(はゆ)風の思慕

仕事帰りに通る駅から我が家までの坂がある
これは下り坂なのだが、朝は確かに上り坂だった
いつもいつもいつの間にか上りと下りが入れ代わる不思議な坂だ
何時ごろに上下が交替するのか観察してみたことがあるが、判然としなかった
今日もいつもどおり下り坂を下った、というか下るから下り坂なんだろうか?
ふとそんな疑問が沸いたがあいにく僕はレトリックには弱い そのとき!
春雷が遠くからあっという間に駆け寄ってきていたらしく
僕は落雷に打たれた、いや、日本語がおかしいか
雷に打たれた、いや、雷は音のことだから稲妻、が正しいか
いや、やっぱ雷でいいのだし そんなことはどうでもいいのだ
僕に落雷した 死ぬところだった 今度は注意しよう
接地は完全にしとかないと 人間は100Vでも逝くのだから

さて僕が何故命を失わずに済んだか というとそれは紛れもなく
原田大二郎が偶然通りがかって僕をピックアップしてくれたからであり
さらにその時彼は偶然にもコーナーで減速していたから なのである
なんという幸運
一言だけ愚痴を言わせていただければ ケツが痛かった ということ
命ひとつとリーバイス一着破損及び尻裂傷は比較するに値しない

帰宅して、僕の顛末について別れた彼女と一悶着あった
もし第一戦目が日本で開催されなかったら 僕は死んでいたか否か について
「もし」は無駄な推理だと言う僕の主張に元カノは激昂した
「別れたくせに」と
僕は憤懣やる方なき思いを言葉に託した 「この亜鉛不足の味覚音痴馬鹿」
意味が分からなかったらしく それは効かなかった

知りようのないものを知ろうとする輩がいる
例えば、語られない台詞を教えろという観客だ
『ブレードランナー』のマニアには多い 彼もまたレプリカントだったのだろうか と
語られなかったものはいつまでも語られない 監督は語る気がないのだ
そうやってすこっと大作を撮りたくなってしまう
…そうするうちに 伏線を理解できない阿呆もいるわけだ
明日の悲劇を暗示して終わるハッピー・エンディングを消化できず
「あーあ、つまんない終わり方」と言ってしまう痴愚

なんだかんだ言って 彼女は僕の尻に沃度チンキを塗って裂け目を縫ってくれた
僕は笑気を吸って避雷被雷 まだ…
彼女も一緒にアニムスの登場しない夢殿に向かって 下る下る
ゴロゴロ サーカスの大団円

2002.04.06