岸辺の教会






 ボルガ川は古くからロシアの動脈であったから、その流域、とくにいわゆる「黄金の輪」から遠くない地域には大小の都市が発達したのであろう。船で川を航行すると岸辺の村にさまざまな形をした教会が建っているのが見え、そう思わせる。 (3段目:2014年7月,5段目中及び右:2007年8月,それ以外:2005年8月撮影)





 教会の塔にある十字架が夕陽を受けて炎のように見えた。これを見て思ったのだが、村々にある岸辺の教会は、川を行き交う船にとって灯台の役割を果たしていたのではないか。




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ムィシキン


 河畔の小さな町ムィシキンの船着き場。よく見ると上のページの2枚目の写真と同じ教会が写っているから、あの写真は2005年の旅では立ち寄らなかったこのムィシキンの前を船で通過した時に撮ったのだということがわかる。  (左:2009年8月,右:2007年8月撮影)

 2014年に訪ねた時の同じ場所の写真。大きく変わっていたのは、右の写真のように、何艘ものクルーズ船が桟橋に横付けになっている点。ヴォルガの河川クルーズが国内外の観光客から注目されうようになって、そのクルーズの経路に位置しているばかりか、モスクワからほんの数日のショート・クルーズの目的地としても手頃で、地元側も観光に力を入れるようになった結果であろう。  (2014年7月撮影)

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ムィシキン



 「ムィシ」というロシア語は「ネズミ」の意味で、この町はどうもネズミで売り出していく作戦らしい。船が港に着くと、ネズミの着ぐるみが出迎えてくれるし、お土産屋さんの屋台はネズミのぬいぐるみとかそういうのばかり売っている。新築中の住宅の屋根には風見鶏ならぬ風見鼠が取り付けられていた。  (左上のみ2009年8月、それ以外は2007年8月撮影)

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街角 (ムィシキン)


 町の中心部にある通りとその脇にたつ建物。

(上段:2007年8月,下段:2014年7月撮影)





民家 (ムィシキン)



 古くからある家屋でなくて、比較的新しいと思われる民家だが、ロシアらしい伝統を継承しようとしているように思われた。左の写真の家は、窓飾りに意を用いている。真ん中の写真の家は、窓こそシンプルだが、軒飾りや窓の上下にレース状の透かし模様を使っている。右の写真は、建築上の問題ではないが、外を行く人に見えるように窓に花や人形を置くのもロシア流。ロシアの建物の窓際には、たいていそういう物を置けるスペースがある。  (2014年7月撮影)

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ウスペンスキー寺院  (ムィシキン)



 左はボルか河から見えた大きな教会。  (左上のみ2009年8月,その他はすべて2014年7月撮影)

 鐘楼から見たヴォルガ川とムィシキンの町。

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永遠の炎 (ムィシキン)



 大祖国戦争で没した将兵を慰霊する記念碑と、すぐ近くにあるやはりそのための小さな礼拝堂。  (左・中:2014年7月,右:2009年8月撮影)

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ワレンキ博物館 (ムィシキン)



 「ワレンキ」というのはロシアで雪道などを歩く時に使うフェルト製の防寒靴。このあたりでは農作業のできない冬の時期にそういうものを作って生活を支えていたのだろうか。そのワレンキについての博物館。入口の看板をよく見るとそこにネズミがいる。ワレンキと鼠と何の関係があるというのだ。   (1段目及び2段目左:2009年8月,2段目中・右及び3段目:2014年7月撮影)

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リビンスク貯水池



 ボルガ川はボルガ・バルト水路によってオネガ,ラドガの二つの湖を経てバルト海と結ばれている。そのボルガ・バルト水路がボルガと合流するのがリビンスクの町のすぐ川上にあるリビンスク貯水池。人造湖だが、海のように広い。  (2005年8月撮影)



 左の写真は、東京発モスクワ行きのアエロフロート機から撮影したもの。上方に見える広い水面がリビンスク貯水池。そこから手前に流れる川筋がヴォルガで、手前のほうが下流。   (2014年7月撮影)


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リビンスク・ダム



 広大な人造湖をつくっているダム。リビンスクの町はここのもう少し下流に位置する。  (2005年8月撮影)

