旅は道連れ




 シベリア鉄道の旅が長旅にもかかわらず何故退屈しないのかというと、同じ車両の人たちとすっかり仲良くなってしまうからである。列車に乗ったばかりの時は「隣は隣、うちはうち」という感じでこれはどの社会でも同じことだが、2日目には早くもお互いに「おはよう」と挨拶するようになり、3日目にはどこから来てどこへ何しに行くのか聞くようになる。4日目になると互いの車室を訪ねるようになり、ついにはそれぞれが持ち込んだ食糧・酒を出し合ってご覧のような展開になるのはほぼ法則的と言える。  (1991年8月撮影)

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旅は道連れ




 それじゃ酒が飲めなきゃダメかというとそんなことはない。こちらの車室ではチェスの国際試合。彼の国のチェスは日本の野球ぐらい底辺が広いからこの国際試合で日本側が勝ったのに出あったことはこれまでに一度もない。  (1991年8月撮影)

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旅は道連れ




 じゃ、何か、鉄道の旅のあいだ中、飲んで騒いであとは花札かチェスをやってるのか..ということだとずいぶん非生産的な印象になるが、ちゃんと仕事もあるのだ。だいたいあの国では列車といわずバスといわずタクシーといわず、洗車という習慣がないのか概念がないのかそれとも機械がないのか知らないが、とにかく洗った形跡がない。かくて旅行中こういう仕事をするのは日本人客と相場が決まっている。  (1991年8月撮影)

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買い物




 鉄道旅行の楽しみの一つは5分とか10分以上の長時間の停車駅でホームに降りて、買い物をすること。地元の人が自身で摘んだ野苺だの、自家製のピクルスやピロシキとか、茹でたジャガイモなどというのが定番だが、近頃では中国から輸入したカップ麺などの他に、コーヒー味のコーラなどという怪しげなものもあって楽しい。  (1999年8月撮影)

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車掌



 日本ではどうなっているのか知らないが、ロシアの列車では車掌は出発地から終点まで乗務する。シベリア鉄道のモスクワ〜ウラジオストクの急行なら1週間乗りっぱなしだ。1車両に2人が乗務していて1人が働いてもう1人が仮眠しているという形だ。1984年に乗ったときの我々の車両の車掌は夫婦で、言うまでもなくご夫君が奥様の完全な指揮下にあるという力関係であった。急行列車では駅と駅との間が2時間とかそれ以上あるので、彼女は暇になると制服を脱いで我々のコンパートメントへやってきては「ドラチョーク(馬鹿)」というトランプ遊びを一緒にやったものだが、とにかく滅法強くて我々が束になってもかなわなかった。  (1984年3月撮影)







食堂長




 「ソビエト式コンピュータ」だと言ってロシアの算盤を見せる食堂長。食堂車の人たちも終点まで乗りっぱなしの勤務だそうだ。この彼、禁煙表示のある食堂車内で公然と煙草に火をつけるものだから、我々がその禁煙のマークを指差したところ、「ペレストロイカ、ペレストロイカ」と言って煙に巻いた。写真の右端に写っているのはロシア式湯沸かし「サモワール」。  (1991年8月撮影)

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