の東側には相模平野が広がり、 アメダスは海老名と辻堂にある(図139.1の上図)。

秦野の地図
図139.1 気温と湧水温度の観測地点(Google マップを もとに作成
上:神奈川県の地図、大四角印はアメダス、小四角印は気温観測地点
下:秦野市内の湧水地点、丸印は湧水温度の観測地点


平沢の和田大氏の庭に近藤式精密通風気温計 (「K126.高精度通風式気温計の市販化」) を設置した(図139.2)。 その裏庭には大量の湧水があり、自記水温計(完全防水のPt1000 センサ、おんどとりTR-55i-Pt)を設置した。この湧水は、市道13号 線の道端までひかれた「兵庫の泉」の源泉である。

平沢
図139.2 平沢の気温観測地点、赤矢印は気温観測装置、北西から 南東方向を撮影(2016年8月2日)。

気温観測所
図139.3 エコ実験村の気温などの観測地点(2016年8月2日)。
中央のポールに取り付けた白色は気温観測用の通風装置、北から 南方向を撮影(「小さな旅」の 「151.日立ITエコ実験村」の写真④に同じ)。

山間部の千村には日立製作所の「日立ITエコ実験村」がある。 この実験村の百葉箱の脇に前記と同じ通風気温計を設置した。 図139.3の奥(南の方向)に湧水源があり、前記と同じ自記水温計 を設置した。

この気温観測地点は、両側が山林に挟まれた谷間にあり日照時間は 平坦地に比べて短い。こうした地形の特徴は気温に影響し、平沢に 比べて低温傾向となって現れる。

139.3 気温の月平均値の比較

全体的な傾向を見るために、月ごとの平均気温を表139.1にまとめた。 相模湾の海岸に設置されている辻堂アメダスは、暖かい海水温度の 影響を受けて平沢、小田原、海老名より0.5~1℃ほど高温である。 ちなみに相模湾沿岸の水温は13℃(冬)~26℃(夏)である (「身近な気象」の 「M48.平塚沖観測塔と海底地震観測施設(講演)」の図36/48)。

秦野を代表する平沢は小田原や海老名に比べて平均気温は0.3℃ほど 低い。標高差が約100mあるので、平均的な気温の高度減率(標高差 100mにつき0.65℃の割で低下)から概算すると0.7℃の低温となるが、 それほど低くない。平均気温の高度減率が成り立つのは孤立峰など であり、一般に盆地など複雑な地形では、この関係は成り立たない。

表139.1 月平均気温の一覧表
月平均気温の表


一方、山林に挟まれた谷あいにある千村の気温は、平沢より1.4~1.8℃ も低温である。孤立峰などで成り立つ気温の高度減率を考慮すれば、 平沢との標高差75mで0.5℃の低温となる。これよりも、さらに0.9~1.3℃も 低温である。

千村が平沢より低温となる理由として、次のことが考えられる。
(1)標高が75m高いことで低温(-0.5℃)
(2)日照時間が短いことで低温(-0.4℃程度?)
(3)周辺林内の低温空気が谷間へ流下し低温(-0.3℃程度?)
(4)周辺一帯は自然が多く、観測地点は湿地ぎみで低温(-0.4℃程度?)

(3)に関連して、周辺に林がある窪地では、夜間は平坦地よりも 放射冷却で低温になり、日中も平坦地に比べて低温となる (「K115.新宿御苑の気温水平分布(2)」 の図115.3下図)。

(4)に関連して、日本の旧測候所について都市化(観測所周辺の環境 変化)による年平均気温の上昇量は2000年の時点で(1915~1940年を基準 のゼロとして)、北見枝幸は0.28℃、江差は0.44℃、石巻は0.30℃、 白河は0.25℃、御前崎は0.24℃、潮岬は0.33℃、平戸は0.21℃である。 また、31の中小都市平均では0.5℃の上昇量である、ただし地球温暖化ぶんは 含まない(近藤、2012;[K48.日本の都市における 熱汚染量の経年変化」の表2.8と図2.8)。

つまり、(4)の観測環境の違いによる気温の差について、平沢は現在の 比較的環境のよい住宅地域に囲まれた旧測候所に相当している。 その測候所の開設当時は住宅は少なく田畑の多い環境にあった。開設当時 から現在までの気温上昇(地球温暖化ぶんは除く)が0.2~0.5℃程度である ことから、千村は平沢より0.4℃ほど低温と推定した。


139.4 気温日変化の比較

図139.4~9はそれぞれ7月~12月の気温日変化の月平均値について、 平沢と小田原と千村の比較である。

各図の上段を見比べると、気温日変化の傾向は3地点とも似ているが、 日較差は7~9月の5℃前後の幅に比べて11~12月は6~8℃と大きく なっている。日照時間の短い千村では、11月~12月の日中の気温上昇 が平坦地の平沢や小田原よりも小さい。

こうした特徴は、下段の図からよくわかる。下段は平沢を基準とした 気温差の日変化のグラフである。プロットは前後の各1時間の移動 平均値である。たとえば12時のプロットは11時~13時の平均値である。

まず小田原と平沢の気温差に注目すると、1日を通して気温差は おおよそ0.5℃以内である。

しかし、千村と平沢の気温差の日変化は大きく、その変化傾向は 季節によっても変わってくる。7月~9月の気温差の日変化は比較的 に小さく変化幅1℃以内で変化しているが、10月からしだいに大きくなり、 11月と12月の気温差の日変化の変化幅は2℃以上となる。

日変化7月
図139.4 気温の日変化(7月)

日変化8月
図139.5 気温の日変化(8月)

日変化9月
図139.6 気温の日変化(9月)

日変化10月
図139.7 気温の日変化(10月)

