イルクーツク



 私がロシアで初めて一般の家庭にお邪魔したのは、第2章「子どもたち」の冒頭に掲げたニキータのお父さん、アントンの家である。1984年春のことであった。このときどういうわけかアントンのお父さんは姿を見せず、私は母子家庭なのかと疑ったほどだ。左側が妹のアーニャ。  (1984年3月撮影)



 その後はイルクーツクに寄る機会がある度にお宅を訪ね、母子家庭ではないこともわかった。右の写真は上から10年余り後のもの。人数が増えているのはアントンのお父さんが写っているからだけではない。  (1994年8月撮影)

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アルハンゲリスク


 第21章「人々」の「少女」の項に出てくるカーチャの家族。本人と母親とは12年ぶりの再会であったにしても父親などとはもちろん初対面なのにみんなで大歓待してくれた。向かって右側の若い男性がカーチャの婚約者ユーリャ。抱いている赤ん坊は左側にいる姉ナースチャの子ども、つまり彼女の甥。  (1998年8月撮影)

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サンクト・ペテルブルク



 向かって右側の女性が少年の母親。もともとは高分子系の化学者なのだが、少年に言わせると「ママはビジネスマン」だとか。日本でもついこのあいだ普及しはじめた携帯電話を持ち歩いていらっしゃるくらいだから彼の話はほんとうかもしれない。  (1997年12月撮影)


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シベリア鉄道



 長距離列車での旅や船旅だと他の乗客と一緒に時を過ごすわけだからどうしても仲良しになる。写真は、第2章「子どもたち」に登場するリューダの家族。モスクワ経由でベラルーシのミンスク州の自宅に帰るところ。急行列車の車内で撮影した。   (1991年8月撮影)





 ミンスク郊外の自宅で9年後に再会した時の写真。長男セルゲイ君は既に学校を卒業してエンジニアとして自立していた。   (2000年12月撮影)



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