詩集『カエルトコ』より;
3.BROTHER SUN SISTER MOON

ブラザー・サン シスター・ムーン

赤詰草 白詰草
僕が考えると ワラジ虫がくねる
アカツメクサ シロツメクサ
君が朧なら 露が踝を濡らす

リカバリー・ルームで見た太陽と月のある部屋の夢

僕はもう、死ぬのかなと思った
痛みは僕を呻かせる程度に、しかし
幻覚を見せる程度に麻酔は切れている
僕は祈った
初めは自分の痛みが遠のくように、と
そして、生きられますように
僕はおかしな空想からある事実に行き当たる
この痛みは前世で経験した、と
それは僕だが、この僕ではない
その僕は耐え難い痛みとともに死んだ
次に僕は、こう祈った
彼の痛みを分かち合えますように
彼の魂が癒されますように
僕はリカバリー・ルームで、祈った
泣いて、泣いた、祈って、祈って、祈った
すると僕はどこか別の「部屋」にいた
「部屋」なのか、単なる「空間」なのか
でもここがその場所。彼なら「まほろば」と言うのかも
もう痛みはない。僕のも、彼のも
ここはこじんまりとした部屋で
なのに太陽と月も、その中に擁している
僕は、エッシャーの宮殿にいるスター・チャイルド、ハハッ
僕は最後に、こう祈った
「この部屋が、地球の上にもありますように」
そうそう、洗礼を受ければ良かったのかな
僕はゆっくりと瞼を開ける
僕の胃を切った医者の顔が斜めに見下ろす
「おはよっ。長い夜だったね」
ワカッテルワカッテル、眉毛でそう意思表示する
そしてこれからがもっと長いんだよ、と言うのかな
あの部屋が何処にあるのか一生探さなきゃならない
太陽と月の浮かんでいたあの部屋

茜さす

風 雨 雪 オーロラ
僕はたくさんたくさん話そう いつでも
雲 陽炎 音 結晶
君が映すから 氷河の先のしずく

ああ
君が海を渡っていくのが 見える
君が満ちていく 君が欠けていく
僕は風を起こそう

素焼きの椀で薄荷のお茶を飲みながら
光を追い抜く方法を教えてあげよう
光の傍まで行ったら トンネルを通るのさ

どんぐりの渋皮を取りながら眺めよう
虎の子が水たまりに映る自分を見ている
僕は頷く 君は笑う
僕のお話の初めから終わりまでが ひとつの言葉
聞きのがしたら いけないよ

月がもっと近かった頃

昔々、恐竜が空を飛べるほど重力が小さかった頃
一日はもっとずっと短くて朝ご飯食べながら昼食の用意もしなくちゃならず
でも恋人たちには翼があった
今は翼もなけりゃあ、言葉もない。正確に言うと言葉を解する能力がない
恋人たちは何も話していない。ことだまから「たま」が抜けてただの「こと」
尻尾の名残はあるものの、翼の痕跡は完全犯罪のごとく消失
もっと言うと「恋人たち」もいなくなった、ただ「恋」は未だにある
恋は翼を持っていて今にも飛び立とうとしている
しかしなんらかの意味での重力定数が大きくなっていて
4万キロでは飛翔には短すぎて、思いになるには重すぎて
飛び立ちかねつ、鳥にしあらねば
昔々、顔の産毛が逆立つほど月がもっと近かった頃
太陽は照らす時間が短い分、もっと一所懸命ジリジリしていた
今、空と同じ大きさの分度器をあてがえば自ずと判明する
月も本当は小さいし、太陽さえコインと同じ視差ほどしかない
そして恋は、恋人たちの消えた場所を求めて
翼を持つ恐竜の化石の中に潜んでいる、炭素の割合として
それからポエムの未熟さ、として
テレビを見ながら書いたフレーズ、として

陰陽

僕のいびきは 僕の生い立ち
君の腋の下は 故郷の話
僕のお尻は 僕の過ち
君の匂いは 明日の計画

塩基配列の皮肉なジョーク
周期律の鮮やかな陰喩
僕と君のダンスから産まれる韻律
火と木と土と金と水の寓話

「月の裏側なんてホントはないんだよ」って
PINKが言うのだけれど
それなら
表もないことになるじゃないか
表裏一体って、知らないのかな

白と黒の勾玉
光と闇の相克
太陽と月の69
エロスとタナトスのなあなあ
君は、大体そんなところにいる

文明の枷

太陽なる兄弟たち 月なる姉妹たち
我らはその軛たる 衣服を脱ぎ捨てようではないか
とりわけても若く美しい 月なる姉妹たちよ

ブラザー・サン シスター・ムーン

むせ返る草いきれの中
神様だけが見守る 月読みのもと
秘密の婚姻を挙げよう
眠るジプシーと 太陽の尻尾の反対側で
二人を結ぶ祈りを唱えよう

そうありますよう