たどり着けないイブ

美沙子、なんだか思い出しちゃったんだよ

俺もまた性懲りもなく別の娘とつき合ってるんだけど
君より13センチも背が低くて、俺のコートの中に入っちゃうんだよ
小さいけど美人、なのかな、よく喋るよ、俺の4.5倍くらい

「具だくさんのスープのおいしいとこ」って変な注文で
なんだかこの駅で降りてしまったのさ
狭い道曲がって曲がって曲がってそしたら美沙子、思い出した
ここはイブに君といっしょに来たスープ屋さんだったって
「こんなおいしいの前世でも食べたときない」
彼女はそんなふうにハフハフだけど俺はもう口の中カラカラで
シェフのおすすめの味もしないのさ、なんだか

君が好きだった君の計算高さが好きだった
間違いは俺が君よりずいぶん長く生きていることだ

彼女が「アイツと寝てもいいの?」って凄むんだ
俺のこと知ってても口説き続けてる若い男のことさ
いいよって言って機嫌悪くなると面倒臭いから
慌てたお芝居を15秒くらいしてから「ゴメンネ」という筋書き
熱いスープ1回で済んじゃう程度の問題なんだね
それにしてもよくたどり着いたな、一度来ただけのスープ屋に

俺にはもうなんだか、ショッキングな事件なんて起きそうにない
彼女、ちょくちょく手首をカットしてたらしい
今は安いSWATCHで隠してるけどかなり醜い
俺とつき合いだしてからも何回かやってるらしい
でも俺、敢えて聞いたりはしないようにしてる
俺がどんなにしゃれたこと言ったってあの娘はまたやるもん

しかし、君に刺されそうになったとき、あのときは恐かった
君とかナイフが恐いんじゃなくて、美沙子
なんだかもう観念している自分の不甲斐なさが恐かった
「ああ、俺は、ここで、こうやって、死ぬのか」って一部分冷静なのね
結局君は国語辞典にナイフを突き立てた
ナイフは誰かが持ってったけど辞典はまだ使ってる使いづらいけど
どうしてなのかは君がいちばんよく知ってるよね

君が好きだった君の恥骨の高さが好きだった
間違いは俺が君よりいつまでも子供だということだ

俺、もう年とっちゃったよ、スープおいしくないもん
彼女が手首切っても見てない振りするじじいになっちまった
俺だってショッキングでドラマチックで激辛で甘あまで…

なんだか
美沙ちゃん、なんだか