K131.気象観測露場(芝地)の交換速度


著者:近藤純正
全国の気象官署における1950年以前の地中温度の観測資料を用いて、芝生露場面の 熱交換速度を評価した。この時代の気象官署(測候所)の多くは郊外にあり、露場環境 は良好な状態にあった。
地中温度の年平均値と年平均気温の差(地温・気温差)は熱収支式から計算される。 計算値と観測値の比較から露場面の交換速度ChUを知ることができる。風速の観測高度 (測風塔高度)=10~15mに対する平均値としてChU=0.0062±0.0015m/sを得た。 これを風速観測高度=1.5mのときに換算すればChU=0.0081m/sとなり、裸地面の値と 同程度の大きさである。(完成:2016年5月2日予定)。

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2016年4月25日:素案の作成
2016年4月28日:細部に加筆・削除

  目次
      131.1 はしがき
      131.2 熱収支式に用いる条件
    131.3 地温・気温差観測値の気温依存性と風速依存性
      131.4 芝地露場面の交換速度(計算による推定値)
   まとめ
      引用文献



131.1 はしがき

本研究を行う直接的な動機は、東京都内の湧水温と気温の差(水温・気温差)が地球 温暖化と都市化によって変化しており、江戸時代から近未来にかけての水温・気温差 が推定・予測でき、時代変化として興味ある結果を得たことにある (「K130.東京の都市化と湧水温度―熱収支解析」)。

また、気象観測所環境の時代による変化が、露場における顕熱・潜熱熱交換量に影響を 及ぼし、その結果として気温の観測値も変わってきている。これを定量的に評価する とき、いわゆる「日だまり効果」による日中の気温上昇と夜間の気温下降を見積もる とき、芝地面の熱交換係数が必要となる (「K121.空間広さと気温-日だまり効果のまとめ」)。

地表面における顕熱輸送量Hと潜熱輸送量lEおよび地表面温度 Tsは、地表面の蒸発 効率βと交換速度ChUが既知であれば、熱収支式から解くことができる。日変化など 時間変化する場合は、さらに地中の熱的パラメータcgρgλg (熱容量と熱伝導率)も既知であれば計算できる。これとは逆のことも可能であり、 例えばH,lE,Ts, および地中温度Tgが既知の場合は、地表面や地中のパラメータ (β、ChU、cgρgλg )を知ることができる。

本論の目的は、1950年以前に全国の気象官署(測候所)で観測された地中温度の資料を用 いて芝生露場面の交換速度を求めることである。気象要素の年平均資料を用いて、 ChUの年平均値を推定する。この結果を応用する場合は、晴天日中の値はこれよりも 若干大きく、夜間は小さい値となることに注意すればよい。当時の風速計高度 (測風塔高度)はほとんどが10~15mであることにも注意すればよい。

当時の測候所の多くは郊外にあり、露場の観測環境は現在に比べて良好な状態にあった と思われる。

131.2 熱収支式に用いる条件

「日本の気候表」(中央気象台編、1950)には、北海道から九州までの127測候所に おける気象要素の月平均値が掲載されている。この中で、山岳測候所と標高500m以上 の測候所については、熱収支計算で用いる有効入力放射量の推定に誤差を含む可能性 があるので除外外する。また、地中温度の観測値が掲載されていないものも徐外し、 残りの114測候所の資料を利用する。これには1924~1945年に観測された地中温度の 資料が掲載されている。

続いて発行された「日本各地の気候表」(気象協会、1965)については、110測候所の うち、標高500m以上と多雪地を除く50測候所の資料を利用する。これには観測開始年 から1950年までの地中温度の資料が掲載されている。

地中温度の観測深度は、0m、0.5m、1m、2m、3mの5深度である。年平均地温と してこれら5深度の平均値を利用する理由は、地表面温度の観測に多少の曖昧さを含 むことにある。

理論的には、地中温度の年平均値は地表面温度にほとんど等しいので、地中温度の年平均値と 気温の年平均値の差(=地温・気温差)は熱収支式を逐次近似の方法で解くこと によって計算できる(「水環境の気象学」(近藤編著、1994)の6.2.1節を参照)。 今回は地温・気温差の観測値を 利用して、逆に露場面の交換速度ChUを求め、その風速依存性を知ることが目的である。

