ウィリアム・ウィルソンの肖像

オイディプスを恐れる

彼らはクローンを恐れる
フランケンシュタインの怪物を恐れる
そして感情の忌避を 倫理の禁忌とすりかえる
自分の子が殺しにやってくる
そこにあるのは
すべてのヒトの権利と尊厳ではなく
自分の領域を侵される嫌悪

これは僕のパイ おまえのパイなど初めからない
これは神が与え賜うたマナ
神の姿に似た僕のごちそう
ヒトの姿に似せて作られたおまえに
ごちそうはない
おまえの領域は ない

アトムは友達

そして僕たちだ
僕たちにはアトムがいる
だから僕たちはクローンを恐れない
ただ彼らの真似をしたがっているだけ
ヒトラーのクローンがヒトラーでないことも
とっくの昔に理解している ただ
彼らが恐がるように恐がりたい それだけ

僕らが恐れるのは 異なるもの
異なること
島国のゼノフォービア
僕たちが恐れるのは村八分 生きたくぐつ
異なってしまう恐怖を クローンに投影する
仮面ライダーに抱く ささやかな生理的嫌悪

アトムは僕たちの素敵な友達だが
僕たちはアトムにはなりたくない

子ブタはブーブー あるいはヒトの定義

 僕はヒトの遺伝子を持つブタさ。勘違いしてもらっちゃ困るんだな。ヒトのDNAを宿しているからといって、人間の姿をしているわけではないし、人間並の知性とか意識を有しているはずがない。あんた、もっと勉強しなきゃダメだよ。えっ? 喋ってるじゃないかって? それはあんたがそう決めたからだろ。ブタが喋るはずがない。これが僕の言葉だって、僕は言った覚えはないよ。僕を信じなきゃ、ブヒッ。
 僕はヒトミミガー、おいしいよ。そうだ耳寄りな話をひとつ。昨日ヒトのクローンの存在とか権利とかを論じあっている板に出会って、ブッ飛んだのさ、ブーブー。もう前提からして馬鹿なのさ。さらに論理転回の途中でクローニング技術とか云々するのね。存在とか権利とかになんの関係があるの? トンでもない頭脳。ブタの僕より低能なのさ。
 だから、何度も言わせないで、僕は喋ってなんかいないよ。定義するのはあんた、判断してるのはあんたでしょ。ブタにはそんな心性(?)っていうか、ないよそんなもん。僕の存在理由? 理由? あんたの存在理由は? ほらね。僕にはあるよ。おいしいからさ。そして僕の目的は少しでもおいしくなること。僕らの種族の目的はおいしいヒトミミガーになること、さ。その向こう? そりゃああんた方の仕事でしょ。ブッ。笑わせないでよ。
 こんなピンクのブタにだって、存在する権利はあるんだ。説明しようか。それは僕がここに存在しているからさ。存在していることがそもそも存在する権利なんだ。そうでしょ。ほら、あそこに僕によく似たブタがいるでしょ。あれは僕のクローン、いや僕がクローンなのかな? そんなことどうでもいいんだ。オリジナルなんて何の意味もない。僕は僕、あいつはあいつ。ただ遺伝子が同じなだけ。
 さて僕は、ただのブタなのか、それともあんたが主張するように喋るブタなのか、どっちだと思う? それは、あんたが定義することなんだぜ。ひとつだけ言わせてもらうかな。ブタを馬鹿にするなよな。
 何? ヒトの定義っていうサブタイトルだって? 喋ってなかったっけ? 喋ってないはずさ。ブタは喋らないって言うの何回目だろ。…と言いつつ、もう定義されてるはずさ。気づいてないあんたは、ブタ並みだな。

こんげんのだんげん

にんげんのけんげん
ヒトがもっとも恐れるのはヒト
ニューヨークの動物園の檻にある
「最も凶暴な動物」と鏡
僕たちが恐れるのは僕たち自身
にんげんのかんげん
雑踏に見るドッペルゲンガーの恐怖は
本当に 自分が 存在する ことを知る 意識の 拡大
にんげんのそんげん

ウィリアム・ウィルソンの肖像

それは"こころのやまい"でしょうか
それは神秘の体験と言われますか
誰かにとっての戦慄の黒は
 別の誰かのピクニックの黄色ですか

もしもあなたがあなたの皮膚の薄さに驚いて
 次元の外にズブズブと潜り込むのならば
それは誰にも解けない鬱のもつれですか
朝起きて歯を磨くネクタイで首を吊る電車に飛び乗る
 乗り越して夢を見るタイムカードの表層雪崩を寸前で食い止める
  講習を受けることにするが取り敢えずギターの弦を張り替える
   27世紀からやって来たアンドロイドを素手で倒し
    致命的なタイムパラドックスを哲学的な脚本にすり替える
そうしてあなたは万華鏡の疾風怒涛のただ中に
あなたの 後ろ姿を 確信 する
あなたがうしろ 姿を確 信される

それはやまいですか
階段を降りられないのをリケッチアのせいにしますか
ドアを開けられないことをシンドロームに加えますか
いつまでも身体に合う薬を探しますか
心に適う薬を捜し続けますか

あなたが決して見たことのないはずのあなたの背中
誰にも解けないメランコリアの魔方陣
あなたの真夜中に太陽は搖る揺ると黄道をそれ
新しい3月に破壊の星は魚座に入り
そしてあなたは
 あなたを見る

ウィリアム・ウィルソンはそのとき目を見瞠いていましたか
そしてそのときあなたはただ
 まぶたをしっかりと閉じていたのではありませんか?
それは あなただったのでは ありませんか?

Kuri, Kipple : 2002.08.09/2002.12.24