日変化11月
図139.8 気温の日変化(11月)

日変化12月
図139.9 気温の日変化(12月)

11月と12月に注目すると、夜間の気温差は-1℃前後であるが8時 ころから急にマイナスの値が大きくなり9時~12時 には約-2℃に、15時前後には-2.7~-2.8℃とマイナスの値で 最大となる。

晩秋から冬にかけて、谷間の千村は遅い日出と早い日没のため、 日照時間がきわめて短く、日中は気温上昇が鈍く平沢や小田原との 気温差が大きくなる。

要約すると、一般に山間部の谷間では、気温日変化のパターンは 太陽高度が高くて日照時間の長い夏期には平坦地と大きく違わないが、 太陽高度が低くなる冬期の日中は気温上昇が小さい。

これに類似する気温の特徴は、森林内の開空間(風の弱い日だまり) でみられる。東京の北の丸公園の開空間に設置されている気象庁の 東京観測所では、日中の最高気温はビル街の大手町(旧・気象庁の 東京観測所)より春~夏は0.2~0.5℃(月平均値)、または1℃前後 (晴天日)の高温となるが、日照時間が短くなる10月~1月は大手町 とほぼ等しいか、低めとなる(「K101.森林 公園内の気温-北の丸公園と自然教育園」の図101.3)。


139.5 日々の気温差の比較

図139.10~15は各月1日から月末まで、日々の気温差の日変化である。 上から順番に小田原と千村の気温差、小田原と平沢の気温差、 千村と平沢の気温差、最下段は小田原アメダスにおける風速と 日照時間の時間変化である。各プロットは前後の各1時間の移動 平均値である。たとえば12時のプロットは11時~13時の平均値である。

まず7月(図139.10)を見てみよう。上段の2つ(小田原・千村の 気温差、小田原・平沢の気温差)で、7月14日の17:00~18:30に 小田原・千村の気温差が4℃以上、17:10~18:30に小田原・平沢の 気温差が2℃以上も大きくなっている。しかし、この時刻の千村・平沢 の気温差の図(上から3段目)には特異性は見られない。つまり、 小田原が特別に高温であったことになる。

小田原の日照時間から(海老名も同様)、この日は快晴であったが、 夕方から雲がかかるようになった。つまり、相模平野では日差しの 有無がまだら模様になり、日陰になった地域の気温は急速に低下し 始めたと考えられる。同様の例は、7月2日にも起きている。

夕方に限らず、晴天日の日中は、雲の通過によって気温は下降する。 逆に晴天夜間は、雲が空を覆う場合や、風が急に強くなれば放射 冷却が弱まり、気温は上昇する(「身近な気象」の 「2.放射冷却と盆地冷却」 の図2.5、図2.6)。

一方、日照時間ゼロの7月21日~23日は、気温差の日変化は小さい ことがわかる。要約すれば、晴天日には各地域間の気温水平分布に ムラが生じるが、曇天・雨天日にはムラの度合いは小さい。 この傾向は他の8月~12月の図でも確認することができる。

気温差7月
図139.10 日々の気温差と小田原アメダスにおける日照と風速(7月)

気温差8月
図139.11 日々の気温差と小田原アメダスにおける日照と風速(8月)

気温差9月
図139.12 日々の気温差と小田原アメダスにおける日照と風速(9月)

気温差10月
図139.13 日々の気温差と小田原アメダスにおける日照と風速(10月)

気温差11月
図139.14 日々の気温差と小田原アメダスにおける日照と風速(11月)

気温差12月
図139.15 日々の気温差と小田原アメダスにおける日照と風速(12月)


まとめ

湧水で有名な神奈川県秦野盆地において、湧水温度と気温の精密観測 を開始した。本報告は2016年の7月~12月の気温観測の速報である。

気温観測は平沢と千村で行った。平沢は畑が残る住宅地であり、 気温は秦野盆地を代表するとみなされる。千村は山間部の里山で 森林や田畑がある。これら2地点の気温と周辺のアメダス(小田原、 海老名、辻堂)の気温を比較した。

月平均気温
(1)平沢は小田原や海老名より標高が約100m高く、平均気温は 0.3℃ほど低い。平均気温の高度減率(100mにつき0.65℃の気温低下) から推定される気温よりわずかに高温である。

(2)千村の観測地点は北向き斜面の谷間で日照時間が短いこと、 周囲に山林があること、湿地ぎみであること、標高が平沢より75m 高いことによって、平均気温は平沢より1.4~1.8℃ほど低い。

気温日変化
(3)小田原と平沢の日変化パターンはよく似ており、気温差は 1日を通しておおよそ0.5℃以内である。しかし、千村と平沢の 気温差の日変化は大きく、その変化傾向は季節によっても変わる。 7月~9月の気温差の日変化幅は比較的に小さく1℃以内の幅で変化して いるが、10月からしだいに大きくなり、気温差の日変化幅は2℃ 以上となる。これは、晩秋から冬にかけて、谷間の千村が特に 日照時間が短くなることによる。

太陽高度が低くなる季節には、谷間では日照時間が気温日変化 に大きな影響を与える。

各時間帯の地点間の気温差
(4)晴天日について、相模平野で雲の分布(日差しの有無のまだら模様) ができると、日陰になった地域の気温は急速に低下し、地点間の 気温差が大きくなる。逆に夜間は、雲が空を覆う場合や、風が急に 強くなれば放射冷却が弱まり、その地点の気温は上昇する。 その結果、地点間の気温差が大きくなる。

(5)一方、曇天・雨天日は、地点間の気温差の時間変化は小さい。

文献

近藤純正、2012:日本の都市における熱汚染量の経年変化.気象研究 ノート、224号、25-56.

トップページへ 研究指針の目次