熱収支式に用いる有効入力放射量の定義は次のとおりである(「水環境の気象学」の 6章)。

有効入力放射量:(R↓-σT) ・・・・・・・・・(1)
入力放射量:R↓=(1-ref)S↓+L↓ ・・・・・(2)
S↓:日射量
L↓:大気放射量
T:日平均気温(K)
ref:日射に対する地表面アルベド(芝地のref=0.23)
ここでは簡単化のために、地表面は長波放射に対して黒体とみなす(ε≒1)
σ:ステファン・ボルツマン定数(=5.67×10-8W m-2K-4

各測候所についての計算には次の条件を与える。
気温:Ta=4~20℃
相対湿度:rh=0.73
地表面の蒸発効率:β=0.38

芝地面の蒸発効率の年平均値β=0.38は近藤・中園(1993)の結果を用いる。また、 相対湿度の年平均値は、各測候所によって±2%程度のばらつきがあるが、平均値と してrh=0.76(76%)を用いる。

有効入力放射量は次のようにして推定する。
全国66地点について近藤・桑形(1992)が日射量と有効長波射出量(σT4-L↓) を求めている。その一部15地点については「水環境の気象学」の表14.3と表14.4に掲載 されている。 地温資料のある九州~北海道と揃えるために、この66地点のうち九州~北海道のみを 図131.1にプロットした。ただし、芝地のアルベドref=0.23の場合である (「地表面に近い大気の科学」の表2.2)。

図中の回帰線は、年平均気温Taを用いて次式で表される。

(R↓-σT)=0.124Ta-1.20Ta+44.8 ・・・・・・・・(3)

R↓-σT(単位:W/m2)、Ta(単位:℃)。

有効入力放射量
図131.1 日本の芝地面(ref=0.23)における有効入力放射量と年平均気温の関係、 ただし九州~北海道の範囲。


131.3 地温・気温差観測値の気温依存性と風速依存性

地温観測資料として「日本の気候表」(中央気象台編、1950)と「日本各地の気候表」 (気象協会、1965)の両方を用いるが、最初に前者による結果を図131.2に示す。

上図は地温・気温差(=地中温度-気温)と年平均気温との関係つまり緯度分布であり、 下図は年平均風速との関係である。

地温・気温差緯度分布観測
図131.2 地温・気温差の年平均値と年平均気温との関係(上)、および年平均風速 との関係(下)。
曲線は最小自乗法(エクセル)による近似式。


131.4 芝地露場面の交換速度(計算による推定値)

図131.3は熱収支式を解いて得られた地温・気温差と年平均気温との関係、交換速度 ChU をパラメータとして表してある。ただし、有効入力放射量は横軸の年平均気温の関数 としてある(式3)。

備考:仮に、有効入力放射量が一定の場合には、地温・気温差の各曲線は 気温が高いほど小さくなり、右下がりグラフになる。このグラフが上に凹型であるのは 高温のときほど有効入力放射量が大きくなることによる。

地温・気温差計算図
図131.3 年平均気温と地温・気温差の関係、交換速度ChUがパラメータ。 計算条件として式(3)、相対湿度rh=0.76, 蒸発効率β=0.38の場合。


図131.3を利用し、各測候所で観測された1924-45年の地温・気温差の年平均値と気温 の年平均値をあてはめてChUの値を読み取ることができる。その結果として 得られた ChU を図131.4にプロットした。

交換速度全地点
図131.4 年平均の交換速度ChUと年平均風速の関係(1924-45年資料)。 ただし、山岳などを除く114測候所の資料による。


ChUは風速とともに大きくなる傾向にあるが、分散が大きく明瞭ではない。最小自乗法 (エクセル)による1次式で表すと(単位はm/s)、

 ChU=0.0004U+0.0055, (風速観測高度=10~15m)・・・・(4)

となるが、多少のあいまいさがある。

次に、各測候所の観測開始年から1950年までの資料を用い、山岳測候所などのほか 多雪地の測候所(日本海側と北海道)を除く50か所の地温・気温差から求めた交換速度 と風速の関係を図131.5に示した。