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リビンスク




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 水運の要衝の町。モスクワから出た船のうちペテルブルクなど行くものはここで北へ、またカザンやボルゴグラードへ行く船はここで南に進路を取る。  (上:1995年8月,下:2005年8月撮影)


 上の写真をさらに2年後の2007年にもう少し近くから撮ったのが下の二枚。河港は浮き桟橋であることがわかる。また、右の写真の建物はかつての穀物取引所。現在では自然公園博物館になっているとか。  (2007年8月撮影)





橋 (リビンスク)



 ボルガ河をまたぐ大きな橋。  (2007年8月撮影)

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スパソ・プレオブラジェンスキー教会(リビンスク)



 ボルガの河岸近くにあって河からもよく見える大きな教会。  (2007年8月撮影)


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リビンスク旧市街



 河岸にごく近い旧市街の通りの様子。  (2007年8月撮影)

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街角 (リビンスク)



 やはり河港近くの街の様子。いかにも地方都市という落ち着いたたたずまいで、すぐ上の写真の奥のほうに見える火の見櫓や左の写真の奥にかすかに見える観覧車などを見ると、ソ連時代の風景かと思うほどだ。路地一つ分奥に行くともう左の写真のような風景を見ることができるのも小都市ならではだ。  (2007年8月撮影)

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銅像 (リビンスク)



 市内を歩いていて見かけた銅像のいくつか。左下のレーニン像を含めて下段の写真は、ま、言ってしまえばどこにでもありそうな像だが、上段の2枚、とりわけ右のはなかなかユニークだと思う。月の無い真夜中に河岸を散歩していてこんなのが目に入ったら絶対誰かがそこにいると思うだろう。  (2007年8月撮影)

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救世主復活大聖堂 (ツターエフ)



 ツターエフは、ヤロスラブリ州の一都市で、リビンスクとヤロスラブリの間に位置する。帝政時代には「ロマノフ=ボリソグレブスク」と呼ばれていた。ボルガから見た印象では、都市というよりも村と呼んだほうがピッタリする感じであったが、歴史の古い町らしく、ここでもごく狭い地域の中にいくつもの教会を見ることができる。写真は、それらの中で私達観光客が真っ先に案内された救世主復活大聖堂。17世紀に建てられたものだそうだ。  (2007年8月撮影)

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教会 (ツターエフ)



 上のとは別のいくつかの教会。町はボルガをはさんで両岸にあるので、教会もまた両岸で見ることが出来る。中にはようやく修復作業に手がついたばかりという建物もあった。   (2007年8月撮影)

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街角 (ツターエフ)



 村の風景。写真の背景に教会が入ってしまうこともしばしば。   (2007年8月撮影)

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トルブーヒン像 (ツターエフ)  



 市内で見かけたソ連邦元帥F・I・トルブーヒンの像。彼の生地はヤロスラブリ州内らしいが、この町とどういう関係があるのかは知らない。  (2007年8月撮影)

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ヤロスラブリ (河港)



 かつてのヤロスラフ公国の首都。モスクワ運河の完成まではモスクワの河港としての重要な位置を占めていたといわれる。写真は現在の河港。  (上左:1995年8月,上右:2005年8月,下左右:2007年8月撮影)

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ヤロスラブリ (河岸)



 河岸の公園とクレムリン跡にあったいろいろな記念碑。公園とクレムリン跡はほとんど一体で、どこが境界なのか、あるいはそもそも境界があるのかさえ判然としない。  (上段:2005年8月,中下段:2007年8月撮影)

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ヤロスラブリ (河岸)



 左の写真はボルガの河岸近くのプロムナード。右の写真はそこから撮ったもので、コトロスリ川とボルガとの合流点にある中州のような地形のことろ。ヤロスラブリの町はここにできた集落が発展したものだという説もある。   (2007年8月撮影)

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ヤロスラブリ (イリヤ・プロロク教会)


 市の中心部にあるイリヤ・プロロク教会。  (2005年8月撮影)

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ヤロスラブリ (スパソ・プレオブラジェンスキー修道院)


 コトロスリ川の北岸にあるスパソ・プレオブラジェンスキー修道院。  (上:2005年8月,下:2007年8月撮影)

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ヤロスラブリ (教会)



 ヤロスラブリは歴史遺産としてユネスコの世界遺産にも登録されている町で、市の中心部にはいたるところに有名無名の教会がある。  (2007年8月撮影)

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ヤロスラブリ (街角)


