トヴェリ



 ヨーロッパ最長の河川ボルガが水源を出て最初に通る大都市がモスクワ〜ペテルブルクを結ぶモスクワ街道沿いの町トヴェリである。既に「小川」ではないが、しかし日本の地方都市で見られるようなごく普通のたたずまいで、まだ「大河」のイメージでもない。  (下段中・右のみ1990年8月,その他は2007年8月撮影)


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トヴェリ (街角)




 上段左にある写真の手前に見える河はもちろんボルガ。他の写真は、河港近くの街の様子。  (2007年8月撮影)

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「ヒミク」スタジアム (トヴェリ)



 サッカー用のスタジアム。この日は試合がなく、スタジアムは静まりかえっていた。  (2007年8月撮影)

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カリーニン像 (トヴェリ)



 1990年まで、トヴェリはM・I・カリーニンの名をとって「カリーニン」という市名であった。そのカリーニンの銅像。背後の建物はエカテリーナ二世がおそらくモスクワとペテルブルクを行き来する際に使ったのであろう旅用の宮殿。  (2007年8月撮影)

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教会 (トヴェリ)



 市内に数ある教会のうちの2つ。左はキリスト復活教会、右がミハイル・トヴェルスキー教会。  (2007年8月撮影)

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銅像 (トヴェリ)



 左は、15世紀の航海家アファナシー・ニキーチン。トヴェリ州出身の人だとか。右は、詩人A・S・プーシキン。トヴェリとどういう関係なのかは知らない。どちらの像もボルガのすぐ近くにある。  (2007年8月撮影)

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モニュメント (トヴェリ)



 市内でみかけた様々なモニュメント。  (2007年8月撮影)      前のページへ 次のページへ 目次へ戻る



モスクワ


 もちろん、モスクワはボルガ川沿いの都市ではないが、ソ連時代の早い時期1930年代にモスクワ運河が完成してボルガ川と結ばれた。上の写真はモスクワ街道と運河の交差するあたりにあるモスクワ北港。 (1997年8月撮影)

 河港ターミナルビルの裏手一帯、モスクワ川とレニングラード街道にはさまれた場所は公園風によく整備されていて、すぐそばをロシア随一の幹線道路が走っているのが嘘のような感じだ。 (2007年8月撮影)

 上に「公園風によく整備されて」と書いたが、公園風どころか公園そのものなのだということを今さらながら知った。右の写真は、その公園の入口に立つモニュメント。 (2014年7月撮影)

 左下は出航準備中のクルーズ船「マーミン・シリリャーク」。私がこれまでに乗った河船の中では最も小型のタイプで、この船で白海のソロヴェツキー島まで往復した。右下はモスクワ河港のターミナル・ビル。典型的なスターリン様式の建築。  (2009年8月撮影)

 同じく左下は、出航準備中のクルーズ船「ソルニツィナヤ・ゴーラド」。やはり、大型タイプではなかったが、この船でロストフ・ナ・ダヌーまで行って来た。。右下は、出航した後で船からモスクワ河港のターミナル・ビル側を撮ったものだが、見てわかる通り、ピークの季節はクルーズ船でぎっしりだ。  (2014年7月撮影)


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モスクワ運河



 この運河が完成したことによって、モスクワは世界中の海と水路でつながるようになった。  (2005年8月撮影)

 運河の両岸は、こんな景色が珍しくない。つまり、首都モスクワをちょっと離れただけで豊かな森林に入るということだ。他方、運河は水門によって仕切られているため、右の写真のように湖のような水面を突き抜けることも珍しくない。  (2014年7月撮影)

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モスクワ運河



 モスクワを出たばかりのあたりの運河の岸辺。近郊電車の通る鉄橋があったり、運河の脇の道路はひっきりなしに車が通ったりで、大都市のすぐ近くであることがわかる。右下の写真の右側に見える道路はレニングラード街道。シェレメーチェヴォ空港から車で都心に入るときに渡る大きな橋の下がここだ。運河の傍らには、ソ連時代からのダーチャとは雰囲気の違う別荘風の建物が並んでいた。  (左下:2005年8月,その他2007年8月撮影)

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モスクワ運河



 さきの大戦中、この両岸の間に障害物を置いて敵船の通航を妨げるようにした施設の跡だとか。  (2007年8月撮影)

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モスクワ運河 (朝霧)



 2009年の船旅では、モスクワ到着前夜の真夜中から深い霧に覆われ、モスクワに半日ほど延着するという事態に遭った。朝霧に包まれた岸辺の風景、深い霧の中閘門に入ろうとする僚船、靄に包まれた運河の岸に見えた何かの遺構。  (2009年8月撮影)

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モスクワ運河 (教会)



 ボルガ河畔の村々と違って、このあたりは新しく建てられたように見える教会が多い。もし、そうだとすれば、近辺に広大な別荘を建てているニュー・リッチが罪滅ぼしに建てたのか。もっとも、左のは、一説によると、スターリンによる運河建設の強制労働犠牲者の慰霊のために建てられたものだとか。  (2009年8月撮影)

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