ヤロスラヴリ
ロシアではモスクワなどターミナル駅がいくつもあるような大都市では、駅の名前はその列車の行き先でよばれる。(小さい都市では「駅」と言えば一つしかないから名前を言う必要がない。)レニングラード行きの列車が出るのがレニングラード駅、キエフ行きの出るのがキエフ駅、..という具合。だから、モスクワ駅はモスクワ市にはなく、サンクト・ぺテルブルクにその名のついた大きな駅がある。そういうわけでシベリア鉄道でモスクワへ向かう列車の終着駅はモスクワ駅ではない。ヤロスラヴリ駅だ。おそらくモスクワからこの方面への最初の鉄道がヤロスラヴリまで敷かれたのであろう。 (1990年8月撮影)
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ヴォルガ川 (ヤロスラヴリ)
ヤロスラヴリはヴォルガ河畔の町で、モスクワへ向かう列車は駅の直前でヴォルガの鉄橋を渡る。このあたりのヴォルガはもうかなりの上流だが、それでも川幅が1kmに近い。写真はヴォルガにかかるシベリア鉄道の鉄橋の下を小さな遊覧船でくぐり抜けているところ。 (1990年8月撮影)
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ニジニ・ノヴゴロド
ニジニ・ノヴゴロドは、上のヤロスラヴリと同じく、東のウラル側からモスクワに向かう列車がヴォルガを渡る位置にある都市。現在では、急行ロシア号はヤロスラヴリやセルギエフ・パッサートを通らず、ニジニ・ノヴゴロドを経てウラジーミルを通るルートでモスクワのヤロスラヴリ駅に向かう。左はニジニ・ノヴゴロドの鉄道駅。駅舎の上にある横長の文字列は文字通り「鉄道駅」。右はヴォルガを渡るボルスキー橋。2本の橋が平行に架かっていて、しかも鉄道と自動車道の2層構造になっている。 (2018年9月撮影)
追記: 急行ロシア号の経路が変わったと、このページにも2ページ後の「ウラジーミル」のページにも書きましたが、最近また変動があるようです。例えば、上りモスクワ行きはニジニ・ノヴゴロド経由、下りウラジオストク行きはヤロスラヴリ経由となっている時刻表もありますので、実際に利用される時は、旅行時に有効な時刻表をお確かめください。
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ボゴリューボヴォ
ニジニ・ノヴゴロド方面からモスクワに向かう急行列車がウラジーミルに到着する前にボゴリューボヴォという小さな町の駅を通過する。左の写真は、その駅に達する直前に列車が渡るネルリ川の鉄橋。この鉄橋の向こうには「ネルリの白鳥」の名で知られる美しいポクロフ教会(右の写真)がある。 (2014年12月撮影)
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ウラジーミル
現在では、急行ロシア号はヤロスラヴリやセルギエフ・パッサートを通らず、ニジニ・ノブゴロドを経てウラジーミルを通るルートでモスクワ・ヤロスラヴリ駅に向かう。左の写真は、市の小高い丘の上から見たウラジーミル旅客駅。むこうを流れるのはクリャジマ川。下段は、もっと駅に近づいて撮ったもの。 (上:1990年8月,下:2014年12月撮影)
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セルギエフ・パッサート
急行ロシア号がヤロスラヴリ経由だった時期、右手にトロイツェ・セルギエフ大修道院の金色の葱坊主が見えれば、ウラジオストクから始まった列車の旅もまもなく終わりとわかり、乗客達はそろそろ下車の準備を始めたものだった。右端の写真は、セルギエフ・パッサート駅のプラットホーム。時間帯にもよるがそれなりの本数の郊外電車がモスクワまで走っている。 (左・中:1995年8月,右:1995年1月撮影)
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モスクワ
かくして、1週間・9200kmの旅も終わり。写真は終着のヤロスラヴリ駅。この駅のあるモスクワのコムソモール広場には、他にレニングラード駅、カザン駅と鉄道駅が集中している。
ところで、そのヤロスラヴリ駅に掲げられた下の時刻表をご覧になって気づかれました?日本なら必ず時刻順にならべるところをここでは列車番号順!どちらが合理的でお客に対してサービスがいいのかは難しいところだが。 (上:2000年1月,下:1997年8月撮影)
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