 市の比較的中心部のあちこちの様子。  (上3枚:2005年8月,下6枚:2007年8月撮影)

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コストロマ


 コストロマ州の州都。「黄金の輪」の一角をなす古都で、12世紀半ばに建設されたとされる。市内には大きな修道院があって伝統のある町であることをうかがわせる。右の写真はボゴヤブレンスキー・アナスターシ女子修道院。下のはイパチェフスキー修道院。  (1997年8月撮影)

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イワン・スサーニン像 (コストロマ) 


 グリンカのオペラ「イワン・スサーニン」で知られるロシアの英雄。コストロマ郡の農夫であったスサーニンはロシアに侵入したポーランド軍をモスクワへと偽って深い森に案内して壊滅させたと伝えられる。オペラ「イワン・スサーニン」は、そのタイトルを原題の「皇帝に捧げた命」に復して上演する動きがあるという。  (左:2014年7月,右:2007年8月撮影)

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レーニン像 (コストロマ)




 スサーニン像からほど遠からぬ所に立つレーニン像だが、台座には雑草が生えていたりして、スサーニンとの「待遇差」は」歴然。  (2014年7月撮影)

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コストロマ (街角)


 コストロマの中心部にある広場の風景。手入れの行き届いた花壇がいかにもロシアの都市らしい。  (左:1997年8月,中:2005年8月,右:2007年8月撮影)




 左の写真は、中心部の商業施設。上の写真は大通り脇の歩道だが、その幅が日本では考えられないロシア的な広さだ。  (2005年8月撮影)

 その2年後の写真。町をぶらぶら歩いていたら、ちょっと飾り気のある建物や門を見かけたので撮った。  (2007年8月撮影)


 それから更に7年後の写真。でも、市の中心部からはちょっと離れた多少閑静なあたり。右の写真は「仲直りのベンチ」だとか。  (2014年7月撮影)

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コストロマ (中心部)


 クレムリン跡のすぐそば、市場にも近いあたりにある一角が長屋のような建築物で矩形に区切られていて、その中は周囲の喧噪とうって変わって静かだった。かつて宗教的な施設だったのか、それとも市場のような商業的な施設だったのか、あるいは行政施設だったのか私にはわからない。 下段中・右の2枚はその区域の外の光景で、それなりの人通りや賑わいがあった。  (上中段:2007年8月,下段:2014年7月撮影)

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コストロマ (消防署)


 市の消防署の建物。塔はもちろん火の見櫓。  (左;2014年7月,右;2005年8月撮影)

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コストロマ (河岸)




 ボルガ河から見たコストロマの町。  (2007年8月撮影)

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コストロマ (クレムリン跡)


 コストロマ・クレムリン跡はボルガの河岸に立つ高台。
だから、そこからボルガを俯瞰できる。
並木道はもしかしてかつての土塁跡?

(下段左のみ2005年8月,その他は2014年7月撮影)

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コストロマ (ボゴヤブレンスキー・アナスターシ女子修道院)


 市の中心部に近いところにある女子修道院修道院。白い壁の向こうに黄金色の丸屋根が綺麗だ。   (上段左:1997年8月,上段右:2007年7月,下段左右:2014年7月撮影)

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コストロマ (イパチェフスキー修道院)


 コストロマ川とボルガ川の合流点にある修道院。14世紀に建てられたものだとか。

(2005年8月撮影)


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コストロマ (オープン・エア・ミュージアム)


 イパチェフスキー修道院の裏手とも言っていいくらいすぐ近くにある屋外博物館。
 コストロマ地方の農村で見られた農家や教会などの木造建築物を集めて展示している。
(2014年7月撮影)

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プリョス (船着き場)


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 同じくイワノヴォ州にある小さな町。景色の美しい町と言われ、今でも多くの画家がここにやって来たり住み着いたりしているらしい。写真は町の船着き場。  (上段:2007年8月,下段:2014年7月撮影)

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プリョス (教会)


 ボルガ河畔の多くの他の町と同じように、小さな町にしてはかなりたくさんの教会がある。下段中は、修復工事が終わりに近づいていたある教会の玉葱型ドーム。また、上段と下段のそれぞれ右端は同じ教会で、この7年の間に修復されたことがわかる。  (下段右のみ:2014年7月,それ以外:2007年8月撮影)


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