後退と抗体と交替

病院に行ったのです
私の家からその病院までは坂道になっており、一輪車での往路は非常に辛いものとなりました
何よりも私が病院に行こうと思った理由が、「ペダルを前に漕ぐことが困難になった」という症状であったのでなおさらです
坂道をバックしながら一輪車で登るのは大変に疲れることでしたし、危険でした
中途半端な距離ではありましたが、やっと「車のほうがよかったかも」と気づいた頃はすでに坂道の終わり
人間なんて、いつでそういうものです

受付で、初めてなんですけど、と告げると、「私も初めてです」と返されて笑ってしまった
「あいこ」でよかったと笑いながら一安心ホスピタルだけにホスピタリティーいっぱいです
待合室のプラズマディスプレーでデスメタルに没頭しているとしばらくして名前を呼ばれました
『一見さんお断り』の貼紙を横目に奥の診察室への入り口のれんをくぐると
小股の切れ上がった粋な医者が諸手を上げて出迎えてくれました

「いらっしゃい、お掛けになって」
「はい」
「さて、物忘れがひどくなったのはいつ頃からですか?」
「はっ?」
「…それも覚えてないんですね、アムネシア、と」
「いやいや、まったく、いやいや、なんのことですか、僕は…」
「では、どうしてこちらに来る気になったのですか?」
「だからそれなんですよ。ペダル、ありますよね」
「ミシンの」
「今どき足踏みのミシンなんかありませんよ」
「分かっています。一輪車です」
「なんで知ってるんですか??」
「それよりも、です、あなたは、診察室に入る前までは、<ボケ>だったでしょう?」
「ボケ?」
「そう、ボケ。でも今は私のほうがボケ、あなたがツッコミです」
「………」
「全然ツッコメてないですけれどね」
私は唖然とするほかなかった。そのとおりだったから
「ボケ抗原にする対するツッコミ抗体の生成能力が弱っているようですね」
しかし、医者の視線は少しも私を非難する色もなく、心から共に成長していこうという気概に満ちていた
「一輪車を利用したのは何故ですか?」
「う〜ん、受けねらいです。そうです、ボケたかったのです」
「でもそれは、日本的な笑いとは言えませんね」
「わかります。モンティ・パイソンとか…」
「ウディ・アレンの短編小説ですか」
「アレンは大好きです、文章のほうが特に」
「私は、ヴァン・アレン帯も好きです」
「それも日本的ではありませんよ」
「初めてなものですから」
「僕も初めてです、ツッコミ」
「ツッコんでない」
「そっかー」
「フフフッ」
「ハハハッ」
「ハイ、じゃあ駐車しま〜す」
「この辺はすぐにレッカーされるから気をつけてね、って、違うだろ!」
「それです!」
「…」
「極上のツッコミです!」
「…、あ、ありがとう」
「オリゴ糖?」
「そうそう、腸内細菌に…」

粋な医者の神業並の縦列注射のためか、私の両足の異状は軽減されれたようでした
バックペダルでのブレーキングをしながらの下りの復路では、治ったかどうかは判然としないままではありましたが
私は今日もまた、ひとつ貴重な真実を学んだのです。現実は真実を模倣する、と
ツッコミもまた大変なんだな〜、と。そして
そういえばやすきよ漫才は、と瞬時に悟りました
それぞれがボケたりツッコんだり、どちらもこなせたんだなー、と
Kuri, Kipple : 2004.05.18


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