多雪地を除外したのは、冬期アルベドが芝地面アルベドref=0.23と異なり、有効入力 放射量の年平均値の推定に誤差を含むことを危惧したことによる。

多雪地除外交換速度
図131.5 年平均の交換速度ChUと年平均風速の関係(各測候所の観測開始年~1950年 資料)。
ただし、山岳測候所や多雪地(日本海側と北海道)を除く50測候所における資料 による。


図131.5に示されたChUは年平均風速とともに大きくなる傾向にあるが、分散が大きい。 前図と同様に1次式で表すと(単位はm/s)、

 ChU=0.0005U+0.005, (風速観測高度=10~15m))・・・・(5)

で表さる。50測候所の平均値は、

 平均気温=14.9±1.6℃ ・・・・・(6a)
 地温・気温差=2.1±0.5℃・・・・・(6b)
 平均風速=3.2±1.4m/s ・・・・・(6c)
 交換速度=0.0062±0.0015m/s・・・(6d)

である。ただし、風速観測高度=10~15mである。

まとめ

観測露場の周辺環境が比較的良好な1950年以前に行なわれた全国の測候所における 地中温度の観測資料を用いて、芝地露場面の交換速度ChUを求めた。

(1)多雪域の資料を含めた場合と除外した場合の結果(図131.4と図131.5)は大きく は違わない。

(2)多雪域を除外したときの結果は式(5)と(6)で示される。

芝地 平均値:ChU=0.0062m/s(0.004~0.011m/s), (風速観測高度z=10~15m)

(3)上記結果を、裸地面についてMatsushima and Kondo(1995)が求めた晴天日の 日変化する場合と比較してみる。

 裸地 平均値:ChU≒0.008m/s(0.005~0.013m/s)、(風速観測高度z=0.8m)

 裸地 風速依存性:ChU=0.0021U+0.0055m/s 、(0.5m/s<U0.8m<3m/sの範囲)

右辺第1項の係数が今回の値より数倍も大きいが、裸地面でも今回の芝地露場面とも に分散が大きく、明確な違いがあるとは断言できない。

裸地面の値が大きい理由の1つとして、風速観測高度 z が低いことによる。k=0.4を カルマン定数、z0を空気力学的粗度、zTを気温分布に対する 粗度としたとき、バルク係数 Ch は次式で定義される。

 ChU=k2U/[ln(z/z0)・ln(z/zT)]

芝地について z0=0.005m、zT =0.0003m として、風速観測 高度が12mと0.8mのときの違いを計算してみる。風速鉛直分布が「対数分布」のとき、 U12m/U0.8m=1.53であり、

 ChU0.8m/ChU12m=1.35

となり高度が低いほど大きくなる。つまり、

◎ 芝地露場面で、風速観測高度=0.8mのとき(単位:m/s)
交換速度の年平均値: ChU=0.0083m/s
となり、裸地面の値と同程度であるとしてよい。

◎ 芝地露場面で、風速観測高度=1.5mのとき(単位:m/s)
交換速度の年平均値: ChU=0.0081m/s

風速依存性は式(5)を換算すれば、

 ChU=0.0007U+0.0065, (風速観測高度=1.5m) ・・・・・(7)

となる。ただし、ばらつきが含まれるので、多少の幅をもつものとして利用する。


引用文献

気象協会、1965:日本各地の気候表.pp. 110.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学―地表面の水収支・熱収支―.朝倉書店、 pp.350.

近藤純正、2000: 地表面に近い大気の科学. 東京大学出版会、pp.324.

近藤純正・桑形恒男、1992:日本の水文気象(1):放射量と水面蒸発.水文・水資源 学会誌、5(2)、13-27.

近藤純正・中園 信、1993:日本の水文気象(4):地域代表風速、熱収支の季節変化、 舗装地の芝生地の蒸発散量.水文・水資源学会誌、6(1)、9-18.

中央気象台(編)、1950:日本気候表.pp.127.

Matsushima, D. and J. Kondo, 1995: An estimation of the bulk transfer coefficients for a bare soil surface using a linear model. J. Appl. Meteor., 34, 927-940.

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